東方狐答録   作:佐藤秋

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第百四十一話 勇儀と

 

 勇儀を誘って地上に向かう。前々から、久しぶりに地上に出てみたいと勇儀が漏らしていたので、俺から提案してみたのである。たまにはこういうのもいいだろう。いつも受け身ばかりではつまらない。

 適当にブラブラしてもいいのだが、一応俺なりに行く場所を決めていたりもする。まぁ、一緒に行く以上、勇儀を喜ばせたいわけで。それなら俺が計画するしかないだろう、と。

 

 目的地は二か所。勇儀に会わせたい相手がいるのと、勇儀に見せたい場所がある。勇儀の満足メーターが十まであるとして、半分の五くらいまで満たすのが目標。酒が無くても頑張ってみせる。

 

 なお、地上へ繋がる穴へと向かう途中にパルスィに会い、「二人でお出かけなんて妬ましいわねパルパル」と嫉妬の念を飛ばされた。嫉妬してくるのはいつものことなので気にしないでおく。あと、パルパルとは言ってなかったかもしれない。

 

「なら一緒に行くか? パルスィだったら俺は増えてもいいと思う」

「そうだね。むしろパルスィが一緒のほうが楽しそうだ」

 

 勇儀も同意見で嬉しかったのだが、当のパルスィは「他の女を誘ってんじゃないわよ。勇儀もなんで文句を言わないのよ妬ましい」とお怒りの模様。結果メンバーは増えず、勇儀と二人のままとなった。

 これはまぁ、パルスィが気を利かせてくれたのだろう。とりあえずそう思う。そんな優しいパルスィだからこそ俺たちは誘ったんだと、そこまでは気付かないパルスィである。

 

 地上に出る。こちらの穴は妖怪の山に繋がる道だ。妖怪の山の、木に囲まれた場所に出た。

 日の光を浴びて背伸びする勇儀。それを見て俺も体を伸ばす。同じ感覚を共有したいという俺の自己満足みたいなもの。

 晴れてよかった。雨だったら翌日に延期するだけだが、予定通りに事が進むのは気分がいい。能力で天気を下調べして、更に神奈子(天気の神)に祈った甲斐があったというものだ。守矢神社は今後贔屓していこうと思う。博麗神社の次に。 

 

 急いでいるわけでもなし、このまま太陽の光をゆっくり浴びていくのもいい。勇儀とは、一緒に何かする以前に、一緒にいるだけで幸せだから。そんなことを考えていたら、一瞬で周りを取り囲まれた。妖怪の山の見張りの天狗たちだ。

 

「真様、困ります」

「なにがだ。なんだお前ら、急に」

「この山は、今はもう天狗が支配しております。鬼を連れてこられるのはちょっと」

「知っている。勇儀とは少しここを通るだけだ。それともそれすらも駄目なのか」

「い、いえ、そういうわけでは」

 

 出鼻をくじかれた気がして、少しだけ言い方がキツくなる。これではいけない。天狗たちは己の仕事を全うしているだけだというのに。

 

「分かりました、それではこの山の出口まで案内を」

「俺がいる、必要無い。お前らは自分の仕事に戻れ」

「しかし」

「くどい。不安なら、白狼天狗を一人置いていけ。そいつに監視させればいい。これが俺にできる最大限の譲歩だ」

 

 我ながら短気だとも思う。しかしながら天狗たちの態度に不満が残るのも確かである。なにをこいつら、勇儀を危険人物みたいに扱ってくれているのか。前は一緒にこの山に住んでた仲間だろう。

 鬼がいない、天狗のみの支配というのが気分がいいのは分かるが、それが当然だと思う態度はよくない。第一、勇儀は今さらそんなものに興味は無い。はずだ。

 

 これ以上こいつらとこの話題で会話を続けると天狗を滅ぼしたくなるので、早いところ視界から消えてもらう。天狗たちは誰を見張りに残すかザワついていたようだが、一人の白狼天狗が立候補したことで、蜘蛛の子を散らすように去って行った。それでいい。鼻を鳴らす。

 

「真様、勇儀様、大変申し訳ありませんでした」

 

 一人残された白狼天狗、犬走椛がそう言って頭を下げた。深く下げた、形だけではない謝罪だ。

 

「ほんとにな。いや、まぁ、椛が謝ることではない。悪いのは他の天狗たちだ。椛はいい子だと思う」

 

 椛の頭を軽く撫でて、フォローしてから行くとする。

 椛は天狗の中で一番まともな存在である。天狗を滅ぼすことになったとしても、椛だけは引き取るつもり。

 

「ねえ、この子が真の言ってた困った天狗?」

「それは文、烏天狗のほう。こいつは椛で、困ったどころか一番いい子だ」

「ほー」

 

 勇儀にも椛を撫でてほしいと思うのだが、あいにく椛は物ではない。椛が勇儀にある程度心を開いてから、改めて勧めてみよう。そう考える。 

 

「それより勇儀、すまなかった。椛もな。あらかじめ天狗たちに話をしておくべきだった」

「んー? いやいや、天狗は昔からあんな感じだったし、私は何も気にしてないよ」

「勇儀が気にしなくても俺が気にする。大切な相手を迷惑そうに見られて気にしないヤツはいない」

「……そ、そう」

 

 天狗たちの目、いま思い出しても頭にくる。あんな目をさせてしまった俺自身にも。妖怪の山では上の立場にいるのだから、部下の教育はしっかりしておくべきだった。

 大きく息を吐いて、下を見る。気分を変えよう。地面は山の中という事もあり、結構デコボコとしている様子。

 

「勇儀、手を」

「え」

「地面。荒れてて歩きづらいだろ。俺に捕まってくれていい」

「……う、うん、ありがとう」

「……わぁ……」

「椛」

「は、はい! なんでしょう真様!」

「前。向いて歩かないと危ない。わざわざ見てなくても俺たちはついていけるから大丈夫だ」

「そ、そうですよね! 失礼しました!」

 

 勇儀の手を引いて進んでいると、ふと誰かから見られているような感覚がする。椛ではない。この子は鬼を前にして緊張しているのか動きがなにやらぎこちないが、精一杯自分の仕事を全うしようとしている。

 多分天狗たちの視線だと思う。椛を置いておきながら、結局自分たちも遠くから様子を窺っているのだ。新聞のネタに使えると、写真を撮ろうとしている輩もいるかもしれない。

 

 俺は落ちている葉っぱをいくつも手に取り、ちょっとした仕掛けを施して周囲に撒く。まぁ、目くらましみたいなものだ。ジロジロ見られるのは好きじゃない。

 

 椛に少しだけ足を早めてもらい、ほどなくして妖怪の山の出口に着いた。椛の、見張り兼先導はここまでだ。ここからは勇儀と二人で進むとする。

 

 空いているほうの手で椛の頭を数回撫でて、椛と別れる。連れて行ってもいいが、椛は真面目だから断るだろう。一応仕事中だ。

 デコボコしていた地面がそれなりに整備された道へと変わったので、勇儀から手を離そうとする。寸前、ギュッと強く握られたため離れなかった。さすが勇儀、握力も強い。

 目的地まではもうしばらくあるから別にいいか。ただ、足場が悪いでもないし、後ろではなく横に並んでもらおう。そう思って、歩き出した。

 

 

 

 

「……椛ー」

「あ、文様。どうしました?」

「真さんと勇儀さんは?」

「もう行っちゃいましたけど……見てなかったんですか?」

「見てましたよ。見てましたけど、なんか葉っぱが飛んできてカメラのレンズを塞いじゃって、なぜだか全然剥がれなくて、そうこうしてたら見失っちゃいました」

「結局見てないじゃないですか」

「仕方ないでしょ、目にも張り付いてきたんですから。むぅ、せっかく久しぶりの勇儀さんで、面白い記事が書けそうだったのに。椛は近くで見てたんですよね、何か特別なことはありませんでした? 真さんも一緒だったし、二人が並ぶだけでさぞかしすごい記事が……」

「……まぁ確かに、色んな意味ですごかったですけど……」

「お? その様子では何か面白いことがあったんですね! ぜひ詳細を聞かせてもらいますよ!」

「いやぁ、それを口にするのは野暮なことと言いますか……」

「?」

 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 霧が出てきた。目的地はもうすぐだ。

 ここに来るまで少し迷ってしまったような気もする。いや、そんなわけがない。勇儀が地上に来るのは久しぶりだから、色んな所を見せようと無意識のうちに遠回りをしたのだと思われる。

 

 目的地である紅魔館に着く。と言ってもこの場所自体に用があるのではなくて、そこにいる人物に用があるのだけど。さらに言えばそいつは外にいるので、建物に入る必要性すら存在しない。

 

「よう、今日は居眠りしてないんだな」

 

 目的の人物に声を掛ける。俺が勇儀に会わせたかったのはこいつだ、紅魔館の名誉門番・紅美鈴。そして紅魔館一の実力者でもある。

 一番強い人物を門番に配置するとは、レミリアもなかなかいやらしい性格をしている。きっとロールプレイングゲームとかを作らせたら、最初の村の隣に魔王を配置したりするに違いない。

 

「もう、真さん。私は居眠りなんてしたことないですよ」

 

 起きていると思ったが違ったらしい。美鈴は寝言を言っている。

 幻想郷の赤い長髪持ちは、寝るのが大好きだと統計的に証明されているのだ。美鈴に小町、それにお燐も。前者二人に関しては寝る子が育つことまでも一緒である。どの部分が育っているとは言わないが。

 

「それに、悠長に寝ていられるわけないでしょう。そんな巨大な気を前にして」

 

 隣にいる、勇儀を見ながら美鈴は言う。

 ああ、確かに勇儀も大きい。ついでに言えば藍も結構な大きさだ。この二人に匹敵する大きさの持ち主は、幻想郷ではそうそう見かけない。

 もっとも、俺が二人に惹かれたのはそんな身体的特徴によるものではなくむしろ精神面であって、いやまぁ全く関係してないとなると嘘になってしまうだろうが、大きいのが気になるのは哺乳類の本能というかなんというか、俺だって男なのだから自分とは違う女性の身体には興味が……。

 

 じゃなくて、違う違う。気の大きさの話だった。そう、さすがは美鈴。勇儀の実力にはすでに気付いているようである。

 

「勇儀、こいつが美鈴。俺の二番目の弟子だ」

「星熊勇儀。鬼だ。よろしく」

 

 紹介してすぐ、勇儀は美鈴と相対(あいたい)している。鬼と言う種族を美鈴は知っているのだろうか。主の種族にその漢字は含まれているのだけど。

 

「紅美鈴です。それで真さん、どういうことですか。私を弟子と呼ぶなんて随分珍しい気がしますけど」

「なに、ちょっとした自慢がしたくてな。俺が世話したヤツの中にこんな強いのがいるんだよって紹介したくなったんだ」

 

 なお、先ほど俺は美鈴を二番目の弟子だと言ったが、一番目は妹紅がそうである。紫は大きくなるまで面倒を見たけど、弟子っぽくないから別の扱い。俺が弟子だと思っているのは妹紅と美鈴の二人だけだ。師匠っぽいことができていたかは別として。

 

「紹介、ですか。紹介だけで終わるんですかね」

「そうじゃなければいいなと思って勇儀を連れてきたんだが」

「ものすごく闘気を飛ばされてるんで、このままというのは少々考えにくいかと」

「そうだね、正直かなり期待してる。真の紹介もあるが、正直地上にこれほどの実力者がいたとは予想外だったよ。よければ早いところ勝負したいところだ」

「勝負と言うのは、弾幕ごっこで?」

「冗談」

 

 二人は早くもやる気になっているようなので、俺もさっさと傍観者になるとする。ただまぁあれだ、二人の闘いがヒートアップした結果、紅魔館の建物が一部破壊されて咲夜に怒られるなんてのは御免(こうむ)るので、そこだけは気を付けようと思う。

 変化の術で壁を強化するか。いやそれだとダメージは蓄積されるので、別の闘うフィールドを用意したほうがよさそうだ。

 俺は周囲の霧を変化で固めて、空中に足場を作り出す。そこなら周りに被害も出ないだろうし、視界も良くなって一石二鳥だ。気にせず思いっきりやるといい。空を飛んでるヤツがいたらごめん。

 

「いいね。地底じゃ考えられない闘いの場だ」

「いいですね。ここらでは体を思いっきり動かせる機会が少なくて」

 

 地面の感触を確かめながらそう言う二人。ヤバい、早まったかもしれない。勇儀の踏み込みに足場が耐えてくれるだろうか。三歩で壊れたらどうしよう。

 尻尾を数本顕現させて、足場の強化に努めておく。

 

「いつでもいいよ」

「では、お言葉に甘えて」

 

 悠然と佇む勇儀と、右こぶしを左手で包む美鈴。そして美鈴は半身(はんみ)なって構える。

 

「がんばれ、美鈴。勇儀も油断するなよー」

 

 見上げながら俺は言う。

 俺の声は、二人にはもう届いていないようだった。

 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 四半刻もせずに勝負は終わった。決着が付いてからも勇儀はずっと上機嫌で、その原因である美鈴には感謝をしているのだが、ちょっとだけ嫉妬もしてしまう。地上に出る前に、パルスィに嫉妬心を操られていた可能性がある。

 

「いやぁ、強かった! 美鈴だっけ。私、あの子のこと気に入ったよ!」

 

 紅魔館を後にしてから、勇儀はずっとこんな調子だ。

 弟子を認められるのは嬉しいが、気に入られすぎるというのも問題である。俺の役目が美鈴に取られたらどうしよう。パルパルパル。

 美鈴も美鈴で、終わってから勇儀のことをキラキラした目で見ていた。憧れるのはいいが、憧れすぎるのはマズい。俺の師匠としての立場が危うくなった気がする。これからはもう少し紅魔館に足を運んで美鈴の相手をするとしよう。まだ間に合う。

 

「萃香と同じタイプだったねー。力は無いけど技術はある。そのうえで萃香より大きいから新鮮だったよ」

 

 美鈴は、勇儀からしても善戦と呼べる勝負内容ができたようだ。実際三度ほど勇儀も吹き飛ばされていた。

 まず最初の一撃を思いっきり。そして勇儀の拳を躱したうえでの蹴り上げ。あとは片足を掴まれたのちの回し蹴りか。まぁ俺の弟子なのだから、それくらいはやってもらわなければ困る。

 

 それでも結果は勇儀の勝利で終わった。いい勝負だったのだが、当然と言えば当然である。

 美鈴は俺の尻尾七本相手に善戦できるくらい。俺が尻尾九本でギリギリ勝てる勇儀相手に、敵う道理は元から無かった。

 

「くぅ……悔しいです! 次は私が勝ってみせますから!」

 

 鬼相手でも悔しがれて、なおかつ勝とうとまで思える美鈴はものすごく大物なのかもしれない。さすがは俺の弟子。勝負する以上は負けず嫌いなところとか、師匠によく似てくれたと思う。 

 

 頑張れと美鈴の頭を撫でてから、勇儀を連れて次の目的地へ向かう。次の、と言っても次が最後なのだが。まぁ、時間が余ったら博麗神社にでも行けばいい。霊夢は勇儀に結構懐いていたりするので喜ぶだろう。

 霊夢が喜べば勇儀も喜ぶ。そんな様子が見られれば俺も嬉しい。なんという幸福の連鎖。すごいな博麗神社。

 

 むしろ博麗神社にこそ行きたくなってきたのだが、もう目的地も近くなってきた。道の両側には花畑が広がり始め、視界が随分と明るい色に支配されていく。

 そう、向かっていたのは太陽の畑。幻想郷の名スポットの一つだと俺は勝手に思っている。ここの綺麗な景色を勇儀にも見せたい。そう考えていた。

 

「絶景だねぇ」

「絶景だろ」

 

 花畑の中心に立って、俺たちは見渡す限りの向日葵たちを共に眺める。俺も勇儀も、語彙力が無いために単純なことしか言えていない。いやでも、素晴らしい景色を見たとして、ここのこういう部分がいいなどと具体的な感想を持つものなのだろうか。

 

「本当は、勇儀に花を贈るつもりだったんだ。しかし地底でも地上の花が育つのか分からなくてな。ならせめて咲いている様子だけでもと思って連れてきた」

「……へ、へぇ、そうなんだ」

 

 ともあれ、勇儀も退屈そうではないのでいいとする。闘うことが好きな鬼だとしても、それ以前に勇儀は立派な女性だ。花を愛でる気持ちは男の俺よりもずっと大きい。

 

 勇儀を見る。勇儀は全体ではなく、目の前にある一本の向日葵を見ている。そしてチラリと俺のほうを見て、目が合った瞬間あわてて逸らした。

 そんな勇儀の様子がかわいくて、思わず抱きしめたくなった。花たちが見ている前なので我慢する。でも抱きしめたい。折衷案で、後ろから二秒だけ抱きしめていいだろうか。

 

「駄目よ」

 

 制止の声が聞こえて我に返る。危ない。もう少しで抱きしめてしまうところだった。

 落ち着いてもう一度勇儀を見ると、勇儀は声がした方向に顔を向けていた。そうだ、今の声は誰だろう。

 

「そっちには背の高い子が多いから、あんまり行くと迷子に……あら?」

 

 離れた向日葵の中から、少しだけ髪を乱した幽香が出てきた。遅れて反対側の向日葵から、幽香と同じ髪の色をした女の子も出てくる。大ちゃんだ。

 

「真」

「お兄さん!」

 

 大ちゃんがトテトテと俺の元へ近づいてくる。幽香も乱れた髪を整えながら俺の前に来た。向日葵の中を歩いていたせいか、今日は傘をさしていない。

 抱き着いてくる大ちゃんの頭を撫でる。一人のときはいつもオドオドとしている大ちゃんだが、今日は幽香が一緒で気が大きくなっているみたい。

 

「よう幽香。また妖精たちの面倒を見てあげてるのか」

「またって、そんなにしょっちゅう面倒を見てあげているつもりはないのだけど。とりあえず今日はこの子だけよ。それで、そちらは誰かしら」

 

 勇儀と幽香にそれぞれ、この花畑の管理をしている妖怪であることと、俺の大切な相手であることを説明する。そしてどちらも意外そうな顔で互いの顔を見た。

 なにをそんなに意外だと思うことがあるのだろう。大ちゃんを見ろ。ニコニコした表情を崩していない。いや話を聞いていないだけかもしれない。

 

「ふぅん。これがあの真の大切な……?」

「へぇ。てっきりまた真が、私の相手を紹介してくれたのかと。そうかい、あんたがこの花たちをねえ……」

 

 大ちゃんを抱え上げる。幽香と何をしていたか訊いてみたところ、ここに花が何本咲いているか一緒に数えていたのだそうだ。なんともかわいらしことをしている。途中で夢中になって探検に変わってしまったようだが。

 

 幽香は妖精の中でも特に大ちゃんに優しい気がする。多分むかしの自分に似ているから、ついつい構ってしまうのだろう。俺が思うに、もともと幽香は大ちゃんと同じ種族だったのではないだろうか。花の妖精的な。

 それにしても幽香が大ちゃんばかりを気にしているのを見ると、リグルが可哀想になってくる。リグルは幽香のことをかなり慕っているのに。そんなリグルと大ちゃんは友達であるし、三角関係と言うやつだろうか。

 

「そこの妖精と遊んであげてたのかい? 優しいねえ。ついでに私とも遊んでくれたりしない?」

 

 勇儀の声。穏やかな内容を口にしているが、心なしか美鈴と対峙したときと同じようなテンションの声に聞こえる。 

 さては勇儀め、幽香の強さに気づいてしまったな。確かに幽香は幼いときから紫の相手をしているので実力はある。しかしそれは花を守るために身に着けたものに過ぎず、幽香は争い事は好きではない。

 

「そうねぇ。私も貴女に遊んでもらいたいと思ったところよ」

 

 だというのに幽香のヤツ、勇儀が暗に闘いたいと言っていることに気付かず、無邪気な返事をしてしまっている。

 もしくはあの優しい幽香のことだ。意図に気付いても勇儀の意思を尊重して、そのまま了承してあげているのかもしれない。こういうところが子どもに好かれるんだろうなと俺は考えた。

 

 そう来なくちゃ、と乗り気になってる勇儀を宥めて、闘う話を無かったことにしてもらう。勇儀は不満そう。しかし俺と大ちゃんの必死の説得により一応は納得したようだ。闘いが苦手な優しい子を無理矢理闘わせるのはよろしくない。

 

「……真とこの子の、私に対するイメージって……。人里の評判と全然違うのはなんでかしら」

「ん、どうした幽香」

「なんでも」

 

 大ちゃんを地面に降ろす。そして幽香に、嫌なことは嫌だと言っていいんだぞとアドバイス。それができなかったからこそ幽香は、紫に振り回され強くなり、さらには幻想郷まで来ることになった。

 

 はいはいと返事をする幽香の頭をワシャワシャと撫でる。ほんとに分かっているのだろうか。

 

「言っておくが、幽香が怪我をするのを心配してるんじゃないぞ。強いしな。俺は幽香が、自分の感情を蔑ろにすることを心配している」

 

 そう言ってから、また撫でた。

 たっぷり十秒撫でてから、花畑の見学に戻るとする。幽香に、他にいい景色がないかを訊ねてみたところ、案内してくれることになった。自分の感情を優先しろと言うのに。ありがたいけど。

 

 幽香が示した方向を、大ちゃんと歩く。

 幽香は一歩下がって、勇儀の隣へ。そしてなにやら自分の頭に手を乗せている。先ほど俺に撫でられていた場所だ。

 何かを話しているようだが、聞こえなかった。

 

 

 

 

「えーっと、勝負は私の勝ちってことでいいかしら」

「よくないよ。腕っぷしでも()()()でも、私は負けるつもりは無いからね?」

 

 





 肉弾戦の戦闘技術では、美鈴>幽香
 純粋な力勝負では、幽香>美鈴
 のつもりです。

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