東方狐答録   作:佐藤秋

126 / 156
第百二十六話 ○○異変①

 

 結界の様子がなにやらおかしい。と、そう紫がボヤいているのを聞いたのは、つい最近のことだったか。

 

 幻想郷に住んでいる者なら誰しも知っていることであるが、幻想郷の周りには博麗大結界という巨大な結界が張ってある。主に紫と霊夢によって張られている、時代の流れに流されない仕組みを担う結界。この結界があるがゆえに幻想郷は外界の影響を受けず、妖怪は己を存在させる力を失わずに済んでいる。

 

 その結界に関して、なにやら様子がおかしいとのこと。

 最近では毎日のように紫の姿を神社で見かける。長いこと霊夢と話もしているようだ。

 

 俺は結界術には明るくない。紫たちの話を横で聞いていて、分かるのは『どこからか力が加えられて結界が不安定になってるのかも』って部分くらい。それが分かったところで大した力になれそうもない。

 

 そもそも幻想郷は、紫が自分で創りたいと望んでできたものだ。問題が起これば解決するのは紫自身であり、俺が無闇に手を貸すものではない。

 

 そう考えた俺は早急に思考を切り上げ、無関係を装うのだった。

 水面下で、未曾有の危機が進行しているなんてことに、まったくと言っていいほど気付かないまま。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 紅魔館まで足を運び、大図書館に訪れる。

 事前に連絡なんてしていないのに快く受け入れてくれるのが紅魔館の、ひいては大図書館のいいところだ。パチュリーやこあにだってやりたいことがあるだろうに。もとより邪魔をする気は無いのだけど。

 

 適当な本を手に取り中を見てみると、そこには見たことのない文字がびっしりと書かれている。パラパラとめくってみたが読める気がしない。パタンと本をさっさと閉じた。

 結界術についてなにか詳しい本でもないかなと軽く思った結果がこれである。自分の知らない分野に対して興味本位程度で手を出すものじゃない。

 

 俺の一連の動作をどうやらこあが見ていたようで、あまり不用意に本を開かないでくださいと注意された。どうもこうも、本を開いた者の力に反応して魔法を発動させる本もあるとのこと。危険な魔法だったらどうなってたことか。

 素直にそうだったのかと驚いてみせると、こあは誇らしげな様子になった。まだまだこの図書館の本においては私の方が先輩ですから、らしい。俺が追い越す予定は、無い。

 

 

 

 今度は人里のほうにも足を運ぶ。

 紫が幻想郷を覆う結界について何やら大変な思いをしているのも知らず、人間たちはいつも通りの生活を送っている。俺と同じ。

 

 慧音と阿求が談笑しているところに偶然出くわし、挨拶ついでに話の種として、幻想郷にかつてあった異変のことに訊ねてみた。博麗大結界の異常に類する話を聞ければと思っていたのだが、そんな異変は無いと言う。この二人が言うなら間違いないか。

 

 それでも一応ちゃんと調べておこうと、阿求がよく行くという貸本屋を訪ねてみる。試しにあまり需要の無さそうな棚の本を一冊開いてみると、またもわけのわからない文字が書いてあって読めなかった。こんなんばっかりか幻想郷の本置き場は。

 店番、もしくはお手伝いだろうか。貸し出し台に座っていた女の子がクスクスと笑うのを見て、今の俺みたいなのがたまに来るんだろうなと思った。

 この子にはこの本を読めたりするのだろうか。だとしたらすごい。

 

 借りる予定もないのに長居するのも悪い気がして、そそくさと店を出た。というか長居しなくても、借りていかなかったら冷やかしだな。一冊くらいは借りればよかったかもしれない。

 

 

 

 妖怪の山のほうの穴から地底に入り、地霊殿に行ってみる。 

 地霊殿には書庫がある。実のところ、あんな子どもみたいな見た目をしておいて、さとりは結構な読書家だ。まぁ読書をする姿は似合っているとも思うのだけど。

 

 本棚から一冊手に取り目を通してみると、こちらは問題なく読めた。

 どうやら推理小説のようだった。ああ、実際さとりが事件に立ち会ったら心を読んですぐに解決してしまうだろうしな。推理する楽しみは読書でしか味わえない。納得である。

 

 なんにせよ、読めた、読めたぞ。喜んでいると、さとりが声をかけてきた。当初の目的と変わってませんか、と。

 そんな気もするが、俺の思考はこんなものだ。すぐに脱線するし、とっちらかっている。

 さとりもこんなヤツの心を読むのは疲れるだろうな。そう思った。

 

 

 

 妖怪寺。そこへ向かう途中の、通り道にもなってる長い墓地。歩いていると、驚けー! と言いながら小傘が現れた。

 ファーストコンタクトもここだったし、もしかしていつもこの墓地にいるんだろうか。そう思っていると、別のほうからも驚けーと声が聞こえてくる。小傘が増えた。いや違った、響子だった。

 

 どうやらこの二人、今は妖怪寺の一員になっているようで、妖怪としての修行のために、人間を驚かせたり襲ったりしているらしい。

 いいのか、それで。確かに妖怪の本分ではあるが。

 まぁ聖が言うならいいんだろうなと思い、寺としての仕事をちゃんとしているようで安心する。修行させるのも寺の役割の内だ。

 聞くところによると妖怪寺は、この墓地の管理もしているようで、人里の評判はかなり高い。そういう方面でも需要があったということだろう。

 

 対して、幻想郷に元からある博麗神社は、賽銭をねだる以外に何をしてるというのか。考えてみたら、異変解決と結界の維持だったな。今まさに頑張っている最中だった、失敬失敬。

 

 

 

 残る寺社である守矢神社にも行ってみる。こちらの神社は何をしてるのかと言うと、信仰を集めるためにいろいろしている。

 結構前からこの神社の連中は、外の世界の知識と機械いじりが好きな河童を利用して、妖怪の山に技術改革を起こしていた。

 電気も、水もある。神社の裏にはきゅうり畑もある。

 守矢神社でしかできないこともあったりして、ここに来るのは結構楽しい。でもテレビゲームの置いてある神社ってどうなんだろうか。 

 

 最近では妖怪だけでなく人間も信仰させる対象にしたいらしく、早苗が人里に行っては話をしている。これで信仰が増えるかは知らない。でも結構聞いてくれる人はいるようだ。

 

 早苗はかわいいから変な虫がつかないか心配だよ、と諏訪子。そのかわいい外見を利用して人間の信者を増やそうとしている保護者が、何を言っているのやら。

 

 

 

 天子や衣玖が住む、妖怪の山よりも高い空の上、通称天界にも訪れてみる。またの名を非想非非想天とか有頂天とか。ここに来るのは初めてだが、来ようと思えば来れるものだ。

 来たはいいがどうしたものかと悩んでいると、衣玖がいた。数少ない知り合いにすぐ会えるとは、俺の運も捨てたものではない。天子は一緒ではないようだ。

 

 衣玖と世間話をしてみると、天子が屋敷を抜け出して地上に行ってしまうということを聞く。わんぱく具合は健在みたいだ。まぁ子どもはそれくらい元気のほうがいい。

 しかし今、地上の博麗神社では、霊夢は仕事の真っ最中。だから邪魔はさせないでくれよと俺が言うと、衣玖は頑張りますと苦笑した。

 

 どうでもいいが、衣玖は立ったまま話をするときは腰に手を当てるのが癖らしい。俺も着物の袖に腕を突っ込んで話す癖がある。衣玖のほうはなぜだかよく似合っている気がするので問題は無いが、俺のこの話し方は失礼なんじゃないのかなとちょっと不安に思った。

 

 

 

 太陽の畑に顔を出してみると、幽香の他に、妖精たちが目に付いた。チルノや大ちゃんなど、博麗神社でもよく見かける妖精たち。今ここで遊んでいるのは、神社だと霊夢や紫の邪魔になってしまうからだろう。

 

 幽香が大ちゃんの髪に花の飾りをつけてあげていて、その様子を子どもたちが取り囲んで見ている。

 随分人気者じゃないかと俺は言う。すると飾り付けが終わるや否や、大ちゃんが俺の元へ来た。真ほどじゃないけどねと幽香が言った。

 

 意図せず子どもたちを奪ってしまい、悪いことをしたかもしれない。チルノとかなら返してやるんだが。

 

 

 

 白玉楼にもお邪魔する。

 妖怪桜以外の庭木が前よりきれいに剪定されていて、そう言えば妖夢の肩書きって庭師なんだっけと頭に浮かんだ。幽々子の世話係ってイメージしかなかったのだが。

 

 結界の問題に忙しい紫はここに来る暇もとれないようで、幽々子が随分と寂しそうだった。幽々子が寂しそうなものだから妖夢に対するちょっかいが減り、連鎖して妖夢も寂しそう。構ってもらえるうちが花とはこのことか。

 

 寂しさを紛らわせるためだろうか、座っている俺の膝に頭を乗せてくる幽々子。膝枕か、そのくらいならまぁ俺にもできるのでやってやる。紫を連れてくることはできないけどな。

 妖夢もどうだと誘ってみたが、断られた。ちょいと残念。

 仰向けになりながら、紫が異変解決に動くなんて珍しいわねと幽々子が言う。ああ、見方によっちゃあ結界の異常も異変だな確かに。

 

 異変と言えば、幽々子が妖怪桜を咲かせようとして以来から俺は、危険な目に遭う知り合いがいないかなどを調べている。異変の解決は霊夢の仕事なので積極的に関わるつもりは無いが、俺の知らないところで誰かが大怪我や、最悪死んだなんてあったら目も当てられない。それを避けるためである。

 今回はそのことを調べてなかったなと、俺は『答えを出す程度の能力』で、結界の異常による被害者がいないかの答えを出す。もちろん膝枕している幽々子にもバレないようにこっそりと。

 

 その結果、永琳と輝夜の名前が頭に浮かんだ。

 

「(おいおいマジか、冗談になってないぞ……)」

 

 かくして俺は次に、永遠亭まで足を運ぶ。

 幽々子悪いな、膝枕は妖夢にしてもらえ。そうすりゃきっと二人とも寂しさを和らげることができるだろう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。