東方狐答録   作:佐藤秋

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第十一話 藤原妹紅

 

 今日も妖怪寺には参拝客は訪れない。別にすすんでやっているわけでもないが、都で陰陽師の仕事も来ない。

 俺は都の外れにある屋台で、一人団子をパクついていた。

 

「うまいなこの団子…… ぬえたちのお土産に買っていってやろう……ん?」

「……」

 

 気が付くと俺の隣に、五、六歳くらいの女の子がいた。周りを見渡してみるが誰もいない。どうしてこんなに小さい子が一人、都の外れであるこんなところにいるのだろうか。

 少女はその鋭い目付きで、俺の食っている団子を睨んでいる。

 

「……もしかして、食いたいのか?」

「……!」

 

 少女はピクリと眉を動かし、俺の顔を睨んでくる。いやこれは目付きが少し悪いのだろうか? 俺は少女の行動を、とりあえずイエスと受け取っておいた。

 

「おやっさん、団子一皿追加で。あと土産に十個ばかり包んでくれ」

「あいよ」

 

 俺は奥にいる店主に向かって、団子を追加で注文した。待っている間に隣の少女は、じっと俺の目を見つめてくる。負けじと俺も見つめ返すが、それにしても鋭い目付きだ。どうでもいい話だが、俺は目付きの悪いヤツは嫌いじゃない。

 

 程なくして店主が、団子を持って俺の前にやってきた。そうだ一応店主にも、少女が何者か尋ねておこう。

 

「団子一皿おまち」

「どうも。おやっさん、この子がどこの子か分かるかい?」

「……うーん、見たことないねぇ。でも服装を見る限り、少しは偉いとこの嬢ちゃんじゃないのかい」

「そうか、ありがとう」

 

 店主に礼を言うと「いえいえ」と首を振って作業に戻った。

 俺は団子を指差して、少女に「食うかい」と尋ねてみる。もし少女が食べないならば、自分で食べればいいと思った。

 

「……ありがとう」

 

 そう言うと少女は俺の膝に座り、目の前の団子を食べ始めた。無口な子だと思っていたが、お礼はちゃんと言えるようだ。俺は感心しながらお茶を飲む。

 ……しかしこの子、警戒心が無さすぎやしないだろうか。会ったばかりの男の膝で団子を食べるとは、一歩間違えれば大変なことになるぞ。俺だったから良かったものを……

 いや、子どもはその無邪気さゆえに大人の汚い本質をすぐに見分けるとも聞く。俺はこの子に無害だと判断されたのだろうか。それならば少し嬉しいと思う。

 

「うまいか?」

「……」

「そうかそうか」

 

 俺はそう言いながら、無言で頷く少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。少女は撫でられていることを気にしないまま、団子を口に入れ咀嚼する。ごくりと団子を飲み込んだと思ったら、振り向いて俺の顔を覗いてきた。

 

「……もこう」

「……ん?」

「……ふじわらの、もこう」

「……ひょっとして、お嬢ちゃんの名前かい?」

 

 そう聞くと少女はこくりと頷いてくる。藤原といえば、結構な貴族の苗字だと聞いたことがあるが、俺にはあまり関係無い。向こうが名乗ってきたのならば、こちらも名乗っておくのが礼儀だ。

 

「そうかそうか、俺は真だ。よろしくな、もこう」

「……」

「ほら、呼んでみ? 真だよ、しーんー」

「……」

「呼べよ」

 

 相変わらず無口なもこうの頬を両手で引っ張る。子どもの頬は柔らかく、触るととても気持ちがいい。

 俺は、もこうを家に送るべきだよなー、と考えながら、お土産の団子を木の葉に変えた。

 

 

 

 

「もこうー、次はどっちだー?」

「ん」

 

 もこうを肩車しながら、もこうの指差す方に歩いていく。それにしてももこうのヤツ、頬を引っ張ろうが肩車しようが顔色一つ変えないな。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースかお前は。

 ……なんでこんな長い単語を俺は覚えてるんだろうか。なんとなく、円周率とか無駄に長いのを覚えるのは好きだったりする。

 もこうが最後に指差した先をどんどん歩いていくと最後には、かなり大きい屋敷を指差した。

 

「お前……かなりいいとこのお嬢ちゃんだったんだな……」

「?」

 

 肩車から下ろしてそう言うと、もこうは首を傾げる仕草をした。子どもにはまだ分からないのだろうか。

 

 屋敷の前には一人の男が、何やら落ち着かない様子で辺りを見渡していた。あれがもこうの父親だろうか。

 男は俺たちを見つけると、凄い形相で駆け寄ってきた。

 

妹紅(もこう)! 一体なにをしておったこの馬鹿者め! 心配させるな!」

 

 どうやら妹紅は、父親に内緒で屋敷を抜け出して来たらしい。そりゃあ父親が怒るのも当然だ。

 そしてその父親の怒りの矛先は俺にも来る。娘に遺伝したであろう鋭い目つきで俺のことも睨みつけてきた。

 

「それで……なんだ貴様は。何が目的で妹紅に近付いた」

「いや、別になにも…… この子とは偶然団子屋でだな……」

「私に恩でも売ったつもりか平民め!」

 

 妹紅の父親と思しき男は、俺の話も聞かず怒鳴りつけてくる。俺の弁明を少しは聞いてくれないだろうか。

 確かにこんな大きな屋敷の娘さんだ。知らない大人と帰ってきて心配になる気持ちも分かるが…… 感謝されるためにしたことではないが、敵意をむき出しにされると居心地が悪い。

 

「礼はしてやる! だがもう金輪際私に関わるな!」

「わかったわかった、それでいい」

 

 元よりこの男に関わるつもりなど無い。面倒なので話をさっさと切り上げよう。

 

「じゃあ二百文だ。あんたの嬢ちゃんの団子代と送迎代。それでいいや」

 

 別に金が欲しいのではない。何も受け取らないで帰るとこの男は、俺に貸しを作ってしまったと考えるだろう。そんな面倒は無しにしておきたかった。

 

「……ふん! これで私との関わりは消えた! いいな!」

 

 妹紅の父親は俺に金を渡すと、さっさと屋敷に戻っていった。妹紅が俺に手を振っている。振り返そうとしたが、妹紅が父親に「あのような輩に手など振るな!」と怒られていたので止めた。

 あの態度は娘を思う愛情の深さゆえだろうと自分を納得させ、少し残ったモヤモヤは、星か水蜜でもからかって解消しようと思った。

 

 

 

 

「あ、真! おかえり! どこ行ってたの!?」

「ただいま、ぬえ。人間の姿で都にな。土産もあるぞ」

「えっなになに? ……わぁ、お団子だぁ~。ねぇねぇ、食べてもいい?」

「ご飯の前だから一つだけな」

「やったー! ……あまーい!」

 

 美味しそうに団子を頬張るぬえ。妹紅よりも遥かに感情豊かだ、ぬえは見ていて飽きないな。まぁ妹紅は妹紅で見ていて飽きない面白さがあったが。

 

「……ぬえは妹紅とぜんぜん違うな」

「? 妹紅って?」

「このくらいの子どもだ。都で、団子を見ていたから買ってやった。ちゃんとお礼の言えるいい子だったぞ?」

「……私は、食べ終わったらちゃんと言うつもりだったの! ありがとう真!」

「そうか、ぬえもいい子だな」

 

 そう言ってぬえの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 飯の時間になるまで俺はぬえと話していた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 翌日、俺はまた昨日の団子屋に来ていた。寺のメンバーにも好評だったし、俺自身もまた食べたいと思ったからだ。昨日の今日で早い気もするが、変化の術を使い食料をストックできる俺にとっては、行けるときに行けば十分だった。

 団子を注文し、待っていると妹紅が来た。今回は俺の隣にではなく、俺の膝の上に直接座る。どうした、また抜け出して来たのか、と聞くと頷き、他に遊ぶ友達とかはいないのか、と聞くとかぶりを振った。これは後に知ったことだが、妹紅は所謂隠し子で、ずっと屋敷の中で一人暮らしていたらしい。

 この日俺はまた妹紅に団子を買ってやり、その後蹴鞠のようなことをして遊んだ。

 

 それから、団子屋に行くといつも妹紅と遊ぶようになった。毎日ではないが、俺が団子屋に行くと必ず妹紅に会う。もしかしたら俺が来ていない日も妹紅は毎日来ているのかもしれない。

 遊んだ後は、いつも妹紅の屋敷から少し離れたところまで送ってやる。父親に見つかると厄介だと思ったためだ。

 

 

 

 ある日、団子屋に訪れても妹紅が来ない日があった。いつもなら俺が来ると、五分もせずに妹紅は現れるのだが……

 まぁこういう日もあるだろうと思い、団子屋を冷やかしたあと俺は都をブラつくことにした。

 

 都の中を歩いていると、後ろから肩を掴まれた。これは何事だと後ろを見ると、目を充血させた男が俺を睨んでいる。

 

「はぁ……はぁ…… 貴様! 妹紅をどこにやった!」

「ん? ……おお」

 

 誰かと思ったら、いつぞや見た妹紅の父親だった。なにやらかなり怒っていらっしゃる。別に話を聞いてやる義理はないが、これだけ変な顔をしている男を放っておく道理もない。とりあえずは適当にでも話を聞いてやろう。

 

「妹紅がどうかしたのか? というか俺とはもう関わるつもりはなかったんじゃ?」

「とぼけるな! 貴様だろう私の妹紅を誘拐した者は! となると屋敷にこの手紙を置いたのも貴様か!」

「? 一体何のことだろうか?」

「まだシラを切るのか! こいつのことだ!」

 

 妹紅の父親がなにやら紙を見せてくる。やれやれ一体なんなんだ、と俺は妹紅の父親が差し出してくる紙を受け取って目を通す。

 俺はその紙に書かれた内容を見て目を見開いた。

 ……脅迫状だ、間違いない。紙には他にも、身代金の受け取り場所などが書かれていた。今日妹紅が団子屋に来ていなかったのは、こいつらに捕まっていたせいだったのか。

 

「くそっ! どけおっさん! 『妹紅の居場所』!」

 

 俺は脅迫状を妹紅の父親に叩き返すと、能力を使い妹紅が今どこにいるか調べた。身代金の受け取り場所に行っても、そこに妹紅がいるという保証はない。能力を使ったほうが確実である。

 ……よし、分かった。頭の中に、向かうべき方向が浮かんでくる。俺は目的地に向かって一目散に走り出した。

 

「あっ待て! まだ話は終わってないぞ!」

 

 後ろでは妹紅の父親が騒いでいるが、この際あの親父は無視させてもらう。話を聞かないあの親父には、説明するだけ時間の無駄だ。後ろでまだ何やら叫んでいるが、気にかけている余裕は無かった。

 

 

 

 俺は急いで妹紅の場所へ向かう。誘拐も一つのビジネスだ、人質をわざわざ殺したりしないだろう。頭ではそう思っていても、実際そこまで冷静にはなれない。

 思えば妹紅は、大きな屋敷の娘で、隠し子で、何度も屋敷を抜け出していた。誘拐犯にとっては格好の的、なぜ今まで俺はそのことに気付いていなかったのか。

 

「見つけた、この倉庫だ……」

 

 町の端にある目立たない倉庫の前まで来た。この中に妹紅と誘拐犯がいる。姿を消してこっそりと奪い返してもいいが、それでは腹の虫がおさまらない。俺はそのままその倉庫へと入っていった。

 

「あん? なんだてめぇは?」

「あ、俺こいつ見たことあるぜ。たまに仕事してる陰陽師のヤツだ」

「はあ!? 陰陽師がこんなところにいったい何の用だよ」

 

 倉庫の中には男が五人いた。

 とりあえず一番近くにいた男の顔面をグーでぶっ飛ばす。

 

「黙れ」

「ヘブッ!!」

「「「なっ」」」

 

 ガン! 

 

 男は壁に頭をぶつけてそのまま昏倒した。いきなりのことで驚いている誘拐犯どもに俺は言う。

 

「おい、誘拐した女の子を出せ。今ならそれで許してやる」

「て、てめぇ……」

「ふざけたことヌカしてんじゃねぇぞ!」

 

 残った男どもは一斉に俺に襲い掛かってきた。だが所詮はただの人間、俺の敵ではない。

 

「ゴヘッ!!」

「グフッ!!」

「カハッ!!」

「へ? く、来るな! うわああああ! あ……ヘバッ!!」

 

 俺は一瞬でこいつらを気絶させ、全員を縄で縛って吊るしておいた。こんなふざけたヤツらだが殺しはしない。そんなことしても俺の気分が悪くなるだけだ。

 

 倉庫の奥に行くと妹紅がいた。いつもは鋭いはずの目が見開かれている。男たちを叩きのめす様子でも見られて怯えさせてしまっただろうか。

 妹紅は縄で両手を縛られ、口を布で塞がれていた。しかしどうやら生きているようで一安心する。俺はすぐに妹紅の拘束を解いてやった。

 

「……もう大丈夫だ」

「……」

 

 俺は妹紅を抱き上げ、倉庫の外に連れ出した。

 妹紅はあまり感情を表に出さない。先ほどまでは気丈に振る舞っていた妹紅だったが、外に出たとたん泣き出してしまった。

 

「う、う、ううううううぅぅぅ~」

「……よしよし、怖かったな」

 

 緊張の糸が切れたのかそれとも安心したためか。ともあれ今は泣いたほうがいい。泣いたほうがスッキリする。俺は妹紅が泣き止むまで、ずっとずっと頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 妹紅が泣き止むのを待ってから、俺は妹紅に話しかける。泣き止んだと言ってもあんなことがあった後だから、抱き上げた状態はそのままだ

 

「……もう落ちついたか?」

 

 俺が妹紅に問いかけると、妹紅は俺の胸に顔を当てたまま頷いた。やれやれ、涙と鼻水で着物がベトベトだ、ちゃんと後で洗わないと。 

 

「よし、妹紅。この葉っぱを見ろ。ほら、顔を上げて」

「……?」

 

 妹紅の顔を胸から上げさせ、俺は手に持った葉っぱを見せる。見た目は何の変哲も無い葉っぱだが……

 

「この葉っぱをだな、額に当てる。そして少し念じると……」

「……!?」

「……このように姿を消せるようになる」

「……!」

 

 この葉っぱは先ほど妹紅が泣いている間、俺がかなり妖力を消費して作った道具だ。俺じゃなくても使えるように、それなりにうまく作ってある。

 

「この葉っぱを妹紅にやる」

「!」

「今度から屋敷を抜け出すときはこの葉っぱを使え。おそらく今回も、そこを見られたから誘拐されたんだ。町に出てしまえばどこの子どもだか分からないはずだしな」

「……」

「ほら、妹紅もやってみろ」

 

 俺がそういうと、妹紅は言われたとおり葉っぱを自分の額に当てた。直後、妹紅の姿が消える。

 

「ほら、自分の手を見てみろ。ちゃんと消えてるだろ?」

「……! ありがとう、真」

「ははは、お礼はちゃんと言えるんだよなぁ」

 

 そう言って俺はもう一度妹紅の頭を撫でる。俺はいつかのように妹紅を肩車すると、父親のいる場所へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

「おおおお妹紅! 無事で良かったぞぉおおお!」

 

 妹紅と父親の再会を遠くから眺める。あの親父、人の話は聞かないが娘への愛は確かなものだ。人目もはばからず妹紅を抱きしめて泣いている。妹紅は隠し子じゃなかったのか。

 今さら俺が出て行って誤解を解こうとは思わないし、そもそも解けるとも思わない。幸せが戻った親子を見ながら、俺は妖怪寺へと戻っていった。

 

 

 

 

 あれから、何度も団子屋には行ったが、妹紅に会うことはついぞなかった。父親にこっぴどく怒られたか、見張りでもつけられたかは分からない。一度能力を使って調べてみたが、どうやら息災ではあるようだ。

 俺は一人で団子を平らげ、ぬえたちの分の土産を買って団子屋を後にした。

 

 


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