季節は冬。俺と妹紅は雪の積もった山の中を歩いていた。今まで何度も冬を越したが、山で越した冬はいつも雪が積もっている気がする。
俺は、夏か冬かでいったらどちらかと言えば冬のほうが好きだ。寒さにはある程度耐性があるし、汗をかかないという点では夏よりも快適であると思う。
妹紅は夏と冬どちら派だろうか。炎や服の色からはなんとなく夏をイメージさせるが、美しい白い髪からは冬を連想させる。白い着物でも着て歩いていれば、雪女と勘違いされるのではないか。相変わらず妹紅は同じ服で過ごしているが。
「……吹雪いてきたな……」
「そうだな…… 洞窟を見つけたらそこで休むか、最悪でかい木でも見つけて家に変化させるか…… ん?」
「どうした? 洞窟でも見つけたか?」
「いや……お地蔵さんだ」
今の山の天気は雪。強い風も出て視界はほとんど真っ白だ。さすがにこのまま進んでいくのは危険である。何かしのげる場所はないかと吹雪の中を歩いていると、雪に埋もれた一体の小さい地蔵を発見した。
「本当だ…… なんでこんなところに……近くに村でもあるのかな」
「あった、が正しいのかもな。人が住んでる環境とは考えにくいし、恐らく移住した村の残しものだろ。 ……あーあー、こんなに雪が積もっちゃって」
そう言いながら俺は地蔵の頭に積もった雪をはたき落とした。しかしこのままだとまたすぐに雪は積もってしまう。俺は落ちていた枯れ葉を笠に変化させ、地蔵の頭にかぶせてやった。
ふふ、リアル笠地蔵だ。ついでに、持っていた手拭いを地蔵の首にかけ、簡易マフラーの完成である。
「よし、まぁ吹雪が止むまでは持つだろ」
「……真は人間や妖怪だけじゃなくてお地蔵様にも親切なんだな」
「いやいや、雪の積もったお地蔵さんを見たらこれをやるのは基本だから」
「はいはい、真の中ではそれが常識なのね」
なんだかんだ言いながらも、妹紅も雪を一緒にはたき落としていた。俺は単なるノリで行ったことだが、妹紅だって根は優しい子だと思う。
地蔵を後にした俺たちは、あまり離れていないところで運良く洞窟を見つけることができた。しばらく吹雪が止むまではここに避難させてもらうことにしよう。
「……俺の番か。えー、『閃く』」
「……えーと、『闘う』。戦闘の『闘』のほうの」
「あー、あったな…… えー…… うーん…… あ! 『閂』!」
「かんぬき? ……あー! 門構えに『一』か! くそっ、意外に簡単な字じゃないか……」
「さーて、もう無いんじゃないか妹紅。降参していいんだぞ?」
「……いや、見たところ真ももう手持ちは無いと見た。見つければ私にも勝機はある」
洞窟の奥で俺と妹紅は、やることがないので適当なゲームをしていた。リズムのいらない山手線ゲーム、古今東西ゲームといったようなものか。お題は『門構えがつく漢字』である。
俺はこういった、お題に合ったものを列挙していくゲームがかなり好きだったりする。道具も特にいらないので暇つぶしにはもってこいだ。もっとも道具がいるものでも、俺なら変化で用意できるが。
「いやー、多分基本的なのは全部出たし、見つけるのは至難の……」
「あ、思いついた!」
「なにっ」
「いや、これは結構盲点だったかも…… 『闇』」
「……あー! うわー思いつかなかった。俺が言いたかったなーそれ。なんで思い付かなかったんだろ……」
「さぁ、真の番だぞ。 ……これは久しぶりに勝てるかも」
「……うーん…… ん? 何か入り口から足音が聞こえないか?」
「そんなバカな。時間を稼ぐにしてももう少しうまく…… あれ? 本当だ、足音が近づいてくる」
洞窟の入り口の方向から、風の音以外にもザッザッという規則的な音が聞こえてきた。外はまだまだ吹雪いている。もしかして俺たち以外にも誰か、ここまで来るヤツがいたのだろうか。
足音がする方向を見ていると、やがて誰かが暗闇の中から現れた。
「どうもこんばんは。夜分遅くに失礼します」
丁寧な言葉遣いと共に現れたそいつは、緑色の髪をした背の低い少女だった。手に錫杖を持っているということは、どこかの寺の修行僧だろうか。
「いや、失礼しますもなにも俺たちは吹雪を凌ぐためにここにいるだけだからね。多分君もそんなところだろ? まぁここで会ったのも一つの縁ってことで」
「縁、ですか。確かに私と貴方たちが出会ったのは偶然ですが、私がここに来たのは偶然ではありませんよ」
「? ああ、吹雪を凌げるような場所は他に無いからとかそういうことか?」
「いえ、そうではありません。私は貴方たちを追ってここまで来たのです。お礼を言いたくて」
「?」
俺は少女の言葉に首をかしげる。この少女の言いたいことが、いまいちよく分からない。追ってきたって、この吹雪では足跡はすぐに消えてしまうのに一体どうやって? それにお礼をと言われても、初めて会うこの少女が一体何に対するお礼なんだろう。
「あ、この姿じゃ分からないですよね、失礼しました。私の名前は
「? はぁ、地蔵……」
「これを見ていただければ分かりますか?」
首をかしげる俺に対して、少女は名乗って頭を下げる。それでもいまいちピンと来ていない俺たちを見て、映姫は懐から何かを取り出した。
「それは……真がさっきお地蔵様につけてた手拭いじゃないか」
「……え、マジでさっきのお地蔵さん? 動けたのか?」
「いえ、動けるようになったのは先ほどです。貴方に触れられたおかげで私は今、こうして動けるのですよ」
落ち着いた表情の中にも嬉しさを感じさせながら映姫はそう言った。誰かが触れたら地蔵は動けるようになるのなら、そこらの地蔵たちは動きまくりじゃないだろうか。
そこのところを映姫に詳しく聞けば、俺の体の周りには人々の感謝の念がとりまいているのだという。その念が、どういうわけか俺が地蔵に触れたときに流れていったらしい。
地蔵は、人々の祈りや感謝の念を糧にして生きる。今回、その流れ込んだ沢山の感謝の念によって映姫は動けるようになったというわけだ。
「……いや、確かに『後で動いて恩返しにきたら面白いなー』とは思ったけどさ……」
「貴方のおかげで動けるようになりました。本当にありがとうございます。 ……ただ、本当に先ほど初めて動けたもので、お礼できるものは持っていないんですよ。その代わり、私に何か出来ることがありましたら……」
「ああ別に、本当に恩返しを期待してやったわけじゃないから気にする必要はない」
「ですが……」
「動く地蔵が見れただけで十分満足さ。なぁ妹紅?」
「ん? ああそうだな」
妹紅がそっけない返事をする。お前、地蔵が動いてるんだぞ、もう少しリアクションがあってもいいんじゃないか。まさか勝負を途中で中断されたのを根に持ってるんじゃないだろうな。
「そう言っていただけますと助かります。 ……これほど感謝の念を纏っているだけあってお優しい方ですね」
「そうなんだよ。真のヤツ、出会う人出会う妖怪助けてばっかでさ。そりゃお地蔵様も動けるようになるわ」
「……そんなに言うほど助けてないって。絶対普通の人と同じ感覚だよ。最近気付いたんだが、助ける人が多いと思うのは、それだけ出会う人が多いだけなんじゃないか? 分母が増えるから分子も増えるだけで、割合的には平均的のはず……」
「それはない」
妹紅が俺の考えを一瞬で否定してくる。お前、あれだぞ。人の意見をすぐ否定するやつは友達ができないんだぞ。
「……真さん、でしたか。一つ尋ねてもよろしいでしょうか」
「? いいぞ、なんだ?」
映姫が俺と妹紅とのやり取りをぶった切り、俺の前に向き直ってくる。どうしたそんなに畏まって。俺が答えられるものなら答えようじゃないか。
「では…… 貴方はなぜ人々を助けるのでしょう。私は地蔵、人々を助けることが存在意義です。しかし貴方は、受け取った感謝の念から察するに妖怪であるご様子。妖怪とは基本的に人々に恐れを与える存在です。貴方のような人を助けるものはかなり稀有な存在。しかも、助けることを誇るものとせず当然のことのように行っている。どうしてそのような考えに至ったのでしょう。 ……私もこれからは人を助けて生きていきたい。しかしそれは貴方とは違う。人を助けると言うのは、私が、自分のためにやっていることに変わりありません。一体どのような人生を歩めば真さんのような考えになれるのでしょう。 ……私は今から、何をすべきでしょうか。どのように生きていけばいいのでしょうか」
「……」
「……真さん?」
「……閻魔」
「……はい?」
「妹紅、閻魔大王の『閻』だ。ほら、門構えの漢字」
「え?……あっ、確かに……」
映姫の話が長すぎて、つい思考が明後日の方向に行ってしまった。こいつ、一つ尋ねるとか言っておきながら四、五個質問してなかったか? 最初のほうとか何を言っていたかもう忘れてしまった。
「ああ、悪い。予想より話が長かったものだから」
「い、いえ……」
映姫が少し戸惑ったような顔をしている。そりゃ、いきなり俺が関係ないことを言い出したら混乱するよな。悪いことをしてしまった。今からでも答えられる分は答えよう。
「……つっても、何をしたらいいかねぇ…… 言わせて貰うと、そんな考え方はそもそも違うんだよな」
「……どういうことでしょう?」
「何をすべきか、ってのは手段のことだ。手段ってのは目的があるから存在するもの。手段と目的を混同するなよ、全ては目的ありきだ。目的を成し遂げるために手段は存在する。目的が無いのにこれをしたほうがいい、あれをしたほうがいいだなんて意味が無いだろ」
「……」
「やりたいことをやれ、それが一番だ。人を助けたいって思ってるならそれで十分。そのために必要だと思うことをやりゃあいい。他にもっとやりたいことがあったらまた、そのために何かを始めればいいさ」
とある漫画の受け売りだがね、と俺は心の中で付け加える。
「さて、映姫。お前の一番やりたいことは何だ」
「……なんだか分かった気がします。自分がやりたいこととやるべきことが。たった今真さんのおかげで目標ができました。当面は、人を助けて生きていきますよ」
「……映姫がいいならそれでいい」
俺がそう言うと映姫は笑った。何をやりたいかは言わなかったが、なんだか吹っ切れたように見える。
「……じゃあこの話は終わりでいいな? 妹紅と遊びの途中だったんだよ。ほら、妹紅の番だぞ」
「えええなんかいきなりだな……」
「なんなら、映姫を味方につけてもいいぞ。映姫、門構えのつく漢字だ。言えないほうの負け」
「はい? ええっと、急に言われても…… 門構えと言うと、『開く』とか『閉じる』とかでしょうか」
「それはもう出たんだ。他に『間』とか『聞く』とかも出た」
「あ、『聞く』はありなんですね。でしたら、『悶える』とかはどうでしょう。もう出ましたか?」
「それだ! まだ出てない! いいぞ映姫!」
「なにぃっ!」
思わぬ反撃に声が出る。ちなみに『聞く』や『悶える』の漢字の部首は門構えではないが、お題は『門構えのつく漢字』なので特に問題は無い。そういう細かいところを指摘するのは面倒だった。
……しかし、『悶える』は予想外だった。あれ、門に全然関係ない感じの漢字じゃないか。これは悶々としてしまいますね……ってやかましいわ!
「さあ、真の番だ。答えたのは映姫だが、真が味方につけてもいいって言ったんだ。文句は無いだろう?」
「……いや、良く考えたら映姫は途中から入ったんだから面白くないわなぁ。お題を変えようか」
「えっ、私は別に構いませんが」
「あっ、真お前逃げる気だな!」
「んん? 年のせいか耳が都合よく聞こえない。しかし二人の反応を見るに、大賛成しているんだろう」
「ええ~? ……まぁいいよ、私の中では真の降参と受け取っておくから。じゃあ真、負けたんだからお題決めていいぞ」
「そうですね。では次からは妹紅さんの味方ではなく、一対一対一の勝負と言うことで」
二人の大賛成によりお題を新しくする。映姫も参戦して三つ巴の争いだ。
「……ほほう。映姫、余裕じゃないか。じゃあ次は『三桁以上の素数』だ。まず俺は、『103』」
「えっ、そ、素数?」
「『107』。はい次、映姫」
「……えーと、『111』?」
「はい残念。111は3で割れまーす」
「ええ!? なんかいきなり難しくなってませんか!? そもそも素数なんて初めて聞きましたよ! 妹紅さんもなんでそんなにすぐ出るんです?」
「……私も昔、同じようにやられたよ。いきなり言われたら戸惑うよな。今回も仕方ないさ」
「むむむ、なんだかずるいですね……」
映姫が少し悔しがっている。見た目子ども相手に大人気ないかもしれないが、『悶える』をすぐに思い付くあたり映姫は頭が良い。油断したら負けそうだ。
「さ、映姫。次のお題決めていいぞ」
「……なるほど、ここは自分の得意分野を提案するのが手みたいですね。では『福の神の種類』でお願いします。『恵比寿様』」
「ええっ、福の神……『毘沙門天』?」
「いいでしょう。はい、妹紅さんですよ」
「えーと『布袋』」
「では私は『大黒天様』で」
「なんでだ! なんで妹紅もそんなに言えるんだよ! 知り合いかよ!」
「いや知り合いなわけないだろ。常識だ常識」
そんな常識、俺は知らないし、そもそも神の名前をあまり知らない。神の知り合いはいるにはいるが、よく考えたら神としての名前は全く知らない。毘沙門天が正解だったことがまず奇跡だ。妖怪寺の星に感謝だな。
くそう、諏訪子や神奈子はなんの神だろうか。妖怪の山で鬼子母神とか怪力乱神とか聞いたことがあるが、明らかに福の神では無さそうだ。っていうか怪力乱神は神じゃない。あれは怪、力、乱、神、の四つの言葉を繋げただけだ。
「……ああ、無理だ無理! そもそも神様自体よく知らない。あと出てくるのは貧乏神くらいだ」
「真逆じゃないですか! ……はっ、まさか真さんの中では、人間や妖怪だけではなく神までも等しい存在なのですか? それゆえ名前にあまり固執していないとでも……」
「いや、明らかに無知なだけだろ」
映姫の中で俺が過大評価されすぎな気がする。まぁ神にも妖怪にも友達はいるが。
「……ちょっとお題が偏りすぎてないか? 皆そこそこ分かるものにしようよ。ここは簡単に『果物の種類』とかさ」
「……そうだな、そのくらいにしようか。お腹空いたから何か食べながら適当に。映姫も食うよな」
「よろしいのですか?」
「ああ」
懐から適当に食べ物を元の姿へと戻していく。季節が変わるまでこの吹雪が続こうとも、生きていられる程度の量の食料はあるのだ。映姫一人分の食べ物くらいどうってことない。
この吹雪が止んだら次は、映姫を近くの人里まで送ったほうがいいだろうか。
「トマトって果物だと聞いたことがありますよ」
「いや、トマトは野菜だろ。食事中には食べるが食後の甘味としては食べないからな」
「私はそれより、真の言った西瓜だけどあれは野菜って聞いたことがある」
「……はい、じゃあ多数決で決めよう。真実はどうであれ、二人以上が果物と思えばそれは果物ってことで」
「「意義無し」」
それは吹雪が止んでから考えよう。洞窟の外からはゴウゴウと強い風が吹いている。まだまだ吹雪は止みそうになかった。