あの後、伝言を聞きフランさんのもとへと向かった俺を待っていたのは、基本的な動きの簡単な復習とオウガテイルの形を模したと思われるダミーアラガミ百体とのサバイバルデスマッチだった。
ほんの数時間前より五倍ほど数を増したダミーアラガミを支給されたスタングレネードと俺が刀身に選んだ武器、ヴァリアントサイズの特徴である咬刃展開状態を駆使し纏めて薙ぎ払う事でその訓練を何とかクリアすることができた。
しかし、もう俺の心はズタボロで使い古された雑巾状態である。
心がかなり沈んでいるせいか、普段より重く感じる体を何とか引きずりながら俺がロビーまで戻ってくると先に訓練を終わらせていたナナさんが声をかけてきた。
「おぉ…?どうしたの仁慈君。元気ないね、おでんパン食べる?」
「いや、いらない」
「おー、口調に気が回らないくらいお疲れのようだねー」
「逆に何でナナさんはあの訓練内容でそんなに余裕あるのかわからないよ……」
見かけによらず、タフっすねナナさん。
それとも、この世界でアラガミ相手に戦う神機使いの間ではこれが普通なのかしら?
目に見える形で現れた神機使いとしての差に少しばかり絶望する。
同じ新人でこんなにも違うなんて思わなかった……こんなんじゃ俺、神機使いになりたくなくなっちゃうよ。
急に現実を突き付けられより一層落ち込む。しかし、
「えー、仁慈君。三体のダミーアラガミ相手にそうなっちゃうのはさすがにどうかと思うなー」
「え?」
「え?」
「なにそれこわい」
三体のダミーアラガミ?そんなのありませんでしたけど……?
何やらナナさんがした訓練と俺の訓練の内容に齟齬が出てきたので、こちらの訓練内容も彼女に伝えてみる。
「え?」
「え?」
「なにそれこわい」
さっきの俺と全く同じ反応を返される。
うん、その気持ちはよくわかる。
「き、きっと仁慈君は期待されてるんだよっ!だから一人だけなんかすっごく辛そうな訓練をしているんだ。うん、そうに違いない…よ?」
無理にフォローしようとしなくていいよ、ナナさん。自分でも苦しいなぁと思ってるでしょ?
段々と声に力がなくなってるよ。正直になっちゃえよ。
「そ、ソンナコトナイヨー」
「うわぁい、棒読みだー」
ナナさんにまで俺の疲労が伝染したのか心なしか彼女の返答にも疲れの色が見えてきた。なんかすいません。
二人してロビーで肩を落とすという醜態をさらしていると、俺たちの目の前をニット帽をかぶった金髪の少年が通りかかった。このフライア、金髪率高いな。
「……あれ?見ない顔だね、君ら」
「こんにちは」
この金髪の人も今までの例に漏れず自分からこちらに話しかけてくる。
ここまで来るともう慣れたよね。
ナナさんが返事を返すと同時に立ち上がったので、こちらもそれに続き立ち上がる。
「あっ、ひょっとして噂の新人さん?」
「はい、これからお世話になります、先輩!」
「先輩……いいね、なんかいい響き……!」
あ、こいつちょれぇ。
ナナさんの先輩発言を聞いた瞬間に表情を緩ませた金髪の少年……言いづらいな、ニット帽さんでいいや。
ニット帽さん(仮名)は近くにあった椅子に座りこんでこちらを向いてどこか自信に満ち溢れた表情で口を開いた。
「よし、俺はロミオっていうんだ!先輩が何でも教えてやるから、何でも聞いてくれ!」
「ただし、これだけは言っておく。ブラッドは甘くないぞ、覚悟しておけよ!」
どこかドヤ顔で言うニット帽(仮)改めロミオ先輩。
彼の言った言葉で自分の訓練の光景を思い出した俺は自分でも引くくらいに力のない声でロミオ先輩に言葉をかえす。
「ええ、えぇ。よくわかりましたよ、ホント甘くないですよね」
この時の俺の表情がよほどひどいものだったのかロミオ先輩は小声でナナさんへと話しかけていた。
「(なんかあの子表情死んでるけど大丈夫なの?)」
「(実は……かくかくしかじか)」
「(……なにそれこわい)」
「(ロミオ先輩までそんなこと言うんだ……)」
あーやばい、本気でだるくなってきた。
よくよく考えたら、今日一日だけで異世界トリップにザッと一般常識の勉強、ダミーアラガミとのデスマーチをこなしたんだもんな。
我ながらよく頑張った方だよ。
「ナナさーん、さすがに疲れたので部屋に戻りますねー」
とりあえず知らせましたよーという言葉だけを残して俺はさっさと自室へ向かった。
無駄にデザインの凝っているエレベータに乗り込み自分の部屋がある階のボタンを押す。
三十秒くらいで目的の階に着いたエレベーターを降りて、自分の名前が書いてある部屋に入ると着替えもせずに部屋の隅にあるベットにそのまま身を投げた。
こうして自分以外に誰もいない部屋にいると、急に俺は別の世界に来たんだと実感がわいてきた。
その実感がわいてくるとさまざまなことが不安になってきた。
ここでしっかり暮らしていけるのか?アラガミとしっかり戦えるのか?
そんな疑念が生まれては消えていく。だが、その考えがさらなる不安をあおる前に俺の体は限界を迎えたようで、急に進行してきた睡魔に意識を奪われ、寝てしまった。
「俺、復活!」
「おー(むぐむぐ」
自室のベットに沈んでから数日後、俺は片手を勢いよく突き上げてあげて叫んでいた。
その隣にはおでんパンを齧りながら手を叩くナナさんがいる。
え?どうやって立ち直ったのかって?
毎日毎日1VS100の戦闘訓練をしていればそんなこと気にならなくなったよ。
さすがジュリウス隊長!部下のことをわかってるぅー!
「仁慈仁慈、やけくそになってるよ」
「おっと、いけないいけない。……ん?何で考えていることが分かったの?声に出てた?」
「今日仁慈が食べたおでんパンに教えてもらったんだー」
「おでんパンすげぇ!」
そして、すでに吸収されて栄養分となっているおでんパンの言葉を感じ取れるナナもハンパネェな!
自分の気持ちに一区切りつき、色々吹っ切れたためかどこかぶっ飛んだ会話をする俺とナナ。ちなみにこの数日頻繁に話していたせいかナナとはもう完全に打ち解けている。
「それにしてももう実地訓練か……早くない?」
現在俺たちがいるのはおなじみになりつつあるフライアのロビー……ではなく、黎明の亡都に向かうための道中である。
意外なことに今日任務を発行してくれたのはフランさんではなくジュリウス隊長だったのだ。
事の始めは、今日の朝俺が所属しているブラッドを作った人物であるラケル・クラウディウス博士にブラッドのことやブラッドになった者が発現させる特別な力の説明などを受けていたことである。
ぶっちゃけ、何を言っているのかは半分も理解できなかったため、右から左へ話を受け流していた。それが原因なのかラケル博士はちょくちょく俺の方を見て薄ら笑いを浮かべていた。めっちゃ怖かった。
あの人絶対ラスボスだよ、笑顔で外道なことを平気でしそうなラスボスのオーラを醸し出してたよ……。
ラケル博士の話を聞き終わり彼女の研究室を出ると外でジュリウス隊長が待っており、今回の実地訓練の事を聞かされた。
これが今、俺たちが黎明の亡都に向かっていることの真相である。
「アラガミも新種が増えてるって聞くし。できるだけ早く強い神機使いを増やしたいのかもねー……」
要するに全部アラガミの所為か。
俺が異世界に飛んで神機使いなんてものになったのも、1VS100の戦闘訓練なんてものを毎日するようになったのも、訓練を受けに行くたびにフランさんに笑われるのも全部アラガミの所為だったんだよッ!
と、言う風に緊張感の欠片も感じられないゆるい会話を続けていると黒い全体に所々金色のラインが入っている神機を持ったジュリウス隊長が見えてきた。
「きたか」
こちらの足音を感じ取ったのかジュリウスさんが耳に装着している無線から手を離し、クルリとこちらに振り向く。
「「フェンリル極致化技術開発局、ブラッド所属第二期候補生二名到着いたしました(あ!)」」
よし、言えた。昨日までフェンリル極致化技術開発局が全く言えなかったからな。
睡眠時間を30分削って練習した甲斐があったぜ。
「ようこそ、ブラッドへ。隊長のジュリウス・ヴィスコンティだ。……では、これより実地訓練を始める」
「見ろ……あれが人類を脅かす災い。駆逐すべき天敵……アラガミだ。手段は問わない、完膚なきまでにアラガミを叩きのめせ」
「任せてください」
要するに今までやってきたことをそのまま実際のアラガミにもすればいいだけだ。
「お前たちが実力を発揮できれば問題になるような相手じゃない、いいな?」
こちらに振り向き、俺たちに言い聞かせるようにジュリウス隊長は言った。まぁ、初めての実戦で緊張して動けなくなる人も多いと聞くしこの言葉は当たり前だな。
なんて考えいると、
「グアァァァッァァアア!!!」
という咆哮とともに鬼の面を被ったかのような容姿のアラガミ…オウガテイルがこちらに喰らいつこうと下から跳び上がってきた。
そのオウガテイルの先には予想外の出来事に固まっているナナがいる。このままだと頭をバックりと行かれてしまう。
<エリック上だ!
なんか変な電波を受信した気もするがそれをさっさと頭の片隅に追いやり、ナナをかばうように前に出る。そして、神機を素早く銃形態へと変えてこちらに喰らいつこうとするオウガテイルの口に神機を突き刺した。
「グボガッ!?」
口に刺さった神機の所為で苦しそうなオウガテイルを無視し俺は引き金を引く。
すると、オウガテイルの頭は綺麗に爆散し、残った胴体がぐしゃりと音を立てて地面に落ちた。
「ふっ、なかなかやるな。新入り」
「誰のおかげでこうなったと思っているんですか」
「訓練の賜物だな」
「ドヤ顔してんじゃねーよ」
ナナとここに来る前に話した内容とオウガテイルがこちらに襲ってきたせいで少々気が立っていたため思わず素で返してしまう。
しかし、今の俺にそんなん事を気にする余裕はなく口調を改めないまま、下に見えるオウガテイルを指さして言った。
「隊長、あれら駆逐してきていいですか?」
「本来なら、新人を一人で行かせることはNGなんだが……俺も、近くにいることだしより実践的な訓練になるか。……よし、許可しよう。徹底的に潰せ」
「了解しました」
許可をもらった俺はすでに下にたまっていた二匹のオウガテイルのうちの一匹に向かって跳び降りる。それと同時に神機を捕食モードに切り替え、オウガテイルと接触した瞬間に捕食する。捕食されたオウガテイルは丁度コアがあった場所を喰われたのかそのまま起き上がることはなく地面に溶けるように消えていった。
「グルアァァァァアアアアア!!」
最後に残ったオウガテイルが咆哮をすると同時にこの近くにいたらしいオウガテイルが集まってくる。
それを見て俺は自然と口の端っこが吊り上るのを感じた。そして、それに伴い体の芯から熱いものが込み上げてくる。
なんか自分が自分じゃなくなってきている気もするが、今はいいや。
とりあえず、こいつらはここで殺そう。
きっと、そうもう一人の僕が言っているんだろう、パズルとか完成させた覚えないけど。
最終的に、十体にまで膨れ上がったオウガテイルを視界に納めながら俺は自分でも信じられないほど生き生きとオウガテイル達に突っ込んだ。
あれ、主人公ってこんな奴だっけ?