東方狐答録   作:佐藤秋

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 完結してから、新しくメインで書きたいなと思ってたキャラは三人います。マミゾウに続き芳香は二番目になります。



第百四十話 宮古芳香

 

 今日も今日とて博麗神社に向かう。当然今日の霊夢分を確保するためだ。心配だから様子を見に行くとも言う。それに、ついでに温泉にも入っていこうとも考えた。

 

 博麗神社に住まなくなってからというもの、神社の温泉に入るのも有料になってしまった。大人料金で200文。安いのだろうが、働いていない身としては少々高い。

 はぁ。未だに地霊殿では普通に温泉を貸してくれるというのに。さとりがお金に頓着が無いのか、霊夢が頓着がありすぎるのか。しかしそういう商魂たくましい霊夢も悪くない。

 

 神社に着くと、そこには猫の姿をしたお燐がいた。境内で、まるで散歩に来た猫の一匹のように佇んでいる。

 この猫、たまに地底から抜け出しては、こうして博麗神社で日向ぼっこをしているらしい。地上に残るのも珍しくないのだとか。しょっちゅう訪れて霊夢の迷惑になっていないのならばいいのだけど。

 

「よ、お燐。霊夢は?」

「にゃーにゃー」

 

 お燐に訊ねてみたところ、霊夢は現在、神社の中で来客に対応しているのだという。それなら邪魔をするのも悪いし、大人しく待っておくとしよう。そう考えた。

 出直すという選択肢はありえない。

 

 賽銭箱の隣の縁に座り、お燐を膝の上に乗せる。お燐はさして気にする様子もなく、そのまま前足後ろ足を曲げて丸まった。

 猫は暖かい場所を見つけると大抵こうなる。日の当たる俺の膝の上も例外ではない。

 

 背中を中心に軽く撫でていると、時折お燐が大きくあくびをする。眠いのだろうか。お燐はいつも怠惰な生活をしている気がする。

 お空は地底でいろいろ働いてるのに、この猫は何をのんびりしているのだろう。そう思いながらもまた撫でる。

 

「にゃ、にゃにゃにゃ!?」

 

 不意に、別のところからも猫の鳴き声がした。お燐ではない。先ほどまで垂れていた耳がピーンと伸びて、鳴き声が聞こえた方向を探している。

 俺も顔をあげてみると、鳴き声がした方向には橙がいた。お燐とは違い人間の姿。それでも驚いたときには猫の鳴き声のような声を上げるようだ。

 

「し、真さま! その猫はいったい何ですか!」

「よう橙。何って、橙は会ったことは無いのか? お燐だけど」

 

 結構神社に訪れているとのことだが、橙は見たことが無かったらしい。考えてみれば、橙は意外と神社に訪れる機会は少ない気がする。紫や藍はそこそこ来るのだけど、八雲家の中で一番来ていないのは確かである。

 

「わ、私でも滅多に座れない真さまのお膝に……! うにゃー! お前は敵だー! てやー!」

「にゃー」

「痛い。なぜ俺が」

 

 急に橙がお燐に飛びかかってきたものの、お燐はそれをひらりと躱し、代わりに俺の腹に橙の硬い頭がぶつかる。なぜだか猫の頭は妙に硬い。人型になってもそれは変わらないみたいだ。

 橙に頭突きされた自分の腹を軽く撫でる。太る兆候はまだ無い。

 

「待てー! 逃げるなー!」

「おっと、襲ってくるならあたいも大人しくしているわけにはいかないね」

「にゃにゃっ!? 妖怪!? これはますます負けられない!」

 

 いつの間にかお燐も人の姿に変わっている。並ぶと、少しだけお燐のほうが背が高い。

 同じ猫として負けられないと思ったのか、橙は先ほどよりも勢いよくお燐に突撃していった。

 ああ見えて橙にもプライドがあったということなのだろう。藍も九尾としてプライドが高い一面もあるし、そういう部分がよく似ている。

 

 目の前でいきなりキャットファイトが始まってしまい、手持ち無沙汰になってしまった。神社の中の様子を窺ってみたところ、霊夢はまだまだ出てくる様子は無い。

 さぁ、どうしよう。このまま猫二人が争う様子を眺めていてもいいのだけど。

 数秒考えて、俺は神社の中に入ることにした。決着が付くころには、どちらが勝ったにせよお互い疲れていることだろう。それで、菓子でも作って待っていようと考えたのだ。さとりには敵わないかも知れないが、俺だって菓子くらいは作れる。

 

 神社に入り、台所へ向かう。備えてある材料を勝手に使うわけもいかないので、手持ちの食材を確認。いろいろあるが、その中でもパンが沢山にあった。

 いつぞや魔理沙がどこからか大量にもらってきて、結局自分はご飯派だからと消費しきれず、押し付けられたものだった。有料で。

 

 木の葉に変えていたパンたちを、とりあえずすべて元の姿に戻してみる。

 菓子パンならそのままでも食べられるが、ロールパンやバゲットなど、そのまま食べるとなると少々寂しい物もある。いやまぁそのまま食べても美味いのだけど。

 これらを使って何か作るか。そう思った矢先のことである。

 

「お腹すいたーお腹すいたー。んー? こっちからなんかいい匂いがするぞー」

 

 霊夢ではない誰かの声が、台所に向かって近付いてきた。

 声は聞こえるのに足音は聞こえず、そのことを疑問に思っているうちに、声の主がヌッと姿を現す。出てきたのは、暗い色の髪をした、なぜだか顔の前にお札を張り付けた少女だった。

 少女は両腕を突き出すようにしておきながら、そのくせ手首はだらんと下げたポーズをしている。肘を曲げていないお化けみたいな姿勢だ。同様に膝も曲げないようにしているらしく、足音がしないのはその体勢のままふわふわ移動していたからだというのが見て分かった。

 少女は俺の前でピタリと止まり、生気の無い顔でこちらを見てくる。

 

「うおー、誰だお前はー」

「それはこっちの台詞なんだが。霊夢が対応してるという客人か?」

「客人と言えば客人だが、私は青娥(せいが)についてきただけだー」

 

 どうやらこの少女、レミリアにとっての咲夜のような、幽々子にとっての妖夢のような、従者的な意味でついてきた立場の娘であるようだ。それにしては少々不安が残るしゃべり方をしているが、それはまぁ人それぞれだろう。青娥さんとやらはそういう趣味なのか、もしくは何かしらの考えがあってこの子を従者にしているのかもしれない。

 

「名前は」

「名を訊ねるのはまず自分が名乗ってからだと思われるー」

「それもそうだな。俺は真」

「うおー、私は芳香(よしか)。やんごとなき霊魂に命を吹き込まれた、由緒正しきキョンシーだー!」

 

 ダウナーな表情のままどことなくテンションが上がっているこの少女は、自分のことを芳香と名乗った。顔に付いたお札とポーズからそうではないかと思っていたが、やはりキョンシーだったようだ。言ってしまえば、動く死体みたいなものである。となると、もしかしたら青娥さんとやらは、ネクロマンサーとか呼ばれる人なのかもしれない。

 

「クンクン。真、お前からなにやらいい匂いがするぞー。馥郁(ふくいく)たる香りが私の鼻腔を刺激するー。じゅるり」

 

 よだれが出る身体かどうか知らないが、そんな擬音を口にして、芳香が俺の元へと寄ってくる。匂いがするのは、俺からではなくパンからだ。焼き立てじゃないのによくもまぁ嗅ぎつけてこれたものである。

 

「……まぁ、見た通り、匂いはこのパンたちからのものだと思う」

「おー、いっぱいだ! 美味しそう! 食ーべーたーいーぞー!」

「そうか。欲求を素直に口にしてくれるヤツは嫌いじゃない。少しくらいなら食べてもいいぞ」

「うおー、やったー。いただきます」

 

 無表情だが、心なしか芳香は喜んでいるようにも見える。まぁ、キョンシーだから顔の筋肉が動かせないのだろう。その割に会話は普通にできるのだから都合がいいものだとも思う。

 会話ができる以上、食事することにも問題は無い。しかしながらその曲がらない手足でうまく食べることができるのだろうか。そう思っていたら芳香はパンに直接(かじ)り付こうとしていた。

 死体とはいえ女の子。さすがに見苦しいのでやめさせる。いただきますが言えたところまではよかったんだが。

 

「なにをするー。芳香のパオンがー」

「お前はいつの時代の何人(なにじん)だよ。これはロールパンだ。それと、犬みたいに直接食べるのは行儀が悪いので食べさせてやる。ほら」

「おー。あーん」

 

 ロールパンを一口大に千切って、それを芳香の口元に差し出す。

 痛い。指ごと食べられた。

 今度は大きめに千切って食べさせる。

 

「パクパク……もぐもぐ……んまい。いや、うーまーいーぞー」

 

 三つペロリと平らげてから芳香は言う。なぜ言い直した。

 しかしながら、特に手も加えていないパンであるのに、文句も言わず食べたことは評価したい。橙たちには何も作らず、菓子パンを食べさせることにしよう。手を加えなくてもしっかり食べてくれるヤツがここにはいる。

 

「もっと。おかわりだー。キャッチマイハート、ベリーパオン」

「はいはい」

 

 次はバゲットを縦に裂いて、その一つの端を持って反対側の端を芳香の口元に運ぶ。当然ながらそれなりに長い。こういう食べ方は普通しないと思うのだが、それでも芳香はもむもむと食べ始めた。

 

「ハグハグ……むしゃむしゃ……」

 

 咥えた端から、口を放すことなく一心不乱に食べ進めていく芳香。様子を見ていたら芳香の目が細まっていくのが見て取れた。満足しているのだろう。動物に餌付けしているみたいでなんだか癒される。かわいらしい。

 というか表情変えられるのか。先ほどまでの無表情っぷりはなんだったんだろう。キャラ作りだろうか。騙された。

 

 大量にパンを食べているというのに、芳香のお腹は一向に膨らむ様子を見せない。いったいどこに収まっているのやら。

 まぁ、天狗や鬼などの妖怪たちは大量の酒を自分の体積以上に飲めるので、こんな疑問は今さらな話である。それよりもこのペースで食べられると、全て食い尽くされるような気がして不安に思い、菓子パンのいくつかは木の葉に戻して隠させてもらった。橙たちのぶんが無くなってしまう。

 

 やがて出ているパンを全て芳香が食べ終わり、俺は合計で五回ほど噛まれた指にふうっと息を吹きかける。ようやく(さす)ることができる。学習しないのは俺なのか。いや芳香もだろう。

 痛いなもう。たまに霊夢の機嫌が悪いときは、抱きしめたら噛みつかれるのだが、その経験が無ければ危なかった。我慢できないところだ。もしやそれを見越していたのか。やるな、霊夢。

 

「美味しかったー。ごちそうさま。ありがとう」

「ん」

 

 きちんとお礼や、ごちそうさまを言える子は好きだ。芳香の頭をよしよしと撫でる。

 大量のパンに満足したのか、芳香は目を細めている。のっぺりした顔がかわいらしい。フランなどとはまた違ったかわいらしさだ。

 なんと言えばいいのだろう。敢えて言うなら、『馬鹿な子ほどかわいい』といった類いだろうか。だがこれも、チルノの馬鹿さ加減とはまた違う。

 

 いい形容表現が見つからないまま、撫でる。死体であるが、帽子や髪の毛越しなおかげか手触りは悪くない。

 頬とかは突っついたら硬かったりするのだろうか。それならそれで構わないし、俺なら変化の術で柔らかくもできる。さらには血色のいい顔つきにすることも可能だ。

 うん。いいと思う。

 

「? 私の頭、そんなに汚れてるのかー? キョンシーなりに清潔にしているはずなんだけどなー」

「いや、この撫でてるのは、よく食べたなー偉いなーって感じで褒めているんだ。嫌ならやめる」

「むー、嫌ではない。……あ、青娥ー」

 

 そうこうしているうちに、芳香の(あるじ)と霊夢の話は終わったようだ。猫たちの勝負の決着もついているかもしれない。いや、それはまだかな。まだ外から元気な声が聞こえてきているし。

 

 ともあれ、こっちだ。芳香の見ている方向を見てみると、青くて長い髪をした女性がそこにいた。七夕の織姫のモデルは私ですと言っても信じられそうな、すごく独特の髪形をしている。

 たしか双髻(そうけい)……いや、それとも稚児髷(ちごまげ)だったっけ。女性の髪形には詳しくないので曖昧だ。しかしあのように見事な無限大マークを形作れるものなのかと、俺は舌を巻く思いである。

 

「芳香ちゃん、ここにいたのね。それとそちらの方は……」

 

 おそらく青娥と思われる女性が俺を見る。髪型以外はいたって普通の、人当たりの良さそうな人に見えた。俺はこういう、第一印象で得たその相手の人となりを外したことはあまりない。

 

「ああ、貴方が芳香の主である、青娥という方だろうか。初めまして、俺は真。芳香が空腹である様子だったので、まことに勝手ながら、こちらで粗餐(そさん)をふるまわさせてもらった。主に無許可で行動してしまって大変申し訳ない」

 

 俺は芳香の頭を撫でるのをやめ、青娥に向かって頭を下げた。感覚的には、他人が飼っているペットに勝手に餌をあげてしまったときの対応だ。

 ペットという表現は芳香に失礼かもしれないが、かわいがられる存在という意味では間違ってはいない。

 

「あら、随分しっかりとした対応……。いえいえそんな。こちらこそ、芳香ちゃんが迷惑をかけたりしてないかしら」

「全然。キチンとお礼の言えるいい子だと思う」

「そうだー! 芳香はいっぱい褒められたぞー! たくさん食べられて偉かったんだー!」

 

 芳香は誇らしげ。そして主にも褒めている様子を見せろと言いたいのか、頭をグリグリと俺に押し付けてきた。初対面の保護者の前なので、ポンポンと頭を叩く程度に抑えておく。

 

「あらあら。駄目よ芳香ちゃん、会ったばかりの男の人にベタベタしたら」

「なんだと、ベタベタ? 芳香は清潔なキョンシーだからスベスベだー」

「もう……ごめんなさいね? ほら、こっちにいらっしゃい」

「うおー、お札さえ無ければー」

 

 芳香がフラフラと青娥の元へと飛んでいく。やはり主の命令には逆らえないらしい。まぁ、死体だからとひどい扱いを受けているわけでもなく、むしろ大切にされているようなのでいいとしよう。

 

「それでは、お世話になりました」

「真、また来るぞー。ばいばい」

「ああ。まぁ俺はこの神社に住んでいるわけじゃないが、縁があればまた会うだろう」

 

 青娥と芳香の二人が去っていくのを台所から見送った。なんで急に壁に穴が空いたのだろう。そこは出入口では無いのだが。青娥が(かんざし)がわりに刺していた(のみ)があやしい。

 去り際に青娥が渡してきた名刺を見る。『仙人・青娥娘々(にゃんにゃん)』と書いてある。ネクロマンサーではなく仙人だったか。そしてにゃんにゃん……。

 

 にゃんにゃんと言えば、猫の二人のことを思い出す。お燐と橙はどうなったかな。台所を出ようとしたら霊夢がいた。

 

「真、来てたの」

「ん。ちょっと前からな」

「ん」

「ん」

 

 抱擁を交わしてから外に向かう。霊夢を抱きかかえたまま行こうとしたのだが、お燐と橙も来ているんだと言うと降りてしまった。残念。

 

 その代わり、俺と霊夢が外に出るや否や、橙が胸元に飛びついてきた。多分負けたんだと思う。橙の頭を撫でる。

 猫たちを連れて神社の中へ戻る。橙は俺が抱えたまま。お燐は猫の姿に戻り、ちゃっかり霊夢の膝の上を陣取っている。猫畜生め、お燐じゃなかったらつまみ出しているところだ。

 

 それに、霊夢も霊夢である。そうやってお燐や、他の妖怪にも優しくするから、どんどん人気者になってしまう。聞けば、先ほどの仙人も霊夢に興味があって訪れたそうじゃないか。

 危ないなぁ……青娥はまだ大丈夫そうだったが、怪しい輩が出入りするようになったらどうしよう。男とか、男とか。心配だ。

 

 後で早苗や妹紅に、頻繁に神社まで遊びに来るように頼んでおこう。そう決意しながら、俺は誰も食べようとしないクルミパンを口の中に投げ入れた。

 

 


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