東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十三話 星蓮船後

 

 ぬえと小傘を人里に送ったのち、博麗神社に帰りつく。神社の上空では、早苗と魔理沙が弾幕ごっこで遊んでいた。

 見ると、なかなかにいい勝負のようだった。なので二人の邪魔をしないよう、弾幕ごっこの結界を避けて神社の前に着地する。

 

「霊夢、ただいま」

「おかえり、真」

 

 二人の勝負を見ている霊夢が、こちらに目を向けずそう答えた。ずっと上を向いているだろうに、首が痛くなったりしないのはさすが若者。人の目を見て話したほうがいいとは思うが、ほぼ毎日のように顔を合わせている間柄なので強くは言わない。

 

「早苗は弾幕ごっこがうまくなったな。魔理沙と互角に勝負できてるじゃないか」

「魔理沙がスペルカードの数にハンデをつけてやってるのよ。早苗の腕が上達したのは否定しないけどね」

 

 なるほどそうだったかと俺は言う。もう一度見てみれば、確かに、大技が好きな魔理沙が通常弾ばかり撃っていた。少ないスペルカードを温存しているようだ。

 このように、相手が了承すれば、ハンディキャップがついた勝負ができるのも弾幕ごっこの利点である。

 だがまぁハンデはその程度。幻想郷に来て早々、いきなり空を飛べた早苗とはいえ、弾幕ごっこでは魔理沙に一日の長があるらしい。しばらく様子を見ていたが、今回は魔理沙の勝ちで決着がついた。

 

 日が沈み、夜になる。冬は終わったとはいえまだ浅春(せんしゅん)、日が沈むのはまだまだ早い。

 太陽が完全に沈む前に、早苗は守矢神社に帰ってしまった。泊まっていってもよかったのだが、保護者との連絡手段を持たない早苗である。勝手なことをすると余計な心配をさせてしまうようだ。

 

 そんなわけで、魔理沙だけが神社に残っている。たまにフラッといなくなる萃香だが、今日はずっと神社にいたそうで、今晩は四人での夕食である。

 今日の夕食は鍋。寒さの残る今の時期、まだまだ鍋の季節は終わってはいない。飛倉の破片を持ってきた魔理沙のお願いが、「じゃあさ、今日の夕飯はちょっと豪華なのがいいぜ」だったため、具材はそれなりにいいものを選んでみた。

 対して霊夢のお願い事だが、これは最初の早苗と同じく保留であった。まったく、幻想郷の少女たちには欲が無い。それとも俺にできることなんてたかが知れてると侮られてしまっているのだろうか。

 

「ちょっと魔理沙、お肉食べ過ぎ。私のぶんも残してよ」

「今日の鍋は私のために作られたんだぜ? だったら私には好きなように食べる権利があるはずだ」

 

 いつもはキノコを中心に食べている魔理沙だが、少々値が張る肉の魅力には勝てなかったようで、霊夢と取り合いになっている。

 

「魔理沙、肉もいいが他のも美味しいぞ?」

 

 そう言って俺が、こちらもまた少々値が張る豆腐を魔理沙の皿に入れてやる。すると魔理沙は、豆腐は熱いだけで美味しさがいまいち分からないぜと駄々をこねた。

 なるほど、魔理沙はまだ熱さの魅力を知らないお子様のようだ。魔理沙のために作った夕食なのだから勿体ないと、俺はアツアツの豆腐に変化の術を掛けてみる。見た目変わらず、程よく冷めた豆腐の出来上がり。

 

「ほら、喰ってみろ。熱さが楽しめるよう工夫があるから」

「熱さなんて口の中の皮がめくれるだけで、そんないいもんじゃないと思うんだが……いやまぁ喰うけどさ」

 

 しぶしぶと豆腐を口に運ぶ魔理沙。なんだ、そんなに熱くないじゃんと豆腐を飲み込んだ丁度そのとき、変化の術が解除された。

 変化の術で変えられた物体は、ダメージは引き継ぐが温度は元に戻る。魔理沙の腹の中では豆腐は再びアツアツの状態に戻ったのだ。

 

「うわ、なんだ!? 腹ん中からじんわり熱が…… おおお、なんか、なんか凄い」

 

 ふふふ、どうだ。口の中だと攻撃でしかない熱さが、腹の中だと心地よさに変わっているだろ。味とも食感とも違う、これが熱い食べ物の魅力である。

 もっかいだ! と再び豆腐を取るように俺に言う魔理沙を見て、お願いごとは満足な結果にできたかなと一息ついた。

 

「あーうん、豆腐も美味しいねぇ」

 

 萃香は熱さに(ひる)むことなく、普通に豆腐を食べていた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 それから二日後の昼下がり。春暖気持ちいい今日この頃。

 魔理沙は遊びに来ておらず、萃香はどこかへ出かけていったのか見当たらない。霊夢と二人で神社にいるときのことだ。

 

「ねえ真。まだ私、真にお願い事を聞いてもらえる権利を使ってなかったわよね」

 

 ようやく霊夢のほうもお願い事が決まったようで、こんなことを言ってきた。

 

「ああ。霊夢とは同じところに住んでるからか、魔理沙や早苗とは違ってさっさと使ってなかったな」

「それなんだけど、今使うわ。なんか今朝から耳の奥がガサガサしてて気になるの。悪いけどちょっと見てくれない?」

 

 なんとまぁ、早苗、魔理沙に続きこちらも欲の無いお願い事なことで。もう少しわがままを言ってもいいんだけどなと俺は思う。

 使っておかないと勿体ないしという気持ちがひしひしと伝わってくるお願い事であるが、頼まれたのだからしょうがない。変化の術で耳かきを作り出しつつ、俺は霊夢の前に座りなおす。正座ではなく胡坐である。

 

「さ、どっちの耳だ、見せてみろ」

「どっちも」

 

 ああ、確かにそれはうっとうしいかもしれないな。そういうのは一度気になるととことん気になるものだ。俺は二つ折りにした座布団を脚の上に敷きながら頷いた。

 

「……邪魔」

 

 座布団を跳ね除けながら俺の脚へ頭を乗せる霊夢。枕の高さにはこだわるところがあったらしい。一緒に住んでいて、これは新しい発見だ。

 

 耳の中を見てみると、取り立てて大きな耳垢は見当たらなかった。

 が、大きくなくとも鼓膜のすぐそこならば存在感を放ってくるのが耳垢である。内壁を傷つけない程度に、念入りに掃除を進めていく。

 反対側も同様で、もしかしたら大物が取れるかもと思ってた俺には肩透かしではあったが、それでも耳掃除を続けていると、いつの間にか霊夢は眠ってしまっていた。

 耳掃除は、されているほうはやることもないし退屈なのだろう。それにしても耳の中をゴソゴソとやられて眠れるものなんだなと感心した。

 

 目を閉じて、すうすうと寝息を立てる霊夢。それ以外の音は聞こえず、しばし神社に静寂が訪れる。眠る霊夢の様子を見ていると、頬をつつきたい衝動に駆られたが、それは我慢した。

 

「……ちっ、誰か来たわね……」

 

 霊夢に(なら)い俺も目を閉じて静寂を楽しんでいたら、外からかすかに音がした。聞き間違いかとも思ったが、その音で霊夢も目が覚めたようだ。俺の硬い脚なんかを枕代わりにして寝ていたら、そりゃあ眠りも浅くなる。

 ただ、起きたばかりでまだ動きたくないのだろう、霊夢は体を起こそうとしない。

 すると今度は、賽銭箱が置いてある方向から、チャリンチャリンと音がした。賽銭を入れてもらえた以上無視はできないと、霊夢は体を起こして外に出る。

 

「さあ、私の素敵な賽銭箱にお賽銭を入れてくれたのは誰かしら。その金額如何によっては、私の大切な時間の邪魔をしたことは許すわよ」

 

 霊夢についていき俺も様子を見てみると、そこには黒い服を身にまとった長身の女性がそこにいた。つい二日前に封印が解けた妖怪寺の僧、聖である。

 

「初めまして。ついこの先日から幻想郷で寺を開山させていただくことになりました、住職の聖白蓮と言います。本日はご挨拶と、そちらの鞍馬真に用があって参りました」

「……真に用?」

 

 振り向いて俺を見てきた霊夢の顔には、警戒心が見て取れた。いつぞやの守矢神社が幻想郷に来たときも実は面白く思ってなかったようで、今回も霊夢は幻想郷に寺が増えると聞いて危機感を覚えたのだと思う。

 もっとも、信仰を集めなければいけない守矢神社の連中などとは違いこちらは取り立てて不都合なことなどなく、強いて言うなら幻想郷に存在する寺社は博麗神社だけであるという小さいアイデンティティがさらに小さくなるくらいなだけなため、霊夢もすぐに落ち着くだろうとあまり気にしないことにした。

 

「よう聖、無事に封印は解けたみたいだな。おかえり」

「ふふ。ありがたいことに、今更ながら再び現世に舞い戻らせていただきました。ただいま戻りましたよ、真」

 

 二日前の、封印が解けたときのことを思い出しているのか、聖は柔和に微笑んでいる。その落ち着いた微笑みには大人の女性の雰囲気が感じられた。幻想郷ではあまり見かけないタイプである。

 封印されてたってことは、それだけ俺と年齢差がついたってことじゃないのかな。差を広げられた気が全くしない。

 

「よく俺がこの神社にいるって分かったな。誰かから聞いたのか?」

「星からです。どこかの神社にいるらしいということを教えてもらいました」

 

 そう言えば妖怪の山でそんなことを話したかもしれない。守矢神社もあるので確率的には二分の一だが、空を飛べるヤツらには大差ない話だろう。

 

「それで、真にはお礼を言いに来ました。先日はどうもありがとう、と」

「はて、なんの話だか分からないな」

 

 俺がそう答えると、くすくすと聖が笑いだす。やっぱりねとでも言いたげな、俺が何を言うのか分かっていた笑いだ。少なくとも俺はそう思った。

 

「いいえ、そっちではありません。今のはナズーリンからの伝言ですよ。なんでも、お買い物のときに真が都合をしてくれたそうで」

 

 ああ、星の宝塔を買ったときの話か。どうやら先ほどの賽銭も、ナズーリンから預かってきたものらしい。直接返そうとしても受け取らないだろうからこうしたんだそうだ。

 

「500文玉が2枚……まぁまぁね」

 

 霊夢が喜んでいるようだから、そのまま受け取ることにする。お小遣いと考えれば丁度いい。

 思えば俺は、賽銭という形だけでしか、霊夢にお小遣いをあげたことがない。

 

「それと真。先ほどのとはまた別にもう一つ用があるんですよ。これも私ではありませんが」

「別の用事?」

 

 はて何だろうと考えていたら、聖のスカートの端から少女がひょこっと顔を出した。ふわふわの緑髪に垂れた犬耳がまず見えて、遅れて見えた体には短い尻尾がついている。

 山彦少女の響子である。小さいがゆえに今までは隠れて見えなかったらしい。

 

 響子は俺の顔を見るなりニパッと笑って、トテトテとこちらに駆け寄ってきた。

 

「やっほー! 真さんこんにちはー!」

 

 やはりというか、これが山彦の特徴なのだろう、元気に挨拶をしてくる響子。初めて見たときもそうだった。

 こんにちはと俺が返すと、響子の尻尾はより一層激しく振れ始める。

 

「真に会いに、なぜかうちのお寺に訪ねて来たので、共にこちらまで来たんです」

「えへへー、約束通り遊びに来たよー!」

 

 そうかそうかと中腰になると、響子は俺の胸の中に飛び込んできた。どうやら頭を擦り付けてくるのが癖のようだ。山彦だろうに、すねこすりみたいなヤツである。

 押されて体勢を崩さないように、響子の体を包むように持ってバランスをとる。

 

「ん~、真さんにフカフカしてもらうの好き~」

 

 二日前に初めて会ったのだから、好きもへったくれもないだろうに。他のヤツがやっても同じなんだろうなと思って俺は苦笑した。

 それでも、今このときにおいては俺を選んでくれたんだから、束の間の優越感に(ひた)らせてもらおう。

 

「うーん。こうして会えたのも縁ですし、あの子もうちのお寺で修業でもと考えていたのですが、随分と真に懐いてる様子ですね。それならば、真の住むこちらの神社に預かってもらうのも一つの手かもしれません。どうでしょうか? 博麗の巫女さん」

「どうもこうも、お断りよ。これ以上神社に妖怪の居候を増やす予定は無いわ」

 

 そのままの状態で響子の頭を撫でると、垂れた耳がぴょこぴょこと動く。かわいい。

 

「そうですか。それでは逆に、真もあの子も、うちのお寺で預かるというのはどうでしょう? どうやらそちらは妖怪がいることで人間の参拝客が減る心配をしているようですから」

「真は別に、人里でもうまくやれてるしそれなりに知られているから、神社に残ったままでいいのよ」

 

 見ると、霊夢と聖がなにやら話に花を咲かせていた。盛り上がってるみたいだが、いったい何を話しているのか。

 巫女と住職、それぞれどういう役割があるのかは知らないが、似たようなイメージの役職であるこの二人は、意外に相性がいいのかもしれない。

 

「お前ら、話すなら中でしたらどうだ。立ったままってのも疲れるだろ」

 

 そう誘ってみたのだが、聖はもう帰ってしまうのだと言う。封印が解かれ、幻想郷に新しく寺を始めるとなると、いろいろとやることがあるようだ。

 

「それでは、また。今日のところはその子をよろしくお願いします」

「別に連れて帰ってくれていいんだけど」

 

 聖が去り、響子が残る。

 私も遊んであげるからこっちに来なさいと霊夢が言ったので驚いた。意外にも面倒見はいいようだ。

 霊夢は椛のことを認めていたりもするし、猫派ではなく犬派なのかもしれない。

 

 

 

 霊夢と響子が遊んでいるのを眺めていたら、いつの間にか夜になる。響子は帰り、霊夢は遊び疲れたのか早めの就寝。昼寝もしていたはずなのによく眠る。

 

 俺はひとり境内に座り空を見上げる。月が出ているためか十分明るい。春の月のことを朧月と言うらしいが、どの辺が朧なのだろうか。

 分からないが、まぁこういうのが風流なのだろうと、雰囲気を肴に酒を飲む。

 

「あれ、真が飲んでるなんて珍しいね。どういう風の吹き回し?」

 

 飲んでいると、萃香が来た。酒の匂いに釣られたか。

 虫が光に群がるように、酒を飲んでいるとすぐに鬼がやってくる。

 

「別に。飲みたい気分だから飲んでるだけだが。そういうときだってあるだろう」

「なにかめでたいことでもあったのかい?」

 

 ヤケ酒と言う可能性もあるだろうに、萃香の中では酒=祝い事らしい。

 言ってしまえばそういうことになるのだろうか。聖の復活を祝っているのはそうなのだが。

 

「まぁ、そうだ。ほんとは大勢で飲みたいところだが、連中は酒が飲めないからな」

 

 当然、妖怪寺の連中のことである。地底では般若湯と称してたくさん飲んでいた連中も、聖の前ではそんな言い訳はできないと思う。

 

「しかし、異変の後には宴会っていうのが幻想郷の決まりみたいなもんだし、せっかくだから一人こうして飲んでるってとこか」

「ふーん。じゃあこうすれば二人だね」

 

 俺の横に萃香が座る。座って、持っている瓢箪の中の酒を飲む。

 つられて俺も酒を一口飲んでから月を見た。

 

「まぁあれだよ。飲めないっていう連中も今の私たちのように月を見てるならさ、一緒に飲んでるのと同じだと思う」

「へえ。萃香はいつも夜中に飲むときはそんなことを考えて飲んでるのか」

「いや別に」

 

 月の模様は女性の横顔にも見えるというが、そうは見えないなと俺は思った。

 

 


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