東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十話 八雲藍

 

 幽々子が亡霊になってから、紫の計画は加速した。西行妖のせいで幽々子に備わっていた『死に誘う程度の能力』が幽々子の任意に発動できるようになった他に、もともと幽々子には『死霊を操る程度の能力』が備わっている。そこに紫は目をつけた。紫は自分の国の冥界の管理を幽々子に任せることにしたのだ。

 魂の管理までやろうとするなんて、もはや紫が作ろうとしているのは国などでは無く新しい一つの世界なのではないか。とはいえまだまだ紫の国に必要なものは存在する。例えばその管理した魂を輪廻させるべく裁く存在や場所などである。

 しかしその足りないものはあと少し。紫の国造り第一段階完了まではもはや秒読み段階に入っている。それは詰まるところ俺が紫の式になる未来が刻一刻と迫っていることを示していた。

 別に紫の式になることにそこまでの抵抗は無いが、俺自身あらかじめ式を探してくれと頼まれていたにも関わらず特に何もしていない。そんな現状が少し嫌だった。

 

 俺は左腕のリボンで紫のスキマを使い、かつての都へと赴いた。妖怪の山付近の妖怪は、おそらく紫が全部把握している。そこに紫が満足する式候補はいないと判断し、かつて輝夜を逃がすのに使ったスキマを使って都のそば(厳密にはもう都ではないが)で妖怪を探すことにした。

 

 タイムリミットは一年か、二年か。もう長くは残されていないだろう。

 俺はここに一番近い森や山で、紫の式候補を探し始めた。

 

 

 

 

 

「で、なんでよりにもよってこのタイミングで山火事が起きるんですかねぇ……」

 

 森に入って適当に歩いていたら、いきなり山火事に遭遇した。なかなか規模が大きい山火事で(規模が小さい山火事があるかは知らないが)、見渡す限り火の海である。あまりに衝撃的な風景に、普段使わない敬語が飛び出てしまう。

 

「俺は簡単に逃げられるけど、もし大事な式候補がうっかり焼け死んだらどう責任を…… ん?」

 

 どうにかこの火を消せないものかと悩んでいると、近くからふと鉄の匂いを感じた。

 これは……血だ。誰かが近くで血を流している。

 

 匂いを追っていくと、大木に寄りかかって気絶している妖怪を見つけた。黄色い髪に生えた耳と大量の尻尾を見る限り、どうやら俺と同じ狐の妖怪のようだ。性別は俺と違い女のようだが。

 

「こりゃひどい……」

 

 その妖怪の体中には大量の矢が刺さり、背中には大きな刀傷があった。明らかに人間にやられた傷だ。このまま放っておくと、火に巻き込まれるまでもなく死んでしまうだろう。

 

「……仕方ない、か」

 

 別に俺は聖人でもなければ正義の味方でもない。見知らぬ誰かがどこで死のうと興味は無いが、俺の目の前で死ぬなら話は別だ。

 どうにかしてこの妖怪を助け、ついでに火事もなんとかしてみせる。

 俺は思いっきり息を吐き出し、尻尾を八本顕現させた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……ぅ……うーん……っ……」

 

 助けた狐の妖怪が目を覚ました。寝ている間に数えてみたが、この狐尻尾が九本もある。九尾の狐といったら大妖怪ではないだろうか。まぁ俺も同じ本数だけ尻尾はあるのだが。

 

「……な、体に傷が一つも……うっ」

「あ、おい無理するな。まだ体力が回復してないだろ」

「……貴様は……私を助けたのか? ……それにその尻尾……」

「ああ。俺は鞍馬真。お前と同じ狐の妖怪。見たところ人間にやられたようだが、何かやったのか?」

「人間に……はっ、そうだ! 人間たちに正体がバレて、必死で逃げてきたんだ…… 確か森の中まで逃げたら火を放たれて…… そこから記憶が無い…… ここは一体……」

「ここがどこだと聞かれたら、火を放たれた森の中だ。俺の術で変化させた木の中に俺たちはいる」

 

 むかし紫を助けたときも似たような木の家を作ったことがある。変化で家を作るときは、大きさの変化があまり無い大木などが丁度いいのだ。

 

「……何? あれはこの森全てを焼き尽くさんばかりの勢いの炎だったが…… 一体どうやって……」

「消したわけじゃない。お前の体の傷と同様に、別のものに変化させて誤魔化した、応急処置に過ぎないよ。 ……いやぁ骨が折れた、規模はでかいし炎の形は捉えにくいし」

 

 今もその変化を保つため、尻尾を八本出しっぱなしにしている。コイツの体につかった変化はそれほどでもないが、あれほど大規模な炎を変化させるとなるとかなり妖力を必要とする。大雨でも降り出したら変化を解いて、自然の力で鎮火させるつもりだ。

 

「そうか……すごいな……」

「だろう、大変だったからな。もっと褒めていいぞ」

「はは、謙遜はしないのか。 ……む、自己紹介が遅れたな。私は玉藻(たまもの)(まえ)と都では呼ばれている……いや呼ばれていた、か。人間として都に住んでいたんだが、いつの間にか正体がバレていてな。退治されるところを命からがら逃げてきたんだ」

「……そりゃあ災難だったな。それで玉藻、お前は都で何をしでかしたんだ?」

 

 山に火を放たれるなんて、一匹の妖怪を退治するには度が過ぎている。それに値する理由が何かあると思って、俺は玉藻に尋ねてみた。

 どうでもいいが『前』って名前言いにくいな。『お前』って呼んだらそういう愛称みたいで面白い。

 

「……別に何も」

「……は?」

「別に私は何もしでかしてなんかいない。ただなんとなく、人としての幸せを味わってみたかっただけだ」

 

 玉藻が、悲壮感漂う表情で吐き捨てる。思えば昔の都でも、人妖平等を目指していた聖を、人間たちは恐れていたっけ。もともと妖怪は人間に恐れられる存在、こればっかりはどうしようもない。

 

 妖怪と人間の関係は、前世でいうところの男女の友情と似ていると思う。片方がどんなに友達だと思っていても、もう片方も同じように思っているとは限らない。よしんば二人ともそうだとしても、今度は周囲の人間がそれをよしとしないだろう。

 妖怪がどんな意図をもって人間と接しようと、一度正体が妖怪だとバレれば、後は恐れられるのみである。それにしたって山に火を放つのは、いささかやり過ぎだとは思うのだが。

 

「……なるほどね。でもお前は、それでもまだ人間を嫌いになってはいないんだな」

「……分からないよ。なんでそんなこと分かるんだ」

「……分かるさ。お前が今ここにいることがなによりの証拠だ」

「……?」

 

 俺の言葉に玉藻は首をかしげる。更に俺は言葉を続けた。

 

「俺はこう見えて結構長生きでね、今までかなりの妖怪を見てきた。弱っちゃあいるが、お前がどれ程強い妖怪かは分かってるつもりさ」

「……だからなんだ」

「……それほどまでに強いお前が、どうして死ぬような傷を負うまで追い詰められた。人間など返り討ちにしてしまえばいいだろうに」

「……人間は沢山いたし、中には手強い者だって……」

「たしかに、人間の中にはそういう者もいる。しかしその傷からは霊力をあまり感じない。ただの人間にやられた傷だ。ただの人間など、少し強い妖力でどうにでもできるものだろう」

「……私は……っつ!」

 

 玉藻が何か言おうとして自分の頭を押さえる。まだ目覚めたばかりだし、体にはかなりのダメージが残っているはずだ。体を動かすことさえ億劫だろう。

 

「……悪い、病み上がりにする話じゃないな。丁度雨が降りだしたみたいだし、俺は火を消してくるよ」

 

 そう言って俺は立ち上がる。少し玉藻に落ち着く時間を与えようと思った。

 

「ただ、落ち着いて自分の気持ちを整理して、やっぱり人間が好きだと言うのなら……そのときは話がある」

「う……話……?」

 

 玉藻にそう言い残し、俺は木で出来た家から出ていった。

 

 一度に火を元の状態に戻したら、鎮火出来るか分からない。一部の火だけ元に戻し、うまく消えたら次の一部を。かなり面倒な作業だが、このときばかりは時間がかかるほうが都合が良かった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……うん。大分体力も妖力も回復したな」

「ああ、真のお陰だ。ありがとう」

 

 玉藻を助けてから二週間が経った。山火事を消してからは妖力が必要ではなくなったので、今はもう尻尾は全て隠してある。

 

「まだ礼は早いよ。まだ玉藻の体の傷は変化で誤魔化したまんまだ。これから変化の術を解いて、徐々に治していかないと。 ……これも一度に戻すと負荷がかかるから一部ずつな」

「そうなのか……じゃあまずは両腕からとか」

「ばか野郎、両腕を戻したらどうやって飯を食うんだよ。少なくとも腕は片方ずつだ」

「……おや、最初のときは献身的に食べさせてくれたじゃないか」

「あれは、それしか方法が無かったからな」

 

 最初のときは、体を動かすのもダルいだろうと判断し、身の回りの世話は全て俺が代わりにやった。全て、といっても主にやったのは食事の手伝いくらいだが。

 今はもう動き回れるくらいには回復したはずだ。動かないほうが回復も早まるのであまりさせないが、それでも両腕くらいは動かしても良いだろう。それに生憎だが、やらなくていいものはやらない性質(タチ)だ。

 

「まずは右腕からでいいだろ。利き手がどっちだろうと片方あれば、いなり寿司程度なら食えるはずだ」

「……いい選択だ。さすがは同じ狐の妖怪」

「……関係あんのかな」

 

 変なところで玉藻に評価され、少し複雑な気持ちになる。たしかにいなり寿司……というか油揚げは狐が好きなイメージはあるが、好物は人間だったときと変わっていない。ただ俺は手軽に食べられる自分の好物を言っただけである。

 

「それにしても暇だな。しりとりでもするか?」

「そんなに暇なら、また私の体でも拭いてくれ」

「さっきやった」

「また尻尾を触ってもいいんだぞ?」

「魅力的な提案だな。やめとこう」

 

 玉藻の背中側を拭くときに、ついでに尻尾にも触れさせてもらった。今まで会った人間や妖怪の何人かが、俺の尻尾を触りたがる気持ちが分かった気がする。

 触られる気持ちも分かるので積極的に触ろうとも思わない。というか俺の都合で助けたのだから、その見返りで触らせてもらうのは違うだろう。

 

「そうか。 ……そういえば、真の尻尾の方が私に比べて全然大きかったな」

「みたいだな。と言っても比較対象が少ないから平均より大きいかは知らないが」

 

 そう言いながら尻尾を一つだけ顕現させる。玉藻の尻尾の一つと比べても倍以上大きい。長さや大きさはある程度上方向に調整は利くが、これでも一番小さい状態だ。

 

「私も同じ狐の妖怪を見るのは真が初めてだが……これは明らかに大きいだろう。大抵の獣妖怪の尾は、最初の大きさによるが二十年から百年ほどで増えていくという。真ほどの大きさなら、一本増えるのにもかなりの時間を要したんじゃないか?」

「……尻尾はあまり出さずに過ごしてきたからなぁ、気が付いたら増えてたからあんまり覚えてない。今千歳だと仮定して、大体百年に一本増えてる感じ?」

「……いろいろ大雑把だな。というか千年しか生きてないのか? いやそれでも十分すごいのだが、この分だとその倍は生きていてもおかしくは……」

繊細(千歳)なのに大雑把とはこれいかに」

「やかましい」

 

 玉藻が俺の年齢を推定しようとするが、生憎(あいにく)自分の年齢に興味は無い。というのも今が何月何日か分からないため、俺には歳を数える感覚が無かったのだ。その上一度文明が滅んだときに長年の眠りについている俺には、自分の正確な年齢は分からなかった。思えばだいぶ前から千歳と言っている気がする。

 

「歳なんてどうでもいいよ。なんなら今日から永遠の十九歳を自称する。玉藻もそうすれば? お前も今日から永遠の二十三歳で」

「なんで私のほうが歳が上なんだ。そしてなんでそんなに中途半端なんだ」

「ノリだ」

 

 一応理由を挙げるとするなら、前世では異性は年上のほうが好きだったということと、数字はキリがいい数よりも素数のほうが好きだからかな。こういった内容の無い会話が出来る程度には、俺は玉藻のことを気に入っている。

 

「ところで、永遠の十九歳の真さんよ」

「なんだい、永遠の二十三歳のお前さん。ご飯なら一昨日食べたばっかりでしょ」

「毎日食わせろ。ってなんで分かったんだ」

「あ、マジで飯?」

 

 適当に返した言葉がまさかの的中で俺も驚いている。というか先ほどから玉藻はこちらのボケにきっちりと突っ込んでくれるので評価が上がる一方だ。ちょろいな俺。

 

「ほら、好きなだけ食え。無くなったらまた買ってくるから」

「すまないな」

「私がこんな体になったばっかりに。お父さんそれは言わない約束でしょ」

「何を一人でやっている。誰がお父さんだ」

「そりゃあもちろんお前さん……って、いま気付いたけど俺父親の姿見たこと無ぇや。 ……はっ! まさか本当にお父さん……?」

「性別から違う」

 

 

 ただ看病するのは退屈だと思ったが、玉藻と話すだけの今は、意外と楽しいものだった。同じ狐妖怪だから、もしくは、精神年齢的に近しいものを感じたのか。玉藻との会話が楽しいのは、そんなところが理由だと思う。

 

 体力、妖力が回復した玉藻の体の傷は、意外と早く治っていった。ただ一つ、背中の刀傷が治るのにはそれなりに時間がかかったが。

 ひと月もすれば玉藻は普段通りの生活ができるようになった。

 

 

 

「さて、玉藻。俺が最初の日に言ったことを覚えているか?」

「ああ。『私がまだ人間が好きと言うならば……』だったな」

「そうだ」

 

 玉藻の傷が全て癒え肉体的には完全に回復できたころ、精神的にも回復していることに期待して俺は玉藻に話を振った。人間にひどい仕打ちを受けてなお、玉藻が人間を殺そうとしなかったことに対する問いである。

 

「……今の私は、もう一度人里に忍び込んで暮らせと言われても無理だ」

「……なら」

「……しかし、人を嫌いかと言われたらそうであるとも言えない ……分からないんだ、自分の気持ちが。人間に拒絶されるのは怖い。しかし人間への憧れはまだ残っている。 ……すまない、待たせておいてこんな答えで」

 

 玉藻が申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。しかしはっきりとした答えじゃないが、俺は玉藻の後半の言葉に少しだけ光を見出していた。

 

「……十分さ。じゃあ一つ聞かせてくれ。人間がお前を拒絶しない場所があれば、お前はそこで生きていけるか?」

「……ああ。しかし世界にそんな場所は……」

「無い。少なくとも今はな」

「……今は?」

「ああ。これからできないとは言えないし、自然にできないなら作ればいい」

「……真。一体何を……」

 

 伏せていた玉藻が顔を上げ、やっと俺の目を見つめてくる。

 

「実は俺の知り合いがな、人間と妖怪の共存する国を作ろうとしている。別に人も妖怪も仲良く暮らしましょうっていう目的では無いが、その国に住む人間は否応なしに妖怪のことを知ることになるだろうな」

「…………」

「そこでだ、人間に友好的な妖怪もいることを知れば、お前を受け入れてくれる人里ができるかもしれない。人間のフリをする必要の無い、ありのままのお前をだ」

「……ありのまま私を?」

「まぁ大半はまだ夢物語に過ぎないがな。 ……ここで本題だ。俺は今、その国を作るための協力者の妖怪を探している。その国を作ろうとしている……紫ってんだけど、そいつに式になる妖怪を探してくれって頼まれたからだけどな。 ……もし玉藻が良いなら、その紫の式になってくれ。いや、俺個人としてもなってほしい。どうか頼まれてくれないだろうか」

 

 ようやく言えた。玉藻が目を覚ましてから、俺はずっとこの話がしたかった。玉藻に落ち着ける時間を与えるためにも、回復前に断られることで治療のモチベーションを下げないためにも、俺はこの話をするのを今まで我慢してきたのだ。

 

「…………」

「もちろん、無理にとは言わないが……」

「……やるよ」

 

 答えを急がせるつもりは無かったし、強制させるつもりも無かった。しかし玉藻は意外にも、すぐに結論を出してきた。

 

「! 本当か!」

「国を作る、ね。上等だよ、やってやろうじゃないか。そうだよ、無いなら作ればいいんだよ。真、私からもお願いする。その国作り手伝わせてくれ」

「勿論だ! よし、そうと決まれば早速……紫ー!」

 

 俺は左腕のリボンに向かって紫を呼び出す。もしかしたらまだ忙しいかもしれない。反応が無かったら幽々子の屋敷までスキマで移動しておこうと思ったが、その心配は杞憂だった。

 

「なぁに、真。いよいよ私の式になる決心を……ってあら、どちら様?」

「ふふ、長らく待たせたがついに見つけたんだ、紫の式候補。俺じゃなくて悪いが、俺と同じ狐の妖怪。多分俺以上に適任だと思う」

「貴女が真の言っていた紫という妖怪か? いきなりで恐縮だが私に貴女の国作り、手伝わせてはくれないか」

「……ふぅん」

 

 紫はそう言うと、玉藻のほうに目を向ける。玉藻の体をじろじろと見た後、紫はニヤリと笑みをこぼした。

 

「いいわね。妖力も申し分無いし頭も切れそう。貴女、名前は?」

「……好きなように呼んでくれて構わない。私はこれから貴女の式になるのだろう? もとより私の名は人間たちにそう呼ばれただけのもの。真に助けてもらった日、本当なら私は死んでいた。今日私は貴女の式として生まれ変わったも同然。是非貴女の式として名を与えていただきたい」

「……いいわね、ますます気に入った。 ……じゃあ貴女の名前だけど……うーん、どうしましょう。真、なにかいい名前無い?」

 

 紫が俺に振ってくる。まさかこんなところで話を俺に振ってくるとは思わなかった。

 

「え、俺?」

「そうだな、真がつけてくれるなら私も嬉しい」

「ほら、この子もそう言ってくれてることだし、いい名前お願いね」

「うーん…… いきなりそんなこと言われても……」

 

 二人が俺を、気のせいかもしれないが期待したような目で見てくる。なんだか責任重大な気がしてきた。俺は当初自分の名前に固執してはいなかったが、今では真という名前が気に入っている。本来名前とは自分の持ち物の中で体の次に大事なもの。それを授けるとあっては真剣に考えなくてはいけない。

 

「……そうだな、『(らん)』、というのはどうだ? 藍色、と書いて『藍』」

「……へぇ、どうしてそれを?」

「知ってるか? 虹の色では紫色の外側は藍色なんだ。紫の式として、紫を支えてくれるようにってな」

 

 頭をかつて無いほどフル回転させ、ようやくいい名前候補を思いつく。自分ではなかなかいいと思ったんだが、この二人はどう思うだろう。

 

「……いいじゃない、気に入ったわ。貴女の名前は今日から藍よ。そして私からは『八雲』の姓を与えるわ。これからは『八雲藍』と名乗りなさい」

「……八雲藍、か」

「では藍、手をこちらに。今から貴女を私の式にします」

「はい」

 

 玉藻前改め八雲藍が、紫に向かって手の甲を差し出す。紫はなにやらぶつぶつと呟いたあと、藍の手の甲に口付けをした。

 ……言っちゃ悪いが、ここだけ見ると紫が藍に忠誠を誓っているみたいに見える。というか俺が式になる場合は俺がこんなことをしなければならなかったのか。

 

「契約、完了……と。じゃあ藍、早速だけどやってもらいたいことがあるの。ちょっと来て頂戴」

「はい、紫様」

 

 そう言うと紫は、自分のスキマの中に戻っていった。

 おいおい、来て頂戴って言ったくせに自分でスキマを閉じてどうする……と思った矢先、藍が手をかざすと目の前に紫のスキマが現れた。

 

「……へぇ、紫の式になったら紫の能力も使えるのか」

「そのようだ、まだうまく使えないがな。さ、行くぞ」

 

 俺と藍は、藍が開いたスキマに入っていく。藍の開いたスキマを通っても、紫のスキマを通ったときのように気分が悪くなることは特に無かった。

 

 


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