東方狐答録   作:佐藤秋

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第十二話 物部布都と蘇我屠自古

 

 寺の前を掃除していると人間の参拝客が現れた。女二人の参拝客、一人は灰色の髪を後ろで纏めた背の低い少女で、もう一人は薄緑のウェーブのかかった髪をした女性である。

 この寺に泊めてもらっている身ではあるが、客が来たなら相手をするのは俺の役目。なるべく失礼の無いように、気をつけて話しかけてみる。

 

「やあ、この寺に人間がくるなんて珍しい。たぶん俺が来てから初めてだ。参拝客か?」

「……む? おっと、早合点なせれるな。我らは、我が太子様の道教に仇なす存在を、偵察しに参っただけである」

「……はあ、偵察…… それを偵察先にいる俺に言ってもよかったのか?」

「はっ! そうであった!」

「……」

「……」

 

 俺と少女の間に、気まずい沈黙が流れる。何か悪いことをしてしまった気分だ。もう一人の女性はやれやれといった表情をしている。

 

「ま、まぁ目的がなんにせよ一応客だ、案内するよ。俺は真だ、よろしく」

「うむ、我は物部(もののべの)布都(ふと)という。こっちが蘇我(そがの)屠自古(とじこ)。よろしく頼むぞ、真殿」

 

 あ、偵察に来たのに名乗ってしまうんだ。いやこれは俺が名乗ったせいなのだろうか。しゃべり方はなんだか変だが、この布都と言う少女は礼儀正しい少女のようだ。

 

「ところで真殿、我らはこの寺が妖怪の住む寺だと聞いておるのだが、真殿も妖怪であるのかのう? 見たところ妖力も感じぬただの人間のように思えるのだが」

「ああ、俺は狐の妖怪だ。他のヤツらも、見た目は人間だが全員妖怪だよ。みんな気のいい連中さ」

「……ふぅむ、これほどまでに完璧に妖力を隠すとは、お主さては只者ではあるまい。 ……む?」

「しーん!」

 

 布都と会話をしていたら、寺のほうからぬえがやってきた。元気があるのは随分だが、今は少し取り込み中だ。

 

「真、掃除終わった!? 終わったなら一緒にめんこでも……あれ? 人間?」

「そうだ、お客様の前だから静かにな。この人たちを寺に案内するから、めんこはその後で」

「はーい」

 

 俺はぬえを(たしな)め、二人に向き直る。寺まで行けば水蜜たちもいるだろうし、後はそいつらに任せよう。とりあえずは布都と屠自古を案内するまでぬえと遊ぶのはお預けだ。

 

「すまないな、二人とも。いま案内を……」

「……その前に真殿、一ついいか?」

「?」

 

 改めて案内しようと歩こうとしたら、布都に手を出して制止される。む、なんだ。やはり妖怪だらけの寺に、無防備に入るのは……

 

「この娘が先ほど言っていた、めんことは一体なんなのだ?」

 

 布都がぬえの持っている札を、興味深く見ながら尋ねてきた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「なんと二枚同時とは! ぬえ殿お主只者ではないな!?」

「へへーん! 見たか!」

 

 ぬえが一枚のめんこで二枚のめんこを裏返し、なんとも得意げな顔をする。その対戦相手である布都はというと、やられているにもかかわらず楽しそうだ。そう、今ぬえとめんこで戦っているのは、俺ではなくて先ほどやってきた布都なのである。

 

「なんていうか……すまない、うちの布都が」

「……まぁ、心中察するよ」

「……そうしてくれると助かる」

 

 二人で遊ぶ布都とぬえを見ながら、俺は屠自古と話していた。偵察に来たというのに布都はなぜか遊び始め、一緒にいた屠自古はほったらかし。もともと偵察に来ると言い出したのは布都であって、屠自古は心配でついてきただけのようだ。

 そうなると屠自古だけを案内するわけにもいかず、子ども同士で遊んでいるのを眺める形をとることになる。完全に俺も屠自古も今の気分は、公園デビューしたお母さんだ。

 

「おーい! 屠自古もやらぬか!」

「真も、一緒にやろうよ!」

「……どうする?」

「……いいだろう」

 

 子どもたちに呼ばれた俺と屠自古は顔を見合わせ苦笑した後、めんこに混ざることにした。

 

 結局この日は、お客二人と遊ぶだけ遊んで終わることになる。布都は帰り際「また改めて偵察に来ようぞ!」と言い、屠自古は深々と頭を下げていった。偵察とは一体どんな意味だっただろうか。遊びに来るという意味は無かった気がするが、そういうことだろうと俺は思った。

 

 

 

 その後二人は、宣言通り何度も偵察しにきた。勿論偵察とは名ばかりに、遊びに来ているだけである。遊んでいるのは布都とぬえであり、俺と屠自古は専ら保護者役に徹していた。

 

 今日も二人は訪れた。布都とぬえはいま二人でけん玉で遊んでおり、俺と屠自古は将棋にいそしんでる。ちなみに、めんこも、けん玉も、将棋も、今の時代には存在していない。全て俺が変化の術で作ったものだ。初めて屠自古と将棋したときは、初心者なのであまり相手にならなかったが、最近ではなかなかいい勝負をしている。もともと俺は、そこまで将棋が強いというわけではないのだ。

 

「……いやはや、真殿は博識であるな。我の知らない物事をいろいろ知っておる」

「でしょー!」

「うむ。このけん玉なるものや独楽なるものを一体どこで知ったのか…… む? 屠自古、真殿、何をしておるのだ?」

 

 遊びつかれた二人が、俺と屠自古の元に戻ってきた。布都はまた新たな遊び道具を見て、キラキラと目を輝かせている。

 

「将棋っていう、戦を模した遊びだ。この王を取られたら負けになる」

「ふむ、また新たな…… して、どのようにして「悪い、布都。今いいところなんだ。邪魔すんじゃねぇ」む……」

「……だそうだ。すまないが団子でも食って待っててくれ。ほら」

 

 屠自古が集中しているようなので、布都とぬえに団子を渡して黙らせる。布都は「おお……」と驚きながらも素直に座って待っていた。

 

 

 

 

「……ああーまた負けちまった! あとちょっとだったのに……」

 

 布都とぬえが団子を食べ終わって少しした後、なんとか勝利を収めることに成功した。最後の屠自古の怒涛の王手を、一手でもかわすのを間違えていたら勝敗は逆になっていただろう。これほど僅差で負けるのは今までで初めてだったので、屠自古はとても悔しそうだ。

 

「そうか、残念だったな屠自古…… 次は、我とぬえ殿も入れて四人で将棋をしようぞ!」

「……といっても将棋は二人用のゲームだからな…… そうだ、四人でならあれができるぞ、『歩まわり』」

「「「ふまわり?」」」

 

 俺以外の三人が俺の言葉を繰り返す。こいつらは将棋を知らないのだ、歩まわりを知っているはずもない。

 簡単にできると思うので、俺は三人にルールを説明する。といっても正しいルールではなく、俺の知ってるハウスルールだが。

 

「まず、それぞれ四隅に自分の歩を置く。そして、金の駒をサイコロ代わりにして、出た目の分左回りに進むんだ。一周するごとに駒が成長していき、最後に王になったら、中央へ駒を進めていく。真ん中にぴったり止まったらあがりだ」

「ほう、なかなか単純な遊びだな。これなら布都でもできるだろ」

「面白そう! 金をサイコロ代わりってどうするの?」

「それも簡単だ。表が出たら一、横に立つと五、縦に立つと十、そしてこんなふうに逆さに立つと百だ」

「ひゃ、百!? というか駒がこんな風に立つことがあるのか?」

「滅多にないから百なんだよ。ああそれと、サイコロが盤の外に出た場合は進めない。また、二つ以上重なった状態を『団子』といって、団子になった場合は逆に出た目だけ戻るんだ。他の細かいルールはやりながら説明するか」

 

 ゲームのルールは、やりながらのほうが理解しやすい。それに歩まわりは実力の差なんてあってないようなものである。双六と同じような、サイコロを振るだけのゲームだからだ。 

 早速俺は四人に駒を渡し、ゲームを始めるように促した。

 

 

「まずは我からだな! とうっ! ……一か」

「次は私か。 ……二だな」

「ははは屠自古! ぜんぜん進んでおらんではないか!」

「お前に言われたくないんだが」

「振るよー! えいっ! ……ありゃ、全部裏だ…… 零?」

「いや、全部裏だと特別に八扱いだ。ぬえはここまで進める。さらに、角にぴったりで止まったので次の角まで飛んでいける」

「なんと! 我のすぐ後ろまできおった!」

「更に、全部同じ向きだったのでもう一度振れる」

「やった! ……三だね」

「うおお追い越されてしまったぞ! ……ん? 真殿、なぜ我の駒を裏返すのだ?」

「角以外で追い越しがあった場合、追い越された駒は死ぬんだ。つぎ誰かに追い越してもらわないと生き返れない」

「な、なんだとぉぉお!?」

「俺の番だな。駒はこういう風に振ると立ちやすいぞ。 ……六か」

「なるほど…… あ、布都は死んでるから次は私だな」

「早く我を生き返らせるのだ!」

 

 まだ一周しただけだが、早くも白熱してきている。まだ出てきていないルールはあるが、皆もこれはほとんど運の勝負だと理解したはずだ。

 勝負はどんどん進んでいく。

 

「……ふふふ、屠自古、生き返らせてもらったところ悪いが死んでもらうぞ! はあっ! ……なんだ二か…… ん? 同じマスに止まった場合はどうなるのだ?」

「この場合『おんぶ』といってな、屠自古の駒の上に布都の駒が乗ることになる。屠自古が進めば、一緒に布都も進むことになる」

「なるほど! 屠自古よ、心して我を運ぶがいい!」

「仕方ねぇな…… あ、悪ぃ、『団子』だ。戻るぞ」

「屠自古ぉぉぉおおおお!!」

「あはははは! 布都まだ振り出しじゃん! 私もうすぐ一周するのに」

 

 勝負というのは、負けている相手が不機嫌になってくると面白くない。現在の最下位は布都であるが、布都は負けていても不機嫌にならず勝つ気でゲームを続けてくれる。俺も楽しんで遊べそうだ。

 更に勝負は進んでいく。

 

「……ふっふっふ、序盤は後れを取ったが、百を出したことで我の一転有利! 屠自古なんぞは二度も殺してしまった!」

「まさか……」

「本当に百が出るとはな……」

「俺も初めて見た……」

「我はすでに王! 後はもう中央に三マス進むのみ! とうっ ……七だ!」

「……あ、最後はぴったり止まらないと駄目だぞ」

「あ、そうであったな……しかしそれも時間の…… む? 進む先に屠自古の駒が……」

「また『おんぶ』だな…… ん? この場合私の駒が進んだらどうなるんだ? 布都の中央への順路から外れてしまうが」

「その場合布都がもう一周だな」

「なるほど。 ……三だ」

「屠自古ぉぉぉおおおおお!!」

 

 勝負は佳境へと入ってきた。三人以上でやるゲームでは、勝者が一人決まるものか、全員の順位が決まるものがある。歩まわりも勝者が一人出た時点で終了してもいいのだが、今回は全員がゴールするまで続けることにした。

 

「屠自古! ここからは我との一騎打ちだ!」

「ふん、望むところだ!」

「私と真はあがっちゃったから暇だね」

「そうだな。 ……しかし、最初に王になったのに布都はまだあがれないのか……」

「……くうう! 二が出れば勝ちだというのに出ない!」

「私だな。 ……八だ、もう一回だな」

「……む」

「……十七だ、更にもう一回」

「お、おい……?」

「……二十一。 ……つぎ三が出たらあがりだな」

「ま、まさか……」

「……よし! 三だ!」

「な、なんだとぉぉぉおおおお!?」

「なんつー劇的な負け方だ……」

 

 布都の負けで歩まわりは決着となった。最初から最後まで、布都が主役だったと思う。

 

 

 

 

「じゃあまたな。今日は俺も楽しかった」

 

 布都と屠自古の帰る時間が訪れた。門限でも決まっているのか、いつも決まった時間には帰ってしまう。

 

「うむ。 ……ところで真殿、ぬえ殿」

「? どうした?」

 

 布都が何やら、言い辛そうな態度を取る。先ほどまであんなに楽しそうだったのに、布都のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。

 

「我と屠自古はこれから太子様と尸解仙になるための修行をせねばならぬ。だからもうここにはあまり……」

「えー! 布都たちもうここに来れないの!?」

「……そうではない、と言いたいが、断言はできぬ」

「……ああ、何百年もかかる可能性は否めない」

「…………」

 

 布都と屠自古の言葉を聞いて、ぬえが口をつぐんでしまう。確かにあまりに急すぎる、ショックを受けても仕方がない。

 しかし今さらどうすることもできないだろう。ここで俺に出来るのは明るく見送ってやることだけだ。

 

「まぁまぁ、縁があったらまた会えるさ。そう悲観することはない」

「……そうだな。 ……ところで真、ちょっと……」

「? なんだ屠自古?」

 

 屠自古がチョイチョイと手招きをする。口を俺の耳に近付けて、ヒソヒソと話しかけてきた。

 

「(お前、この妖怪寺が最近目をつけられていることを知っているか?)」

「(……ああ。陰陽師として俺にも来たよ。妖怪退治をしないかって……)」

「(……どうするつもりだ?)」

「(さあな…… 俺としては人間を迎え撃ってもいいんだが、おそらく聖に反対されるな…… 近々話し合っておくよ)」

「(そうか……)」

 

 俺がその話を知っていると分かるや否や、屠自古は俺の耳から口を離した。どうでもいいが、屠自古と俺で互いに耳打ちをするという格好は、顔が近くて少しドキッとする。

 

「いや、それだけだ。少し心配になったものでな」

「はは、偵察に来た相手を心配するなんて変わってるな」

「まったくだ…… ではまたいつか」

「……ああ」

 

 そう言うと屠自古は、布都をつれて去っていった。二人の後姿をぬえと一緒にじっと見送る。

 ぬえは布都たちの別れを悲しんでいたが、すこしするともういつもの調子に戻っていた。

 人と比べて妖怪は、別れの耐性が強いのだろう。そう思った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 夕食後、屠自古から言われていた話をするため聖を呼び出した。聖に例の話を一通り説明する。聖は終始俺の話を、無言でじっと聞いていた。

 

「……そうですか」

「ああ。陰陽師として俺にも仕事が来たよ」

「……それも仕方ないでしょう。私は人間たちの行動を受け入れます」

「しかし……」

「もちろん、星やムラサたちにはそんなことはさせません、私一人です」

「……」

 

 聖はすぐに結論を出した。もしかしたら人間たちがこのような行動を取ると予想はしていて、自分がどう動くかも考えていたのかもしれない。

 人間たちが取る行動は、この寺の存在を恐れて聖たちを退治すること。それに対する聖の行動は、人間たちに退治されることだ。

 

「そこで真にはお願いがあります」

「……お願い?」

「真には陰陽師として、私を魔界に封印してもらうよう動いてほしいのです」

「……そりゃまたどうして」

「私だってまだ死にたくはありません。今回は時期が早すぎました。魔界で今一度修行しなおしてきますよ」

「……星や水蜜たちがそれを望むと思うか?」

「いいえ。でも私は決めたのです。星たちは、時期が来たら私が他のところに送ります。そうですね、地底などでいいでしょう。ほとぼりが冷めるまではそこで隠れていてもらいます」

「……」

「これは私の自己満足です。彼女たちの意志は関係ありません。私がそうしたいからそうするのです」

「……」

 

 俺に頼みごとをする聖の目は、既に覚悟を決めた目だった。言い淀むこともなく言葉を告げる聖は、もはや何を言おうが意見を変えないだろう。それに"そうしたいからそうする"というのは、俺の行動原理の核と同じだ。そう言われたら俺も、聖に納得せざるを得ない。

 

「……わかったよ」

「……いいのですか?」

「……聖だってつらいだろう。別に俺はただの居候だ、関係ない。それに…… ただ、少しばかり長い別れがあるだけだ。また集まって寺をやればいい」

「……また、集まることなんてできるでしょうか」

「……できる、さ」

 

 初めて不安を見せた聖に、俺は優しく頷いた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 数週間後、陰陽師が大人数で妖怪寺に訪れた。星や水蜜たちはもういない。俺から今日のことを聞いていた聖が、あらかじめ別のところに送っておいたのだ。別れの言葉は言えなかったが星たちが混乱するといけないので、事のあらましを書いた手紙を全員の服に忍ばせておいた。

 聖以外誰もいなくなった妖怪寺で、聖はあっという間に陰陽師たちに取り囲まれた。

 

「……何か言い残すことは」

「……私は、諦めません」

「真殿! こいつの話など聞くことはありません! さっさと封印してしまいましょう!」

「そうだな…… では、手筈どおり頼む。俺は封印術は苦手だ」

「分かりました! 真殿は他の妖怪たちを屠ったのでしょう? それで仕事は十分ですよ!」

「……ああ」

 

 本当は聖が全部やったのだが、俺がやったことにしておいた。

 魔界への封印は成功する、これは能力で何度も確認している。聖の復活がいつになるかは分からないが、生きていれば必ずまた会えるだろう。俺はそう思いこの場から立ち去った。

 

 

 

 

 後日俺は、妖怪寺にいた妖怪たちを全員退治したと言う功績により、地位や報酬などを約束されたがその全て断った。その代わり、取り壊す予定になった妖怪寺を、そのまま譲り受けることを報酬として申し出る。少し怪訝な顔をされたが、取り壊すのも費用がかかるためなんとか承諾してくれた。

 

 

 

「またな」

 

 誰もいなくなった妖怪寺に向かってそう呟くと、俺はこの場を後にした。またいつかこの寺に、皆が集まりますように。

 

 


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