東方狐答録   作:佐藤秋

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第七話 伊吹萃香と星熊勇儀②

 

「……じゃあ、今回捕まえてきた酒虫を見せ合うか」

「ふふふ、私今回は自信があるよ」

「奇遇だね勇儀、私もだよ」

「じゃあ行くぞ! せーのっ!」

「六匹だ!」

「な!? 五匹!」

「八匹だ!」

「は、八匹!?」

「あー! また真の勝ちかー!」

「くそー! 今回は自信があったのに!」

「……でも勇儀、見付けるのうまくなったね。最初なんて零匹だったのに」

「だろう? しかしそれにしても」

「「「かなり捕まえたな(ね)……」」」

 

 壷からあふれんばかりの酒虫を見て、俺たち三人は息を吐いた。いま俺たちが何をしているのかというと、酒虫を誰が一番見付けてこれるかの勝負をしているのだ。

 ルールは単純、時間と集合場所を決め、各自勝手に探し回るだけ。今のところ俺の勝率が一番高いが、能力を使うなんて無粋なことはしていない。純粋な運と実力だ。

 

 捕まえた酒虫たちは俺が全部携帯している。変化の術が使えるので、持ち運びならお手の物だ。変化させたものが俺から離れて時間が経つと、元に戻ってしまうため適当なところには置いておけない。

 

 さて、おそらく今後の流れはこうだ。

 まず今夜、俺の酒虫が入ってる壺の中の酒を飲み干す。空になった壺に、俺の変化させた壺の中にいる酒虫たちを移す。勇儀たちはその壺を持って住処に戻る。これで二人は幸せで終了、二人に感謝されて俺も幸せ、ってな感じだ。

 壺は餞別にくれてやる。もともと、俺の旅には荷物はそれほど必要ではないのだ。周りの適当なものを変化させればとりあえず代用は利くのだから。

 

「これだけ沢山捕ったらもう充分だろう。それにこれ以上捕ったら帰りが大変になるぞ」

「? 何を言っているんだ?」

「……何って、まぁ確かに鬼は力持ちだから、量が増えても大丈夫だろうが…… もう壺に一杯になっているじゃないか。容れ物がないと運ぶのが大変だろ?」

 

 不思議そうな顔をしている勇儀に説明してやる。少し考えれば分かりそうなものだが。というかなんでこいつら、酒虫を探しに来ているのに容れ物の一つも持って来ていないんだ。

 

「あぁ、なるほど」

「分かってくれたか」

「全く分からん」

「なんでやねん」

「だってなぁ…… なんで真がいるのに運ぶときの心配をせにゃならん。真の言うとおり、酒虫の数はもう充分だとは思うが」

「……ん?」

 

 勇儀の言葉に思考が詰まる。なんで俺がいないときの話をしているのに俺がいる前提になっているんだろう。

 勇儀の言葉の意図をはかりかねていると、萃香も続けて言ってくる。

 

「だーかーらー、真とこれから私たちの山に戻るのに、真は一体何の心配をしてるのさ」

「え? ちょ、ちょっと待てよ。いつ俺がお前らと一緒に行くなんて言ったんだ」

「なんだよ、嫌なのか?」

「……いや別に、嫌か嫌じゃないかで言うと嫌じゃないが」

「だったら問題無いじゃないか。それに、仲間たちにも真を紹介してやるんだ」

「そうだね。きっと皆も真を気に入るよ」

 

 二人の中ではいつの間にか、俺も共に行くことになっていた。強引ってのはこいつらのためにある言葉なんだな。確かにそれなら、酒虫を運ぶことについて何も心配することはない。

 

「……じゃあ今からどうするんだ? てっきり俺はここでまた飲むものだと思っていたが」

「それでも良いが、仲間たちにも飲ませてやりたい。飛んで帰れば今日中には帰り着けるだろうしな」

「まさか真、飛べないなんてことはないよね?」

「そりゃあ、もちろん飛べるが……」

「じゃあ問題ないね!」

 

 話がどんどん先に進んでいく。俺の旅の基本スタイルは歩きだが、それほど拘っているわけではない。飛んでの移動もたまにはいいだろう。

 

「じゃあもう出発するのか」

「そういうことだね。私たちは他に荷物もないし、今すぐにでも出発できる」

「あ、ちょっと待ってよ勇儀。真、頼みがあるんだけど」

「? なんだ?」

「私、真の背中に乗って帰りたい!」

 

 萃香がとんでもないことを言い出した。

 乗って帰る? 俺の背中に? 萃香を背負う自分を想像して、子どもをあやしている気分になる。

 

「いや……流石にずっとおんぶしてるのは……」

「違う! 元の姿の!」

 

 萃香が食い付き気味に突っ込んでくる。

 まぁそうじゃないかと思ってた。大きい獣の背中に跨がる機会なんてそうそう無いし、俺だって言葉の通じる獣がいたら一度は頼んでみるだろう。

 萃香の気持ちはよく分かるし、尊重してやりたいとも思う。しかし問題はその獣が、他でもない俺ってことなんだ。

 

「……でも、そんなことしたこと無いし」

 

 俺は萃香に苦い顔をする。やってみれば簡単にできるかもしれないが、生憎初めての挑戦なのだ。失敗して自分に迷惑がかかるのはいいが、他の人に迷惑をかけるのは御免である。

 

「したこと無いって、じゃあ今からすればいいじゃないか!」

「いやだからだな、そもそも俺が大きい狐になってるって気付いたのは昨日のことで、その状態で飛んだことすら無いんだが……」

「なに言ってんの! あのときの真、力強そうでかっこよかったからきっと簡単さ!」

「か、かっこいい?」

「うん!」

「……ふん、特別だからな。落っこちて怪我をしても知らないぞ」

 

 萃香のキラキラした目の勢いに押され、俺はしぶしぶながらに了承する。決して、おだてられて気分が良くなったとかじゃないぞ。萃香にこれだけ頼まれたんだ、やってやるのも(やぶさ)かではない。

 俺は萃香に酒虫入りの壷を渡すと、元の狐の姿に変身した。

 

「(ちょろい)」

「(ちょろいな)」

「ほら」

「わーいっ」

 

 乗りやすいように地面に伏せると、萃香が大喜びで俺の背に跨がってきた。予想以上に萃香は軽い。これなら全然大丈夫そうだ。

 

「……準備はいいかい?」

「……何言ってるんだ、勇儀もさっさと乗れよ」

「…………え?」

 

 勇儀が驚いた顔でこっちを見てくる。そんなに予想外のことを言っただろうか。

 

「い、いいのかい?」

「いいよ。萃香が飛ばされないよう後ろから支えてやってくれ」

「飛ばないよ!」

「……わ、わかったよ」

 

 萃香の後ろに、同じように跨がる勇儀。狐の姿では筋力が増すのだろうか、全く言っていいほど重くない。

 

「……お、重くないかい?」

「全然」

 

 昨日も少し思ったが、勇儀はたまに、すごく女の子っぽい反応をする。女の子に女の子っぽいというのは少し失礼かもしれないが、こういう部分はとてもかわいらしい。そういう反応の相手ならば、俺も俺でやる気が出るというものだ。

 

「ついでだ、これに掴まれ」

「わ、すごい」

 

 少し体を変化させ、手綱のようなものを作り出す。人間に変化しているときも、服などと一緒に変化しているのだ。これくらいは造作もない。

 

「じゃ、飛ぶぞ。二人とも道案内よろしく」

「ああ。あっちの方角にまっすぐだ」

「わかった」

 

 俺はひとまず真上に飛び上がると、萃香の指差す方向に向けて一直線に飛び出した。狐の姿の俺の尻尾は、隠す必要がないため全部出ている。つまりどういうことかというと、人型のときよりも妖力が溢れているのだ。

 

「うわぁ! 速いはやーい!」

「すごいな! これならすぐに到着するぞ!」

 

 溢れる妖力を、全て使って飛んでいく。

 背中から二人のはしゃぐ声を聞きながら、俺は更にスピードを上げた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……! おい! ありゃあもしかして勇儀姐さんと萃香さんじゃねぇか!?」

「なに? ……本当だ! ……でもなんだ? 二人が乗ってるあのでかいの」

「そんなことはどうでもいいだろ! 二人が帰ってきたんだ。つまり……」

「「「見つかったのか!?」」」

 

 

 

 

 勇儀たちの住処である山、通称『妖怪の山』に到着した。目の前には大量の鬼が見えているが、この山には鬼以外にも天狗や河童など様々な妖怪が共に過ごしているらしい。その中でも、やはり鬼は上位の位置の存在のようである。

 

 こちらを見ながらわあわあと騒いでいる鬼の丁度真ん中に着陸する。俺が着陸するときには少しだけ遠巻きに離れた鬼たちだったが、勇儀と萃香が背中から降りるとすぐさま鬼たちがわらわらと駆け寄ってきた。

 

「勇儀姐さん、萃香さん、お疲れ様です!」

「姐さんたち! 見つけたんですか、ついにあれを!」

「なんですかそのでかい狐みたいな乗り物は?」

 

 鬼たちが次々に言葉を口にする。誰だ俺を乗り物扱いしたヤツは。

 集まる鬼たちを見回してみると、勇儀や萃香と違い見た目もゴツく、まさに鬼、といった姿のヤツばかりだ。それなのに女である勇儀たちに、ゴツい鬼たちはそれなりに敬語で話している。

 

「……勇儀、萃香。もしかしてお前たちって、鬼の中でも偉いほうなのか?」

「へへ、まぁね」

「!! こいつしゃべったぞ!」

「今こいつ姐さんたちを呼び捨てにしなかったか!?」

「あー待て待て、別にいい」

 

 勇儀はこほん、と咳ばらいする。ざわざわと騒いでいた鬼たちが、勇儀の仕草で一瞬にして静かになった。

 

「お前ら! 結論から言おう! 私たちは酒虫を見つけてきた! そしてこいつは真! 狐の妖怪ではあるが筋の通った気持ちいいヤツさ! 酒虫はこいつのおかげで発見できた!」

 

 勇儀がそういい終わると同時に、おおおおおお!! と鬼たちから歓声が湧く。一体どれほど楽しみにして、二人の帰りを待ってたんだ。

 

「で、では姐さん。その酒虫はいったいどこに?」

「……ああ。真」

「はいよー」

 

 勇儀に返事をしつつ、俺は狐から人間の姿へと変化する。完全に人間の姿にしてしまうと鬼たちに面倒な反応をされそうなので、一本だけ尻尾は出しておくか。

 ……ところで名前を呼ばれただけで勇儀の意図を察するって、なんか相棒みたいでかっこいいな。勇儀の言葉の意味は『酒虫を取り出せ』以外に受け取りようが無いが。

 

「萃香ー」

「ほーい」

 

 萃香を呼んで、渡しておいた酒虫入りの壷を取り出してもらう。俺は萃香の持っている壷に手を当てると、変化の術を解いて壷と中身を元の大きさへと戻した。

 

「……ほら、その壷にたくさん入ってるのが酒虫だよ」

「はい、持ってていいよ」

 

 萃香が持っていた壷を近くの鬼に渡す。手足の短い女こどもである萃香が持つよりも、男の鬼が持っていたほうがいくらか見た目も自然だろう。

 しかし男の鬼は萃香から壷を受け取ると、何食わぬ顔で壷を持っていた萃香とは対照的に、結構苦しそうな表情でその酒虫入りの壷を支えていた。

 

「お、重っ……! ちょっと失礼しますよ……と……!」

 

 鬼は壷の重さに根を上げて、持つことを諦めゆっくりと壷を地面に下ろす。そして改めてその壷のふたを開け、中にいる酒虫の姿を確認した。

 

「これが酒虫か…… え? 姐さん、これほんとに酒虫ですかい? 魚にしか見えませんが……」

「正真正銘それが酒虫さ。なんだい、虫とでも思っていたのかい?」

「いやぁ実は全くその通りで…… でもこんな変な魚が極上の酒を生み出すんですかい?」

「ふふ、論より証拠さ。先に一つだけ酒をつくってある。皆にはそれを飲ませてやろう。 ……真!」

「ええ!? まあいいけどさぁ。もともとお前らと飲む予定だったし」

 

 またも名前だけ呼ばれて意図を察し、俺は渋々自分の腰についた壷を大きくする。っていうか勇儀よ、なんださっきの台詞…… お前らだって同じ反応だったじゃないか。

 

「ほら、飲みたいヤツから自分の杯を持って並んでくれ」

「! 俺は飲むぞ!」

「俺もだ!」

 

 柄杓を変化で作り出しつつ呼びかけると、鬼たちがわらわらと壷の前に列を作る。本当はお前らに飲ませる義理なんかないんだからな、勇儀のためにやってるんだ。

 そう思いながら俺は前に並んだ鬼から順番に、持っている杯に酒を注いでいってやった。

 

「!! うまい!」

「! 俺にも早く注いでくれ!」

「なんだこの味は!?」

「洗練させずにこの複雑な味わい…… すげぇ!」

 

 鬼は次々に酒を飲み賞賛する。俺は酒をあまり飲まないのでどんなものが洗練されてるとか複雑だとかは分からないが、それでも旨いというのは間違いない。

 鬼たちがこぞって飲んでいくので、あっという間に壷の中身は無くなってしまった。

 

「……え? もう終わりなのか?」

「俺まだ一杯だけしか飲めてないぞ!」

「もっと飲ませろよ狐!」

「真だ。無茶言うな」

「……さあ! これが本物であることはもう皆分かったね!?」

 

 散々好き勝手に物を言っていた鬼たちが、またも勇儀の言葉で、おおおおおお!! と一丸に叫ぶ。おおおおじゃなくて注いでやった俺にありがとうをまず言えよ。

 

「本物だと分かったならさっさと、酒造りに勤しむよ! この酒虫たちを開発部に持っていきな!」

「……開発部? 勇儀の姐さん、なんでまたそんなとこに」

「個体によって造る酒が違うからさ。開発部でそれぞれ研究して、また品種改良でもして最高の酒を造るんだ!」

「おおなるほど! 分かりました! よし、みんな行くぞ!」

「あ、持ってったらすぐに別の容器に移したほうがいいぞ。その壷、時間が経ったら葉っぱに戻るから」

 

 別にこいつらが酒虫をどう扱おうと興味は無いが、一応一言だけおせっかいを焼いておく。先導していた鬼は「分かった」と短く俺に返すと、酒虫の入った壷に駆け寄っていった。

 

 萃香が一人で抱えていた壷を複数人でやっとこさ持ち上げて運んでいく鬼たちの姿を、俺はただぼーっと眺めていた。

 

 

 

「……ふう、一息ついたな。まさか鬼がこんなにいるとは思わなかった」

「ああ、驚いたか?」

「そりゃあもう」

「じゃあ次いくぞ」

「行くってどこに?」

「言ったろ? 仲間に紹介するってさ。鬼の皆には紹介したけど、他のヤツらにも紹介しないとね。とりあえずは天魔のじじいに挨拶するか」

 

 勇儀が俺の手を引き、萃香が俺の背を押してくる。あぁ、これは当分挨拶回りをする羽目になりそうだ。めんどくさいと思ったが、笑顔の勇儀と萃香を見ていると、不思議と嫌ではなくなった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……で、なんで俺が萃香と戦うことになってるんだっけ?」

「なんでって、天魔が真の実力を見たいって言ったからでしょ」

「……周りにめっちゃ観客がいるんだけど……」

「酒ができるまで時間があるからねぇ、みんな暇なんだよ」

 

 気が付いたら俺は萃香と戦うことになっていた。周りには鬼や天狗がわんさかいて、賭けを行っているような様子も見える。といっても皆一様に、萃香に賭けているようだ。

 

「……ま、いっか」

「お、真も乗り気になったようだね」

「俺もあれから成長したってところを見せてやるよ」

「? あれからっていつの話だい?」

「こっちの話さ」

 

 思えば昔、一鬼と戦ったときはいつもボロ負けしてたっけ。あれからかなり時間が経つ。俺の実力が鬼に届いたかどうか、この場で確かめることにしよう。

 

「……もう始めてしまっていいのか?」

「当然さ。いつでもいいよ」

「む、そうか……」

 

 鬼の喧嘩には、細かいルールも無ければ審判もいない。お互いが始まりだと思ったときが勝負の始まりなのである。

 

「……じゃあ、行くぞ!!」

 

 俺は萃香に向かって叫びつつ、尻尾を三本まで解放する。一鬼と戦っていたころよりも増えた妖力。久しぶりに人間の姿での尻尾を解放だ、体中に妖力がみなぎっていくのが感じ取れる。

 

「さぁ来なぁ!!」

 

 萃香が俺の叫びに応えつつ、笑みを浮かべながら足を開く。俺の尻尾解放みたいに見た目の変化は無いが、萃香の小さい体からも大量の妖力があふれていた。

 

 ダッ!

 

「はっ!」

 

 戦闘開始、俺はまず様子見として、萃香に一撃だけ繰り出す。たった一歩の踏み込みで萃香との距離をゼロにして、そのままの勢いで萃香の顔面に殴りかかった。

 

 ヒュッ!

 

「なっ!」

 

 俺の拳が空を切る。萃香がかわしたわけではない、俺の拳が逸らされたのだ。

 

「甘いね!」

「うおっ!」

 

 間一髪萃香のカウンターを受け止める。あともう少しガードが遅れたら殴り飛ばされていただろう。しかし

 

「(見える…… 反応もできる……!)」

 

 俺は自分の強さを実感できてきた。

 これなら……戦える!

 

 

 

 

 十分後、決着はまだついていなかった。

 お互いにクリーンヒットが出ていない。萃香は俺の攻撃をうまくいなし、俺もまた萃香の攻撃をうまく防いでいた。

 

「……ふう……このままじゃ決着がつかないな」

 

 俺は萃香から少し距離を取り、萃香にも聞こえるような声量でボソリと呟く。

 

「……ふふ、じゃあ降参するかい? 皆も、もう真の実力は認めているよ」

「……そんなこと言って、降参なんかしたら怒るだろ?」

 

 萃香の全く意思の伴っていない提案に、俺は鼻で笑って軽口を返す。どう見ても萃香はこの戦いを楽しんでいるのだ、降参なんかさせる気は無いくせに。

 それなのにどうして萃香がそんなことを言うのか。それは俺が降参なんかしないと分かっているからだ。戦いを楽しんでいる萃香と同様かそれ以上に、俺もこの戦いを楽しんでいた。

 

「……一つ提案がある」

「……聞こうじゃないか」

 

 しかし楽しんでばかりもいられない。このままの状態で戦いが長引けば、持久力の無い俺が不利になるのは目に見えていた。やはり勝ち負けがある以上、勝ちたいと思うのは当然なのだ。

 

 萃香の返答を聞いて、俺は地面に一辺一メートルの正方形を描く。これが先ほど、俺が萃香にした提案だ。更に正方形の右下と左上の頂点には、それぞれ小さな丸を描く。

 

「……何だいそれは?」

「この枠の中で戦うってのはどうだ? さらに互いの右足はこの円の中にそれぞれ固定する。ほんとは固定するためにナイフを後ろに刺すんだけどな。今回はそれ無しの、ナイフエッジ・デスマッチってやつだ」

「……へぇ。面白いね、乗ったよ」

 

 萃香は特に考えるそぶりも見せず俺の提案に乗ってくれた。

 俺と萃香、二人とも枠の中に入り、右足をそれぞれ固定する。

 

「じゃ、仕切りなおしといこうか」

「ああ……いくぜ!」

 

 その言葉と同時に、俺は萃香にラッシュを叩き込む。先ほどまではほとんどヒットしなかったが、枠を作ることで何発か当たるようになってきた。

 しかしそれは萃香にも同じことが言える。萃香の攻撃もまた、俺に当たるようになってきた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

「はあああああああああああああああ!!」

 

 これは連打を先に止めたほうが負ける。そう思い必死に拳を繰り出し続ける。

 そして俺の渾身の右ストレートが萃香の顔面にヒットした。

 

「ぐあっ!!」

 

 萃香の上半身がのけ反る。今だ! ここで更に攻撃を……

 そう思った矢先、萃香がのけ反りを利用して頭突きを繰り出してきた。

 拳ではまずい。そう瞬間的に理解した俺は、萃香の頭めがけて同様に頭突きを思いっきり繰り出す。

 

 ガコォォォォオオオン!!!!

 

 二人の頭蓋骨がぶつかる音が響く。

 

「……」

「……」

 

 音が収まったとき、萃香の口がニヤリと歪んだ。

 

「真……あんた……やるねぇ……」

 

 そういって萃香は倒れた。

 俺の……勝ちだ。

 

 ウオオオオオオオオオ!!! 

 

 周囲から歓声が上がる。

 

 勝利の余韻にひたっていると勇儀が俺たちのもとに駆け寄ってきた。

 

「いやぁお見事、まさか萃香に勝つとはねぇ」

「いや……最後の提案、あれは身長のある俺に有利な方法だった。普通の戦いなら俺は負けていたさ……」

「よく言うよ、まだ力を隠してたくせに」

「……」

「あんたが狐になったとき、尻尾が七本もあったっていうのに、今のあんたは三本しか出していない。まだまだ余裕があるってことだろ?」

「……さあね」

 

 勇儀の問いをはぐらかし、俺は倒れている萃香を持ち上げた。適当に休めるところに運んでやろう。

 

「……まあいいさ、次は私が相手だ。相手してくれるんだろう?」

「…………え」

「萃香との戦いを見てたら滾ってきちまったよ。これはもう責任を取ってあんたに鎮めてもらうしかないようだね」

「……わかったよ、少しだけ休憩させてくれ。そしたら相手してやるよ」

「そうこなくっちゃ!」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……うーん……」

「! 萃香さん! 気が付きましたか!」

「……私は、負けたんだね」

「ええ。いま勇儀姐さんが仇をとってくれますよ」

「おや、真は勇儀とも戦うのかい? ……それにしても……」

「? なんですか」

「……楽しかったなぁ……」

 

 

 

「さて、真。準備はいいかい?」

「いつでも」

 

 本当はもう少し休みたかったが、勇儀のわくわくしている顔を見ていると急いで勝負をしてやりたかった。俺は待たされることも待たせることも嫌いである。

 

「さ、かかってきな」

「言われなくても」

 

 勇儀は右手の指先をちょいちょいと動かし、かかってこい、という動作をする。

 先手必勝、俺は勇儀に向かって勢いよく右の拳を突き出した。

 

 バキッ!!

 

「……あれ?」

「……なんだ、こんなもんかい?」

 

 俺の拳は確かに勇儀にヒットした。しかし勇儀の頬で俺の拳は止まっている。勇儀は微動だに動かなかった。

 ……バカな。

 俺はそのまま更に拳を繰り出した。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

 先ほど萃香戦で見せたラッシュを畳み込む。しかし勇儀は

 

「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」

 

 俺の拳を止めようとも避けようともせず、そのまま受けたまま俺に攻撃を繰り出してきた。ノーガードの殴り合い。萃香が『技』に長けているなら、勇儀は『力』に長けていると言えるだろう。俺の攻撃はあまり勇儀に効いていないのに対し、勇儀の攻撃は俺に着実にダメージを溜めてきている。

 

「はあっ!!」

 

 ドゴォォォオオオ!!!!

 

 勇儀に吹っ飛ばされて俺は岩に背中をぶつけた。砂埃があたりに舞い上がる。うう……背中が超痛い。

 俺の力では勇儀の力には敵わない、か。それならば……

 

 

「なっ!」

 

 俺は砂埃の中から勇儀の前に姿を現した。勇儀が驚いたような表情をする。当然だ、あんなに殴ったにもかかわらず俺に傷一つ付いていないのだから。

 

「……お前の力はこんなもんか? 勇儀」

「なっ! ……いいだろう、もう少し本気を出してやるよ! はああああああああ!!!」

 

 勇儀を挑発すると予想通りムキになって攻撃してきた。俺はその攻撃を、避けることだけに集中する。

 

「なんだい! かわしてばっかりか!」

「当ててからほざけよ勇儀!」

「言ったね真!」

 

 更に勇儀の攻撃が激しさを増す。

 ……くっ! 避け続けることが難しくなってきた。

 ここで俺は、敢えて上半身に微妙な隙をつくる。

 

「ここだっ!」

 

 俺の見せた隙を見逃さず俺の顔に向け勇儀は拳を突き出してきた。

 

 今だっ!!

 

「!?」

 

 勇儀の拳が空を切る。一瞬何が起きたか分からない勇儀。俺はその隙に、無防備な腹に向かって渾身の一撃を繰り出した!

 

「ガフッ!」

 

 完全に虚を衝いた一撃。勇儀は地面に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。

 

 

 

「ええええマジかよ! 姐さんまでやられちまった!」

「なんなんだあいつは!」

 

 周囲が更に騒がしくなる。

 

 ……勝った。

 

 俺は勇儀を担いで萃香のもとまで引きずっていった。

 

「お疲れ。まさか勇儀にも勝つとはね」

「ああ…… 戦略を立ててなんとかな……」

「戦略ってのは、その姿のことかい?」

「まあな……」

 

 俺は勇儀の拳が当たる寸前、尻尾七本をすべて解放した。人の姿で尻尾を全て出すと、なぜか俺は姿が縮む。そのおかげで最後、勇儀のパンチをかわし、虚を衝くことができたのだ。

 

「それにしても勇儀に無傷に勝っちまうとはねぇ……」

「無傷? ああ……」

 

 俺は再び尻尾を隠し、かけていた変化の術を解いた。あの砂埃が舞ったときに、自分自身にかけていたものだ。

 

「あんなに攻撃をくらって、無傷なわけないだろうが」

「……ありゃま」

「無傷の自分に変化して、勇儀の動揺を誘ったんだよ……」

「……なるほど。こりゃ一本とられたね」

「! 勇儀!」

 

 背負っていた勇儀が目を覚ます。 ……驚いた、あの一撃を食らってもう目を覚ますのか。

 

「いや……その、すまん。不意を衝くような真似をして」

「戦いなんだからそれもアリさ…… 楽しかったよ」

「あ! 私も私も! 私も真と戦うの楽しかったよ!」

「……そりゃ光栄だな」

「……見事な戦いだったぞ、真」

 

 勇儀たちと戦いと余韻を味わっていると、天魔とか呼ばれている天狗の長がやってきた。この戦いをセッティングした張本人だ。

 

「期待には応えられましたかねぇ」

「うむ。お主はワシの期待以上の強さを見せてくれた。十分満足じゃ」

「そりゃあよかった」

「……ところで真よ」

「なんだ?」

「聞けばお主の名前は『真』のみというではないか」

「……ああ、そうだけど、一体それがどうか……?」

「うむ、真。お主には、その強さに免じて『鞍馬(くらま)』の名を与える。今後はそう名乗るが良い」

「……は?」

 

 突然の話にしばし思考が止まる。いや、たしかに今まで苗字はなかったけど…… これからは『鞍馬真』って名乗れってことか? 

 

「いてて…… おい待てこらじじい。お前それ天狗の称号じゃないか。真を天狗の勢力の一部にして天狗全体の地位を向上させようってんだろ」

「……うわーなんつーか(こす)い手をつかうねぇ。真は天狗じゃないのにさ」

「む。いやワシはそんな……」

 

 なんだ、天魔は俺を天狗の仲間にしようとしてるのか? たしかに天狗は『(あま)(きつね)』と書くらしいし間違ってはいない……のかな? それに……

 

「いいね、気に入った」

「「な!?」」

「ほう」

 

 クラマっていうと、蔵馬とか九喇嘛みたいで、狐の妖怪みたいじゃないか。名は体を表す。自分にぴったりな名だと思った。

 

「ふむ、さすがワシの見込んだ男よ」

「……おい、いいのか真」

「いいんだ、気に入ったから。それに名前を貰っただけだ。俺は天狗じゃないし、そもそもここの山に住んだりもしない」

「……む? おいちょっと待「まぁ真が言うならそれでもいいね」

「さぁこの話は終了だ。戻って休もう。勇儀の攻撃のダメージがまだ、残ってるんだ。あ、じいさん、名前ありがとな。後でまた改めてお礼に行くよ」

 

 そう言って勇儀と萃香と共に休みに行く。天魔のじいさんはなにか言いたそうにしていたが、早く休みたかった。

 

 

 ひとしきり休んで起きたら、宴会の準備がしてあった。酒虫から酒ができたのだろう。

 勇儀と萃香に勝ったためか、山の妖怪から一目置かれる存在になった。天魔から名前を授かったことも知っているようで、鬼と天狗が特に俺の元にやってきて酒を飲んだ。俺は疲れていたためあまり酒は飲まなかったが、やはりこの酒の味も格別だった。

 

 


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