「いたたたた…… ちょっと真さん酷いじゃないですか! せっかく気持ちよく寝てたのに!」
「……へぇ、門番の仕事中に眠っていたの…… おかしいわねぇ、仕事内容に『気持ちよく眠る』なんて項目無いはずだけど……」
「……へ? うわっ! 咲夜さんいつの間に!? ち、違うんですよこれはほら…… し、真さーん! 咲夜さんに説明をー!」
……少し向こうで美鈴が騒いでいるみたいだが、生憎いまはそれどころではない。こちらはこちらで大変なのだ。美鈴が口を滑らせたことによりフランに俺の全力の姿を見せることになったのだが…… 尻尾を十本出したときの小さい姿から、元に戻れなくなってしまったのである。
「……真、元の姿に戻れなくなっちゃったの……? それってもしかして私のせい……」
「ああいや、フランのせいじゃないよ。待ってろ、すぐに何とかしてみせるから……」
「……あ、あれ? 聞こえてないのかな? 真さーん! 助けてー! ヘルプミー!
俺のこの小さい姿は、尻尾をすべて解放したときにのみ自然になってしまう姿である。今だと尻尾を十本出したときだ。一本でも隠せれば元の姿に戻れるのだが、どうしたことか、その一本すら隠せない。
「……ふむ、それなら……」
「ギャー! 頭にナイフが刺さってるー!」
ならば尻尾は隠せずとも、自らに変化の術を掛け、別の姿に変えてみるのはどうか。そう思い実践してみたのだが、残念ながらこれも失敗に終わった。
自分以外のものを変化するのはできるのだが、この姿を変えることだけができないのである。当然自分の身体を透明にすることもできやしない。
「……本当に何とかなる? 大丈夫?」
「大丈夫だ。今から奥の手を使うから」
「しかも二本! なんですかこの愉快なオブジェ状態は!」
どうしてこんなことが起きたのか『答えを出す程度の能力』で確認してみたところ、どうやら紫の仕業らしい。俺の小さい姿をまた見てみたかったとかいうふざけた理由で、一度この姿になったときに、戻れなくなる細工をしていたようなのだ。
本当は、もともと境界を操って俺をこの姿にしようと試みたらしいのだが、俺の妖力が上回ったためそれはあえなく失敗に終わった。しかし境界をズラすのではなく境界を固定することで、紫はそのタチの悪い試みを成功させたのだ。
しかもなにがタチ悪いかって、この細工をされたのが昔のことだから、今の紫は俺の現状に全く気が付いてないということである。
「……はぁ。紫のヤツ何を考えて……」
「いくら私が頑丈でもこの仕打ちはひどいと思います! 救われぬ門番に救いの手を!」
「ええい美鈴うるさいぞ!」
人が真剣に解決策を考えている間だというのに、美鈴のヤツが先ほどからギャーギャーと騒がしい。先ほど俺が、まだ寝ている美鈴を尻尾から落としたことが原因なのだが、それにしたって
文句を言いつつ目を向けてみると、頭にナイフが二本刺さっている愉快な格好をしている美鈴が目に入った。美鈴だからあまり騒がれないが、人間だったら軽いホラーだ。隣には惨劇の主であると思われる咲夜もいる。
どうやら俺が原因で喚いていたわけではなかったようだ。
「めーりん! めーりん! 大変なんだよ! 真が元に戻れなくなっちゃった!」
フランが助けを求めるような声を出しながら美鈴のもとまで駆けていく。美鈴が来ても事態は何一つ好転しないとは思うのだが、不安を共有するだけでも心は軽くなるものなので、フランの行動は間違ってはいない。
「ええっ! そ、それは大変です! 真さんのところへ行かないと!」
「あ、待ちなさい美鈴! まだお説教は終わって…… え?」
美鈴と、それを追って咲夜まで、こちらのほうへとやってきた。
……まずいなぁ。こんな情けない姿、あまり人には見られたくないのだけど。まぁ過ぎたことは気にしないことにして、なにやら不思議そうな顔でこちらを見ている咲夜からも、ここは逃げないでおくことにする。
「……よ、咲夜。約束通り遊びに来たぞ」
「……? 見知らぬ妖精が妹様と遊びにでも来ていたのかと思いましたが…… 狐の尻尾にその口調……もしや真様なのですか?」
俺はシレっとした表情で、目の前にいる咲夜にそうだと返す。少し前に気付いたが、どうやら俺は土壇場になると腹が据わる性格らしい。見られたくない見られたくないと言っておきながらも、この姿を見せることが決定しまっているならば、無駄に抵抗はしないのである。
「尻尾が十本…… ふむ、なるほど。真様が全力を出したときには、そのような姿になってしまうのですね」
「ああ、そうなんだ。さすがは咲夜、察しがいいな」
「……察するに、むかし美鈴にそのことを知られることがあり、今回美鈴は妹様に口を滑らせ、妹様の頼みで真様はそのような姿を見せてくれたのですが、元の姿に戻れなくなってしまった、というところでしょうか」
「本当にお前は察しがいいな!?」
驚く俺に対して咲夜は、メイドですから、と言ってすました顔をしている。こいつはメイドのことを完璧超人か何かだと勘違いしているんじゃないだろうか。
説明の手間が省けるのは助かるが、まるでさとりを相手に会話をしているような気分である。
「……ですが真様ご安心を。お客様をいたずらに辱める真似は、この十六夜咲夜決して致しません。真様のそのようなお姿を見たことは、私の心の中だけにとどめておきますので」
そう言って咲夜は、この姿の俺でも態度を変えるようなことはせず、普段の俺に対してするように丁寧に頭を下げてきた。その態度といい言葉の内容といい、本当によくできたメイドである。ああ頼んだぞ、と咲夜の頭に手を乗せたいところだが、届かないのがちょっと悲しい。
というかあれだな、咲夜のスカートは極端に短いわけではないが、この目線の高さだと見えてしまいそうで危険だな。無論咲夜は見えるようなヘマなどしないにしても、この視界は子どもの教育上よろしくない。いや俺は子どもじゃないけど。
とりあえず体を宙に浮かせて、咲夜に見下ろされない程度の高度は保っておく。
「……それで、真さん戻れなくなっちゃったんですよね? これからどうすればいいでしょう?」
「……美鈴。確かにその通りなんだがその前に…… どうして俺を抱えている?」
「いやぁ、丁度抱えやすいところに真さんが浮いてきたもので。元の姿に戻ったら、こういうこともさせてくれないと思いましたし」
咲夜と向き合っていたら、いつの間にか美鈴が背後から俺を抱えてそんなことを言っている。戻ったら抱えさせてくれないも何も、戻れない今も抱えさせてやるつもりは無かったのだが。
俺の腰に両腕を回し、まるでぬいぐるみでも抱き締めるように体を密着させてくる美鈴。この姿は力加減がどうにも難しいようなので、力ずくで抜け出すのは少々躊躇われる。
「……ほら美鈴、さっさと放せ」
「……うーん。後ろからだと、大きい尻尾が邪魔ですねぇ」
そんなことは聞いてない。俺が怒る前にさっさと離れたほうが賢明だぞ。
軽い牽制の意味も込めつつ、俺は美鈴を睨みつける。
「……きゃー! なんですか真さんその顔すごくかわいー!」
「……聞こえなかったのか? 俺は放せと言ったんだが」
「まぁまぁ、もう少しいいじゃないですか! えへへ~、真さんあったかー……」
「……?」
会話の途中だというのにどうしたことか、ここで美鈴の言葉が不意に途切れた。
……いや、途切れたのは美鈴の声だけではない。風の吹く音も、近くの池の波音も。自然たちが奏でる生活音、それが一つも聞こえないのだ。
不思議に思った俺が首を回して後ろを見ると、停止した美鈴の姿が目に入る。
「……美鈴? お前何して……」
「……まったく、美鈴は失礼ね。まぁ気持ちは分かるけど」
無音になった世界から咲夜の声だけが聞こえてくる。再び前を見ると、ピクリとも動かない美鈴に対して、今までと変わらず滑らかに動く咲夜がいた。
今この場で動いているのは、自分を除けば咲夜だけだ。もっとも、動かない美鈴にガッシリと掴まれている俺は、動けているとは言いにくいのだけど。まるで今ここにいる存在が俺と咲夜の二人だけになってしまったような感覚である。
咲夜は美鈴に対してため息を一つ。その後俺に両腕を伸ばしてくる。
「……さぁ真様こちらへ。美鈴が失礼致しました」
「……咲夜? 一体なにが起きてるんだ?」
美鈴から俺を取り出そうと、わきの下に手を回す咲夜に、俺は疑問を口にする。おもわず訊いてはみたが、答えは何となく察しがついていた。おそらく咲夜が時間を止めたのだ。
時が止まった世界に入り込むなんて初めての経験であり、なんとも奇妙な感覚である。これがアニメとかなら周囲が灰色になって時が止まったことが分かるのだが、当然そんなことも無い。本当に時だけが止まっているのだ。
不思議な表情で周囲を見渡す俺に対して、咲夜もまた驚いた表情をとっていた。
「真様…… 動けるのですか? この停止された時の中を……」
「よく分からないが……みたいだな」
こんなことは初めてです、と咲夜は目をパチクリとさせる。その反応を見るに、どうやら咲夜が俺をこの停止した世界に招待したわけではなさそうだ。
それならば、どうしていま俺は咲夜の世界に入ってこれたのか。多分、推測の域を出ないが、俺が全力の姿になっているからだと思う。そう考えるのがしっくりきた。
正しいかはあまり重要ではない。まずは納得できるかが重要なのだ。
「……と、とりあえず真様、美鈴から離れてはいかがでしょうか? 無駄な脂肪を押し付けられてさぞかし不快なことでしょうし」
仕事中に昼寝をしていたこともあり、咲夜は美鈴に対してなかなか辛辣である。どちらかというと美鈴の身体は引き締まっているほうなのだが。普段から体を動かして鍛えているから無駄な脂肪など無いんじゃないかな。
「いや、さっきから抜け出そうとはしてるんだが、美鈴の身体がどかせないんだ。完全に固まってるというか」
「……ああ、なるほど。真様は私の時に"侵入"はできても、"干渉"は難しいようですね。分かりました、手伝います」
咲夜は大して力を入れた様子も見せず美鈴の腕を少しずらすと、先ほどと同じような動作をしてそのまま俺を抱え上げた。
わきの下に触れられるのは結構くすぐったい。
むかし諏訪子にさんざん尻尾を弄られたため、くすぐりには耐性があると思っていたが、慣れていない場所はそうでもないみたいだ。
「……おっ、抜けた。サンキュー咲夜。もう降ろしていいぞ」
「……いえ、そうすると美鈴がまた不敬を働くかもしれません。よろしければもう少しこのままで……」
「……ふむ。それは確かに一理あるな」
それならば、と俺は咲夜に一言頼んで、抱え上げ方を変えてもらう。わきの下ではなく背中と足に手を回してもらい、されている身としては咲夜の腕に座っているような感覚だ。まるで腹話術をする人形のような気分である。
俺は地上の生物だから、宙にずっと浮いているよりかは立っているときのほうがいくらか楽だし、ただ立っているだけならば膝を入れたほうがさらに楽だ。何が言いたいかというと、人は意識でもしない限りは一番楽な体勢になるという話である。
人に抱えられているときの一番楽な体勢は、バランスが取れるよう相手に体重を預けること。俺は無意識のうちに咲夜の首元に手を回していた。
「(わっ、真様が私に抱き着いて…… 小っちゃくてかわいい……)」
「……ふむ、重くないか? フランと同じくらいの重さだとは思うんだが」
「……あ、はい、大丈夫です。それでは時間を戻しますね。
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、何も」
咲夜が、俺を抱える腕の右腕だけを解放し、そのままパチンと指を弾く。おそらくは時間停止を解除する合図なのだろう。そう本能的に理解した。
「い……ってわっ! ととと…… し、真さんが消え……」
咲夜が指を弾くと同時に、止まっていた時が再び動き出す。美鈴にとってはいきなり俺が消えてしまったように見えるのだろう。俺を抱き締めていた腕が空を切り、美鈴は少しバランスを崩した。
止まった時を認識できたからこの流れが理解できるわけだが、認識できなかったら何が起きているのか分からなかっただろう。
「な、何が起き……ってあー! いつの間に真さんを取ったんですか咲夜さん!」
咲夜と共にいる俺を見て、大袈裟に騒ぎ始める美鈴。取ったも何も、別に俺は美鈴の物ではない。
「しかも前からだなんて羨ましい! 真さんもなに普通に受け入れちゃってるんですか!」
「ん? そりゃあ……」
「残念だったわね美鈴。真様は私のほうがいいみたい」
「ぐぬぬ…… 咲夜さんのほうが抱かれ心地が良いというわけですか……」
悔しそうにしている美鈴を見ながら俺は、断じて違う、と心の中で否定しておく。面白半分で抱こうとしている美鈴と、俺を気遣って抱き上げてくれた咲夜。どっちを選ぶかってなったら後者だろって話だ。
……そもそも抱かれ心地が良いってなんだよ。そんな良し悪しを一瞬で判断できるほど俺は抱き上げられた経験は多くない。逆ならまだしも。
ただ、咲夜には前から抱き締めるように抱えられているので、いい匂いがするなぁとは思ったけど。この全力の姿になったときには、嗅覚も鋭くなっているようだ。
「うう…… 私と咲夜さんで何が違うんですか…… 服? 私もメイド服を着ればいいんですか?」
「関係無いわ。美鈴には下心があるから無理なのよ」
「そんなー! かわいいものを愛でたくなるのは本能でしょう! 何も思ってませんみたいな顔してるけど、咲夜さんだってまんざらでもないくせに! ズルいー!」
よく分からない駄々のこねかたを始める美鈴。てんで的外れなことを言っているため、さぞかし咲夜は混乱していることだろう。
「だいじょーぶだよ! 私は美鈴に抱っこされるのも好きだから!」
「フラン様ー! そう言っていただけると嬉しいですー!」
「……」
フランに慰められている美鈴を見ながら、こいつらは何をしているんだと俺は思う。いま大変な目に遭っているのは美鈴ではなく、元の姿に戻れない俺のほうなのに。
……まぁ、誰の仕業かはもう分かっているため、解決方法は既に見つかっているようなものなのだが…… それにしたってもう少し俺を心配するべきでは無いだろうか。
「……まぁまぁ真様、そうお気になさらず。確かに美鈴は事態を軽く見ているようですが、過剰に心配されるのも真様の本意では無いはずです。ここは一旦落ち着きましょう」
「……それもそうだな。 ……ところで咲夜」
「なんでしょうか」
「頭を撫でるのはやめてくれ。子ども扱いされてる気がして嫌だ」
「……。これは失礼致しました」
元々、狐の姿のときには、永琳に撫でられることは何度もあったし、地底ではさとりにもそれなりに触れられていた。頭を撫でられることに関しては、実はそれほど抵抗は無い。
しかしなぜ咲夜にこんなことを言ったのかというと、何やら悪い予感がしたからである。無意識のうちに『答えを出す程度の能力』を使ったためなのかは知らないが、昔から悪い予感というものは当たるのだ。
まるでその予感が間違っていないとでも言いたげに、冬の空から、ヒュウ~っと冷たい風が吹いてきた。
「……どうも! 清く正しい射命丸です! 何やら見かけない子どもがいますねぇ…… 紅魔館の新しい住人でしょうか?」
紅魔館に吹く、冬の訪れを感じさせるような冷たい風。その風とともに射命丸文は現れた。
ほら、当たった。もしかしなくても、こいつが悪い予感の元凶である。
「『今宵、紅魔館に新たな被害者が!? 子ども好きなメイド、十六夜咲夜の魔の手があどけない少年に忍び寄る!』……というのはどうでしょう?」
「正しい情報が何一つ無いので、やめておいたほうがいいと思います」
咲夜が極めて冷静に、しかし多少冷ややかな目もしつつ文に返す。
誰があどけない少年だコラ、と俺も返したいところだが、ここは我慢が必要だ。文に万が一写真でも撮られようものなら、新聞にさらされ、翌日には幻想郷中の失笑を買うこと請け合いである。
願わくば、文がこのまま俺に気付かないまま終わりますように。できるだけ文のほうを見ないように心掛け、尻尾は咲夜の陰に隠させてもらう。
「……それで、そこの子どもですが」
当然というか、早速文は、俺に興味を示してきた。子どもって呼ぶな、少年のほうがまだマシだ。そう言いたい気持ちをぐっと押さえて、俺はさらに顔を伏せる。
「(真様、もう少しこちらへ。顔が見えてしまいます)」
「(……すまん咲夜。恩に着る)」
「はい、この子がどうかされましたか?」
密着して俺の顔を隠しながら、咲夜は文の対応を始める。さすがは咲夜、分かってらっしゃる。
残りの二人も空気を読んで何とか文の注意を逸らしてほしいところ。フランはあまり事情を呑み込めてはいないので期待するのは難しいかもしれないが……
「あやや……どうやら人見知りな子みたいですねぇ。しかし赤褐色をした髪というのは珍しい……」
「あー! おねえちゃん! 久しぶりだねっ!」
「おおフランさん! お久しぶりです! 今日もかわいらしいですね!」
いいぞフラン! そのまま文の注意を引くんだ!
今から俺は元の姿に戻るために、この場を少々離れなければいけない。遊ぶ約束を守れなくて悪いが、今日のところは文に遊んでもらうといい。文もフランのことは気に入ってるみたいだしな。
「それよりおねえちゃん大変大変! 真が全力の姿から元に戻れなくなっちゃったの!」
「……え、真さん? 真さんがどこに……」
「ほら、あそこ!」
フラぁぁぁぁン!! いくらなんでも早すぎないか!? もうちょい文との再会に時間を使えよ!
「……あっちには、咲夜さんと、人見知りの少年しかいませんが……」
「あの、咲夜に抱っこされてるのが真だよ! 本気を出したらあんな姿になっちゃうみたい!」
「……えっ」
文がフランに意識を向けるも束の間、すぐに文の意識が俺のほうへと戻ってきた。顔を見られないようにしているが、背後からは文の視線がひしひしと感じる。それでもすぐに回り込んできたりしないのは、なにやら思うところがあるからだろうか。
「……そう言えば昔、妖怪の山では、鞍馬様の姿は小さいらしいっていう噂がありましたね…… まぁ萃香さんから聞いて噂を流したのは私なんですけど……」
ああ、あったなそんなこと。そんな昔のことを思い出してまで、フランと言葉の真偽を考察しなくてもいいんだが。
「もしそれが本当だったとしたら…… あややっ! これは大大大スクープです! スクープは関係無しにしても、小っちゃい姿の真さんは見てみたい!」
次第に気分が上がってくる様子を見せる文。何を考えているのかが駄々漏れである。
子どもが見たいなら人里の寺子屋にでも行けばいいものを。
それに文の目の前には、俺なんかより億倍かわいいフランがそこにいるじゃないか。フランの相手をするほうが有意義に時間を使えると俺は思うね。
「……それで、あの小っちゃいのが本当に真さんだとして、なぜに咲夜さんに抱擁されているので!? 幼くなったのは、見た目だけでなく精神も、ということですか!? それなら私もしたいんですけど!」
文のヤツ、写真に撮るだけじゃ飽き足らず、さらに俺の弱みでも握るつもりだろうか。美鈴も横で、抱っこするのは順番ですよ、とか言ってんな。お前らの番は永遠に来ない。
さすがにこのままシラを切るのは無理そうなので、俺は咲夜の耳元に口を近づけ、ここから逃げる算段を立てる。
「(……咲夜。悪いがこの場は逃げさせてもらう。フランにも後で謝っておいてくれ。埋め合わせは今度ちゃんとするから)」
「(……。残念ですが仕方ないですね)」
ああ、確かに残念だ、フランと遊ぶ約束が守れなくて。
俺は早口で告げたあと、咲夜の腕からスルリと抜けだし、そのまま上空へと飛翔する。音もなく抜け出せたとは思うのだが、さすがにそれだけでバレないほど、文の両目は節穴ではないらしい。
「あっ逃げた! 尻尾もあるし、やっぱりあれは真さんみたいですね! ……ふふふ、幻想郷最速と
思っていない。が、文こそ簡単に追いつけると思わないでもらおう。追ってくる相手が文ならば、こちらだってそれなりに策はあるのだ。
顔を見られたら即負けの追いかけっこ。幸いなのは、今の姿が本気の姿ということだ。
まだ油断している文を横目に、俺はとりあえず全速力で、紅魔館から離れていった。
「えーと、カメラカメラ……」
「……あのー文さん。真さんもうさっさと飛んでいってしまいましたけどいいんですか?」
「ふふふ、私をなめないでくださいよ。追いかけるのは得意中の得意……って真さん速っ!」