東方狐答録   作:佐藤秋

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第百三話 時戻異変④

 

 椛を含めた、哨戒天狗四十九人。それ以外の天狗二十八人。陸に上がっていた河童十一人。秋の神一人。

 俺が妖怪の山をうろつくにあたり、先の椛にしたように、変化で子どもの姿にした連中の総勢である。

 

 俺は文を撒くために、障害物が多く見通しの悪い森の中を歩いていた。妖怪の山と呼ばれるだけあって、ここには文以外にも沢山の妖怪がたくさんいる。その中でも人間並みに知能がある妖怪は、天狗や河童が大多数だ。

 文に見られないよう逃げているわけだが、当然こいつらにだって今の姿は見られたくない。そこで俺は、そいつらの姿を見かけるや否や変化の術を掛けることで、この情けない姿を見せないことに成功していた。

 

 通常、変化の術を使うときは、対象に触れながらするのが基本である。自分のイメージをダイレクトに伝えるためには、距離が近いほど効果的なのだ。

 しかしだからといって、触れなければ絶対に変化ができないわけではない。全力を出した今の姿だと、対象から距離があっても見えてさえいれば、人型妖怪の一人や二人変化するのは簡単だった。

 

「~♪ うーん、実に気分がいい。小さい姿になっているのが、俺一人ではないってところが」

 

 両腕を袖の中に入れながら、堂々と冬の森の中を歩いていく。

 木を隠すのなら森の中。妖怪の山の連中が何人も子どもに戻っていれば、俺もそのうちの一人に過ぎないだろう。

 それに、子どもの姿になってしまうという屈辱を何十人のヤツらと共有できているのだ。今の姿は相変わらず嫌だけど、俺はそれなりに上機嫌だった。

 

 鼻唄まじりで森を行く。今の俺は、向かうところ敵無しだ。

 

「てててててってーてってってー♪ 森のきのこにご用心~♪ っと…… お?」

「ブリザ~ド、ブリザー♪ つつめ~せかいを~♪」

 

 冬の森を進んでいると、俺と同じく楽しそうに歌いながら歩いているヤツを発見する。まだ姿は見えず声が聞こえただけだが、次なる被害者はこいつに決まりだ。俺は耳をピンと立て、声がする方向を(さぐ)り始める。

 

 歌声の主は、下っ端の天狗とは違い結構な妖力を持っているように俺は感じた。離れた場所から気付かれずに変化の術を掛けるのは難しそうだ。

 だがしかし、そんなことは諦める理由にはなっていない。俺は対象の妖怪を、木の陰からこっそり覗いてみる。

 

「尾根も~♪ 谷間も~♪ 白く~煙らせ~♪」

「どれどれ……ってなんだ、レティじゃないか。えらい冬っぽい歌だと思ったら……」

「……ん~? そこに誰かいるのかしら~?」

「うおっ」

 

 冬のレティはさすがの実力者、俺がいる方向に顔を向ける。今の俺は尻尾が隠せない状態だからだろうか。溢れ出している妖力のせいで、まぁこういうこともあるだろう。

 

 とっさに木の陰に隠れたものの、レティは確信をもって指摘してきた。このまま隠れていても仕方がないので、俺はレティの前に姿を現す。

 

「……よ」

「……あら? 貴方……」

 

 愉快そうに細まっていた目がゆっくり開かれ、レティは俺の姿をじっと見る。この姿の俺から声を掛けられ、レティは何を思うのだろうか。椛は迷った子狐妖怪だと思ったようだが、そんな勘違いはしてほしくない。

 

「……ん~? どことなく面影があるような…… 子ども? いいえそれとも本人かしら……?」

「……ふふ。くろまく~。久しぶりだなレティ」

「! やっぱり! ……久しぶりね~真。その姿はいったいどうしたの?」

 

 分かりやすい言葉を投げかけたというのもあるだろうが、レティは一瞬で俺だと気付く。こうして気付いてもらえるのは結構嬉しい。狐の姿だったり妖怪の姿だったりと、いろんな姿を持っているため、見慣れない姿で現れると気付かれないことが多いのだ。

 最近だと、地底に行ったときに人間の姿だったため気付かれなかったし、昔だと、永琳との再会したときにも最初は俺だと気付かれなかった。まぁそんな俺も、小さくなったルーミアに再会したときは気付かなかったため、仕方の無いものだとは思っているが。

 

「まぁいろいろあってだな。今日明日中には元に戻るよ」

「……ふ~ん? 小っちゃい真もかわいいわね~。ねぇねぇ、ちょっと抱っこさせて?」

 

 レティがふわふわと移動しながら、俺のところへ近づいてくる。かわいいという単語は、男が言われて嬉しいものでもない。そんな頼み方でいいよと答える男はいるのだろうか。

 まぁ、美鈴と比べるとそれなりにまともな頼み方だ。それに今の俺は、レティがすぐに気付いてくれたことで機嫌がいい。ちょっとくらいならいいかなと思った俺は、レティの前に浮かび上がり、受け入れるように両腕を広げる。

 

「……ん。ちょっとだけな」

「……あぅっ! なにその仕草、きゅんきゅん来るわね! とってもとってもかわいいわ~♪」

「……いや、男だからかわいいとかいわれても嬉しくな……おうっ」

「ん~♪」

 

 この姿や動作がレティの琴線に触れたのか、言葉の途中で正面からレティに抱き寄せられ、そのまま強く抱き締められる。この姿の一体何がいいと言うのだろうか。幻想郷の妖怪たちは日常に退屈しているため、珍しいものが大好きである。

 

 服があるところはそれほどでもないのだが、レティの頬が俺の頬に当たりとても冷たい。夏ならば歓迎しているところだが、冬場にこうされるのは少々厳しいものがある。

 

「……きゃ~! ぷにぷにしてる~!」

「ちょ、レティ……スキンシップが激し過ぎ…… お?」

 

 たまらず身をくねらせ顔の位置をズラすと、何やら柔らかいものが頬に当たった。さらさらとした布みたいな感触だ。こちらは先ほどのレティの頬と違い、触れてもそんなに冷たくはない。

 

「これ……マフラー?」

「そう。真が外の世界からのお土産にくれたマフラーよ~♪ それとこっちも……」

「あ、俺があげた手袋か。 ……ふぅん、律儀につけてくれてんだな」

 

 首には白いマフラーを、両手には白い手袋を、それぞれレティは身に着けていた。

 どちらも俺があげたものだが、こうして使われているのを見ると嬉しいものだ。それにレティによく似合っているし。我ながらいいものを選んだと思う。

 

 考えてみたら抱き着かれたとき、両手の冷たさを感じなかったっけ。抱き上げるのを許可したときに多少冷たいのは覚悟していたが、マフラーや手袋で軽減されるとは嬉しい誤算だ。

 俺はレティの首周りに、マフラーを間に挟んで軽く抱き付く。

 

「……あら?」

「……うん。こうしてるほうがいくらか楽だな」

「(……かわいい…… これ、持って帰ってもいいのかしら?)」

「……調子に乗って妖力を消費しすぎた。 ……冷たくないなら、できればもうちょっとこのままで……」

「(……決めた、持って帰りましょう)」

 

 レティはいつも以上にのほほんとした笑顔で、俺の頼みにいいわよと答える。おかしいなぁ、レティの頼みを聞いていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転しているなんて。

 ……まぁ、細かいことは言いっこ無しだ。心地良い、全身を包むような柔らかい感触を堪能しよう。美鈴の言っていた、抱かれ心地が良いというのはこういうことかと俺は思った。

 

「……やるな、レティ」

「? うふふ、よく分からないけど……眠たかったらそのまま寝てもいいわよ?」

「大丈夫だ。 ……フランと昼寝してなかったら分からなかったけどな」

 

 全体重をレティに預け、俺は全身の力を抜く。少し休んだらいよいよ紫を探しに行こう。もともとここでは文が諦めるくらいまでは時間を潰そうと思っていたため、こうやってリラックスするのも悪くない。

 眠るつもりは無いのだが、俺は目を閉じて鼻でゆっくりと呼吸する。冷たい空気が鼻孔をくすぐり、顔に当たる柔らかいマフラーからは、ほんのりとレティの香りがした。

 

「……」

「……あら、寝ちゃった?」

「……起きてるよ。 ……レティはどこに向かってるんだ?」

 

 俺を抱えている両腕から伝わって、レティがふわふわとどこかに移動している感覚がする。実際、身を乗り出して下を見てみると、少しだけだが離れた地面が、ゆっくりと一方向にのみ進んでいた。

 

「どこにって……特に決めていないのだけど、とりあえず私の住処に向かっているわね~」

「レティの住処ってあの洞窟か? ……ふぅん、まぁ見つかりにくそうでいい場所だよな」

 

 俺はレティに、あまり高くは飛ばないでくれよ、と頼んでおく。高い場所を飛ばれると、文に見つかってしまう危険性があるためだ。フランに咲夜、椛にレティと、今日一日で何人にもこの姿を見られてしまったが、それよりもやはり、文にこの姿を見られるわけにはいかないのである。

 

「どうして見られちゃいけないの?」

「そりゃあ、俺のこんな姿をあんまり知られたくないからだよ。天狗は噂が大好きだし、文はカメラも持ってるからな。同じ理由で阿求にも見られたらマズい」

「え~…… とってもかわいいのに……」

「この姿をレティがどう思おうと、俺が嫌だと思ってるから駄目なんだよ。つーかかわいいならなおさら駄目だろ……」

 

 中身の伴わない不毛な会話をしつつ、俺はレティに連れられて、森の奥へと進んでいった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 フランとのお昼寝に思った以上時間を使ったためか、もしくは文を警戒しすぎて森の中をうろついた時間が長かったためか。レティの住処に着くころには、太陽はすっかり沈んでしまっていた。

 季節はもうすっかり冬。日が出ている時間は思ったよりも短い。レティがいつもより楽しそうに見えたのも、冬の訪れを喜んでいたからなんだろうな。

 

 辺りがすっかり暗いのに、その中を動き回るのはとても危険なことである。妖怪は夜に活動するものだが、人間生活が長い俺は、そこら辺の感覚も人間と同じにできているのだ。それなら今日は泊まっていけばいい、とレティが言うので、俺は言葉に甘えることにした。

 まぁ、レティの言葉を正確に言うならば「今日は私と一緒に寝ましょうか」だったのだが、意味としてはそういうことだろう。洞窟内の広さはそれなりなので、泊まるなら寝る部屋が同じになってしまう、という意味に違いない。

 洞窟に部屋がたくさんあるとは思っていないし、わがままを言える身分でもない。この姿でわがままを言うなんて、本当に子どもみたいではないか。

 

 相変わらずレティに抱えられたまま、洞窟の前にたどりつく。重いなら降ろしてくれていいとは言ったものの、レティがそのままでいいとさらに抱き締めるものだから、ついつい甘えてしまった結果がこれだ。

 ずっと抱えられていたため、霊夢に今日は帰らないという連絡もできていない。まぁもともと今日は紅魔館に行く予定だったのだ。今夜は夕食はいらないと伝えてあるし大丈夫だろう。

 

「……ところで、レティは食べられないものとかあったりするのか? 泊めてもらう立場なんだ、飯くらいは俺が用意して……」

「……あら、そんなの気にしなくてよかったのに…… でもそうね~、私は好き嫌いは特にないわよ? 今は妖力に満ちてる季節だからね、あったかいものでも全然平気なの」

「ああ、そう言えば普通に焼き芋も食べてたしなぁ…… ん?」

 

 レティと夕食談義をしていると、入ってきたばかりの洞窟の外から、誰かの声が聞こえた気がした。レティの耳にも入ったのだろう。誰か私を呼んだかしら? とレティは首をかしげながら、踵を返して入り口に向かう。

 

 本当に誰か来たのならば、レティに抱かれている姿を見せるのは少々マズい。俺はレティの肩に両手を突くと、そのまま逆立ちする要領で腕から抜け出し、体をうまくひねって肩車の体勢にシフトする。

 抱っこは子どもみたいだが、肩車はなんとなく許せる気がした。 

 

「……はいは~い?」

「……あ、レティ。よかった、いたのね」

「……静葉? 暗くなってから来るのは珍しいわね~。今日は一体どうしたの?」

「それが……」

 

 洞窟の外に出てみると、幻聴ではなくちゃんと声の主がそこにいた。秋の、豊穣を司る神の穣子と、紅葉を司る神の静葉である。

 静葉は何かしゃべろうとしたが、レティの頭に乗っている俺と目が合うと、中断して別のことを尋ねてきた。

 

「……レティ、その子は?」

「あ、この子? かわいいでしょ~? 真なんだけど、こんな姿になっちゃったんだって」

「……えっ! その子が真!? ……ふーん、真も小さくなっちゃったんだ……」

「そうなのよ~。 ……真もってことは、その小さい子はもしかして……」

「……ええ。お察しの通り、穣子よ」

 

 俺は先ほど、外にいたのは静葉と穣子の二人だと言った。しかし正確に言うならば、地面に足を付けて立っていたのは静葉だけ。穣子はどうしているかというと、静葉の腕に抱えられている。

 

「……へ~。小っちゃくなった穣子もかわいいわね~」

 

 レティが言う通り穣子は、今の俺と同じように子どもみたいな姿になっていた。なっていたというか、今日レティと会う前に俺が変えたんだけど。

 静葉を小さくしていないのは、単に穣子しか見かけなかっただけである。

 

「でしょでしょ! さすがは私の妹…… って、そうじゃなくて……」

 

 静葉はコホンと咳払いをして続きを言う。咳払いをしても一瞬妹を愛でる気持ちが漏れたのは誤魔化せないぞ? 幻想郷に住む姉という存在は、どいつもこいつも妹に対する愛が深過ぎる。

 

「……冬になった途端に山の連中が小さくされる異変が起きたからね? レティが何かしたんじゃないかと思ったんだけど…… その様子じゃ何も知らないみたいね。まぁ大して疑ってなかったけど」

「……ふ~ん、そんなことが起こってたんだ~」

 

 どうやら秋姉妹は、小さくなった原因がレティにあるのではと予想して、こんな時間にここまで来たそうだ。推理は的外れだがある意味惜しい。連中を小さくした犯人はレティのすぐそばにいるのだから。

 

「うう……なんでいきなりこんな目に……」

「よしよし穣子。心配しなくても、姉さんが絶対元に戻してあげるからね?」

「……姉さんそんなこといって、ここに来るまではそんなそぶり見せなかったじゃない。今だって放してくれないし……」

 

 腕の中にいる穣子が、見上げて静葉をジロリと睨む。ああ分かるぞその気持ち。俺も紅魔館では、咲夜は心配してくれたけど、美鈴はいまいち心配する様子が見えなかったからな。

 他のヤツからすると小さい姿になるというのは、あまり実害があるようには見えないらしい。

 

「そ、それはまぁ……ね? こんな機会めったに無いから…… み、穣子がかわいすぎるのがいけないのよ!」

「……姉さんは被害に遭ってないからいまいち危機に欠けるのよ。まったく…… ところで真。貴方も小さくされているくせに、随分落ち着いている様子じゃない」

「……え、俺か? いやまぁ、そんなことは無いんだけど」

 

 肩車というよりかはもう少し上、レティの頭に腹ばいになりつつ俺は答える。現れたのが文や他の天狗だったら焦ってたんだろうが、来たのは俺と同じような姿にされている穣子である。そんな相手にビビるほど俺の心臓はやわではない。

 それに俺は穣子とは違い、元に戻れないことに対しては特に心配してないからな。心配なのは、この情けない姿をいろんなヤツに見られてしまうんじゃないかということだけだ。 

 

「……俺は異変の犯人を知ってるからな。心配しなくても、俺が紫を懲らしめて、すぐに皆を元の姿にもどしてやるよ」

「……えっ、ほんと!?」

「……よかったわね穣子、意外と早くなんとかなるじゃない。真が犯人である八雲紫を倒してくれるのを待つだけよ」

 

 単純な言葉のマジックに、いとも簡単に引っかかる静葉。俺は異変の犯人を知ってるとは言ったが、紫が犯人であるとは言ってない。まぁ広い目で見たら間違いでもないし別にいいか。

 

 穣子が少々不満そうに、じゃあなんで今こんなところでゆっくりしてるのよ、と言ってきたが、文に写真に撮られそうになって逃げてきたと答えると、納得したような様子を見せた。同じ小さい姿になった者同士、お互いの気持ちが分かるのは素晴らしい。

 まぁ穣子は、小さくなった姿がかわいいから、写真に撮られても大丈夫だとは俺は思うが。先ほど見せた睨んだ顔も、俺からすればただただかわいいものだった。 

 

「……なぁ穣子、ちょっとおいでー」

 

 俺はレティの頭から飛び降り、静葉の立っている足元で、上に向かって手を伸ばす。穣子を見ていると、なんだか静葉が羨ましく思えてきたのだ。

 静葉は少し悩んだそぶりをしたが、すぐにまぁいいかという表情になり、そのまま穣子を手渡してきた。穣子の意思は完全に無視である。

 

「んー、小っちゃい穣子もかわいいなー」

「……ちょっ、真、顔が近……!」

「……さて、子どもは子どもで置いといて…… レティ、晩御飯まだでしょ? ここに来るついでに、今年も余った秋の味覚を持ってきたから」

「わ~、静葉ありがと~♪」

 

 体が小さくなってない組は、どうやら夕飯の準備をするそうだ。食材は俺が出そうと思っていたのに、なんだかしてやられた気分である。

 まぁせっかく静葉が持ってきたのなら仕方がない。余らせるのもどうかと思うしな。

 

 夕飯ができるまで、俺は穣子と二人でのんびり待機することにした。今日の俺は、レティに会ってからというもの何もできていない。甘えてばかりだなと思った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 夕食を終え、やはりと言うべきか、今夜は秋姉妹もレティの住処に泊まるようだ。穣子が小さくなってから、地味に二人とも焦っていたのだろう。俺とレティを置いて先に布団で寝てしまった。

 一つの布団で二人なかよく寝ている秋姉妹。片方が小さいからこそできる芸当だ。洞窟内に一枚だけ布団が敷かれているというのは、何ともシュールな光景である。

 

「……ところで、布団はあれ一枚しかないのだけど」

「え、そうなのか。 ……まぁ、洞窟内に一枚あるだけでもおかしいんだよな」

「……ふふふ。真には、私が膝枕してあげましょうか?」

 

 正座して、自分の膝をポンポンと叩きながらレティは言う。秋姉妹は既に寝ているため誰かに見られる心配は無く、となると膝枕なんて大変魅力的な提案であるとは思うのだが、それだとレティが眠れないだろう。当然ながら却下である。

 

「……いいよ、俺は変化で作るから」

「え~、残念……」

「ほら、そっちはどんな布団がいい? レティの分も俺が作るから、好きに条件を言っていいぞ」

「……そうねぇ。それじゃあ向こうの布団と同じもので十分よ。それと枕は1つだけで」

 

 了解だ、と俺はレティの言う通り、一人分の普通の布団を作り出す。ござのような、藁でできているシンプルな布団。

 もっと大きい、高級なベッドとかでもよかったのだが、もしかしてレティは布団が変わると眠れないタイプなのだろうか。洞窟の中に住んでおきながらなかなか繊細なものである。

 

「わ~、すご~い」

「……本当にこんなんでいいのか? 結局夕飯も作ってもらったし、俺の見せ場が無いんだが……」

 

 そのなの気にしなくていいのにとレティは言う。しかし、受けた恩は返したいのが俺なのだ、気になってしまうのだから仕方がない。

 こうなったら、次は俺が寝るための布団を作るのだが、それを洞窟の入り口付近に作るというのはどうだろうか。無いとは思うが、夜中に狂暴な妖怪が洞窟に入ってこないとも限らないだろう。

 

「……うん、それじゃあ……」

「それじゃあ、一緒に寝ましょうか♪」

 

 洞窟の入り口に向かう前に一言、お休みを言おうとレティのほうを軽く向いたら、レティも俺のほうを見ながらこんなことを言ってきた。

 おかしいな。今この洞窟内にいるのは、俺とレティと静葉穣子の四人だけだ。秋姉妹が寝ているのは向こうだし、念のために自分の後ろを見てみても誰もいない。つまり今のレティの台詞は、俺に向けられたということになる。

 

「……え、俺か?」

「そうよ~、他にいないでしょ? 遠慮しないで、さ、おいで♡」

 

 両手を俺のほうに伸ばしながら、語尾にハートマークを付けたように言うレティ。照れが無さすぎて俺のほうがおかしいのではないかと思ってしまう。気恥ずかしいと思っている俺は正常なはずだ。

 

 ……確かに泊めてもらう前も言ってはいたが、まさか一緒に寝ようが言葉通りの意味だとは思わなかった。あのとき俺は「じゃあ頼むよ」と答えたはずだが…… となるとここで断るのは、約束を破ることになってしまう。

 

「……ええと、それじゃあ失礼して……」

「うんうん♪ 真には私が腕枕してあげるからね♪」

 

 レティは布団の左側に寄り、仰向けの状態で左腕を伸ばしてくる。先ほど、枕が一つでいいとわざわざ言っていた理由はこれか。もともと二人で寝る予定で、かつ俺には腕枕をするつもりだったのだ。

 俺は布団の上に乗り、伸ばされている腕に頭を乗せる。肘よりかは、柔らかそうな二の腕部分。仰向けだと尻尾がものすごく邪魔なので、横向きに、レティのほうを向いて。

 レティも俺のほうを向いて微笑んでいる。

 近い。こっちを見るな。

 腕枕は、する立場なら別に何ともないが、される立場になるとなんともむず痒い。

 

「……」

「……ふふっ。かーわいっ」

「……かわいいって言うな。 ……もう寝るぞ」

 

 俺は、右手を自分の目に覆うようにして目を閉じる。寝顔はあまり見られたくないが、その中でも特に見られたくないのは目の部分だと俺は思うのだ。だからこうして目を覆うことで、レティの視線も気にせず眠ることができる。

 

「……えいっ」

「わっぷ」

 

 さあ寝るぞというところで、レティが俺を抱き寄せてくる。俺に腕枕をするのではなかったのか。これでは俺が抱き枕だ。

 

 立って抱き上げられたときとはまた違う柔らかい感触が肌に当たる。さすがに寝るときにまでマフラーや手袋はしていないようで、レティ自身の肌の柔らかさが、より伝わってきているように感じた。

 ……まぁ、これはこれでいいものである。寝顔を見られるという心配も無いし。

 とりあえず、抱き締めているレティの腕が背中に当たっていることに、冷たいなぁと俺は思った。

 

 


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