東方狐答録   作:佐藤秋

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第百十九話 星蓮船③

 

 守矢の神社まで相談に戻った早苗をただ待っておくわけもなく、俺ぬえ小傘の三人は妖怪寺の掃除を再開していた。

 ぬえと小傘は神社の中を、俺は引き続きこの庭をと、二手に分かれて掃除する。というのも、先ほどの早苗の様に噂に釣られたヤツがいつここに来るかも分からないので、一人は外にいたほうが都合がいいのだ。見張っていなければぬえたちはサボってしまうかもしれないが、こればかりは仕方ないだろう。

 

 早苗がここを出てから、一時間ほどが過ぎただろうか。ここから妖怪の山を往復するなら、そろそろ戻ってきそうな時間帯である。文なら十五分ほどでいけるだろうし、のんびりした幽々子ならまだまだかかるだろうから、かなり大雑把な目安ではあるが。

 まぁ、早苗はただ往復するのではなく、保護者の二人(神奈子と諏訪子)と話をしてから戻ってくるのだから、もしかしたらまだまだ時間がかかるかもしれない。そんな感じの心持ちで掃除を続けていたのだが、案外すぐに早苗はここまで戻ってきた。

 

「ただいま戻りましたー! 真さん! お願いを決めてきましたよー!」

 

 最初にここに来たときとは違い、神社の入り口から早苗の声がする。

 どうして空からではなく入り口から? ここと妖怪の山、往復でずっと飛んでいるのに疲れたのだろうか。

 不思議に思いつつそちらを見ると、早苗だけではなくもう一人少女がそこにいた。いたというか、気絶した少女を早苗が頑張って抱えていたのだが。

 

「……なんだそいつ」 

「帰り道、妖怪の山で倒れていたので連れてきちゃいました! 多分真さんと似たような妖怪だとは思うんですが」

「そんな、『珍しい形の石だから拾っちゃいました』みたいなノリで言われても…… あ、だからそっちから入ってきたのか」

 

 大方その少女を抱えていたため、高く飛ばずに神社の入り口からの登場になったのだろう。そこは納得できたものの、それ以外のところは全く納得できないままだ。何を思って早苗はその子を連れてきたのか。

 そういえばぬえがお土産を期待していたが、まさかそれがお土産というわけでもあるまいし。

 

 早苗から話を聞いてみるに、この倒れていた妖怪を心配してここまで連れてきたらしい。

 守矢の神社に近いのだからそっちに運べばいいだろうに。俺がそう言うと、「最初はそう考えたんですけど、真さんへのお願いとして助けてもらえばいいと閃きまして」だそうだ。

 つまるところ早苗は、一つだけ俺が聞いてやるはずだったお願いを、見ず知らずのこの妖怪のために使うと言っているのだ。なかなかに立派な考えである。保護者の二人もさぞかし鼻が高いことだろう。

 

「どれどれ……見たところ怪我をしている様子は無いみたいだが……」

 

 俺は尻尾を一本だけ顕現させると、目の前に平らになるようにとぐろを巻き、その上に早苗が抱えていた少女を乗せて様子を見る。

 医者の真似事をするのはなかなかに久しぶりである。永琳のところに持っていけばいいのではと思ったが、せっかく早苗が頼ってきたのだし、人任せにするのは避けたいところだ。

 しかしながら、憶測でこの少女を診るのも万が一のことがあれば大変なわけで…… 俺は少しだけ考えたのち、『答えを出す程度の能力』で調べることにした。

  

「……どうですか真さん? というかこの子のこと、真さんは知ってたりしないんですか?」

「……まぁ、俺は意外と、妖怪の山の妖怪事情には詳しくないんだ」

 

 一応妖怪の山のではそこそこの地位をもらってはいるが、人見知りなため交友関係は少ない俺である。当然この少女も見たことは無い。

 この少女、犬みたいな耳と尻尾が生えてはいるが、椛のような白狼天狗とはまた違うようだ。髪の毛の色は白ではなく緑色。それに獣耳は垂れている。

 

 しかしまぁ、能力を使ったおかげで、この少女が何の妖怪だかは理解できた。それと同時に、何が原因で元気が無いかも予想できる。

 端的に言えば、小傘と同じく妖力不足。ただし小傘のように驚かすのが下手で妖力が回復できないのではなく、この妖怪の存在を信じる人間が減ってきたために、存在する力を保てずに弱っているのだ。

 

「……ふむ。これならすぐになんとかできるかな」

「お、さすが真さん! 私が手伝えることがあったら言ってくださいね!」

 

 住んでいる場所が同じ妖怪の山という(よしみ)からか、早苗が頼もしいことを言ってくれる。そう言ってくれるなら早苗にも協力してもらうとしよう。人間に知られてないために弱っているのだから、早苗が認知するだけでもまた話は変わってくるのだ。

 

「じゃあ早苗。聞くが、この子はいったい何の妖怪だと思う?」

 

 尻尾の上の少女を指差して、俺は早苗に訊いてみる。

 

「え。真さんや椛さんと同じような動物妖怪じゃないんですか?」

 

 早苗は、気を失っている少女をチラリと見たあと、キョトンとした表情をしつつそう答えた。

 多分、少女に犬のような耳が生えていることからそう考えたのだろうが、残念ながら不正解である。まぁ正解されるとも思っていないので、答えはさっさと言ってしまおう。

 

「この子は木霊の妖怪だな。それか、山彦(やまびこ)と言ったほうが分かりやすいか」

「……山びこ? 山びこって、山とかで『おーい』って叫ぶと『おーい』って反響してくるあれですか?」

 

 おそらくは、自分の知っているものを思い浮かべながら、俺の言葉を繰り返したであろう早苗。山びこという現象においてはその認識では間違っていない。もっとも、俺が言っているのは、この少女の妖怪としての種類が山彦だということなのだが。

 

 山びことは、現象ではなく妖怪なのだ。最近の人間は、山びこが音の反射というだけの認識で、それをしているのが山彦という妖怪であることをご存知でない。

 その認識の違いのせいでこの少女は、妖怪としての存在を保てなくなってしまっている。だから早苗が『この少女は山彦である』と認識することは、この少女を助けることに直結しているのだ。

 

「……な、なるほど。ということは……」

「ああ、この子はもう心配ないよ。早苗がいてくれたお陰だな」

「おお、やった!」

 

 やりましたよ山彦さん! と、俺の尻尾の上にいる少女を覗き込みながら早苗は言う。山彦さんは依然として気を失っているので、声は届いていないわけだけど。

 

 思い返してみれば昔のこと。外の世界では、似たような理由で諏訪子と神奈子が消えそうになっていたのだ。早苗がこの少女に感情移入できる理由としては十分だったことに、俺は遅まきながら気が付いた。

 この少女について、もうあとは放置しようかと考えていたが、元気になった姿まで見せてこそ早苗のためになるだろう。そう思い直し、最後の仕上げとして、俺は自分の妖力を少女が目覚めるまで分け与えることにする。

 

「よっと」

「(あ、いいなー真さんの手)」

 

 少女を乗せた尻尾を目の前に持ってきて、頭に手を乗せそこから妖力を譲渡する。尻尾を通して渡してもよかったが、こっちのほうがやりやすい。

 見た通り山彦の姿は犬に近いものらしく、髪が予想よりもモフモフで、こちらも役得と言ったところか。

 

「……っ、ふわぁ~あ」

 

 俺が頭に手を乗せてから、程なくして少女は目を覚ます。先ほどまで自分が消滅の危機に瀕していたことなんて知らないのだろう、なんとも気の抜けた声である。おそらく目の前で早苗が覗き込んでいることにも気が付いてない。

 

「……? あれ、ここどこ……」

「あっ! 真さん起きましたよ!」

「わぁっ! なになに貴女だれ!?」

 

 起きてそうそう、目の前で響く早苗の声に少女は()()る。そりゃまぁ、起きていきなり知らない人の顔があったら驚くわな。

 そんな少女の心情を知ってか知らずか、早苗は構わず言葉を続ける。

 

「きゃー! 無事でよかったです山彦さん! もう体の調子が悪いところは無いですか!? 喉の調子は!? ちゃんと山びこできますか!? やっほー!」

「! やっほー! ……じゃなくて、だから貴女だれ!?」

 

 やっほーと言われるとやっほーと返してしまうのが山彦の本能なのだろうか。あれって声を反射してるんじゃなくて、山彦自身が言ってたんだな。

 新しい発見に納得していると、早苗が自己紹介を始めていた。

 

「どうも、私は東風谷早苗と言います! 妖怪の山で貴女が倒れているのを見つけまして、助けるためにここまで運んできた張本人です! 信仰してくれていいですよ!」

「は、はぁ、どうも……」

 

 両手を取って話しかけてくる早苗に、山彦少女はたじろがされる。

 どうやら早苗が少女を助けたのは全くの善意からというわけではなく、布教活動の一環だったようだ。なんだ下心があったのかと俺は思うも、無償で助けますなんて綺麗事を言ってる輩よりかはよっぽどマシな存在に見える。

 

「……えーと、私は幽谷(かそだに)響子(きょうこ)って言うんだけど……」

「響子さんですね! 初めまして!」

「あ、やっぱり初めましてだよね? それなのに私が山彦だって知ってるなんて…… 何から助けてもらったかよく分からないから感謝しにくいけど、久々にやっほーって言ってくれたのは嬉しかったよ!」

 

 目が覚めて徐々に本調子が出てきたか、響子と名乗った少女は元気な声でそう口にする。大きい声はいかにも山彦らしい特徴だ。

 どうやら嬉しいと言ったのは本当らしく、短い尻尾が後ろでフルフルと揺れている。

 

「喜んでもらえてよかったです! ……まぁ、響子さんが山彦だってことは、そこの真さんから教えてもらったわけですが」

「え、そこの? ……うわっ、こっちにも誰かいた!」

 

 今さらながら俺の存在に気付いて響子は驚く。まぁ早苗のインパクトが強かったのだから仕方がない。

 とりあえず、起きたんだったらそろそろ尻尾から降りてほしい。別に重いわけではないのだが。

 

「やけに柔らかい地面だと思ったら…… あ、ごめんなさいすぐ降ります……」

「ん。別にいい」

 

 尻尾から降りなくていいという意味ではなく、謝らなくてもいいという意味である。最初に乗せたのは俺からだし。

 もっとも、響子はそんな勘違いすることなく、素直に尻尾から飛び降りた。

 

「……うん。まぁ、元気になったならなによりだ」

「わっ」

 

 膝を曲げ、目線の高さを合わせて響子をざっと見たところ、他に調子の悪いところは無さそうだった。俺はそのまま響子の頭に軽く手を置く。犬みたいなたれ耳も含め、相も変わらずモフモフである。

 

「(……なんだろう。いきなり触られて驚いたけど、この人の手、すごく安心する)」

「相変わらず、真さんはすぐに頭に手を置きますね。さっきもやってたじゃないですか」

「ほっとけ。さっきのは妖力分けるための不可抗力だ」

「(……! そういえば、前より力があふれてるような……)」

 

 早苗が、頑張ったんだから私の頭も撫でてくださいよと(わめ)いている。別に響子の頭だって撫でていない、これは手を乗せているだけだ。そのまま撫でようかなと思っていたのは秘密だが。

 なんにせよ、早苗の頭に手を伸ばしている余裕はない。俺はいま屈んでいるため早苗の頭までは距離があるし、俺の右手は一つしかないのだから。

 

「……あ、あのっ! えーと、真さん? でいいのかな」

 

 身を少し前に出して、響子が俺に声をかけてきた。顔が近いため、大きい声がますます大きく聞こえてくる。

 

「ん、合ってる。どうした?」

「私が山彦だと分かったってことは、もしかして貴方も山彦なんですかっ!? 尻尾と耳もありますし!」

「……? ああ、これね」

 

 響子の頭から手を離し、俺は自分の、頭に生えているほうの耳に手を触れる。確かに今は同じような獣耳が生えているが、山彦に間違えられたのは初めての経験だ。

 なるほど、こういうこともあり得るんだな。動物妖怪だけがこういう姿をしているとは限らないってことか。

 

 早苗が隣で「ええっ!? そうだったんですか!?」とか驚いているが、お前は俺が狐だって知ってるだろ。ボケ倒すのはそこそこにしてほしい。

 

「いや、悪いが俺は狐の妖怪でな」

「あ、そうですか…… でもでも! 私が山彦だって分かったことと、助けてくれたのは事実ですよね! それでもう十分嬉しいです!」

  

 さっき早苗が、響子を助けたのは自分ですよアピールをしていたのだが、ついでに俺もカウントしてくれたみたいである。もしかしたら尻尾に乗せていたのがよかったのかもしれない。早苗が連れてこなかったら、俺は何もしなかったわけだが。

 

「ありがとうございました!」

「ん。どういたしまして」

 

 まぁ、感謝してくれたのだから、わざわざ否定することはないだろう。俺はもう一度響子の頭に手を乗せて、今度はよしよしと左右に撫でる。

 

「~♪ えへへ……」

 

 椛に会う度に頭を撫でているので、俺はこういう系統の子どもを撫でる癖がついてるのかもしれない。嫌がっていないことは揺れている尻尾を見れば分かるのだが、これは直すべき癖だろう。

 

「……ふむ。『ありがとうございました』と来て『どういたしまして』ですか。このやり取り、ちょっと山びこっぽいですよね」

 

 早苗が、響子と同じ高さまで目線を下げつつそう口にする。そこに来ても、早苗の頭を撫でるつもりはないのだけど。

 

「なんだその山びこっぽいってのは」

「ほら、よくあるじゃないですか。山びこは同じ言葉を返すはずなのに、『ただいまー』って言ったら『おかえりー』って返ってくるみたいな」

 

 口の横に手を当てて、叫ぶ真似事をしながらそう説明する早苗。言いたいことは分かったが、それは本当によくあることだと言えるのだろうか。

 

「……そうだ! 響子さんという山彦がいるんですから、せっかくなので山びこで遊びましょうか! 私が何か叫びますから、響子さんはそれに返すみたいな!」

「! いいねそれ! やろうやろう!」

「……なんだそれ」

 

 最近の子どもの遊び方というのは特殊なものだなと、俺は心の中で呟いておく。はたしてそんなのやってて面白いのだろうか。まぁ本人たちが楽しめるなら何も言うまい。

 

 最低限の山びこっぽさを出すためか、早苗は宙に浮かんで響子との距離を取り始める。当然ながら俺は行かない。俺が「おーい」と叫んだら、響子だけではなく、寺の中で掃除しているぬえと小傘の返事まで返ってきそうだ。

 

「じゃあ行きますよ~…… やっほー!」

「やっほー!」

「もう一度……やっほー!」

「やっほー!」 

 

 遠くから聞こえる早苗の声に、それはもう楽しそうに響子が返している。

 傘として使われた小傘が喜ぶこと(しか)り。自分の存在意義をそのまま扱われるのは妖怪として本望なのかもしれない。

 元々はただの動物であり、というか前世の人間の記憶を持つ俺としては、その気持ちは分かりそうにない。

 

「じゃあ次は難しいですよー!」

 

 山びこが返ってきて満足した早苗は、さらに調子を上げてくる。

 

「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いたー!」

「えっと……坊主が上手に絵を描いたー!」

「(楽されてる)」

「生麦生米生卵ー!」

「……生ものー!」

「(もっと楽されてる)」

 

 面白そうかは別として、一生懸命山びこを返す響子を見ていると、微笑ましい気持ちになってきた。終わったら後で頑張ってたなと褒めてあげたい。

 一生懸命早口言葉を言っていた早苗のほうは、残念ながらちゃんと返してもらえなかったわけだけど。

 

「なら次は……ピザって十回言ってくださいー!」

「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザー!」

「じゃあここは!?」

「見えないー!」

「(そりゃそうだ)」

 

 この後も、よく分からない山びこでの遊びに夢中の二人。

 

「元気ですかー!?」

「元気だよー!」

「元気があればー!?」

「何でもできるー!」

 

 なつかしい。

 

「獣のようなー♪」

「貴方に抱かれてー♪」

「あたいの人生ー♪」

「イカれちまったー♪」

 

 歌詞すごいな。

 

「たくさんの思い出がたくさんできたー、修学旅行!」

「「しゅーがくりょこー!」」

「声が枯れるまで応援したー、体育大会!」

「「たいくたいかいー!」」

 

 響子は意味が分かって繰り返してんのかな。

 

 こいつらの遊んでいる様子をぼーっと見ていてふと、こんなのを見ておく必要なんてまったく無いことに気が付いた。手放していた箒を再び掴み、掃除を再開するとしよう。早苗がいないときにはそれなりに(はかど)ったが、いるときには全くと言っていいほど進んでいない。

 

「……えーと、次は何を叫ぼうかなぁ……」

「……おい早苗、さっきからなに叫んでんだ?」

「結構遠くまで響いてたわね……」

「あれっ? 魔理沙さんと霊夢さん!」

 

 箒を構え、順調に塵を集めていく。左側に掃くときは右手を下に、右側に掃くときは左手を下に、それぞれ持ってくるのがコツだ。そのほうが力を入れやすい。

 

 手の位置を二回ほど入れ替えた後だろうか、遊びに疲れた響子がこちらにトテトテと寄ってきた。

 

「……は~、楽しかったです!」

 

 何が楽しいのかいまいち分からなかったが、響子は満足した様子だし気にする必要ないなと俺は思った。

 なんだ、もう終わったのかと訊いてみると、早苗が叫ぶのをやめてしまったそうだ。いいかげん喉が痛くなってきたのだろうか。

 

「響子は、喉の調子は大丈夫なのか?」

「平気です! これでも山彦ですから!」

「ならよかった」

 

 安心したという意味とお疲れ様という気持ちを込めて、俺は響子の頭を撫でる。

 

「~♪ えへへ~」

 

 すると響子は尻尾を振りながら、俺の腰回りに抱き着いてきた。人懐っこい犬のようでかわいらしい。気まぐれな猫であるお燐や橙ではこうはいかない。

 俺は少しだけ身をかがめると、そのまま響子を持ち上げる。箒は邪魔なので地面に置いておこう。

 

「んん~♪」

 

 抱っこするように胸元にまで持ち上げると、俺の首回りに頭をこすり付けてくる響子。肌に髪の毛が当たってくすぐったい。

 まぁ我慢できる程度のくすぐったさだ。口元が緩んでしまうのは、くすぐったいのと微笑ましいのの半分半分と言ったところか。

 

「……真さんとも一緒に遊びたかったなぁ」

 

 首元で呟かれた小さな声に、また今度な、と俺は答えて、響子の頭をもう一度撫でる。今度という言葉は漠然としていてなんとも都合がいい。次の機会があってもそう言って誤魔化そう。俺は大きい声を出すのは苦手なのだ。

 

「~♪」

「……よしよし」

 

 パタパタと、撫でられている響子の耳が何度も動く。そういえば俺も狐の耳を出したままだったな。

 まったく、同じイヌ科の姿をしているからと、響子は俺に気を許し過ぎなのではないだろうか。かくいう俺も、響子に気を許してしまっている部分が無いとは言えないが。

 

「……さて、と」

 

 俺は一言そう呟き、早苗はどうしているかと辺りを見渡す。響子との遊びが終わってそれなりに経つが、どうしてこうも戻ってくるのが遅いのか。

 目を細め、先ほど早苗が叫んでいたであろう方角を見てみると、誰も見当たらないどころかなんと人数が増えていた。あれは霊夢と魔理沙だろうか。 

 なにやら話した様子の後、二人は早苗に連れられて俺たちの近くの地面まで降りてくる。飛倉の破片の事情でも聞いたのだろう、魔理沙が「なんだ、あの噂は真が流したのか」と言っていた。

 

「よ、真」

「よ、魔理沙。それと霊夢」

 

 ふぅむ。早苗一人が戻ってきたら、響子を連れて妖怪の山まで帰らせるつもりでいたんだけどな。霊夢と魔理沙が増えたなら早苗ももう少しだけここに残りそうだ。そうなると……

 

「……ところで真、お前が抱えてるそいつは誰だ? まさか真の隠し子か?」

「やだ魔理沙、真に子どもがいるなら私が知らないわけがないじゃない」

「はは、冗談だよ冗だ……」

「ああ、俺の子どもだが」

「「ええっ!?」」

「(真さんまた言ってる……)」

 

 ……やれやれ。響子を妖怪の山に帰すのは、もう少し後のことになりそうだ。

 

 


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