東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十七話 ○○異変②

 

 目的地は、永遠亭。

 普段なら竹林を抜けるために妹紅に同伴してもらうのだが、軽い事情でもないので今回は一人。先ほど『答えを出す程度の能力』を使ったのだからそのついでにと、永遠亭までの道のりを導き出す。さすがの俺でも、何もせずに迷いの竹林を抜けるのは難しい。

 

 永遠亭につく。

 どうやら結界の異常において永琳と輝夜に出る被害は、『幻想郷からいなくなること』らしい。どういう因果関係でそのような結果になるのかはまだ不明。もっともその結果になるのは俺が行動を起こさなかった場合であるし、そうなる未来はまだまだ先である。

 

 しかし永琳と輝夜が無事いることをこの目で確認するまでは、どうにも不安で仕方なかった。すでにいなくなってたりしないだろうか。永遠亭がもぬけの殻とか嫌だぞ俺は。そんな考えが頭に浮かぶ。

 鈴仙に迎えられ建物の中に入ると、永琳も輝夜も問題なくそこにいたのだが。

 

「よ、永琳。元気そうで何よりだ」

「あら真、いらっしゃい」

 

 奥の部屋にいた輝夜の無事をチラリと確認。その後、永琳が俺を出迎えてくれた。

 永遠亭は診察所でもあるのだが、竹林の奥という辺鄙な場所にあるためか利用者は少ない。今も暇をしているようだ。診察所が暇なのはいいことだが、暇な理由がちょいと違う。

 

「世間話でもしに来たのかしら」

 

 永琳が言う。実際のところ、まずは顔を見ることしか考えてなかったから、そうではない。ええと、何を話せばいいことやら。

 

 用が無いなら帰って、なんて、永琳は言わない。昔から、それこそ小さいときから永琳はそうなのだ。用もないのに遊びに行っても、いらっしゃいと出迎えてくれる。

 そんな永琳が昔から好きだった。だから知らないうちにいなくなるなんて嫌だった。まぁ、別れを告げられていなくなるのも、それはそれで嫌だけど。

 そう、だから俺はここまで来たんだと、頭の中がすっきりした。落ち着くと言葉は自然と出てくる。

 

「ああ、まぁそんなとこ。紫も霊夢も忙しくて構ってくれなくてな」

「そうなの? なんにせよ、真が来たらみんな喜ぶからなんでもいいわ」

 

 困ったな、今回は急に来たものだからお土産なんか用意していないんだが。喜ぶどころか、連中をがっかりさせてしまう。てゐが食べそうな野菜くらいなら、木の葉に変えて携帯はしている。

 そうじゃないわよと言って笑う永琳。それならどういうことなのだろう。俺は永琳ほど賢くないので分からなかった。

 

 しばし、世間話。

 本人に自覚は無いのかもしれないが、永琳は輝夜の話が多い。妹紅と遊ぶぶんにはいいが、心配だからあまり外に出したくないようだ。過保護である。

 輝夜は、永琳に大切にされている箱入り娘なのだろう。まだまだ結婚は遠そうだなと俺は思った。

 

「なるほど、言われてみれば輝夜はあまり外で見かけないな。それに永琳も。二人でどこかに出掛ける予定とか入ってないのか?」

「特に無いわね」

 

 永琳が答えた。

 医者として働いてはいるが、永琳は引きこもりだ。出掛けなすぎるのはよくない。心配になる。

 でも、話の流れでうまく聞きたい話が聞けたと思う。永琳が言うのは、幻想郷を出ていくかという話ではなく永遠亭から出掛けるかという話であるが、俺にとっては同じだ。

 

「それじゃあ逆に、永琳たちがここを出るなら、どういう理由が考えられる?」

 

 ついでにこうも訊いてみる。考える様子もなく永琳は回答。

 

「自発的にはあり得ないから、外的要因になるんじゃない? むりやり連れ出されるとか、何らかの理由でここを離れることが必要になるとか」

 

 どちらにしても、永琳たちの意志で永遠亭を出ていくつもりは無いようだ。それならば、いい。あとは俺が、永琳たちが幻想郷から去る結果にならないように勝手に動くだけだから。

 

 心の整理がついて、落ち着く。落ち着いたら喉が渇いた。目の前にある台を見る。何も無い。  

 

「師匠、真さん、どうぞ」

 

 タイミングのいいことに、鈴仙がお茶を持ってきてくれた。鈴仙は丸い湯呑みを俺と永琳の前にそれぞれ置く。

 

「ああ、ありがとう鈴仙」

「いっ、いえ! お客様なので当然です!」

 

 もう寒くない季節だが熱いお茶だった。お茶は熱いほうがきっとおいしい。最近の鈴仙はよく気が利く。思えば、初めて会ったときは警戒されていたっけ。

 鈴仙が湯呑みを台に置くとき、なぜだか手が震えているように見えた。緊張でもしてるのか、それとも先ほどまで永琳にでも薬の実験台にされてその副作用か。後者が怪しいと俺は思う。

 

「大変だな」

「?」

 

 しみじみと、俺は言った。

 

 

 

 永遠亭からの帰り道。竹林の中を迷わないようにと鈴仙が一緒についてきた。人里からの案内は妹紅の役目で、永遠亭からの案内は鈴仙の役目であるらしい。

 先導するというよりも、ただ並んで歩いているだけのような気もする。

 

「悪いな。でも、てゐが迷わないおまじないを掛けてくれたから、わざわざ案内なんてよかったのに」

「し、師匠からも頼まれてますし、これくらいはさせてください!」

 

 目も合わせずに言う鈴仙。目を合わせてしまうと相手を狂わせてしまうという鈴仙の悩みは少し前に解決したはずだが、まだ目を見て話すことに慣れないようだ。隣で歩いているのも、もしかしたら目を見て話そうという努力の形なのかもしれない。応援するぞ、俺は。

 

「ところで真さん。先ほど師匠としていた話ですが」

 

 俺としては黙って移動するのも構わないのだが、鈴仙が話題を振ってくる。これも練習のつもりだろうか。その割には顔を見ていない。

 

「師匠があの屋敷から出ていくとしたら、でしたよね。どうして急にそんな話を?」

 

 どうやら永琳との会話が鈴仙にも聞こえていたらしい。その長いウサギのような耳は伊達ではないな。となるとてゐも耳がいいのかもしれない。

 

「どうして、とは?」

「あ、そ、そうですよね。私の中でなんとなく引っかかることがあっただけで、どういう過程でその話に至ったのかは、考えてみたらどうでもいいことでした」

 

 鈴仙は自分の質問が漠然としていたことに気付いたようで、照れたように頬を指で掻いた。物事に全て理由があるとしても、話の話題なんてのは大抵がなんとなくで選ばれるものである。それでも一応は意図があっての話だったのだが、さすがにそこまで勘は働かないだろう。

 

「引っかかることか、気になるな。鈴仙は、永琳が永遠亭を出ていくことに何か心当たりでも?」

「心当たりってわけじゃないです。ただ、こうだったら嫌だなぁって思うことがありまして」

 

 へえ、よければ聞かせてくれないか。と、話の種になればいい程度の気持ちで俺は言った。

 永琳と輝夜が幻想郷からいなくなることは、結界の異常が原因である。この二つに関係性が特に見出せないことから、簡単にヒントが見つかるはずもない。そう思っているからだ。

 あまり面白い話ではないですが、と前置きをして鈴仙は続ける。

 

「真さんは、師匠が起こした異変のことを覚えてますか? あの、月が偽物と入れ換えられた異変です」

「ああ、あれな」

 

 同時期に、紫が終わらない夜を作り出した異変のことだろう。異変解決に動いた一人でもあるし、そのぐらいなら俺でも覚えている。確か後になって永夜異変とかいう大仰な名前が付けられていたような。

 

「あの異変は、私が地上に降りてきたことから月からの追手を警戒して、師匠が起こした異変なんですが」

 

 既知である。異変があったときに永琳からもそういう説明を受けた。なんでもあの夜だけは月と地上への道が繋がってしまうものなんだと。だからその日が終われば異変も自然と終わったとのこと。

 

「覚えてるよ。永琳が輝夜を連れて逃げたのはかなり昔のことだから、そう警戒しなくてもいいだろうにと思った記憶がある」

「いえ、それなんですが……そもそも私が地上に来たのも、姫と師匠を探すためのものだったんです。それほどまでに月の民は二人に執着していました」

 

 そりゃまた驚くことだなと俺は思った。永琳も輝夜も月基準では犯罪者とか裏切り者だとか呼ばれる立場なのだろうが、地上で数百年大人しくしているのだからもう放っておけばいいものを。

 それともあれか、輝夜は知らんが永琳の頭脳とかがまだ必要だとか思ってるのかね。最初地上に住んでいたときから永琳は重要人物だったようだし、あり得る。なんにしても、しつこい。

 

「それで、ここで話が元に戻るんですが……師匠があの屋敷から出ていくことがあるならば、それは月からの追手が原因になるのかなーなんて思っちゃって。はは、もしもの話なのに本気で考え過ぎですよね。でも私も、地上での生活が楽しくなってきたところですから、ふとこういうことを考えちゃうんですよ」

 

 たははーと、鈴仙は前を向いて歩きながら笑う。思ったが、歩いているのに顔を見て話していたら危ない。目を見て話さない鈴仙だが、今はこれでいいのかと気付いた。

 

 横目で鈴仙を見ていたが、俺も前を向く。鈴仙の今の言葉を頭で考えてみた。そして紫の言っていた結界の異常の原因が、外から力を加えられてのものだということを思い出す。

 月があるのは幻想郷の外だ。それに科学力から不思議な力まで扱える。あり得ない話ではない。

 

「師匠の戯れやてゐの相手とかは大変ですけどねー。それでも、妖夢さんとかと友達になれましたし、地上に来てよかったなって思うことは多いです。……あ、後は他に、ほら、真さんにもよくしていただいてますし……」

「……」

「あ、あれ、真さん?」

「……ん、ああすまん。そうか、鈴仙は妖夢と仲が良かったのか」

「そっちですか。ええ、そうです」

 

 月。月かぁと俺は思う。まだ予想に過ぎないが、そうだとしたら相手は随分と強大である。

 博麗神社に帰ったら、いや、鈴仙と別れたらすぐにでも、能力で確認してみよう。そう思いつつ、未だ出口の見えない竹林を進んでいく。

 

「出口はもう少し先ですねー。心配しなくても、真さんは私が最後まで送り届けますよ」

「心配はしてないが、鈴仙もよくこの竹林を迷わずに進めるな。すごいと思う」

「私には特殊な目がありますから」

 

 あれ、ということは今の鈴仙は能力を使っているということだ。目を合わせたら俺は狂ってしまうんじゃないだろうか。

 並んで歩く意味は無かったようだ。

 

 


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