東方狐答録   作:佐藤秋

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第百五十五話 如月の話

 

 幻想郷には、個人の娯楽は少ないが、その代わりとしてイベントは多い。夏には夏の祭りがある。秋には豊穣祭がある。最低半年に一度はバザーのような催しが行われるし、最近ではハロウィンなども増えている。

 

 先日博麗神社で行われたのも、そのイベントの一種だった。二月に行う、豆を撒いて家の中から鬼を追い出す年中行事。言ってしまえば節分である。なお、萃香を追い出すつもりなど霊夢にはない。

 

「お兄さん。霊夢はまだ?」

 

 新聞を読んでいる俺に紫苑が、背後から絡みつきつつ訊いてきた。寒いのか、今まで人と接する機会が少なかった反動か、紫苑はやたらくっついてくることが多い。大昔に一人で人肌が恋しい時期が俺にもあったので、触れあいたくなる気持ちは分かる気がする。つまりは悪い気はしない。

 

 (くだん)の節分イベントには、俺も紫苑も参加しなかった。というのもこの豆撒きは人間用に考えられた催しだと思ったので、妖怪である俺たちが行くのも変な話だと判断したのだった。

 (いたずら)に人間たちを怖がらせる必要もあるまい。まあ、レミリアとかはちゃっかり参加したらしいけれど。人間友好度極低って嘘だろあれ。

 

 博麗神社での催しにはそれなりに大勢の客が訪れたらしい。客のほとんどは、当然ながら、人里に住む人間たち。やはり娯楽の少ない幻想郷、そこに住む人間はイベントがあれば参加するものが多いのだろう。

 内容は豆撒きのみならず、豆を使った料理の屋台を出したりもしたという。節分は豆を食べる行儀でもあり、体内に福を呼び込むと同時に悪いものを追い出す効果もある。それをうまく組み込んだというわけだ。

 

「お腹すいたよー」

「ああ。雪かき頑張ったもんな。もうすぐ来ると思うんだが」

「何を持ってきてくれるかな」

 

 その大成功の催しの後日の今日。ありがたいことに霊夢から、余った豆などを分けてもらえることとなった。更には参加していない俺たちを気遣い、軽い豆料理を作ってこちらに来るという。それで紫苑は張り切って、朝からこの住処の周りの雪かきをしていたというわけ。

 当然俺も手伝った。晴れているし、雪で霊夢が道に迷うとは思わないが、こういう心遣いは大事だろう。

 

 霊夢は何の豆料理を持ってくるのだろう。紫苑の台詞に俺も考える。

 豆を使われたものと言えば、真っ先に思いつくのが油揚げだろう。豆腐は文字通り豆を使って作られたものであり、それを揚げた油揚げもまた、当然豆が使われている。

 餅巾着か、いなり寿司。はたまた別のものを中に入れた挟み焼き。細かく刻んで炒めるのもいい。万能すぎるぞ油揚げ。

 

「紫苑は何が来てほしい?」

「納豆」

「シンプルだな」

「ねばねばしてるの」

「知ってるよ」

 

 なんて会話をしていたら、不意に入口の戸が開かれた。霊夢だなと俺は考え入り口の方に目を向ける。予想通り、かわいらしい巫女の格好をした少女がそこにいた。

 マフラーを巻いて防寒対策もしっかりしている。手には何やら大荷物。

 

「来たわよ」

「霊夢、いらっしゃい。待ってた」

 

 紫苑がいそいそと霊夢のもとへ飛んでいく。

 お金が好きな霊夢にとって紫苑は相性の悪い相手に思えるが、なかなかどうして二人の仲は悪くない。というか、紫苑が一方的に好意を寄せている気がする。

 霊夢は妖怪だとかそういう存在にやたら好かれる。俺が霊夢を好いているのも、そういう性質を持つためなのかもしれない。

 

「なに持ってきたの?」

「……アンタが待ってたのは、私じゃなくてこっちじゃないの? まあいいけど。はい、紫苑は先にこれでも食べてなさい。一人で」

「わー」

 

 霊夢が、持ってきた荷物の中から、紙でできた深い皿を取り出して紫苑に手渡す。あれはそう、むかし文の新聞を折り紙にして作っておいた紙皿だ。簡単に作れるのでいくつか折っておくと便利である。

 紙皿には、どうやら炒った豆がいくつも入れられているようだった。なるほど、節分の後日らしいお土産だ。

 紫苑が感動した様子で、霊夢から受け取った紙皿を掲げている。

 

 そんな紫苑の様子をスルーして、霊夢は荷物を台所に置いたのち、俺の隣に腰を下ろした。服の乱れを直しつつほっと一息。こちらを見る。

 

「真はお腹すいてる?」

「そんなにだな。いつもの飯時にはまだ早い時間だから」

「そうね、私も全然。じゃあご飯は少ししてからにしましょ」

 

 ああ、と俺は頷いた。

 紫苑を見ると一粒ずつ豆をつまんで食べている。勝手に決めたが、こちらも異論はないだろう。紫苑は食いしん坊だが大食いではなく、むしろ少食に分類される。あれ一粒で一日は持つはずだ。仙豆(せんず)かな。

 

「外は寒かっただろ。風が結構吹いてるみたいだし」

「ええ。でも平気。この体は寒さに強いから」

「そうなのか。まあ確かに肌はいつもひんやりしてるもんな」

「そのせいで、夏場は魔理沙がよく引っ付いてくるわ。今は全然してこないけど」

「ふっ」

 

 笑みが漏れる。魔理沙と霊夢がじゃれてる姿を想像して、微笑ましく思ったのだった。迷惑しているような口ぶりだが、霊夢もまんざらじゃないに違いない。俺が紫苑にまとわりつかれても構わないように。

 

「そういえば、霊夢は一人で来たんだな。萃香なんかがついてくる予想もしてたんだが」

「萃香は針妙丸と留守番ね。今頃二人でよろしくやってるんじゃない」

「仲がいいのか? 小人と鬼なのに」

「そうなのよ。萃香が意外と構うのよね」

 

 針妙丸とは、俺とは入れ替わりで博麗神社に居候しだした小人さんの名前である。多分女の子。あくまで多分。

 まるでアリスのところの上海くらい小さい彼女だが、萃香もそのくらいの分身を作り出したりするし、案外二人の相性はいいほうなのかもしれない。

 

「と、そういえばせっかく来たのにお茶すら出してなかったな。用意してくる」

 

 そう言って立ち上がる。台所へ。

 

 お茶を人数分用意して戻ってくると、紫苑が霊夢にじゃれついていた。一人で豆を食べるのに飽きたらしい。

 

「霊夢も、一緒に食べよ。あーん」

「一人で食べられるんだけど」

 

 紫苑は距離感をはかるのが下手らしく、慣れた相手だとすぐ距離を詰める。貧乏神ゆえに人と接した経験が乏しいためだろう。霊夢もそれに多少驚いているようだった。

 

 紫苑の手と顔が霊夢の真正面にあって、二人の距離が大変近い。気にせず、再び霊夢の隣に座る。微笑ましい。

 

「スルー? スルーなの?」

「お兄さんも一緒に食べる」

「なんで断定する言い方なのよ。真の意思は?」

 

 紫苑が、今度は俺の方に身を乗り出して来る。仕方ないので豆を食べると、次が来る。

 まだまだ来る。ひたすら来る。自分のペースで食べさせてほしいと思う今日この頃。

 

「ちょっと、くっつきすぎ」

 

 見かねた霊夢が、そう言った。助かった。

 

「そんなにくっつくと、エキノコックスが感染るわよ」

 

 助かったとは思ったが、その言い分はおかしくないかな。豆を噛み砕きながら俺はそう考える。

 

「なに、それ」

「狐が持ってる寄生虫。幸の薄い貧乏神なんかにはすぐ感染りそうね」

 

 どこで霊夢はそんな知識を覚えたのだろう。子どもは時として予想外の知識を披露する。

 しかしながら、狐の妖怪だからといって、狐と同じとは限らない。子どもの知識なんてそんなものだ。正しいかも分からないことを言ってのける。

 

「ちなみに、私はこうしてても大丈夫よ。病気にならない身体だから気にしないわ」

「私だって。今さら離れても手遅れだろうし気にしない」

 

 俺が病気持ち前提で話が展開されているのはどうしてだろう。そんな事実は無いのでやめてほしいところ。子どもたちに囲まれているこの状況、大人としてはなかなかに喜ばしいのは事実なのだが。

 念のため、『答えを出す程度の能力』で調べてみた。病気は無かった。ひと安心。

 

「いや、気にしないとかそういう話じゃなくて、感染するもの自体が無いからな?」

 

 俺は、自信を持ってそう言った。

 しかしながら二人が離れる様子は無く、左右でそれぞれくっついている。あれ、感染る心配が無いから離れなくていいのか。

 

「よかった。お兄さん、好き」

 

 紫苑が猫のように身を寄せてくる。よかったと口では言っているが、表情に変化が無いのでいまいち本当に安心しているのかどうかが分かりにくい。

 ただまあ言っていることは随分かわいらしいことで、大きくなったらお父さんと結婚すると娘に言われた父親の気持ちが分かった気がした。いいものだ。

 

「ちょっと紫苑、何言って」

「霊夢も好き。二人とも、私がくっついても怒らない」

 

 今度は霊夢のほうにも身を寄せ始める紫苑。微笑ましい。

 貧乏になるから離れなさい、と霊夢が口で言い放つが、強く引き離したりはしていない。

 

 病気にならない霊夢には、貧乏神の力も作用しないという。そのせいで一度、紫苑がここから離れて博麗神社に住むと言い出したことがあったが、霊夢が平気でも建物やそれ以外が平気じゃないので、無しになった。大切に育てたウチの子が危うく霊夢に取られるところだった。

 

「邪魔なんだけど。はあ。魔理沙のせいで慣れちゃったのかしら」

 

 諦めて紫苑にされるがまま抱き締められている霊夢。そこからしばし、二人が戯れている様子を眺めた。

 じゃれあいは、紙皿の豆が無くなるまで続いた。いや、食べ終わった後でも二人は話しているので、未だにじゃれあいは続いているか。

 

「なぞなぞです。霊夢の頭にひらがながついたら燃え出したよ、さてなんで?」

「ひ、が付いたから」

「ブッブー。正解は、ふ、が付いたから」

「火が付いたから燃えたんじゃないの? なんで『ふ』なのよ」

「ふ、霊夢。フレイム」

「あー……」

 

 時間が過ぎて、いい感じに腹が減ってくる。

 昼過ぎのちょうどいい時間。持ってきた料理を温めると言って霊夢が台所まで行った。紫苑としりとりでもしながら待っていると、やがて料理が運ばれてくる。紫苑待望の豆料理だ。

 

 豆ごはんと、豆腐と油揚げが入った味噌汁。えんどう豆が入った玉子焼き。それだけで昼飯にはもう十分なのだが、豆を混ぜ込んだハンバーグまでついてきた。

 

「お揃いだ」

 

 茶碗の一つを見て紫苑が言った。俺が変化で作った、霊夢の豆ご飯がよそってある茶碗だった。

 

「私のお茶碗もお兄さん作。宝物なの」

「よかったわね」

 

 あしらうように霊夢が言って、腰を下ろす。

 まるで神への祈りのように両手を合わせたのち三人でいただきますと言う。

 

「ん、うまい」

「おいしいね」

「ご飯は混ぜ物なしの白ご飯が一番だと思っていたが、豆は合うな」

「お得」

 

 料理を持ってきてくれた相手に対しては、おいしく食べることが一番の礼儀だと俺は考えている。お礼を何度も言われても、おいしいの一言には勝てないだろう。

 なのでお礼はそこそこに、豆料理をうまいうまいと堪能する。実際うまい。

 

「考えてみたら、味噌も大豆からできてるんだよな。ってことはこの味噌汁は豆づくしだ」

「ほんとだ。どうりで、おいしい」

「余計な具が無いせいかな。これ、うまい」

「そう」

 

 霊夢がそっけなく言っているが、嬉しそう。もっと嬉しそうにしてくれてもいいのだが、感情をあまり表に出さないのがこの国の文化だ。

 紫苑、こちらもおいしいといいつつ無表情。文化的。まあ、紫苑の無表情さは生まれ持ってものだと思うが。

 

「節分のときの豆料理の屋台もこんな感じの料理だったのか?」

「というかこれがその余りものよ。玉子焼きもハンバーグも。主に余りものを持ってくるって話だったでしょ」

「そうだったっけ。しかし、意外と凝った料理が出てたんだな」

「シンプルに、焼いただけの豆腐や油揚げの屋台もあったんだけどね。あれは余っても保存が利くから、屋台主が持ち帰ったの」

「なるほど。確かに」

「逆にレミリアのところは、恵方巻きとコーヒーだったわ。コーヒーが豆料理扱い。合わないと思うんだけど、そこそこ売れてたわね」

「発想がいいな。コーヒー豆ってことか」

 

 玉子焼きを食べる。うまい。

 ハンバーグを食べる。これもうまい。

 しかし味噌汁が一番うまいと俺は感じた。口に馴染むというか、食べなれているというか。油揚げが入っているからだろうか。

 

 こうして料理に舌鼓を打っていたら、食事中だというのに来客が来た。若い娘が二人。文と早苗だ。人里離れたこの家ではぎりぎり近所と呼んでいいかもしれない、妖怪の山からの客人である。

 

「すみません、お邪魔します。おや、お食事中でしたか」

 

 口調は丁寧に、しかし行動は無遠慮に、家に勝手に入ってきた文が言った。まだ肌寒い今の季節、外で立たせて待たせるつもりはないので構わない。ああ、と短く返したのちに味噌汁をすする。

 

「こちらが霊夢さんが用意したという豆料理ですか」

「なんで知ってるのよ」

「聞きましたから」

「誰から」

「真さんから。来るであろう時間帯まで正確に」

 

 霊夢が口の軽さを非難するような目で俺のほうを見る。仕方ないだろう、文とは上司と部下の関係なのだから。

 部下は上司の予定を知っておくものだ。俺たちはそう、互いに自分の責務を果たしていただけである。

 

「それでお前ら、何の用だ? 急ぎの用じゃないなら、もう少しで食い終わるから待ってくれ」

 

 そう言うと、早苗がいえ、遊びに来ただけですよと返事した。まあそうじゃないかと思っていた。

 どちらにせよ、もう少しで食べ終わるため、食べ進める。食べ終える。

 

「通い妻とは、やりますね霊夢さん」

「えっ! そうだったんですか霊夢さん!?」

「違うわよ。早苗は文の冗談を本気にし過ぎ」

 

 食べ終えた後、霊夢たちが娘三人集まって、向こうで何やら話している。聞こうと思えば聞こえるが、あえて耳を澄ませることもないと思い、紫苑とお茶をすすりながらまったり話した。納豆は無かったけどおいしかったとかそういう話。

 そういえば納豆で思い出したが、レミリアは地味に納豆が好物らしい。あいつ本当に吸血鬼か。

 

「今日は、霊夢さんにお誘いがあってきたんですよ。実は今の時期、外の世界ではですね……」

 

 早苗は、霊夢が人間じゃなくなった今も変わらず、同じ人間に接するように霊夢によくしてくれている。霊夢は良い友達を持った。ああ見えて早苗は結構大物だ。

 

「私としても外の世界の文化には興味がありまして。お二人に混ぜてもらおうかと」

「一人でやれば?」

「冷たっ! 順番で言えば私のほうが先だったのに!?」

 

 何の話をしてるのかなと紫苑と話す。ちゃっかり会話に混ざろうとしたら、お二人はだめですと釘を刺された。仕方ないので、紫苑の頬をむにむにしたのち、二人で皿を洗いに行った。

 

 結局この日、霊夢たちが何の話をしていたのかは分からなかった。分かったのは、二日後になってからのことだった。

 

 二日後。今度は早苗と文も含めて三人からそれぞれ、豆料理というか、豆からできた菓子をもらったのだ。カカオ豆からできた黒くて甘い食べ物。チョコレート。

 

 そうか、二月と言えばこのイベントもあったなあ。幻想郷にも外の世界のこの文化が浸透してきたか。

 

「甘くておいしい。初めて食べる」

「幻想郷でどうやって作ったんだろうな」

 

 文からもらったハートの形をしたチョコを、紫苑と二人で分けて食べる。早苗のはトリュフ、霊夢はガトーショコラだった。どれも上手にできている。

 

「おやつが入ってた包み紙、これなんて書いてあるんだろう」

「どれどれ」

 

 紫苑が手にしている包み紙を見る。St.Valentineと書いてある。

 

「せ、せ、……セットヴァルエンチン?」

「店の名前かな、って馬鹿」

 

 紫苑には、勉強も教えてやらないといけないな。そう考えた。

 


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