東方狐答録   作:佐藤秋

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第百四十五話 贈り物 魔理沙視点

 

「で、だ、アリス、パチュリー。お前らは何をあげたらいいと思う? もしくはお前らは何を貰ったら嬉しい?」

 

 私はパチュリーと、ついでに大図書館に来ていたアリスに訊いた。

 理由はそう、真になにかプレゼントを贈ろうと思ったのだった。日頃世話になっているお礼というやつだ。あるときふと、そんな粋なことを思いついた。

 

 嘘だ。本当は妹紅が思いついた。

 そのうえ、妹紅は一人でこっそり渡そうとしていたものだから、最初に言い出したのは霊夢だった。私は便乗しかしていない。

 

 いや、違うな。私だって、三人でそれぞれ渡そうと提案されれば、それに乗るのは吝かじゃなかった。真に世話になってるのは事実だしな。

 それがなんだ。妹紅も霊夢も、自分だけ渡そうとしやがって。つまりそう、私は二人の抜け駆けを阻止したわけだ。

 

 だったら私も抜け駆けしてやることにした。具体的には、プレゼントは何にしたか霊夢に訊かれたとき、内緒だぜと答えたのだった。

 まあどうせきのこだろう、みたいな顔の霊夢。残念だったな、きのこじゃない。というかまだ何をあげるか決めてなかったけど、きのこ以外にしよう。そう決めた。

 第一きのこは昔、こーりんの奴にあげたことがあるからな。同じことをするほど私は成長してないわけじゃない。

 

 紅魔館に着く。今日は寝ている美鈴の横を抜けて、屋敷に入る。

 門番が寝ていたことを咲夜に伝え(チクっ)たのちに、大図書館へ。借りている本の返却期間が、今日だった。守らないと、パチュリーもだが、真がうるさい。

 こあに案内されて奥に行くと、アリスがパチュリーとお菓子を食べていたので、混ざった。それで、ついでに訊いてみたというわけ。真に何をプレゼントしたものか、参考程度に。

 

「マッサージチェア」

 

 パチュリーが答えた。妹紅に相談され、油揚げ、と答えていた霊夢並みの即答だった。早いのはいいが、それだけでいいほど私の評価は甘くない。早ければいいってものじゃない。

 

「そんなの私に用意できるわけないだろう」

「じゃあ、真がマッサージしてくれる券とかでもいいわよ」

「お前にやるプレゼントの相談じゃないからな? 真にやるプレゼントの相談だからな?」

「その場合、真は自分で自分をマッサージする権利を得ることになるわね」

 

 隣で菓子を食べているアリスがくすくす笑う。笑っているだけなのに、妙に絵になる姿なのが不思議である。着ている服装のせいだろうか。隣の魔法使いはパジャマだし。

 

「お前が変なこと言うから笑われただろ」

「何が欲しいか訊いてきたのは魔理沙じゃない」

「もういい。アリスはどうだ?」

 

 真面目に答える気が無いパチュリーは放置して、私はアリスに訊いてみた。アリスは、少しだけ考えるそぶり。顎に手を当てる姿も絵になりそう。

 

「そうね。小さい人形でも手作りして渡してあげたらどうかしら。真はああ見えてかわいい物が好きだから」

「あー、分かる。フランとか上海とか大好きよね真は」

 

 こいつらの中でいったい真はどういうイメージなんだ。二人の前でそういう姿を見せたことでもあるのだろうか。私は考えた。

 人形を渡されて喜んでいる真の姿を想像する。

 うんまあ、これはない。大人の男が人形を愛でる姿ってなかなかにヤバい。

 

「どう魔理沙。なんなら作り方を教えてあげてもいいわよ」

「いや、いい」

 

 断った。

 そもそもは、真が妹紅のリボンを直したことが、今回の真への贈り物のきっかけになっている。真はボロボロのリボンを新品同様まで直せる腕があるのだ。そのような相手に手作りの人形をあげるのは、はっきり言って無駄だろう。申し訳ないがアリスの案も断らせてもらう。

 というか裁縫って難しそうでめんどくさいしな。

 

 やはりこう、私だからできるものを渡したいよなあ。だとするとやっぱりきのこだろうか。きのこ以外にしようと決めたんだが。それとも私のスぺカのときに出る星でもあげようか。甘いんだ、あれ。

 

「ううむ。改めて考えてみると、いい案が無いな」

 

 菓子を食べる。糖分は考えるためのエネルギーだ、と真が言っていた気がする。

 ついでに、甘いものは乙女の燃料でもある。うむ、甘い。

 甘さに舌鼓を打っているとアリスが言う。

 

「そっか。人形はともかく手作りっていうのはいいと思ったんだけどなあ」

「じゃあパチュリーの意見も参考に、手作りのマッサージ券でもやるか。マッサージというか、肩たたき券だな」

 

 菓子を食べた直後、自然とそんな台詞が口から出た。言ってから、いいアイディアだなと自分で思った。さすが糖分。乙女の燃料。

 

 それは手作りじゃないでしょうとかいうアリスの声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。というか手作りなのは間違いない。

 

「パチュリー、いい感じの紙があったらくれ」

「面倒だから嫌」

「サンキュー。おーいこあ」

 

 パジャマ姿の魔法使いから快く承諾してもらい、真っ白な紙が手に入った。これだ、これだ。

 ついでにペンも貸してもらい、書き入れる。「肩たたき券」。

 できた。なんと豪華な八枚綴り。これはお得。

 

「完成だぜ」

「手抜きだ」

「手抜きね」

「早速真にあげてこよう」

 

 何事においても、早いことはいいことである。純粋なスピードも、会話の反応も、そして行動もだ。

 だから、プレゼントが用意できたならすぐに渡そうと思い立ったのに、なぜか二人に止められた。

 なんだ。欲しがってもあげないぜ。

 

「いらないわよ。じゃなくて、さすがにそれは簡素過ぎない?」

「いいじゃないか。過程はともあれ、日頃の礼として真の身体を労わってやる結果が残る」

「その過程じゃ、いまいち喜ぶに喜べないでしょって言ってるの。ちょっと貸して」

 

 あげないと言ったはずなのに、私のプレゼントはアリスたちにかすめ取られた。最近の魔法使いは手癖が悪い。清らかな私を見習うべきだと思う。

 

「もう少し装飾に凝りましょう。色をもっと使って華やかに」

「魔理沙が約束を破らないよう、契約の魔方陣も書いておかないとね。この大きさでまとめるには……」

 

 二人が勝手に夢中になっている。どんなものにでも夢中になるのは魔法使いの(さが)だ。夢中になる故に魔法なんてものに手を出してしまう。

 でも、だからってこれに夢中になるのはどうなんだろうな。私のだぞ。

 

 まあ、話しかけても無駄なようだし、借りる本の物色をすることにする。菓子をまた一つ口に含んで席を立った。

 

 ここの図書館は、分類が雑だ。だから目当ての本を探すのには一苦労だが、たまに思わぬ一冊との出会いがある。それが楽しみだったりする。

 

 本を選ぶ。不老不死の魔法に関する本は無かったけれど、それに近い本なら見つけた。研究意欲が湧いてくる。

 なんとなく霊夢に先を越された気のする不老不死についてだが、私も絶対いつか自力でそうなるつもり。地味に真が応援してくれたりしている。いいやつだな、真は。

 ちなみに霊夢は応援してくれてない。でも身長を私に抜かされるのが嫌らしく、そういう意味では応援されている。だから不老不死になれる目途が立っても、身長を抜かすまでは手を出さないというのもありだ。

 

 次は背を伸ばす魔法でも探してみるかと思っていたら、アリスたちの作業が終わっていることに気づいたので、様子を見に行く。

 完成した肩たたき券は、もはや私が作った面影も無くなっていた。私の書いた字が勝手に太字にされている。周りにカラフルな模様と、変な魔方陣。あと切り取りやすく線が入っている。紙質も変わっている気がするのは気のせいだろうか。

 

「どう魔理沙。これが気持ちを込めるということよ」

 

 アリスが言うが、私の込めた気持ちの量に変化は無い。こいつらの気持ちが足された以上、一応増えてはいるのだけど。

 ああわかった、こいつら私が贈るプレゼントに便乗してるんだな。妹紅の便乗が霊夢で、霊夢の便乗が私だから、こいつらは便乗の便乗の便乗。便乗ばっかりだ。世界は便乗で満ちている。

 

「まあ、また作り直すのも面倒だから、もうこれを渡すけどさ。言っとくが真には、最初に作ったのは私だって言うからな。三人で作ったんじゃない、お前らは途中参加だ」

 

 私は二人にはっきりと宣言しておく。当たり前のことでも、口に出すことが大事なのだ。

 なぜかパチュリーはきょとん顔。

 

「驚いた。全部の手柄を一人占めしない程度には真面目だったのね」

「魔理沙はこういうところは真面目なのよ」

 

 アリスが、寺子屋の子どもたちを見るような目で私を見た。笑っている。なんだこいつ。 

 

「さ、じゃあもう渡しに行っていいわよ。真によろしく」

「紅茶の二杯目を貰おうか」

「行きなさいよ」

 

 言われたとおりに動くのはなんだか癪で、もう少し居座ることにした。まああれだ、偶にはフランとも遊んでやるのも悪くないしな。

 

「これほど落ち着けるのも久しぶりだぜ」

「魔理沙はいつも自由ね」

「自由すぎるんだけど。帰りなさいよ」

 

 こあが淹れた紅茶は、博麗神社のお茶と違って、味が濃くて美味しい。一口飲んで、私は一息ついた。

 

 

 

 

 

 真に肩たたき券を渡せたのは、あれから三日後のことだった。遅くなったのには特に理由は無く、単に先延ばしにしていただけである。

 やはり思ったときにすぐに行動しないとよくないな。一度後回しにすると、その後何度も後回しにしてしまう。

 

「あ、そうだ。真、これ、やる」

「お、ありがとう。なんかしゃべり方がカタコトみたいで面白いな。オレサマ、オマエ、マルカジリ」

「何言ってんだお前」

「真顔で返されると恥ずかしいからやめろ」

 

 博麗神社で久しぶりに真に座って寛いでいて、なんとなくポケットに手を入れたら肩たたき券が入っていた。それで偶然渡せたというわけ。洗濯する前に思い出せたのは運が良かった。

 

 真はすでに妹紅と霊夢からも貰ったらしく、だからか感動が薄かった気がする。三番目に渡すもんじゃないな。いかにいいものを渡しても、何度も経験していたら驚きは薄まる。

 

「じゃあ早速一枚使うか。いいんだろ?」

「任せろ」

 

 真の膝から降りる。背後に立つ。真後ろに立っても警戒されないのは、ひとえに私が信頼されているからだと思う。

 手を握り、真の肩をめがけて何度も、叩く、叩く。時折真が、あーと声を上げるから面白い。やってあげてる感が出るので気分がいい。

 

「上手だな」

「へへ、だろ? はい終わり」

 

 最後に体重をかけて肩をぎゅうっと押して、終了だ。そのまま首に手をまわして圧し掛かる。夏場の真は抱き着くと、ひんやりしていて気持ちがいい。もちろん座っても快適。

 

「ありがとう。気持ちよかった」

 

 真はそう言うと、私の頭を撫でた。いつも誰かしらの頭を撫でているせいか、慣れた手つき。不快じゃない。

 撫でられたのち、また座る。

 振り返って真を見ると、笑っていた。多分肩たたきの効果。このプレゼントの実感は、貰ったときよりも使ったときのほうがあるのだろう。

 だから言っただろうアリス、パチュリー。外見にさほど意味は無いって。券の装飾に凝ったところで本質は変わったりはしない。

 

「それにこの券もよくできてるな。すごいぞ魔理沙」

「だろう。実は私もそうじゃないかと思っていた」

 

 まあ、見た目華やかなのはいいことだ。見て楽しいし、なによりすごい。

 

「それをやったのはアリスとパチュリーだけどな」

「そうなのか」

 

 真がまた私の頭を撫でてきた。どうして撫でられるのかは分からない。いいけど。

 

「次にこれを使うのは来年だな」

 

 そう言って真は私の肩たたき券を、持っていた薄紫色の巾着の中に仕舞った。なんだそれ、似合ってるな。じゃなくて。

 

「来年?」

「毎年この日になったら叩いてもらう」

 

 しまった、消費期限をつけるのを忘れてた。いやでも、そんな長く保持されるなんて思わないじゃないか。

 

「来年また再発行するから使ってくれよ」

「どうだろうな。魔理沙はそのときには忘れてそうだ」

「忘れないって」

 

 私は言ったが、真は考えを変えるつもりは無いらしい。笑って、私の頭をまた撫でている。撫ですぎだろう。いいけど。

 

「アンタまたそこに座ってるの? 変わってないわね」

 

 霊夢がお茶菓子を持って戻ってきた。饅頭と、味の薄いお茶だ。そういう霊夢こそ変わってない。

 まあ、もう成長できない身体ゆえの僻みだろう。私に身長を抜かされる恐怖を感じながら日々を過ごすといい。

 

 あー、でもなあ。これ以上大きくなると、真に座れなくなるかもしれない。

 それはちょっと嫌だなあと私は思った。なんだかんだで真の膝の上は、私のお気に入りだから。

 

 




来週に藍視点の話を投稿します。

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