東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十八話 ○○異変③

 

 悪い予感というのは当たるもので、まぁこの予感は鈴仙の話を聞いて思いついたものなのだがそれはともかく、結界の異常の原因は月によるものだという答えが出た。月というか、月に住んでる人間のせい。やはり未だに、月出身の輝夜と永琳に執着をしているらしい。

 月というのは当然、夜空に明るく浮かんでいるあの月だ。今は見えない。

 

 河童の発明した機械が河童の元でしか修理できないように、原因が月にあるならばこちらも月まで向かう必要がある。おそらくは、俺がこれから訪れるであろう場所の中でも最も遠いところに位置する場所。

 まぁ地獄や天界、冥界にも行ったことのある俺にとっては今さらだ。特別な覚悟など必要ではない。

 

 さて、心構えは別として、次は物理的な問題だ。いかんせん距離が遠すぎる。月へはどうやって行けばいいものか。

 数秒考えて、俺は能力に頼ることにした。『答えを出す程度の能力』。あまり使わないつもりでいるのだが、早く、楽に分かる方法があるならそれに越したことは無い。結構めんどくさがりな俺である。

 

 方法は、すぐに分かった。変化の術の応用で行けるようだ。月まで行けるロケットを作り出せばいいとのこと。

 ロケットの角度や速さ、打ち上げる時間とかは、全部能力でどうにかなる。『答えを出す程度の能力』の贅沢使用だ。今回は特別。こんな便利な能力、他にはない。

 

 ただしこの方法で問題が一つ。この方法で行けるのは、あくまで単なる月であるということ。人が住んでいる月の都市に行くにはさらに準備が必要となる。

 月の都市は、隠された存在であるらしい。外の世界と隔絶している幻想郷と同じように。それを見つけるためには協力者が必要なのだ。

 具体的に言えば、霊夢か紫。幻想郷を保つ役目を担っている二人のどちらかがロケットに同乗してくれれば、月の都市にたどり着ける。不思議な仕組みだ。

 

 そんなわけで、自分一人では月に行けない。俺は少々途方に暮れた。勝手に行って、勝手に解決して帰ってくるつもりだったから。『答えを出す程度の能力』も案外使えない。

 いっそのこと結界の異常は無視をして、永琳たちがいなくならないようにだけ注意する、なんてできればよかったのだが、そう都合のいいようにはいかないようだ。

 

 既に紫は、結界の異常が月からの攻撃によるものだとほとんど気付きかけている。紫単体ではどうにもできない問題であるから、そのことはいずれ幻想郷中に広がってしまう。

 それでも解決できないから、苦肉の策として永琳たちは幻想郷から出ていくのだ。永琳たちを留まらせるだけでは、被害は幻想郷内に広がるだけ。やはり月には赴く必要がある。根本から解決しなければ。

 

 どうしたものか。考えて、考える。能力もたくさん使ったし、考え過ぎて熱が出そうだ。熱を出したことは無いのだけれど。

 考えたところで、能力以上の答えは出ない。神社に戻ったところで俺はため息をつく。紫に協力を頼もう。そう決めた。

 

「ただいま」

「おかえり、真」

「お、霊夢。ただいま」

 

 まだまだ忙しいと思っていた霊夢が部屋にいて、二度も同じことを言ってしまった。霊夢は気にした様子はない。座布団に座り、落ち着いてお茶を飲んでいる。

 

「紫は?」

「帰った」

 

 それだけ言えば十分とばかりに、霊夢はつんと口を閉じた。会話するのが面倒なほど疲れているのだろう。

 おそらくは、今日も一日ずっと働いていたに違いない。頑張ったなと心の中で褒めておく。

 

「そっか。お疲れ」

「うん。真、お腹すいた」

「じゃあ少し早いけど夕飯にするか。俺が作るから霊夢は休んでていい」

 

 昼飯をゆっくり食べる時間も無かったのかなと考えながら、俺は一人で台所へ向かう。それならば、できるだけ早く作れるものにしよう。それでいてお腹にたまるもの。少し考えて、油揚げの肉野菜詰めに決めた。

 月に向かうことについて、紫に相談するのは明日にするかと俺は考える。多分紫も疲れているだろう。それに紫は、用があってこちらから会いに行っても見つからない。そういう前科がある。小さくなったときの話だから、あまり思い出したくはない。

 

 萃香がまだ帰ってきていないので、霊夢と二人の夕飯になる。いつもより早い時間だが萃香は待たない。神社では霊夢が基本なのだ。霊夢が食べる時間に合わせることが、居候である俺と萃香の扱いである。

 

「ごちそうさま」

「ん、お粗末様」

 

 食事が終わり、行儀よく両手を合わせる霊夢。茶碗にはご飯粒が一つも残っていない。巫女だからか、霊夢はお米一粒にも神様が七人いると信じている可能性がある。いや、幻想郷ならそんな神もいるのかもしれない。

 

「ふぅ、お腹いっぱい」

 

 そう言って、霊夢はそのまま後ろに倒れこんで横になった。

 食べた後すぐ寝ると牛になると言うが、俺は横になるのはむしろいいものだと思っている。よくないのは、そのまま眠ってしまうこと。胃も眠ってしまうので消化に悪い。うとうとし始めたら妨害しよう。

 

 横になった霊夢は、そのままだらけていればいいものの、チラチラと俺の様子を窺っている。夕食の後片付けをしていないことを負い目にでも感じているのだろうか。大丈夫、と俺は苦笑して、二人分の食器を片付けた。

 変化の術で落ち葉を皿に変えてしまえば食後の処理も楽なのだが、毎日使う自分の食器というのは意外と愛着が湧くもので、手間だとは思いながらもこうして食器を洗っている。霊夢は白い茶碗で、俺は黒い茶碗。ちなみに萃香は来客用に置いてある茶碗を適当に使っているため、決まった食器を持っていない。

 

「おーい、霊夢、眠るなよ?」

 

 戻ると、食器を洗う前と全く同じように寝そべっている霊夢が目に付いて、俺は腰を下ろしながらそう口にする。すると霊夢は返事の代わりにゴロゴロと転がってきて、コテンと俺の膝の上に頭を乗せてきた。

 

「服が汚れるぞ」

「大丈夫」

 

 なにが大丈夫なのか分からないし、たぶん大丈夫ではないと思う。子どもの大丈夫はあてにならない。

 疲れているなら布団でゆっくりすればいいものを、霊夢は結構面倒くさがりな一面がある。布団を敷く労力を惜しむどころか、座布団を折って枕代わりにするのも厭うなんて。両腕は動かさないと決めているのだろうか。転がるほうが、結果的にエネルギーを消費していると思うのだが。

 

「そんなに今日は疲れたのか?」

「今日だけじゃないわよ、ここのところずっと紫に付き合わされてたからね。でも明日は結界の強化を試すみたいだから、私の出番は少ないわ」

 

 博麗大結界の主な内訳は、紫が結界の形成で、霊夢が結界の安定である。そして、結界の強化も紫の仕事に当たるらしい。霊夢にもそれなりにやることはありそうだが、今までに比べると楽な部類に入るようだ。

 それでも霊夢は明日一日、ずっとゆっくりできるというわけでもない。落ち着けるのは今のうちだと考えているのか、膝の上で横になっている霊夢は、少々気を抜き過ぎているように見えた。言ってしまえば、だらしない状態だ。口元が緩みきっている。

 

「霊夢、寝るならその前にちゃんと着替えろよ」

「えー、面倒」

「風呂にも入っといたほうがいい」

「後で」

 

 いつもいろいろと面倒くさがりな霊夢だが、今日の霊夢は特に脱力が激しいようだ。じゃあ俺が先に風呂へ、と動こうとすると、ギュッと裾を捕まれた。どうやら俺が移動するのもダメらしい。

 子どもみたいにわがままを言う霊夢だが、そんな霊夢が珍しくて、少しだけ俺は嬉しくなった。珍しい霊夢を見れただけでも、風呂を後回しにする価値は十分ある。

 

「ん、仕方ない。じゃあ後ちょっとしたらか、萃香が帰ってきたら風呂だからな」

「えー……なら、萃香に代わりにやってもらうわ。お風呂も、着替えも」

「なんの代わりにもなってないな」

 

 風呂も着替えも、霊夢がやらなければ意味が無い。世の中には代わりにならないものなどたくさんあるのだ。

 だがまぁ、ほんの一部分だけは協力するか。と、俺は霊夢の髪に結んだリボンを解く。風呂に入るにしても着替えるにしても邪魔なものである。

 

 霊夢が眠ってしまわないよう、刺激を与えるべく頭を撫でる。それが褒められているのと勘違いしたのか、気分を良くした霊夢は、もっと撫でろとせがんできた。頭を差し出そうとしている様子がかわいらしい。

 

 頑張ったな。今度は心の中ではなく、実際に口に出して俺は言った。

 明日から本格的に、異変は解決に向かうだろう。

 

 


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