re:戦闘破壊学園ダンゲロス   作:ホームパイ

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前回のあらすじ:天音沙希は両性院男女に恋をしている、


『浅宮ミヅキ』

 十月も半ばを過ぎて、雨模様が続いている。

 教室の誰もが多かれ少なかれ外を気にしている。と、いっても視線を向けるものは少ない。むしろ、この連日続いている雨を務めて視界に収めまいとしているのだ。

 風は薙ぎ、雨の吹き込む恐れもないのだから窓は開け放って涼をとろうとするどころか温度に抗うように締め切られ、まるで湿度に操を立てるようにカーテンで覆われていた。

 

 誰もが、この雨が尋常なものではないと感じていた。

 天気予報でいくら『晴れ』と予報されても、この学園の周辺では連日雨が降り続くのだから、気が付くなという方が無理かもしれない。だが、その先に深く考えを及ぼすことを、誰もが拒否していた。

 

 無論、魔人の仕業である。

 それも、隠れ魔人なのだ。学園に所属する既存の魔人生徒の誰もがあるいは自ら関与を否定し、あるいは学外での喧嘩のために入院しており、あるいは連日の雨に嫌気がさして不登校になり、あるいは知られた能力からこの異変の原因ではありえない事が確かと見られている。

 

 未知の魔人がいる。

 それは、もしかしたら自分のクラスメイトかも知れない。いや、それどころか友人のひとりかもしれない。

 その考えが、湿気の様に学園内の人間関係を蝕んでいた。表だって起こる異変自体は傘ひとつで解決できる代物なのに、その影響はゆっくりとだが深刻に学園を侵食していく。

 

 このごろ喧嘩が増えた。

 陰湿ないじめがあるという噂がどこからともなく流れてくる。

 

 教師の中でも評判のよくない一群はよりヒステリックに当たり散らすようになっているし、魔人体育教師は手当たり次第にしごきを行う。

 後者は、実のところ学習指導要領で推奨されている行為ですらある。隠れている魔人をあぶりだすために手当たり次第に理不尽な体罰を与え、もしそれをクリアする様なものがいればそれが魔人なのだ。

 冗談ではない。本当にそう考えられているし、それはある程度の効果を上げてもいるのだ。問題を起こすような魔人はある程度力が強く、また自己顕示欲も強い傾向にあるという統計的な事実がある。

 

 上に政策あれば下に対策ありと言ったもので、学園に蔓延する以上のようなトラブルを避けようと生徒の出席率が有意に落ちている。

 それでなくとも続く雨で学園一帯だけ温度は低いし、濡れて帰ればさらに体温が下がる。それで風邪を引くこともある。このところ朝の職員室には生徒が風邪を引いて出てこれないという電話がひっきりなしにかかってくる。

 少なくない数が仮病だと承知していながらも、学園側もストレスを吸収するために人口密度の低下が有効であることは認めていて、有事の時のこうしたサボタージュを歓迎こそしないもののとがめだてることも少ない。

 

 だが、こうした時に人間の本性というものは出るもので、つまるところ大多数の生徒はそれでもやはり善良に仮病など使わず出席していた。

 天音沙希もそのうちの一人だった。

 

 その沙希は、雨から目をそらし続ける教室の教師や生徒たちとは異なり、窓際の席からカーテンをちらりと捲ってそこから見える風景と、そこに透明な射線を入れ続ける雨に視線をやる。

 その向こうに想い人がいるからだ。

 と言っても、別に誰か故人になったとかそういうわけではない。

 

 幼馴染である両性院男女が、これはもう本当に正真正銘風邪をひいて学校を休んでいる、という次第なのである。

 中学二年生になるまで大した病気もしてこなかったのに、不意にぶっ倒れるから沙希も非常に気をもんだ。

 美術部所属の男女がこの長雨続きの下をかさばる画材を抱えて登下校したものだから、満足に傘を持つことができず雨に降られ、当然のように風邪を引いたのである。

 

 ベッドに横たわる男女を見舞った沙希が、つい年来の習いにしたがって額と額を合わせて男女の体温をはかり、その熱を確認した矢先にキスだって出来そうな距離に相手の顔があることを認めて男女に心配されるほど赤面される非常に甘酸っぱい場面もあったのだが、それは割愛する。

 

 男女が、いない。

 たったそれだけの事が、どうにも自分のバランスを崩していることを沙希は感じる。

 つい休み時間衣は男女の姿を探してしまうし、何だか妙に意味もなく男子に声をかけられることが多くなった気がして疲れるし、止めに友達には何だか元気がないと言われた。

 自分でも、そう思う。

 たとえお幼馴染でも、想い人でも、ただ学校を休んでいるだけでこうまで寂しくなるものか。

 逆に営場、男女が自分の中でいつの間にか随分と頼もしい存在になっていたことに気がついて、沙希は驚く。

 あるいは男女も、そんな気持ちで鞄を持っているのだろうか。

 

 いつの頃からか男女は学生鞄を常に持ち歩く様になっていた。ちょっとした奇癖として、クラスメイトなら誰でも知っている。何阿特別なものが入っているのかと聞かれても男女は曖昧に微笑むだけだが、沙希はその実に近いところを知っている。

 あの鞄は鉄板入りであり、つまり武器で防具なのだ。装備していなくては意味がない。

 だからといって、体育などのやむを得ない場合を除いてその武器防具をその手から離さない男女の事を、沙希は内心おかしく思っていた。

 だって学園は同じ学年に四人の魔人を擁しながらも存外平和で、何も怖いところなどない。入学したての時にはいかめしく武装していたクラスメイト達も、今ではその獲物をロッカーの肥やしにしているものが大半だ。

 沙希自身、先日家にゴキブリが出た時に殺虫スプレーを探していて、ふと入学時に持たされてた催涙スプレーを物置の中で発掘した時には多少の感慨を感じたりもしたのだ。

 男女だけは、入学当初の警戒を忘れてはいない。

 

 ――沙希の事もよろしくねって、おばさん達にも頼まれてるし。

 ふと、入学当初に男女に言われたことを思い出す。

 男女にとっては何でもない一言であっただろう。だが、沙希にとってはどこか気恥ずかしさを覚えるものだった。言葉を額面通り受け取れば、たしかに大したことではない。だが、男女の性格からして、沙希の事を自ら請け負ったことは想像に難くない。

 

 ――そりゃ、僕は男だからね。

 とも、言っていた。

 思えばあの時、沙希は男女を明確に男として意識したのだ。

 

 つまり、あの時男女は沙希に対して「君の事を守る」と、そう宣言した。

 という事に、沙希の中ではいつの間にかなっていた。そんなことは一言も言っていないと気が付いた時には、頭から日が出るかと思う程恥ずかしかった。

 まるで恋する乙女だ。

 いや、実際にそうなのだ。

 恋をすると、人はどうもどこまでも厚顔無恥になれるらしい。

 

 だが、その自惚れを自らに許せば、男女の少々病的でさえあるかもしれない警戒が、そのまま沙希への献身に変換されるのだ。

 その妄想の中では沙希はまるで、騎士に守護されるお姫様である。

 そんな妄想に浸って心底楽しんでいる自分を発見すると、沙希はひどく驚く。

 

 昔は、黙って守られているような子供ではなかったのだ。

 隣家に住んでいた女の子が苛められているところに出くわせば、たとえいじめっ子が男で年上で多勢であろうとも、躊躇なく戦いを挑む様な、そんな子供だった。

 それが、今ではお姫様気取り。

 そんな風に考えると、自然と唇がほころぶものだ。

 

「沙希ちゃん、雨が好きなの?」

「え?」

 

 ふと、気が付くとクラスメイトの浅宮ミヅキが目の前に立っていた。手には美術道具の入ったカバンを下げている。

 そして、いつの間にか先とミヅキの他にクラスには誰もいなくなっていた。

 時計を見れば授業は既に終わって休み時間。次の美術は教室が少し遠い所に有るから、早々に他のクラスメイトは移動したのだろう。

 慌てて沙希も教科書とノートをしまい、道具を用意。美術室へ移動を開始する。

 

「ごめんね、待っててくれたんだ」

「ううん。別に」

 

 立って並べば、すらりと長身な沙希に比べてミヅキは目線が一つ低くなる。歩けばコンパスの違いを意識する必要もある。

 沙希は同年代の中でも成長の良い方だが、ミヅキはその反対である。と言っても単に子供子供しているわけではなく、女性的な柔らかさは年相応にしっかりある。

 どこかか弱くて、けれど気配りのできるしっかりとした女の子。

 

「なあに、私の顔に何かついてる?」

「ううん」

 

 お姫様、というのなら。

 多くの男の子は、こんな子の事を思うのかもしれない。

 

「ちょっと考え事をしてて。さっきもそれで。大したことじゃないんだけど」

「じゃあ、雨を見てたわけじゃないんだ」

「ええ。雨なんて、ここのところずっとじゃない。今更あまり新鮮でもないわね」

「そう……」

「それが、どうかした?」

 

 不意に会話が途切れた。

 ミヅキが、沙希に何か言おうとしている。その緊張が、思いのほか深く感じられ、その圧力に沙希は少し慄く。

 

「あまり、そういう事はしない方がいいとおもうの」

「え?」

「いま、みんな雨の事でピリピリしてるから」

 

 思いのほか、ずばりと言われた。

 言っていることはおぼろげにしか理解できないが、ミヅキにしては常ならぬ角度から単刀直入に切り込んできていることは理解できる。

 いつもなら柔和に事を運ぼうとする、あるいは優柔不断ですらあるクラスメイトの直言に、沙希は少し怯んだ。

 

「みんな、言ってる。雨を降らせてる魔人は、何だかよくわからないけど雨が好きなんだって」

 

 魔人が常ならぬ思考を持ち、また常ならぬ嗜好に耽溺する傾向があるのは広く知られている。

 無論実際には、その傾向が強い、というレベルの話でしかない。

 大方の魔人は話せば普通に会話ができる程度には常識があるし、異常性癖も常人と比べて多少多いかな、という程度にすぎない。その異常さにしたところで、倫理や公衆良俗に反するものではないことも多いし、例えそうだとしても普段はきちんと自己を抑制できている。

 

「だから、沙希ちゃんが雨をじーっと見てるから、クラスの皆が怯えてた」

 

 たとえば、沙希の知り合いである学年の四人の魔人にしたって、それは同じだ。彼らは学外で多少の衝突は経験しているものの、周囲におそれられている以外には、これと言って問題を起こしているわけでもない。

 彼らと分け隔てなく接する先からすれば、他の生徒たちや教師たちが彼らの何が恐ろしいのか、理解できない。

 だが、ミヅキの口から飛び出した言葉は――。

 

「沙希ちゃんはよく魔人と話しているから、魔人が伝染ったんじゃないかって」

 

 魔人が伝染する、という事は無いと厚生省が度々の通告を出している。

 つまりはそうするに足るほど民衆の間に深く根を下ろした迷信なのである。

 魔人は差別される。そして、魔人の血縁にあるものや、魔人と交友のあるものもまた、差別の対象となることがある。

 その事実が、更に魔人への隔意を強化する一助となるスパイラルを形成する。

 魔人と同類などと思われて損をすれ得することは何一つないのだから。

 

「そんな怖い顔、しないでよ」

 

 気が付くと、沙希はミヅキの胸倉をつかんでいた。

 その事に一番驚いたのは沙希自身である。

 

 廊下の一画で、女子が二人、掴み合いの喧嘩。

 殺気立っている昨今の学園でも、それは目を引く光景だったのだろう。遠巻きに見ていた生徒たちの間を縫って、ひときわ大きな巨漢がぬっとあらわれる。

 魔人体育教師だった。

 

「何だ。何があった」

 

 その場をじろりと一瞥する。

 その視線が、沙希を目にして少し和らいだ。魔人と隔てなく接する傾向のある沙希は、魔人体育教師とも恐れず対応してきていた。それが、彼をして一抹の行為の様なものをいだかせていたのかもしれない。無論、そこに沙希の類まれな美貌を無視できるものでもない。

 そんなことは、頭が真っ白になっていたその時の沙希には、思い浮かびもしない事だったけれど。

 

「いえ、あの……」

「気にしないでください、先生。ちょっとした痴話喧嘩です」

「何ィ、喧嘩……何ゲンカだと?」

 

「沙希ちゃんが幼馴染の両性院男女君が風邪で休んでて元気がないから、発破をかけるつもりで『男女くんって彼女いるの? わたし立候補しようかな』って言ったら、沙希ちゃん『男女君は渡さないわ、この泥棒猫』って」

 

「そりゃ、本当か天音」

「えっと……」

「ごめんね沙希ちゃん、あれは冗談だったの。許してくれる?」

「え……。ええ……」

「ありがとう」

 

「何だか知らんが話が済んだんなら、さっさと教室戻れ。ん、次は美術か? じゃあ走らないと間に合わんぞ」

 

 そういうと魔人体育教師は、野次馬の生徒たちを振り向くと「お前らも、さっさと教室に戻れ!」と一喝する。蜘蛛の子を散らすように廊下から人が消える。

 いつもなら小言の一つ、この雨の状況では唐突な腕立て伏せやスクワットを男女問わず強要するのが常の魔人体育教師も、沙希の普段の行いの良さとミヅキのきっぱりとした物言いについそんなことを忘れて去って行く。

 

「傘、新しくしたんだ」

 

 その背を見送りながら、ミヅキはそんなことをつぶやいた。

 傘、というのはミヅキが愛用している雨傘の事だろうと沙希は推測する。お小遣いを奮発したというその傘は、しっかりとしたつくりでデザインもよく、ミヅキの自慢の宝物だったはずだ。

 

「私も、雨は別に好きじゃないなぁ。でも、雨の日に傘をさして歩くのは好きだった。それだけ、だったんだけどなぁ……」

 

 肩をすくめて、ミヅキは沙希を置いて歩き出す。美術室の方へ、急ぐこともなく。

 チャイムが鳴る。

 ミヅキは足を止める。

 沙希は、その肩が震えているのに気が付いた。

 

「何が、あったの……?」

「傘を新しくしたの。前の傘は、もう使えないから。真っ二つに、折れちゃったから」

 

 ――陰湿ないじめがあるという噂がどこからともなく流れてくる。

 沙希の脳裏を思い湿気を含んだ風が撫で、そこに怖ろしい結露が汗の様に吹き出すのを感じる。

 

「それって……」

「そうじゃないよ。沙希ちゃんの考えるようなことは何にもない。私は何もされてないし、私は本当は悲しむ権利なんて一つもないから」

「…………」

「でも、沙希ちゃんは違うでしょ」

「……ありがとう」

 

 沙希は、それだけを言った。

 ミヅキが自分を気遣ってくれている、そのことにだけ礼を云った。それ以上の事は正直に言って何一つわからない。ミヅキが本当のところ何を悲しんでいるのか、そのために自分が何をしてあげられるのかも。

 なにひとつ、わからない。

 

 だと、いうのに。

 ミヅキは振り返ると、涙を拭いて、

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 笑った。

 強い笑みだと思う。沙希は、ミヅキに少し親近感を持った。彼女は、別にか弱いだけの女の子ではない。

 必要ならば、何かに立ち向かっていける強さを持っている女の子だ。

 そのことだけわかれば、それで十分な気もした。

 

「でさ。物は相談なんだけど。私たちの遅刻の理由ってさっきの痴話げんかってことにしない?」

「さっきの先生に通じたのが、また通じるとは限らないと思うけど」

「そうかな。結構真に迫っていたと思うけど」

「そう……かも」

 

「でしょ。私が両性院くんのこといいなって思ってるのは、それは本当だから」

 

「……、……えっ」

「さ、行こう」

「待って、ミヅキちゃん。その話は」

 

「もー、早く告白しちゃいなよ。あとひと月もすれば修学旅行だよ? 恋愛イベント目白押しなんだよ? グズグズしてると、鳶に油揚げをかっさらわれちゃうかもしれないよ?」

「そ、そんな……」

「大丈夫だって、沙希ちゃん。両性院くんは沙希ちゃんの事大好きだから。凄く一途だから。だからさっさとくっついちゃいなよ。それがいいって。私、二人の事応援するから」

 

 あまりにあけすけなものいいに、沙希は先ほどの認識もまた間違っていたことに気が付く。

 ミヅキはか弱い女の子でも、強い女の子でもなく、(したた)かな女の子であった。

 

 結局、ミヅキによる沙希弄りは、業を煮やした美術教師により二人が発見されるまで続くことになった。

 無駄話をしていて遅刻した罰として課された二人へ美術教師から出された課題を、病み上がりで登校してきた男女が大童で手伝う事になるのだが、それは別の話となる。

 

 そして、そのころにはもう、いつの間にかこの長雨もすっかり消えてしまい、学内にいるかもしれない隠れ魔人の話も、秋の空に湿気が吸われるのと同じ速度で忘れ去られてしまう。

 次の一大イベントへ向け、学園は何事もなかったかのように邁進しはじめる。

 

 十一月中旬に入る頃、京都奈良への修学旅行。

 

 秋も半ば。

 別れの季節に、沙希と男女の仲は一つの進展を見ることになる。




『歩渡』に続く。
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