東方狐答録   作:佐藤秋

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第百五話 時戻異変⑥

 

 尻尾で体全体を球のように覆いながら、永遠亭まで飛んでいく。こうすることで文はもちろん、他の妖怪たちにも俺の姿は見られなくするという作戦だ。妖怪の山を出発するときに思いついた。

 遠くから見たら黒くないルーミア、近くで見たら巨大なみかんの皮と言ったところか。別の意味で目立っているかもしれないが、俺であると分からない以上問題は無い。見つからないようにするのではなく、見つかっても大丈夫だというところが発想の転換である。

 

 ちなみにこの格好をしていると、周囲はおろか前方も見えない。かすかに隙間を開けて覗いてみてもいいのだが、そうなると俺が向こうを見ているとき、向こうからも俺が見えてしまう。

 そういうわけで俺は少しでも見られる危険性を減らすべく、永遠亭に行くために進むべき方向を、『答えを出す程度の能力』で導き出すことにした。なかなか贅沢な能力の使い方である。

 

「……まぁ、どうせ迷いの竹林でも使う予定だったんだ。それが少し早まっただけだと思えばいいさ」

 

 太陽の光も入らない真っ暗な空間にて。誰に言い訳をしているのか、俺は一人そう呟く。おそらくは、この能力をあまり使わないと決めていた、自分自身に対する言い訳だ。

 

 この姿になり、普段よりも妖力に満ちているせいだろう。能力を使うことに抵抗がなくなってしまっている。

 強すぎる力は、時に性格まで変えてしまう。早く元の姿に戻らなければなと改めて思った。

 

 ……まぁもっともその望みは、永遠亭では達成できなかったわけだけど。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 結論から先に言ってしまうと、永遠亭に着いたとき、紫は既にいなくなっていた。てゐにこの姿をおちょくられて、鈴仙にわざわざ事情を説明してまでと、苦労して永琳の診察室まで来たというのにこのザマだ。『答えを出す程度の能力』は、永遠亭までの道案内にではなく、紫の居場所を探るのに使っておけばよかったなという後悔が残る。

 

 すぐにでも紫を追おうとしたいところだがやる気が起きない。なんだか今日は疲れてしまった。太陽はまだまだ元気に光っている時間なのにどうしたことか。まぁ妖怪的には力が出なくて当然の時間なんだけど。

 俺が思うに、『答えを出す程度の能力』を使い過ぎたせいだろう。常に使っていなければならないような能力の使い方だと、消費体力は普通の使い方に比べてかなり多いのだ。今回の、永遠亭の方向を導くような答えの出し方は、まさにそれに該当する。

 

「……はぁ、疲れた…… 永琳、体力が全快するエリクサー的なものは無いのかよー……」

 

 完全に脱力しきった状態で、俺は近くにいる永琳に話しかける。知らない奴らが大多数だろうが、『答えを出す程度の能力』を使用して、消費するのは妖力ではなく体力なのだ。もっとも体力の回復に妖力を消費するから、結果は同じになるわけだが。

 人間でいうと全力疾走をした後のようなもの。疲れてこのように溜め息が出てしまうのは仕方ないものだと思ってほしい。

 

「貴方ねぇ…… エリクサーって、普通は不老不死の薬のことをそう言うのよ? そんなものあるわけないじゃない」

 

 永琳が、俺のどうでもいい台詞に律儀にも反応してくれる。ありがたいとは思うのだが、律儀すぎるのはいかがなものか。深く考えての発言ではなかったために普通に返されると困ってしまう。

 というか永琳、お前不老不死の薬は作れるだろ。妹紅とか輝夜が飲んだやつ。確か永琳も飲んでたはずだ。 

 

「……蓬莱の薬のことね。真、飲みたいの?」

「飲みたくない。それじゃあ世界樹のしずくあたりをだな……」

「(……真さん、頼んでも抱っこさせてくれなかったのに、師匠の膝の上には乗るんですね…… いいなぁ……)」

「(……あんな邪魔そうな場所に真がいるのに、師匠が穏やかなのは不気味ウサ…… あそこにいるのが私だったら、師匠絶対怒ってる……)」

 

 言ってなかったが今の俺は、数刻前に諏訪子が俺の尻尾に乗っていたように、うつ伏せで永琳の膝の上にぐてーといった状態で脱力している。永琳は幻想郷で薬屋のようなものを営んでいるようだが、今はお客が来ていないようだ。つまり邪魔にはなっていない。

 

 椅子に座って書物を読んでいた永琳だったが、それなりに退屈だったのだろう。俺がここに来るとパタンと本を閉じ、ポンポンと足を叩いて「おいで」と一言。俺を膝の上へと誘ってきた。 

 他のヤツが誘ってきたなら遠慮を最初に考えるが、今回誘ってきたのは永琳である。仮に、俺ではない誰かが俺と同じような人生を送ってきたとして、今こうして永琳に言われて断れるヤツがいるだろうか。いやいない。

 

「……懐かしいわねぇ、真とこうして(じゃ)れるなんて。なんだか昔に戻ったみたい」

 

 膝に乗る俺の後ろ頭を撫でつつ永琳が言う。その通り。永琳に言われてすぐに膝の上に行ったのは、こういう理由があったためだ。

 

 頭頂部から首の後ろにかけて髪の毛に沿うように撫でられて、くすぐったいが気持ちいい。さとりに匹敵するくらいの撫で上手だ。自然と両目が細くなってしまう。

 

「昔って……師匠は前も真さんにこういうことをしてたんですか?」

「ええそうよ? 今みたいな姿では初めてだけど……」

「……へ、へぇ~……?」

「……一応言っておくけど、真が小さい狐のときの話だからね?」

 

 あはは、ですよねーという声が聞こえて、俺はハッと目を開ける。いかんいかん、疲れていたせいか眠ってしまいそうになっていた。

 なんだ、鈴仙とてゐはまだいたのか。この部屋まで案内してくれたことは感謝しているが、あまり今の姿を見られたくはない。

 しかしせっかく永琳と昔を懐かしんでいる今、この場を離れるのは少々もったいないと思うわけで……

 

「……よしよし。真は小さい狐のイメージだったけど、今みたいな姿も悪くないわね」

「(……まぁいいか)」

 

 当面は、少なくとも永琳が飽きるまでの間くらいは、こうしていようかなと俺は思った。

 ……なお、これは永琳のことを考えての決定であり、俺が膝枕の感触に負けての選択ではないことを、改めて理解しておいてほしいところである。

 

 

 

「……やれやれ、真は贅沢だねぇ。師匠の太ももにこうして顔を(うず)められるなんて、人里の男どもからすれば発狂ものだよ」

 

 隣までやってきて、頭の上から話しかけてきたのはてゐだ。一応言っておくと、太ももに顔を当てるなんていう不安定な体勢はとっていない。永琳は椅子に座っているので、その足に引っかかるように、腹を当ててぐてーっとしているだけだ。

 要は小さい狐の身体をしていたときとほとんど同じ格好だな。まぁ小さいと言っても成体の狐の姿であり、今よりももう少し大きかったと記憶している。

 

「なんだ、永琳は人里の男からは人気なのか?」

「……さぁ。知らないわ」

 

 興味無さそうに永琳は言う。しかし間違いなく人気だろうなと俺は思った。

 だって永琳美人だし。子どもっぽい輝夜よりも、永琳のほうがよっぽど求婚されてしかるべき存在だろう。

 

 なるほど、今の俺は里の男たちにとって羨ましいと言える状態なわけか。俺も男だし、気持ちは分からないどころかよーく分かるが…… それでも永琳を下心の目で見る(やから)がいるならば、そいつらには軽く殺意が湧いてくるな。

 

「……ほんと、真は幸せ者ウサ。いま師匠太ももを堪能できてるのもそうだけど…… 普段はこんなにかわいいてゐちゃんを、膝の上に座らせたりしてるんだからさ!」

「……そうだなー」

 

 小さい胸を張ってそう言うてゐに、俺は適当に相槌を打つ。否定はしないが、そういうのを自分でいうのはいかがなものか。まぁそういう一面も含めててゐらしいと言えばてゐらしいのだが。

 

「……じゃあほら、てゐおいで。かわいいてゐが来てくれたら俺はもっと幸せになれる」

 

 俺は、ぐてーとした体勢から少し顔をあげ、目の前にいるてゐを手招きする。

 俺が幸せ者だとてゐは言ったが、そんなの自分が一番知っていることだ。それこそ、永琳やてゐみたいな面白い連中が近くにいるからな。自分が幸せだということをここ千年は疑ったことが無い。

 

「……え? ……しょ、しょうがないなー。でもどこに……」

「なんかこう、俺の隣にうまいこと…… いいだろ? 永琳」

「……仕方ないわね。ええ、いいわよ」

「(ウサッ!? 今日の師匠はえらい機嫌がいいウサね…… まぁそう言うなら遠慮無く真の隣に……)」

 

 永琳の許可も下りたことだしと、てゐは俺に並んで膝の上に寝そべってきた。かわいらしいてゐの顔がよく見える。それほど、てゐまでの距離がとても近いということだ。

 考えてみたら当然だろう、永琳の膝の上というとても狭い空間に俺たち二人はいるのだから。俺はてゐが誤って落ちてしまわないよう、右手をてゐの背中に回してぎゅっと支える。

 

「ん…… 近くで見ると、子どもになってもなかなか整った顔立ちしてるのがよく分かるね……」

「……そうか、それはありがとう」

「まぁそれでもやっぱり私には敵わないんだけど」

「ははは、てゐはかわいいもんな」

「……真は、てゐの扱いが上手ねぇ……」

 

 子どもを相手にするときには、とりあえず子どもの言うことに肯定しておけばいいと俺は思う。

 てゐと永琳に挟まれているような感触を前後から感じながら、もうしばらくはこの体勢のまま、俺は幸せを感じることにした。

 

 

 

 

「……こうして三人が楽しそうに話している様子を、鈴仙は一人寂しく羨ましそうに眺めるのであった。めでたしめでたし」

「……ちょっとてゐ!? 変なナレーションしないでよ!」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 永琳が元気の出る薬を用意してくれなかったので…… いやまぁ永琳とてゐのおかげで精神的に元気にはなったのだけどそれはまぁ別として…… 今日のところは疲れを癒すべく、永遠亭に泊まることにした。俺から泊めてくれと言ったのではない。永琳から泊まっていけばと提案されたので、それに甘えることにしたのである。

 

 そうと決まれば、永遠亭に住んでいる別のヤツにも、俺が泊まる旨を一応伝えておかなければなるまい。別のヤツ、つまり輝夜にそのことを報告すべく、俺は永琳と共に診察室から屋敷のほうへと足を運ぶ。といっても俺は永琳の頭の上に乗っていたため、自分の足で歩いてはいないのだけど。

 一緒に膝の上にいたてゐはというと、永琳から地面に降ろされていた。さすがに二人も乗ると重かったらしい。悪いなてゐ、この乗り物一人用なんだ。

 ……あ、永琳、今の言葉は一種の様式美みたいなもので、本当に乗り物扱いしているわけじゃないからな? 俺はちゃんと永琳のことは対等な友人であると思ってるから。

 

『……あさぼらけ--』

「はい取った!!」

「あ、輝夜お前いまの勘取りだったろ! ずるいぞ!」

「違いますー、私の耳には聞こえてましたー。 ……妹紅の耳が悪いんじゃなくって?」

「な、なにをー! 私が慧音の声を聞き(のが)すはず無いだろうが!」

 

 輝夜のいる屋敷の一室にたどりつくと、偶然遊びに来ていた妹紅も一緒に発見をした。二人で向かい合うように正座で座り、百人一首で勝負をしている。読み手は……ああ、あのレコーダーで慧音の声を再生してるのかな。

 

 永琳曰く、この二人はこういった勝負事を、結構な頻度でよくしているらしい。何か賭け事でもしているのだろうか。二人とも真剣に、そして楽しそうに遊んでいる。

 

 百人一首の途中であるが、俺は二人に、今日は永遠亭に泊まることと、こんな姿になってしまった経緯を話す。勝負が終わるまで待たなかったのは、勝負中だからこそ、過度にリアクションを取られないと思ったため。

 そんな俺の思惑は、面白いように成功した。

 

「……え、じゃあ本当に真なのか? ……ず、随分小さくなっ……」

『……しのぶれど--』

「はい!」

「あ"っ!」

 

 妹紅が一瞬こちらに気を取られている隙に、すかさず札をゲットする輝夜。妹紅はそんな輝夜を見て、唇をぐぬぬと震わせる。

 しかしまぁ、卑怯者とは敢えて言うまい。勝負の最中に別のことに気を取られるほうも悪いのだ。

 

「ふっふっふ…… 勝負中によそ見するとは余裕じゃない、妹紅」

「く……卑怯な……」

「妹紅負けるなー。頑張れー」

「今の一枚は真のせいで取られたんだけど!? なに普通に応援してんだ! 頑張るよ!」

 

 どうやら今のところ妹紅は劣勢のようなので、俺はそっちを応援することにする。それに妹紅のほうが付き合いが長いし。保護者目線になってしまうのは仕方ない。

 となると輝夜を応援するのは永琳かな。どっちの子どもが優秀なのか、こちらでも勝負といきたいところだ。もっとも輝夜は永琳の子どもではないし、妹紅も俺の子どもではないのだけれど。

 

「妹紅いけー! やれー! そこだー!」

「うるさい真! 慧音の声が聞こえないだろ!」

「ごめん」

 

 息をひそめて音を立てないように、一生懸命の妹紅を応援する。ところが、せっかく俺が応援したというのに、残念ながら妹紅は負けてしまった。

 俺は勝った輝夜の頭を軽く撫でてから、負けた妹紅をなぐさめに行く。

 

「……なっさけないぞ妹紅。なに輝夜に負けてんだ」

「う、うるさいなぁ…… 真がそんな姿で応援してくるから気が散ったんじゃないか」

「そんな姿とはなんだ、ちょっと小さくなっただけだろ」

「ちょっと小さくなることは十分おかしいだろ! ちょっとじゃないし!」

 

 ……まぁ小さくなっても性格は変わってないみたいだな、と妹紅は頭をポリポリ掻きながら俺の目を見てそう言ってくる。座っている妹紅に対して俺は立っているのに、目線の高さが同じというのはどういうことだろう。

 これでは負けた妹紅を茶化しに来た鬱陶しい子どものようではないかと俺は思った。負けをも包み込む大人の包容力を見せてやろうと思ったのに。この姿はなにかと威厳が無いのが問題である。

 

「……ふっふーん妹紅ー、負けたんだから罰ゲームよー♪ さぁて何をしてもらおうかしらね~?」

「くっそ……なんか納得いかない……」

「そうねぇ、せっかく珍しい姿の真がここにいるんだから、真を一日もらっちゃおうかな~」

「だっ、駄目だ駄目だ! 真を輝夜なんかに渡してたまるか!」

 

 やはり妹紅と輝夜は、何かしらを賭けて百人一首で勝負をしていたようだ。勝負事は、どちらも勝つつもりでやるからこそ面白い。二人の今の姿勢はとてもいいものだと思う。

 ……が、どうして賭けの商品に、勝手に人を使ったりするのかなぁ。幻想郷の住民は結構そういうところがある。

 

「……なんだ、『負けたほうは勝ったほうの命令を一つ聞く』みたいな賭けでもしてたのか?」

「ええそうよ! だから妹紅、さっさと真を渡しなさい!」

 

 輝夜が妹紅に、ビシッと指さしポーズを決めながら宣言する。俺は妹紅の所有物ではないんだが…… ついでに言うと霊夢のものでもない。

 ……敢えて言うならみんなのものか? なんだこの『風早くんはみんなのもの協定』みたいな扱い。まさか自分で自分のことをそう言ったりするとは思わなかった。俺は風早くんみたいな人気者では断じてない。

 

「真、おいでー♪」

 

 輝夜が猫でも呼び出すように、両手を伸ばして俺を呼ぶ。 

 

「……仕方ねぇなぁ……」

「!? 真、本気で輝夜のところに……ってなんだこの手……わぁっ!?」

「……はいできた。輝夜、こっちで我慢してくれ」

 

 しかしながら俺は物ではないのだから、代わりに妹紅を小さくしてみる。こっちのほうがより罰ゲームっぽくていいだろう?

 まだ髪が黒くて短いころの子どもの妹紅だ。目線の高さが俺よりも下になり、なんともかわいらしい姿である。

 

「……な、何が……?」

「……わ、妹紅が子どもになっちゃった」

「な…… 真! 私に何をした!?」

 

 子どものころと同じような鋭い目つきで妹紅が言う。そんな目で見られてもかわいいだけだ。

 ……懐かしいなぁ。今でこそ白い長髪に赤いもんぺという特徴盛りだくさんである妹紅であるが、子どものときは本当に普通の子どもだった。 

 今はそのときとまったく同じ姿の妹紅が目の前にいる。違うところと言えば、口数が多いところだろうか。あのころの妹紅は、本当に輪をかけて無口だったからなぁ……

 

「なに、変化の術でちょっとばかし昔の姿に変えただけだ。そう取り乱すことでもない」

「なんだって!? ……わっ、手ぇ小っちゃ!」

「へぇ…… 妹紅って昔はこんな感じだったんだ…… 今とは結構違うのね」

 

 輝夜が、俺の腕の中にいる妹紅を覗き込む。よし、これで興味が俺から妹紅に移ったな。興味の対象がコロコロ変わるところを見るに、輝夜もまだまだ子どもと言えよう。

 

「髪も目も、今の妹紅と全然違ってなんか新鮮ー。 ……あ、胸の大きさは今とあんまり変わらないのね」

「な……! 輝夜だって私と同じようなもんじゃないか!」

 

 輝夜の言葉にイラッときたのか、腕の中で妹紅がぷりぷりと怒り出す。怒った姿もまたかわいらしい。

 

 どうやらこの二人の間では、胸は大きいほうがより凄いという認識のようだ。子ども同士で身長や体重を競うようなものなのだろう。輝夜みたいに普段着物を着ているのであれば、胸が小さいほうがよく似合うものだと思うのだが。

 

「同じようなもんじゃありませんー! 妹紅が大潟富士(標高0m)だとしたら、私は蓬莱山(標高1174m)くらいありますー!」

「はぁー? 言っとくけど元の姿だったら、私のほうが大きいからな!? なにが大潟富士だ、私は本物の富士山(標高3776m)だ!」

 

 よく分からない輝夜の例に、負けじと例をあげて言い返す妹紅。俺は山の高さについては詳しくないが、二人とも身の丈にあっていない山を言っているのは分かる。お前らがそれなら永琳とかはどうなるんだ。

 

「とりあえず今は私のほうが大きいからね~♪ 身長も私のほうがずっと高いし…… ほら妹紅、お姉ちゃんのところにいらっしゃい?」

 

 妹紅に手を伸ばして輝夜が言う。今の妹紅は黒髪なので、同じ黒髪である輝夜と並ぶと本当に姉妹のようだ。

 人間なんてほとんどが黒髪であるため、その程度で姉妹だと言ってしまうのはどうかとも思う。しかし周囲にいろんな色の髪をした妖怪がいるのだから、そう思ってしまうのも仕方がない。 

 

「……だ、誰がお姉ちゃんだって……?」

「私に決まっているじゃない。 ……あ、それともお母さんのほうが妹紅は良かった? そうなるとお父さんは真かしらね~♪ 髪の毛も同じ黒髪だし……ってあれ、黒じゃない……?」

 

 輝夜は今さら気づいたようだが、その通り、今の俺の髪は黒色ではない。尻尾を出すと狐の耳も自動に生え、また髪の色も赤みがかった褐色になるのだ。人間モードの姿しか見たことがない連中にとっては、地味に知られていない姿である。

 せめて黄色にでもなってくれれば、狐らしくて少しは格好がつくんだけどな。なにより藍とお揃いにもなるし。まぁ今のこの姿に比べれば、髪の色など些細な問題に過ぎないだろう。

 

「……まぁこの際、髪の色はどうでもいいことにして…… ところで妹紅って、なんで子どものときは黒髪なのに、今は白くなってるの?」

「髪の色の話から変わってないんだが…… まぁいい、これは」

「もしかして今の妹紅はすでにおばあちゃんになってたの!? 髪も全部白髪(しらが)になるくらい…… ちょうどいいときの妹紅はどこ!?」

「聞けよ! つーかちょうどいいときってなんだよ! 私は旬の食べ物か!」

 

 例えツッコミをする妹紅。うまいのかどうかは判断しかねる。

 しかしなんとまぁ、子どもの妹紅がこうも饒舌だと俺的には少し違和感があるな。どちらの妹紅も見ていて飽きないので、さしたる問題は特に無いが。

 

「……ったく…… そもそも私の髪が白くなったのは輝夜、お前が残した蓬莱の薬を飲んだからだぞ。人を年寄り扱いするなよな」

 

 呆れたような口調で妹紅が言う。確かに、ある意味で髪が白くなった原因に年寄り扱いされたら、呆れたくもなるだろう。

 なにより、髪が白いだけでおばあちゃんだと言うのならば、咲夜だってレティだっておばあちゃんということになってしまう。椛や妖夢なんかに至っては、おばあちゃんというよりむしろ子どもだろう。

 

「……えー? 蓬莱の薬にそんな作用あったかしら? だって、私は黒髪のまま変わってないわよ?」

「……えっ、輝夜って黒に染めてたんじゃ…… ほら、墨汁とかで……」

「そんなわけないでしょう!? アンタ私のこの鮮やかな黒髪が、墨汁によってできたものだと思ってたわけ!?」

「だって永琳の髪も白いし……ねぇ?」

「永琳はもともと白髪(はくはつ)なのよ!」

 

 この白い髪はお前のせいだと妹紅は言うが、輝夜が言うには蓬莱の薬には髪を白くさせる作用は無いらしい。言われてみたら輝夜の髪って黒いもんな。同じ蓬莱の薬を飲んだ輝夜の髪が白くなっていないということは、つまりそういうことである。

 むかし妹紅からは、蓬莱の薬を飲んだためにこんな髪の色になったと説明を受けたのだが、どうしてそのときに俺は疑問に思わなかったのだろうか。

 

「……じゃあ、なんで私の髪はこうなったんだ。こんな姿になってしまったせいで私は都にいられなくなったんだぞ。真に拾ってもらえなかったらどうなってたか……」

 

 その疑問点が浮かびあがることで、当然出てくる新たな疑問を妹紅は口にする。どうして妹紅の髪は白くなり、輝夜の髪は白くなっていないのか。

 無論、偶然そうなったという可能性も十分ある。なんせ薬を飲んだのはたった三人だけしかいないのだ。妹紅にだけそういう副作用が起きたのだとも考えられるし、ほとんどの人に起こる副作用が輝夜にだけ起こらなかったのだとも考えられる。

 しかし俺の頭には他の、とある仮説が浮かんでいた。

 

「……もしや……」

 

 自身の顎に手を当てながら俺は思う。

 妹紅は蓬莱の薬の影響で髪が白くなったのだと考えたみたいだが、人間には他の要因でも、髪が白くなるという症状が起きることがあるのだ。それは精神的に強いショックを受けたときである。

 

 あのときの妹紅は、父親を亡くしたことで精神に大きいダメージを受けた。それが原因で妹紅の髪は白くなってしまったのではないか。勘違いしてしまったのは、髪が白くなる時期が蓬莱の薬を飲んだ時と被ったため。

 

 この仮説が正しいのかどうかは分からないが、妹紅の髪が白くなった原因として、俺が納得できるには十分だった。

 

「……なんつーか妹紅…… 大変だったな……」

「……急にどうしたんだ真? ……まぁ結局真に会えて助かったんだし、今さら気になんかしてないけど……」

 

 髪が白くなるほどにまでショックを受けたあのときのころの妹紅の境遇を考えてみると、胸の奥の方がキュウッと締め付けられる。感情移入してしまうときは、とことん感情移入してしまうのが俺の悪い癖だ。油断すると涙まで出そうになる。

 俺は膝の上にいる小さな妹紅を包み込むように優しく抱き締めると、そのまま小さい頭を軽く撫でた。

 

「真……?」

「……あ、分かったわ、妹紅の髪が白くなった理由! 人間って強いショックを受けたら髪が白くなるって漫画で読んだことあるわ! きっと妹紅は、蓬莱の薬があまりにマズかったことにショックを受けて、それで髪が白くなったのよ!」

「……え? た、確かにあれは今でも覚えてるくらいにひどい味だったけど…… そんな原因で私の髪は白くなったのか!?」

「まず間違いないわね!」

 

 妹紅と輝夜がそれでいいなら、個人的に考えた妹紅の髪が白くなった理由については言わないでおこうと俺は思った。わざわざ辛い記憶を思い出させる必要なんて無い。俺だって、今の妹紅が幸せそうならばそれでいいに決まってる。

 

「……さて、なんか話が脱線してたみたいだけど、罰ゲームよ罰ゲーム! 妹紅は早くこっちにいらっしゃい!」

「それがなぁ…… 真が放してくれないから、輝夜のトコには行けそうにない。えへへ……いやぁ、残念な話だが」

「む…… 真、妹紅を放してちょうだい」

「……断る。あともう少しこのままで」

 

 差し出してくる輝夜の手を拒むように、俺は腕の中にいる妹紅をグイッと引き寄せる。力加減を間違うと妹紅が潰れてしまうので、そこは細心の注意を払って。 

 この妹紅は変化の術で小さくなっているだけで、決してあのときの妹紅が目の前にいるわけではないと頭では分かっているのだが、小さい妹紅のこれからを思うとどうしても放ってはおけなかった。

 

「えへへ……真の膝の上は久しぶりだな…… まぁこの姿の真は初めてなんだけど」

「むむ……妹紅ばっかりズルいわ! 真! 私も!」

「……輝夜も? 妹紅みたいにやってほしいのか?」

「ええ!」

「まぁいいけど…… よっ」

 

 輝夜が元気よく返事をしたので、妹紅と同じように変化の術で小さくしてみる。小さくなりたいと頼まれたのは初めてだ。妹紅の何が羨ましかったのだろう。

 少なくとも俺は、大きくなりたいと思ったことは何度かあれど、小さくなりたいと思ったことは一度も無い。多分。

 

「……え?」

「……うわー、輝夜が小さくなった。ちんちくりんがもっとちんちくりんになっちゃった」

「……うー、こういう意味じゃなかったんだけどまぁいいわ。真! 私も!」

 

 また同じ台詞を吐きながら、次に輝夜は俺と妹紅の間に割り込むように飛び込んできた。今度の言葉の意味は、私も小さくなった妹紅と触れ合いたい、だろうか。輝夜と妹紅は本当に仲がいいなぁ。少しだけ嫉妬してしまいそうだ。

 

「うげっ! 輝夜重い!」

「あら妹紅いたの? 気付かなかったわー」

「……やれやれ、子どもばっかりになってしまったな」

 

 目の前にいる妹紅と輝夜、それと周囲にいる永琳てゐ鈴仙を見ながら俺はそう呟く。俺も含めたこの中で唯一小さくなっていない永琳が、何言ってるの、ほとんど真の仕業じゃない、と返してきた。

 まぁその通りなのだが、別に子どもばかりということで都合が悪くなることもないだろう。永琳も非難しているわけではなさそうだ。

 

 今日一日くらいは、妹紅と輝夜ももう少しこのままの姿にしておくことにした。

 

 

 

 

「……そして地味に鈴仙も、結構前に真から小さくされているのであった」

「なに他人事みたいに言ってるのよ! てゐが変なこと言ったからでしょ!」

「だって鈴仙、本当に寂しそうな目で見てたんだもん。真は気を利かせて小さくしてくれたんだよ。師匠の膝は定員オーバーだったけどね」

「それよ! 私、小さくされた意味無いじゃない……」

「……そして今も、真の周りは定員オーバーみたいだね」

「……うぅ、いいなぁ……」

 

 


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