東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二話 時戻異変③

 

 一心不乱で逃げていたら、妖怪の山までやってきていた。文が後ろから追ってきているはずだが、振り向いてみても姿は見えない。

当然だ。追ってこられないよう少々手を打たせてもらったからな。

 

 知っての通り、文は幻想郷最速を自称するほどに飛ぶのが速い。しかしそれは『風を操る程度の能力』により、己にかかる空気抵抗を減らしているからできている部分が多いのだ。

 俺は文から逃げる際、尻尾をうまく使うことで、後ろに自然でない風を生み出すように細工をしていた。文からすれば乱気流の中を飛んでいるようなもの。そう簡単に追いつけるものでも無いだろう。

 文以外にあそこを飛んでるヤツがいたらごめんな、うん。

 

「……しかし、追いつかれるのは時間の問題だな。森の中にでも身を隠して、一度文を()くとするか」

 

 妖怪の山にある森の入り口前に着地して、俺は今からどう行動したものかを口にする。当面の目的は追ってきている文から逃げること。早いところ元の姿に戻りたいのに、とんだ回り道をしているものだなと俺は思った。

 楽しく追いかけっこをしている場合ではない。この姿の原因である紫をさっさと見つけて、軽いお灸を据えてやらねば。

 

 『答えを出す程度の能力』で紫の現在位置を調べておこうと思ったが、あいつはスキマでの移動があるため、下手したら入れ違いになりかねない。やはり今は文を撒くことに専念しよう。

 妖怪の山の森の中、なるべく人がいなそうなところを選び、俺は慎重に足を進める。木が生い茂る森の中なら、歩いての移動のほうがやりやすい。

 

「……む。視界がいつもより下だと、見慣れたこの山も全く別のところに見えるな。ええと、こっちが河童の住む池て……? 地底への入り口が多分あっち……」

「……止まれっ!! そこの侵入者!!」

 

 見つからないように、と心に決めてまだ数歩なんだが。上空から声をかけられる。早くも見張りの天狗に発見されたようだ。

 そうだ、妖怪の山にはこいつがいたんだったな。『千里先まで見通す程度の能力』を持つ白狼天狗。地位は下っ端ながら、能力ゆえにそれなりに重宝されている、俺のかわいい部下の一人。その名も犬走椛である。

 

 生憎姿は見えないが、これは間違いなく椛の声だ。それに俺からは見えないのに向こうから見つけることができるのは、この山では椛の能力くらいだろう。

 

「この山に一体何の用……! って……え、子ども?」

 

 肉眼でも俺の姿が見える位置までやってくる椛。

 椛の言葉を聞いて俺は、頭に生えたほうの両耳がピクンと動く。 ……誰が子どもだ誰が、なぁ?

 

「……なんだ、子狐の妖怪でしたか。尻尾が大きくて分かりにくかったですが…… たまにいるんですよね、こういう子。変化で大きく見せているんでしょうが、そんなに大きい尻尾はありえません」

 

 そう椛は口にしながら、ゆっくりと地上に降りてきた。最初に感じた敵意が鳴りを潜めたのはいいとして、完全に俺をただの子狐妖怪だと思っている。

 違うからな? 俺のこの尻尾は自前だからな? 確かに自分でもアンバランスだとは思うけど。見栄を張って本数を増やしているわけでは断じてない。

 

「……迷ってここまで来ちゃったのかな? 駄目ですよ、ここは危ないから立ち入り禁止なんです」

 

 通せんぼするように俺の前に降り立ち、膝を曲げて目線の高さを合わせてくる椛。昔のように問答無用で追い出そうとしないのは、椛も成長したということだろうか。子どもに言って聞かせるような口調なのが少々気になる。

 もしかすると、椛はもともと子どもに対してはこういう対応なのかもしれない。ただ、何度も言うが、俺は子どもではないからな。

 

「ふむ…… 人間の迷子なら人里に送ればいいけど、妖怪(この子)の場合はどうしたら……」

「……おい。言っておくが俺は迷子じゃないからな。確かに森の広さには戸惑ったが……」

「それを迷子と言うんです。 ……なんだか貴方、私の上司に似てますね。その、道に迷ってるのに認めないところとか」

「……いやだから、迷ってないって言ってるだろ」

「……そう言えば真様も、貴方と同じ狐妖怪だったなぁ。 ……えへへ、初めて会ったときから下っ端の私にも優しくて、お揃いだなって言って尻尾を見せてくれて……」

「いや聞けよ」

 

 一方的に話をすることは無くなったらしい椛だが、相手の話を聞かない部分はまだまだなおすべきところである。迷子じゃないって言ってるだろうが。

 それにお前が言ってる、道に迷ってるのに認めない上司な。認めないんじゃなくて本当に迷ってないんだぞ。ただちょっと遠回りしてるだけだ。

 

「……おい椛」

「……あれ、私名前言いましたっけ? ……とりあえず、『椛様』もしくは『椛さん』です。目上の相手にそんな態度は駄目ですよ」

 

 そう言って椛は、俺の鼻先をツンとつつく。ああもういい加減面倒くさい。椛が俺のことに気付かない限り、このような対応はずっと続いてしまう気がした。

 まだ俺は妖怪の山の入り口である。文が追い付いてくる前に、すこし強引にでも突破させてもらおう。

 

「いいですか? 妖怪の山は上下関係に厳しいんです。上の立場である天狗に生意気だと、そのうちひどい目に遭っちゃいま……」

「……ふー…… はっ!」

「……ちょっと、ちゃんと聞いているんですか……ってあれ!? いない!」

 

 くどくどと、山のルールを教えようとしてきた椛の隙を突き、俺は背後に回り込む。いくら椛の目がよくても、近くの物がかなりの速さで移動したなら反応できまい。

 すぐに後ろを見ようとする椛のさらに後ろに回り込み、俺は椛の頭の上に肘を置く。

 

「おい椛」

「……うぇ!? なんで、いつの間に!?」

「……言ったな? 目上の相手にそんな態度は駄目だって。それなら今、お前がしたことはなんなんだ」

 

 腕で椛の頭が動かせないように固定しながら、威圧するように俺は言う。何が起きているのか椛は理解できてないみたいだが、緊張したような態度が頭越しに伝わってきた。

 

「(な、なんですかこの湧き上がるようなプレッシャーは!?)」

「……やれやれ、俺は残念だよ。せっかくいい目を持っているのに、見抜く力が欠けているなんてな」

 

 頭に生えている椛の犬耳に、囁くようにして俺は言う。

 

「妖怪の山の天狗として上下関係をキッチリしようとしている心意気は買うが…… 初めて会ったときにも言わなかったか? 人を見た目で判断するなって。萃香だって子どもみたいな見た目だろう」

「(萃香様を呼び捨て!? え、いや、でも、まさか……)」

 

 萃香様はその、鬼の特徴である角がありますし……と椛は答えた。混乱して、考えと言葉が一致してないような言い方だ。頭では現状についていろいろ考えてるのだろうが、口は俺の問いかけに対して勝手に答えたという感じだろう。

 

「……ほう? 今の俺だって萃香に負けないくらいの特徴を持っていると思ったんだが…… まさか、昔こうされたことを忘れたわけじゃないだろう?」

「(し、尻尾が!? え、これ本物だったの!? ということはやっぱりもしかして……!)」

 

 俺は尻尾を数本動かして椛の身体に巻きつける。このまま引っ張って膝の上に乗せたいところだが、今の俺には不可能だ。変わらず椛の頭に両肘をつく。

 

「し、真様! 真様ですよね!? どうしてそんな格好に……」

「そこは重要じゃないだろう? それに説明したとして、椛が俺にあんな口をきいてきた事実は変わらない。違うか?」

「そ、それは…… 本っっっ当にすいませんでした!」

 

 いつか見たときと同じように、椛がとても焦った状態で謝ってくる。尻尾で縛っていなければ土下座をせんばかりの勢いだ。

 やっと俺だと気付いた椛だが、気付くのが少々ゆっくりすぎたな。いまさら謝ってももう遅い。

 

「いや別に、謝ることなんてないと思うぞ? 今後も自分より小さい相手がいたら、子どもだと判断すればいい。もちろん俺相手でもな」

「ひぅ…… そ、そんなこと……」

「……できないって? ははは、心配するなよ。自分より大きい相手だったら、普段通り敬語でいいわけだから、な! おら!」

「きゃー!?」

 

 頭に当てていた両手を通して、俺は椛に変化の術を掛ける。物ではなく人物に変化を掛けるのはなかなかに久しぶりだが問題ない。

 よし、()()()()()()()()()()。もう尻尾による拘束はいらないな、この腕で十分。

 変化の術を使ったために発生した煙が晴れ、椛と俺は互いの姿を認識する。

 

「……な、何が起き…… ってわわ! 真様が元の大きさに! ……あれ、でもなんだか違和感が……?」

「はははっ、えっらいほっぺがぷにぷにになったな! 小っちゃくなった椛もなかなかかわいいぞ!」

「ち、小っちゃく……? もしかして、真様が大きくなったんじゃなくて……!」

 

 煙が晴れたそこには、()()()()姿()()()()()()()ちょこんと地面に座っていた。いやまぁもともと椛は子どもだけど、それよりもさらに子どもになった感じ。身長も、今の俺のほうが少し高い。

 いつも着ている巫女服みたいな袴も一緒に小さくしたが、これがまたよく似合っている。目がくりっとしていてとてもかわいい。

 俺は椛を抱き寄せると、そのままの勢いで頭を撫でる。

 

「よーしよし! これで椛も俺と同じだな! 最初からこうしておけばよかったんだ!」

「えっ? えっえっ? 何がどうなっているんですか!?」

 

 先ほどとはまた別の意味で、椛は混乱し始めている。それは大変だ、落ち着かせよう。俺は椛の向きを変え、正面からギューッと抱き締める。

 

「よしよし、大丈夫だ、ちょっと体が縮んだだけだから。俺がついてるから怖がらなくていい。な?」

「えっ? あっはい、ありがとうございます…… じゃなくて、真様が小さくしたんでしょう!? 元に戻してくださいよ!」

「ははっ、心配するな、俺が元に戻れたら椛も元に戻してやるよ。それまでは今の姿で反省だな」

「ええっ!? そんな!」

 

 腕の中、あごの下。物理的にも椛を丸め込み、この小っちゃかわいい存在を腕の中で堪能する。

 

 ふと、文も同じように小さくしてやろうかと思ったが、写真に撮られるリスクを考えると、そこまでやる気にはならなかった。やはり文からは逃げるとしよう。

 小さくなってもふもふぷにぷにになった椛をしっかり堪能したのち、俺はいよいよ森の奥に進むことにした。

 

「じゃあな椛! 待ってろよ、紫を懲らしめてすぐに元に戻してやるからな!」

「ちょっと真様!? 真様が戻してくれれば済むんですけど!?」

「さよなライオン!」

「狼です!」

 

 俺の陽気な挨拶に、わけの分からない返しをしてくる椛。まぁいいや、このまま去るとしよう。

 椛が結構騒いだせいで、文に見つかってしまうかもしれない。

 

 少し離れて空を見てみると、椛の場所に飛んでいく文が見えた。我ながら、見切りの良さにほれぼれする。もう少し椛に構っていたら文に見つかっているところだ。

 

 文が椛を発見して、そのまま放っておけるはずがない。椛は文の大事な部下なのだから。

 今のうちだ。俺は音をできるだけ立てないように、森の奥まで潜んでいった。

 

 

 

 

「あやや……小っちゃい真さんはどこに行ったんでしょう? こっちから話し声がしたような……」

「……あ、文様~!」 

「見つけたっ! ……ってなんだ、人違い…… って、え! もしかして椛ですか!?」

「そ、そうです! さっき真さんから……」

「か、かわいー! なんで椛まで小っちゃくなってるの!? と、とりあえず写真写真!」

「わっ! と、撮らないでくださいよ! 向こうに行った真さんを追いかけて……って能力が使えない!?」

「あ~んかわいい~!! なんです? 子どもに戻る異変でも発生したんですか? それなら堪能させてもらいますねっ!」

「くっ、苦しいです文様! そんな抱きしめたまま撫でないで…… あれ?」

「……ん? どうかしましたか?」

「文様…… 撫でるの下手ですね……」

「なっ!?」 

 

 


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