東方狐答録   作:佐藤秋

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第十話 聖白蓮の妖怪寺

 

 いま俺と紫は、都で妖怪寺と呼ばれる場所に来ている。都に紫と共に訪れたときに、人々から妖怪が集まるという寺、通称『妖怪寺』なる存在を知り、紫が行きたいというので一緒に来たのが先週の話。ここの住職の厚意により、俺と紫は何日か泊めてもらっている。

 

「おーい真、都に人をおどかしに行こう!」

「よし、行くか!」

 

 いま俺に誘いをかけてきたのは、封獣(ほうじゅう)ぬえという黒髪の少女。彼女は妖怪寺に訪れる妖怪の一人で、人を驚かすが襲いはしないなんとも無害な妖怪だ(人間がどう思っているかはまた別だろうが)。

 昔の妖怪である俺と性質が似ているためか、ぬえとはすぐに仲良くなった。それに能力も『正体を判らなくする程度の能力』と、ある意味で俺の変化の術と似ていると言える。

 

 この妖怪寺、実は人妖平等を謳っているというかなり珍しい寺なのだが、いかんせん人間の参拝客はいない。紫はこの「人妖平等」という言葉になにかしら感じるものがあったのか、妖怪寺の住職である(ひじり)白蓮(びゃくれん)に今も熱心に話を聞いている。

 この住職、元は人間だが今は妖怪という複雑な立場にいるそうだが、詳しくは知らないし興味も無い。紫が話を聞いている間、やることがないのでこのぬえと遊んでいるというわけだ。

 

 

 

「とうちゃーく!」

 

 ぬえと共に都までやってきた。俺は都では陰陽師として通っているので、人の姿ではなく適当な化け物に変化する。陰陽師と名乗ったことは無いが、妖怪退治の悩みに応えていたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたのだ。

 ぬえもまた能力を使い、人々に自分が謎の生物に見えるように細工していた。

 

 変化の術の応用で俺とぬえは姿を消し、町のど真ん中で姿を現す。急に現れた化け物に人々は驚き、町は軽くパニックだ。

 何もしていないのにひどいなぁ。そう思いつつも笑いがこぼれる。

 

 程なくして衛兵や妖怪退治屋が集まってきた。俺とぬえはそいつらにつっこんでいき、ぶつかる寸でのところで俺が変化の術を使い人間に紛れる。

 

「な!? 化け物どもはどこにいった!」

 

 あせる人間たちを尻目に俺たちはそのまま意気揚々と逃げおおせた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「あっはっは! 見た!? 私たちが向かっていったときの目の前にいた男の顔!」

「いやぁ笑ってやるなよ、それだけ俺たちが恐ろしかったんだろうさ」

「とかいって真も笑ってるじゃん!」

「ありゃ。仕方ねぇよ、あの顔は面白過ぎた。ははははは」

 

 ご機嫌なぬえと共に妖怪寺まで帰っていく。ぬえは別に妖怪寺に住んでいるわけではないが、俺が紫と共に滞在しているのでついてきた。

 

「ただいま~」

「おかえりなさい……ってぬえ! 真さん! 貴方たちまた都に人をおどかしに行ったんですね!」

「ははは、すまない。でも人間に危害は加えてないから」

「人間に恐怖を与えたら同じです!」

「いやあ妖怪なもんで」

「そうそう、妖怪なもんで~」

 

 住職の聖が説教をしようとしてきたので、飄々とした態度で受け流した。俺は、大抵の悪いことは罪悪感があるため滅多にしないが、人を驚かすことだけは罪悪感より楽しさが勝る。これが昔の妖怪の本能だ。

 

 一旦ぬえと別れて部屋に戻ると、中で紫が座っていた。妖怪寺には居住スペースがあり、その一室を借りている。

 

「よう、長い話はすんだかい」

「ええ。 ……ねぇ真」

「どうした?」

「私、やりたいことが見つかったかも」

 

 紫が、いつになく真剣な顔つきで話をしてくる。別にそんな畏まって言う内容でもない。俺はいたって普通に反応した。

 

「おお、そりゃあ良かった。で、そのやりたいことって何なんだ?」

「……私、人間と妖怪が共存できる国を作ってみたい」

「……へぇ。人妖平等の話を聞いて、思うことでもあったのか?」

「……そうねぇ、私は人も妖怪も幸せにするなんて高尚な考えはないわ。ただ私が『作ってみたい』って思っただけよ。面白そうでしょ」

「……面白そう、か。面白いってのは大事なことだな」

「でしょう? ……で、真に少しお願いがあるの」

「……お願い?」

 

 紫の言葉を繰り返す。他でもないずっと一緒に旅をしてきた紫の頼みと言うのなら、聞いてやるのは吝かではない。

 

「私の国に住めそうな者を探してほしいの。旅の片手間にで構わないから」

「へぇ、そんなのでいいのか?」

「いいの。残りのことは私がやる。私がやりたいと思ったの」

「ふーん。分かった任せとけ」

 

 紫が今まで生きてきて何を感じて何を思ってこの考えに至ったかは分からないが、やりたいことがみつかったのはいいことだ。紫の頼みは至極簡単なものだったし、それぐらいなら俺でもできる。

 

「ま、頑張んな」

 

 俺は紫の頭にポンと手を乗せた。ただ俺についてくるだけではなく、自分の意思でやりたいと思うものが見つかったのは成長した証拠だ。子どもの成長する姿と言うものは見ていて嬉しい。

 ……それにしても国を作ろうとは紫も大きく出たものだ。一体何百年かかるのだろう。

 

「うん。 ……じゃあ、真。これを」

 

 そう言って紫はどこからかリボンを取り出した。紫がスキマを開いたときに端っこについているリボンに似ている。

 

「なんだ、こりゃ」

「連絡用よ。それをつけていれば私に真の場所が分かるし会話もできるわ。これからは別行動になるからね」

「……なるほどね」

 

 俺は紫からリボンを受け取ると、そのリボンを左手首に巻きつけた。少し余ったリボンの端が、ひらひらと俺の手首から垂れている。

 

「……じゃあ私はもう行くわ」

「寺に泊まっていかないのか?」

「ええ。思い立ったが吉日ってね」

 

 そう言うと紫は無邪気に微笑んで、スキマを開いてどこかへ行ってしまった。なんともまぁあっさりとした別れである。連絡用のリボンを貰ったので、会おうと思えばいつでも会えるわけだが。

 

「…………」

「真ー、難しい話はもう終わったー?」

 

 紫がいなくなって少しして、部屋にぬえが入ってくる。部屋の外で待ってたのだろうか、やけに丁度いいタイミングだ。

 

「あぁぬえか、終わったよ」

「そう! ご飯まで時間がもう少しあるから、それまで私ともお話しよー!」

「ああいいぞ。そうだなぁ…… お前は何か生きていくうちにやりたいことってのはあるか?」

「? 私は毎日楽しく生きられればそれでいいよ?」

「……ま、それも一つの考えだな」

 

 ぬえの答えにふふっと笑う。よく考えたら妖怪ってのは大抵みんなこんな考えなのかもな。

 

「? まあいいや。真はいつまでこの寺にいるの?」

「そうだな、紫の用事が終わったからもうここにいる必要もないんだが……」

「えー!? もうちょっといなよ!」

「別にお前の寺じゃないだろうが。 ……でもそうだな、ある意味ここはいろんな妖怪が来る都合のいい場所かもしれないな。明日聖に頼んでもう少し滞在させてもらうか……」

「ほんと? やったー!」

 

 紫のお願いもあるが、そこまで急ぐほどのものでもない。この寺に妖怪が来るのを待っててもいいし、この寺は都にも近いので人にも会える。

 俺はもう少し、この妖怪寺に留まることにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 聖に許可を取り、寺に居候させてもらえることになった。その代わり寺の仕事を手伝うことを条件に出されたが、掃除と月に数回の食事当番のみで、特にやることはあまり無い。参拝客がいないときは暇である。

 

 

「ど、どうしましょう真! また宝塔を無くしてしまいました!」

 

 慌てた様子で俺に話しかけてきたのは寅丸(とらまる)(しょう)。金と黒が混ざったいかにも虎のような髪をしており、この寺で毘沙門天として祀られている存在だ。"また"という言葉から分かるだろうが、こいつは前にも同じようなことをやらかしている。

 

「……どうしましょうも何も、ナズーリンに頼んで探してもらえよとしか」

「ナズには昨日も探してもらったんですよ! 昨日の今日でまた無くしたとなったらどれほど呆れられるか!」

「……あー」

 

 星の言うナズーリンとは、毘沙門天である彼女の監視役の鼠妖怪だ。灰色の髪で鼠の耳がついており『探し物を探し当てる程度の能力』を持っている。もっともその能力はもっぱら、星が宝塔を無くしたときに使われるようだ。

 

「……わかった、俺も探すのを手伝うよ」

「! ありがとうございます! 私も私で探しますので! それと……」

「はいはい、他の人には内緒にするって」

「お願いします! では!」

 

 そう言って星は頭を下げると、慌てた様子で部屋を出た。内緒にしたいのなら静かに行動したほうがいいだろうに。そんな慌てた様子だと目を引いてしまう。

 ……というか、なんで星は俺に探すのを手伝ってもらおうと思ったんだろう。他の気心しれたメンバーに頼むのは逆に恥ずかしいのだろうか。この寺に来て間もない俺でも星は失くし物をよくするイメージが付いているのだ、他のメンバーに隠そうとするのは無駄だと思う。

 

「……だってよ、どうするナズーリン」

「はぁ……まったくご主人は」

 

 ナズーリンが天井裏から顔を出す。タイミングのいいことに、星が来る前にナズーリンは俺の部屋に来ていたのだ。

 最初にナズーリンを見たとき、鼠だからチーズ好きかなーと思い、持っている食料をチーズに変化させて食べさせてみたことがある。どうやら気に入ってくれたようで、それ以来たまに俺の部屋にチーズをねだりに来るようになった。

 ちなみに変化させた食べ物は、本物と比べて味は少し劣る。またお腹の中で元に戻るため、食べられないものをベースに変化させるのは止めたほうがいい。

 

「……仕方ない、今回は聞かなかったことにしてあげるから、真はさっさと宝塔を探しにいきなよ」

「おや、いいのか?」

「いいさ、前回かなり説教してしまったからね。すぐに無くされたんじゃもう言葉も見つからない」

「いや、そっちじゃなくてな」

「?」

 

 ナズーリンが不思議そうな表情をする。俺の言う"いいのか?"は、"星を許してもいいのか?"ではない。

 

「いつもナズーリンが頼まれてやってる仕事を、俺が代わりにやっちゃってもいいのかってこと。星にいつも頼りにされて、ナズーリンもまんざらじゃあないんだろ?」

「なっ……」

 

 驚いて口をパクパクさせるナズーリン。図星なのだろう、顔が真っ赤になっている。

 

「そっ、そんなわけないだろう。ご主人の無能さに呆れ果ててばっかりさ」

「そっかー、じゃあ俺が今回さっさと見つけ出したら、星がまた宝塔を無くしたときには俺を頼るかもしれないなー」

「ぐっ!? そ、それは私の仕事が減っていいかもね」

 

 見ていて動揺がありありと分かるのに、ナズーリンはなかなか頑固だ。ここは戦略を変えてみよう。

 

「あー、でも俺一人じゃあ見つけられないかもしれないなー。だれか手伝ってくれないかなー。でも星には内緒にするって言っちゃったしなー」

「…………」

「そうだ、ナズーリンに手伝ってもらおう! もう知ってるんだしナズーリンしか頼れないなーこれは」

「な、なんで私が……」

「頼むよナズーリン、チーズおまけするからさ」

「……し、仕方ないな。そこまで言うなら私も手伝うよ。 ……言っておくが、私はチーズのためにやるんだからな!」

「分かってる。ありがとう、助かるよ」

 

 大義名分を与えることで、どうにかナズーリンを説得できた。本当は星のためにやりたいくせに、全く素直じゃない鼠である。

 

 そのあと俺は、ナズーリンに案内されて外に出た。『探し物を探し当てる程度の能力』により、宝塔はこちらにあると出たのだろう。

 

 少し歩いた森の中で、ナズーリンはピタリと足を止めた。

 

「……さて、ここら辺にあるはずだ。二手に分かれて探そうか」

「ああ、分かった。『宝塔はどこにあるのかなー』っと」

 

 なぜこんなところに無くした宝塔があるのかというツッコミは置いておき、能力を使ってさっさと宝塔を見つけ出す。ナズーリンの能力では探し物の細かい場所の特定まではできないのだ。

 これまたなぜか木の上に引っかかっていた宝塔を手に取ると、俺は変化の術を使って自らを透明の姿にした。ナズーリンが探している場所の近くに宝塔を置き、再び距離をとって宝塔を探すフリをする。

 

「うーん、こっちには無いなー」

「! 真、見つけたよ!」

 

 早速ナズーリンが宝塔を発見する。俺はナズーリンの声を聞き、かけつけたように姿を現した。

 

「え、もう見つけたのか? 早いじゃないか。流石だなナズーリン」

「えへへ、今回は早く見つけられたほうさ。いつもはもうちょっと時間がかかる」

 

 ナズーリンが照れながらも誇らしそうな顔をする。よし、計画通り、俺ではなくナズーリンに見つけさせたことに意味があるのだ。あとはこのまま帰るだけである。

 

「じゃあ寺に戻るか」

「ああ。じゃあはい。宝塔を真に預けるよ」

「なに言ってんだ、ナズーリンが見つけたんだからナズーリンが届けるんだよ」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ。それじ「さーてさっさと戻って星を安心させてやろう」えっ、ちょっ、お、押さないで。じ、自分で歩けるから!」

 

 無理やりナズーリンを押して星のところまでつれていく。ここで俺が宝塔を受け取ったら意味が無い、何のためにナズーリンを手伝わせたと思っているんだ。

 

 寺まで戻ると丁度いいことに、寺の中を慌ただしく歩き回る星の姿を発見した。言っておくが寺には宝塔はない、お前は外で無くしたんだ。

 

「あ、いたいた。おーい星ー」

「真! 見つかったんですか……ってえええナズ!?」

 

 星は俺に呼ばれてパァっと顔を明るくし、ナズーリンを見つけて一瞬で腰が引ける。そんな、虎が鼠に怯えてどうするんだ。星が虎かどうかは知らないけど。

 

「いやぁ一人で探すの大変そうで、結局ナズーリンに手伝ってもらっちゃった」

「もらっちゃった、じゃないですよ! 他の人には内緒にするって言ってたじゃないですか!」

「いやーナズーリンは鼠だしいいかなーみたいな」

「そんなこと言ったら他の皆だって妖怪じゃないですか!」

「まぁまぁ、それよりほら、ナズーリンが見つけてくれたんだぞ。お礼お礼」

 

 適当な言い訳は終わりにして、星の前にナズーリンを出す。第一最初からバレているんだから、こんなことを言っていても不毛なだけだ。

 

「……ナ、ナズ…… ありがとうございました……」

「……ご主人……」

「は、はい!」

「昨日に続いて今日もまた宝塔を無くしたね……」

「う、うぅ……ごめんなさい……」

「しかもそれを私にじゃなくて真に探してもらうよう頼むなんて……」

「ううう……」

 

 ナズーリンが淡々と文句を口にする。星が少し涙目になっているのだが、完全に主従逆転してないか?

 

「次からはちゃんと私を頼るように!」

「は、はいぃ!」

「……分かったなら良いよ」

「……へ? もう怒ってないんですか?」

「……おや、怒ったほうがよかったかい?」

「いいえ! ありがとうございますナズ!」

 

 先ほどの泣きそうな態度はどこへいったのやら、コロリと態度を変えて喜ぶ星。ナズーリンも言いたいことは言ったのだろう、満足げな顔をしている。 ……これで一件落着かな。

 

「じゃ、真、戻ろう」

「へ?」

「チーズをくれる約束だっただろう?」

「あ、ああそうだったな」

 

 ナズーリンに手を引かれ星の元から離れていく。

 部屋に戻ると約束通り、俺はナズーリンにチーズに変えた食料を渡した。俺から離れて一定時間経つと元の食料に戻ってしまうので、ナズーリンはこの場に座りチーズを食べ始める。

 

「……真」

「ん、どうした?」

「……ありがとう」

「え」

「チーズを、だよ」

 

 そう言うとナズーリンはすこし顔を赤くして、またチーズを食べ始める。

 俺は心の中で「どういたしまして」と答えておいた。

 

 

 

 その後、星に会ったら「よし、言われたとおり次からはちゃんとナズに頼りますよ!」と言っていた。宝塔を無くさないことに意識が行ってないあたり、星の紛失癖は治らないんだなぁと確信した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 聖に言われて寺の前の掃除をしているある日、ぬえが俺の元にやってきた。俺が聖に妖怪寺への滞在の許可を貰ったとき、なぜかぬえも一緒に滞在の許可を貰ったようだ。

 

「真ー、掃除なんてしてないで遊ぼうよー」

「世話になってる身なんだからこれくらいはしないとな…… ってそういえばぬえも寺のほうの掃除するように言われてなかったか?」

「う、それはその……」

「……ははーん? 俺にも掃除をサボらせて共犯にさせようっていう魂胆だな?」

「げっ。ナ、ナニイッテルカワカンナイナー」

 

 恐ろしいほどの棒読みでごまかそうとするぬえ。かつて鬼に、嘘をつくのが下手だといわれた俺も、今のこいつほどではないと思う。

 

「あ! ぬえ! 掃除してないと思ったらこんなところに!」

「げっ! ムラサ!」

 

 ぬえを探しに現れたこの黒髪の少女は村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)。舟妖怪という種類の妖怪らしく、水兵のような服を着ている。

 近くに海はないのだが、なんでここにいるのだろう。聖がつれてきたらしいのだが。

 

「さあ! 早く自分の持ち場に戻りなさい!」

「イーヤーだー!!」

「いいから早く戻るの!」

「まぁ待てキャプテン」

 

 俺は、ぬえの腕を掴んで引っ張ろうとしている水蜜を静止させる。たとえそれが義務だろうと、嫌がる子どもに無理やりさせるのは良いとは言えない。

 

「なんですか真。貴方はぬえの味方になるんですか。それと私は村紗です」

「別にそういうわけじゃない。ただ、船長みたいに『あれをしろ、これをしろ』って言って、言うことを聞くヤツは少ないと思わないか? 向こうの意見を聞いてやらないと」

「……向こうの意見? あと私は村紗です」

「そうだ。 ……なぁぬえ、掃除するのが嫌って言ってたな」

 

 俺はぬえに向き直る。少しばかり長くなるかもしれないが、ここはしっかりと話をしようじゃないか。

 

「う、うん」

「なんで掃除するのが嫌なんだ? ただ『嫌』って言われても分からない」

「え? えーと、だってめんどくさいんだもん」

 

 ぬえがハッキリと、掃除を嫌がる理由を口にする。面倒だというのは誰もが思う基本的な考えだろうが、ここで『そうか』と納得すると話が終了してしまう。話を更に掘り下げなければ。

 

「そうか。なんでめんどくさいと思うんだ? 都に移動して人を驚かしに行くのだって十分面倒だと思うんだが」

「だって驚かすのは楽しいじゃない。掃除は楽しくないもの」

「ほうほう。 ……じゃあ掃除が楽しくないと思うのはなぜか考えてみるか。どうしてだと思う?」

「え? うーん……」

「無いなら、掃除をしたくない理由はないってことになるなぁ」

 

 面倒だと思う理由を明確にし、更に話を掘り下げていく。こういう聞き方はズルいし極論にもなるが、何も考えないよりはマシのはずだ。

 

「そう言われても…… 一人でただ黙々と掃除するのは、つまらないっていうか……」

「そうか、一人だから嫌なのか。じゃあ俺が一緒にやってやるって言ったらどうだ?」

 

 ここで一つの理由を更に明確化させ、それを取り除く方法を提案する。やらない理由を無くしてもやる理由にはならないが、子どもにはなかなか結構効果的なのだ。

 

「うーん……それならまぁ……退屈じゃなくなるかも……」

「でも俺もここの掃除があるしなぁ…… そうだ、ここをぬえが手伝ってくれたら早く終わるから、一緒にぬえと掃除ができるぞ」

「! じゃあ私、真を手伝うよ! 終わらせたら私のところだからね!」

「そうか、手伝ってくれるか! じゃあ自分の分の箒を取ってきなさい」

「分かった!」

 

 そう言うとぬえは箒を取りに行った。説得成功、ここまでうまく行くとは思わなかったが、ぬえは話をちゃんと聞けるいい子だな。

 近くで見ていた水蜜が、感心したように俺を見る。

 

「……なんていうか、すごいですね」

「子どもだって考えてるんだ。ただ命令するだけじゃ意味がない。必要なのはちゃんと話をすることと少しの妥協だ」

「……なるほど」

「さぁ、感心してないでお前もやるんだよ。ほらみなみっちゃんの箒」

「みなみっちゃん!?」

 

 俺は自分の持っている箒を水蜜に手渡した。そして落ち葉の一つを拾い、自分用の箒に変化させる。

 

「……って、なんで私も」

「自分が手本を見せなくて言うこと聞かせようなんて千年早い」

「……わかりました、その代わり私のところも後で手伝ってもらいますからね!」

「分かった分かった」

「取ってきたよ! ってあれ、ムラサもやるの?」

 

 自分用の箒を持って、ぬえがこの場に戻ってきた。水蜜が箒を持っているのを見て、ぬえは首をかしげている。

 

「そうだよ。自分がやってないヤツにやれって言われてもやる気出ないからな。一緒にやってもらうことにした」

「あー! 確かに!」

「はいはい、分かりました。今後気をつけますー」

 

 こうして俺たちはあらためて、三人で掃除を開始した。ここまで言った俺が手を抜くわけにも行かないし、ぬえは純粋に掃除を楽しむようになったようにも見える。

 途中から徐々に気合が入ってきて、寺中を掃除しまくった。

 

 

「……なんだか今日は、お寺全体がものすごくきれいになってますね……」

「「でしょ?」」

「三人で頑張ったんだ、褒めてやってくれ」

「まぁ! ムラサもぬえもよく頑張りましたね! 偉いです!」

「「えへへー」」

 

 達成感と満足感を教えることができて、俺も満足だ。

 ようやくぬえも、この寺に馴染めてきたような気がした。

 

「次の掃除のときも、慣れるまでは三人でやるか、ぬえ、水蜜」

「そうだね!」

「そうですね。 ……って、あ、名前……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 とある朝のことである。その日の俺は、ある事情により少しテンションが低かった。

 部屋を出るとその原因である水蜜を見つけたため、俺は衝動的に話しかける。

 

「おはよう、水蜜。ちょっと聞いてくれ」

「おはようございます真。どうしたんですか?」

「水蜜……お前、舟幽霊だったよな。海上で船を沈没させたりする……」

「そうだけど……それがどうかした?」

「それがな……今朝見た夢が、沈没する船に俺が乗ってる夢なんだよ」

「……はあ?」

「夢の中の俺は人間でな、何の力も持ってない。船から見渡す景色は海、海、海。そんな海しかない空間で、俺一人だけを乗せた船が、今まさに沈没しようとしているんだ」

「……はい」

「俺は恐ろしかったよ、もう何をしても俺は死んでしまうんだってな。こんな恐怖が死ぬまで続くなら、海に飛び込んでさっさと死んでしまおうとも思った。 ……だがやはり死ぬのは怖い。俺はなにもできず一人震えていたよ」

「……はい」

「……まぁ夢はここで終わりなんだが、起きてから思ったんだよ」

「……何を?」

「人間にこんなに恐怖を与えるお前は、なんて恐ろしい妖怪だったのか! ってな!」

「え、えええええ~!?」

 

 水蜜がなぜか大声で驚いた声を出す。俺はというと、言いたいことがあらかた言えたのでかなり気分はスッキリした。

 

「で、でも私はそういう妖怪ですし……」

「ああ。かなり凶悪な妖怪だな、水蜜は」

「で、でもほら、今はこうして陸にいるわけだから……」

「それはそれで自分らしさを失っている気がするな。舟幽霊(笑)になっている」

「舟幽霊(笑)!? なにそれ!? じゃあ私にどうしろっていうの?」

「いや、散々いろいろ言ってはきたが、別に変わって欲しいわけじゃない。俺は今の水蜜は結構好きだぞ」

「え? そ、そんな好きだなんて……」

「朝からお熱いですね二人とも」

 

 水蜜と話していると、尼さんみたいな格好をした女性が俺たちに話しかけてきた。水蜜がいちいち大きい声でリアクションを取るせいで騒がしかっただろうか。

 

「あぁ一輪(いちりん)か、おはよう」

「おはようございます二人とも」

 

 笑顔で挨拶してくる青色の髪をしたこの女性は雲居(くもい)一輪。この寺に住むメンバーの一人だ。彼女の横にふわふわ浮いている顔のついた雲は雲山(うんざん)という名前の見越し入道。意識や人格はあるようだが、雲山の声が聞こえるのは一輪だけである。

 

「お、おはようございます一輪。 ……べ、別に真とはただ話しているだけで……」

「そうだったの? 私はてっきり…… それにムラサのことを名前で呼ぶのは真だけだし……」

「真はみんな名前で呼んでるじゃない!」

 

 確かに俺は基本的に名前で呼んでいる。ただ、聖だけは白蓮とは呼んでいない。別に理由は無いのだが、敢えて言うなら『聖』がすでに名前っぽいからだろうか。

 ほら、『佐倉(さくら)』とか『結城(ゆうき)』みたいに名前っぽい苗字がたまにいるだろ? 俺にとって『聖』はまさにそれなのである。多分、六道聖や吉本聖のせいだ。前世でやってたゲームや漫画にそんな名前のキャラがいた気がする。

 

「では一体どんな話をしていたんですか?」

「あぁ、聞いてくれ。船が沈むまで真綿で首を絞めるように恐怖を与え続ける舟幽霊は、人を一瞬で食い尽くす妖怪よりもおそろしいんじゃないかって話だ」

「……なるほど。言われてみたら一理ありますね」

「だろう? それに比べると一輪や雲山は怖くないよなー」

「あはは、確かに。 ……どうかしましたか雲山。え? 『怖くないとは心外』?」

 

 一輪がそういったかと思うと、隣にいた雲山が俺を取り囲むように広がっていく。む、首が動かない。雲山は徐々に高度を上げていき、それに合わせて俺の首も上を向き始める。

 このまま真上を向いてしまうと、俺は気絶してしまう。見越し入道とはそういう妖怪なのである。

 

「……『見越した』」

「ああ雲山!」

 

 しかし解決方法を知っていればなんてことはない。真上を向くまでに『見越した』という言葉を呟けば、見越し入道は消えてしまうのだ。時間が経てば、消えた雲山は元に戻る。

 

「じゃあ俺、朝飯作ってくるから。一輪、すまなかったな」

「いえ……」

 

 そう言って俺は、釈然としない様子の水蜜と、雲山を心配する一輪を残しこの場を離れた。

 恐ろしい妖怪だ、というと水蜜は怒り、怖くない妖怪だ、というと雲山が怒る。妖怪とはいっても色んなヤツがいるものだ、と思った。

 

 

 

 ……さて、今日の食事当番は俺だ。メニューは、ご飯、味噌汁、卵焼き、海苔、山菜のサラダ。朝だしそこまでの量は必要ない。

 この寺では普段禁止されている食べ物は特に無いようだ。ある期間においてのみ、肉や魚を断つらしい。ただし酒は全面禁止だが。

 

「なんていうか、真が狐の妖怪ってことを、こういうところで意識するとは……」

「そうですね……」

 

 朝食時、皆で集まりいただきますを言った後、水蜜と一輪が俺の朝食、の味噌汁を見ながら感想を漏らした。俺はここでも尻尾を出さずに生活しているが、俺が狐であることは全員が知っている。

 

「どうかしたか? 味噌汁に豆腐と油揚げは一般的だと思うんだが……」

「その油揚げの量が一般のと比べてだいぶ多い気がするのよ…… いや、おいしいからいいんだけど」

「そうですね、真の料理はおいしいですよ。 ……ところで、ナズの卵焼きだけチーズが入ってる気がするんですけど、これはナズの見た目が小さいから特別なんですか?」

「誰が小さいってご主人? ……って、私の卵焼きだけだったのか、これは?」

「え! ナズーリンのは特別なの?」

 

 ぬえが、ずるーい! と騒ぎ出す。たしかにナズーリンの卵焼きだけチーズが入っているのは事実だが……

 

「いや、別にナズーリンが特別ってわけじゃないぞ。ぬえと聖と一輪の卵焼きは甘く作ってあるし……」

「「「えっ」」」

 

 全員が驚いたような声を上げる。卵焼きは一度に作れる量が限られているので、味に差を出すのはさほど手間ではない。

 

「え……聖たちの卵焼きって甘いんですか? それでご飯に合うんですか?」

「何を言っているんです星。もともとご飯には甘いものが合うんですよ。おはぎがその最たる例です」

「確かに言われてみれば…… でも私は出汁巻きのしょっぱいほうが好きだなー」

「ですよねムラサ!」

「いやいや、待ってください。人数で言ったら私、姐さん、ぬえさん、の三人もいるので多数派のはずです」

 

 星、聖、水蜜、一輪の大人たちがなにやら言い争いを始めた。いい大人たちが何をしているんだと思うだろうが、こういうくだらない討論は意外と楽しいものである。

 

「そっか…… でもやっぱりナズーリンは特別だよね、一人だけチーズだもん」

「そうだったのか…… 真、別に私だけ特別に作らなくてもいいのだが」

「いや別に二種類も三種類も変わらないんだが」

「そういえば、真の卵焼きも甘いほうなの?」

「いや、俺はしょっぱい派だ」

「えー、私と違うのかー」

 

 ぬえとナズーリンの見た目子ども組の平和な話に入る。ぬえは俺と好みが違い残念そうな反応をしていた。

 

「ほら、真もしょっぱい派だって! これで三対三だね!」

「おやおや? ムラサは真と同じ派だったから喜んでいるのですか?」

「べ、別にそんなわけじゃ……」

 

 どうやら俺のせいで大人組の論争がまたヒートアップしてしまったようだ。いつも穏やかで落ち着いている聖が、こういうくだらない話をするのが珍しいと思った。

 食事のときは、静かに厳かに食べるよりも、話しながらわいわい食べるほうがいい。結局この話は食べ終わるまで続いた。

 

「ご馳走様でした。 ……それにしても真には感心しました。個人によって味を変える…… 真は私たちをよく見ているのですね」

「そうだよねー、まさか私たちと聖たちで違う味だったとは…… 気付かなかったなぁ」

「あ、そういえば前に真が当番だったとき、ムラサの目玉焼きが潰れて完熟になってたんですけどもしかしてあれも失敗とかじゃなくて……」

「ああ、私、目玉焼きはそのほうが好きなのよね。ラッキーと思ってたけどたぶんそうでしょ。まぁ半熟が基本なのは知ってるんだけど……」

「え、私は黄身は潰れてない完熟の目玉焼きが好きなのですが……」

「「えっ」」

 

 ……訂正しよう、食べ終わっても続くようだ。話題は変わったように思えるが、本質的には何も変わっていない。結局は個人の好みの話だ。

 

「……また話が長くなりそうだ。ぬえ、ナズーリン、外に行こうか」

「そうだね。あ、私、昨日やったあれやりたい! めんこ!」

「よし。ナズーリンも一緒にやるか」

「ふむ。それはいったいどのような遊びだろうか」

「簡単だ、まず一人三枚の持ち数があってだな……」

 

 次は目玉焼き議論が始まりそうな予感がしたので、子どもたちをつれて外に出た。ちなみに俺は水蜜と同じで潰れた半熟派である。かけるのは醤油ではなく塩胡椒がいい。

 

 今日も妖怪寺は平和だった。

 

 


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