東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十話 星蓮船④

 

 霊夢と魔理沙のお願いもほどほどに聞いてやり、さてじゃあそろそろ響子をつれて妖怪の山まで帰ってもらおうと早苗に頼もうとしたら、早苗は霊夢たちと一緒に博麗神社のほうまで行ってしまった。まぁ早苗もまだまだ遊びたい盛りの子どもなのだから仕方ない。霊夢たちは、早苗の数少ない人間の友達なのだから、そちらを優先してしまうことも多いだろう。もっとも、響子をここまで連れてきた張本人なのだから、最後まで面倒を見てほしいものではあるのだが。

 

 響子が増えて、俺以外に妖怪寺に残っているのは、ぬえ、小傘、響子の、小さい少女の三人組。相変わらずぬえと小傘は寺の中を掃除していて、響子は何が気に入ったのか俺の尻尾に抱き着いている。

 手間がかからないのはいいとして、それでもなんだか預かり所で子守りをしている気分だなぁ。なんて思っていたら、新たな人物がこの妖怪寺まで訪れてきた。かつてこの寺に住んでいた人間の一人、雲居一輪である。ああ、正確には人間ではなくて元人間なんだっけか。

 

「久しぶりに見る私たちのお寺に驚いて思わず入ってきてしまいましたが…… 真、やはり貴方の仕業でしたか」

「よぉ一輪。なに、聖が復活したら帰る場所が必要かなと思ってな。そっちはどうだ、破片集めは順調か?」

「ああそれなら……」

 

 一輪への説明もほどほどに、こちらも向こうの事情を聞いてみたところ、どうやら妖怪寺の連中は、手分けして飛倉の破片を探している最中であるらしい。なるほど、それぞれ別のところに分かれて探していれば、一人くらいはここに来ることもあるだろうな。

 どうやら成果は上々(じょうじょう)らしく、早苗たちが持ってきた飛倉の破片を合わせると、数はそれなりにたくさん集まっていた。残りの連中もいくつか見つけているだろうことを加味すると、破片は既に全部集めている可能性もあるかもしれない。飛倉が全部でいくつの破片になっているのかは知らないが。

 

「そうですね…… それでしたら、星たちを探してもう一度ここに戻ってきましょうか。どこで落ち合うかは決めてませんでしたが、ここはいい集合場所になりますよ」

 

 そう言うならそうしてもらおうと、ここに妖怪寺のメンバーで集まるという一輪の提案に俺も賛成する。ただ、連中を呼びに行くのは俺に任せてもらうことにした。響子を妖怪の山まで送れるし、その方が都合がいいのである。

 

「……そうですか? 真がそれでいいならお願いします」

「おう。じゃあさっそく行ってくる」

 

 一輪とぬえ、ついでに小傘にはこの寺での留守番を頼むとしよう。もしかすると他にも、噂に釣られて飛倉の破片を持ってくる輩がいるかもしれない。

 まぁその辺はぬえに詳しく聞いてくれと一輪に伝えたのち、俺は響子を連れてまずは妖怪の山に向かって出発した。

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 妖怪の山についてから、適当な場所で響子と別れる。最後まで送れないのは仕方がない、俺は響子がどこを住処にしているのかは知らないのだ。洞窟で暮らしているレティよろしく、この山に住んでいる妖怪はどこかしらに自分の住処を持っているはずではあるが。

 

「また今度お寺まで遊びに行くからねっ! それじゃ、ばいばーい!」

「ああ、ばいばい。 ……さて」

 

 大きく手を振りながら去る響子を見送ったあと、妖怪の山をうろついてみる。妖怪の山に部外者は立ち入ることはできないため探し人は見つからないだろうが、万が一ということもあるだろう。

 ここでいう探し人とは、星、水蜜、ナズーリンのうちの誰か一人だ。欲を言えば三人ともいるのが一番いい。

 

 まぁ、そんな都合のいいことは当然無かったものの、少しだけ都合のいいことに、探し人のうちの一人である星がここにいた。

 星は、入り口から守矢神社へ続く山道を少し進んだくらいといった場所で、文となにやら口論をしている。

 

「ちょ、ちょっと! 事情を話したらこの山に入ってもいいって言ったじゃないですか! なのにどうして駄目なんです!?」

「はい、取材に応じてくれたことはこちらも感謝してますよ♪ ですが私は、『話をしてくれたら、この山に入っていいか考える』と言ったんです。それで改めて考えてみた結果、やっぱり部外者はそう簡単に入れるべきではないと判断しました♪」

「そ、そんなー!」

 

 何を口論しているのかと思ったが、星の声が大きいおかげで大体の事情は察することができた。どうやら天狗の仕事をしている文に、妖怪の山への侵入者として足止めされているようだ。

 

「どうしてそんな意地悪を…… あっ、真!」

「へ、真さん?」

 

 二人の様子を見ていると、まずは星、遅れて文が俺の存在に気付く。星は俺を見つけると、途端に表情を明るくさせた。見た目はそれなりに大人のくせに、まるで子どもみたいな笑顔である。

 嬉しい気持ちは分からなくもない。こういうときは自分の味方と思われる人物が出てきただけで、心に余裕が出てくるものなのだ。

 

「よ、星。元気してるか?」

「そりゃあもう元気いっぱいです! でも、ちょっと聞いてくださいよ真!」

 

 元気な返事を俺にしつつも、次の瞬間にはかなりご立腹した様子で星は言う。

 

「この方がですね! 私がここに来たらいきなりやってきて……」

「ああ、聞こえてたから事情は分かる。ここから先に行かせてもらえないんだろ」

「そうなんです!」

 

 あちらにも事情があるのは分かるんですが……と続けるも、星はいまいち納得がいかない表情だ。それほどまでに先の対応がお気に召さなかったようである。文の飄々とした態度は、時として小馬鹿にされたようにも見えるからな。

 文もそのことは理解してるようで、上司である俺を前にして、中々に『しまった』というような態度になった。いつもは俺でも気軽に話す文が珍しい。仕事中は事情が違うようだ。

 

「あ、あの……真さんどうもお疲れ様です……」

 

 おどおどと、まるで俺に初めて会ったときみたいな素振りを文は見せる。

 

「よ、文、お疲れ。ご苦労さんって言ったほうが正しいのかな」

「ええ多分…… って、それよりも真さん、いつからここに? 私とこの方の会話、聞いてました?」

 

 全部聞いていたわけではないが、ほとんど予想できたので「ああ、聞いてたが」と俺は答えた。すると文は、やっぱりという風に頭を抱えて、

 

「そ、そうですか…… え、えぇと、こちらの方は真さんのお知り合いで? いえ、見る限り聞く必要もありませんよね…… あーもう、言ってくれればそれなりの対応をしてたはずなのに……いや無理か……」

 

 先ほどの星に対する態度とは打って変わって、しおらしい態度で文は縮こまる。俺よりは小さい文の身長が、さらに小さく見えてきた。しおらしくなってる割には口数の多さは変わっていないような気もするけど。

 

「うぅ……もしかして私、やっちゃいましたかね……?」

 

 両手の人差し指を合わせ、もじもじと視線を逸らす文。俺の隣にいる星が、「おお……?」と態度の変わった文に少々戸惑っているのはひとまず無視することにして。

 俺は前に数歩だけ移動すると、その小さくなった文の頭に手を乗せる。

 

「ふぇ……? 真さん……?」

「……なに、文は自分の仕事をしただけだろう? それの何が悪いことがあるんだ?」

「は、はぅぅ……」

 

 文の頭に乗せた手をそのままに、クシャリと髪をかきあげ軽く撫でる。頭襟(ときん)が邪魔で撫でにくい。が、そんな文句は心の中にとどめておくとしよう。今は文の気分を落とすときではないのだ。

 

「だから、さっきのことはあんまり気にしなくていい」

「そ、そうですよね! ……あーよかったぁ~…… えへへ……」

 

 うん、そうそう。先ほどのしおらしい姿もたまにはいいが、やっぱり文は元気良くないとな。先ほどまで緊張していた文はもうどこにもいなく、目の前の文は早くも口元を緩ませている。怒らなかっただけで、少しだらしなさすぎるような表情のような気もするが。

 

 文の処遇はこれくらいにして、次はこっち。俺は首だけ動かして、隣にいる星に目を向ける。

 

「星も、悪いがこの山は部外者の立ち入りは禁止でな。こいつ()はまだまだ下っ端だから、上からそう命令されてるだけなんだ。すまない、あまり怒らないでやってくれ」

「ちょっ……そんな、真が謝るようなことでは……」

 

 急に話を振られてか、ちょっとだけ焦った様子を見せて星は両手を前に突き出した。文に憤慨していた星であるが、そんな気持ちはかなり減っているように見える。これはいい、今のはなかなかに効果のある言葉だったようだ。

 俺は顔だけでなく体も星のほうに向け、先ほどと同じような内容の言葉を口にする。今度は口だけではなく、頭も下げて。

 

「地上に来たときに俺が伝えておけばよかったんだよな。文にも星にも、悪いことをしてしまったと思う」

「だ、だからですね真……」

「すまなかった。といっても言葉だけじゃどうとでも言えるしな、なにか他にできることは……」

「……あーもうっ、別に怒ってませんって!」

 

 星が怒ってないというのはこちらも百も承知だが、よかった、と頭を上げながら俺は言った。謝った言葉は本心ではないがこちらは本心。自分に非がないと思いながらする謝罪の、なんという楽なことか。

 よしよし、不毛な口論で時間を無駄に消費することは無い。妖怪の山に飛倉の破片があるなんていう保証が無い以上、星がここに執着する意味もまた無いのだ。

 

「まったく…… それで、真はどうしてここに? 真は地上ではこの山に住んでるんですか?」

 

 文との口論もひと段落ついたところで、星が話題を変えてくる。少々ズレたことを言っているようだが、俺とぬえが聖の復活に協力しているのは内緒であるため仕方がない。俺も昔はこの山に住んでいたものの、今は博麗神社に住んでいる。

 

「ん? ああいやそうじゃなくて、俺は星たちを探してたんだ。一輪が一度全員集合しようってな」

「あ、なるほど、確かにいい時間ですもんね……ってもうそんな時間なんですか!?」

 

 なにやら一人で楽しそうな様子を見せる星。二度見、とはまた違うが似たようなものかな。自分で言ったことに自分で驚いた反応をしている。

 いったいどうしたと訊ねてみると、星は俺の耳に口を近付けて小さい声で話してきた。

 

「じ、実は……今ちょっと宝塔を失くしている最中でして……」

 

 文に聞こえないよう内緒で告げてくる星を見て、やれやれまたかと俺は思う。宝塔とは星が持っているある道具のことなのだが、大切な物であるにも関わらず管理が不十分で失くしてしまうことが多いのだ。

 今回はさらに都合の悪いことに、宝塔も飛倉の破片と同様聖の封印を解くために必要な道具なのである。星の危機感はいつもより大きいことだろう。

 

「うう、どうしましょう真…… このままだと皆に合わせる顔がありません……」

 

 今にも泣きそうな声を出して、震えた瞳を俺のほうに向ける星。実際のところ、失くしたことを妖怪寺の皆に伝えても「なぁんだまたか」としか思われないような気がするのだが。

 

「……まぁ、なんだ。どこで失くしたかの心当たりは無いのか?」

「分かりません…… 気付いたのはついさっきのことなので、この山で失くしたってことも十分に有り得ます……」

 

 まぁ、心当たりがあったらすぐにそこを探してるはずだしな。星にそんなことを期待しても仕方がなかった。星が失くし物をしたと言った時点で、幻想郷すべてを探す覚悟をしなければ。

 

 ただ、せっかく今は妖怪の山にいるのだから、できるだけ選択肢を狭めておこう。そう思い、向こうで俺たちの内緒話に入れなくて退屈そうにしている、部下の天狗()を呼んでみる。

 

「おーい文、こっち来い」

「! はい、なんでしょう真さん!」

 

 星とのヒソヒソ話で除け者になっていたところで、やっと構ってもらえてうれしいのか、元気よく返事をしてこちらへやってこようとする文。こういう一面をかわいらしく思うから、どうしても文のことを嫌いになれない。

 

「実は、ちょっとした探し物をしていてな。こいつが失くしてしまっ……」

「わああ真! ちょっと待った!」

 

 しかしながら、急に星が大声を上げて俺の口を塞ぐものだから、どうしていいのかと文が怪訝な表情で立ち止まった。

 俺も文と同じ気持ちだ。いきなりなんだと、星に小声で問うてみる。

 

「(どうした星)」

「(どうしたもこうしたもありませんよ! 私が宝塔を失くしたことは内緒の方向でお願いします!)」

「(これまたどうして)」

「(だってそんな、この方とは会ったばっかりなんですよ!? 恥ずかしいじゃないですか! 私にだってプライドというものがあるんです!)」

 

 小声なのに、大声みたいな勢いで星は言う。

 会ったばかりの文に何をそんなに気取ることがあるのか。捨ててしまえそんな臆病な自尊心と尊大な羞恥心。

 まぁ星は昔から、宝塔を失くしたときは俺かナズーリン以外には内緒にしようとしていたけど。というかなんで俺には内緒にしないんだろうね。俺からの評価なんて下がってしまってもへっちゃらだってことだろうか。

 

「……あー、文。この山で何か事件は無かったか? 例えば、普段見かけない何か珍しい物が見つかったとか」

 

 仕方ないので俺は遠まわしに、文にこの山で宝塔らしきものが見つかってないか訊いてみる。

 

「……? いえ、何も起きてないですよ? あえて言うなら、この方が侵入してきたことでしょうか」

 

 一瞬だけ星に目を向ながら文は答えた。確かにこの山では、侵入者が来たことは一応事件になるな。

 

「椛からなにか報告は受けてないか?」

「少し前に顔を合わせましたが、特には。あ、でも、早苗さんが変な物を持ってたって言ってましたよ。まぁ早苗さんですし珍しくもないですね」

 

 早苗が変な子というのは妖怪の山でも共通認識のようだということは置いておき、それはきっと飛倉の破片のことだろうと俺は思う。さっき来た早苗が飛倉の破片を持っていたのがいい証拠だ。絶対ではないが、早苗が他にも何か持っている様子は見当たらなかったし。

 

「そっか、分かった。ありがとな文」

「いえいえ! 真さんのお役に立てたなら光栄です!」

 

 千里を見通す能力のある椛が他に見つけていないのならば、妖怪の山には宝塔も飛倉の破片も無いのだろうと判断できる。ならばもうここには用は無いので、星を連れてさっさとこの場から去るとしよう。

 

「じゃあ星、来た道を戻るぞ。途中落としたのかもしれないしな」

「なるほど、そうですね! その発想は無かったです!」

 

 疑問なのだが、その発想が無かったら、星は普段どうやって失くし物を探しているのだろう。ナズーリンに頼ってばかりだから失くし物は減らないし探し方も下手なんじゃないだろうか。

 

「……もう帰られるんですか? 真さんも忙しいですねぇ。それではまたお暇なときにでも、神社に遊びに行きますので!」

「ああ」

 

 文の言葉を背中に浴びながら、俺と星は妖怪の山を下りていく。神社に遊びに行く、か。響子も同じようなことを言って去っていったっけな。

 

「神社……? ああそう言えば、真は地上では神社に住んでるって言ってましたね!」

 

 星は続けて、「私たちのお寺といい、真はそういう場所に縁がありますね!」と言ってくる。その台詞を聞いて初めて俺は、響子の言っていたお寺というのが、博麗神社じゃないことに気が付いた。考えてみれば当たり前である。

 

『また今度お寺まで遊びに行くからねっ! それじゃ、ばいばーい!』

「(……あれって、普通に考えて妖怪寺のことだよな。俺目的で来てくれるだろうに、俺がいなかったらなんだか悪い気がするが……)」

 

 まぁ、そのときには聖もいるだろうしなんとかなるだろうと、あまり気にしないことにした。

 

 


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