東方狐答録   作:佐藤秋

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第百三十話 ○○異変⑤

 

 月に着く。『答えを出す程度の能力』が指定する場所までロケットを操作し、水のような結界を通り過ぎてから無事着陸。出ると、森の中のような場所だった。近くに海も見える。

 自然、それに水まであると、ここは本当に月なのかと疑いたくなる。実際、景色は地上とほぼ同じなので、疑った。しかし空の色が青色ではなく暗青色(くらあおいろ)で、それに人間が住むならこういう自然は必要なのかもと思い直し、やはりここは月なのだという結論に至った。

 

 たった数日で、月まで来た。こうなるとなんだか感慨深いものがある。変な達成感に満ちている。

 思えば、月まで来るのが俺の()生の目標だった。永琳が月に行き、地上で独りぼっちだったころ、月を目指すことでなんとか生きる意志を繋いだ。あのころは妖力も足りず、『答えを出す程度の能力』を使っても月に行く方法は出なかった。

 今はもう地上でも独りではないし、永琳にもいつでも会えるのだから、月を目指す必要も無くなっている。それはそうなのだが、いつの間にか月まで行ける力が身に付いているとは。嬉しいやらびっくりやら、である。

 

「へぇ、ここが月。木には桃ばっかりが()ってるのね。天子のいる天界に似ているけど、本質的には同じような場所ってことかしら」

 

 俺に続いて、霊夢もロケットから外に出る。呼吸できないとかだと危ないから中で待ってろと言っていたのに、言うことを聞かない。何事にも縛られないのが霊夢クオリティ。

 まぁ、『答えを出す程度の能力』で安全なのは確認していたけど。ずっとロケットに引きこもっているのはさすがに暇だったか。

 

「それにしても、こんなに大きい水溜まり初めて見たわ。これが海。真、釣りしましょう、釣り」

「はいはい、後でな」

 

 自由な霊夢をロケットの中まで押し戻し、俺も中へ戻る。月までは、異変を解決しにやってきたのだから、先にそっちを消化しないといけない。そう霊夢に言う。

 ただ、月に住む連中は、地上の人間は穢れがなんだとうるさいから、霊夢はここで留守番だ。霊夢はゴネたが、ここは幻想郷ではない。弾幕ごっこで問題は解決できないのだ。だから危ないと、なかば強引にロケットに置いていった。

 『答えを出す程度の能力』で調べてみても、連れていくよりも置いていくほうが、結果的に無傷で幻想郷に帰れるとも出ていた。やはり月は危険。なんてったって、幻想郷の結界を攻撃する輩がいるのだから。

 

 霊夢を置いて、森の中を歩く。大体が桃の木のようだった。月の都市ではなく、桃の木(ばやし)とでも呼んだ方がいいんじゃないか。

 たまに森の中で、鈴仙のような兎耳をつけた少女を見かけた。これがいわゆる月の兎。見張りか、もしくは訓練でもしてるのだろうと思ったのだが、餅を()いている兎もいる。なんなんだろう。ある意味、どれも仕事みたいなものだろうか。

 

 能力を使い異変を起こしている輩がいる方向へ進んでいくと、だんだん兎を見かける回数が減っていく。月に人々が住む街があるとして、どうやらそこから離れた所にいるみたいだ。地上の妖怪が月の街に忍び込むのは難しいと思うので、その点に関してだけはありがたい。それ以上にこちらは迷惑を被っているので、間違ってもお礼なんかは言わないけど。

 

 森を抜け、砂漠のような場所に出る。砂なのかどうかはよく分からない。月だったらレゴリスだと思うんだが、知らないしな。まぁ、砂だ。

 月らしい景色だし、見通しもいい。こちらのほうがいいなと俺は思った。初めて来る場所なのだから、その方がなにかと安心できる。俺自身も見つかりやすいが、誰かを見つけやすいという点のほうが大事と言うわけだ。

 

 見通しのいい砂漠の中で、覗きこまなければ見えない場所がある。急激に地面が凹んだ台地、つまり盆地となった地形である。月なので、クレーターと表現した方が的確なのかもしれない。

 かなり広いクレーター。どうやらそこが目的地のようだった。中に降りて、気持ち中央に向かって足を進めると男が一人。幻想郷の結界を攻撃なんて大がかりなことをいったい何人でやっているのかと思っていたのに、一人だった。周囲を見渡してみたけど、やはり誰もいない。

 

「よ、こんにちは」

 

 空の色からは今が何時なのかが判断できない。けどまぁ朝ではないだろうと、俺は男に声をかけた。

 男は返事もせず、こちらをチラリと見ようともしない。

 

「こんにちは」

「……」

 

 もう一度声をかけると、男は気怠(けだる)そうにこちらを見て、鋭い目つきで睨みつけてきた。うむ、友好的態度とは言い難い。仲良くできる気が全くしない。

 俺としても、仲良くするつもりは無いのだけど。でも挨拶は大事だ。

 

「ちょっといいか。話をさせてもらいたい」

「……私には、地上の穢れた存在と、話す事柄など持ち合わせていない」

「そうだったら俺も別にいいんだけどさ。お前が幻想郷にちょっかいをかけてるヤツだって言うんなら、こっちもこのまま立ち去るにはいかないわけで」

 

 一応言葉は通じているようで、それについてのみ安心しながら俺は言葉を返す。

 

 男の横には、幻想郷では河童のいるところでしか見かけないような、変な物体が置いてあった。光を集めるパラボラアンテナのような、それでいて弾を発射する大砲のような、大きい物体。

 見上げれば、俺たちの住む地上が視界に入る。なるほど、狙うには絶好のポイントだろう。この道具は、地上に何らかの効果を及ぼすものだと予想できる。

 能力を使って赴いた場所に偶然いたと言うには苦しいほど、さすがにこの男は怪しすぎた。

 

「『この変な物体さえ壊してしまえば、もう地上に手出しできなくなるのかね?』」

 

 俺がそう言うと、男は怪訝な顔をした。その質問に答える義務が自分にあるのかと言いたげな表情だが、そんなものは無い。俺は能力を使っているに過ぎないのだから。

 

 得られた答えは、イエスでもありノーでもあった。まぁ、それもそうかと俺は考える。道具を壊せば一時的にはなんとかなるだろうが、この男の意識が変わらない以上、幻想郷への攻撃は止むことがない。

 しかし収穫もあった。どうやらこの物体は、男の力を地上にまで伝える媒介のような役目をしているらしい。

 地上という離れた場所の、幻想郷というそこそこ広い場所を攻撃するには結構な労力が必要である。となると、この道具をどうこうするよりも、この男自体をなんとかした方がよさそうだ。そう考えた。

 

 『溜めることができる程度の能力』。それがこの男の有している能力だった。

 通常、妖怪も人間も、自分の持っている力を翌日に持ち越すことは不可能である。仮に、俺の持っている妖力を100としよう。その100の妖力を当日すべて使い切ったとして、休めばまた翌日に100の妖力を使うことができる。しかし100の妖力を一日使わずに我慢したとして、翌日に200の妖力が使えるようになるわけではない。

 

 だが、目の前の男はそれが可能だった。二日我慢すれば200の、三日我慢すれば300の力を溜めることがこいつにはできる。

 男は数百年の時間をかけることで、幻想郷を(おびや)かすほどの力を手に入れている。非常に迷惑な話であるが、それほど長い時間をかけても計画を途中放棄しない根気強さは、素直に賞賛したい気持ちだ。特に俺は飽きっぽい性格であるし。

 

「まったく……輝夜も永琳も大変だな。月の連中ってのはここまでしつこい」

「……輝夜の名前を知っているのか。となると永琳というのは八意様のことだろう。なるほど、確かに全くの部外者というものではないようだ」

 

 だから最初からそう言ってるだろうに、今さらながら納得する男に俺は内心で嘆息する。

 男は顔だけではなく今度は体全体までこちらを向け、そして初めて認識して俺を見てきた。さっきまでの、有象無象の一匹の妖怪として見てたのとは違う、はっきりした目だ。

 

 まず目が合い、次に上、下へと男の視線が移る。頭に生えた耳と尻尾を見たのだろう。男は少しだけ驚いた様子を見せたかと思うと、いきなりせきを切ったように笑い始めた。一体どうした。

 

「は、はははははは! そうかお前は! まさかここで見つかるとは思わなかった!」

「……はぁ? どうした急に。俺のことを知っているのか?」

 

 今度は俺が怪訝な顔になる。俺が知らない相手なのに、俺のことを知っているような口ぶりをされると気分が悪い。そういうものかと思ったが、妖怪の山にいるときには俺の名前を知られていてそれほど不快な思いはしていなかったのを思い出し、目の前にいる男が気に入らないから気分が悪くなるんだなと思い直した。そもそも幻想郷を攻撃していた輩なのだし、俺が気に入る道理が無い。

 

 男は笑いながら言葉を続ける。俺の問いに対する返事なのか、それとも俺の言葉は無視してただ続きをしゃべっただけなのかは分からない。

 

「お前、()()()()に邪魔をしてきた狐の妖怪だろう? 姿は一瞬しか見ていないがよく覚えている」 

「あのとき? はて、いつのことだろう」

「なんせお前が邪魔をしてくれたおかげで、輝夜と、更には八意様も、月に連れ帰ることができなかったのだからな」

 

 俺が邪魔したせいで、輝夜と永琳を月に連れ帰れなかった、と。

 男の言うことを頭の中で繰り返して、俺は「ああ」と納得がいった。あのときって、もしかして輝夜を迎えに月の連中が来たときのことか。確かあのとき俺は、迎えに来た連中の中から永琳を尻尾でひっつかんで、スキマを開いて輝夜を連れて逃げたんだっけ。

 

 ということはこの男は、輝夜を迎えに来た連中のうちの一人だったということか。あいにくあのときは永琳しか意識していなかったし、そうでないにしても沢山いた月の連中の一人ひとりの顔なんて覚えられるはずもないので、この男に見覚えなど無い。頑張って思い出してみると、俺の記憶の中にいる月の連中は、全員白マントとつけて顔を隠している格好へと改変されていた。

 赤青の格好をしている永琳だけが浮いていて、ちょっと笑える。いや、あの格好だとどこにいても浮くのだけれど。

 

「あの狐に復讐できる機会がこうして訪れようとは。月並みな言葉だが、あきらめずに努力をすれば報われるというやつだな。ところで、月とは地上よりもはるかに高尚な存在であるのに、ありきたりでつまらないことを『月並み』と表現するのは少々おかしく思わないか? なぁ、狐」

 

 男は芝居がかった様子。挨拶しても返事してこなかったファーストコンタクト時とはキャラが随分違うな。ああいや、一応ファーストコンタクトはもっと昔にあったんだっけ。そんなことを考えていると、男が俺に向かって右手を向けてきた。

 

 嫌な予感がして、俺はとっさに後ろに下がる。

 男の手が光りはじめ、そこから無数の光弾が飛んでくる。その様子はあたかも弾幕ごっこを始めたように思えた。光弾が放っているプレッシャーから、遊びである弾幕ごっこと同じであるとはまったくもって言えないのだけど。

 

「まぁ、話し合いで解決できるとは最初から思ってない。異変は弾幕ごっこを通して終わるものだしな。当初の予定通りお前を力ずくで叩きのめして、それで異変の解決としよう」

「はっ、ぬかせ」

 

 俺も手とついでに尻尾を構え、弾幕を発射する。尻尾は妖力の塊なので意外とこのほうがやりやすい。

 

 互いの弾が交差する。そしてそのうちの一つがぶつかりあい、はじけて消えた。

 

 


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