東方狐答録   作:佐藤秋

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第百三十四話 月讐異変後

 

「ねえ真さん。ぶっちゃけさっき霊夢さんを抱きしめてるとき泣いてましたよね」

「泣いてない。気のせいだ。あれは目から心の汗が漏れただけだ」

「どっちですか。いやいや、『守れなくてごめんな』って言ってた真さん、ものすごく震え声でしたから」

「ビブラートの練習がしたかったんだ」

「ひっどい言い訳」

 

 姿を見て感極まってしまった俺が霊夢を抱きしめて数分後、我に返った俺は苦しそうにもがいている霊夢を慌てて放し、今は文に先ほどの行為について茶化されている。賽銭箱が置いてある(へり)に座る俺を、隣でニヤニヤと見てくる文。正直とても居心地が悪い。

 いや、まぁ、ここに来る前から居心地の悪さは覚悟していたのだが、実際そうなってしまったら予想以上のものがある。帰りたい。なにより、覚悟していた居心地の悪さの方向性が違う。

 

「まったく真も馬鹿よねぇ。霊夢が死んだのは事実だけれど、もう会えないと勝手に早合点して落ち込んでるなんて。幽々子という前例もあるじゃない。真の能力ならそれくらいは分かりそうなものだけど」

 

 文とは反対側で俺を挟むようにして座っている紫が、肩を竦めながらそう言った。

 (なじ)るために俺の両側をいち早く陣取ったのがこの二人。お前ら実は結構仲良いだろ。俺の能力について知っている数少ない存在という共通点を持った二人でもある。

 ちなみに霊夢は、守ってやれなかったことに加えて先ほど強く抱きしめてしまったこともあり、怒って別のところへ行ってしまった。魔理沙たちもそれを追っていったのでこの場にいない。性別もよく分からない小人さんなどは、霊夢をいじめるなと怒って去って行った。ごめん。

 

「月は地上と勝手が違うせいか、能力で正しい答えが出なかったんだよ」

 

 俺はそう紫に言い訳する。ちょっと違うが、これも理由になるだろう。

 

「嘘ね、真の能力は万能だもの。大方また見当違いの使い方でもしてたんでしょ。『月のどこに霊夢はいるのか』とか『霊夢を見つけるためにどの方向に向かって歩けばいいか』みたいなね。月にいないんだからそりゃあ正しい答えは出ないわよ。『どこに行けば霊夢に会えるか』を訊けば、そんな勘違いもしなかったでしょうに。あれ、もしかして『霊夢は死んでしまったか』なんていう使い方もしちゃった感じ?」

「……そんな使い方はしていない。あのときは……いや今もだが、能力で出てくる答えに確信が持てなかったからな」

「真の能力は完璧なのに。まぁそんな問いをしてしまえば、まず間違いなく『霊夢は死んでいる』って出たでしょうね。実際死んでるし。ここにいるけど」

 

 どうして俺の能力なのにそんなことが分かるんだと、紫を少々問い詰めたいところ。しかし半分くらいはその通りなので、俺はうまく言い返すことができずにいる。

 使い方は下手だったのかもしれないが、一応それには毛ほどの理由なら存在した。あのときは本当に体力の限界だったのだ。

 難しい問いの答えを能力で調べたら、副作用で眠りに落ちてしまっても不思議じゃない。月の土地に穢れた妖怪が一匹、無防備に眠りこけるなんてできやしないだろう。だからなるべく限定的で単純な問いにしたのだった。

 

 もっとも、地上に戻ってからの三年間は、能力をいつでも使う機会はあったのだろうが……。いま思うと、『どこに行けば霊夢に会えるか』と訊いて、『もう会えない』という答えが出てしまうのが怖かったんだな。

 使えない能力だと思っていても、条件さえ整えば正しい答えが出る程度には信頼している。ほとんど霊夢に会えないと確信していても、能力によって断言されるのは嫌だった。いつかは霊夢に会えるかもしれないという砂粒ほどの可能性を、捨て去ってしまいたくなかったのである。

 

「それにしても、真が気に病んでる可能性も考えてたから依姫には伝言を頼んでたというのに、真には伝わってなかったみたいじゃない。月の住民ってのは仕事もロクにできないのね」」

 

 俺が黙っていたために話題を逸らそうと思ったのか、それとも単に思いついたことを話しているだけか。やれやれと首を振りながら紫は言う。

 

 どうやら月で遭遇したあの女は依姫という名前だったらしい。そういえば訊ねていなかった。

 月の男の名前も訊くのを忘れていたのだが、あっちのほうは脳細胞の無駄遣いなのでどうでもいい。

 

 それよりも依姫のほうである。あいつに霊夢が死んだと聞いたから俺は勘違いしてしまったのだ。紛らわしい伝え方をしてくれたものである。

 もしかすると直後に慌ててフォローしていたのかもしれないが……呆然としている俺の耳に届いていなかったのならば意味が無い。

 聞いていなかった俺も悪いが、聞いていないと気付かなかったあちらも悪い。過失割合はフィフティフィフティだと言えるだろう。

 

「……ん? 待て紫。いま伝言を頼んだって言ったが、どうやって」

「そんなの月に行って直接頼んだに決まってるじゃない。月への道が開く時期がちょうど来たから様子を見に行ったのよ。そしたら霊体になってた霊夢と話してる依姫を見つけたの」

 

 あっけらかんと月まで来ていた事実を告げる紫。俺たちがロケットで直接月に向かうのと、紫のスキマが月まで繋がるまで待つのでは、時差はほとんど無かったようだ。それでも俺たちの方が早かったのは事実なので後悔などは特にない。急がば回れと言うが、一番最初に思い付いた最短の道を通っているのだから、それが一番早く着くのは当然である。

 

「……月にいたなら、紫が直接俺に言ってくれればよかったんじゃ。いなかったってことは、霊夢をつれて先に幻想郷まで帰ったんだろ? 俺を待っててくれる優しさというのは無かったのか」

「だって、多分真が戦ってたからだと思うんだけど、地面とかものすごく揺れてたし。身の危険を感じて逃げたのよ。それに月がそんな状態の中、侵入者である私たちが見つかったら色々めんど……それも危険だと思ってね」

 

 ああそうかい。月の男を調子に乗らせたのも俺だし、無駄に叩きのめしたのも俺である。これにおいても俺が全部悪かったのか。

 

「誰が相手でも真なら生きて戻るでしょ? 真を信じて幻想郷で待ってたわ」

 

 そんな風に過剰に信じられた結果、三年間も外の世界で悶々と過ごしてきたんだが……いや、不機嫌になるのはやめにしよう。悪いのは俺だな、ならばちゃんと謝らなければ。霊夢には何度も謝ったが、紫には謝っていなかったことを思い出した。

 

「すまなかった」

「それはもしかして、霊夢を守れなかったことの謝罪かしら」

 

 当然だ、と俺は答える。今となっては今生の別れではなかったにしても、結果オーライと言えるほど俺は無責任ではない。なにより結果オーライとも言い難い。

 

「そっちの謝罪もいいのだけど」

「真さん、私にも言うことはありませんか」

 

 紫の言葉を遮り文が言う。幻想郷の創造主に対してすごいな文。だが以外にも紫は文句を何も言わなかったので、俺は言葉を紡ぐとする。

 

「ああ、文も結構な頻度で神社に来るほど、霊夢のことを気にかけていたようだしな。守れなくてすまなかった」

「いえ、そっちは割とどうでもいいです。人間との死に別れなんて妖怪にとっては些細なことですし、今回に至っては別れですらないですしね。それよりも私が怒っているのは、長い間幻想郷に戻ってこなかったことにです! 地底にいると分かっていたあのときとは違い、外の世界だと真さんがどこにいるのか分からない状態なんですよ!? そんなに待たされると、いつ会えるのかそもそもまた会えるのか分からなくて不安になるじゃないですか! 私ずーっと真さんのことを心配してたんですよ!」

 

 (まく)し立てる様子の文に思わず紫を横目で見ると、紫はうんうんと頷いている。

 心配て、俺が帰ってきてから今の間までそんな様子まったく見せなかっただろう二人とも。

 ……いや、違うか。一つの感情をずっと同じに保ち続けるのは困難なのだ。日常に埋もれてしまってはいたが、心配してくれてたというのは、きっと本当のことなのだろう。

 

「文」

「なんでしょう」

「心配かけてすまなかった」

「そう、それでいいのです! えへへ、真さんお帰りなさい」

「ああ、ただいま」

 

 そう言って、横から抱きついてきた文の頭を撫でる。誰かの頭を撫でるのは随分久しぶりで、それができるというのはとても幸せなことに思えた。許されるなら、霊夢の頭をもう一度撫でたい。

 

「くっ……天狗に先を越されるなんて……」

「紫も、すまなかった。俺が臆病だったから、幻想郷に帰ってくるまで時間がかかってしまったな。自分勝手な俺を許してほしい」

「……え。あ、うん、いいわよもう。それより次は」

「ああ、次は他の連中にも謝ってくるつもりだ。心配してくれていたかは知らないが、そのときはまぁ久しぶりの挨拶のつもりで」

「いやそうじゃなくて、次は私の頭を……」

 

 紫の言うとおり、これから幻想郷を回って、知り合いのところに顔を出していこうと思う。謝る、というのは半分本気で半分建前。こいつらと話していたらみんなの顔が見たくなった。

 

 神社に来る前に感じていた鬱々とした気持ちが、今はもうほとんど無くなっている。なんだか生まれ変わったような気分。生まれ変わるのはこれで二度目の経験だ。そうそう訪れるものじゃない。

 

 さて、最初はどこへ向かおうか。目を閉じて俺は考える。

 そうだな、まずは……

 

 

 

「……ぎゃー! 何をするんですか紫さん!」

「次は私の番だって言ってるでしょ! 真も、もうちょっと私に構ってくれないと許してあげないわよ!」

 

 もういいと言われたはずなのだが、まだ許してくれてはいなかったらしい。

 そうだな、まずはここにいる連中からだよな。文の耳を引っ張る紫を軽く宥めて、そのまま紫の頭を撫でた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「真には改めてもう一度、許す機会を与えてあげるわ」

 

 そう前置きをしてから霊夢は、驚くほどあっさり俺のことを許してくれた。

 

「さっきのはいきなりだったからやり直し。でも苦しくしたら駄目だからね」

 

 両手を広げ、ん、とこちらを見てくる霊夢。俺はそんな霊夢を正面から抱きしめる。

 霊夢と再会したときに、俺が思わずとってしまった行動と同じ格好。違うのは、周囲にいたはずの連中が帰ってしまい二人っきりであることだろうか。萃香と、それから例の小人さんも神社に住んでいるみたいだが、その二人も部屋に戻ってここにはいない。

 

「聞いたわよ。私にもう会えないと思ってずっと落ち込んでたんだって? ふふ、だけど私はここにいるわよ」

 

 俺の腕の中、楽しそうな様子で霊夢は言う。

 もう一度抱きしめさせてくれたのは、時を戻すことはできなくてもやり直すことはできるのだと、霊夢が俺に伝えたかったからだと思えた。

 

「冷たいでしょ、この身体。でも真がこうして温めてくれたら、前の体と変わらないわ」

 

 肉体を失った霊夢は、二度と人間だったころと同じ状態に戻ることはない。それなのに、取り返しがつかないことをしてしまった俺に霊夢は、なおもやり直す機会を与えてくれている。霊夢の優しさに俺はまた涙を流しそうになった。

 ごめんな、と、消え入るような声でもう一度霊夢に言う。

 

「そうねぇ。それじゃあ今夜一晩中温めてくれたら許してあげる」

 

 そんなのでいいのかと訊ねると、いーの! と俺に抱き着き返しながら霊夢は言った。それくらいならお安い御用である。苦しくならない程度に抱きしめる力を少し強める。

 

「成長しない体になっちゃったけど、これはこれでいい一面もあるわね」

 

 数分後、体勢を変えて膝の上に座りなおした霊夢の言葉だ。はて、いい一面とはいったいなんだろう。

 

「ふふ、内緒」

 

 いたずらっこのように霊夢は笑う。俺の膝にすっぽりと収まった霊夢は、三年前と変わらない幼さが残って見えた。

 

「ああ、でも最近になって一つ、ある問題が出てきたわ」

 

 それはなんだ? と俺は訊く。霊夢は、今までで一番深刻そうな顔をして答えた。

 

「私、魔理沙に身長が追いつかれそうになってるのよね」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「うわああああ! 真さんが化けて出たぁぁああ!!」

 

 白玉楼に行くと、妖夢が俺の顔を見るなりそう叫んだ。前にも似たようなことがあった気がするが、意図せずに叫ばれるのは未だ慣れない。今後も慣れることはないと思う。

 

「ううう……霊夢さんを守れなかったことに責任を感じ、後を追った真さんの残留思念……。でもここに霊夢さんはいないんですよぅ。実は霊夢さんはまだ神社に残っててですね……」

 

 頭を押さえて地面に(うずくま)りながら、なにやら訊いてもいないことを説明し始める妖夢。いったい妖夢の中で俺はどんな設定になっているのだろう。別に俺は霊夢の後を追って死んだわけでも、霊夢を探しにここまできたわけでもない。

 

 大体仮にそうだったとして、妖夢はどうしてそこまで怯えることができるのだろうか。ここは死んだ魂が集まる場所だろう? 死者が訪れることなんて日常茶飯事のことだろうに。

 ああいや、それはもしかして人間に限った話なのかもしれない。死んだ妖怪が白玉楼に来るのは初めてなことで、だから妖夢はこんなに怯えているのだ。これは申し訳ないことをしてしまった。

 

「……ぐすっ。うええぇぇ……」

 

 妖夢の肩に手を触れようとすると、周りを漂っていた半霊がみょんと動いて俺を遮るようにあいだに入る。妖夢を守ろうとこちらの妖夢(半霊)は勇気を出しているようだ。それは見事なことなのだが、これでは話を聞いてもらえない。

 

「あらあら、妖夢一体どうしたの? ……ああ、真が急に来たから驚いちゃったのね」

 

 声が聞こえたのか、幽々子が来た。見ただけで大体を察してくれるのはさすがと言える。小さい子をいじめていると、あらぬ誤解をされたくはない。

 それにしても、妖夢のあの反応。俺だと認識されてなお叫ばれるというのは少々心に来るものがある。幽霊だろうが、俺は霊夢と再び会えたときは嬉しかったのだが、妖夢にとって俺はそうではないようだ。

 

「真も誤解しないであげて。この子は、真の強い意志が形となってここに来たのだと思ったのよ。真から発生して真の見た目をしていても、それは真とは別物でしょ? 少なくとも妖夢はそう考えてるみたい。それに、驚いたのもあるでしょうけど、妖夢はもう本物の真に会えないと思って、混乱してこんな状態になったんだと思うわ」

「うう……幽々子様、真さんがぁ……」

「はいはい。この真は本物だから、怖がることも悲しむこともしなくていいわよ」

 

 妖夢の頭を撫でる幽々子を見ながら俺は、なるほどそういう考え方もできるのかと感心した。真偽は定かではないが、そう考えたほうが俺にとっては都合がいい。

 

「さて、じゃあ妖夢が落ち着くまで、ここでお話でもしましょうか。紫から聞いてるわよ、みんなのところに顔を出して回ってるんでしょ」

 

 ああそうだと俺は言う。

 紫よ、話を先にしていてくれたのはありがたいが、それなら妖夢にも説明しておいてほしかった。 

 

「……それにしても、霊夢も亡霊になるとはね~。私とおそろい♪」

 

 嫌なおそろいもあったものだ。幽々子が死んだときも後悔したっていうのに、俺はまた同じ失敗をしている。

 

「あ、でも、霊夢は私と違って記憶が残ってるから違うわね」

 

 その通りだ。俺は記憶というものは一種の人間性だと思っている。記憶を失ってそれが二度と戻らないのなら、その人物は死んだと同義ではないだろうか。

 霊夢が亡霊になっていた可能性も実は考えていた。しかし幽々子と同様記憶を失っているなら、それは霊夢が死んだと同じ。そういう考えが俺にあるからこそ、俺は深く悲しんだのである。

 

「霊夢が常識に当てはまらない性質をしているから、そういうことになってるみたい。他に、死体が残ってないのに現世に(とど)まれているのも同じ理由らしいわよ」

 

 そうなのか、もともと何事にも縛られない性格だなとは思っていたが……ってちょっと待て。幽々子お前、死体についての話をしなかったか? あの妖怪桜の下に幽々子の死体が埋まっているのは、紫も俺も内緒にしていたはず……。

 

「まぁでも、記憶が残ってるのが必ずしもいいものとは言えないのよね~。私の場合は、自殺するほど思いつめていたんだし」

 

 ……。

 おい幽々子。お前もしかして、ほんとは記憶が残っているんじゃあ……。

 

「……さぁ、どうかしら?」

 

 そう言うと、幽々子は口元に指を当てて薄く笑った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「さて、真。月で何があったのか詳しく話してもらうわよ」

 

 永遠亭について早々、俺を招き入れた永琳はにっこりと笑ってそう言った。なぜだろう、笑っているのに怒っているような気もする。それに薬屋の仕事はいいのだろうか。客が見えてたような気もしたのだが。

 

「……そう、あの子がそんなことを……」

 

 異変の犯人だった月の男を永琳は知っていたようで、俺の話した情報から誰かを思い浮かべたようだ。名前を知らないので、永琳が想像している人物が合っているかは分からない。でもきっと永琳だから正しい想像をしてるのだろう。

 それにしても、あの子ときたか。永琳と比べるとまだまだ子どもの存在らしい。

 

「あの子は結構私を慕ってくれてたからね、裏切られたと思ったんでしょう。でも根は悪い子じゃないのよ。そんなに怒らないであげて?」

 

 無理だな、と俺は言う。永琳の頼みでも不可能なものは不可能なのだ。あいつは取り返しのつかないことをした。何百年経とうが、許すことは一生無いと思う。

 

 そもそも月の輩には、まったくと言っていいほどいい印象を持ってない。月に行くときに核を落とすわ、不死になった輝夜を罪人扱いするわ。挙句今回の異変である。

 はっきり言おう。俺は月の連中が嫌いだ。……もちろん、永琳だけは特別だが。

 

「まぁ、真ったら」

 

 しょうがないわね、と言いながらも、永琳は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

「……あれ、私は?」

「私もです、姫様……。真さん、私たちが月出身ってこと忘れてますよね……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「こらー! まったく真は、私のときのことを全く反省してないよね! しかも今回は私たちだけじゃなくて、早苗まで待たせるなんてさー!」

 

 面目ない……。守矢神社の建物内で、正座させられている俺はそう言いながら項垂れる。多分今回の無断外出で一番怒ってるのは、この蛙みたいな神様だ。

 

「人間の成長ってものすごく速いんだから! ほら、しばらく見ないうちに早苗とか大きくなっちゃったでしょ! あーあ、一番かわいい時期を見逃しちゃったね!」

 

 いや別に、俺は諏訪子たちとは違い早苗の保護者でもなんでもないのだから、そこら辺は特に気にしていないのだが。

 前と同じ理由で怒られていると思っていたのに、今回は何やら少々ベクトルが違う気がする。諏訪子はいったいどうしたんだろう。

 

「……あー、ほら、真は霊夢のことを気にしてたせいで帰りが遅くなったんだろ? それで諏訪子がなんか対抗意識を燃やしちゃったみたいでさ。早苗が霊夢に負けてるみたいに思ったんだろうねぇ」

 

 横で様子を見ていた神奈子が、小声でそっとそう説明してくれた。

 なんだそりゃ、と俺は思う。俺の中では霊夢と早苗の優劣などはついていない。どちらも同じくらい大切だ。

 ……まぁそれでも、共に過ごした時間の長さの違いから、霊夢のほうがちょっとだけ情が深いかもしれないが……。

 

「ちょっと真、ちゃんと聞いてるの!? だいたい真は緑のときから……」

 

 それを言ったらさらに話が長くなると思って言わなかったのに、今度は別の話が始まった。昔話まで持ち出してきたぞ。

 諏訪子の話は小一時間ほど続いた。よくまぁそんなに話をすることがあるものだ。大半は早苗か緑の話。諏訪子は自分ちの子どもが大好きだな、と思った。

 

 

 

 

「……なに笑ってるの、やっぱり全然反省してないね! ほら、反省してるならさっさと尻尾出して! もー!」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「えっ、えっ、真がいる! なんで!? なんで!?」

 

 咲夜に紅魔館まで連れてこられて、特定のタイミングで姿を現す。俺を見たフランはとても驚いたリアクションをした。嫌な驚きではないということは、羽が高速で揺れていることからよく分かる。

 

「なんでもいいや、久しぶりに会えてとっても嬉しい! 真、抱っこして抱っこ!」

 

 ああ、と俺は返事をして、両手でフランを抱きかかえる。近くには豪華な料理があるので、誤って落としたりしないように気を付けなければ。どうやら今日はフランの誕生日だったらしい。

 

「いやぁ、ギリギリでしたよね。あとちょっと帰ってくるのが遅かったら間に合いませんでした」

「まったく、何をしてるのよ真。せっかくフランが力を制御できるようになったのに、不安定になるようなことしないでちょうだい」

 

 美鈴とパチュリーはそう言うが、怒っているわけではなさそうだ。まぁ、誕生日というめでたい日にわざわざ空気を壊すような真似をするはずないか。置いてあるケーキに目をやると、長めの蝋燭が五本だけ刺さっていた。

  

「えへへ~。私、今日でちょうど五百歳になったんだよ! すごい? すごい?」

 

 そんな大きい節目の大事な日に、俺なんかが参加していていいのだろうか。見たところ紅魔館以外のメンバーは俺しかいないようであるが。それにプレゼントに何も用意していない。

 

「真自体が誕生日プレゼントだからいーの! 後でいっぱい遊ぼうね!」

 

 そいつは光栄だなと俺は笑う。そして抱えあげたフランと一緒に、咲夜がケーキを切り分ける様子をわくわくとした目で見守った。

 

 

 

 

「……せっかくの500歳というキリのいい誕生日なのに、数年前に出会った男との再会なんかが誕生日プレゼントになるなんて……」

 

 レミリア……なんかごめん。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「私は別に心配なんかなかったなぁ。真がいきなりどっかに行くのは慣れっこだし」

「そもそも地底にはそういう話がなかなか入ってきませんしね。お燐が地上に行ってなければ多分知らないままでした」

 

 次に向かったのは地霊殿。勇儀とさとりは、特に気にした様子もなくそう言った。

 それならわざわざ足を運ばなくてもよかったかもな、とは思わない。地底の連中とも顔を合わせておきたかった。

 

「でも、そうか。今回みたいなことがあれば、真がフラッとどこかへ行ったまま二度と会えないって可能性もあったんだね」

 

 ありえない、と言い切れないのが、俺の弱いところだと思う。でも実際それは十分考えられたことで、ずっと外の世界に逃げていた可能性も否めない。

 能力を使って嫌な記憶を忘れるなんてこともありえた。今ここに俺がいるのは、ひとえに運が良かったからである。

 

「私が思うに、真が長いこと苦しんだのは、帰る場所が無かったからじゃないのかな。いつでも帰る場所があれば、相談できる人がいれば、一人でずっと悩むこともなかったと思うよ」

 

 それは、まぁ、確かに。誰かに話をするだけでも、心は幾分か軽くなるものだ。それが例え何の解決になっていなくても。

 人という字は互いに支えあってできている……ではないが、独りでずっといるというのは寂しいことだと、俺は身を以て知っている。

 

「それで、だね。今後そういうことが起きないように、真は帰る場所を作っておくべきだと思うんだよ。だからさ、私がその、真の帰る場所に……」

 

 そこまで言って勇儀は口ごもる。

 なんだ、何が言いたいのか分からない。もう一度、今度は最後まで言ってくれ。

 

「……あー、もう! 続きが聞きたいって言うなら、私に勝ったら話してやるよ! 勝負だ、真!」

 

 なぜだか急に勇儀と闘うことになってしまい、月の男との勝負に負けず劣らず俺はボロボロになってしまったのだが……そのときの話と、ついでにそのあとの話は、少々長くなると思うので今回は割愛させてもらうとしよう。

 

 ただ、そうだな。少し語るとするならば、一人の乱入者が登場して……俺の大切()()の人が、一気に()()もできたことだろうか……。

 

 

 

 

「ちょーーっと待て、そこの鬼! たしか勇儀といったか! お前、抜け駆けは駄目だろう! 私が先にその話をするつもりだったんだ!」

「……えーっと、藍だっけ? 別に抜け駆けとかではないんだけど……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「真って、あれから今までずっと外の世界にいたんだよね。ついでにぬえを見かけなかった?」

 

 妖怪寺に訪れると、水蜜から、俺に関係あるようで全然関係ない話を振ってこられた。こいつらは聖を長年待っていたせいか、待つことに耐性が付きすぎている。そもそも俺に対してだから待ってたという意識もなかったかもしれない。

 

「いや待ってたって。ぬえが外の世界に行ったのもついでに真を探すつもりだったからだもん」

 

 出会うことはなかったが、ぬえも外の世界に行っていたみたいだ。結界を抜けるのはなかなか大変なはずなのに、やるなぬえ。ああ見えて昔から生きてる大妖怪でもあるからだろうか。

 

 まだぬえは外の世界にいるようなので探さないのかと訊ねたところ、いずれ帰ってくるだろうとのこと。ぬえも妖怪寺の一員だと思うのだが、やる仕事とかは与えられてないのだろうか。小傘や響子にツケが回っている可能性もある。

 

「ねえ、思ったんだけど、真ってずっとここのこと妖怪寺って呼んでるよね。今はもう昔と違って人間も結構来るんだしさ、ちゃんとした名称で呼んであげたら? 聖もきっと喜ぶよ」

 

 言われてみたらそうだったな。俺は興味の無いものの名前は憶えないが、この寺に関しては妖怪寺と呼ぶのに慣れてしまっていた。不用意な呼び方で人間を恐れさせることもないだろうし、気を付けなければ。

 しかし、はて。この寺の名前はいったいなんだっただろうか。聖輦船、というのは憶えているのだが。

 

「それは私の船でしょーが。忘れちゃったの? しかたないわね」

 

 忘れたのではなく思い出せないだけである。が、まぁ、水蜜が教えたいなら聞いてあげてもいい。

 呆れたような仕草をして、水蜜は俺にこの寺の名前を告げた。

 

「命蓮寺、よ」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 その後も、俺は幻想郷を回った。人里や天界にも訪れ、太陽の畑や三途の川にも行った。どこもそれなりに居心地がよかった。

 おかげで前と同じように、俺はまた幻想郷で暮らせることができたのだと思う。

 

 

 

 そして……百年の時間が経過した。

 

 


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