東方狐答録   作:佐藤秋

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 真が月から幻想郷まで戻ってきて、しばらく経ってからの話です。

 サブタイトル変更しました。


第百三十七話 小町と

 

「やぁ、釣れてるかい?」

 

 俺が川に向かって釣り糸を垂らしていると、後ろから声を掛けられた。少し低い、だが聞き取りやすい女の声だった。

 場所にそぐわない能天気そうな声に思えたが、この場に合っている声だなとも思える。それはきっと、彼女がここにいることが多いからだろう。彼女は大抵はここで仕事している。

 

「ああ、たったいま一人釣れた」

 

 声の主、小野塚小町を見ずに俺はそう答える。

 俺がいま釣りをしている場所、それは三途の川だった。死んだ人間の魂が最後に渡る、この世とあの世を繋ぐ川。当然魚が釣れるはずもなく、それを承知で聞いてきたであろう小町は、なんだいそれはと愉快に笑った。

 

「こんなところでなにしてんの? まさかあたいに会うためだけにそんなことしてたわけじゃないよね」

「そりゃまぁな。なに、気分転換と考え事だ。それにここに来た以上、小町に会うだろうなとは思っていた」

「まるであたいがいつもここにいるみたいな言い方じゃないか。まぁ間違ってはいないけど。あたいは仕事熱心だからね」

 

 小町は今日も頑張ったという雰囲気を出して、スッと俺の隣へと腰を下ろした。本当かどうかは疑わしいところ。しかし俺より働いているのは事実であるためわざわざ口にすることもない。

 

「それで、気分転換って、何か嫌なことでもあったのかい? 芸術家の悩みじゃあるまいし。小町お姉さんに話してごらんよ」

 

 誰がお姉さんだと俺は思う。俺は人類が再び誕生する以前から存在する化け狐だ。お姉さんと呼べる歳のヤツは存在しない。存在してほしいとは思うけれど。

 年上はいい。イメージだが、しっかり者が多いから。しっかりしていない俺としては、引っ張ってくれる女性というものに憧れる。

 

 話が逸れた。お姉さんかはどうでもいいとして、小町が話を聞いてくれると言ったことだ。

 小町は話し上手で聞き上手。それでいて俺との親しさはそれなりと言ったところ。親しすぎないからこそ話せることもあるだろう。ならばと思い俺は話すことにする。

 

「じゃあ、せっかくだから聞いてもらうとしよう」

「うんうん聞くよ、聞いちゃうよ」

「実はだな……」

 

 俺が気分転換に三途の川まで来ようと思った経緯は次の通り。

 

 俺はとある事情により霊夢の身を普段以上に心配するようになった。今はもう神社に住んでいない身ではあるが、毎日一目だけでも様子は見に行っている。そして会えたら、会えたことによる安堵と感謝の感情を、霊夢を抱きしめることで毎回表現しているわけだが……。

 

「ちょっと待って、最初からなんかおかしい」

「まだ途中だから最後まで聞いてくれ」

「あ、うん」

 

 続きを話そう。

 今日もいつものように博麗神社に行ったら、霊夢は華仙と修行をしていた。次の巫女が現れるまでは霊夢が博麗の巫女なのだから、修行も今まで通り必要になってくるだろう。それはいい。問題は次だ。

 修行に疲れてヘトヘトになった霊夢を、お疲れ様の意味も込めていつものように抱きしめようとしたら、なんと拒絶されてしまったのである。それも結構食い気味に。

 「い、今は駄目! (汗臭いから……)」と小声でモニュモニュと何か言ったのち、霊夢は俺の反対方向……確か温泉があるほうだったと思う……に走り去ってしまったのだ。それがショックで、俺は気分を落ち着けるために、一刻ほど前から三途の川で釣れない釣りをしていたというわけである。

 

「小町、もしかして俺は霊夢に嫌われてしまったのかな。だとすると、俺がこの川を渡るのはそう遠くない日になりそうだ」

 

 この世の全てに絶望したような声で俺は言う。実際、霊夢に嫌われてしまったら生きていけない。霊夢に限らず妹紅とかにも。俺には嫌われたくない相手が多すぎる。

 

「いや妖怪は死んでもここは通らないけど……その前に、真ってそういう性格だったっけ?」

「質問の意味が分からない。小町の前に限らず、俺は性格を変えるなんてしたことないぞ。そもそもできない」

「ああうん、そうだね。あたいが悪かった」

 

 小町が首を左右に振る。何を言いたいのかよく分からない。

 ああそうか、小町は話を聞いてくれると言っただけで、アドバイスができるとは言ってなかった。だからきっとまともなことを言えずに謝っているのだろう。そのくらいで腹を立てるほど俺は狭量ではないつもりだ。

 

「まぁ……少し待てば霊夢もいつも通りに戻ると思うよ。お風呂で汗を流す時間もあれば十分さ」

 

 結局小町は、時間にすべて任せればいいという結論に至ったようだ。無難すぎる答え。しかしながら俺が望んでいる答えの一つでもある。今日はたまたま虫の居所が悪かったのだと信じたい。華仙の修業が大変だったとかで。

 

 そうかいと俺は小町に一言返事し、ウキを見る。釣りの再開だ。ウキは相変わらず動かない。今日の三途の川は波も無い。

 

「小町、一緒に釣りするか?」

「退屈すぎるからあたいには無理だね。多分隣で眠っちゃうよ」

 

 小さくあくびをした小町は、ゴロンと俺の横に寝転んだ。服が汚れるし、スカートで足を組むのはいかがかと思う。小町らしいとも思うけど。

 両目を閉じて眠ろうとする小町に、死神の仕事はいいのかと俺は言う。片目が開いた。俺を見る。

 

「思ったんだけど、真は女心が分かってないよね」

「男だからな」

「そんなんだから霊夢に愛想を尽かされるんだよ。あたいが女心のなんたるかを教えてあげようか」

「じゃあ、頼む」

 

 今回分からなくて困っているのは、女心ではなく子ども心なんだけどな。あの小さくてかわいい霊夢を女と呼ぶには早すぎる。あえて言うなら少女心か。

 しかしながら最近は、女心も知りたいと思っていたところ。あいつらだ。俺なんかをいいと言ってくれたあいつらの、期待は絶対に裏切りたくない。これはこれで聞いておく価値があるだろう。

 

 小町の目を見る。ニヤリと口元を動かし起き上がる小町。三途の川を見ながら小町は言う。

 

「それじゃ、さっきの会話のところからね」

 

 どういうことかと思ったら、どうやら先ほどの俺の台詞から駄目出しを始めるつもりらしい。どこからだ。別段悪いことは言ってなかったと思うんだが。ベストではないだろうが、ベターではあるはず。

 まぁでも小町は、ベストを求めているのだろう。理想が高い。

 もしかして女性はみんなそうなのだろうか。前途多難だなと俺は思った。

 

「一緒に釣りするかって? いやぁ、退屈すぎて眠っちゃうからあたいはやめとくよ」

 

 妙に演技の入った口調で、小町は同じ内容の台詞を繰り返した。今度は気のきいた返答をしろということだ。

 まさかのテスト形式。俺は勉強するときは答えを先に教えることを推奨しているのに。考える癖をつけるのは大事だが、最初はどう考えたらいいかを示してやるのも大事だと思う。

 

「あー、さっきの俺はなんと言ったんだっけ」

「何も。そのあとに『死神の仕事はいいのか』って」

 

 ああうん。思い出した。確かそのあとに小町があくびをして眠ろうとしたからそう言ったんだ。それをふまえると何も悪くないように思える。

 しかし小町は納得してない様子。まぁ納得してたら今のこの勉強の時間は無いか。それにしたってなんと言うのが正解なんだろう。

 強引さが必要とか。強引にされると女性はときめくと聞いたことがあるような無いような。

 でも無理矢理に誘うのはよくない。俺にとっては難しい。相手の都合を考えるべきだと思う。

 

 考えても答えが分からなくて、結局小町に模範解答を聞く。小町はまるで出来の悪い生徒を見るように、やれやれと首を振って答えた。

 

「正解はこうさ。『じゃあ俺の隣で寝てていいよ』」

 

 声色を変え、顎に手を当てたポーズで小町は言う。格好はともかくとして、俺はなるほどそれがあったかと雷に打たれたような衝撃を受けた。

 強引だ。しかし強引ではない。相手の意見を尊重したうえで逃げ道を無くしている印象である。

 かつて勇儀に一緒に酒を飲もうと誘われたとき、あまり飲めないからと断わって、それでもいいよと引きずられたのを思い出した。確かにあれはかっこよかった。無理矢理飲ませてはこなかったし。

 やばい。男らしさで勇儀に負けている。それでいてかわいらしさでも勇儀のほうが上。なんだあいつは。最強かよ。最強だった。

 

「いいかい。女心っていうのは結局のところ、自分のことを分かってほしいに尽きるんだ。自分のやりたいことを相手が提案してくれたらそれで満足。そしたらもう、真の評価はうなぎのぼりだよ」

 

 実際はそれほど単純ではないだろうが、自分のことを分かってくれていると嬉しく思うのは確かである。俺にとってのさとりがまさにそれだ。心を読めるっていうのは大きいんだな。

 それでもまぁ、さとりは一部の連中には恐れられているけれど。心を読んで分かられるのはノーカンと考えるヤツも多いのだろう。心を読めるわけでもないのに分かってくれるのも確かに嬉しい。

 

「なるほど……じゃあ小町、俺の隣で昼寝してくか?」

「完璧だね! 真がそこまで言うならそうしようかな!」

 

 小町は、まるで待ってましたと言わんばかりに勢いよくその場に寝転んだ。頭を打ったりしないんだろうか。それだけこの動作に慣れているということなんだろう。寝転ぶ動作を慣れるってなんなんだ。

 

 両腕を頭の下に敷き、足を組んだ状態で小町は、でも地面が固いなぁとボヤく。そりゃあ、三途の川は『川』とか言っているが海みたいなものだ。沿岸部はそういうものだろう。普通の川だったら柔らかい原っぱがあったりするのかもしれないが。

 

「ああ、固い。柔らかい布団でぐっすり寝られたら幸せだろうね」

「無茶を言う。こんなところに布団があったらおかしすぎるだろ」

 

 言ってから、そういえばレティの洞穴には、ミスマッチな布団が敷かれていたなと思い出した。いや、まぁ、あれは例外だろう。それに一応雨風が防げる場所であるため、ここよりかは不自然と言えないこともない。

 

「それに、昼寝は熟睡するもんじゃ……」

「はいハズレー。不合格。落第」

「なにがだ」

 

 仰向けになったまま俺の台詞を遮る小町に、俺は急になんだと言いたくなった。言わなかったのは、一瞬遅れてテストが続いていたことに気付いたから。抜き打ちテストとはやるな小町。

 

「正解は、『俺の尻尾を布団代わりに使ってもいいぞ』でしたー」

 

 目を細め、天に向かって小町は言う。二問目にしてやけに難問すぎやしないだろうか。

 

「無理だ。いや、尻尾を使うのはいいんだが、俺から提案するのは不可能だと思う。どれだけ自意識過剰なんだ」

「自分の武器を真はもっと理解しておくべきだよ」

「俺の尻尾が武器なのは間違いないけどさ」

 

 伸ばして使えば相手を締め付けたりできる。が、小町が言っているのは、諏訪子的使い方のことなんだろう。

 いや、これはない。さすがに。小腹が空いたと呟いたら、僕の顔をお食べと差し出すくらいに突飛でやりすぎな行動ではなかろうか。いきなりそこまでするのか、みたいな。

 それとも女性の呟きには、毎回それほどの意味が込められているというのだろうか。寒いねという言葉に寒いねと返すよりかは、物理的に温めてみせないとダメなのだろうか。難しいなおい。

 

「……尻尾、使うか?」

 

 答えにいまいち納得できないまま、尻尾を数本ほど顕現させながら言ってみる。

 

「使う! わーい真、ありがとー」

 

 そのうちの一本を抱きしめながら、小町は満足したようにいい笑顔。

 なるほど。仮にこれが正解だとしたら、世の男どもはどうしてここまでするのだろうと疑問だったが、こういう見返りがあるからなのか。確かにこの笑顔が見られるなら多少のことはやってしまいそうだ。

 

 残りの尻尾で小町を持ち上げる。日の光がほどよく当たるように角度を調節。死神の鎌は刃が剥き出しで危ないので除けておこう。

 数分もしないうちに口をだらしなく開けて眠る小町を見て、俺も満足した気持ちになった。

 

 満足したまま、釣りを再開。ぼーっとウキを見つめて、ときおり小町の顔を見る。そしてまた満足。涎を垂らしたりしないかちょっと心配。

 

 二時間ほどして、今日の釣果は小町のみ。起きたらそろそろ帰ろうか、などと思っていたら最後に大物が釣れた。大物と言っても小町より小さいのだけど、まぁ、役職的に。

 釣れたのは幻想郷の閻魔、四季映姫である。名前の後にはヤマザナドゥとかいう役職名が付く。

 

「小町ぃ! 貴女は何を堂々とサボっているのですか! ここにシエスタの制度なんて取り入れたつもりはありません!」

「ふぇっ? ……げげっ、四季様! ね、寝てません! これは目を閉じてただけ……」

「問答無用!」

 

 スパコーン、と小気味よい音が鳴り響く。どうやら映姫が持っている(しゃく)で小町をはたいた音のようだ。案外柔らかい素材らしい。

 さらに小町がはたかれそうになるのが見えたので、俺は尻尾を縮めて強制的に回避させる。一部の状況だけを見て物事を判断してしまうのは映姫の悪い癖だ。白黒はっきりつけるという便利な能力を持っているのだから、それを使って判断すればいいのに。

 

「待て、映姫」

 

 片手を出して、犬を躾るように俺は言う。映姫が本当に犬だったらこれでもかというくらい撫で回してやるんだが、あいにく映姫は撫でられるのが好きではないようだ。残念ながら我慢する。

 

「なんですか真さん。言っておきますが庇おうとしても無駄ですよ。例え真さんが誘惑したとしても、それを断ち切れなかった小町のほうに責任があります」

「誘惑て。小町は俺の相談に乗ってくれてただけだ。怒られるようなことはしていない」

「相談に乗ることからどういう過程をたどれば、真さんのふかふかな尻尾で昼寝をする結果に繋がるんですか」

「それもそうだな。よし、なら最初から説明しよう」

 

 後ろで小町が、頼んだ頑張れと背中をたたいてくる。頑張る必要なんてない。悪いことはしていないのだからただただ堂々としているだけでいい。

 小町は、三途の川の案内人だ。その仕事を真面目にこなしたに過ぎない。俺という迷える子羊に道を示してくれただけである。子羊じゃなくて大人の狐か。

 まずは霊夢に嫌われたかもしれない話からしようとしたら、そこはいいですと映姫に言われた。上司と部下、せっかちなところがよく似ている。小町はのんびり屋だと思っていたんだが。まぁ、誰しも矛盾する二面性を持っているものだ。

 

「なるほど。女性の心を勉強するのに小町が協力してくれたと」

「ああそうだ。ポイントは、相手がしてほしいと思っていることを実際にしてやることらしい」

 

 そこがわかっても行動に移すのはまた別で難しいだけどなと俺は笑った。映姫もつられて笑う。愛想笑いというか、苦笑に近い。

 

「ならば私も真さんに協力してあげることにします」

 

 映姫も理解してくれたみたいで俺は嬉しくなった。やはり話せば伝わるのだ。うまく伝わらないのは思春期の子どもだけでいい。

 映姫は子どもだが、思春期は過ぎているだろう。そもそも地蔵に思春期があったかどうかも疑わしい。

 

「さぁ真さん。私が今、真さんにしてほしいことはなんでしょう」

 

 ふむ、なんだろうと俺は考える。俺がしたいことは目の前の映姫の頭を撫でることなのだが、酔ってもいないのにそんなことはできやしない。俺のしたいことと相手のしてほしいことが一致すればいいのに。まぁ、そんなことないか。

 少し考えようと思ったら、すぐに映姫が次の言葉を口にした。ヒントである。やはり映姫はせっかちだ。

 

「ちなみに、私は真さんの言い訳を聞いてなお、仕事中に一刻以上昼寝するのはやはりおかしいと思っています。加えるなら、未だに真さんの尻尾の上で真さんの陰に隠れていることも。さて真さん。ここまで聞いて、貴方はそこにいる怠惰な死神をどうするべきだと思いますか?」

「……あー」

 

 よく見ると映姫は笏を持つ手がプルプルと震えており、額には青筋が浮かんでいる。笑っているから気付かなかった。女の一番の化粧は笑顔とはよく言ったものだ。俺に対して怒りの感情をここまで隠す。

 なるほど、映姫は怒っているのだ。仕事には当然優先順位がある。映姫の中では俺の悩みなど後回しなのだろう。

 そりゃそうだ、閻魔様だしな。死者の扱いが何よりも優先に決まっている。小町がそれを理解してなくて、それで映姫は怒っているのである。

 

 価値観の違いというやつか。俺は心の中で呟いた。悪いヤツはいないのに、それのせいでこのような問題が度々起きる。そうと分かれば、俺の取るべき行動は一つだけだ。

 

「……あ、あのさ、真。あたいがいま真に取ってほしい行動は、映姫様を説得するのを手伝ってくれたらってことなんだけど……」

 

 ああ、それくらいは俺も予想がついている。小町との勉強の成果が出たのかもしれない。あまり実感はしていないが、少なからず小町に感謝はしている。

 

「悪いな映姫」

 

 立ち上がった俺は、映姫から距離を取るよう一歩だけ後ろに下がる。

 

「手間を取らせた。あとは好きなようにやってくれ」

 

 そう言って俺は尻尾で捕らえた小町を、映姫の前に差し出した。 

 

 





 思ったんですけど、霊夢って亡霊になっても汗かくんですかね。

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