最近妹紅がぼーっとしていることが多い。映姫と会ってから更にそれは顕著になったと思う。何かしら最近思うことがあるのだろうか。ある程度予想はついてるが。
映姫とは近くの人里で別れた。最後まで俺に感謝していたが、大したことをしたとは思えないので少し照れくさい。というか、進んで人を助けたいと思う映姫のほうが、俺なんかよりも確実にすごいヤツだと思うのだが。
「ここら辺も真は旅したことがあるのか?」
「そうだな……この辺は歩いてはいないが、近くに妖怪の山があることは覚えている。何百年も昔のことだからそこまで詳しくは覚えてないが、それは間違いないはずだ」
最近、むかし訪れたことのある場所に再び訪れることがよくある。ルーミアに会う少し前に、今の時代に俺が初めて訪れた村に来たようだし、そこからは見覚えがあるものは何度かあった。時代もだいぶ進んだので、大幅に変わっているものばかりだ。
「ああ、見えてきた見えてきた。あれが妖怪の山だ」
「ほー。たしか真は、あの山で『鞍馬』の名前を貰ったんだよな」
「そうそう、天狗の上の称号らしくてな。少しは偉かったんだぞ」
「へぇ、じゃあここら辺ではもう妖怪に襲われることは無いのか?」
「多分な」
いま俺と妹紅は妖怪の山にやってきている。鬼の勇儀や萃香と一緒に、かなりの時間すごしてきた場所だ。俺の故郷の一つといっても過言ではない。
皆は元気に過ごしているだろうか。そう思いながら俺たちは山へと足を踏み入れた。
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「そこの人間ども! ここは我ら天狗の山である! 無断で進入するのを我々は良しとしない! 即刻ここから立ち去るがいい!」
山道を歩いていたら上空から声をかけられた。見上げるとそこには、白い髪をした少女が一人空を飛んでいる。あの犬みたいな耳と尻尾が生えているところを見ると、白狼天狗の一人だろうか。
「……なぁ真。話が違うんだが……」
「奇遇だな、俺もそう思った」
「何をごちゃごちゃ言っている! これ以上この山に長居するつもりなら、実力で排除することも厭わんぞ!」
白狼天狗の少女が何かごちゃごちゃ言っている。俺はこの白狼天狗に見覚えは無い。俺が長いこと離れている間に生まれた新人だろうか。俺の姿を知らないのは仕方が無いとして、名乗ればさすがに納得してもらえるだろう。
「なぁ、少し話を聞いてほしい」
「なんだ。手短に話せ」
「この山に『鞍馬』ってヤツがいると思うんだが」
「鞍馬様なら今はいない。私が生まれるより遥か前から旅に出たと聞いている。 ……それより貴様、なぜ鞍馬様の名前を知っている」
「えーっと、実はその鞍馬ってのは俺のことなんだ」
「……は?」
白狼天狗の少女がなんとも呆れた声を出す。事実を言っているだけなのに、そんな反応をされるとなんだか悲しい。
「俺の名前は鞍馬真。この山に住んでたこともあるんだけど……」
「何をふざけたことを言ってるんだ。私が聞いている鞍馬様のお姿は、小さき体躯に七つの尻尾。さらに鞍馬様は鬼の攻撃を食らっても無傷で立ち上がってきたという。お前のような人間の姿では断じてない」
そう言って白狼天狗は鼻をフンと鳴らす。なんだその曲がり曲がった情報は。たしかに勇儀と闘ったときにその姿は見せたことがあるが、何でその姿をピンポイントで語り継いでいるんだ。
「なぁ真、どういうことだ、小さい体って。昔は背が低かったのか?」
「……まぁ、ちょっと、な」
それにあのフルパワーの姿はあまり好きじゃない。妹紅には見せたこと無いんだぞ。ここであの姿に変身はしたくないし、見せても納得する雰囲気じゃ無さそうだ。
「……今は都合があってこの姿なんだ、分かってくれ。 ……そうだ、昔からいる鞍馬の姿を知っているヤツを呼んできてくれればそれで分かると思う。もしくはそいつの元に案内してくれるだけでもいい。そうだな、天魔だったら確実だと……」
「……おい貴様」
「どうした?」
「天魔様のことを呼び捨てにしおったな! 人間風情がなんたる無礼! 万死に値する!」
「……あらら」
「なにやってんだよ真!」
天魔の名前を出しただけで、目の前の天狗は怒りをあらわにする。なんだよあのじじい(おそらく年下)、部下にえらい思われてるじゃないか。俺も天魔は嫌いじゃないけど。
「うーん、出直してきても繰り返しになるだけだと思うしここはやっぱり……」
「……やっぱり?」
「強行突破しようか」
「やっぱり!」
「前向きに考えよう。俺がいない間に妖怪の山の連中が腑抜けてないか確かめるいい機会だ」
「わ、私は完全にとばっちりじゃないかー!」
「あ! 待てこの侵入者め!」
妹紅と共に山の奥へと走り出す。白狼天狗が大声で叫んだため天狗が集まってきているようだ。騒ぎが大きくなる前に、俺のことが分かるヤツを探し出さなければ。
「……あやや、一体どうしたんですこの騒ぎは」
「
「なんと! これは久々にスクープのにおいがしますねぇ…… 急いでその人間を見つけましょう!」
「はい! 人間たちはあっちです! かなりの速さでこの山を登っています!」
「ふむ、見失うといけませんね……
「分かりました!」
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「……ふーむ、見事に囲まれたな」
「言ってる場合か! 真、どうするんだ!?」
天狗たちに囲まれて、俺は顎に手を当てながら感心する。統率の取れたいい動きだ、これを突破するのは容易ではないだろう。
多対一は初めてではないが、こちらはあまり手を出したくは無い。攻撃してしまったら名実共に侵入者になってしまう。
「……でも妹紅に怪我はさせたくないしなぁ…… ん?」
「……ふぅん、人間の侵入者ねぇ…… 最近は長いことそんな骨のある人間はいなかったけど、面白いヤツがまだまだ…… あれ? 真?」
「ほんとだ、真じゃないか。なんだ、人間の侵入者って真のことだったのか?」
「おお! 萃香に勇儀! 助かった、こいつらに説明してくれ!」
天狗たちの波を掻き分けて萃香と勇儀が現れる。ようやく俺のことが分かるヤツが現れた。咄嗟に俺は、二人に誤解を解くようにお願いする。
「……あー、お前たち。こいつは侵入者じゃない。長い間この山を留守にしていたお前たちの上司だよ」
「信じられないなら闘ってみればいいと思うけど……多分全員で襲い掛かっても負けちゃうよ?」
「「「……!」」」
鬼二人の言葉を聞いて、天狗たちの間にざわめきが生まれる。しめた、今なら自分の主張が聞いてもらえるはずだ。俺は駄目押しにできるだけ偉そうな態度を取り、取り囲む天狗たちに自己紹介をした。
「そう、長い間留守にしたな。俺の名前は鞍馬真。多分偉い」
「多分偉いって……」
「で、こっちは妹紅。人間だが俺の弟子にあたる。特別に山に入れてやってくれ」
「あ……ええと、どうも……」
天狗たちの間から「聞いていた姿と全然違う」だの「そこまで強そうに感じない」だの聞こえてくる。くそう人を見かけで判断するな。軽く凹む。
「なんだ、このお嬢ちゃんは真の弟子かい。てっきり娘でもこしらえたのかと」
「まさか…… まぁ最初は弟子みたいなもんだったけど、最近じゃ普通の旅仲間だな。結構頼りになることもある」
「……だってさ。安心したね勇儀」
「は、はぁ? 安心も何も心配することは特に無かったんだが」
「? なんの話だ?」
「なななななんでもない!」
勇儀がなにやら焦っているようだが理由は分からない。妹紅を娘だと勘違いされることもあるだろうが、そもそも妖怪の俺にも子どもを作ることができるのだろうか。
「? まぁいいが…… それよりほかの鬼を見かけないが、どうかしたのか?」
「ああ、皆いろんなところに行っちまったねぇ。赤のヤツは人間と友達になったって青のヤツから聞いたし」
勇儀が、特に遠い目をするわけでもなく淡々と話す。なにやら聞いたことのある話だ。これは『泣いた赤鬼』かな?
「ああ、あいつなんかは都で、こんなに小さい人間相手に負けたとか」
萃香も勇儀に合わせてなにやら語ってくる。萃香にも小さいと言われる人間……『一寸法師』?
「何人かで島に集まって毎晩騒いでたら、一人の人間と動物たちに退治されたって話も聞いた」
『桃太郎』だな。全部童話で知っている話だ。現実にあった話だとは驚きだが、前に一度本当かもしれないと考えたことがあるのでそこまでではない。
「……まぁ、結構有名な話になったから俺も知ってるな。俺だってかぐや姫本人にあったことあるし」
「え? 真、ちょっとそれどういうことだ初めて聞いたぞ」
「あ、やべ」
そういえば妹紅には、輝夜と知り合いってことを隠してたんだった。俺はあわてて口をふさぐが、どう考えてももう遅い。
「……おい真どうなんだ」
「いや、輝夜とはたしかに知り合いだが…… 長い間生きてきたんだ、知り合いも沢山できるさ」
「……あいつが今どこにいるのか知っているのか?」
「……詳しくは知らない。ただ、月へは帰らず、地上のどこかで暮らしているはずだ。輝夜も妹紅と同じで蓬莱の薬を飲んでるからな、まだ生きてる」
「……そうか」
そう言って妹紅は黙ってしまう。ううむ、いずれは話すかと思っていたが、完全に口が滑ってしまった。
「……なんだい、少し深刻そうな雰囲気だね」
「いや、気にしないでくれ。 ……そうか、鬼たちにもいろいろあったんだな」
「ああ、今のはほんの一例さ。人間と友達になったり真正面から喧嘩できたのはほんの一部。あとは、人間に愛想をつかしちゃって地底にいったヤツらがほとんどだよ」
「……実は私ももうすぐ地底に行くつもりだったんだ。その前に真に会えてよかったよ」
「へ? そうだったのか? いやーじゃあもう少し来るのが遅れてたら勇儀には会えなかったのか。危なかったな」
地底と言えば、妖怪寺の面子が聖によって送られた場所である。もしまだ地底にいるなら、勇儀に元気でやってるか見ておいて貰おう。
「こうして会えたんだ、何も問題無い。よし! 今夜は飲むぞ、宴会だ!」
勇儀が俺の肩に腕を回し声を張り上げる。今夜は飲むもなにも、お前たちは年中飲んでる気がするんだが。
「真、こんな大事な宴会なんだ。いつもみたいに少量しか飲まないのは許さないよ?」
「……ああ、たまには限界以上に飲むのもいいかもな」
しかし宴会自体には賛成である。いつもはセーブして飲むものだが、久々の再会だ。勇儀ともすぐに会えなくなるので、鬼に付き合って飲むとしよう。
「よし、早速準備だ! 天狗たちにも手伝わせよう」
「妹紅、宴会だってさ。俺たちも準備しよう」
「…………え? あ、ああわかった」
先ほどからずっと黙っていた妹紅に話しかけ、宴会の準備を手伝わせることにする。
そうだ、酔いが回る前にやっておくべきことがあるかもな…… 俺は人知れずこっそりと、『答えを出す程度の能力』を使った。
「あやや、これは一体どういうことになっているのでしょうか」
「……分かりません。が、もしかしたら私はとんでもないことを……!」
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「本っっっ当に申し訳ありませんでした!!!」
宴会の席で酒を飲んでいると、最初に会った白狼天狗が頭を下げにやってきた。最初の態度はどこへいったのやら、このまま放っておくと土下座でもせんばかりの勢いだ。周りの天狗たちは、あーあ、あいつやっちまったな、といった表情でこちらを見ている。
「鞍馬様のお姿を知らなかったとはいえ、私はとんだ無礼を!!」
「……真でいい。それと、お前の名前はなんだったか」
「は、はい!
「そうか。では椛、顔を上げて跪け」
「は、はい!」
椛は俺に言われた通り、方膝を立てて座り俺のほうを向いた。俺はその椛の顎に手を触れる。椛の体がビクッと震え、目を見ると涙目になっているようだ。いくら俺の見た目が弱そうでも鬼と対等に話している姿を見た以上、椛にとって俺はかなり恐ろしい存在である。
「……なぁ、真って酒に酔うと怒りっぽくなるのか?」
「いや、そんなことは無かったと思うけど……たしか真は酔ったら……」
近くで妹紅と萃香が俺たちを見ているが気にしない。更に俺は椛の頬に手を触れる。
「椛、覚悟はいいな」
「は、はい……なんなりと罰をお与えください……」
「では」
俺は椛の頬に触れていた手を放すと、今度は椛の首の後ろに手を回し---そのまま椛を抱き寄せた。
近くで萃香が「やっぱりね」という顔をしている。
「えっ? えっ?」
「ははははは! 怖かったか!? あの程度で俺が怒るわけないだろう!」
俺はからからと笑い、腕の中にいる椛の頭を撫でる。既に十分反省している者に、更に鞭を打つような真似を俺はしない。
「えっ? し、しかし私は真様に対して無礼なことを」
「何を言っているんだ、椛は自分の仕事を忠実にこなしただけだろう? 褒められこそすれ、怒られる理由などないはずだ」
「……うー」
「知らない男の姿だったんだ、仕方ないさ。疑う姿勢は大事だぞ」
「で、ですが結局は真様だったわけですし……」
「んー? どうでもいいだろ。それよりほら、俺にも尻尾と耳があるぞ。お揃いだ」
俺は椛に合わせて、尻尾を一本と耳を出す。それを椛に見せつけるように動かした。
「うわぁ…… 大きくて立派な尻尾ですね……」
「はははそうか? ほら、狼も狐もどっちも犬みたいなもんだ。同じ種族として仲良くしようぜ?」
「……はっ! い、いえ! それでは周りの者に示しがつきません! やはりなにかしら罰を……」
「んう? む、意外と強情だな椛…… そこまで言うなら……おい!」
俺は、周りで遠巻きに俺たちを見ている天狗たちを睨む。たくさんの天狗の集団がこちらを向いてピタリと止まった。一本だが尻尾を出したことで、俺の周りにはそれなりの妖力があふれている。
「……元はと言えば、俺の姿が正しく伝わっていなかったからあんなことになったんだ。 ……誰だ? 俺の誤った姿を伝えた最初の天狗は…… そいつに罰を与える。分からないなら連帯責任で全員だ」
一本のみ出ている尻尾を立てて、俺は天狗全員を威圧する。いきなり矛先が自分達に向いた天狗は目に見えて焦り出した。
「おい誰だよ鞍馬様の姿のガセ情報流したヤツ!」
「お、俺じゃない!」
「待て。確か結構昔に誰かが配った瓦版に、誰も姿を知らない鞍馬様の記事が載っていたことがなかったか?」
「そうだ! そこに鞍馬様の姿を伝聞形式で書いてあった! 製作者は……」
「
「そうだ射命丸の瓦版だった!」
「えっ!」
「鞍馬様! 分かりましたよ! 噂を流したのは射命丸文です!」
「ほう……では、文とやら、出てこい」
そう言って俺が人差し指をクイクイと動かし前に来るよう指示をすると、先ほどの会話で『えっ!』と驚きをあげていた黒髪の少女が諦めたように俺の前へと現れた。そういえばこいつは、椛を脅していたときに特に心配してこちらを見ていたヤツだ。見たところ椛とは違う種族……烏天狗のようだが、椛と仲が良いのだろうか。
「も、椛ぃ……」
「あ、文様、申し訳ございません……」
文が椛を恨めしそうに見ている。少し萎縮している椛をかばうように、俺は更に椛を強く抱き寄せた。
「文、何を見ている。言っておくが椛のせいだと考えるのは間違いだぞ。他の天狗が俺を発見しても、椛と同じような反応をしたとは思わないか? お前の流した情報のせいで。違うか?」
「う……いいえ違いません」
俺が高圧的な態度を取ることで、文は椛から目を離す。下を向いて
「だろう? ……で、なぜお前はこのような情報を瓦版に書いたんだ」
「そ、それは、名前だけなのにかなり偉い立場にいる鞍馬様のことが気になって……」
「動機はいい。問題は内容だ」
「……鞍馬様のお姿を聞き込んでみたものの、バラバラの情報が沢山ありすぎて……」
「それで、一番面白そうなものだけを選んで記事にした、と」
天狗は面白い噂話が大好きな種族であるため、瓦版を書いた理由はだいたいそれだ。普段なら文も『周りだってみんなそうだし』と悪さも感じないところだろうが、俺に言われることで背中はどんどん小さくなる。
「……おっしゃる通りです」
「……まったく…… 鬼の攻撃が堪えないヤツが、小さい姿をしているわけが無いだろう!」
「はい……」
俺は文に怒鳴りつける。近くで萃香が大笑いしているが気にしない。
そんな萃香をよそに、妹紅は心配そうにこちらを見ている。
「こ、今度こそ怒ってるんじゃないのか?」
「……あれ? 妹紅は真と一緒に旅してて、一度も怒ったところを見てないの?」
「ああ、いま初めて目の当たりにしてる」
「まぁ、真は滅多に怒らないからねぇ……」
「じゃあやっぱり……」
「見てたら分かるよ」
「さぁて、文……どうしてやろうか……」
「ど、どうかお手柔らかに……ひゃあ!?」
俺は尻尾を伸ばして文を捕まえると、そのまま持ち上げて自分の前に持ってきた。両手が椛を抱いて塞がっているので、椛を左腕のみで抱えなおす。
自由になった右腕を文の前に持ってくると、そのまま腕を振り上げた。
「っ!」
文が目をギュッと閉じる。
俺は振り上げた腕をそのまま文に向かって降り下ろしーーーそしてそのまま頭を撫でた。
「……へっ?」
「ははははは!! もう十分罰になったろ!!」
そう言って俺は尻尾の拘束を解き、右腕で文を抱き抱えた。両手に花とはこのことなのだろうか、とりあえず左腕には花というか椛がいるが。
文がきょとんとした顔でこちらを見てくる。
「……あのう、もうよろしいので?」
「ああ。そもそも怒る理由がない」
「しかし私は適当な瓦版を……」
「……そもそもなんだが、別にあれはあながち間違った情報ってわけでもない。小さい姿にもなるし、勇儀と闘ったときは無傷を装ったしな。 ……しかし、情報がある意味偏っているな…… おい! 萃香だろ文にこんなこと吹き込んだの!」
「あれ? バレちゃった?」
「やっぱりか……」
萃香は悪びれる様子もなく笑っている。確かに嘘は一つも言っていない。
「……ほら、真は別に怒ってなんかいないのさ。真が本当に怒ったときは、逆に口数が減って無表情になる」
「……あぁ、そういえば私が誘拐されたとき、犯人たちを無言無表情でぶっ飛ばしてたっけ……」
「で、当然酔っぱらって怒りやすくなるわけでもない。その代わり酔ったら、今みたいに抱き上戸になるのさ」
「道理で……」
「さて、文への罰は終わり。その代わり……お前ら!」
俺は周囲の天狗たちに向かって一喝する。
「自分たちが助かるために仲間を売るとは何事だ! 天狗は仲間意識が強い妖怪じゃなかったのか! 罰としてお前らは今日は酒抜き! 水でも飲んでろ!」
「「「そ、そんな~!」」」
天狗たちの声が、夜の山にこだまする。ははは、誰かの上に立つのは思いのほか気分がいい。今日一日くらいは、この偉い立場を楽しませてもらおう。
宴会は、まだまだ始まったばかりである。
「……良かったですね文様」
「全くですよ椛……真さんが穏和な人で良かった……」
「はは、穏和じゃなかったら私に罰を与えて終了ですよ。 ……いや、聞くところによると、真様は天狗全員を相手にできるほどお強いらしいですね。そもそも全員ぼこぼこにされていたかもしれないです」
「……怖い上司(特に鬼)が沢山いたのも終わり、妖怪の山もホワイトの時代が来ましたね」
「……文様は『すくうぷ』や『ほわいと』など、難しい言葉をよく知っていますね」
「記者ですから」
「……それにしてもこの体勢、嫌では無いですが少し恥ずかしいです」
「ですね…… そういえば椛。貴女、私が真さんの尻尾に捕まっているとき、心配そうな目をしないどころか、羨ましそうな目で見てましたね」
「いやぁ、意外と気持ちよさそうだなって」
「……まぁ確かに、焦っていて気付きませんでしたがあのときはかなり優しく包んでくれてた気がしますね」
「……やっぱり」
「……」
「どうした二人とも。飲みたいなら飲んできてもいいぞ?」
「いえ、大丈夫です。それに飲みたくなったら、ちょうどそこに沢山いるお酒も飲めずに暇している天狗たちに取って来てもらうので」
「……そうか。文は結構いい性格をしているな」
「えへへ、褒めても何も出ませんよ?」
「……文様。多分褒められてないと思います」