東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十五話 こおり鬼

 

 人里の、慧音がやっている寺子屋にて。子どもたちの間では今、『溶かし鬼』と呼ばれる遊びが流行っている。

 溶かし鬼とは、鬼と呼ばれる役割の人間を何人か決め、その人間の手のひらによる接触を凍結とみなし動けなくなり、逆にそれ以外の人間の接触を炎による凍結解除とみなして動けるようになる、という条件のもとで、複数人でやる遊びのことだ。

 鬼の勝利条件は全員を凍結させることで、それ以外の人間は制限時間内に逃げ延びることができたら勝ちとなる。

 ちなみに鬼以外の人間のことを、子どもたちの間ではもこたんと呼ぶ。これは遊びを考えた子どもたちが妹紅に憧れたことに由来していて、炎の能力を持つ妹紅が転じて、凍結を溶かす役割をそう呼ぶようになったのだそうだ。そう慧音から聞いた。とりあえず、軽々(けいけい)に子どもの前で能力を見せるなと妹紅に言いたい。

 まぁつまるところ溶かし鬼とは、幻想郷の中でのこおり鬼みたいなものである。

 

 そんな溶かし鬼とやらの遊びに時々俺も参加させられるのだが、正直言って子どもはズルい。

 鬼として基本的に俺が選ばれる程度ならまだかわいいものだ。子どもと大人は違うのだから、その程度の役割はやってやる。

 凍結したふりをして実は動けたりする、なんてのもいいだろう。そういうのも作戦のうちであり、ルールにはなんら抵触してない。

 

 だが、凍っているのにちょこちょこ動くのはいかがなものか。早く助けてもらって動き回りたい気持ちは分からなくもないが、それだとこの溶かし鬼の醍醐味が薄れてしまうと思うのだ。いやまぁ、遊びの名称が『溶かし鬼』なことから察するに、子どもたちにとっての醍醐味は、凍結した仲間を助けるところにあるのだろうが。

 それともう一つ。タッチされてから凍結するまでのラグがありすぎる。俺が触れてもすぐには凍らず、子どもたちは数歩進んだ先で凍結するので、簡単に助け出されてしまうのだ。全力で走る子どもたちに急に止まれって言うのも無理な話だとは、分かるのだけど釈然としない。

 

 ……とまぁ、いきなり長々となんだと思うだろうが、こういう内容の話を紫としたら、紫は何を面白がったか、その遊びを今度は霊夢たちともやる流れになってしまった。それも、子どもたちとやるのとは違う、明確なルールを考えて。

 今回は、そんな溶かし鬼を、幻想郷の少女たちともやってみるという話である。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 博麗神社。今からここでは溶かし鬼が行われるため、それに参加する者と見物する者が集まっている。

 参加するのはまず霊夢に、その友達の魔理沙と早苗。それと俺が連れてきた妹紅に、幽々子が連れてきた妖夢。更にどこから聞きつけてきたのだろうか、文もやりたいとのこと。俺も加えて、計七名でやる遊びである。

 

「溶かし『鬼』、だってさー。幻想郷でも鬼の存在が周知されてきたみたいでうれしいねえ」

 

 見物のために出掛けずにいた萃香が、心底愉快な様子でそう言った。

 今回はその、鬼の役割をするのが俺一人。残りの六人は逃げ役だ。

 溶かし鬼は、鬼とそれ以外の比率が大事である。鬼が多すぎるとすぐ終了してしまうし、逃げ役が多すぎると鬼に勝ち目が無さすぎる。

 鬼一人に対し逃げ役が六人と言うのは少々大変かもしれないが、ルールが厳格化されているぶん妥当だろう。この辺は一度やってみないと何とも言えない。

 

「さあ、全員準備はいい? ルールは理解したかしら?」

「ええと、制限時間は四半刻でしたよね。それまで一人でも逃げ切ることができれば私たちの勝ち」

「そう。逆に、全員凍結させられたら真の勝ちね。それじゃあ結界を張ったフィールドに移動させるわよ」

 

 神社の敷地内でやってもいいが、今回は紫の用意した、障害物の無い空間でやるようだ。

 紫が指を鳴らすと、俺たち七人の足場にそれぞれスキマが開かれる。その移動方法は止めろというに。慣れたくもないのに、毎回やるから慣れてしまった。

 

 霊夢その他も慣れているのか、それとも驚いて声が出ないのか、黙ってスキマに吸い込まれる。

 

「きゃあー!? お、落ちるー!」

 

 ただ一人早苗の声だけが、吸い込まれる最中に聞こえてきた。

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 紫が用意した空間は、楕円と長方形の中間のような、学校の校庭を思わせる広さと形だった。高く飛ぶのは禁止されているため、ある一定の高さ以上は超えることができない仕組みだ。

 さすがに空まで逃げられたら、鬼としてはたまったものではない。

 

「あー! なにやってんだよ文、ちゃんと逃げろよな!」

「す、すいませーん! 捕まっちゃいましたー!」

 

 それでもやはり一番厄介なのはスピードのある文である。フィールドが限定されているのを利用して端に追い詰め、まずは文を凍結させることに成功した。

 

「う、うわーすごいですね紫さんの結界! 本当に、真さんに触れられたら全く動けなくなりました!」

 

 この場における溶かし鬼のルールその一、俺に触れられたら問答無用で停止する。

 詳しい理屈は分からないが、紫が結界にそういう術式を組み込んだのだと言っていた。こいつらだってわざとルール違反はしないにしても、こういう仕組みがあるのはとてもいい。

 ただ、ずっと固まっているのも退屈だろうし、意識を失くしていたら戦況がどうなっているのか分からないため、首から上は動かせるようだ。それ以外は力を込めても動かないが。

 

「うわー! 本当に動けない! どうしましょう、これでは真さんに変なことされても抵抗することができません!」

「だれがするか」

 

 つまり口だけは動かせるということで、凍結したヤツは言葉で妨害ができるのである。文は動けなくなっても厄介だな。

 文の言葉に執着しないように気を付けつつ、俺は新しいターゲットを探す。遠い位置にいるヤツなんて狙ったらその間に文を救出されてしまうので、必然的に一番近いところにいるのが対象だ。

 

 現在一番近くにいるのは魔理沙のようで、好都合だなと俺は考えた。文の次にスピードがあるのはおそらく魔理沙であるからだ。

 文に近付く者がいないか注意もしつつ、今度は魔理沙を追い詰めていく。

 

「うお、次は私か…… くそっ、来んな!」

 

 文とはまた別の(かど)に追い詰められ、持っている箒を振り回す魔理沙。当たったら危ない。が、ここは一つ当たっておこう。

 

「へ? な、なんでだ! 動けないぜ!」

「ルールの理解が足りてなかったな。箒も体の一部だろ」

「あ……」

 

 この場における溶かし鬼のルールその二、双方が触れたと認識したときのみを、この遊びにおける接触と定義する。要は、触られたと思ったらアウトってことだ。

 服や髪の毛に(かす)るだけでも意外と知覚してしまうもので、今回の魔理沙は箒を通して触れられたために凍結したというわけである。

 そのため鬼側も手のひらという制限などは無く、例えば蹴りを掠らせるだけでも有効になる。この部分は、カバディ、というスポーツを知っていれば分かりやすい。

 

 また、そのルールに伴い、俺は変化の術で大きくなるのは禁止となっている。空間内を埋め尽くすくらいに変化で巨大化するなどすれば、容易に捕まえることが可能だからだ。

 尻尾で触れるのは禁止されていないが、これもできるだけ使わないつもりである。

 

「あと四人か」

 

 文と魔理沙のちょうど間くらいに立ち、俺は残りの連中を見る。当然だが、凍ったヤツは鬼でも動かすことができないので、文と魔理沙を一カ所に集めるのは不可能だ。できたらさすがにズルすぎる。

 

「おーい、霊夢ー! 助けてくれー!」

 

 魔理沙が助けを求めているが、霊夢はこのまま逃げ切るつもりでいるようだ。助けようとするというのは、リスクを冒すことに等しい。一人でも逃げ切れば勝ちなのだからそれも一種の作戦だろう。

 しかしながら早苗と妖夢は反対に、助け出す方向で作戦を考えているらしい。

 

「文さんに続き魔理沙さんまで…… くそう、どうにかして二人を助け出さなければ……」

「そうですね…… でも真さんの移動速度を考えると、これはなかなか厳しいですよ。ギリギリで救出できたとしても、すぐに捕まってしまうでしょうから無意味ですし……」

 

 少しだけこちらに近付いて、早苗と妖夢は相談を始める。なかなかに珍しい組み合わせ。早苗は幻想郷に来てまだ間もないというのに、冥界にも知り合いがいるなんて驚きだ。

 

「あ、その前に、どうも初めまして。私は東風谷早苗と言います。妖怪の山にある守矢神社で巫女をやってます」

「あ、これはどうもご丁寧に。新しい神社のことは存じてましたが、こうして話すのは初めてですね。私は魂魄妖夢と言います」

 

 違った、今回が初顔合わせだった。宴会などで一緒になったこともあるだろうが、この二人は自分の陣営にいるからなぁ。

 

「妖夢さんは今回のように、霊夢さんや真さんとよく遊んだりするんですか?」

「そ、そうですね、数える程度には。今回は、私の仕えている(あるじ)……幽々子様の命令で来たんですけどね。負けると罰として、作るお夕飯の量を増やされるので必死ですよ」

「そうですか! 私も守矢の神の期待を背負ってここにきてますから、情けない勝負はできないんです!」

「なるほど……そちらも大変なんですね」

「いえいえ、そんな。聞いたところによると霊夢さんも負けたら修行の量が増えるらしくて……」

「……おい、お前ら、隙だらけなんだが」

「「えっ?」」

 

 初顔合わせの二人が仲を深めている隙に、二人まとめてタッチする。首から上は凍結しない設定で良かったなお前ら。そうじゃなかったら多分、間の抜けた顔で固まってしまうとこだった。

 

「アホー! お前ら何やってんだー!」

「うぐっ……」

「ご、ごめんなさーい魔理沙さーん!」

 

 後ろから魔理沙の怒声が飛んでくる。お前の捕まり方もなかなか間抜けだったと思うんだが。

 まぁいい、こうして二人まとめて凍らせられたのはでかい。残るは霊夢と妹紅だけだ。

 更に言えば位置もいい。フィールドの半分、妖夢と早苗の位置を境に凍結したヤツが全員いる。あとはこの陣地に侵入されないように二人を追い詰めればいいだけである。

 

「妖夢さん。霊夢さんともう一人、残っている方の名前ってなんでしたっけ」

「え、妹紅さんのことですか?」

「妹紅さんですか、分かりました。霊夢さーん! 妹紅さーん! 頑張ってー!」

 

 首だけ動かして霊夢たちの方向を見る早苗。その体勢でよくそんなに大きい声が出るものだ。というか妹紅とも面識がなかったのか。

 

「はは、なんかあの子元気だな」

「早苗っていうのよ。声が大きいけど、まぁ悪い子じゃないわ」

 

 霊夢と妹紅が近くにいる。二手に分かれてしまう前にさっさと追いつめたいところ。

 相談する隙もあたえないように、俺は二人に向かって直進する。

 

「! 来たぞ、霊夢どうする!」

「私に考えがあるわ! ひとまず私と同じ方向に!」

 

 二人が並んでこちらに走り寄ってくる。まずは早苗と妖夢を助ける腹積もりなんだろう。きっと俺の目の前で二手に分かれることで、狙いを分散させ片方を生き残らせる策と見た。

 ……いける、まだ間に合う。こちらも霊夢たちとの距離を詰めてしまえば、二手に分かれたところで一人ずつ捕まえる余裕はある。

 

「妹紅はこのまま真っ直ぐ行って!」

 

 手前にいる霊夢がそう言った。霊夢だけ方向転換するということか。

 それならばまずは霊夢の動きに注視しよう。妹紅は後から追って捕まえればいい。

 霊夢がどちらに曲がってもいいように身構えていると、果たして霊夢は急角度で進路を変更した。この動きは想定済みだ。

 

「そうはさせるか!」

 

 予定通り、まずは霊夢から。そう思って霊夢を追おうとすると、霊夢は今度は俺に向かって方向転換してきた。

 

「今!」

 

 霊夢が俺に向かって体当たりをかましてくる。瞬間、凍結する霊夢。手で触れなくても凍ってしまうのは先ほど説明したとおり。

 しかしながら勢いよくぶつかられてしまった俺のほうはそうもいかず、数尺ほど弾き飛ばされてしまった。

 

 体勢を立て直しあわてて追いかけるも、最短距離で飛んでいく妹紅。捕まえたときには早苗も妖夢も動けるようになっていた。

 

「やった、動ける! 妹紅さん、ありがとうございます! 後で助けに来ますから!」

「妖夢さん、二手に分かれて魔理沙さんと文さんを助けましょう!」

 

 早苗と妖夢が、それぞれ魔理沙と文を助けに行く。しかしどちらも追うことはできない。下手に深追いしてしまえば、今度は霊夢と妹紅まで解放されてしまう。

 

 最初に凍結させた四人と、生き残っていた二人。立場は逆転して、動けるようになるのは四人となる。

 一度捕まった者でも動けるようになるのが溶かし鬼の面白いところだが、鬼の立場からするとキツいんだこれが。せっかくの頑張りが水の泡になった気がして。

 

「くそ、やられた。まさか鬼に捕まらないよう逃げる遊びで、鬼に向かってくるとはな」

「なまじ元の遊びを知ってるせいか、私にもその発想は無かったなぁ…… っておい真、頭撫でるな。こっちは凍って動けないんだ」

 

 気を落ち着かせて、隣で凍っている妹紅の頭に手を乗せる。

 やっと動ける、と喜んだ反応を見せる魔理沙たち。助けてくれた霊夢たちを、今度はどう助けようかと相談を始める早苗たち。それらを見て、悔しいと思う反面、仲が良くて何よりだと思う自分がいた。

 チームワークの大切さが理解できる点で、溶かし鬼とはなかなかいい遊びなのかもしれない。その場合、鬼は取り残されるわけだけど。

 

「おい、だから撫でるなって。見られてる、見られてるから」 

 

 どうやら動ける四人組が、いかにして霊夢と妹紅を助けたものかとこちらの様子を窺っているようだ。妹紅の言葉で俺は気を引き締めなおす。

 敵を心配するとは妹紅もまだまだ甘い。そこがいいところでもあるけれど、俺に対して遠慮は無用だ。

 

「あやや……それにしても霊夢さん、体当たりとは考えましたね。弾き飛ばすのに失敗したらしたで、今度は凍った自分が障害物になれますし。……ん、待てよ? そうだ、いいこと思い付きました!」

 

 そうこうしていると、文が俺の目の前にやってきた。しかもたった一人で、だ。

 実のところ、寺子屋にもたまにこういう子どもはいる。タッチしてみろー、と不用意にこちらに手を伸ばし、寸でのところで避けるスリルを楽しむのだ。

 俺相手にそんな真似をしようものならすぐに捕まえてみせるのだが、今回やっているのは文ときた。スピードも、反応速度も並でない文は、煽る立場としてはうってつけである。

 

「へへ~、真さ~ん♪」

 

 ニマニマと、やらしい笑みをしながら近づいてくる文。子どもとは違うのだからもしかすると囮なのかもと思ったが、魔理沙妖夢早苗の三人に動く気配は見当たらない。

 

「協力なんていらないんです。私一人で真さんをどうにかできる策を思い付いちゃいましたから」

「ほう」

 

 そう言うならその策とやらを見せてもらおうと、俺は妹紅を防ぐように立ちはだかった。もしかすると霊夢のほうを助ける可能性もあるので、そっちの意識も忘れない。もし文が後ろに下がるならば、そのときは深追いはしないつもり。

 

「それじゃあ、そろそろ、行きます、よっ!」

 

 文が動く。

 左右に後ろ、どこに移動しても対応できる予定だったが、文が選んだ選択は『前』だった。正直に妹紅を助けに来たか。

 しかしまぁ、真っ正面に突っ込んで俺を抜けるとは文も思っていまい。なにかしら動きがあるはずだ。

 となると。

 

「上を抜く気か!」

「いいえ下です!」 

 

 屈んで、タックルでもするかのように、文が俺に向かって突っ込んできた。

 霊夢のように俺を弾き飛ばすつもりでいるのだろうか。だとしてもそれは複数で動いてなければ意味が無い。

 

 意図を計りかねていると、文がそのまま俺に抱き着いてくる。まるで子どもがじゃれついてくるように。

 必然的に固まる文。なんだ? 自分から捕まりに来たのか?

 

「どーん! 真さん捕まえた~!」

 

 心の底から楽しそうな様子で文が言う。

 いやいや、これはそういう遊びじゃないから。タッチされたらタッチし返すもんじゃないから。

 あきれた風に俺が言うと、分かってますよと文が返す。

 

「鬼が全員に触れて凍結させる遊びでしょう?」

「そうだ。俺はあと四人捕まえる必要があったのに、文が自ら捕まりに来たから残りは三人でよくなったな」

「それで、真さんは残り三人を、この状態からどうやって捕まえるおつもりで?」 

「……? ……!」

「気付きましたか。これぞ名付けて、凍結の輪(フリーズ・リング)!」

 

 ここまで言われてようやく、俺は自分の体が動かせないことに気が付いた。

 凍ったのではない。文が俺を締め付けた状態で固まっているために抜け出せないのだ。

 妹紅や霊夢を救出されまいと、文の接近を許してしまった俺のミスである。早いところこちらから触れていればこんなことにはならなかったのに。

 

「このまま制限時間が来るまで、真さんは私とこのままですね~♪」

「やるじゃん文! よし、今のうちに霊夢たちを助けようぜ」

 

 文の腕は見事に俺の腰回りに巻き付いており、上からも下からも抜け出せない。そんな俺を横目に魔理沙は、悠々と霊夢のところまで歩いていく。

 

 万事休す。何か打開策はないものか。必死に脳を動かすが、何もいい案が浮かばない。

 

「さぁさぁ真さんどうしますか? 降参しかないと思いますが、降参されては面白くないです」

「……くそぅ、この手は使いたくなかったが、俺も負けたくは無いからな…… 文、目を閉じろ」

「え、なんです急に。大胆ですね」

 

 てくてくと、魔理沙は着実に霊夢のところまで歩みを進めていく。箒に跨がって飛んで行かないのは、タッチするのが難しいからだろうか。箒が無くても飛べるだろうに。

 ともかく、魔理沙が油断してくれているうちに急がねば。

 

「真さん閉じましたよー。おっと、こうして口を動かすのは野暮でしたか? こういうのは雰囲気が大事ですもんねー」

 

 文が目を閉じたのを見計らい、俺は変化の術を掛ける。文にではない、自分にだ。うまく変化の術を使えば、この現状を打破できる。

 つい先日に似たようなことがあったためこの方法はすぐに思いついた。

 

「……ってあれ、真さんいない!」

 

 俺が文の腕から抜け出した方法。変化の術の使い方とは。

 

「きゃあっ!? ら、藍、大丈夫!? 鼻血がたくさん出てるわよ!? どこかぶつけた!?」

「だ、大丈夫です…… こんなこともあろうかと……輸血してきました……! 事前に……!」

「よくこんなこともあろうかと思ったわね!?」

 

 そう、ちょうど先日、藍に掛けたものと同じもの。小さい姿になるための変化である。

 できればこれはやりたくなかった。しかし抜け出す方法があるのだから使わないわけにはいかない。

 

 どこからか声が聞こえてきたが、紫たちが観戦している声だろう。というか藍も見てたんだな。

 

「よーし、これで霊夢も救出だぜ。ほい、タッ……あ?」

「残念、俺のタッチのほうが先だったな」

「え、真!?」

 

 まるで無警戒だった魔理沙の肩に、俺は後ろからタッチする。固まった魔理沙が首だけで振り返ったところを、俺はいつもの姿で手を振った。

 

 既に俺は、小さい姿から元に戻っている。変化の術を使っていたのは抜け出す一瞬だけだ。あんな姿で長いこと放置できるわけがない。

 それでも霊夢には見えていたようで、何が起きたんだと目を丸める魔理沙に、変化の術で小さくなったのよと教えていた。

 

「変化は使用禁止じゃねーのかよ!」

「禁止したのは変化の術で大きくなることだ。小さくするのは禁止されてないだろ」

「くぅ、またルールの微妙なところを突きやがって……」

 

 魔理沙も凍らせ、残るは妖夢と早苗である。

 この二人も霊夢たちの救出に向かっていれば一味違う展開になっていただろうが、もう時間は戻せない。なんだかんだこの二人も油断していたということだろう。

 

「あ、あわわわ、妖夢さんどうしましょう、一転して私たち不利な状況に……」

「そ、そうですね、先ほど霊夢さんや文さんが取った方法は、二度目は通用しないでしょうし…… ここは私がこの刀で真さんを斬るしか」

「魔理沙さんが箒を掴まれて凍ったのを忘れたんですか!?」

「そ、そうでしたー! わー真さんが来てる!」

「ちょっ、真さんタイムタイム!」

 

 捕まる寸前にタイムとか、子どもかお前ら。いや子どもなんだけど、そんなもの当然却下である。

 相談する時間も与えず二人を追い詰め、まず早苗。最後に妖夢を凍らせて、俺の勝ちで決着がついた。

 

「な、なにやってんのよアンタらー! もうちょい根性見せなさいよねー!」

 

 一回だけしか捕まっておらず、その一回も自己犠牲の結果であった霊夢が、文句を言いながら帰りのスキマに吸い込まれていった。

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

「真、今回の遊びはどうだった?」

 

 戻って、博麗神社。紫が俺に、溶かし鬼の感想を求めてきた。

 

「ああ、なかなか楽しめた。子どもの遊びでもルールを明確に決めると面白いな」

「そう、それは良かったわ。あの結界の設定、意外に大変だったのよね。時間がまだ余ってるし、このあともう一戦やってみる?」

「いや、やめとく」

 

 思いのほか楽しめる遊びであったがなかなか疲れた。なんとか勝てたが次はそうはいかないだろう。そう思い俺は遠慮する。

 

「今回は霊夢たちが慣れてないからなんとかなったが、一対六は鬼に不利すぎる。……それに」

「それに?」

 

 紫が俺の台詞を繰り返す。

 俺は一度軽く周囲を見渡してから言葉を続けた。

 

「こいつらも結構疲れてるみたいだしな」

 

 死屍累々。

 紫の設定した『俺に触れられたらその場で固まる』というものは、霊夢たちの体に多大な負担をかけたらしい。

 また、固まった状態でも首だけ動かせるのもよくなかったようだ。いつもの調子で後ろを振り向こうとしてしまったら、ゴキリ、って具合。

 そんなわけで神社の床には、瀕死の連中が転がっていた。

 

「うう、首が……首が痛いんだぜ……」

「あやややや、真さんが逃げたときに無駄にキョロキョロしたせいでしょうか、首が……」

「全力で逃げてる最中に運動エネルギーをむりやりゼロにされるとこうなるんだな……いてて」

「……首も、体も、痛い。膝枕……」

 

 ……まぁ、なんだ。今回の失敗は、次回の成功に繋がるということで、ここはひとつ。

 まずは首も体も痛めている霊夢にでも変化の術を掛けて、片方の痛みを無くしてやろう。

 

 

 

「……私たち、あっさり捕まったお陰か大丈夫でしたね妖夢さん」

「……そうですね。私なんて最後に捕まったから、早苗さんよりもダメージすくないです……」

 

 

 


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