東方狐答録   作:佐藤秋

24 / 156
第二十一話 紅美鈴

 

 藍が紫の式となり紫のスキマを使えるようになったが、俺だって左腕のリボンのお陰で少しだけだがスキマが使える。実はこのスキマ、紫は設定した場所にしか繋がらないと言っていたがそんなことはない。なんと設定していない場所にも無理矢理繋げることが可能なのだ。ただどこに繋がるのは俺にも分からない。とにかくこの世界のどこかに繋がるのだ。

 

「まるでグリードアイランドの呪文(スペル)カード『漂流(ドリフト)』みたいだな」

 

 自分の左上に巻かれているリボンを見ながら、誰に言うわけでもなく俺は感想を独りごちる。今日は、紫と藍は忙しく、幽々子も魂の管理の調節、文は瓦版の製作で椛は見張り、萃香は朝から起きる気配が無い。

 平たく言うと俺は暇だった。やることが無いなら無いでそれを満喫するだけなのだが、今日の俺はひと味違う。先ほど発見したこのスキマの使い方で、適当なところに行ってみようと思い立った。

 

呪文(スペル)カード、『漂流(ドリフト)』オン! ってか」

 

 俺はどこかに繋がったスキマを開き、その中に勢いよく飛び込む。飛び込む瞬間、これ海のど真ん中に繋がった場合ヤバいんじゃないかと脳裏によぎった。

 

 

 

 

 

「……はぁ~、海は海でも砂の海かよ。こりゃあ予想してなかった」

 

 いま俺は砂漠のど真ん中に立っている。開いたスキマが繋がったのはどこぞの砂漠の真っ只中だった。俺をここに吐き出したスキマはすでにもう閉じている。完全な一方通行だ。

 

「何が『漂流』だよ、あのゲームの呪文『漂流』は行ったことの無い村や町にランダムで飛ばす呪文だよ。まじでランダムなら『漂流』とは関係ねぇよ……」

 

 スキマに入る前とは打って変わってテンションが下がっている俺。俺は暑いのは好きではない。さっさとこんなところからはオサラバしたかった。

 しかし周囲は砂、砂、砂。どの方向に進めばいいのか全く分からない。

 もう一度先ほどのスキマを開いて別のところに行こうとも思ったが……なんか紫のリボンの模様が消えかけているんだよなぁ。もしかして回数制限があるのだろうか。だとしたら無駄に消費することはできない。

 とりあえず一直線にまっすぐ飛べば、砂漠からは抜けれるだろう。そう思った俺は、すぐに、適当な方向に飛んで行った。歩くことが旅の醍醐味なんて言う余裕は無い。

 

 

 

 砂漠の上を飛んでいると、砂の上でうつ伏せに倒れている人間を見つけた。何事かと思い、俺はその人間の横に降り立つ。

 そこにいたのは、赤く長い髪をした中華風の服を着た少女だった。妖怪……だろうか。少なくとも普通の人間ではない。普通の人間はこんな両腕の肌をさらした格好で、砂漠の直射日光の下に一人で来たりはしないだろう。

 

「紫といい、藍といい、妖怪たちの間で俺の前で気絶することが流行ってんのかね」

 

 そんな適当な皮肉を言いながら、とりあえずこの妖怪を助けることにした。少女の腕を自分の首の後ろに回し、肩を貸すような体勢で持ち上げる。そして俺は辺りに休める場所が無いか見渡した後呟いた。

 

「……どうしよう。砂を変化させるの大変なんだよなぁ」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 あのあと俺は砂漠の真ん中に変化で家を作っても後々不便になると判断し、スキマを開いて適当な所に移動した。スキマを開いたことで更に紫のリボンの文字が薄れる。もう数回しか使えなそうな雰囲気だ。

 

 今回のスキマは運良く森の中に繋がった。本当に運が良いのならば人里付近に繋がって欲しかったが、この際文句は言わないでおく。太陽の方向から、先ほどの砂漠からそう離れたところではないと判断できた。

 

 助けた女妖怪は(ほん)美鈴(めいりん)と名乗った。読み方自体は珍しいが、普通に会話できるので特に問題は無い。美鈴は礼儀のできた妖怪で、助けたことに何度もお礼を言われた。

 なぜ砂漠の真ん中で倒れていたのか聞くと、美鈴は苦笑いをして「修行です」と答えた。明らかな嘘だと思ったが、別に無理に聞き出すつもりも無い。言いたくないならそれで構わないし興味も無かった。

 

 美鈴は『気を使う程度の能力』を持っていて、全身に気を巡らせて治癒力を上げることができるらしい。三日もすればピンピンしていた。

 元気になったのならそのまま別れようと思ったのだが、「行く当ても無いので真さんについて行っても良いですか?」と言われ、断る理由も無いので了承した。

 

 

「真さんはなんの目的があって旅してるんですか?」

 

 美鈴にそんなことを聞かれた。いつもならば世界のいろんなものを見てみたいだのそれなりの理由があるのだが、今回は暇潰しの結果である。適当な場所にワープしてしまった結果、見切り発車的に始めたものだ。そこを説明するのは少し恥ずかしい。

 

「……別に無いが、美鈴の格好を見てたら餃子が食べたくなったな。そんなんでいいだろ目的なんて」

「……あー、いいですね」

 

 とりあえず頭に浮かんだことを適当に言っておいた。美鈴だって嘘をついているのだ、俺の答えに文句は言わないだろう。案の定言ってこなかった。

 

 周囲の風景には見覚えがない。もしかしたら海を越えて来たのだろうか。それならそうで、ここらは俺の見たことの無い場所と言うことだ。いろいろ見て回るのも悪くないと思った。

 

 

 

 

「美鈴の『気を使う程度の能力』って何ができるんだ? 響きだけだといろいろ汎用性がある能力にも思えるが」

「そうですねー。怪我を早く治すのと、あとは気を纏えば空も飛べますよ」

 

 適当な方向に歩きながら俺は美鈴と話していた。曲がりなりにも美鈴とはこれから一緒に旅をするのだ。少しは美鈴のことを知っておくべきだろう。

 

「……なるほど、気功と舞空術みたいなものかな? 名前の印象とは違って闘いに使えるものじゃなさそうだ」

「私にはこの体がありますからね。自分で言うのもなんですが結構強いですよ?」

「へぇ、肉弾戦なら俺だってそこそこ強いけどな」

「……勝負しますか?」

「いいよ」

 

 美鈴は、妖怪のくせに武術を好むという珍しい妖怪だった。普通の妖怪は妖力を使って間接的に何かしてくる。力のある鬼は鬼で、その力に物を言わせて武術なんかは使わないし…… まぁ萃香という例外もいるが。

 俺も少しは戦えることをほのめかすと、美鈴は目つきを変えて勝負を挑んできた。口調は丁寧なのに意外と好戦的な性格らしい。男である俺にも臆さず挑んでくるなんて、もしかしてかなり強いのだろうか。

 

 

「……負けたー! なんでそんなに強いんですかー!」

「はは、昔住んでた山に闘いが好きなヤツらがいてな。負けないように鍛えた時期があったのさ」

 

 とはいえ、鬼とタメを張る実力は備えている俺である。そう簡単に負けるはずは無かった。

 

 特に勇儀と萃香、あの二人と良く喧嘩して遊んだものだ。俺だって負けたくはないから、あらかじめ『答えを出す程度の能力』を使って格闘技術を身に付けた。簡単に言っているが一朝一夕で身に付くものでもなく、かなり大変だった思いをした覚えがある。

 

「美鈴は攻撃力に欠けているな。人間相手なら十分だろうが、妖怪である俺にとってはまだまだ弱い」

「そっかぁ…… 私も強いほうだと思ってたんですけれどね…… 真さん! いえ師父!」

「し、師父?」

 

 美鈴が目を輝かせて俺の顔を見てくる。自分より強い存在だからか少し憧れでもされてしまったのか。

 

「私はもっと強くなりたいです! 師父、私を鍛えて下さい!」

「……まあいいけど。一応弟子みたいなの昔いたし」

 

 美鈴の羨望の眼差しに、俺は頬をポリポリと掻きながら答える。ちなみに弟子みたいなのとは妹紅のことだ。妹紅と旅を始めた当初に生き残る術を一通り教えた。

 自分の知っていることであれば、教えることに抵抗は無い。それで美鈴が満足できるかは知らないが、美鈴よりも俺のほうが強いのは事実である。俺はひとまず了解した。

 

「……ただその師父ってのは止めてくれ、慣れない呼ばれ方は好きじゃない」

「分かりました真さん!」

「それと細かく教えるなんて真似、俺にはできん。手合わせなら好きなときに受けてやるからそれでいいか?」

「それでいいです! ……でもそれだと最初は全然太刀打ちできそうにないですねぇ……」

 

 美鈴が少し残念そうな顔をする。闘うことは好きなようだが、それでもやはり良い勝負がしてみたいのだろう。

 俺は美鈴に少しだけ、強くなるアドバイスをしてみることにした。

 

「……じゃあ一つだけ。気を体術に組み合わせてやってみろ」

「……気と体術を?」

「そうだ。気を体中に巡らせるのは治癒力を上げるだけじゃない。細胞を活性化させて身体能力も上がるはずだ」

「……確かに」

「それに気を一ヶ所に溜めることができれば、更に攻撃力は上がると思う。俺が言えるのはこれくらいかな?」

「なるほど……私の能力にはそんな使い方もあったんですね!」

 

 気を使うというのがどういうものなのかは分からないが、ドラゴンボールの気やハンターハンターの(オーラ)みたいなものだと俺は感じた。このアドバイスはあながち間違ってはいないだろう。

 

「では早速ですが真さん! もう一度私と手合わせして下さい! 真さんに言われて試してみたいことがたくさんあります!」

「え、またか?」

 

 先ほど俺にこてんぱんにやられたのに、またすぐ勝負を挑んでくる美鈴。どんだけ闘うことが好きなんだろう。サイヤ人か。

 

「好きなときに受けてくれるって言ってたじゃないですか! それにやはり経験を積むのは実戦が一番かと!」

「……いいだろう。じゃあもう一つ条件を追加だ。美鈴が負けたら罰として俺の言うことをなんでも一つ聞くこと」

 

 自分で言ったことなので渋々と了承する。しかしそう何度も挑まれるのは面倒だ。そうはならないように釘を刺しておく。

 それに実戦で経験を積むからには本気でやらなければ身に付かない。そのためには毎回勝つつもりで闘わなければ意味が無いだろう。

 

「ええ!? それはなんというかいくらなんでも……」

「真剣に取り組むためのちょっとした工夫だ。その代わり美鈴が俺に一撃でも食らわせられたら、そのときは俺が言うことを一つ聞いてやるよ」

「……真さんが一つ言うことを? ……分かりました。絶対ですからね?」

「ああ」

 

 そう言って俺は大きく頷く。必要なのは飴と鞭、挑戦的やる気と逃避的やる気を今回は与えた。

 

 さて、では改めて美鈴と戦うことにしよう。左手と左足を前に出して戦闘の構えを取る美鈴に、俺は『かかってこい』という意思をこめて右手をクイっと動かした。

 

 

 

 

「……あー! なんで私の攻撃が当たらないんですかもう! 真さん私の心読んでるでしょ!」

 

 数分後、またも美鈴に完勝した。なにやらひどい誤解を受けているが、俺はそんな特殊能力は持っていない。

 

「……アホか。気は俺には見えないが、どこに集まっているかぐらい分かる。攻撃する前から左手に気を集めてたら、右からの攻撃は牽制だって分かるだろ」

「……あ」

「それに一ヶ所に集めてばっかりだと他の部分の防御力も下がる。攻撃するときだけ気の流れを滑らかに素早く移動させるんだ」

「……はぁい」

 

 先ほど使い方を思いついたばかりなのだ、当然まだ使い方に慣れていない。やはり美鈴は俺に一撃すら入れることができなかった。

 

「さて、次への目標が分かったところで命令な」

 

 約束通り一つ言うことを聞いてもらう。こういうことは有耶無耶にしてはいけない。

 

「……な、なんでしょう」

「近くに川があったよな。じゃあそこで今日の夕飯の魚でも取ってきてもらおうか。最低四匹、目標十匹以上! できなかったら今晩は飯抜きだ、さあ行ってこい!」

「わ、分かりましたー」

 

 バタバタと美鈴が川のほうに走っていく。こりゃいいな、今回の旅は楽できるかもしれない。食料はいくらあっても困ることは無い、俺は俺で食べられるものを探しておこう。

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……はっ!」ピタッ

「うっ……まいった。もう尻尾二本程度じゃ敵わないな」

 

 美鈴は着実に強くなっていった。もともと体捌きは俺とあまり変わらない腕だったのだ、気の使い方をうまく融合することで美鈴の実力は飛躍的に伸びていった。

 初めは人間状態の俺にも歯が立たない美鈴だったが、今は尻尾二本出した状態の俺にも勝てる実力になっている。妖力の多さがそのまま強さへ繋がるとは一概には言えないが、それでも俺が尻尾を増やしたほうが強いのは事実だろう。

 

「……やったー! ついに尻尾二本の真さんに勝った!」

「……やられたよ。いつの間に中距離にも対応できるようになったんだ?」

「前々から真さんが妖力を弾にして撃っているのを見て、気でも似たようなことができないか考えてたんですよ。うまくいってよかったです」

「なるほどなぁ……」

「それより真さん?」

「はいはい、俺は何をすればいいんだ? 久しぶりの命令だな」

 

 こうして美鈴から命令を受けるのは四回目になる。一回目は一撃入れられたとき。二回目三回目はそれぞれ、尻尾無しの俺と尻尾一本の俺に勝利したときだ。最初は確か夕飯を豪勢にしろで、前回は俺の尻尾に触らせろだったかな。勝ったときのことをあまり考えていなかったようなので簡単な命令だった。しかしなんだか今回は嫌な予感がする。

 

「ふっふっふ、今回はあらかじめ考えておいたんですよねー」

「……できる範囲で頼むぞ」

「とても簡単なことなので安心して下さい。 ……ズバリ、真さんが尻尾を全部解放した姿を見せて下さい!」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声で美鈴に聞き返す。今こいつ一体なんて言った?

 

「だからー、尻尾九本全部出している真さんの姿が見たいです。真さんが狐の妖怪だってことは最初に教えて貰ったので知ってましたが、九尾狐(きゅうびこ)というのはこの間知りましたからね。しかもなぜかそのときの姿が嫌いとかで見せてくれませんし」

「……いいのか、そんなので。別に面白いもんでもないし、他のにしたほうがいいんじゃないのか?」

「いいんです!」

「ちっ」

 

 強情に意見を押し通す美鈴に、俺は軽く舌打ちをする。くそ、この姿はあんまり人に見せたことは無いんだぞ。この姿を見たことがあるのは神奈子に勇儀に萃香、あとは紫くらいか。

 

「さっさと見せて終わらすぞ。ほっ、と」

 

 しかしいくら嫌だといっても約束は守る。一応は師匠という立場なのだ、ここで決まりを反故にしたら俺への信頼が落ちてしまう。ぱっと見せてぱっと戻って、それでぱぱっと終わりにしよう。

 

「うわっ、凄まじい妖力……ってあれ? 真さんどこに……」

「下だ、もう少し下」

「下? ……うわっ、真さんなんですかその姿!」

「……だからあんまり見せたくなかったんだ」

 

 落ち着いてこの姿を見せたのは初めてと言っていい。自分より背の低かった者に見下ろされるというのは、なんとも言えない気分である。

 

「真さんが小さい…… かわいいー!」

「こっ、こら持ち上げるな!」

 

 美鈴が腋の下に手を入れて持ち上げてくる。自分で飛んでいないのに地面に足が付かない。

 大量の尻尾があるくせによく軽々と持ち上げられるものだと思ったが、よく考えたら俺の尻尾はなぜかとても軽いのでそう不思議なことでもなかった。

 

「普通の状態でも不釣り合いなほど大きい尻尾ですけど、この状態だともはや尻尾が本体ですね」

「やかましい! ほら、もう満足だろ。元に戻るぞ。よっ」

「きゃっ…… あーあ、元に戻っちゃった」

 

 尻尾を使って美鈴の手を跳ね除け地面に降り、尻尾を消して元の姿に戻る。美鈴が残念そうな顔をしているが、約束は守った。文句を言われる筋合いはない。

 

「……次お願いができるときに、またその姿を見せてもらいましょうっと。今度は時間も指定して」

「駄目だ駄目だ、同じの禁止! ってかこの命令だけは完全に禁止!」

「ええーなんでですかーかわいいのにー」

「……あれだ。全力の姿はそうそう見せるもんじゃないんだよ。『切り札は先に見せるな。見せるならさらに奥の手を持て』ってやつだ」

「ええー、真さんにはまだ何かあるんですか?」

「あるある。めっちゃある。ものすごいある」

 

 俺は適当に頷きまくるが、あながちそれも嘘ではない。例えば『答えを出す程度の能力』とか。実はこの能力の詳細を知っているヤツも意外と少ない。聞かれたらある程度は教えているが、そうそう自分の手の内はバラさないようにしている。一番知っているのはおそらく紫だろうが、紫でさえこの能力は声に出さないと使えないと思っているはずだ。

 

「本当ですか? ……まぁこれから引き出せるように強くなれば良いだけですよね。私たちの旅はまだ始まったばかりですよ」

「……だな。さ、とりあえず飯の準備するぞ」

 

 なんだかもう旅が終わりそうな台詞を美鈴が言っているが、やる気を出すことはいいことだ。

 しかし、最近は美鈴と闘ってばっかりで一向に旅をしている気分にはならない。思えばまだ人里の一つにも訪れていない。

 明日からは少し進んだところに行こう。そう決意し、美鈴と共に修行の後の腹ごしらえをすることにした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。