東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十九話 ○○異変④

 

 翌日。

 予定通り博麗神社までやってきた紫に対して、さっそく俺は月に行く計画について話をした。結界の異常への対処で忙しい紫に、ただ月へ行きたいと言うだけでは納得もされないので、異変の原因が月であるということもきちんと話す。目的が永琳たちというのは省略させてもらったが、結界の異常は月からの攻撃によるものだ、と。

 

「なるほど……真が言うならそうなんでしょうね。それにしたって月だなんて、相手によっては厄介だわ」

 

 顎に手を当てて、考えるそぶりを見せながら紫は言った。言葉から、俺よりも月の事情に詳しい様子が窺える。永琳が起こした異変もあるし、調べたことでもあったのかもしれない。

 

 納得した様子の紫に、次にロケットに同乗してほしい旨を話すと、それよりも簡単に月まで行く方法があると言う。なんでも紫の持つ能力、『境界を操る程度の能力』の応用で行けるらしい。

 俺の能力ではそんな情報は出なかった。だがそれは、俺以外の誰かの協力を最小限に考えていたためだろう。誰かに頼っていいなら、きっと他にもたくさん方法はある。幻想郷のヤツらはすごいのだ。

 

「へぇ、どうやるんだ?」

 

 俺が訊ねると、紫は答える。

 

「簡単よ。水面に映る満月の、幻と本物の境界をちょちょいっと弄ってしまうだけ。そうすればすぐに月への道が開けるわ」

 

 『境界を操る程度の能力』は、なんとそんなことまでできるらしい。幻はしょせん幻であり、本物はどうしようと本物なのだから、境界も何もないと思うのだが。それでも、月までの長い距離を一気に短縮できるのはすごいと思う。

 まぁ、普段のスキマでの移動とあまり変わらないような気もする。多分スキマでの移動には距離制限があるんだろうな。

 

 ともあれ、なんて便利な能力だろうと俺は考える。俺もほしい。紫の式になっておけばよかった。いやその場合、藍と橙には出会えてないので、昔の俺はいい選択をしたと思う。

 

「なら、出発は今夜だな? 夜にならないと月は水面に映らないだろうし」

「いいえ。今夜は満月じゃないから、出発は数日後の夜になるわね」

 

 なんだそれ。

 そう言う俺に紫は、仕方ないじゃない、時間を操るなんて私にはできないものと言った。過去に夜を止める異変を起こしておいて何を言う。永琳も同時に異変を起こしていたが、人里では紫が起こした異変と言う認識が強いんだからな。妖怪の山の連中を幼児化させる異変も起こすし、まったく紫は。

 

 しかしながら、紫ができないと言うならばそうなのだろう。ならばやはり元の方法、ロケットで月まで行こうと思う。俺にかかる負担は増えるし多少時間はかかるだろうが、それでも数日かかることは無いだろう。

 それに紫のことだ。数日後になったら今度は、天気が悪くて月が出てないから今日は無理とか言い出しかねない。その場合は神奈子やら天子やらに頼めば何とかなるだろうが、結局のところ自分で何とかできるなら自分で何とかすればいいのだ。

 

「えー。でも待ってよ、月に行くならそれなりに準備がいるんだから。少なくとも結界の強化は絶対に必要で……」

「それなら、紫の代わりに私が行くわ。紫は残って結界の強化でもなんでもしてたらいいじゃない」

 

 ゴネる紫に、霊夢が横から口を挟んできた。いったいいつから話を聞いていたのか。最初からの可能性まである。

 

「私か紫がいれば、真は月までいけるんでしょ。それで、やらないといけない結界の強化に私は必要ない。となると私と真で行くのが自然じゃないのかしら? そもそも異変の解決は、昔から代々博麗の巫女の仕事よ」

「今日の霊夢はやけに口数が多いわね……」

 

 確かに、疲れて口数が少なかった昨日に比べたらえらい違いだ。よく休めたようで安心する。結局膝の上で眠ってしまって、服を掴んだまま放してくれないのには困ったけど。

 

 ただ、霊夢の言うことはいちいちもっともで、紫は反論できないでいる。なぜだか、俺もできない。子どもが月に行くなんて危険だろうと言い張れば済む話なのだが、霊夢なら大丈夫かという変な納得感があった。

 今までも、そんな感じで異変解決させてきた。顕著なのは、天子が起こした天気騒動のときとか。霊夢一人に異変解決を任せて送り出したことは、まだ記憶に新しい。

 

「ね、いいでしょ、真」

 

 気付いたら俺の前に移動していた霊夢が、そう言って服の裾を掴んでくる。見上げた霊夢と目が合った。

 まったく、いつのまにそんなおねだりの仕方を覚えたのか。そんなことされたら、紅魔館程度の屋敷でも買ってあげてしまいそうだ。そんな金は無い。造るならなんとか。

 

「よし、じゃあ一緒に行くか、霊夢」

「うん」

「紫もそれでいいか?」

 

 腕を組みながら俺は訊ねる。当人がいいと言ってるならそれでいいのだろうが、決定権は紫にあるような気がした。何と言っても霊夢の保護者みたいな立場だし。この際、俺が紫の元保護者であることは関係ない。

 

「まぁ、いいけど……」

 

 渋々ながら了承する紫。反対する理由はやはり思いつかなかったようだ。それでも微妙な表情をしているのは、自分が仕事をしている時間に霊夢が宇宙旅行を楽しむというのが気に食わないからだろうか。

 実際はそんなにいいものでもないのだけれど。変化の術一つで作り出したロケットで月に行くのは結構な重労働なのだ。内装の快適さに気を回している余裕は無い。きっとシンプルなものになる。

 

「さぁ、行くと決まったらさっそく準備よ。道中に飲むお茶は必需品よね」

 

 俺に引っ付いていたはずの霊夢が、行く気になって俺の元から離れていく。もう少し、行かせるかどうか渋ってやればよかったかもしれない。もったいないことをした。

 ああそうか。紫が微妙な顔をしていたのは、宇宙旅行に行く霊夢を羨んでいただけではないのかも。きっと、霊夢が遠くに行ってしまうことを寂しく思っての一面もあると思う。

 自分から離れていくことはよしとしても、相手から離れていくとなると途端に寂しくなってしまうものなのだ。当然俺もそう。だから普段はもっぱら俺が離れていく側である。

 

 霊夢の準備中、俺も準備に取り掛かる。月に移動するための準備、ロケットだ。これは俺が用意しないと始まらない。

 庭に出て、尻尾を出せるだけ出す。この場合九本。十本目は出せない気がする。精神的な意味で。

 

 妖力が全身に満ちてきたところで、俺は変化の術を使う対象にいいものがないか探した。それなりに大きいロケットを造るつもりなので、大きいものが望ましい。というか先に探しておくべきだった。

 目につく大きいものといえば、神社の建物か、鳥居。これをロケット代わりにはできないので、別のものを探す。見当たらないので、結局、大きめな木でも取ってくることにした。

 

「真、遅い」

 

 戻ってきたら、賽銭箱の前で腕を組んだ霊夢に出迎えられた。袖が邪魔で、腕を組みにくそう。何故(なにゆえ)に幻想郷の巫女はダボッとした袖を好むのか。

 どうやら霊夢の準備はとっくに完了したらしい。月に行くとなっても、霊夢はいつもと同じく巫女服だ。異変解決の正装である。多分。

 

 九本の尻尾をゆらゆら浮かせながら、俺は変化の術を使う。並行して、『答えを出す程度の能力』も。変化の術に必要なのは想像力だが、このロケットは実際に飛んでもらうのだ。だから知識も必要である。飛ぶ仕組みまで再現させなければいけない。

 

 完成したロケットの下の地面には、太くて赤い線が引いてある。これは紫がやったようだ。ロケットがちゃんと飛び立てるようにの(まじな)いらしい。

 ありがとう、と声をかけて頭を撫でる。紫は満足そう。昔から褒められるのが好きなのは変わってない。いや、褒められるのが嫌いなヤツはいないか。顔を(そむ)けるのは、面映ゆいからに過ぎない。少なくとも俺はそうだ。

 

「じゃあ出発するか」

「もう? 早いのね」

「そりゃあ紫のプランに比べたら早いだろ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 霊夢を連れてロケットに乗り込む。内装は、俺が想像して作った通りのシンプルな三階建て。しかし中からだと、またひと味違って見える。

 

 ロケットを体の一部だと考えて、まずは浮く。魔理沙の箒と同じような原理だろうか。魔理沙は魔法使いよろしく箒に乗って移動するが、あれは浮いている箒に乗っているのではなく、体を浮かせるついでに触れている箒も浮いているだけ。俺にとっては初めての試みだったが、やってみたら意外とできるものだ。

 そして角度を調節して徐々に加速。霊夢がいるのだから、負担がかからないよう丁寧に。かなり上空に来たところで発射して一瞬だけガクンと揺れたが、それだけだ。

 

「霊夢」

「うん」

 

 声をかけて、俺は霊夢の肩に手を触れる。

 もうすぐ幻想郷の結界を通り過ぎる。月の都市にたどり着くためには霊夢が必要だが、そもそも幻想郷を出ることにも霊夢が必要だ。

 霊夢の霊力を分けてもらい、ロケットに注ぐ。これで結界を超えられる。

 

「まかせて」

 

 触れているだけで十分なのに、霊夢が俺に抱き着いてくる。力が強い。霊夢は真剣、いいことだ。

 いいことなのだが、もう幻想郷の結界は超えてしまった。霊夢にもういいぞと声をかけたのだが、聞いていない。まだ触れておく必要があると考えているのか。子どもは、思い込んだら人の話を聞かなくなる。

 

 揺れる心配があったのに、そういえば体を固定せずずっと立ったままだったなと思って、俺は座った。霊夢も座ったが、抱き着いたまま。その体勢、難しくないか。

 霊夢もそう思ったのだろう、膝の上に座りなおした。いつもの魔理沙みたいに。友達を長くやっていると細かいところも似てくる。

 

「霊夢、もういいって」

「よくないわ。まだ出発したばかりだもの」

「そういうものなのか」

「そういうものなのよ」

 

 よく分かってないが、なるほど、と頷く。それで、霊夢は満足そう。紫に似ている。

 

 体重を預けるように霊夢が寄りかかってきたのを感じて、俺も自分の尻尾を背もたれ代わりに力を抜いた。柔らかい。邪魔だ邪魔だと消している尻尾だが、意外といいな、これ。敷き詰めれば布団にもなる。

 

 ロケットを造って、更には飛ばして、今日は疲れた。加えて、外の景色はもう暗い。眠るには好条件すぎる。

 本気で眠るつもりは無いけれど、動くつもりもないので、目を閉じた。霊夢がなにやらもぞもぞ動いている気がするが、話しかけられるまではこのままでいるとする。

 

 







予約投稿しようとしたら間違えてそのまましてしまいました……。

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