「で、だ、アリス、パチュリー。お前らは何をあげたらいいと思う? もしくはお前らは何を貰ったら嬉しい?」
私はパチュリーと、ついでに大図書館に来ていたアリスに訊いた。
理由はそう、真になにかプレゼントを贈ろうと思ったのだった。日頃世話になっているお礼というやつだ。あるときふと、そんな粋なことを思いついた。
嘘だ。本当は妹紅が思いついた。
そのうえ、妹紅は一人でこっそり渡そうとしていたものだから、最初に言い出したのは霊夢だった。私は便乗しかしていない。
いや、違うな。私だって、三人でそれぞれ渡そうと提案されれば、それに乗るのは吝かじゃなかった。真に世話になってるのは事実だしな。
それがなんだ。妹紅も霊夢も、自分だけ渡そうとしやがって。つまりそう、私は二人の抜け駆けを阻止したわけだ。
だったら私も抜け駆けしてやることにした。具体的には、プレゼントは何にしたか霊夢に訊かれたとき、内緒だぜと答えたのだった。
まあどうせきのこだろう、みたいな顔の霊夢。残念だったな、きのこじゃない。というかまだ何をあげるか決めてなかったけど、きのこ以外にしよう。そう決めた。
第一きのこは昔、こーりんの奴にあげたことがあるからな。同じことをするほど私は成長してないわけじゃない。
紅魔館に着く。今日は寝ている美鈴の横を抜けて、屋敷に入る。
門番が寝ていたことを咲夜に
こあに案内されて奥に行くと、アリスがパチュリーとお菓子を食べていたので、混ざった。それで、ついでに訊いてみたというわけ。真に何をプレゼントしたものか、参考程度に。
「マッサージチェア」
パチュリーが答えた。妹紅に相談され、油揚げ、と答えていた霊夢並みの即答だった。早いのはいいが、それだけでいいほど私の評価は甘くない。早ければいいってものじゃない。
「そんなの私に用意できるわけないだろう」
「じゃあ、真がマッサージしてくれる券とかでもいいわよ」
「お前にやるプレゼントの相談じゃないからな? 真にやるプレゼントの相談だからな?」
「その場合、真は自分で自分をマッサージする権利を得ることになるわね」
隣で菓子を食べているアリスがくすくす笑う。笑っているだけなのに、妙に絵になる姿なのが不思議である。着ている服装のせいだろうか。隣の魔法使いはパジャマだし。
「お前が変なこと言うから笑われただろ」
「何が欲しいか訊いてきたのは魔理沙じゃない」
「もういい。アリスはどうだ?」
真面目に答える気が無いパチュリーは放置して、私はアリスに訊いてみた。アリスは、少しだけ考えるそぶり。顎に手を当てる姿も絵になりそう。
「そうね。小さい人形でも手作りして渡してあげたらどうかしら。真はああ見えてかわいい物が好きだから」
「あー、分かる。フランとか上海とか大好きよね真は」
こいつらの中でいったい真はどういうイメージなんだ。二人の前でそういう姿を見せたことでもあるのだろうか。私は考えた。
人形を渡されて喜んでいる真の姿を想像する。
うんまあ、これはない。大人の男が人形を愛でる姿ってなかなかにヤバい。
「どう魔理沙。なんなら作り方を教えてあげてもいいわよ」
「いや、いい」
断った。
そもそもは、真が妹紅のリボンを直したことが、今回の真への贈り物のきっかけになっている。真はボロボロのリボンを新品同様まで直せる腕があるのだ。そのような相手に手作りの人形をあげるのは、はっきり言って無駄だろう。申し訳ないがアリスの案も断らせてもらう。
というか裁縫って難しそうでめんどくさいしな。
やはりこう、私だからできるものを渡したいよなあ。だとするとやっぱりきのこだろうか。きのこ以外にしようと決めたんだが。それとも私のスぺカのときに出る星でもあげようか。甘いんだ、あれ。
「ううむ。改めて考えてみると、いい案が無いな」
菓子を食べる。糖分は考えるためのエネルギーだ、と真が言っていた気がする。
ついでに、甘いものは乙女の燃料でもある。うむ、甘い。
甘さに舌鼓を打っているとアリスが言う。
「そっか。人形はともかく手作りっていうのはいいと思ったんだけどなあ」
「じゃあパチュリーの意見も参考に、手作りのマッサージ券でもやるか。マッサージというか、肩たたき券だな」
菓子を食べた直後、自然とそんな台詞が口から出た。言ってから、いいアイディアだなと自分で思った。さすが糖分。乙女の燃料。
それは手作りじゃないでしょうとかいうアリスの声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。というか手作りなのは間違いない。
「パチュリー、いい感じの紙があったらくれ」
「面倒だから嫌」
「サンキュー。おーいこあ」
パジャマ姿の魔法使いから快く承諾してもらい、真っ白な紙が手に入った。これだ、これだ。
ついでにペンも貸してもらい、書き入れる。「肩たたき券」。
できた。なんと豪華な八枚綴り。これはお得。
「完成だぜ」
「手抜きだ」
「手抜きね」
「早速真にあげてこよう」
何事においても、早いことはいいことである。純粋なスピードも、会話の反応も、そして行動もだ。
だから、プレゼントが用意できたならすぐに渡そうと思い立ったのに、なぜか二人に止められた。
なんだ。欲しがってもあげないぜ。
「いらないわよ。じゃなくて、さすがにそれは簡素過ぎない?」
「いいじゃないか。過程はともあれ、日頃の礼として真の身体を労わってやる結果が残る」
「その過程じゃ、いまいち喜ぶに喜べないでしょって言ってるの。ちょっと貸して」
あげないと言ったはずなのに、私のプレゼントはアリスたちにかすめ取られた。最近の魔法使いは手癖が悪い。清らかな私を見習うべきだと思う。
「もう少し装飾に凝りましょう。色をもっと使って華やかに」
「魔理沙が約束を破らないよう、契約の魔方陣も書いておかないとね。この大きさでまとめるには……」
二人が勝手に夢中になっている。どんなものにでも夢中になるのは魔法使いの
でも、だからってこれに夢中になるのはどうなんだろうな。私のだぞ。
まあ、話しかけても無駄なようだし、借りる本の物色をすることにする。菓子をまた一つ口に含んで席を立った。
ここの図書館は、分類が雑だ。だから目当ての本を探すのには一苦労だが、たまに思わぬ一冊との出会いがある。それが楽しみだったりする。
本を選ぶ。不老不死の魔法に関する本は無かったけれど、それに近い本なら見つけた。研究意欲が湧いてくる。
なんとなく霊夢に先を越された気のする不老不死についてだが、私も絶対いつか自力でそうなるつもり。地味に真が応援してくれたりしている。いいやつだな、真は。
ちなみに霊夢は応援してくれてない。でも身長を私に抜かされるのが嫌らしく、そういう意味では応援されている。だから不老不死になれる目途が立っても、身長を抜かすまでは手を出さないというのもありだ。
次は背を伸ばす魔法でも探してみるかと思っていたら、アリスたちの作業が終わっていることに気づいたので、様子を見に行く。
完成した肩たたき券は、もはや私が作った面影も無くなっていた。私の書いた字が勝手に太字にされている。周りにカラフルな模様と、変な魔方陣。あと切り取りやすく線が入っている。紙質も変わっている気がするのは気のせいだろうか。
「どう魔理沙。これが気持ちを込めるということよ」
アリスが言うが、私の込めた気持ちの量に変化は無い。こいつらの気持ちが足された以上、一応増えてはいるのだけど。
ああわかった、こいつら私が贈るプレゼントに便乗してるんだな。妹紅の便乗が霊夢で、霊夢の便乗が私だから、こいつらは便乗の便乗の便乗。便乗ばっかりだ。世界は便乗で満ちている。
「まあ、また作り直すのも面倒だから、もうこれを渡すけどさ。言っとくが真には、最初に作ったのは私だって言うからな。三人で作ったんじゃない、お前らは途中参加だ」
私は二人にはっきりと宣言しておく。当たり前のことでも、口に出すことが大事なのだ。
なぜかパチュリーはきょとん顔。
「驚いた。全部の手柄を一人占めしない程度には真面目だったのね」
「魔理沙はこういうところは真面目なのよ」
アリスが、寺子屋の子どもたちを見るような目で私を見た。笑っている。なんだこいつ。
「さ、じゃあもう渡しに行っていいわよ。真によろしく」
「紅茶の二杯目を貰おうか」
「行きなさいよ」
言われたとおりに動くのはなんだか癪で、もう少し居座ることにした。まああれだ、偶にはフランとも遊んでやるのも悪くないしな。
「これほど落ち着けるのも久しぶりだぜ」
「魔理沙はいつも自由ね」
「自由すぎるんだけど。帰りなさいよ」
こあが淹れた紅茶は、博麗神社のお茶と違って、味が濃くて美味しい。一口飲んで、私は一息ついた。
真に肩たたき券を渡せたのは、あれから三日後のことだった。遅くなったのには特に理由は無く、単に先延ばしにしていただけである。
やはり思ったときにすぐに行動しないとよくないな。一度後回しにすると、その後何度も後回しにしてしまう。
「あ、そうだ。真、これ、やる」
「お、ありがとう。なんかしゃべり方がカタコトみたいで面白いな。オレサマ、オマエ、マルカジリ」
「何言ってんだお前」
「真顔で返されると恥ずかしいからやめろ」
博麗神社で久しぶりに真に座って寛いでいて、なんとなくポケットに手を入れたら肩たたき券が入っていた。それで偶然渡せたというわけ。洗濯する前に思い出せたのは運が良かった。
真はすでに妹紅と霊夢からも貰ったらしく、だからか感動が薄かった気がする。三番目に渡すもんじゃないな。いかにいいものを渡しても、何度も経験していたら驚きは薄まる。
「じゃあ早速一枚使うか。いいんだろ?」
「任せろ」
真の膝から降りる。背後に立つ。真後ろに立っても警戒されないのは、ひとえに私が信頼されているからだと思う。
手を握り、真の肩をめがけて何度も、叩く、叩く。時折真が、あーと声を上げるから面白い。やってあげてる感が出るので気分がいい。
「上手だな」
「へへ、だろ? はい終わり」
最後に体重をかけて肩をぎゅうっと押して、終了だ。そのまま首に手をまわして圧し掛かる。夏場の真は抱き着くと、ひんやりしていて気持ちがいい。もちろん座っても快適。
「ありがとう。気持ちよかった」
真はそう言うと、私の頭を撫でた。いつも誰かしらの頭を撫でているせいか、慣れた手つき。不快じゃない。
撫でられたのち、また座る。
振り返って真を見ると、笑っていた。多分肩たたきの効果。このプレゼントの実感は、貰ったときよりも使ったときのほうがあるのだろう。
だから言っただろうアリス、パチュリー。外見にさほど意味は無いって。券の装飾に凝ったところで本質は変わったりはしない。
「それにこの券もよくできてるな。すごいぞ魔理沙」
「だろう。実は私もそうじゃないかと思っていた」
まあ、見た目華やかなのはいいことだ。見て楽しいし、なによりすごい。
「それをやったのはアリスとパチュリーだけどな」
「そうなのか」
真がまた私の頭を撫でてきた。どうして撫でられるのかは分からない。いいけど。
「次にこれを使うのは来年だな」
そう言って真は私の肩たたき券を、持っていた薄紫色の巾着の中に仕舞った。なんだそれ、似合ってるな。じゃなくて。
「来年?」
「毎年この日になったら叩いてもらう」
しまった、消費期限をつけるのを忘れてた。いやでも、そんな長く保持されるなんて思わないじゃないか。
「来年また再発行するから使ってくれよ」
「どうだろうな。魔理沙はそのときには忘れてそうだ」
「忘れないって」
私は言ったが、真は考えを変えるつもりは無いらしい。笑って、私の頭をまた撫でている。撫ですぎだろう。いいけど。
「アンタまたそこに座ってるの? 変わってないわね」
霊夢がお茶菓子を持って戻ってきた。饅頭と、味の薄いお茶だ。そういう霊夢こそ変わってない。
まあ、もう成長できない身体ゆえの僻みだろう。私に身長を抜かされる恐怖を感じながら日々を過ごすといい。
あー、でもなあ。これ以上大きくなると、真に座れなくなるかもしれない。
それはちょっと嫌だなあと私は思った。なんだかんだで真の膝の上は、私のお気に入りだから。
来週に藍視点の話を投稿します。