『答えを出す程度の能力』を使って星の宝塔を探し、人里のほうまでやってきていた。
飛んで中に入ると人間たちを驚かせてしまうかもと俺は考え、近くに着地して歩いて中へ。本日二度目の人里だ。
そのため、入り口で見張りをしている男に「よう真、さっきとは別の女の子を連れてるな」と茶化された。先ほどはぬえを、今回は星を連れている。
人里では、一部の例外を除いて皆、住んでる者は黒い髪に黒い目をしている。俺もその例に漏れず今は黒髪の状態なのだが、今はいささか人の視線を感じるような。おそらく隣にいる星のせい。正しく言うなら、星の髪の大部分が黄色いせいだろう。
星の髪は、黒と黄色が混ざった髪だ。純粋な黒でない髪は目立つ。さらに言えば、黒と黄色の組み合わせは注意喚起の色である。
外の世界だと、工事現場でよく見かける危険を示す色。多少なりとも目立ってしまうのは不可抗力と言える。
「……わあっ! 真、人里ですよ人里! 私、こんな堂々と人里に入るなんて初めてです!」
もっとも星は周囲の視線も、特に気にしていないみたいだが。無害な妖怪なら受け入れるという幻想郷の人里への喜びが先行しているようだった。
そりゃよかったな、と俺は言った。
星を見習って、俺もあまり周囲の目は気にせず人里の中を進んでいく。
あっちにあるのは慧音の寺子屋。向こうのほうにあるのは華仙をよく見かける甘味処。
何度も訪れているせいか、どこに何があるのか覚えてしまった。いくら物覚えが悪い俺でも、何度も経験すればそりゃあ覚える。
魔理沙と同じ苗字をした古道具店の近くを抜けると、そこではバザーのような催しが、小規模ながら行われていた。地面に直接敷かれた御座の上に、いろいろな商品が並べられている。生活においてその住民が不必要だと思った物だろう。もしくは高く売れると判断したか。
こういった光景は珍しくない。雨の日でなければ大抵は、外でこのような小さい店がどこかしらあるものだ。空を見る限り今日は一日晴れだと思われる。小傘の出番は無い。
「わ、わ、真! あの布、いい色してませんか!? これは欲しい!」
「……はいはい、後でな」
「えー! 後って、後になったらもう無くなってるかもしれないじゃ……あー!」
大したものは売ってないのに、困ったことに星は店の前を通り過ぎる度に目移りする。仕方無いので俺は、そんな星の後ろ襟を掴んで無理矢理進んだ。女性の長い買い物にも付き合える自信はあるが、今は買い物に来たわけではない。
引っ張るならせめて手を握ってにしてくださいと言ってくる星に、そもそもちゃんとついてくるなら引っ張ったりしないんだけどなと俺は思って、なんだかんだで手を引いたまま先に進み、とある店の前で立ち止まる。『答えを出す程度の能力』によると、どうやらここに探し物があるようだった。
見ると、風呂敷の上で
しかもそれだけではなく店の前にはなんの偶然か、いや必然なのだろうが、ナズーリンの姿がそこにはあった。
「……あれ、ナズ! ナズじゃないですか!」
星の言葉を聞いてナズーリンは振り向く。向こうも驚いているらしかった。宝塔があるのだから近くにいてもおかしくないとは思うのだが。
「ご主人! それに真も…… どうしてここに?」
「それはこっちの台詞ですよ! ナズは確か竹林のほうを探していたと記憶していたんですが……」
「いやそうだったんだけどね。こっちからもなにやら反応があるものだからついでに寄ってみたんだよ」
そう言うナズーリンの手には、変な鉄製の棒が握られている。あれを使って、いつも星が失くしている宝塔を探すのだ。今回だと飛倉の破片も。
棒の先の変に曲がってる部分が東西南北の頭文字の形になっていたのだと気付いたのは、少し後になってからだった。
「……まぁ、何かの間違いじゃないかなーなんて思ってたんだけどね……ご主人は山のほうに行ったし、こっちから反応があるなんて」
「……?」
首をかしげながら、なんのことですかと星は言う。
俺はというと、ナズーリンが何が言いたいのか既に予想できていた。予想というかこれはもう確信だ。
むしろどうして星は今この場でのほほんとできるんだろうと俺は思った。いつも宝塔を失くすたびにナズーリンに説教されて、今はその失くした宝塔の前にナズーリンがいたというのに。
「一応と思って、念のため確認に来てみれば……案の定宝塔があるじゃないか! まったく、ご主人はなにをやっているんだい!」
「ひゃあっ!」
予想通り説教を始めるナズーリンに、星は俺を盾にして隠れる。見た目子どもに見た目大人が叱られているという図は面白い。このままちょっと見てようか。
まぁすぐに俺は、詰め寄ってくるナズーリンに星を差し出したわけだけど。故意じゃないにせよ今回の件は星が悪い。
多分、星がどこかで落とした宝塔を、店のこの男が拾い売り物にしたんだと予想した。実際のところは分からない。
「だいだいいつもご主人はだね……」
続けてナズーリンが長くなりそうな説教をしようとしたら、店の男が、ちょいとそこの妖怪のお嬢ちゃんよと声を掛けてきた。宝塔が置いてある
呼ばれたのはナズーリンだが、俺も星も声に釣られて男のほうを見る。
「結局これはどうすんだ。買うのか、買わないのか」
「ああ、買う買う、買うよ。だけどだね……」
ナズーリンの歯切れが悪くなる。あれ、どうかしたんですかと星は訊ねた。
値段を訊いてみれば分かるよ、とナズーリン。星は店の男に目を向ける。
「? いくらなんですか、これ」
「10円だ」
「じゅっ、10円!?」
やけに高いな、と俺は思う。幽々子に二度もご飯を奢ってもお釣りが出るほどだ。
なんでこんなに、と星が続けると、初めて見る物だから珍しい物なのだと思い高価に設定したらしい。まぁ、珍しいというのは間違いではない。
「……しかし、やはりいくらなんでもその値段設定はおかしいんじゃないかい。これは拾った物だろう」
「知らんね。俺はこれをこの値段で売っているだけだ。どこで手に入れたのかは関係ない」
値下げ交渉に応じる気は無さそうだった。ナズーリンも星も、宝塔を諦めるつもりは無いだろうから、店側の判断としては正しい。この分では、もともとの持ち主だと主張しても無駄だろう。
男はあくまで、落とし主と拾い主の関係ではなく、買い手と売り手の関係を貫いている。自分はいわゆる、善意の第三者だと。それが言いたいらしかった。
「……ど、どうしましょうナズ。私、そんな大金ありませんよ……」
「……まぁ、ご主人にその辺は期待していないけど……地上に出てそうそうこの出費は厳しいところだよ。それに、これから人数も一人増えるしね」
一人増える、というのは聖のことだ。
宝塔と、聖。どちらか片方諦めれば、もう一つも諦めているのと同じである。諦めてしまえばある意味で金銭的問題はすべて解決となるのだが、まぁそんな気は無いのだろうなと俺は思った。
こいつらは、何年経とうが聖の復活を待っていたのだ。春が来て、やっと機会が訪れたのだ。こいつらにこんなに想われている聖が、なんだかとても羨ましい。
「こういうのはどうだろう。宝塔の代わりにご主人を置いていき、この店で10円分を働きをしてもらう」
「いったいいつまでかかるんですかそれ!? せめてナズも一緒に残りましょうよ!」
「なんで宝塔を失くしたのはご主人なのに、私も巻き込まれなければいけないんだい」
春である。
冬の寒さを乗り越え暖かくなると、気が緩んでしまいどうもいけない。気が緩むと、財布の紐も緩くなる。シンクロニシティというやつだ。違うけど。
「店のご主人。少々古いが、ここにちゃんと10円ある。これで売ってもらえるか」
「十分だ。まいどあり」
星とナズーリンが、そろって「えっ」、と口にする。先にハッピーアイスクリームと言えたほうの勝ちだ。残念ながら幻想郷にはアイスクリームは売っていない。つーか古いか。
店の男から受け取った宝塔を、右から左へ、そのままナズーリンへと手渡す。星の持ち物だけど、聖が復活するまではこのほうがいい。
「いいのかい?」
ナズーリンか、もしくは星が言うのかと思ったら、店の男にそう訊かれた。金を払ったから気分を良くしたのか。まぁいい。
「アンタは第三者のように見えてたがね」
「一応今もそのつもりなんだが」
「この妖怪のお嬢ちゃんたちのためにかい」
一拍置いて俺は違うよと言った。といっても自分のためとも思えなかったし、聖のためとも違う気がしたので、やっぱり二人のためだったのかなと直後に思った。
しかし、二人の前でそう言うのも照れくさいし、言葉を改めるのも照れくさい。
「誰かのためというと、慧音のためかな。ほら、主人は人間で、こいつらは妖怪だろ。人間と妖怪が問題を起こしたら慧音に申し訳ないと思ってな」
俺はそう言って誤魔化した。店の男は、近くに食べ物でも置いていたのか、何か食べ物を口に含んで、アンタいいヤツだねと言った。
「あの……真、ありがとう。お礼は後で必ずするからね」
店から離れて少しして、ナズーリンが口にする。先ほどは、宝塔を失くしたのはご主人なのになんて言ってたのに、やっぱりいい子だなと俺は思った。移動中でなければ頭を撫でていたかもしれない。
「別にいい。俺が勝手にやったことだ」
「そういうわけにはいかないよ! そうだ、真が何か失くし物をしたときは私が見つけ出してあげようか! ああでも、真はご主人みたいにおっちょこちょいじゃないからなぁ」
思わず笑みがこぼれる。だから別にいいって、と俺は言った。
「それでも、やっぱり真がいてくれたお陰で助かりましたよね! ありがとうございました!」
「星、お前はちゃんと10円返せよ」
「ええっ!?」
ナズーリンも笑った。ああ、よかった、面白かったか。
今のナズーリンの笑顔に免じて半額くらいはオマケしてやろう。そう思った。
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ナズーリンと星に、向こうのほうで一輪が待ってる、と妖怪寺がある方角を伝えた後、二人と別れて俺は紅魔館まで向かった。人里を出るまでは歩いたが、出てからは飛んでの移動だ。
ナズーリンがどうしてもお礼がしたいと食い下がるものだから、そのままにするのもなんだしと、水蜜がどこにいるかを訊いてみて、指差された方角がこっちだった。
紅魔館にたどり着く。今日もなかなかに霧が濃い。辺りを見渡しても、これでは水蜜の姿は見つけにくい。
ただ、これは完全なる予想なのだが、紅魔館の前にある湖の上に水蜜がいるようなそんな気が俺はした。トラである星が山にいて、ネズミであるナズーリンが人里にいて。だったら舟幽霊である水蜜は水辺にいるのではという安易な予想。ゲーム脳だろうか。そういえば最近守矢神社でゲームをした記憶がある。
まぁ、そんな勘だけで湖上に行くのも憚られる。なので念のため、いつも通りの場所にいた美鈴に気配を探ってもらったところ、確かにいつもは感じない気配が一つ湖の上にありますね、だそうだ。便利な能力だな、美鈴。
湖の上を歩く。飛ぶのではなく、歩く。
すごいことができているようでちょっとだけ楽しい。飛ぶことと原理は同じだが。
足をうまく動かさないと歩いてるようには見えない。
霧のせいで先は見えないが、この湖は意外と小さいらしい。なのでここら辺が真ん中なのではないだろうか。そう思われるところに水蜜はいた。
立っていた。湖の上に。歩いてきた俺と発想が同じだ。ちょっと落ち込んだが、すぐに、俺の発想もまだまだ若いってことだなと思い直し喜んだ。
「あれ、真じゃん。どうしたの。海は嫌いなんじゃなかったっけ」
水蜜が俺を見つけてそう口にする。大昔にそういう話をしたが、嫌いなのではなく苦手なのだ。海は広大で、その真ん中に自分が立っていると考えたらとても寂しく思う。だから、好きじゃない。
嫌いという表現はマイナスな感じがする。だから好きじゃないと表現する。どう違うんだよと思う人は多いかもしれない。
突っ込みが遅れたが、そもそもここは海ではなくて湖である。
「湖だって海だよ。水の海と書いて湖と読む」
違うと思う。そもそも字が違う。
じゃあ普通の海のほうは水じゃないのかと訊いたら、そっちのほうは
新たな知識が増えたことに喜びつつ、自分が見当違いのことに突っ込んでしまったことが恥ずかしくて、俺は話を逸らした。
「水蜜はこんなところで遊んでていいのか? 他の連中は真面目に探し物をしてたみたいだが」
「やだなー、遊んでなんかないよ。飛倉の破片が水の中にある可能性だってゼロじゃないでしょ。だったら、それを探すのが私の役目かなって思って」
水蜜は説明がうまい。またもなるほどと思わされた。地底では血の池地獄で溺れて遊んでいたのを見たことがあり、今回もてっきり水場に引き寄せられただけだと考えた自分が情けない。考えが浅い。
「まぁ、真が遊びたいならそれもいいかもね。水死体ごっこでもする? 私は真を水底まで引きずり込む役で」
「遠慮する」
水死体ごっこて。響子の山びこごっこといい、変な遊びが流行ってるな。
その遊びは鞍馬の真さんじゃなくてクレヨンのしんちゃんに任せることにして、一輪が一回集合しようと言ってたぞと水蜜に伝えた。集合場所は、ここでは内緒だ。実際に目の当たりにしたときの水蜜の反応が見たい。
星とナズーリンが妖怪寺を見たときにもどういうリアクションをしたのか、ちょっと見たかったなと俺は思った。まぁきっと、水蜜が一番いい反応を見せてくれるだろうと自分に言い聞かせる。小傘の驚いた顔もなかなかだったが。
「ね、ね、真。誰が一番、飛倉の破片を見つけられたと思う? 意外と星あたりが頑張ってたりしてね」
星の記録はマイナス1だったなと、俺は心の中で呟いた。