東方狐答録   作:佐藤秋

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第百十七話 星蓮船①

 

 やけに長く感じられた冬も終わり、幻想郷にはようやく春が訪れていた。春が来たということで、いまごろ空のどこかではリリーが元気に飛び回っていることだろうと思う。耳を澄ませば「春ですよー」の声が聞こえてきそうだ。

 

 今年の冬は、何故だか本当に長かった。体感的には半年くらい。話数で言えば十七話くらいだ。

 体が小さくなる異変があったり、いつもは冬眠しているはずの紫が遊びに来たり。そんないろいろなことがあったために時間を長く感じたのだろうか。霊夢と一緒に地底に行ったりもしたんだっけ。

 

 いやまぁそれらのこともあるのだろうが、俺が冬を長いと感じた最大の理由は、今年の春が待ち遠しかったことに他ならない。

 どうして春が待ち遠しかったか。それを一言で説明するのは難しいため、まずは俺がいま何をしているかの話から始めさせてもらうとしよう。

 

「……オヤジ、団子二つ。大きいのと小さいの」

「はいよ、250文ね」

 

 人里を歩いているときに目についた屋台にて、俺は団子を二つ注文する。一つは当然俺のぶん。もう一つは俺の隣にいる少女のぶんだ。

 

「……ほれ、食うか?」

「食べる! ありがとー真!」

 

 俺は団子を受け取ってすぐに、隣にいる少女に小さいほうの団子を差し出した。

 団子を受け取って無邪気に喜ぶは、人里にいても目立つことのない黒の髪をしている少女。

 霊夢ではない。ついこの間まで地底で数百年ほど過ごしていた、自称大妖怪の封獣ぬえである。

 

「地上に来るなんて久しぶりー! お団子はおいしいし、驚かせる人間もたくさんいる! いいとこだね!」

 

 団子を片手に両手を広げ、くるくると楽しそうにはしゃぐぬえ。自称だろうが太陽の下で元気にはしゃげるあたり、ぬえは本当に大妖怪なのかもしれないなと俺は思った。

 ずっと日の光の届かない地底には太陽に弱い妖怪も多いだろうにさすがである。

 

 ……え、どうして地底に住んでいるはずのぬえが、今は地上にいるのかって?

 いやいやまずはその前に、いま地上にいるのはぬえだけじゃない。星や一輪、それに水蜜とナズーリンも、妖怪寺のメンバー全員が地上に出てきているのだ。まぁこの場にいるのはぬえだけだが。

 

 なぜ連中が地上に出てきているのかというと、端的に言うならば聖の封印を解くためだ。

 聖白蓮。かつて妖怪寺で僧侶をしていた人物であり、それが人間たちに恐れられ今も魔界へ封印されている哀れな人間。俺もその場にいたのだから、そのときのことはまだ記憶に残っている。

 

 百年もすればその封印も解けるはずなのだが、どうしたことかいつまでたっても聖は魔界から帰ってこない。それでいいかげん待つのに飽いた妖怪寺の連中は、聖を復活させようと地上に出て奔走を始めたというわけである。

 間欠泉という思いがけない形で地底と地上が繋がったから、行動する後押しになったのだろう。春になったら地上に出ようと早い段階で決めていたようだ。

 

 外の世界のお土産を連中に渡しに行ったときに俺もそのことを知ったため、それ故に俺は春が待ち遠しく、冬を長く感じていたというわけである。

 

「……さて。じゃあ俺たちも、聖の復活に向けて動くとするか」

「おー!」

 

 仲良く団子を頬張りつつ、俺はぬえと共に歩き始める。

 聖を復活させるために必要な道具(飛倉の破片、とか言うらしい)を探している連中とは違い、俺たちには俺たちで、また別にやることが存在するのだ。まぁ実のところ、あいつらは自分たちの手で聖を助け出したいみたいだから、俺たちが手伝おうとしているのは内緒なのだけど。

 人里でやることも終わったことだしと、俺たちは次なる目的の場所に向かっていった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 人里から少し離れたところにある墓地を、俺とぬえは歩いていた。

 夜に歩くなら少しは不気味と思うだろうが、昼間の墓地はそうでもない。人がいなくて閑散としているなと思う程度である。

 

 どうしてこんなところに来たのかというと、近くに妖怪寺を建てるためだ。聖が復活したら真っ先に必要になってくると思うしな。連中は、まず聖を助けることしか頭に無くて、助けた後のこともちゃんと考えておけよと言っておきたい。

 

 寺を建てるなんて大掛かりなことに思えるかもしれないが、俺にとってはそうではない。

 ほら、俺が一度幻想郷の外に出かけたことがあっただろ。橙のために海の魚を獲りに行ったとき。そう、俺が早苗に初めて会ったときである。

 実はそのとき、外の世界に残していた妖怪寺を、俺は変化の術で持って帰ってきていたのだ。

 

 つまり俺のやることと言えば、あとはそれを戻すだけ。時間にしたら数秒で終わる程度の簡単な作業だ。

 どちらかというと、人里のどこかに寺を建てていいかと人間たちから許可をもらうほうが手間だった。その結果こんな場所になってしまったが、寺の近くには墓地があるものだしいいだろ多分。

 

「……なーんだ、じゃあ私たちがすることはすぐ終わるね」

「そうだな。まぁせっかくだし寺の掃除もしておこうと思ってるが」

「……うえー。そうかー、お掃除かぁ……」

 

 結局のところ俺とぬえの主な仕事は、この寺の掃除をすることである。そう俺が告げるなり、舌を出して苦々しい顔へと表情を変えるぬえ。考えてみれば今も昔も俺とぬえは、この寺では掃除ばかりしている気がする。

 というか博麗神社でも毎朝掃除しているし、守矢神社に訪れると基本的に早苗が境内を掃いている。寺や神社の関係者は掃除というものが大好きだ。

 

「めんどくさい…… ずーっとほったらかしにしてたから埃とかすごそう……」

 

 ぬえはそう言うが、実際のところ変化させたのは寺本体だけで埃は変化させていないから、それほど汚れてはいないはずだ。

 これも変化の術の応用技術……っと、そういえば。どうでもいいがあの寺は、水蜜の乗っていた船が変形してできたものらしいな。そのためか変化の術を掛けるのは容易だった。

 変形は男のロマンである。個人的には変化ではなく船に変形させて持ち運んでみたかったところだ。

 

 ちなみにその寺へと変形できる船の名前は聖輦船(せいれんせん)というらしい。(てぐるま)なのか船なのかどっちなんだよという指摘はさておき、聖の名前が入っている。まったく、どいつもこいつも聖のこと大好きだな。

 

「……まぁ私は、聖とそんなに長く一緒にいたわけじゃないから、大好きってほどじゃないけどね! それでもこっそり協力してあげるこの優しさ! 私偉い!」

「ああ、ぬえはいい子だな。きっとみんなも喜んでくれるさ」

 

 墓地でも楽しそうにはしゃいでいるぬえの頭を撫でつつも、歩みを進めるのは忘れない。幸い墓地にも一本の道が通っているので、俺でも迷うことは無いだろう。いや別に俺に迷子属性は無いのだけど。

 

 見渡しても墓しか見えないこの場所は、迷いやすい場所だと言えるのではないか。そうそう、俺が言いたかったのはこういうことなのだ。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えながら、ふと顔をあげて進む先を見てみると、道の真ん中に何やら紫色をした物体を発見する。

 

「これは……傘か」

「傘だね。誰かの忘れ物かなぁ?」

 

 まるで俺たちが進むのを拒むかのように、そこには無造作にたたまれた紫色の傘が、道の真ん中に横たわっていた。

 忘れ物にしてはやけに堂々としたところに忘れたものだ。墓から離れた場所にあるため、お供え物ではおそらくあるまい。第一、傘のお供え物など見たことが無い。百歩譲って傘餅ならまだしも。

 

「……紫色の傘なんてめずらしいね。なんだか茄子みたいな色ー」

 

 そう言って、ぬえは倒れていた傘をヒョイと手に取る。

 なるほど、言われてみれば茄子っぽい。そう思って見てみると先端の部分は茄子のヘタのようにも見えてきた。もしかするとそういうコンセプトで作った傘なのかも。

 

「……ふむ、幻想郷の技術では傘をこんな見事な紫色に染めるのは難しいと思うが……」

「え? そうなの?」

「ああ。だからこの傘、結構な高級品なんだと思うぞ。 ……えぇと、持ち主の名前とか書いてないかな」

 

 見た目はそれこそ茄子っぽいが、こんなに立派な傘を忘れたとなると、さぞかし困っているに違いない。そう思い柄の部分などを見てみたが、残念ながら持ち主の名前は見当たらなかった。子どもじゃあるまいし、わざわざ自分の所有物に名前を書くなんて大人は少ないのだろう。

 

「……どうする? このまま置いていこっか」

「……いや、せっかくだしこのまま拾っていこう。そんで人里で持ち主が見つからなかったら、そのまま寺で使えばいい」

「えー」

 

 ぬえが、びんぼーしょーだー、とでも言いたげな目をしてこちらを見てくる。失礼な、物を大事にする性分だと言ってほしい。俺ほど物を大切にするヤツは少ないはずだ。

 

「……拾うのはいいけど、じゃあ真が持ってよね。はい」

「よしきた」

 

 うむ、やっぱりいい傘だ。鑑定士にでもなった気分でぬえから受け取った傘を眺めてみる。

 

 妖怪寺で使うとなると、聖が使うときとかちょうどいいんじゃないかな。ほら、聖って頭の上の部分だけ髪の色が紫っぽいし。

 そんなことを考えながら、変化で傘を木の葉に変えようとすると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「……ちょ、ちょっと~、勝手に持っていかないで~」

「……?」

 

 天からの声とはこういうことを言うのだろうか。頭の中に響いているのではと思うほど、すぐ近くから声が聞こえてくる。

 言っている内容から察するに、傘の持ち主でも現れたのだろうか。そう思い周囲を見てみるが誰もいない。ぬえも不思議そうな顔をして俺を見ている。

 

「なに? 今の声……」

「分からん。この傘を持っていこうとしたら聞こえてきたが……」

「……ま、まぁ、そこまで欲しいと言われたら、わちきも悪い気はしないけど…… きゃー! お持ち帰りされちゃったらどうしよう!」

 

 どっちなんだ、持っていっていいのか悪いのか。いやそれもあるけれど、そもそもこの声はどこから聞こえてくるものなんだ。

 なんとか声の出どころを探ってみたところ、声はこの傘から出ているようだった。傘の中からなどではなく、傘本体そのものから。どうやら付喪神となった傘らしい。

 

 なんだお前、妖怪だったのか。持ってる傘にそう訊いてみると、傘は言葉ではなく行動で、俺の問いに対す答えを返してきた。

 

「……とうっ!」

「……わっ! 真、傘から女の子が!」

 

 ぬえが驚いた声を出す。当然だ、傘が急にパッと開かれたと思ったら、いつの間にか少女が地面の上に立っていたのだから。

 俺からだと見下ろすようなところに現れた少女だが、目の前に現れたぬえにとっては、その驚きもまた大きいだろう。

 

「へへー、驚いたー?」

 

 紫色の傘を両手に現れた少女が、ペロリと舌を出してウインクしつつそう口にする。いたずらっ子のようなその仕草と水色をした髪は、俺にチルノを思い出させた。

 そしてレミリアと同じ赤い目をしていると思ったら、ウインクしていた方の目は髪の毛と同じ水色をしている。両目の色が違うのをヘテロクロミアって言うんだっけ。なんにせよ実物を見るのは初めてだ。

 唐傘お化けというのは目が一つであるため、髪と片目を同じ色にすることで単眼を表現しているのかもしれない。

 

「驚いたよー! ねぇ真?」

「ああ、驚いた。人型になる付喪神はあまり見ないからな」

「やったー! 褒めてもらえた上に食事にもありつけた! 今日はいい日だ!」

 

 褒めてもらえた、というのは先ほどの俺とぬえの会話のことだろうか。喜んだ様子を見せるのはいいのだが、その程度で喜ぶのはどうなんだろう。付喪神とは人に大切にされた道具がなるものではなかったのか。

 

「それじゃあ早速、いただきまー…… ってあれ? あれぇ?」

「……? どうかした?」

「驚きのエネルギーが出てきてない! 貴方たち、驚いたとか言って嘘だったの!?」

 

 ああ、なるほど、食事にありつけたとはそういうことか。どうやらこの傘少女、昔の妖怪(俺たち)と同じように、人間の驚きを糧にできる種類の妖怪のようだ。

 おそらくこの墓地で人間を驚かして生活しているのだろうが、今日は相手が悪かったな。俺もぬえも、こんな姿をしているが、どちらも人間ではないのだから。

 

「……悪いな、俺もこいつも妖怪なんだ。だから驚いたところでお前の食事は出てきそうにない」

「ひどいよー! せっかく驚いてくれたと思ったのに……って妖怪!? え、貴女も!?」

「そうだよー、私も妖怪! ぬえっていうの、よろしくね!」

「うう、そんなぁ…… 私小傘(こがさ)、よろしくね……」

 

 俺たちが妖怪と分かり意気消沈しながらも、律儀にぬえの自己紹介に対応する傘少女改め小傘。傘だから名前が小傘なのか、まぁ覚えやすい名前なのはいいことである。覚妖怪のさとりと同じくらい単純な名前だなと俺は思った。

 

 ぬえに次いで俺も自己紹介し、更に小傘から話を聞くに、小傘は驚かすのが上手くないせいで最近空腹続きなのだと言う。

 驚いた身でこういうのもなんだが、まぁ確かに下手糞だったな。昼間の墓地で選んだ時点で。

 

「貴方たちが傘を差したら、後ろからこっそり舐めて驚かそうと……」

 

 とかも言っていたけど、晴れた日にどうして傘を開かせる策に賭けたのか。雨の日だったら雨の日で、来る人間はどうせ傘を持っているだろうから、その作戦はほぼほぼ無意味である。使えるのは、急な夕立が多い夏場の時期だろう。

 

 もっとも、そんな突っ込みをしても小傘の空腹が収まるわけでも無し。魚を与えるのではなく釣り方を教えるのが本当の優しさだと言うが、それは相手が空腹のときは別だろうと、俺は小傘に提案をする。

 

「なぁ小傘、そんなにお腹が空いてるならなんか食うか? 一応食料ならたくさんあるぞ?」

「うう、ありがたいけど、普通の食べ物じゃ私はお腹いっぱいにならないの…… 食べても妖力が回復しないから……」

 

 ふむ、その点は俺とは異なるのか。俺は元々動物だったためか、どんなものでも食べればお腹はいっぱいになる。

 

「……じゃあ、俺の妖力も分けてやるよ、それなら腹も膨れるだろ。無駄に長く生きてるおかげか、妖力の量だけは多いんだよな」

「……え、まさか、そんなことが……」

 

 紫にもレティにも分けたことがあるし、妖力の譲渡は可能だろう。そう思い俺は小傘の頭に手を乗せる。

 せっかくなので、俺の妖力を小傘の言う驚きのエネルギーに変えて渡してやろう。変化の術をこんなふうに使うのは初めてだ。

 

「……よっ、と」

「……!! ごはんがいっぱい!! 何が起きたの!?」

「さあ? それよりお腹が空いてるんじゃなかったのか? いらないんだったらそれでもいいが」

「あー! 食べます食べます! いただきます!」

 

 そう言って、俺の妖力をもぐもぐと頬張り始める小傘。きちんといただきますが言えるのはいいことだ。

 見た目では食料(妖力)を分けているようには見えないだろうな。なんせ頭に手を乗せているだけだ。自分の妖力をおにぎりにでも込めて渡してしまえばよかったかもしれない。

 

「おいしい!」

「そりゃあよかった」

 

 まぁ、空腹は最大のスパイスとも言うしな。運動した後には水が一番だと感じるように、体が欲しているものはおいしく感じるものなのだ。それでも喜んでもらえると、こちらも悪い気はしない。

 

 隣にいるぬえに、そんなにおいしいなら私にも、と頼まれたので分け与えてみるも、「なんだか養殖みたいな感じがする」だそうだ。もうお前には分けてやらん。

 

「……ぷわぁ、もう満腹~。ありがとう、ごちそうさまでした~」

「はい、お粗末さま」

「こんなお腹いっぱい食べたの久しぶり…… 私、今とっても幸せ~」

 

 数分後、食べ終わった小傘は、満足そうに自分のお腹を撫でてそう言った。意外と早く満腹になったようで、俺は小傘の頭に乗せたから手から妖力の放出を停止させる。

 

「はふぅ……」

「……」

「……ちょっと、真はいつまで小傘の頭を触ってるの! もうご飯は食べ終わったんでしょ!」

「……はっ」

 

 ぬえに言われて、サッと小傘の頭から手を離す。妖力を譲渡するときに乗せた手がそのままだったようだ。

 無意識のことだから軽く言ってくれればいいものを。まぁぬえは、子どもとはいえ会ったばかりの相手の頭に気安く触れるものではないと言いたいのだろう。

 確かにその通りだ。しかし、ちょうどいい位置に小傘の頭があるのも悪いとは思わないか。

 

「思わない! まったく、真はそういうところがあるんだから…… 小傘も言わなきゃだめだからね!」

「……いやぁ、頭にかかる圧力が思いのほか心地よくて…… これが、雨を受け止める傘の本能なのかも……」

「……もー! 食べ終わったならさっさと行くよ!」

「わっ」

 

 ぬえが小傘の手を引いて、墓地の先へと走り出した。小傘もワタワタしながらなんとかついていく。

 元気だなぁ。俺だったら、お腹いっぱい食べたあとはそんな風に走り回りたくない。子どもの活発さには驚かされるばかりだ。

 

 俺はフーッと息を吐き、二人の後を歩いて追いかける。昼間とはいえ、一人で墓地に取り残されるのは勘弁だ。

 

「へへー! 真、ここまでおいでー!」

 

 ぬえがこちらをチラリと見て、イタズラした子どものような顔で言ってくる。いったいいつの間に追いかけっこを始まったんだ。

 まったく、言われなくてもすぐに行く。大人の歩幅の広さを見くびらないでもらおう。

「……ね、ねぇぬえちゃん? 私の手も引っ張ってきちゃってるけど……」

「……え、それがどうかした? ……あ、もしかして痛かった!? ごめんね!」

「い、いやそうじゃなくて、会ったばかりの私が一緒についていってもいいのっていう…… まさか本当に拾ってくれるってわけじゃあるまいし……」

「……なに言ってんだ小傘お前」

 

 二人が立ち止まって話を始めたので、なんなく俺も追い付いた。追いかけっこは早々に終了。俺は聞こえてきた会話に割り込むようにして小傘に言う。

 

「お前を拾う? なんだそれ」

「……そ、そうだよね、そう都合よく拾ってもらえるわけがない……」

 

 む。少々言い方がぶっきらぼうになってしまっただろうか。俺としては単純に疑問に突っ込んだだけだったのだが、小傘の気分を落としてしまった。 

 俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてだな。

 

「拾われないなら私がついていっても意味が無い……」

「……いやいや、意味ならあるよ! 私たちもう友達じゃん! だったら一緒に遊ぼうよ!」

 

 小傘は繋いでいた手を離そうとするも、させまいとぬえがさらに強く握る。

 確かに傘である小傘にとっては拾われることも重要なのだろうが、付喪神となり意思を持っているなら、一緒にいる意味は道具として使われることだけではないだろう。俺が言いたかったのはそういうことだが、まぁある意味で似たようなことをぬえが言ってくれたのでそれでいいことにする。

 

「……! い、いいの? 私もついていって……」

「あたり前だよー! ね、真?」

「ああ、そうだな。 ……それとも小傘の中では、持ち主じゃないと一緒に行動できないのか?」

「……!」

 

 なにをまぁ小傘のヤツ、その発想は無かったみたいな顔をしているんだろう。仮にイエスと答えたとしても、俺はそうはさせないからな。食料(妖力)をもらうだけもらっておいてハイサヨナラなんて都合がよすぎるにも程がある。

 だからそもそも、ぬえが遊ぼうとか言ってたけどそれも無し。お前らには寺の掃除という仕事からしてもらうのだ。

 

「……ほら、行くぞ小傘」

「行こっ、小傘!」

「……う、うん! ぬえちゃん、真さん、よろしくね!」

 

 右側からは俺が、左側からはぬえが、小傘を挟んで歩いていく。さながらこれは刑務所に送られる囚人だろうか。これから掃除という労働が待っているのだから間違いではない。

 

 小傘の持っている紫色の傘が、中途半端に俺たち三人を覆っている。今の天気が雨だとしたら、俺の右肩は濡れるだろうという程度に中途半端に。

 

「えへへー、小傘とあいあい傘ー♪ これで雨が降っても安心だー!」

「はぅぅ…… まさか傘として使ってもらえる日がくるなんて……」

「閉じてたら茄子みたいで変だけど、開いたら結構いい感じだね!」

「……! でしょー! わちきはすごいんだぞー!」

 

 なんだその一人称はと思ったが、なにやら楽しそうなこの二人。突っ込んで水を差すのは野暮というものだろう。

 

「……まぁ、自分で傘を持たなくてもいいって点に関しては楽だよな」

「……ふふん。今はわちきが、二人のための傘になる!」

「なにそれなんかかっこいい!」

 

 小傘が持つと、少し低い位置にある紫色の傘。小傘の隣で、俺は少し頭を下にかがめながら、墓地の奥へと歩いていった。

 

 

 


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