既に魔人学会では魔人の使う能力について、それがいかなる力なのかあらかたの答えが出ている。
らしい。
俺はその魔人学会でその発表を聞いたわけでもなければ論文を読んだわけでもなく、それがどの程度実証された理論なのかはわからない。
そもそもこの時点ではまだそんな説はこの世のどこにもないかもしれないのだ。俺の頭の中以外には。
多分正しいんじゃないかな、とは思っているけれど。
ではなぜそんな説が俺の頭の中にはあるのかと言えば、それはもちろん先に伝聞系を使ったことからも明らかなように、よそから仕入れたのである。これも先述したとおり、おれは魔人学者でもなければ、学界からの情報を能動受動で仕入れられる立場にいるわけでもないのだ。学会どころかまだ学校にも通っていない幼稚園児であるからして。
では何故。どうやって俺はこんな情報を仕入れたのか。
読者諸氏には既に十分な情報は与えてある。
答えやいかに。
「――だな?」
返ってきたのは答えではなかった。
そもそも俺は別に誰かに語りかけていたわけではなく、心の中で独り言をつぶやいていただけなのだから、返ってくる答えのあるはずもない。単に声をかけられたというべきだろう。
夕方の公園。
陽は、もう傾いて遠くのビルの谷間に隠れようとしていて、もう俺のいるジャングルジムの頂上にかろうじて光を届けているにすぎない。あとはもう、砂場も鉄棒も雲梯も、夜の帳が下から登って濃い闇の中に隠そうとしている。感光式の電灯だけがまだ斜陽の中にいて、仕事の時間とも知らずに昼の夢を見ている。
そいつは夜の中にいた。
滑り台のすぐ下。登り口でもなければ降り口でもない。その間の支柱の横にいて、俺を見上げている。暗くてよくは見えないが、多分そうだと思う。
「――だよな?」
同じ内容を、語尾だけは少し自信投げに換えてもう一度。
そいつは俺の名前を呼んだ。
知り合いだろうか? 最近俺は不本意ながら広い範囲で名前が売れているのでそうではないかもしれない。
俺は「おう」とだけ返して、滑り台を下りて行った。
そいつの背丈は俺と同じくらいだ。
はて、と思う。
同年代の中では俺はなかなか体格の大きな方で、そんなに背の高い奴はあまりいない。普段この公園に来るやつでは無いな、と思う。だが、子供は大人の考えるよりずっと行動半径の広い生き物だ。そういうこともあるだろう。
そうは思ったのだが、降りてみればそいつは知らない奴だった。
目線はちょうど同じくらいのところに来る。
暁闇の中でもそれくらいは分かるが、しかし、その他に手掛かりとなるのはシルエット位だ。それは俺の知ってる誰とも結びつかない。
「悪ぃな。お前、誰だっけ」
「だれでもいいだろ」
かなりケンカ腰で返された。
まあ不躾な言い方だったのは認めるが、しかしそこまでとも思う。まるで、今にも殴りかかって来そうな声音なのだ。
自然、俺は見よう見まねのファイティング・ポーズをとった。
ガキくさい対応だと自分でも思うが、実際ガキなのだ。ガキにはガキで固有の文法と固有の話法とでもいうべきものがあって、それはつまり一言で言えばタフさだ。どんな時でもビビったり慌てたり恐れたり痛がったりしない奴がガキの中では一番偉い。仁義なき、泣いたら敗けよの世界である。
ガキの狭い世界の中では、そんな風にして上から下まで序列が決まって、上の言うことを下の奴は聞く。そういうことになっている。
目の前の名無しくんは面白いくらいに慌てた。
立派な体格をしているだろうに、これでは公園カーストでは下っ端の対応だ。他人事ながら心配になる。
だが、これで話は半分はついたようなものだ。
俺は目の前の相手の正体を知りたい。そして、俺はこいつより上位だ。
だから脅せば、相手は喋る。ガキの世の中ではそう言うことになっている。
「俺はお前誰だって聞いてるんだ」
「…………!」
「言えよ」
「う、うるさい!」
突っぱねられてしまった。
ガキの文法に沿えばここで喧嘩開始だ。つまり、格付けに同意がなされなかったのだから、実力でその格付けを再確認する作業になる。
気の進まない作業ではある。
喧嘩は好きではないし、得意でもないのだ。
ガキとケンカするなんてガキみたいだし。それに、これまではガキからぬ態度と恵まれた体格、それに豊富な知識によって俺は不戦勝で王者の座を勝ち取ってきたのだから。
十中八九勝てはするが――それは王者の戦いではない。
それに、ここは暗くて誰もいない公園である。
不特定多数の監視の中で挑まれれば、意に沿わぬ喧嘩もその他にも舐められるリスクがあって受けざるを得ない。だが今はそうではない。
結論として。
この正体不明くんの正体は気になるが、俺はこいつの事は放っておいて家に帰ることにした。
「や、やるか!?」
やらねえってば。
くるりと背を向け、公園の出口に向かう。
拍子抜けした気配がありありと伝わってくるが正直どうでもいい。
よほどキレた奴でもない限り、初劇で不意打ちをしてくる奴はいない。戦いを始めるには、それなりに自分に対する正当性とか切っ掛けとかが必要なことを、ここ数年の公園生活が俺に教え込んでいた。その点で、コイツの海戦ハードルは中々高そうに見える。まあ、どいつにも逆鱗の一つや二つあるものだが、その点に関しては放置するのだから何ら問題はない。
そう思ったのだが。
「逃げるのか!」
なんだかんだ言いながら追ってきた。
面倒くさいなあ。
公園を出る時に後ろをちらりと見ると、真っ暗になってようやく仕事を思い出した電灯が丁度点灯する所で、正体不明くんは逆光になって相変わらず正体不明くんだった。
それから歩いた。
公園を出て、たばこ屋と自販機を頼りに夜の住宅地を抜け、開かずの踏切を今日は運よく一発で抜けて線路沿いに一駅、そこからタクシーの抜け道となっているらしい道を車と電信柱の間を縫ってしばらく、薄気味悪い荒れ果てた神社を横切って、その先の商店街ではアーケードの雨漏りまだ直っていなかった。
ガキは大人の思いもよらぬ行動半径を持つ生き物である。
それにしたって、
「…………、……! ……!」
後ろから、最早喘ぎ声と区別のつきがたい呼びかけが追ってくる。
今日はうんざりしてるのは俺一人ではないのだ。
そう思うと少し慰めになるだろうか。少し考えて、単に可愛そうになっただけだった。どこまでついてくるのだろうか後ろの正体不明くんは。多分家にまでついてきそうな気がする。
幹線道路にかかる歩道橋の上で俺は足を止めて、正体不明くんを待った。
そこにはベンチが設置されているのが理由の一つ。
そこには電灯も設置されているのが理由の二つ目。
こうなったらゆっくり正体を見極めてやろうという腹である。
そいつは足取りも重く、倒れるように俺の横に座った。
無言だった。
精も根も枯れ果てた、という風情だった。
知らないガキだった。
同い年ぐらいではあると思う。
背丈も俺と同じくらいだ。特に特徴のないありふれた男物の服を着ている。
利発そうな目つきをしていて、顔面の偏差値もあちらの方がずっと良い。少々女っぽい顔つきだから、その良さが同年代の異性に分かるには、まだ時間がかかるだろうけれど。
ただ、どう頭をひねっても、産まれてこの方見たことのない顔つきであるのは確かだった。
「いつも」
「うん?」
「いつもこんな道を通ってあの公園まで来てたの?」
断定された。
本当はもっと断片的に、息を吸って吐くその合間に話すように言われたのだけど、そのことについてまるで確信しているというのは分かる物言いだった。
「何でそう思う。お前を捲くために歩き回ったのかもしれないぜ」
「だったら、迷いもせずにこんなにまっすぐ行かないだろ」
そして、こればかりは自信なさげに、ぽつりと俺の住所を大まかにだが言い当てた。
確かに、俺はそこに住んでいる。
一瞬混乱したが、しかし、その理由らしきものは俺にもなんとなくわかった。かつて俺が足で辿った道をこいつは論理で辿ったのだ。そうとしか思えない。
「その先は山になってるし、その脇に逸れたら今度は徒歩じゃ越えられないでっかい道路があって、反対側にはでっかい川があるから?」
無言の首肯を受けて俺は唸った。
ここまで歩いてきた道のりと、基礎的な首都圏の地理を踏まえていれば難しい推理ではなかった。だが、それをしたのが小学校にも上がっていないガキだという事を考えれば、それは多分すごいことだと言っていい。
ふと、突然に思った。
こいつにも聞いておくべきかもしれない。
「突然関係ない事を聞くようだが。お前、トラックにはねられたら死ぬと思うか?」
「……?」
意味が解らないという顔をされた。
まあ、それでいい。
「いや、死ぬよな。死ぬ。どう考えても死ぬよな。これは俺の個人的な妄想なんかじゃなくて、単なる一般常識ってやつだ」
「トラックが、どうかしたの」
「はねられたら死ぬと思う」
折しも、俺らの足もとを何十トンもある巨大なトラックが通り過ぎていき、そして道路の先で街路灯のオレンジ色の光に紛れてすぐにわからなくなる。そのあとにも前にもいっぱい車が通り、それらはきっと家路を急いでいるのだろう。その振動が、時々歩道橋の上の俺達にも伝わってくる。
ただの余波でも俺達の小さい体は簡単に揺さぶられる。それが、その全質量、全速度を受け止めた時にどうなるか。それは想像するまでもない事ではあった。
とある、たった一つの可能性に目をつぶれば。
「少なくとも、普通はそうだと俺はそう思う」
「変な言い方。それじゃまるで……」
俺の横で、少年の声がゆっくりと窄まっていく。未だまとわりついている疲労のためではない。
別に珍しいことではない。
結局のところ、周囲のだれもかれもがその結論にたどり着く。両親も、近所の大人たちも、通っていた幼稚園の保母たちも、そして同年代のガキにだって、決して考え付かない事柄ではないのだ。
「魔人なら、どうなんだろうな」
「……!?」
魔人。
それはこの世界ではありふれた災禍。何の変哲もなかった人間が、ある日突然自分になにがしかの力がると認識する。妄想するだけではなく、実際にできると確信し、実際にできる。妄想で終わっていたような事柄が妄想に終わらず、現実に実現する。
あるものは怪力を備え。
あるものは超能力を操り。
あるものは異形へ変貌する。
そしてそれらの一部は非常に凶悪!
時にはかつてこの国、この世界の歴史を魔人がその暴力で変えてきたのだ。ある時は権利の拡大を求めて。ある時は自ら権力を奪取せんとして。
たとえば高田講堂事件。
たとえば二・二六事件。
そんな魔人による犯罪は通常の人間のモノと比べて非常に大規模になる傾向がある。毎日新聞の三面を騒がせているのは、魔人による大量虐殺である。
それは、故に大多数の人間にとって忌まわしく恐ろしい存在なのだ。
「魔人……なの……?」
その問いかけにもまた、恐怖がこびりついている。
俺は何とも答えない。
答えようがない。
俺にはわからないのだ。
既に魔人学会では魔人の使う能力について、それがいかなる力なのかあらかたの答えが出ている。
それは『自分の認識を他者に強制する』能力。
認識――言い換えれば、妄想。
俺の中にある『ある考え』が、はたして妄想なのか現実なのか。
もちろん、自分が正常かどうかだなんて結局のところ考えても詮無いことだ。
狂っている人間は、自分が狂ってるだなんて思いもしない。
しかし。
それにしても。
俺の中にあるあの『考え』は――『記憶』は。
「――だったら、見逃しては置けない」
俺のいつもの考えを破ったのは、そんな一言と。
そして、狙いすました股間への一撃だった。
「――!?」
「もらった!」
そして、続く『言葉』。
その呪文めいた言葉が、これまでの懊悩も今この時の危機もそしてこの先に待ち受ける未来をも、全てを証明した。
曰く、
――――チンパイ。
*
そろそろネタばらしをしてしまってもいいだろう。
解答編を始めよう。
つまり、俺が何ものなのか。この世界の誰も知らないかもしれない事を知っていて、それを一体どうやって知ったのかを。自分をガキだと言ったりガキで無いような物言いをしたり。トラックに轢かれることになぜかこだわったり。初対面の子供のたった一言でその正体を知り、更に自分の未来さえ見通してしまえるのかを。そこにはどんな秘密があるのかを。
こっそりと。
ひそやかに。
俺の胸の内で確認しよう。
――『戦闘破壊学園ダンゲロス』
それが、この世界の名前。この作品の名前。
俺が転生してきた異世界の名前。
もちろん俺はかつて現実世界で生きていた一介の青年で、そのときはまた別の名前を持っていたが、トラックに轢かれて転生したのだった。
と言ってもそのことをきちんと認識したのはつい最近の話だ。赤ん坊の頃はとにかく肉体的に食ってるか寝てるかぐらいしかできなくて、物事をきちんと筋道立てて考える事なんかまず無理だったし、そのブランクが長かったためにそのあと数年もほとんど同年代の子供と変わらない思考しかできなかった。周囲から異常ともいえる速度で知識を吸収して――色々な事を思い出す、それまでは。
そういえば元の世界からこの世界へ俺を運んだ『神』とでも仮定すべき存在には結局会わずじまいだった。
会えたら文句を言いたい。
ようこそ魔人の跳梁跋扈し殺戮とレイプの横行する危険な世界に放り込んでくれたな、と。
とにかく、自分が何の世界にいるのかは自力で考えるほかなかった。
学校にも入っていないガキの手に入る情報ソースなどテレビと新聞位ではあったが、新聞にデカデカと魔人犯罪の記事があったのでそこはさほど苦労せずに済んだのは、幸いと言っていいのかどうか。
正直に言えば知りたくなかったというのが本音である。
連日の如く大量殺戮だのレイプだの超常現象が起こる世界に放り込まれて、動揺しない方が難しい。
最近ようやく達観したが、一年ほど黒歴史として葬りたい時期があった。
自暴自棄というのは自分から見てもあれほど見苦しいものだとは知らなかった。他人から見たらもっと嫌なものだろう。
そして、その間の奇行が過ぎて、両親をはじめとする周囲の大人に魔人じゃないかと疑われたのも不幸だった。今や俺の事を知っている人間は俺を腫れ物に触れるが如き状況で、せめて同世代の子供らしく遊ぼうと思えば今日の様に遠征する必要が出てくる。
魔人の覚醒は中学二年生前後に最も多く、幼児期がそれに次ぐ。
両親の心配も故なきことではないのだと、一応の弁護はしておく。
体格に恵まれたおかげで、少々力が余っていたのも悪く作用した。
おかげで我が家は俺にとっての針のむしろである。
最近は時々自分も魔人に覚醒したんじゃないかと思うのだが、別にトラックにもう一度轢かれても大丈夫なほど強靭になった気もチート的な超能力が使える気も全くしない。
魔人になったら自分の能力を認識するのだから、多分俺はまだ魔人ではないのだろう。
それが、幸か不幸かは置いておいて。
と、以上が俺のこれまでの経緯である。
*
ところで今、俺のチンコがもげた。
*
魔人能力『チンパイ』。
生涯に一度、男女の性別を入れ替える能力である『チンパイ』は、その発動に際して対象のチンコ、もしくはオッパイがポロリと落ちる。
落ちたチンコなどは放っておいても腐ったりはしないらしく、場合によってはそのまま何年もそのままで存在し続ける。どうも成長もするらしい。冷静に考えれば身体から離れたた時点で何も処置をしなければ壊死しはじめるハズなのだが、そこら辺は持主の魔人の『認識』一つなのだろう。
魔人。
両性院男女。
そう呼ぶべきだろう。
何を隠そう彼こそが『戦闘破壊学園ダンゲロス』の主人公である。
これよりおよそ十二年後。
この世界の暦で二〇一〇年、九月。
突如勃発する私立希望先学園の『生徒会』と『番長グループ』の壮絶な殺し合い『ダンゲロス・ハルマゲドン』において、『転校生』や『魔人中隊』も絡む四つ巴の戦いを通して勝者となる人物なのだから。
*
ガッシ、ポカッ。
俺は殴られた。おそらく同じくらい殴り返したと思う。
喧嘩である。
それもガキの喧嘩である。
始まってしまえばあまり筋道立てて語るほどの事はない。とりあえず相手めがけて殴る蹴るの応酬をし、泣いたら負けよの世界である。
両性院男女は、幼馴染の女の子をいじめるな、とか言っていた気がする。
俺はといえば、年で言えば何十も下の癖に生意気を言うなとか言ったような気がする。
闘いは感情に任せておっぱじめ、理屈などは後からつけるものだ、と誰かが言っていたのをぼんやり思い出す。
本当に天音沙希――両性院男女の幼馴染の名だ――や両性院を苛めたことがあるかどうかわからない。黒歴史の一年の間には暴力を振るったこともある。その前も後も結構横柄な態度をとっていた気もする。ガキにとっては男も女もないのだ――などと、言い訳するつもりはないが。
沙希を守るため自らも魔人となった両性院男女にとっては、魔人のいじめっ子など到底看過しておけるものでもなかったのだろう。
先手の『チンパイ』は、体格のいい方である推定魔人の俺への彼の取りうる最良の戦術だったのだ、と頭が冷えてみればわかる。性転換に際して体力は消耗するし、精神的にも非常に動揺させられたから。
事に及んでしまえば元大人だとかは関係が無かった。頭に血が上る、というのは比喩ではない。視界はいつの間にか血でも吹いたのかと思うほど真っ赤になり、感覚はまるで血糊がへばりついたように鈍く、そして四肢は逆に氷のように冷たくなっていく。
決着はつかなかった。
あっというまに通りがかりの大人に力づくで引き離されて幕引きと相成った。
ただ、あのままやりあっていれば負けたのは俺だろう。
両性院男女を捕まえているサラリーマン風の男が、「男の癖に女を殴るなんて最低だ!」とか言っていた気がする。
俺を捕まえたのはハイヒールのOLさんで、普段の俺ならばとてもそんな人には抑えきれなかっただろう。
連れて行かれた公園のトイレには迷わず赤い人型の付いた入口から入れられ、親切なOLさんは「可愛い顔に傷がつかなくてよかったわ」等と言ってくれた。その分傷がついたのは腕とか足とかお腹とかで、ひとつくっきり歯型までついていた。
どっかに落とした俺のチンコはどうなったか行方が知れない。
ズボンの隙間から転げ落ちてしまったのだ。
とてもそのあと探す気力はなかった。高速道路の歩道橋でなくして下に落っこちたら、と想像しただけで確認する勇気は夜風に揮発して消えた。
もうすぐそこの距離にあった我が家では、当然の様に歓迎されなかった。
むべなるかな。
性転換した俺は、殴られれたことを差し引いても以前とは似ても似つかぬ姿に成り果てていたからだ。
魔人に覚醒したのかと問い詰められて、適当に肯定したような気もする。どうでもよかった。
布団をかぶって寝た後、両親が何か喧々諤々の議論を始め、ついに殴り合いになったような気もするが、俺は疲労の為にぐっすり眠った。
その日ほど帰りたいと思ったことはない。
なんだかんだで俺はこの世界で幸せに暮らしていたらしい。世界観は殺伐としていたし、周囲との折り合いも決してうまくいっていなかったが、だからといって心のどこかでこの世界を楽しもうと思っていたのは紛れもない事実だったのだ。
だが、魔人、そして魔人能力という理不尽はそんな俺の楽観をチンコごと吹っ飛ばしてくれた。
訳もなく涙が出た。
元の世界に帰りたかった。
「2、神の目の小さな塵」に続く