東方狐答録   作:佐藤秋

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第百三十二話 月讐異変⑦

 

 月の連中をあのとき殺さなかった理由なんて、それだけだ。殺すのはよくないとか道徳的なことを言うつもりも、相手や残された人たちが可哀想だなんて気遣うつもりもない。ただ、俺が、好きなヤツには自分の手を汚してほしくないだけ。俺が勝手に永琳のことを思ってやった自己満足である。

 ルーミアが人を喰うのとかも別に悪いと思ったことないしな。理由もあるし、納得できれば他人の行動に関してとやかく言うつもりはない。まぁ、ルーミアがあれから人を喰うのをやめたのは嬉しかったけど。

 

 男の攻撃を、防ぐだけじゃなくて今度は相殺させながら俺は言ってやった。防御に集めていた妖力を攻撃に回して放出しただけで、相殺させることは難しいことではない。

 男は少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐに気持ちを取り戻したようだ。序盤では俺が防戦一方だったことを思い出したらしい。男自身に一撃も攻撃は当たってないのも事実ではある。

 

「そこまで言うなら、今こそ私を殺してお前の実力を見せてみるがいい。だが、まだ私は一%程度の力しか出していないぞ。ようやく相殺できたお前が、これ以上何ができるというのだ」

「一%、上等じゃないか。あと九十九回耐えたらお前の力も枯渇する。余計なことはもうできなくなるわけだ」

 

 男は『溜めることができる程度の能力』で数百年溜めた力を解放している。力を消費すれば返ってくることは無い。もう百%の力は出せないのである。

 もっとも、相手の力が無くなるまで防御に徹するつもりはもう無いが。こいつは正面から叩き潰す。

 

「……そうか、お前は永琳様と相識(あいし)っていたな。私の能力のことは聞いていたのか。まぁ、だからどうということもあるまい」

 

 俺が能力を知っていたことに対し勝手に納得しているので、わざわざ訂正してやる義理はない。それに今から『答えを出す程度の能力』は惜しげもなく使うつもりなのだ。教えて警戒させることもないだろう。警戒したところで無駄だけどな。

 

「覚えているか? お前は私の攻撃を躱すのに精一杯で手も足も出なかった。途中からは無様に吹き飛ばされていただろう。さてそれはどうするつもりかね」

「ああ、うん。実際にやってやるから攻撃して来いよ」

「減らず口を」

 

 男は睨み、右手をこちらに向けてくる。やはり攻撃は見えないし、手のひらから弾幕が発生されているわけでもないので、弾道を予想するのは不可能。一応予備動作から放つタイミングが分からないよう、男は注意しているようだ。

 だがそんなの関係ない。無駄に広範囲に放たれているらしい弾幕を、俺は最小限の動きで回避する。

 

「なっ!」

 

 予想が外れ、面白いくらい動揺した様子を見せてくれる月の男。アドバンテージがまず一つ減ったな。

 

 避けているからくりは当然『答えを出す程度の能力』によるもの。ただし『どこに行けば避けられるか』ではなく『どう動けば避けられるか』の答えを出すことで、未来が変わることがないようにしている。

 前者は能力を使うのが一瞬であることに対し、後者ではずっと使っている扱いとなる。よって疲れが段違いに増えるのだが、攻撃を食らってしまうよりかはマシであるため構わない。

 

 まぁ、尻尾で守る防御形態になって全部防いでもよかったのだが、避けたほうが相手の精神的ダメージになると判断した。相手が嫌がることをするのは勝負の基本である。

 

「何故だ! 何故躱せる!」

 

 相変わらず攻撃は見えないが、相手の弾幕はより一層激しくなったようだ。避ける範囲が先ほどよりも広がっているのが分かる。多分、弾の一つひとつも大きくなってるな。当たったらかなり痛いだろう。当たらないので関係ない。

 

「私の攻撃が、見えている……? いやそれでは説明が……」 

 

 大雑把ながら相手の見えない弾幕の軌道を感じてみたところ、直線ではなく、不規則に曲がってもいるようだった。折り返して背後から襲ってくる弾もある。俺が男の弾を見て避けているなら意味もあったろうが、やはりこれも関係ない。

 

「……くっ!」

「読めてるぞ」

 

 男がパラボラアンテナに手を伸ばそうとするが、俺はすぐさま距離を詰めてパラボラアンテナを蹴り飛ばす。所詮は機械、ちょっと強めに蹴ったら簡単に壊れた。

 地上を攻撃すればまた俺が庇うと考えたのだろうが、そうはいくか。能力により男の次の行動は予想済みだ。お前の予定通りに事が進むのは二度と無い。

 

 次に男は苦し紛れに光線を放とうとしてくるので、これも先回りをして腕を掴む。弾幕とは違い光線は手から発射されるようだ。

 腕を動かしてから掴まれるのではなく、動かす前から掴まれる。行動する前から自分の次の行動を阻止されて、男は目に見えたように焦りだす。

 

「な、何故だ! 何故私の行動が読まれている!」

「よくもまぁ俺をいたぶるようにダラダラと戦闘を長引かせてくれて、戦闘中だというのに長々と話をしてくれたもんだ。そのおかげで、もうお前の性格は理解したよ」

 

 自分のこめかみを指でつつきながら俺は言う。

 

「それがどうした! たったそれだけで私の思考をすべて読めるとでも……」

仙里算総眼図(せんりざんそうがんず)。お前という本の次のページを読んだ」

「っ! ふざけるな!!」

 

 ふざけていたのがバレたらしい。まぁ、自分の能力を敵に教える馬鹿はいないだろう。訊いてきたこいつが愚かなのだ。

 

 男は掴まれた腕を振りほどき、手のひらをこちらに向けてくる。光線以外の攻撃方法は無いのだろうか。威力が強力なのは事実だが固執しすぎだ。

 そもそもそれは遠距離攻撃だろう。接近している今、俺のほうが速い。光線が発射される前に、男の顔面に拳を叩き込む。

 

「ぐがっ!」

「おっと危ない」

 

 吹き飛ばされた男の手から光線が漏れ、危うくそれを回避する。まぁ、当たらないのは知っていたのだが。体勢が崩された状態で碌に狙いは付けられないだろう。そのために先に殴っておいたのだ。

 

「ば、馬鹿な……地上の木っ端妖怪ごときが、穢れた手で私に触れるなど……!」

 

 男が何か言っている。触れたんじゃなくて殴ったんだが。

 ああ、弾幕や光線ばっかりだったのは俺に触りたくなかっただけか。未だに穢れがどうとか言っているらしい。

 今どき菌が付いたーとか、寺子屋の子どもたちでもやっていない。慧音の生徒たちがそんな真似するわけもないが、こいつの頭は子ども以下だな。

 

「許されない! 断じてそんなことは許されないのだ! その罪、万死に値する!」 

 

 今度は両手を俺のほうに向けてくる。殴って距離ができたため、また光線を放つつもりのようだ。

 もう透明にするなどという小細工はせず、男の手から巨大な光線が放たれる。

 太い。溜めていた力を一気に解放しているのだろう。視界が光線だけでいっぱいになった。

 

「死ね! 消えろ! 跡形も無く! そして次は地上の連中の番だ!」

「いや、お前の番が最初で最後だよ」

 

 遠くに見える男の位置を確認しながら、俺は妖力のほとんどを解放して変化の術を使う。そして()()()()()()()()()()()()

 曲がった空間に沿って光線も曲がり、男に向かって一直線に向かっていく。

 

「な」

 

 轟音。断末魔の声をあげる間もなく、男の立っていた地面が爆発した。舞う砂埃すらもほとんど消滅したのか、意外にも視界は良好。見渡す限りにぽっかりと大きな穴が空いている。

 

「力を溜めることができるとしても、放出した力を食らって平気ってわけじゃないんだろ」

 

 地面を見下ろしながら俺は言う。

 無駄に月の環境を破壊してしまったことは反省すべきことだ。空間を繋ぐことができれば光線を空に向けることもできたのだろうが、さすがにそれは無理。紫の専売特許だろう。紫ならきっとスキマを開くだけで、男を完封できたんだろうな。

 

「さて、それじゃ……」

 

 男は先ほど、次は地上の連中の番だと言っていた。それはつまり、俺を倒した後で地上を攻撃できる余力を残していたということである。

 結果として俺は倒せなかったわけだが、余力を残したおかげで男はかろうじて生きているようだ。数分も放っておけば死ぬだろうが、楽に死なせてやるつもりはない。

 『答えを出す程度の能力』で男の位置を探し、見つける。埋まっていることもなかったので、ボロ雑巾のようになった男は簡単に発見できた。

 右手で無造作に拾い上げて、俺は男に変化の術を掛ける。

 

「な、なにをし……」

「ふんっ」

「ごはっ!」

 

 小綺麗になった男を投げ捨てる。もうこれで本当にやることは終わり。変化の術で傷を治すついでに、もう能力が使えない体へと変えてやったのだ。何百年経とうがこいつは今後一切、幻想郷を攻撃できる力を得ることは無い。

 

「術を解いたら、さっきの状態に戻ってお前は死ぬから。死にたくないなら、その不便な体で死ぬまで生きろ」

 

 そう言い残し、俺はさっさとこの場を去る。もしかしたら轟音を聞きつけて月の連中がやってくるかもしれない。厄介ごとには首を突っ込まずに逃げるに限る。半分くらい当事者だけど俺は無関係だから。

 

 さて、地形が変わってしまったために帰り道が分かりにくい。霊夢のいるロケットはどこに置いてきただろうか。月の男め、最後に厄介なことをしてくれたものだ。

 懲らしめたことで幾分かスッキリしていたが、思い出したらまた腹が立ってきた。こういうときは別のことを考えて忘れよう。霊夢でも愛でて癒されるとするか。

 

 桃の木の林まで戻ってきた。ロケットがある場所までもう少し。月の連中に見つからないよう目立たないところに着陸してたのだが、こうも見えてこないと道を間違えてないか不安になる。俺のロケットが小さいのか、それともここの桃の木が高いのか。まぁ、いずれ見えてくるしどちらでもいい。

 

 ようやくロケットが見えてくる。霊夢はいい子で留守番できただろうか。俺がこうして戻るまで外に出てはいけないと言っておいたので、退屈だったことだろう。

 ロケットの入り口を叩き、俺だよと中の霊夢に告げる。返事がない。もしかすると退屈すぎて寝ているのかもしれない。

 

「霊夢ー?」

 

 そっと入り口を開けて中を確認すると、霊夢の姿はどこにも無かった。俺の言い付けを守らず、勝手に外に出ていってしまったのか。悪い子だ。

 まぁ、出発前に『答えを出す程度の能力』で霊夢の安全を確認しているので、怪我をしているというのもないだろう。紫の代わりについてきてもらったのだから危険な目に遭わせるのは以ての外だ。

 

 さて、のんびりと霊夢の帰りを待つのもいいけれど、今日はもう随分と疲れた。月の男と闘って、能力も妖力も使いすぎた。

 どうやら簡単な答えを導くくらいの余力は残っているようだし、霊夢がどこにいるかは能力を使って調べるとしよう。体力残りギリギリで、『霊夢が月のどこにいるか』の答えは出すことができた。

 

 だが……なぜだろう。

 ロケットの中にも外にも。

 月のいかなるどの場所にも、霊夢の存在は確認できなかった。

 

 


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