東方狐答録   作:佐藤秋

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第百八話 時戻異変後

 

 俺が小さい姿から元に戻れたその翌日。つまりお仕置きと称して紫を小さい姿に変化させ、一晩明けた日のことだ。

 なぜだか今日は朝から中規模な宴会が、主に河童や天狗たちによって博麗神社で開かれていた。

 

「……小さい姿にされて三日間…… 私、もう二度と元に戻れなくなるかと思ったよ~…… 真様にとんでもなく失礼な口を聞いちゃって……」

「……一心不乱に文から写真を撮られてる小さい椛を見て、いったい何事かと思ったよ。でもま、元に戻れてよかったじゃん。椛を小さくしたのは真だけど、その真や他の連中を小さくしていた異変の犯人は八雲紫だったんだね~」

「うん。真様を小さくするなんてどんな相手かと思ったけど、八雲紫なら納得だよ。にとりは小さくされなかったんだ」

「うん、なぜだか運良くね。どうして主な被害者が妖怪の山に住んでる妖怪なのか、気になるところではあるけれど……」

 

 昨晩俺は、元の姿に戻ると同時に、いろんなヤツに掛けていた変化の術をすべて解いた。おそらくはそれが原因で、今ここで宴会が開かれているのだと思う。

 いきなり自分の体が縮むなんてある意味異変と言ってもいいからな。元に戻れたということは異変が解決されたということ。異変が解決された後に宴会が開かれるのは、幻想郷ではおなじみと言える。

 

 当然ながら異変の犯人である紫は、元の姿に戻さずに小さい姿のままにしている。その姿の紫を見て宴会に集まっている連中は、『皆を小さくした犯人は紫であり、真を小さくしてしまったことで紫は今その報復を受けている』と思っていることだろう。というか先ほど聞こえた椛とにとりの会話から、そう思ってるに違いない。

 実際ほとんどその通りなのだが…… とにかく紫は、俺がこの数日間どんな思いをして過ごしてきたか、己の身をもって知るといい。

 

 一応、見てない間に慣れない姿で怪我でもされたら困るので、目の届かない場所に行かないように気を付けてはいる。これくらいでは過保護とは言わないと信じたい。

 もっとも、今はそんな心配などする必要は無く、紫は俺の背中にガッシリしがみついているわけだが。

 

「最悪だわ…… 藍はともかく、橙にこんな情けない姿を見られるなんて…… 立ってるのに橙と目線の高さが同じなんて初めての経験よ。ああ、積み上げてきた私のクールビューティーな一面が……」

 

 俺の背中で、ボソボソとよく分からないことを呟いている紫。

 紫が言葉を発するたびに、吐息が後ろ髪に当たってくすぐったい。少々しがみつきすぎではないだろうか。

 

「……仕方ないじゃない。こうしてないと落ちるんだし」

「……いや別に、悪いとは言ってないだろう? ただ、自分で歩けないほど小さくしたつもりはないから、地面に立てばいいんじゃないかと思っただけで……」

 

 変化の術で小さくなった紫は、俺と初めて会ったときと同じくらいの大きさになっていた。背中に乗っても特に重さを感じないくらい。紫を背負った経験は少ないのだが、それでも今の状況は、なぜだかとても懐かしい気がする。

 俺が他に変化で小さくしたヤツはたくさんいるが、実際に小さいときと同じ姿になったのは、妹紅以外には紫だけだ。他のヤツらの小さい姿はすべて俺の想像によるものである。昔の紫の姿を見るのは久しぶりなため、懐かしいと思うのは当然なのかもしれない。

 

「……さて」

「……きゃあっ!?」

「昨日は夜遅くで紫は御眠(おねむ)だったからな、あまり口うるさくは言わなかったが…… 今日はしっかり反省してもらおう」

 

 背中にいる紫を引っ剥がし、前方に抱えながら俺はそう口にする。前で抱えてみてもやはり軽い。が、背中にぶら下がられるのと前方にて両手で抱えるのとでは、重心が安定するためか前者のほうが楽である。

 

「そんで、今日一日いい子だったら、元の姿に戻してやる」

「っ、本当!? 約束だからね! ずっとこのままとか嫌だからね!」

 

 本当は、俺が被害に遭った三日間ほど小さい姿にしてもよかったのだが、さすがにそれはやめておいた。お仕置きに時間をかけるなんて馬鹿らしいし、怒りを長期間保ったままにするのは難しいのだ。

 実際のところ、俺は昨日紫を小さくした時点で、紫に対する怒りの感情がきれいさっぱり無くなってしまった。

 

「……それで、いい子にするって私は何をすればいいのかしら」

「そうだなぁ……」

 

 別に今は何もしなくていいけれど、後で肩でも叩いてもらおうかな。神社の宴会の様子がひと通り分かる位置に腰掛けながら、俺は腕の中にいる紫にそう告げる。

 

「肩たたき?」

「そう、肩たたき」

 

 肩を叩いてもらうということは、子どもしてもらうと嬉しい行為の中でも、結構な上位に位置していると思うのだ。せっかく紫が子どもの姿をしているのだから、それを活用しておくに越したことはないだろう。

 

 でもまずはその前に、腕の中にいる紫を思いっきり愛でておこうと俺は思う。これも普段はなかなかできないことだ。俺は子ども相手に過干渉するのは基本的に避けているから。

 

「~♪ 紫~♪」

「(!? まだお酒を飲んだわけでもないのに真が人恋(ひとこい)しモードに!? この姿になった影響かしら!? だとしたらこれはまたとない機会だわ!)」

 

 肌寒い冬の気候から、太陽の光のおかげで程よく暖かい今日この頃。俺は手元にある、妙に腕にフィットする柔らかくて温かい物体を、とりあえずぎゅーっと抱き締めてみた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 宴会だというのに酒も飲まず、紫と二人でまったりとする。まったりって、言葉の響きがなんかいいよな。他にもはんなりとか俺は好きだ。

 

 こうしているだけで俺はもう十分に満足なのだが、生憎と今この場では宴会が開かれているわけで、たまに誰かが話をしにくる。ある意味で、紫との時間を邪魔されていることになるわけだが……

 まぁ、わざわざ用事があって訪ねてきてくれた連中を無下(むげ)に扱えるほど俺は偉くない。別に紫と楽しくおしゃべりしているわけでも無し。俺は快く対応する。

 

 まず最初に来たのは紅魔館の連中。具体的に言うと、フランと咲夜の二人である。

 

「真! 元の姿に戻れたんだ! よかったね!」

 

 フランが満面の笑顔でそう言ってきたとき、思わず抱き締めてしまいそうになった。紫が手元にいなかったら確実に抱き締めていたと言っていい。

 俺が元の姿になったことを一緒に喜んでくれるなんて、なんてフランはいい子なんだろう。

 

「ええ、やはり真さまはそちらの姿のほうがよろしいかと。いつもの姿に戻られて、私も安心して能力が使えます」

 

 咲夜も咲夜で、本気の姿の俺を気遣って、今まで時間を止めることをしなかったらしい。本気の姿だと咲夜の時止めが知覚できてしまうため、急に時間が止まって俺が驚かないようにと配慮してのことだ。

 なんだこいつら、いい子過ぎんだろ。おじさん感動して涙が出そうだよ。

 

 ちなみに美鈴の姿が見えないが、あいつは今日も紅魔館の門番の仕事だそうだ。まぁ宴会に来たところで、「えー! 真さん元に戻っちゃったんですか―! 残念!」とか言って、フランたちのくれた感動を台無しにしてくれそうなので来なくていいや。

 元はと言えばこの異変、大本(おおもと)の犯人は紫であるが、きっかけは美鈴のおしゃべりが原因なのだ。あのとき美鈴も小さくしてればよかったかもしれない。

 

「……おー紫、すっかり小さい姿が板についてるなー。これがホントのロリババアってやつか?」

「……それより真! 昨日見た小さい姿の真は、やっぱり夢じゃなかったのね!」

 

 フランとまた遊ぶ約束をして二人が去ったのち、次にやってきたのは霊夢と魔理沙。こいつらには、今朝起きてからすぐに事情を説明しておいたので、小さい姿の紫を見ても今さら驚くことは無い。

 

 俺の小さい姿に関してはあえて言及しないでいたのだが、

 

「早苗から話は聞いたわよ! 小さい姿の真は早苗の膝の上に座ってコロコロされて、さぞかし楽しかったんでしょうねぇ!?」

 

 だそうだ。早苗め、簡単にバラしてくれやがって。

 

 なぜだか霊夢の機嫌が悪かったので、霊夢も小さくなって早苗にコロコロされたかったのかな、と思い聞いてみると、さらに機嫌が悪くなって危うく殺殺(コロコロ)されるところだった。

 年頃の娘はなかなかに情緒が不安定である。 

 

 そうそう、どこでこのことを知ったのやら、幽香も宴会にやってきていた。

 幽香は霊夢たちが去ったのち俺たちの元にやってきて、小さい紫と仲睦まじそうに話し始める。

 

「……紫、随分かわいらしい姿になったわねぇ。嬉しそうに真に抱っこされちゃって、親離れできない子どもみたいよ?」

「これは、真のほうが子離れできてない親なのよ? 抱っこしてるのは真の意思だしねー。ふふ、幽香、羨ましい?」

 

 どうやら紫は、幽香相手だと小さい姿を見られても平気なようだ。おそらくは幽々子に対しても同じように話せるのだろう。

 昔からの知り合いで、完全に気を許してしまえるような関係。俺だと、永琳とか勇儀になるのだろうか。こういう関係はとてもいいものだと思う。

 

「……そうねぇ、ちょっとだけ羨ましいかも。ねぇねぇ真、私にも紫を抱っこさせて?」

「あら、羨ましいってそっちのほう? ……ふふ、でもだーめ♪ 私を抱っこしていいのは真だけなんだから♪」

「……そう、残念。 ……私が小さいときに紫からされたことを、今ならお返しできると思ったのに……」

 

 ……幽香の口から物騒なことが聞こえた気がするが、多分俺の気のせいに違いない。きっとそうだ。幽香は先ほどと変わらず楽しそうにおしゃべりしているし、そういうことにしておこう。

 

 

 

 それからも、何人かの連中が、俺と紫の元に顔を出しに来た。

 レティも俺が元の姿に戻ったことを祝福しに来てくれたし、幽々子は小さい紫をからかいに来たし、妹紅や輝夜なんかは、「こっちは元に戻さなくてよかったのに」なんてことを言いに来たりもした。

 

 しかし一番多かったのは、元の姿に戻れてよかったことを報告しに来る連中だろうか。椛や穣子などの、会えば話ができるくらいの間柄ならともかく、ろくに話したことも無いヤツらもわざわざ話しに来るなんて。妖怪の山の連中は律儀というかなんというか。

 実際のところお前らを小さくしたのは俺なんだがな。この秘密は墓場まで持っていくことに今決めた。

 

「……ところで真。真はどんな方法で、私や妖怪の山の連中を小さくしたの? 年齢の境界を操るなんて藍にもできないでしょうから、真にもできるわけないし……」

 

 相も変わらず小さい紫が、俺の腕の中から顔をあげて、逆さまに話しかけてくる。

 異変の犯人たる紫は、境界を操って俺を小さい姿に変えたわけだが、俺のほうはどのようにして紫を小さい姿に変えたのか気になるらしい。

 ちなみに、俺が小さくした分も紫の仕業にされているわけなのだが、本人はさほど気にしてはいないようだ。

 

「ああ、俺は別に年齢とかを操ったわけじゃなくてだな、ただ単に変化の術で小さい姿に変えただけだ。紫は昔から知ってるから小さいときと同じ姿にできているが、他のヤツらはおそらく昔とは違う姿になってたと思う」

 

 俺がそう答えると、紫はその手があったかという表情をする。

 

 例えば、冬が終わらなかったあの異変。あれは幽々子の仕業だったが、境界を操る紫だって、時間を操る咲夜だって、きっと同じようなことができただろう。

 このように、不思議な力を持つ者が多い幻想郷では、結果が一つでもそこに至るまでの過程はいろいろ考えることができるのだ。

 相手を小さくする異変だって、方法は一つじゃない。それを考えるのが紫は面白いみたいだった。

 

「……ふぅん、なるほどねぇ……」

「……なるほど~、真さんはそうやって椛を小さくしたわけですか~」

 

 紫の声に交じって、前方から別の声が聞こえてきた。敬語だが、真面目というよりかはおちゃらけた印象のほうが強い声。

 顔をあげて声の主を見ると、右手を顎に当ててわざとらしく考えるポーズをとっている烏天狗が目に入る。

 

「あ、どうも真さん。清く正しい射命丸です」

 

 文は俺の視線に気付くなり、右手を敬礼の場所に移動させ、いつもの挨拶をかましてきた。いつものことながら、その口上はどうなんだろうと俺は思う。まぁそれはいいとして。

 

 俺が紫とまったりしていたのは宴会場の端の端、こんなところに足を運ぶのは偶然であるとは考え難い。まず俺か紫に用があってやってきたと考えるのが自然だろう。

 実際今までも、何人もの天狗が俺に話をしにここまで訪れていたわけだが…… 異変の被害者でない天狗が来たのは初めてだ。いったい文はどんな用事で俺たちのところにやってきたのだろう。

 まぁそんなことは、考えても答えが出てくるものでも無し。俺は文に直接聞いてみる。

 

「……文か。お前も俺たちになんか用か?」

「ええ、お二人にお話があってやってきました」

 

 そう答えながら、文は俺たちの前に腰掛ける。話があるのならば座るのはまぁいいのだが、スカートをはいた女の子が胡坐(あぐら)のように足を組んで座るのはどうなんだろう。どうせ文のことだから、中身は見えないようにしているのだろうが。

 

 "俺に"ではなく"お二人に"と来たか。つまり文は紫にも用があるということだ。

 小さい紫に用なんて、ますます一体どんな用事なのかと気になってくる。小っちゃい紫を写真に撮らせてほしいとかだろうか。文なら十分ありえそうだが、そのときは遠慮させてもらうことにしよう。

 

「……まずは真さん、異変解決おめでとうございます。元の姿に戻れてよかったですね。私的には姿を見られず残念でしたが……」

 

 さっさと本題に入ればいいものを、文はそう前置きをして話し始める。

 

 さりげなく俺の腕の中で紫が、そう言えば私も真の姿を見てないのよねぇ。私は見せてるのに不公平じゃないかしら? とか言っているが無視させてもらおう。世界は不公平であふれているのだ。

 

「……ところで、小さくされた被害者の中には、真さんが変化の術で姿を変えられた人もいるらしいですね。椛だとか早苗さんだとか」

「ああ、いるな。他には妹紅とか輝夜とか」

 

 文の問いに、俺は別段動揺することも無く同意する。こっそりと小さくした連中ならともかく、椛や早苗には、目の前で変化の術を掛けたのだ。その点を誤魔化したりするつもりは無いし、誤魔化し通せる気もしない。

 

「でも俺が小さくした連中は、俺が元に戻ると同時にではあるが、全員元に戻したぞ?」

「ええ、どうやらそのようですね。 ……ですがそのとき真さんは、重大なミスを犯してしまっていたのです!」

「……は? 重大なミス?」

 

 急にテンションをあげる文に対して、ついていけずに俺はただ言葉を繰り返してしまう。文が俺を指差しながら言うものだから、さながら気分は事件の犯人といったところか。妖怪の山の連中を小さくしたのは俺だから、ある意味犯人で間違いではないのだが…… 

 はて、ミスとはなんのことだろう。変化の術を解き忘れたヤツでもいたのだろうか。だとしたらそいつに悪いことをしたなと思うが、俺は紫のように自分がしでかしたことを忘れるような真似はしていないはずだ。

 

「そーです! 重大なミス! 真さんが妖怪の山のみんなを元に戻す際に犯したミスです! それは……」

「それは……?」

 

 無駄に文がもったいぶるものだから、俺はごくりと唾を飲み込む。そうでなくても、文は俺にミスがあると言うのだ。緊張するのは当然だった。

 五秒ほど息を溜めてから、文は更に言葉を続ける。

 

「……それはズバリ! 椛も元に戻してしまったことですよ! 私まだ存分に小さい椛を堪能できていなかったのに! あー!」

「……は?」

 

 さながら舞台に立った悲劇のヒロインのように、文は大袈裟に声をあげて崩れ落ちる。崩れ落ちると言っても文は座った状態なので、単にガックリ肩を落としただけに過ぎないが。

 

 なるほど、言いがかりというのはこういうことを指すんだなと俺は思った。まさか文の望む結果と違ったためにミス呼ばわりされるとは。

 冗談の一面もあるのだろうが、人によっては怒りそうなものだ。

 

 文の声が無駄に大きいせいで、周りから変に注目されてしまった気がする。実際には周囲はそれほど俺たちに関心を持っていないのだが、それでも目立つのは好きではない。今からでも他人のふりをすることは間に合うだろうか。

 

「……ああ、私の小っちゃくてかわいい椛…… できることなら、もう少し貴女を愛でていたかった……」

「……いや、俺が椛を小さくしてから二日以上はあったと思……」

「……分かるわ。私もあの状態の穣子をもっとかわいがっておくべきだったと後悔してるもの」

「! ですよね!」

 

 同意され、更にテンションをあげる文。

 静葉、お前はどこから湧いてきた。そしてどうして文の味方をする。

 

「……いやぁ、静葉さんも身内が小さくなって、そのかわいさに撃ち抜かれた人ですか」

「ええ、まぁね。穣子はいつもかわいいけど、小さくなった穣子はより一層かわいくって」

「分かります! 穣子さんもきっとおかわいくなったのでしょうね!」

「ふふ、椛ちゃんの小さい姿も、それはそれはキュートなものだと容易に想像できるわよ」

 

 互いの身内(?)を褒め合うほどに、変に意気投合を始める文と静葉。まったく、幻想郷には身内に甘い連中が多すぎる。

 椛にしたって穣子にしたって、小さい姿は所詮偽物。一番かわいいのは、ここにいる紫かあのときの妹紅に決まっているのに。

 

「……ということで真さん、もう一度椛を小さくてかわいい姿にしてください。結果が同じなら紫さんがやってくれてもいいですよ?」

 

 なにが"ということで"なのだろう。論理の展開に若干の飛躍があるような気がする。

 

「……ついでに穣子も小さくしてくれたら完璧ね。報酬として、次の秋にはいつもの倍の秋の味覚をおすそ分けしてあげてもいいわ」

「それなら私も、文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)の購読料を向こう半年は無料にしてあげます!」

 

 自分の都合で妖怪の山の連中を小さくした俺が言うのもなんだが、こいつらは相手の都合というものを考えたりはしないのだろうか。それと、一応は頼んでいる立場なのに"してあげる"というのはおかしいと思う。

 

 いくら報酬を積まれようとも、椛たちを小さくする気はさらさら無い。俺は文と静葉に、明確な意思を持ってそう告げる。

 

「……えー! なんでですか!」

「いや、逆になんでオッケーがもらえると思ったんだよ……」

「むぅ…… 紫さんはどうです!? 椛を小さくしてみたくありませんか!?」

「え、そうねぇ……」

 

 残念ながら紫に聞いても答えは同じだ。椛を小さくすることで俺たちに何のメリットがあろう。いやまぁもしかしたらメリットはあるかもしれないけど、思いつかなければ無いのと同じである。

 

「真がやらないなら私もやらないわ。それに今は、そんなことをしてあげるほど暇じゃないし」

「……えぇ~……」

「……そんなぁ……」

 

 拒否することで露骨にテンションを下げる文とついでに静葉。そんな態度を取られても可哀想だという気はみじんも起きない。

 

「……そうですかそうですか、つまり真さんはそういう人だったんですね」

「穣子を小さくできるのは貴方たちだけなのに……」

「なんとでも言え。今から俺は紫に肩を叩いてもらうんだ、そんなことをしている暇は無いんだよ。どうしてもって言うなら小さくされる本人に許可を取ってからにしろ。もしくは別の方法を考えるんだな」

 

 そう言うと俺は手の甲を振って、しっしっ、と二人を追い払う動作をする。少し前、結果は同じでもそこに至るまでの過程にはいろいろ考えられる話をしただろう。もしかしたら俺と紫以外にも、小さくできる方法を持つヤツがいるかもしれない。

 

「くっそー! 真さんは幼女に叩いてもらって喜ぶ人だと新聞に書いてやりますからね! ね、静葉さん!」

「……いや、さすがにそれは逆ギレが過ぎるというか…… 私にそこまでできる度胸は無いわ……」

「……な、裏切りですか静葉さん!」

「……それよりも、他に何かいい方法が無いか探しましょう。穣子たちが望めば真も小さくしてくれるみたいだし……」

 

 去っていく二人の背中を見送りながら、椛と穣子も大変だなぁと俺は思う。

 

 しかし次の瞬間にはもう、俺の意識は紫に肩たたきされることに移り変わっていた。せっかくだし肩たたきだけではなく、うつ伏せの状態になったところで背中と腰を踏んでもらうというのはどうだろうか。きっと気持ちいいと思うのだ。

 

 そんなことを考えていた俺は、宴会場の別のところで文たちが食いつきそうな話がされていたことに、全くと言っていいほど気付かなかった。

 もしかしたら今回の異変、続いているところではまだまだ続いているのかもしれない。

 

 

 

 

「……あのう、師匠……? どうして私は、異変が終わったにもかかわらず、小さい姿のままなんでしょうか……?」

「……ふむ。輝夜たちが小さくなるのを見てなんとなく思いついた薬だけど、どうやら副作用は無さそうね。効果は、対象の外見を若返らせるだけかしら? 脳に影響が出てないのは何かしらの理由が考えられるけど……」

「……もう! 師匠! 私で薬の実験するのはやめてくださいよ! っていうかいつの間に飲ませたんです!?」

「……ウドンゲをおちょく……お仕置きするくらいにしか今は使い道を思いつかないけど…… もしかしたら人によっては需要があるかもしれないわ」

「今おちょくるって言いかけましたよね!?」

「薬の名前は、そうねぇ…… アポトキシン8556とかどうかしら?」

「その名前はいろいろとマズい気がします!」

 

 

 

「……そうか、こうすれば私でも相手を小さくするのは可能だったんだなぁ」

「ほらね神奈子! 私の言ったとおりだったでしょ!」

「……いやいやいや! 何が起こって私はまたこんな姿になったんですか! 神奈子様の能力って、天気を操るようなものでしょう!?」

「……う~ん、まぁそうなんだけど……」

「……そう、神奈子は天気を操ったんだ! 早苗にふりそそぐ太陽の光は今! 空気層の屈折率により天候レベルのサブリミナル効果となって早苗の心の中に入り込んできている! 深いサブリミナルは肉体にまで効果が及び…… 小さくなると思い込んだ早苗は、本当に小さくなってしまったわけだッ!」

「……って諏訪子が読んだ漫画に書いてあったって」

「ウェザーリポート!? ええええ、なんですかその理屈…… ちゃんと後で元に戻れるんですよね?」

「「…………」」

「そこで黙らないでくださいよ!?」

 

 


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