東方狐答録   作:佐藤秋

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第十三話 蓬莱山輝夜

 

 都である噂を聞いた。曰く、絶世の美女がこの都に現れたのだ、と。俺だって男なので気にならないと言ったら嘘になるが、取り立てて気になるわけでもない。人間のあいだの話であるし、それだけなら単なる噂として聞き流していただろう。

 しかしその絶世の美女の名前は、なんでも『かぐや』と言うらしい。かぐやといって思い出すのは、日本最古の昔話『竹取物語』だ。竹取物語は、昔話の中でも唯一本当にあった話である、ということをどこかで聞いたことがある。それどころか、この世界には鬼も存在するのだ、他の昔話のようなこともどこかで起きているのかもしれない。

 

 とにかく俺は、その絶世の美女とやらに興味を惹かれ一目見ておきたいと思ったのだ。しかし噂のかぐやは、正面から行っても姿を見せてはくれなかった。

 さて、それならどうするか。そこで俺が取ろうとした行動は、自分の姿を消してかぐやの屋敷に忍び込むということだった。女性の姿を見るため己の姿を消して忍び込むのはいささか犯罪の匂いがしないでもないが、誰もいない森で倒れた木が発する音は存在しない。ただ姿を見るだけである、認識されなければそれは何もないのと変わらないのだ。

 

 そう思い立ったその日の夜、俺は早速屋敷に忍び込んだ。まずは庭から回っていく。すると屋敷に縁側で、かぐや姫と思しき少女を発見した。少女は何やら憂いを帯びた雰囲気で、一人月を眺めている。

 ……そういえば竹取物語のかぐや姫って、最後は月に帰っていったんだっけか。月といえば、少し思い出すものがあるのだが…… それはこの際置いておくとして、俺はかぐやの顔をよく見るために少女の前に回り込んだ。

 

「(……なんだ、まだまだ子どもじゃないか)」

 

 噂のかぐやの姿を見て、俺は脳内で感想を漏らす。後ろ姿からも軽く予想はしていたが、彼女はまだ十二、三といった少女だった。確かに長い黒髪は大和撫子を思わせる美しさだとは思ったが、それにしても若すぎる。今の時代の美人の基準はこういうものなのだなと思い、俺はこの場を後にしようとした。

 

「……そこにいるのはだぁれ?」

 

 立ち去ろうと思った瞬間、少女がそんなことを口にした。屋敷にいる誰かに向けて言ったのかとも思ったが、少女は明らかに俺のいる所に目を向けている。

 少女は確信を持って口にしている、これは誤魔化しようもない。俺は諦めて姿を現した。

 

「……まさかバレるとは思わなかった。いや、すまない。邪な考えがあったわけじゃないんだ。ただ噂の美女を一目見ておきたいと思ってね」

「……貴方、何者? 人間じゃあないわよね」

 

 いきなり姿を現した俺に、少女は特に驚かない。やはり完全にバレていたのか、しかも人間でないことも言い当てられた。

 

「申し遅れた、俺は鞍馬真という。しがない狐の妖怪だ」

「鞍馬真、ね。私は蓬莱山(ほうらいさん)輝夜(かぐや)。 ……貴方、どこかで聞いたような名前ね」

 

 予想通り少女は噂のかぐや姫のようだ。苗字には特に聞き覚えがないが、まず間違いないだろう。逆に輝夜は俺の名前に聞き覚えがあるみたいだが、都で一応仕事はしているので知られていてもおかしくはない。

 

「まぁ、都では陰陽師として少しは名が広がっているかもな」

「陰陽師……そうだったかしらね…… って貴方、妖怪なのに陰陽師なんかやってるの?」

「俺は陰陽師を名乗った覚えは無いけどな。頼まれて妖怪退治をしていたらそう呼ばれるようになった」

「変わってるわね…… 人間の味方なの?」

「別に? 人間の味方でも妖怪の味方でもない。どっちにだって、いいやつがいれば気に食わないやつもいる。俺は俺の味方だ」

「ふーん。とはいえやっぱり悪い妖怪には見えないわね」

 

 輝夜は妖怪である俺に臆することなく平然と話を続けてくる。悪い妖怪に見えないといっても、都を騒がせたこともあるんだけどな。

 

「……そうね。よし、真。貴方、なにか面白い話でもしなさい」

「は? なんでまた急に」

「退屈なのよ。毎日毎日求婚されるだけ。なんなのあの親父ども。年を考えろっつーの」

「まぁ……たしかにな」

 

 輝夜が少し憤慨している。求婚などされたことのない俺には分からないが、興味のない相手に言い寄られるのは面倒かもしれない。言葉遣いも少し悪くなっている。

 

「それに、真。貴方は私を見ようと姿を消して侵入してきたんでしょ? 女性の姿を本人には無断で見ようだなんて、その罪を償うべきだとは思わない?」

「うっ…… それを言われたらキツいな……」

「貴方には私の退屈を紛らわせる義務があるのよ。さぁ、面白い話をしてちょうだい」

「……うーん」

 

 今回の件では俺が全面的に悪い。輝夜の頼みを聞く筋ってのはたしかにある。

 ……しかし、いきなり面白い話をと言われても思いつかない。ある程度知っている相手だったら、話のネタはあるのだが…… 初対面の相手が面白く感じる話って、なかなかの無理難題ではないだろうか。

 

 少し考えた俺は、前世で好きだった漫画の話をすることにした。これもある意味で面白い話に入るだろう。

 

「よっと」

「あら、紙芝居でもするつもり?」

「まぁ絵があったほうがいいかな、と」

 

 俺は変化の術を使い、できるだけ詳細に漫画のシーンを再現した大きい紙を用意する。変化の術を使うにあたって、詳細なイメージは必要不可欠。何百年も変化の術を使ってきた俺にとってはさほど難しいことではない。

 

「……これは、人を笑わせないといけない病気を持った、ある男の話だ……」

「ふむふむ……」

 

 そう前置きして俺は話し始めた。俺の大好きなこの物語、姫様とくとご覧あれ。

 

 

 

 

「『そしてぼくは……たくさんのものをもらい……ナルミ兄ちゃんを……永久に失った……』」

「えっ……嘘…… ナルミは、死んでしまったの……?」

「『なあ、(マサル)…… 笑うべきだとわかった時は……泣くべきじゃないぜ……』」

「ううう……ナルミ…… 片腕だけ残していなくなってしまうなんて……」

「……ふう、キリがいいしここで終わるか」

 

 二時間ほど澱みなくずっとしゃべり続ける。区切りがいいところまで話したし俺も少し疲れた。一旦中断させてもらおう。

 

「真! このあと勝はどうなるの!? まだまだ続きが気になるわ!」

「まぁまぁ、今日はもう遅い。明日もまた夜になったらここにくるよ」

「ええ……夜まで待たないといけないの……」

 

 輝夜はこの話を面白いと思ってくれているらしい。安心すると同時に喜びも感じる。俺だってこの話は大好きなので、語れる相手が増えるのはいいことだ。

 

「そりゃまあ、俺は侵入者で部外者だから……」

「……そうだわ! 真をこの家の召し使いにしましょう! 別に住処があるわけでもないんでしょ?」

「……今はそうだが」

「よーし、待ってて! おじいさんとおばあさんに話してくるから! おじいさーん! おばあさーん!」

 

 輝夜は俺に強引に話をつけると、おじいさんとおばあさんを呼びに行ってしまった。噂では静かに儚く佇む美女という話だったが、これではただのお転婆娘だ。自分で言うのもなんだが、こんな怪しい男を引き止めるなんて頭がどうかしていると思う。

 

 

 

 

「おお、貴方が輝夜の言ってたお客さんかのう。ありがとうございます」

 

 しばらくして輝夜が、おじいさんとおばあさんをつれて戻ってくる。おじいさんとおばあさんは俺を見るなりそう言って頭を下げてきた。事情は輝夜が説明してくれているのだろうが、それにしてもお礼を言われる意味が分からない。

 

「は? いやいやお礼を言われることなど何も……」

「輝夜は最近めっぽう笑わなくなりましてな。こんな元気な輝夜を見たのは久しぶりなんですじゃ。今後も輝夜にはよくして下され」

 

 そう言って二人はまた頭を下げてきた。なるほど、そういうことかと納得はできたが、俺は単なる侵入者だ。輝夜の姿を見るためだけに来たのであって楽しませたのは単なる偶然である。そのことで感謝されるとなんだか背中がむず痒い。

 

「頭を上げてくれご老人。今日から俺はこの家の召し使いらしい。俺にできることならなんでもやるよ」

「はい……ありがとうございます」

 

 おじいさんたちの言葉の節々から、輝夜を大切にしているのが分かる。本当に竹の中から生まれたのかは知らないが、輝夜と血が繋がっていないのは事実だろうに。

 その後二言三言言葉を交わすと、おじいさんたちは部屋を出て行った。

 

「よし、これでやることは済んだわね。じゃあ今日はもう寝ましょうか」

「ああ。お休み」

 

 輝夜に寝る前の挨拶をして、俺もこの部屋を出ようとする。すると輝夜が、俺の着物の裾を掴んできた。

 

「どこに行くのよ。貴方の寝室はここよ、ここ」

「……は? じゃあ輝夜はどこで寝るんだよ」

「私もここよ。真は私と一緒に寝るの」

「……まじか」

 

 このお姫さんは強情だ。おそらく何を言っても決定事項は覆らない。一緒に寝るって召し使いの仕事じゃないと思う。

 輝夜のベッドはかなり大きかった。俺一人が増えても全然お釣りはくるだろう。俺は輝夜の横に、横向きになって布団に入る。

 

「お休みなさい」

「ああ。お休み」

 

 輝夜も横向きになり、俺のほうを向いて目を閉じる。背中を少し丸めて静かに眠る姿は、普通の子どもと変わらない。

 

「(やはり子どもは体温が高いな……)」

 

 一人で眠るときとの暑さの違いを肌に感じながら、俺もゆっくり目を閉じた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「『うん、きっと。ぼくよりずっとね!』」

「……あぁー……終わったぁー!」

 

 何日もかけて俺はようやく話を終えた。輝夜もとても満足しているように見える。思えば、起きている時間のほとんどは俺の話をずっと聞いていたんだ。それだけ気に入ってくれたなら俺も嬉しい。

 

「……結局、ナルミは勝と出会わなかったのね」

「まぁ……そうなるが、今後もしかしたら出会うことがあるかもしれないだろ?」

「そうね……そう思うのもいいかも。 ……いやーそれにしても長かったけど面白かったわ!」

「そりゃあ良かった。俺もこの話は大好きでな」

「人形たちの最期がいいものが多いわね。フランシーヌ人形の最期は当然として、パンタローネの笑顔なんかはとてもよかったわ! 全部理解したうえでまた最初から見たいわね」

「はは、まぁそれはまたの機会にな」

 

 輝夜が少し興奮気味に感想を話す。また見たいと言われ、その気持ちは良く分かるし聞いてやりたいと思うが、さすがに今日はもう無理だ。俺はやんわりと今日は無理だと言っておく。

 

「……ふぅ」

 

 大きく息を吐いたあと、しばらく輝夜は黙ってしまった。物語が終わったあとの余韻も、楽しみ方の一つである。

 

「……アクア・ウイタエ、か」

 

 輝夜がぼそりと呟いた。アクア・ウイタエとは、俺の話に出てきた、ある病気を治し寿命が延びて超人になる薬のことだ。

 

「……どうした?」

「……真。私が、月から来たって言ったら信じる?」

「! ……ああ」

「本当に?」

「本当さ」

 

 念を押して聞いてくる輝夜に、俺は大きく頷いた。実は輝夜に漫画の話をしようと思ったのもそれが理由であり、文明の進んだ月の人間ならば俺の時代にあった漫画も理解できると思ったのだ。月へ行った人間たちを知っている俺にとって、月から来たことは信じられない話ではない。

 

「……私は月で、蓬莱の薬というものを飲んだの。それは、アクア・ウイタエなんて目じゃない……永遠の命を得られる薬よ」

「……そりゃまた、えらい薬もあったもんだ」

「月ではその薬を飲むことは禁忌とされていてね…… 禁忌を破った私は穢れた存在とされ、罰として赤ん坊の姿にされて地上に落とされたの」

「なるほど……そこでおじいさんとおばあさんに拾われて育ててもらった、と」

 

 道理で子どもの割りには理解力が高いと思っていた。あの漫画は一回読むだけでは内容は理解しにくいからな。性格は見た目通りだが、輝夜は見た目よりも長く生きていたのだ。

 

「そういうことになるわね。おじいさんとおばあさんにはいくら感謝しても足りないくらい」

「……おじいさんたちも輝夜には感謝しているだろうよ。子どもが欲しかったところにお前がやってきたんだからな」

「……そう。でももう家族ごっこは終わり」

「……どういうことだ?」

 

 突然輝夜の顔が曇る。自嘲気味に呟く輝夜に、俺は理由を聞かずにはいられない。

 

「あと何回か満月が訪れたら、月の民が私を迎えに来るわ」

「……へぇ、月に帰れるってことか。良かったじゃないか」

「……ちっとも良くなんか無いわ。月で私を待っているのは、科学者たちだけよ。蓬莱の薬を飲み、地上で穢れた存在がどんなものなのか、私で実験するつもりなの」

「!! なんだと……!」

 

 ヘラヘラと適当に笑っていた俺の口元が、今の輝夜の言葉により一瞬で強張った。

 思えば昔、今の月の民が地上を離れるときもあいつらは爆弾を落としている。あいつらにとって自分たちの種族以外はどうでもいい存在なのだろう。蓬莱の薬とやらを飲んだ輝夜ももはや月の民にとっては別の存在というわけだ。

 ……それにしても、やることがいちいち物騒である。

 

「真……私は月には帰らない。私を迎えにくる者の中に、私の味方が一人だけいるわ。蓬莱の薬を作った張本人。私は、その人と一緒に地上で逃げる」

「……それは、可能なのか?」

「分からない…… でも私は月に帰りたくなんかない。だからなんとしても逃げてみせるわ」

「……逃亡先に当てはあるのか?」

「そ、それは……無い……けど……」

「……」

「……」

 

 輝夜は俺から目をそらして黙ってしまった。

 俺だって輝夜が月へ帰るのは反対だ。会ったこともないかぐや姫が勝手に月へ帰るのならばどうでもいいが、こうして出会った輝夜が月に帰ってしまうのはなんとも寂しい。月に戻ってひどい仕打ちを受けるというならなおさらである。

 しかし輝夜には地上に残るための、具体的な策は無いようだ。

 

「……はぁ、しゃーない。俺も逃げる手助けをしてやるか」

「! 本当!? ……でもどうやって?」

「こうやってさ。 ……おーい、紫ー」

 

 俺は左腕に巻いたリボンに向かって念じながら話しかけた。紫が連絡用にと俺に残してくれたリボン、こうすれば紫と連絡が取れるはずだ。

 程なくすぐそばの何も無い空間からスキマが開いて紫が顔を出してきた。

 

「はぁーい、真。久しぶりね、何の用?」

「少し紫の手を借りたくてな。何回か後の満月の夜、この娘を逃がすのを手伝ってほしい」

「それは、私なら簡単だろうけど……でもどうして?」

「俺がやりたいからだ。あと、一応紫の国の住民候補でもある」

「……なるほど」

「紫は、ただここに、どこか遠いところに繋がったスキマを開いてくれればいい」

「そう……なら真、左腕を出して」

「? こうか?」

 

 紫は、俺の左腕に巻かれたリボンに手をかざして力を込めた。リボンになにやら文字が浮かんでくる。

 

「これは……?」

「それに少しだけ私のスキマが使えるように細工を施したわ。場所を設定していればそこに繋がるスキマが開く。それさえあれば、わざわざ私が来る必要もないわよね」

「ああ。ありがとう紫」

「ふふ、どういたしまして。じゃあ、引き続き住人探しよろしくね。 ……そうだ。それと、私の式神になりそうないい妖怪がいたらそれもついでに探してね。別に見つからないならそれでもいいわ、その場合真を式神にするから」

「……え」

「まだまだ時間はたっぷりあるからゆっくりでいいわよ。じゃあね~」

 

 そう言うと紫は、スキマに戻っていった。なにやら面倒な交換条件を突きつけられた気がするが、やることはあまり変わっていないので気にしないことにする。

 

「よし、これで逃げるのは簡単に…… 輝夜?」

 

 輝夜は紫の登場に驚いたのか、ポカンと口を開けていた。今から更に逃げる策を考えるんだから、戻ってきてもらわなければ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 輝夜を迎えに月からの刺客が訪れる日の夜が訪れる。輝夜自身、周囲に『月から迎えが来る』と宣言したためか、そうはさせまいと帝たちが屋敷の周りに警備を設置していた。まだ輝夜への求婚を諦めていないのか、とも思ったが、味方が増え輝夜を逃がしやすくなったとも考えられるので良しとする。おじいさんとおばあさんには事情を全て話したのだろうか「輝夜を頼みます」とお願いされた。

 

 いま俺は、輝夜と共に輝夜の部屋にいる。ただし俺も輝夜も変化の術を使って、透明の状態になってはいるが。

 この状態は、初めて輝夜に会ったときにバレている。もしかしたら月の民にはあまり有効でない方法かもしれないが、やらないよりはマシだと思った。

 

「!? なんだ!?」

 

 いきなり屋敷の周りから爆発音が聞こえ、部屋の天井が吹っ飛ばされる。慌てて見上げると、そこには満月を背景にして馬車のようなものが浮かんでいた。

 あれが恐らく輝夜を迎えに来た月からの刺客だ。周囲の爆発も恐らくは、コイツたちの仕業だろう。

 

「野郎……なんてことしやがる!」

 

 月から迎えに来るというから、もっと隠密に長けた方法でくるかと思っていたが、まさかこのように派手にやってくるとは…… 地上をなんだと思っているのだろうか。やはり月の民は好きになれない。

 馬車の中から何人も人が出てきて、輝夜の前に舞い降りる。その中に一人、見覚えのある赤と青の服を着ている女がいた。

 

「輝夜、お迎えに参りました。隠れてないで出てきなさい」

 

 降りてきた男の一人が口を開く。やはり透明になってもバレているようだが、強引に輝夜を連れて行こうとはしてこない。

 

「(輝夜の協力者って、あの赤と青の服のやつか?)」

「(ええ、そうよ)」

「(分かった)」

 

 俺は輝夜に小声で訪ねる。それが分かれば十分だ。

 

「……ほっ!」

「なっ……誰だお前は!」

「ちょいと失礼!」

「きゃあっ!?」

 

 俺は一気に妖力を解放し姿を現した。顕現した尻尾で輝夜とその協力者をひっつかむと、すかさず紫のリボンでスキマを開く。何が起きたか思考がついていかない月の刺客を尻目に、俺たちはまんまと逃げおおせた。

 

 

 

 

「やっぱり輝夜の協力者ってのは永琳だったんだな」

 

 とある町の外れまでスキマ出てきて、俺は一人でそう呟く。もともと輝夜から『協力者は蓬莱の薬の製作者』と聞いたときから、協力者は永琳ではないかと思っていた。

 俺は尻尾で掴んでいた輝夜と永琳を地面に下ろす。あの場では説明する時間も無かったので、かなり強引に運んできてしまった。

 

「貴方……永琳のことを知っていたの?」

「……なぜ私のことを知っているのかしら?」

 

 輝夜と永琳が同時に尋ねてくる。ふぅむ、この姿だと分かってもらえないのか。あまり見せたことは無かったからな。

 

「おっと、永琳にはこっちの姿の方がいいかな?」

 

 そう言って俺は狐の姿に戻る。あのころとはかなりサイズは違っているのだが、これで分かってはくれないだろうか。

 永琳はまるで信じられないものを見たかのように、とても驚いた顔をした。

 

「……そんな……まさか……真……?」

「ご名答。久しぶりだな永琳」

「ええ、本当に久しぶり…… 生きていたのね……あの核爆発で死んでしまったと思っていたわ。 ……それにしても随分大きくなったわね」

 

 そう言って永琳は俺の首元に抱きついてきた。自分でもかなり大きくなったと思う。永琳との再会をもう少し味わいたいところではあるが、このままでは目立ってしまうだろう。永琳から離れ俺は人間の姿に戻る。

 

「そういう永琳は変わらないな…… っと、ゆっくり話している時間はない。二人とも、これを」

 

 俺は二人に懐から出した葉っぱを渡す。逃げるときのことを考えて俺があらかじめ作っておいたものだ。

 

「? なあに、これ?」

「俺が作った。握り締めて念じると、地上の人の姿に変化できる」

 

 月の刺客たちは、輝夜の位置を特定してきた。おそらく特定できる何かが輝夜の体にはあるのだろう。それがなんなのかは分からないが、全部変化させてしまえば関係ない。

 月の刺客が都に来る前にこの方法を取っていれば、もしかすると無駄な犠牲を出すことなく輝夜は逃げることができたかもしれない。しかし輝夜は永琳と逃げることを望んだために、姿を消して刺客を迎えたのである。 

 

「……おお。永琳の目立つ服までバッチリ変わったわ」

「私の分も用意してるなんて…… 周到ね」

 

 二人は俺に言われたとおり葉っぱを握る。予定通り、二人の体が地上の人の姿へと変化した。

 

「そして……仕上げだ!」

 

 俺は、あらかじめ捕まえておいた鳥を二羽取り出す。その鳥たちに変化の術を使い、輝夜と永琳にそっくりに変化させた。いわゆる囮という奴だ。

 

「よし、行け」

 

 そう俺が命令すると、変化した鳥たちは飛んでいった。通常、変化したものは俺から離れて一定時間たつと元に戻るが、今回は普段よりも妖力を使い、しばらく元に戻らないような細工がしてある。

 

 輝夜が言うには、月と地上への道が繋がるのはほんの少しの時間だけらしい。時間さえ稼げればそれで十分だった。

 

「……ふう、これでよし……と」

「ちょっと真! なんで永琳のことを知っているのか教えてもらうわよ!」

 

 やるべきことを終え一息つくと、気が緩んだのか輝夜が俺に詰め寄ってくる。輝夜の協力者が永琳だと知ったのはついさっきのため、あらかじめの説明は無理だった。永琳だと予想はしていたものの、それで外れていたら恥ずかしいし。

 

「えー…… 永琳がまだ地上にいたときに知り合ったんだよ」

「地上にいたとき…… って! 私が生まれるよりはるか前の話じゃないの! そんなに前から生きていたなんて……」

 

 輝夜が何やら衝撃を受けている。月で生まれた輝夜にとっては、今の月の住民が地上にいたというのは信じがたいのだろう。しかし俺の存在がその真実に拍車をかけたのだ。

 

「……はっ! そういえば真の名前を始めて聞いたとき、どこかで聞いたことあると思ったのよ…… 永琳が酔ったときにたまに話に出てくる地上の友達って、真のことだったのね!」

「……へー、覚えててくれたんだな」

 

 湧き上がる嬉しさを噛み殺し、俺は永琳へと微笑みかける。地上で孤独だった俺は、永琳が生きていることを支えに生きてきた。しかし永琳は月で人間たちをすごしているのだ。俺のことを忘れていてもおかしくは無かった。

 

「……当たり前じゃない。 ……あの時はごめんなさい…… 地上を一掃する計画なんて私は知らなくて……」

「……別に、永琳が悪いわけじゃないだろ」

 

 そう言って永琳の頭に手を乗せる。そっけなく永琳には返したが、俺は心が救われる感じがした。

 あの爆発は、永琳には関係ないところで行われた。頭ではそう理解していても、一抹の不安が心に残る。永琳の口から聞けたことで、俺は確かに救われたのだ。

 

「なんていうか…… 大切な友達だったのね、二人とも」

「……ああ、初めてできた人間の友達だ。当時の妖怪と比べても永琳と話すのはかなり楽しかった」

「あら、私だって妖怪の友達なんて真だけよ。真は頭がいいから話しても苦にならなかったわ」

 

 そう言って、俺と永琳は互いに見つめて笑いあった。永琳と同じ高さに目線があるのは、なんだかんだで珍しい。

 

「……む~。なんだか私だけ一人みたいじゃない」

「……そんなことはない、永琳は輝夜の協力者なんだろ? 月じゃなくて輝夜一人の味方についてくれたんだ。想われてるねぇ輝夜」

「え、そ、そう?」

「そうよ。蓬莱の薬を飲ませてしまったと言う自責の念もあるけれど、私にとって輝夜は、やっぱり大切な人だから……」

 

 隣で拗ねた態度を見せる輝夜を、永琳と二人でフォローする。二人でフォローというよりは、永琳に丸投げしているが。

 

「……ま、まぁそこまで言うなら許してあげるわ。 ……そうだ永琳、アレ持ってきてくれた?」

「蓬莱の薬ね、持ってきてるわよ」

「輝夜が飲んだ不老不死になる薬か? なんでまたそんなものを」

「……おじいさんとおばあさんに、ね。今日までお世話になったのに、勝手に出て来ちゃったから。使うかどうかは二人の意思にまかせるけど、それしか思いつかなかったのよ。 ……あら、永琳、少し多めに持ってきたのね」

「ああ、これはね…… こうしようと思って」

 

 永琳はそう言ったが早いか、薬の一つを手に取り口の中に流し込んでいった。あまりに突然の出来事に、俺も輝夜も反応できない。

 

「……苦っ。味について改良の余地ありね」

「な、な、何をしているのよ永琳!?」

「ふふ、これで輝夜と一緒ね。これでいつまでもそばにいられる」

 

 そう言って永琳は、輝夜に向かって微笑みかける。輝夜は永琳の行動に驚いていたが、おもむろに永琳に抱きついた。

 

「永琳って馬鹿よね。 ……でも、ありがとう」

「……気にすることはないわ。私がやりたいようにやっただけだから」

 

 そう言って輝夜の頭を撫でる永琳。そんな二人を見ながら、俺は未だに永琳の先ほどの行動に対して驚いていた。

 

「……こりゃあたまげたなぁ……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 あれから俺は、輝夜に頼まれて蓬莱の薬をおじいさんとおばあさんに渡しに行ったが、案の定二人は薬を使わなかった。ならばせめてはと思い、俺は二人が死ぬまでのあいだ世話をさせてもらった。数ヶ月のうちに二人は同時に仲良く逝ったが、輝夜のおかげで満足のいく生を送れたと思う。

 蓬莱の薬は帝の元に渡ったが、帝もその薬は服用しなかった。輝夜が月へ帰ったと思っている帝は、輝夜に少しでも返せるようにと、月に最も近い高い山で蓬莱の薬を焼き捨てるよう命令したそうだ。

 

 この都にも随分長居した。人間の陰陽師として生活してきたのだ、歳を取らなければ不気味に思われてしまう。そろそろまたどこか別の所に行こうと思った。

 

 永琳と輝夜は、二人でいるからきっと大丈夫。俺はまた一人旅か。そんなことを考えながら俺は都の外れにある屋台に行き、団子を食い収めてから出発しようと思った。

 ここの団子、味は確かなのになんでこんな辺鄙な所でやっているのだろう。何度も訪れてはいるが客を見かけたことはほとんど無い。どうやら今日は珍しいことに先客がいるみたいだが。

 

「隣、失礼するよ。詰めてくれるか」

「ん? ああ…… !!」

 

 俺は先客の白い髪の少女に、スペースを空けてもらうようにお願いする。すると少女は俺を見るなり、その紅い目を大きく見開いた。

 

「どうした、俺の顔に何かついているかな」

「お前…… 真……か?」

「そうだが…… もしかしてどこかで会ったことがあるだろうか」

 

 俺の知り合いにこのような白い髪をした女などいただろうか。何人かいたのかもしれないが、いかんせんこの少女には全く見覚えがない。

 

「妹紅だよ! 藤原(ふじわらの)妹紅! むかし真に、誘拐されたところを助けてもらったことのある!」

「……妹紅? 妹紅ねぇ……」

 

 聞き覚えがある名前だ。さて、一体どこで聞いたのだろう。昔、同じように自己紹介された覚えがある。たしか、そうだあの時もこの屋台で団子を食っているときに……

 

「妹紅? ……ああ妹紅! お前まさかあのちっこかった妹紅か!」

「そうだよ、あの妹紅!」

 

 ようやく記憶にある妹紅を思い出す。俺の知っている妹紅はまだ小さくて髪も黒かった。分からなかったのも無理はない、今の妹紅はほとんど別人だ。

 

「へぇー! 大きくなったなオイ! 無口で目つきが悪かった娘が立派に育ったもんだ!」

「う…… そ、そうだったかな?」

「そうだったそうだった! いやー懐かしい…… 誘拐事件の後、めっきり見なくなったからさぁ……」

「……あの後、お父様にかなり心配されて、見張りを常に複数つけられることになってだな……」

「……まぁ、当然の判断だわな。お前、危機管理能力皆無だったもん。なに知らない男の膝の上で黙々と団子食ってんだって話だよ」

「……たしかに」

 

 懐かしい人物との再会に、思わず気分が高揚する。永琳と再会したときもそりゃあもう嬉しかったが、永琳の姿はあのときとほとんど同じだった。子どもが一気に成長した姿を見ると、これはこれで面白い。

 

「で、その白い髪はどうしたんだ? 屋敷を抜け出してたと思ったら次は脱色か? また父親に怒られるぞ」

「…………お父様は、もういないよ……」

「……なに?」

 

 少し俺のテンションに押され気味だった妹紅だが、より一層声のトーンが低くなる。お父様がいないって、あの人の話を聞かない親父に何かあったのだろうか。

 あんな親父でも妹紅を大事に思っていたし、妹紅の大事な父親だ。妹紅はポツポツと語りだした。

 

「私のお父様は、輝夜って女に入れ込んでてな。何度も求婚に行ったが見向きもされなかった」

「……輝夜って、あの噂のかぐや姫か?」

「知っているのか? ならこれも知っているだろうが、あの女は月から来たらしい。ある日お父様は輝夜が月に帰るということを聞いて、なんとしてでも阻止しようと満月の夜に屋敷の周りをうろついてたんだ」

「…………」

「そしてお父様は、輝夜を迎えに来た月のヤツらに殺されたよ。謎の爆発であっけなく、な……」

「……そうだったのか」

 

 俺は、輝夜と逃げ出した日のことを思い出す。屋敷の中で隠れていたら、屋敷を含む一帯を月の刺客は爆破したのだ。そのときの被害者に、妹紅の父親もいたらしい。

 妹紅は更に独白を続ける。

 

「……あの女だ! あの輝夜とかいう女さえいなければお父様は死なずに済んだ! お父様は私の唯一の味方だったのに……」

「…………」

「お父様がいなくなって、屋敷に私の居場所は無くなったよ。 ……私は当てもなく町をふらついていた。真から貰った身隠しの葉があったおかげで誰にも見つかることなく、な。そんなときある話を聞いたよ。輝夜が残した不老不死の薬を、山に燃やしに行くんだってな。ちょうどいいと思ったよ。それを飲んで不老不死になれば、いつか輝夜に復讐できる日がくるだろうって。身隠しの葉のおかげで、薬は簡単に奪えたよ。そしてすぐさま私は薬を飲んだ。 ……髪が白くなったのはその直後さ。私はとうとう人間じゃなくなってしまった……」

「……なんだと……?」

「こんな姿じゃ、もう都にはいられない…… でも私はそれでもかまわなかった。 ……力だ。私には輝夜に復讐するだけの力があればいい! ……そうだ真、私に戦い方を教えてくれよ。私を誘拐犯から助けてくれたときに見たあの力! それにこの身隠しの葉のような不思議な道具! 私にも教えてくれよ!」

「…………」

「……だ、駄目、かな……」

 

 妹紅は長い独白の後、すがるような目で俺を見てきた。まぁいろいろ思うことはあるが、俺はどうするべきだろうか。

 

「……はぁ、しゃーないか……」

「! 真!」

「……二十年だ。二十年でお前に生きるために最低限の力をつけてやる。そのとき改めて本当に力が欲しいか聞く。それでもまだ力が欲しかったら稽古をつけてやるよ」

「……? 二十年? なんでまたそんな」

「それだけあれば、いろいろ行けるかなって」

「……?」

 

 妹紅は本当に輝夜に復讐したいと思っているのか。俺から言わせて貰えば、そんなわけがない。妹紅は、自分の世界が壊れてしまった一時の感情で行動してしまい、結果後に引けなくなっただけだ。

 妹紅の世界は狭すぎた。妹紅の世界が広がって、それでもまだ輝夜に復讐しなければ幸せになれない哀れな人間なのであればそれもいいだろう。ただ、今の妹紅には時間が必要だ。気持ちを整理する時間と、世界を見て回る時間。自分では得られなかったそれを、俺が与えてやろうと思った。

 

「まあいいじゃないか。妹紅は俺の旅についてくる。はい、決定」

「ああ! ありがとう真!」

「……さ、話は済んだな。俺は腹が減ったよ。おやっさん、団子二十本」

「……多くないか?」

「もうここは離れるんだ、食っとかなきゃな。 ……ん、欲しかったら食ってもいいぞ」

「べ、別にそういうつもりで言ったんじゃ……」

「今さらなにも遠慮することはないぞ? 子どものときはいっつも食ってたじゃないか」

「……ありがと、じゃあ貰うよ」

「ま、余ったぶんは旅の途中で食うからさ」

 

 俺と妹紅は、運ばれてきた団子を一本ずつ食べた。残りを俺は木の葉に変える。しばらくしてから出発することにした。

 

「じゃ、妹紅行くか」

「うん!」

 

 俺と妹紅は並んで歩き出した。

 行き先は、行ったことのある場所でもない場所でもどっちでもいい。ただ俺たちの気の向くままに。

 

 

 

「あぁ、人間じゃなくなった妹紅に言っておくことがあった」

「……なんだよ」

「実は俺も人間じゃなくて妖怪なんだよね」

「……はぁ!?」

 

 

 

 今は、妹紅に世界の広さを教えてやろう。

 

 


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