re:戦闘破壊学園ダンゲロス   作:ホームパイ

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前回のあらすじ:乙女ちゃんの代わりに男女くんがあらわれた。


『天音沙希』

 天音沙希が己の淡い恋心を自覚したのは、中学一年の春だった。

 

 両性院男女。それが沙希の想い人の名だった。

 ふたりを知るものならば何の意外性もない、むしろまだ付き合っていなかったのかとすら呆れかえられるのが関の山の名前だが、しかし当の沙希にしてみれば青天の霹靂ではあった。

 

 沙希にとって、男女は隣人であり、気の置けない親友でありはしたけれど、あるいはだからこそ恋人などというロマンチズムの領域に入ってくることなど予想だにしない相手だったからだ。

 天音沙希は恋を知らなかった。無論、言葉としては知っていたし、それが決して自分と無縁だとも思って居なかった。いつか、自分は恋をするような誰かと巡り合うのだ。そのようには思って居た。

 

 だが、いつかというのは今であり、誰かというのは知らないでは済まされない人間だった。

 沙希は男女とは小学生に上がる前からの付き合いがある。

 

「どうしたの、沙希」

「え? ううん、なんでもない。ただ……ちょっと驚いて」

 

 教室の窓の外を、桜吹雪が舞っていた。

 季節は春、出会いの季節。

 進学した中学校の、入学式の日。二人が初めて配属された教室での出来事である。

 

「驚いたって、何が?」

「そのカバン、随分重たいから」

 

 男女二列。五十音順という、初めてのクラスとしてはスタンダードな席順では二人は教室の端と端離れてしまったけれど、そんなことはこの二人には何の障害でもなかった。出席番号順が近いクラスメイトと程々に交友を深めた後には、自然に二人は接近していたのである。

 別に、同じ小学校から繰り上がってきた同士での会話は珍しい事ではない。そういうグループも教室にはいくつか生まれている。

 しかし、……それらのグループからしても、この美男美女と言っていい二人が親密そうにする姿は目立っていたようだった。

 そのうちの一つである沙希たちと同じ小学校出身のグループだけはさもありなんという顔をしているのに気が付いたクラスメイト達が、その訳知り顔の意味を尋ねんと集まっていくが、二人はそんなことは気にもかけない。

 

 沙希が言ったカバンとは、男女の持っている一見何の変哲もない学生鞄であった。

 あえてひとつおかしなところを挙げるとすれば、今は用もないはずのそれを男女はさりげなくだが手にしていることであろうか。

 その点を指摘した沙希が、男女に「そんなの席の横にかけておけばいいのに」と言って触れ――少し驚いた顔をして、手を離した。

 はた目にはそれだけのことである。

 

「まだ教科書も配られてないのに、中に何が入ってるの?」

「重いのは中身じゃなくて、カバン自体だよ。……鉄板が入ってる」

「まあ」

 

 呆れたように沙希は言うが、しかしそれだけである。

 学校の中では『学園自治法』があるため、通常の法律は適用されない。その代わりに校則が機能することにはなるのだが、それは絶対ではない。不良魔人や、あるいは武装した単なる不良が猛威を振るった場合には、学園は無法地帯となることも稀ではない。

 特に、学園の生徒が入れ替わるこの時期にはトラブルが起きやすい傾向にある。これまで何の問題もなかった平和な学校が、新入生からなる『番長グループ』に制圧される、あるいはその脅威にさらされることは珍しい事ではない。

 

 自然、生徒たちは自衛のための武器を手にしていることが多い。事実、このクラスにも帯刀している生徒が一割ほどいる。サバイバルナイフやスタンガンなどの護身グッズを含めれば、武装していない生徒など皆無であろう。沙希とて御守りにと催涙スプレーを持たされている。

 であるから、いささかレトロな選択とはいえ鉄板入りのカバンを持った両性院も決して場違いな存在ではない。どちらかと言えば防具よりの選択である分、穏当な部類であるやもしれぬ。

 

 それゆえに沙希は看過したが、しかし――男女は冷や汗をかきつつ沙希を観察する。

 鉄板入りのカバン。それ自体はごく自然なものである。しかし、それ以上に異常な点を沙希はすでに指摘して見せた。

 重いのである。

 もちろん鉄板が入っているのだから重い。厚さ一センチの鉄板が周囲に四枚、底に一枚、蓋に一枚。それらを支える持ち手にも、無論のこと鉄は入っている。それを組み合わせたそのカバンは事実上の鉄の箱であり、重さも優に三〇キロ近い。緩衝材と表材に包まれて鉄らしい触感は表からはうかがえないが、ひとたび触れればその異様さは明らかである。

 クラスメイトの佩く日本刀ですら中学生用のそれであり二キロを超えることはない。その質量と鉄の硬度は実の所この教室内で最も剣呑な鈍器であることは論を待たない。

 無論、一般人には装備するどころか持ち運ぶことさえ困難である。魔人として覚醒した両性院男女だからこそ持ちうる品であった。

 だが――。

 

「男女君も、男の子なのね」

 

 少し困った様に笑う沙希には、そこまでの連想は及ばなかったようだった。そのことに男女は安堵した。

 両性院男女は、魔人である。そのことはまだ、沙希には話していない。いや、いつか話せるかどうかも定かではない。また、社会の魔人蔑視を考えれば軽々に明らかにするわけにはいかないのだ。

 ではなぜ、このようなあからさまに自らが魔人であると触れ回るも同然の品を男女は手にしているのか――?

 

「そりゃあ、僕は男だからね」

「そうね」

「沙希の事もよろしくって、おばさんたちから頼まれてるし」

 

 えっ!? と仄かに――だがふたりを注視していたギャラリーたちの目ざとい者たちには明らかな程に頬を染める沙希を、しかし男女は見ていなかった。

 その視線は不意にはるか遠く、教室の外、舞い散る桜のその向こうにある快晴の空へ遊んでいた。

 

 男女の胸に去来しているのは、ひとりの名も知れぬ少女の事である。沙希ではない。沙希の事を考えるときのように胸が暖かくはなりはしない、むしろ冷え冷えとした感情がその心をよぎっている。

 名も知れぬ。今では顔も知れぬ。歳も凡そ同じくらいとしか知らず、後で探したところその住処さえ知れていない。ただ『女』としか知れぬ誰か。

 魔人となって、初めてその力と能力を向けた相手。かつて沙希を虐めた子供の一人。そして、ただ独り男女の手にかかった人間。

 

 そのチンコ。今では彼女であるかつての彼の最後の名残。男女の能力『チンパイ』によりもぎ取られたものである。

 それが、今カバンの中に入っていた。

 いや、これまでの小学生生活でも男女はランドセルにもう一対の宝物と共にこのチンコを潜ませていたのだ。鉄板入り鞄――というより鉄の箱だ――という選択も、これらを安全に携帯するための入れ物としての側面が大きい。

 これらばかりは、常に手元に置いておきたかった。その正確な理由は自分にも測り兼ねたが、しかし、その解釈の一つとしては戒めとしてであった。

 

 人々は魔人を蔑視する。

 それは魔人が時に容易く人々の生活の安寧を崩しうるからである。例えば男女の『チンパイ』程度の能力にしても、まさしく人一人の人生を狂わせるには十分足るのだ。

 それが巷間で言われるように実際に狂暴か否かなどは実のところ、些事に過ぎない。その可能性が確かにあるだけで、平穏は瞬く間に絵に描いた餅と化すのだから。

 

 時々、そんな当たり前のことを忘れそうになったときには、男女は普段は包みに入れているチンコを見て思い出す。

 本来の持ち主がどうしているかはわからない。こうしてチンコが健在である限り、死んではいないと思う。しかしそれだけだ。

 ある日突然性転換させられてしまったひとりの子供が、そのあとどんな人生を辿ったのかは、まるで男女の想像の埒外にある。それだけに、余計に自分は大それたことをしたと思うのだ。それだけのことが自分には、そして魔人にはできる。できてしまう。

 その事だけは決して忘れてはならない。

 

 ……と、言うような考えは不意に背中を叩かれて中断した。

 振り返ると、にやけた顔のクラスメイト男子が一人。背中を叩いただけではなくしきりに小突いてくる。魔人である男女にとってはさほどのダメージでもないし、むしろ鞄を振り回して怪我をさせないように振り向く。

 

「なーに格好つけてんだ、色男?」

「別に色男なんかじゃないけど」

「そんなこと言って、入学早々あんな美人といい仲になってるじゃねぇか! ネタは上がってるんだぞ!」

「あら、天音さんは両性院クンと小学校に上がる前からの仲良しなのよ? いつも二(・)人(・)でいたんだから」

「幼馴染!? こんな美人の子と! ゆ、許せん……」

「この男、前世でどれほどの功徳を積んだというのか」

「もげろ」

「そんなことを言われても……」

 

 外野からの情報でさらに怒りをたぎらせる男子。いや、男子たち。

 まあ沙希が美人なのは確かだけど――等と少しずれた感想を抱きつつ横目で見れば、沙希もまた女子に囲まれて冷やかされている。いや、女子の恋愛方面についての食いつき方はもう少しエグめであり、慌てて男女は男子たちの輪の中に逃げ帰る。

 今時の中学生――いや、ついこの間まで小学生だったのに、「もうヤったの?」なんて聞くなんて――。

 

 その日は、クラスメイト達に散々からかわれて、それは帰り道にまで続いたので男女と沙希の関係の進展はなかった。

 それ以降も、それまでの二人を知る者たちにとっては半ば予想されたとおり、そしてその他の多くにとっては意外なほどに、二人の関係に進展はなかった。遅遅として、進まなかった。

 中学一年の春。

 出会いの季節。

 天音沙希が己の淡い恋心を自覚した段階では、未だ。

 

 その関係が大きな進展を見せるのは、中学二年の秋。別れの季節を待たねばならない。




『浅宮ミヅキ』へ続く
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