東方狐答録   作:佐藤秋

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第百十六話 フランがクッキーを作る話

 

 ~紅魔館~

 

咲夜「……失礼します。お嬢様がた、本日の菓子をお持ち致しました」

 

レミリア「……あら。ふふ、ご苦労咲夜。今日のお菓子はなにかしら?」

 

咲夜「こちらです」コトッ

 

パチュリー「これは……」

 

フラン「わぁっ! ケーキだ! それもすごく大きい!」

 

パチュリー「……今日は何か特別な日だったかしら?」

 

咲夜「いえ……つい気合いが入りすぎてしまいました。都合よく材料も揃っていましたから」

 

フラン「すごーい!」

 

レミリア「……まぁ、こんな日があってもいいわよね。それじゃあ咲夜、切り分けてくれる?」

 

咲夜「かしこまりました」スッ

 

フラン「ケーキ♪ ケーキ♪ ……美鈴とこあも一緒に食べられれば良かったのにな~」

 

パチュリー「そうねぇ。今日くらいは仕事を休ませて呼べばよかったかも」

 

レミリア「……二人の分もちゃんと用意しているのよね?」

 

咲夜「もちろんです。私を含め、使用人たちは休憩時間にでもいただきますよ」

 

レミリア「そう。ならいいわ」

 

フラン「咲夜も一緒に食べないんだー」

 

咲夜「ええ、まぁ……」

 

パチュリー「……フラン、咲夜は美鈴と一緒に食べたいのよ、分かってあげなさい」

 

フラン「え、そうなの? 仲良しさんだねっ」

 

咲夜「……こほん。さ、切り分け終わりましたよ。お好きなのをどうぞ」

 

パチュリー「(誤魔化したわね)」

 

フラン「……わぁっ! どれにしようかなぁ~」

 

レミリア「悩まなくてもどれも同じよ。 ……私はこれにしようかしら」スッ

 

フラン「……あっ、お姉様ずるい! それイチゴが一番大きいやつでしょ!」

 

レミリア「……そ、そう? まぁ"紅い月"を二つ名に持つ私にとっては、この一番大きなイチゴの乗ったケーキが相応しいのよ」

 

フラン「むぅ……確かに……」

 

咲夜「(今ので納得するんですか妹様)」

 

フラン「……じゃあ私はこの、二番目にイチゴが大きいの! いい? パチュリー?」

 

パチュリー「……ふふ、いいわよ。フランはレミィと違って、他の人のことも考えられるからいい子ねぇ」ナデナデ

 

レミリア「なっ……」

 

フラン「えへへ……」

 

パチュリー「私はこの小さめのケーキでいいわ」

 

レミリア「あら、いいの?」

 

パチュリー「ええ、どれもそんなに変わらないし。こあたちに少しでも大きいのを残してあげるわ」

 

レミリア「ふーん……」

 

フラン「パチュリーかっこいい!」

 

パチュリー「(……最近、お腹周りのぷにぷにが気になることは黙っておきましょう……)」

 

咲夜「……よろしいですか? それでは残りのケーキは片付けさせていただきますね」パッ

 

フラン「わっ、もう消えちゃった……」

 

レミリア「……ケーキを切るときは()らす癖に、片付けるのは時を止めて一瞬なのね」

 

咲夜「ケーキを切るときや紅茶を注ぐときに、手元を美しく見せるのはメイドの嗜みですから」フフフ

 

フラン「……ね、ね、もう食べていい?」

 

レミリア「ええ、いいわよ」

 

フラン「わーい! いっただっきまーす!」

 

レミリア・パチュリー「「いただきます」」

 

咲夜「……では、私は食後の紅茶の準備をして参ります」

 

レミリア「お願いね」

 

咲夜「……実は、つい最近珍しい茶葉が手に入ったんですよ。今回はそちらをお淹れしますね?」

 

レミリア「あら、そう?」

 

咲夜「ええ」

 

レミリア「……」

 

咲夜「……」

 

レミリア「……別に私は普通の紅茶でも構わな」

 

咲夜「今回はそちらをお淹れしますね?」

 

レミリア「……そ、そう。じゃあお願いするわ」

 

咲夜「かしこまりました」ペコリ

 

レミリア「……」

 

フラン「……わ、このケーキすっごくおいしー!」パクパク

 

パチュリー「本当ね。咲夜の作るお菓子はどれもおいしいけど、このケーキは特においしいわ」モグモグ

 

レミリア「……変な紅茶を作る癖が無ければ完璧ね……ってフラン、貴女イチゴは?」

 

フラン「もう食べちゃったよー。イチゴは最初に食べるのが一番おいしいもん!」

 

レミリア「……やれやれ、フランもまだまだ子どもねぇ。イチゴは最後にパクッと一口で食べるのが淑女の嗜みというものよ」

 

パチュリー「……変な淑女の嗜みがあったものね」

 

フラン「……えー、でもそれだと酸っぱくならない? 最初に食べたほうが甘くておいしいわ!」

 

レミリア「……はっ、確かに……!」

 

パチュリー「そこで納得しちゃうんだ…… 淑女の嗜みはどうしたのよ」

 

レミリア「むむむ……しかしイチゴは最後に食べたい……」

 

パチュリー「……そもそもイチゴは途中に食べるのが基本なのよ? 最初でも最後でもなくてね」

 

フラン「……え、そうなのパチュリー?」

 

パチュリー「そうよ。ケーキの甘さに飽きてきたところをイチゴの酸味でリセットすれば、最後まで甘いケーキを楽しめるようになるじゃない」

 

レミリア「む……それは邪道よ! 咲夜のケーキはおいしいから途中で飽きたりしないもの!」

 

パチュリー「それはそうかもしれないけど……」

 

フラン「(……お姉様にここまで言わせるなんて咲夜はすごいなぁ。私がお菓子を作ってもお姉様は喜んでくれるかな?)」

 

パチュリー「……そもそもどんなおいしいものでも、食べ続けると飽きてくるのは正常な脳なら当然で……」

 

レミリア「それは違うわ! 咲夜が私のために作ってくれたんですもの、飽きるなんてありえない!」ロンパッ!

 

パチュリー「いや論破できてないから。なにその効果音」 

 

フラン「(……そうだ! 今度私も作ってみよーっと!)」

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ~別の日~

 

フラン「……というわけで、今日はお姉様のためにクッキーを作ってみるよ!」

 

咲夜「……ほ、本当に妹様お一人で大丈夫ですか? 危険ですし私もご一緒に……」ワタワタ

 

フラン「だいじょーぶ! それに、一人で作ったものじゃないと意味が無いでしょ!」

 

咲夜「……でしたら、材料や道具がどこにあるかだけでも教えておきま……わっ」

 

フラン「そのぐらい自分で探せるよ! 心配しなくていいから、咲夜は自分のお仕事に戻ってて!」グイグイ

 

咲夜「し、しかし……」

 

フラン「待っててね、できたら咲夜たちにも食べさせてあげるから!」ニパー

 

咲夜「は、はぁ……それはありがとうございます……」

 

フラン「じゃ、またあとでね!」バタン

 

咲夜「い、妹様!」

 

咲夜「……」

 

咲夜「だ、大丈夫でしょうか……?」

 

フラン「……あ、そうそう」ガチャッ

 

咲夜「……?」

 

フラン「私がクッキーを作ってることは、お姉様だけには内緒だからね! それだけ!」バタン

 

咲夜「……」

 

咲夜「とりあえず、何かあったらすぐに駆けつけられるようにしておきましょう……」

 

 

 

フラン「……さーて、それじゃあ早速クッキーを作ろう! 咲夜くらいおいしいのを作ってお姉様をびっくりさせてやるんだから!」

 

フラン「作り方は、昨日パチュリーの図書館で見つけたお料理の本を見ながらやれば簡単だよね!」

 

フラン「間違えて、不思議な効果のある魔法のクッキーを作る、なんて失敗私はしないよ! 私だって文字くらいは読めるんだから!」

 

フラン「……えーと、まず用意するのは……」チラリ

 

フラン「白い粉を二種類とお砂糖! それにバターね!」

 

フラン「……あれ、卵とか牛乳は使わないのかなぁ? お菓子作りには基本的に使うと思ったんだけど……」

 

フラン「ふふふ、咲夜がいたら『よくご存知ですね!』って驚いているところね」

 

フラン「……まぁいいわ! とりあえず材料の準備から始めましょう! 卵や牛乳も、見つけたら準備だけはしようかな!」

 

フラン「…………」ガサゴソ

 

フラン「…………」ヒョイヒョイ

 

フラン「…………」ウーン……

 

フラン「…………」ペロッ

 

フラン「……うん!」

 

フラン「よーし、材料は揃ったわ! 卵も見つけたから使おうっと」

 

フラン「お砂糖とお塩を間違えたりもしないよ! 舐めてみたら甘かったから!」

 

フラン「牛乳は見つからなかったけど、なんと赤ワインを見つけちゃった! お姉様は赤いのが好きだから、これを加えれば赤いクッキーができるかも!」

 

フラン「ワインを入れると苦い味が増えるから、そのぶんお砂糖をたくさん入れないとね」ウンウン

 

フラン「えーと、白い粉とお砂糖の量はそれぞれ……」

 

フラン「……200グラムってどれくらいかな? まぁ咲夜たちにも分けてあげるから、少しくらい多くても大丈夫だよね」

 

フラン「材料を……ボール? ボウル? に入れて混ぜてっと……」

 

フラン「……わぁっ、卵がうまく割れたわ! 簡単簡単!」

 

フラン「赤ワインも加えて…… 他に何か入れるものは無いかなー」

 

フラン「……」キョロキョロ

 

フラン「……あっ、レモンのいい香り! これも隠し味として入れてみよう!」

 

フラン「もう一回よく混ぜて…… わっ、泡立ってきた! お菓子を作ってるっぽい!」

 

フラン「そして……『できた生地を少しの間寝かせる』? このまま置いておくってことかなぁ?」

 

フラン「じゃあその間に、準備した材料を元の場所に片付けよっと。後片付けもちゃんとしないとね」

 

フラン「……どのくらい待てばいいんだろ? でもあとは、好きな形にして焼くだけだよね! もうちょっとだ!」

 

フラン「……お姉様、喜んでくれるといいなぁ……」

 

フラン「……」

 

フラン「……少し眠くなってきちゃった。生地を寝かせる間に、私もちょっと寝たい……なんてね」

 

フラン「……ふわぁ~」ムニャムニャ

 

フラン「……」ウトウト

 

フラン「……zzz」クー

 

・・・・・・・・・・

 

咲夜「……ああ、妹様は大丈夫かしら……? 紅魔館が爆発したりなんてミスはさすがに無いでしょうけど……」ソワソワ

 

咲夜「……やはり、一度様子を見に行ってみるべきだわ。妹様には申し訳ないけど、食べられないものを作っている可能性も否定できないし……」

 

咲夜「万が一のときは美鈴に全部食べてもらいましょう。『申し訳ありません妹様。あまりにお上手だったために食いしん坊の美鈴が全部食べてしまいました』とか言って誤魔化して……」

 

咲夜「……さて、台所の前に着いたわね。なんとかして中の様子を窺いましょう……」

 

咲夜「……失礼します、妹様。台所にある道具が必要になりまして、中に入ってもよろしいでしょうか?」コンコンコン

 

 しーん……

 

咲夜「……妹様?」

 

咲夜「……おかしいわね、返事が無い」

 

咲夜「……どうかされましたか? 入りますよ?」ガチャ

 

フラン「……zzz」スヤスヤ

 

咲夜「……あ、なんだ、眠っているだけですか……」

 

咲夜「……意外と台所は綺麗に使われていますね。最悪の場合は、ここにあるもの全て使えなくなっている覚悟をしていましたが……」

 

咲夜「おや、おそらくこれがクッキーの生地ですね。少々水分が多いようですが、牛乳を多めにでも入れたのでしょうか」

 

咲夜「……いえこの香りは、赤ワインと、レモン? ワインのせいで結構強い香りがしてますね……」

 

咲夜「まぁ焼けば香りは抑えられるでしょう。これらを入れて作るクッキーもあることですし……」

 

咲夜「……まぁなんにせよ、このまま焼けばクッキーになりそうで安心です。心配することはありませんでしたね」

 

咲夜「すごいです妹様! これならきっとお嬢様も驚きになりますよ!」

 

フラン「むにゃ……? 咲夜……?」

 

咲夜「……あ、申し訳ありません妹様。起こしてしまいましたか?」

 

フラン「あれ……私いつの間に寝てたんだろ…… んんーっ!」ノビー

 

咲夜「ふふ、クッキーの生地を作るのに少々お疲れになったみたいですね」

 

フラン「あ、そうだ、クッキーを作る途中だったんだ! もー、一人でいいって言ったのに、咲夜は様子を見に来たの?」

 

咲夜「いえいえ、台所においてある道具を取りに来ただけですよ。それに今来たばかりですので、勝手にお手伝いなどもしておりません」

 

フラン「……なーんだ、ならいいよ!」

 

咲夜「ありがとうございます…… と、見たところ後はオーブンで焼くだけのようですね」

 

フラン「そうなの! ここまで一人でしたんだよ! すごいでしょ!」

 

咲夜「すごいです! ……本当に私は必要ありませんでしたね」

 

フラン「えへへ~、だから言ったでしょ?」

 

咲夜「……さ、あと少しです。一気に作り上げてしまいましょう。オーブンに入れる時間は……そうですね、この砂時計の砂が落ちきったくらいでしょうか」

 

フラン「よーし、あとちょっとだ! 頑張るよ!」

 

 

 

フラン「……できたー!」

 

咲夜「ええ、後は冷やすだけですね」

 

フラン「……あれ? まだ完成じゃないの?」

 

咲夜「もう食べることはできますが、冷やすともっとおいしくなりますよ」

 

フラン「……そうなんだぁ。じゃあもう少し待たないと……」

 

咲夜「ええ。今からですと、太陽が沈む程度の時刻まででしょうか」

 

フラン「……えぇ~、長いなぁ…… ねぇねぇ咲夜、どうにかできない?」

 

咲夜「え? そ、そうですね……私ならクッキーの時を進めて急速に冷やすことが可能ですが……」

 

フラン「そうなの!? じゃあお願い!」

 

咲夜「よろしいのですか?」

 

フラン「……まぁ、時間を進めるだけだったら、咲夜が手伝って味が変わることは無いでしょ! でも、みんなには内緒だよ?」シーッ

 

咲夜「ふふ、かしこまりました。では少々お待ちください……」

 

 

 

フラン「改めて…… できたー! フラン特製、紅い満月のクッキー!」

 

咲夜「おめでとうございます、妹様」パチパチ

 

フラン「……でも、あんまり紅くならなかったね」

 

咲夜「そうですね。まぁ、赤ワインだと色は出にくいです」

 

フラン「そうなんだ~。でもま、いっか! こうやって赤い入れ物に詰めれば十分代わりになるでしょ!」

 

咲夜「ええ、大変かわいらしいかと。 ……後片付けは私がやっておくので、妹様はクッキーを渡しにいかれてはどうですか?」

 

フラン「いいの? ありがとー咲夜! 咲夜の分のクッキーは置いとくね!」

 

咲夜「ふふ、ありがとうございます。後でいただきますね」

 

フラン「うん! じゃあ行ってくる!」ガチャッ

 

咲夜「お気をつけて……」

 

 バタン!

 

咲夜「……と、もう行ってしまったわね」

 

咲夜「非常に綺麗に使ってくれているので、後片付けもそう大変ではないし……」

 

咲夜「洗い物が少々ある程度ね。これならすぐに終わるはず……」

 

咲夜「……あら? ここにあったレモンの香りがする石鹸が無くなってる? どこへやったかしら……」

 

咲夜「…………」

 

咲夜「……いや、まさか、ね?」

 

 ・・・・・・・・・・

 

フラン「……えーと、まずはお姉様以外の誰かに食べてもらおうっと!」

 

フラン「美鈴とこあはお仕事中ですぐに食べてくれないかもしれないから……」

 

フラン「となるとパチュリーしかいないよね! 図書館に行こう!」

 

フラン「びゅーん!」ヒュッ

 

 

 

 ~大図書館~

 

フラン「……おーい! パチュリー!」

 

パチュリー「……あらフラン、どうしたの?」

 

フラン「……へへ~。じゃーん! これなーんだ?」

 

パチュリー「んー? これは…… あ、クッキーね。フランが持ってきてくれたの?」

 

フラン「ふふふ……持ってきただけじゃないんだよ! これ私が作ったクッキーなの! しかも一人で!」

 

パチュリー「……えっ、フランが一人で?」

 

フラン「そう!」

 

パチュリー「……へ~、上手にできてるわね。すごいじゃないフラン」

 

フラン「えへへ~……」

 

パチュリー「これ、レミィにはもう渡したの?」

 

フラン「ううん、お姉様には後であげようと思ったからまだ! でも咲夜にはあげてきたよ!」

 

パチュリー「ふーん…… それにしてもたくさん作ったのねぇ……」ヒョイ

 

フラン「そうなの! だから少しくらい多く食べても、お姉様の分は残るから平気だよ!」

 

パチュリー「私はそんなに食べたりしないけど…… あ、そうだ。ちょうど真が図書館に、本の整理を手伝いに来てるのよ。こんなにたくさん作ったなら、真にもクッキーを分けてあげたら?」

 

フラン「えっそうなの? どこどこ?」

 

パチュリー「多分向こうにいるはずよ」

 

フラン「真にもクッキーあげてくる!」ダッ

 

パチュリー「図書館で走り回ったら駄目よー……って聞いてないわね……」

 

パチュリー「……なるほど、フランがクッキーをねぇ…… ふふ、レミィに褒めてほしかったのかしら?」

 

パチュリー「そう言えばフラン、お料理の本を探してたわね。魔法薬とは違って、お菓子は分量が適当でもそれなりものができるから……」

 

パチュリー「……いえ、それでも一人で作ったのは驚きだわ。実はこっそり手伝ってなかったか、後で咲夜に訊いてみましょう……」

 

パチュリー「……さてそれじゃあ、フランのクッキーはどれほどのものか食べてみようかしら。あー……」アーン

 

咲夜「……っ! パチュリー様! お待ちくださ……!」

 

パチュリー「ん…… あら咲夜、どうし……エンッ!!」ビターン!

 

咲夜「ああ、間に合わなかった……」マモレナカッタ…

 

パチュリー「……な、なにこれ、お風呂で体を洗ってるときに泡が口の中に入ってきちゃったみたいな苦味が何倍も……」

 

咲夜「それはもう、石鹸がそのまま入ってるみたいですからね…… 私も食べてみましたがそんな感じでした……」

 

パチュリー「石鹸? なにそれ斬新すぎるでしょ…… げほげほっ!」

 

咲夜「だ、大丈夫ですかパチュリー様! 妹様はどちらに?」

 

パチュリー「……喘息が再発した気分ね…… フランなら、向こうへ真にクッキーを渡しに行ったわ……」

 

咲夜「真様に!? な、なんとか止めなくては!」

 

パチュリー「私も行く…… つれてって……」

 

咲夜「し、しかしパチュリー様は咳が……!」

 

パチュリー「真ならこの咳を止めてくれるはずだから……」

 

咲夜「! なるほど、分かりました! 行きましょう!」グイッ

 

パチュリー「ちょ、手を貸してくれるのはいいけど、できるだけ優しく……」

 

 

 

 ……オー、フランガヒトリデツクッタノカ! ソウダヨー!

 

咲夜「……聞こえたっ、真様の声!」

 

パチュリー「もうフランに会っちゃったみたいね……」

 

咲夜「声の方向から、おそらくあそこの本棚の影にいるのだと予想できますが……」

 

パチュリー「……ここから真とフランを引き離すのはどうしても不自然になるでしょうね。こうなったら真には犠牲になってもらうしか……」

 

咲夜「……妹様を傷付けないような反応を、真様がしてくれるよう願います……」チラリ

 

真「……すごいじゃないかフラン! ……うん、綺麗にできてる。上手(じょうず)上手(じょうず)」ナデナデ

 

フラン「えへへ~……」

 

真「一人でよくこんなにおいしそうに焼けたなぁ」

 

フラン「でしょでしょ! はい! 真にもあげる!」

 

真「お、いいのか?」

 

フラン「うん! 真、あーんして!」

 

真「あー……」

 

咲夜「(真様……!)」

 

パチュリー「(真……!)」

 

真「……んっ」パクッ

 

咲夜「(食べた……!)」

 

パチュリー「(真、間違っても吐き出したりしちゃ駄目よ……?)」

 

真「……」モグモグ

 

パチュリー「(噛んでる……)」

 

咲夜「(……もし真様が変な反応をしたら、多少不自然でも時を止めて……)」

 

真「……うん、おいしい。味のほうもバッチリだ」

 

咲夜・パチュリー「っ!!?」

 

フラン「ほんとっ!? おいしい!?」

 

真「ああ、おいしい。フランはお菓子作りもできるんだなぁ」ナデナデ

 

フラン「えへへ…… おいしくできててよかった!」

 

咲夜「(……どういうことでしょう? 私たちのだけがハズレだったんでしょうか?)」

 

パチュリー「(真の味覚がズレてるとか……)」

 

真「……ところで、随分たくさんクッキーを作ったんだな。ひょっとして全部俺にくれるのか?」ヒョイ

 

フラン「……あー! 駄目だよ真、これはお姉様たちのなんだから! 返してー!」

 

真「おお、そうだったか悪い悪い」スッ

 

フラン「もー……」

 

真「……いや、フランのクッキーがあまりにおいしかったもんでな。早くレミリアに渡しにいかないと、俺が全部食べてしまうかもしれないぞ?」

 

フラン「わー! それは駄目! 真に食べられる前に早くお姉様にあげないと!」バッ

 

真「……おー、図書館の中で飛ぶときは気をつけろよー」

 

フラン「えーいっ!」ビューン

 

真「おお、速い速い」

 

咲夜「……し、真様……」ヒョコッ

 

真「ん? おお咲夜。と、パチュリーも。ちゃおっす」

 

咲夜「(……なんですかその挨拶)」ペコリ

 

パチュリー「……真は、フランのクッキーを食べてもなんともないの?」

 

咲夜「普通においしいと食べていたようですが、大丈夫なのですか?」

 

真「……んー、なんか石鹸みたいな味だったな」

 

咲夜・パチュリー「(やっぱり)」

 

真「見た目はちゃんとしたクッキーなのになー。予想した味と全然違ってびっくりだ、ははは」

 

咲夜「はははって…… よく普通に食べられましたね」

 

真「……まぁ、赤ん坊のときに母狐に捨てられて、自分で獲物を狩れないからと仕方なしに食べていた死骸とかに比べれば全然だ」ハハハ

咲夜「……そ、そうですか……」

 

パチュリー「(壮絶な思い出をさらっと……)」

 

真「……なんだお前ら、俺を心配して来てくれたのか? ふふ、そいつはありがたいことだな」

 

咲夜「え、ええまぁ、何事も無くて何よりでした…… と、それだけじゃなくてですね、パチュリー様が……」

 

パチュリー「……そうだったわ。思い出したらまた咳が……」ケホッ

 

真「む…… パチュリー、どうかしたのか?」

 

パチュリー「……フランのクッキーの味が、あまりにも予想外だったから()せちゃってね。喘息が再発しそうなのよ……」

 

真「……なんだ、パチュリーもクッキーを食べてたのか? まぁ、だからこそ心配して俺のところまで来てくれたんだろうが……」

 

パチュリー「……フランが見てるときに食べなくてよかったわ。真と違って強がれそうになかったから……」ケホケホ

 

真「……咳が出るようになっただけ? クッキーは吐き出したのか?」

 

パチュリー「あ……確かびっくりしちゃって飲み込んだままかも……」

 

真「……ふむ。それなら一応吐き出しといたほうがいいかもな。体に良いものでもないだろうし」ポンッ

 

パチュリー「……?」

 

咲夜「(パチュリー様の肩に手を置いた? そういえば、真様はどのようにしてパチュリー様の喘息を治すのでしょうか?)」

 

真「よっ」ボンッ

 

咲夜「……?」

 

パチュリー「……うわ、なんか吐き気が…… 曖気(あいき)が出……」ケプッ

 

咲夜「あ」

 

真「……はい、変化でパチュリーの体を健康体に治したからもう平気だろ」

 

パチュリー「……あ、体が楽に……」

 

咲夜「(……すごい! 真さまは触れるだけで治せるのね! 文字通りこれは"手当て"だわ……)」

 

真「ついでに体内に入った石鹸成分も空気に変えておいたから、今のでもう体外に出てるはず……と、ほれこの通り」ボンッ

 

咲夜「……わ、そんなこともできるんですね」

 

真「ふふ、まぁな」ドヤッ

 

咲夜「(嬉しそう……)」

 

パチュリー「(……これって、ある意味では私が吐き出したものになるのよね? そう考えたら見られるのは結構恥ずかしいような……)」

 

真「咲夜も、クッキーを食べてて具合が悪いなら、ついでに俺が治療するが?」

 

咲夜「あ、いえ、私は端っこをつまんだ程度でしたので平気で…… ああっ!?」

 

真「……? どうした急に?」

 

咲夜「妹様を追うのを忘れておりました! 急がねば、次はお嬢様がクッキーを……!」

 

パチュリー「……あ、ほんとだ、レミィももれなく被害者ね」

 

咲夜「……妹様からは『お嬢様には内緒に』とのことでしたが、こうなってはあらかじめ説明をしておかなくては……」

 

真「……ああ、それならもう大丈夫だぞ? さっきフランのクッキーを手に取ったときに、変化で普通のクッキーに変えておいたからさ」

 

咲夜「……えっ」

 

真「滅茶苦茶うまいってわけじゃないけど、普通に食べられるんじゃないかなぁ……」

 

パチュリー「……あの一瞬で変化させてたの?」

 

真「ああ、そうだ」

 

パチュリー「すご……」

 

真「……いやぁ、それほどでも」ナデナデ

 

パチュリー「(なぜ私を撫でる)」

 

真「……」ギュー

 

パチュリー「(なぜ抱き締める)」

 

咲夜「……あの、真様、もしかして酔ってます?」

 

パチュリー「え、まさか。なんで急に」

 

咲夜「クッキーには赤ワインも含まれているようですから」

 

パチュリー「あ、それでか……」

 

真「……別に酔ってないが。ちょうどいい高さにパチュリーがいたからつい」ギュー

 

パチュリー「わわわっ! 絶対酔ってるじゃない!」

 

咲夜「……とりあえず、私は念のためお嬢様の様子を見てきますね。お二人はここでごゆっくり……」スススー

 

パチュリー「えっ? ちょっ、咲夜待っ……」

 

こあ「……真さーん、こっちの整理が終わったので手伝いに来まし……」

 

真「……」ギュー

 

パチュリー「……」

 

こあ「……」

 

三人「……」

 

こあ「……!? し、失礼しましたー!」ピュー

 

パチュリー「こあっ!? ちょっと、変な勘違いをしてんじゃないわよ!」

 

真「……んー、パチュリーは柔らかくて抱き心地がいいなぁ」プニプニ

 

パチュリー「真は真でお腹を触るな!」

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ~レミリアの部屋~

 

レミリア「……うんっ、おいしい! すごいじゃないフラン!」

 

フラン「えへへ…… やったー! お姉様に褒めてもらえた!」

 

レミリア「まさかフランが一人でクッキーを作るなんて思わなかったわ…… それもこんな上手に作るなんて……」

 

フラン「……ねえねえお姉様、咲夜のお菓子とどっちがおいしい?」

 

レミリア「どっちがおいしいか? ……それはまぁ、咲夜のほうがおいしいけど……」

 

フラン「……あ~、やっぱりそっか~……」

 

レミリア「……でもフランのクッキーには、咲夜のお菓子には無い、姉への愛情がいっぱい詰まってるから! それだけで私は十分よ!」

 

フラン「……お姉様っ!」ダキッ

 

レミリア「……ふふっ、フラン、ありがとね」

 

咲夜「(……どうやら真様の言う通り、心配することは無かったようですね。よかったです……)」コッソリ

 

フラン「……お姉様! たくさんあるからぜーんぶ食べていいからね!」

 

レミリア「当然よ! 愛しい妹が作ってくれたんだもの、残すはずないわ!」

 

 ~終わり~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真「……まぁ、変化で味は変わっても石鹸を食べてることに変わりは無いから、正直食べないほうがいいんだけどな。術が解けてから大変なことになるかもしれん」

 

 

 

レミリア「……う~、お腹痛い…… クッキー食べ過ぎたかしら……?」

 

 ~本当に終わり~

 

 

 


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