東方狐答録   作:佐藤秋

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文「真さんのお土産話後編です! 今回は妖怪の山での話、紫さんの住処での話の二本ですね。地底には行けなかったみたいです。
 あ、はたてが地味に初登場ですがそこは気にしない方向で。それではどうぞ」



第八十四話 お土産②

 

 『妖怪の山』

 

文「ん…… これ美味しいですね、お酒に合いそう」モグモグ

 

はたて「本当。でもこれ顎が疲れるわね」モグモグ

 

真「……おいこらお前ら、あんまり食うなよ。これは椛へのお土産なんだからな」

 

文「……え、そうなんですか? てっきり私たち全員へのお土産かと…… ほら、天狗の絵が描いてありますし」

 

はたて「ビーフジャーキー…… まぁ要は干し肉と同じかー」

 

真「……お前らには別のお土産あげただろうが」

 

文「お土産が一つとは限らないじゃないですか」

 

真「……まぁそうだが、とりあえずこれは椛にあげたんだぞ。食うなら椛に許可を……」

 

椛「いえ、真様大丈夫ですから。私も十分いただいてます。とても美味しいですねこれ」フルフル

 

真「! そうか! もっと食べていいからな! ほら、あーん」

 

椛「え、ええ!? ……あ、あーん…… んっ……」///

 

真「よぉしいい子だ! かわいい!」ナデナデ

 

椛「……」///

 

文「……いいなぁ、椛。真さんに可愛がってもらえて」

 

はたて「いや、あれ犬扱いされてない?」

 

文「撫でられて羨ましいことには変わりないでしょう? ……椛の尻尾がいつにも増して活発に……」

 

はたて「……まぁ、そうね」

 

文「はたても山の宴会にもっと参加すれば、真さんに撫でられる機会が増えますよ」

 

はたて「いや……大勢が集まる場所はどうも苦手で……」

 

文「この前やった守矢神社主催の宴会にも来ませんでしたからねぇ…… あ、そういえば、はたてがあの宴会に来てなかったから、はたてが真さんから何のお土産をもらったのか知らないんですけど。さっき真さんが『お前らにはあげた』って言ってたし、はたてもお土産もらったんですよね?」

 

はたて「ええ。わざわざ私の家まで訪ねてきてね。律儀なもんだわ」

 

文「え、いいなー。何をもらったんですか?」

 

はたて「ん、これよ」スッ

 

文「……え? あ、このカメラ(携帯電話)についてる貝殻のやつですか?」

 

はたて「ストラップって言うらしいわ。私のこのカメラ(携帯電話)だからこそ付けられる代物よ」

 

文「うわ、完全にはたて専用のお土産じゃないですか! いいなー! ……でもなんで貝殻?」

 

はたて「さあ? 真に聞いたら『駄洒落みたいなもん』って言ってたわ。もしかするとこの貝の名前が私の名前に似てるとかかしら」

 

文「あ、あれじゃないですか? 貝の妖怪の『(しん)』から取ったとか」

 

はたて「……自分の名前の物をお土産に買ってきたわけ? え、なにそのセンス、ありえなくない? ……そうだとしたら少し恥ずかしいわね」

 

文「……まぁそこまで変なものでもないし、いいんじゃないですか?」

 

はたて「……となると私も自分の名前の物をお返ししたほうがいいのかしら? 姫海棠の花を模した髪飾りとか……」ブツブツ

 

文「……はたて?」

 

はたて「へ? ああそうね、うん。それで、文のほうは何をもらったの?」

 

文「私ですか? ズバリこれです!」シャキーン

 

はたて「……眼鏡?」

 

文「はい、そうです! はたてみたいに専用のお土産というわけではないですが、これはこれで気に入ってます!」

 

はたて「……アンタって目ぇ悪かったっけ」

 

文「いえ。これは伊達眼鏡と言って、アクセサリーみたいなものらしいですよ?」

 

はたて「へー、そうなの。 ……うん、結構似合ってるじゃない」

 

文「えへへー、そうですか? ならいいですけど…… 真さんって眼鏡好きだったりするんですかね?」

 

はたて「さあ。単なる『もっと賢くなってくれ』っていうメッセージなんじゃない?」

 

文「それは無いと思います! むかし真さんに、『文はカラスだからか頭がいいなぁ。鳥頭じゃないんだな』って言われたことありますし!」

 

はたて「(……それは馬鹿にされてるんじゃないのかしら)」

 

文「真さんに限ってそれはありえません! 素直にそう思っただけのはずです!」

 

はたて「心を読むな!」

 

文「……それにしても、はたてと比べると私のお土産のほうがショボく見えてきましたね……」

 

はたて「そんなことはないでしょ。値段で言ったら文のほうが高いんじゃない?」

 

文「ですが私のは私専用ってお土産じゃないですし……」

 

はたて「いや、専用とかそうそうあるもんじゃないでしょうに…… どんなのだったら納得できるのよ」

 

文「そうですね…… 左手の薬指にぴったりな、給料三か月分の指輪とか!」

 

はたて「アホか! 文は人間社会の文化に毒されすぎ! それに指輪って文専用でもないし!」

 

文「む、言われてみれば…… ですが折角真さんがいることですし、ここはひとこと文句を言っておきましょうか」

 

はたて「……やめときなさい。 ……あら?」

 

にとり「……やあやあお二人さん、ごきげんよう」

 

はたて「にとりじゃない。こんにちは。どうしたの? 椛ならあそこで真と戯れてるけど」

 

にとり「あ、ほんとだ、楽しそう。 ……でも今日は椛じゃなくて、二人に用があって探してたんだよね」

 

文「え、私たちのほうに、ですか? 一体なんの用でしょう?」

 

にとり「うん、あのね、真のお土産の話になるんだけど……」

 

文「お、もしかしてにとりさんも真さんからのお土産に文句があるんですか?」

 

はたて「まさか、アンタじゃあるまいし……」

 

にとり「ははは、文は真からのお土産に文句があるの? それならその評価は変わると思うなあ」

 

文「え、それはいったい……?」

 

にとり「……これが今回私が真からもらった外の世界のお土産なんだけどさ」スッ

 

はたて「……んー? 外の世界の機械ってやつかしら…… その形は……」

 

文「ま、まさか! それってもしや外の世界のカメラでは!?」

 

にとり「正解! デジタルカメラって言うらしいんだけど、まぁそんなことはさておいて……」

 

文「ええー…… どうして真さんは、それを私にではなくにとりさんに……」

 

にとり「そのほうが一石二鳥だからね。私は機械をいじれるし、その結果文たちにも新しいカメラを渡せるし」

 

文「……と、言いますと……」

 

にとり「さっき真の協力でデジタルカメラの仕組みがようやく分かったところでね、その技術を駆使したカメラがやっと完成したんだよ! ……だから二人には新しいカメラを届けに来たの」

 

はたて「ああ、なんで真が妖怪の山に来てるのかと思ったらにとりが呼んでたんだ」

 

にとり「そういうことだね。はい、二人の分」スッ

 

文「……おおおおお! まさかこんなお土産も用意していたなんてさすが真さん! 一生ついていきます!」

 

はたて「調子がいいなぁ…… ありがとねにとり」

 

文「にとりさんもありがとうございます!」

 

にとり「いえいえー。私も面白い研究ができたしね。最近は守矢神社の影響で、いろいろな技術がこの山に広がってるみたいで楽しいんだー」

 

文「あー、らしいですね」

 

にとり「……ん? 文、その眼鏡は……」

 

文「これですか? これは真さんからのお土産ですが……」

 

にとり「ふむ、眼鏡……カメラ…… 閃いた! 眼鏡にカメラの機能とか面白そう!」

 

文「え……」

 

にとり「見ている映像をそのまま写真にできる! ズーム機能なんかも入れられたらいろいろ便利かも! 二つのものを一つに組み合わせるというのは発明の基本だからね…… ちょっと用事ができたから私はこれで失礼するよ!」シュタッ

 

文「あ、はい、さようなら。 ……行っちゃった」

 

はたて「(せわ)しないなぁ……」

 

文「……でも眼鏡にカメラかぁ、面白そうではありますよね。 ……はっ! もしや真さんはそれを見越してこれをお土産に!?」

 

はたて「いやぁ、それはさすがに無いと思うけど……」

 

文「とりあえず真さんにお礼を言いに行きましょう! ついでに抱きついたりなんかしちゃったり……」

 

はたて「……そうね。お礼を言うことには賛成よ」

 

文「……真さーん!」

 

 ~終~

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 『迷い家』

 

橙「……ぷはぁ~。もうお腹いっぱいです!」

 

真「お疲れ。 ……たくさん食べたなぁ」

 

橙「だって真さまが外の世界から獲ってきてくれた海の魚ですから! とっても美味しかったです!」

 

真「はは、ならよかった。まだ残ってるからまた今度食べような」

 

橙「はい! 真さまありがとうございました」

 

真「なに、橙が修行を頑張ったからだよ。それに俺は紫と藍に頼まれただけ。お礼を言うのは二人にだ」

 

紫「ふふふ……よく分かっているじゃない」

 

橙「そうでした! 紫さまも藍さまもありがとうございます!」

 

紫「はい、よくできました♪」

 

藍「……真に台詞を取られてしまったな。その通り、橙の式としての修行に一段落ついたからだよ。よく頑張ったな、橙」

 

橙「えへへ……」

 

紫「……それに、海の魚も結構美味しかったしねー。お酒に合うわぁ」

 

真「だなー。少し飲みすぎたかもしれない……っと」ゴロン

 

橙「あ、真さま、食べた後にすぐ寝るとお体に悪いですよ!」

 

真「大丈夫。眠るのは確かに体に悪いが、横になること自体はむしろ体にいいんだぞ」

 

橙「え? そうなんですか藍さま?」

 

藍「さあ…… 真が言うならそうなんじゃないか?」

 

橙「へぇ~……」

 

藍「……さて、私はそろそろ片付けに入るか」

 

真「あ、そうだな。手伝おうか」ムクリ

 

藍「いい。真はそこでゆっくりしててくれ。まだ真は客人だからな」

 

真「そうか、悪いな」

 

藍「紫様。お酒以外、空いたお皿は下げますよ?」

 

紫「ええ、お願い」

 

藍「では」スッ

 

真「……紫はまだ飲むのか? 酒に強いなー」

 

紫「真が弱すぎるのよ」

 

真「俺は量が飲めないだけだと思うんだが…… 少なくとも橙よりは強い」

 

紫「そりゃあ橙は飲んだこと無いから……」

 

橙「……真さま真さま、私もお酒を飲んでみたいです」

 

真「ん? はは、橙にはまだ早いかなー」

 

橙「えー…… どうしても、ですか……?」ジーッ

 

真「う…… ま、まぁ少しならいいんじゃないか?」

 

紫「(弱い)」

 

橙「やたっ! ……えーと」

 

真「……ほら、俺の杯だがまぁいいだろ。 ……一杯だけだぞ?」

 

橙「はい! ……」クピクピ

 

真「……どうだ?」

 

橙「……変な味です。 ……ふにゃっ?」グラッ

 

真「っと。やっぱり橙には早かったな」ダキッ

 

橙「……ん~、頭がグラグラします……」

 

真「よしよし。ちょっと待てば治るからな」

 

橙「……にゃぁ……」

 

真「(かわいい)」ナデナデ

 

橙「んふふ……」

 

紫「(いいなぁ…… でも橙も楽しそうだし、邪魔しないでおきましょう)」

 

真「……さて、残った酒は俺が飲むか。 ……でも酒だけってのはちょっとキツいかな……」

 

紫「(……真から私へのお土産、微妙だったなー、私と同じ名前のふりかけって。でもご飯に混ぜ込んでおにぎりにするとお酒に合うという……)」モグモグ

 

真「お、紫。それ一口くれ」

 

紫「え、これ? 食べかけだけど」

 

真「いいよ、別に」アー

 

紫「そ、そう。はい」ソーッ

 

真「……ん、うまい。サンキュー」

 

紫「(……ま、いいか)」

 

真「……っふー、食べたし飲んだー」ゴロン

 

橙「わぁっ」

 

真「へへー、ちぇーん」ギューッ

 

橙「んぅ……暑い……」

 

藍「……ん。片付ける物はもう無いですね」

 

紫「ええ、ありがとう藍。残りは自分で片付けるから」

 

藍「いえ、私がやりますよ。紫様のお酒が無くなるまで、ゆっくりとお待ちしてますので」

 

紫「そう? 悪いわね」

 

藍「私は紫様の式ですから。 ……おや? 真と橙は……」

 

橙「……あ~、藍さま~……」スルッ

 

真「あっ……」

 

藍「ん? ああ、横になってたのか。 ……どうした橙?」

 

橙「んふふ……藍さまいいにおい……」ギュー

 

藍「? ……あ、橙お前顔が赤いぞ。もしかして酒を飲んだりとか……」チラリ

 

真「……」ムー

 

藍「(……なぜ私は真に睨まれているんだろう)」

 

橙「……藍さま~……?」

 

藍「……ま、まぁめでたい日だし固いことは言うまい」ナデナデ

 

真「……おい紫、ちょっと」

 

紫「? どうしたの?」

 

真「……もっと俺のほうに詰めてこい」

 

紫「? ……これでいい?」

 

真「ん……もっと近く」グイッ

 

紫「きゃっ」ドサッ

 

真「んん……」ギューッ

 

紫「あ、あわわわわ……」

 

真「……んー」マンゾク

 

紫「(え? え? なにこの素敵体験! ……酔ってる真に抱き癖が出ることは知ってたけど、実はこうされるのはかなり久しぶりだったり…… 大体、真の膝に乗せられるのは私よりずっと小さい子たちばっかりだし、小さいころは真がお酒を飲む機会がほとんど無かったから……)」

 

真「~♪」ポン

 

紫「(しかもこれは膝に乗せられてるのではなく、抱き締められたまま一緒に寝るという抱き枕状態! 外でやる宴会のときには絶対にしない体勢! こ、これは……)」

 

真「……んー、紫もいつの間にか大きくなったなー……」

 

紫「(……なんという幸せ…… このひとときを失いたくない……)」ギュッ

 

真「……お? ……はは、紫もまだまだ子どもだなぁ……」ナデナデ

 

紫「(えへへ…… はっ! ら、藍は!?)」

 

藍「(紫様……おめでとうございます! 私たちのことはお気になさらず!)」グッ

 

紫「(ら、藍…… ありがとう、素敵な式を持てて私はなんて幸せ者なのかしら……)」

 

藍「……橙、私たちは酔いを()ますために少し風に当たろうか」

 

橙「……? はい……」ギュッ

 

真「んぅ……? あいつらどっか行ったな……」

 

紫「……それより真…… 昔みたいに手を握ってくれない……?」

 

真「ん。 ……懐かしいな。紫は、出会ったころは他の妖怪に狙われる不安があったせいで、こうして手を握ってないと眠れなかったっけ。 ……けど、紫はもう十分強いだろうに」

 

紫「……いいの。こうしたら安心できるから」

 

真「……そうか」ギュッ

 

紫「(……あったかい。 ……やっぱり安心できるわね……)」スッ

 

真「ふふ…… 目を閉じてしまえば、寝顔は昔と変わらないな……」

 

・・・・・・

 

紫「……」スースー……

 

真「(……紫寝ちゃったなー。布団に運んでやったほうがいいかもしれん。 ……っと、その前に水を一杯飲みたいな)」スッ

 

真「……ふぅ。 ……ん?」

 

藍「……む、真か」

 

真「お、藍。外に行ってたのか」

 

藍「ああ。 ……紫様は?」

 

真「もう寝てる。昔から睡眠時間は減ってないみたいだな」

 

藍「そうか。橙ももう眠ってしまってな、外では冷えると思って中に戻ってきた」

 

橙「……」ムニャムニャ……

 

真「……それならもう、ここで紫の隣に寝かしとくか。布団は変化で用意するとして」

 

藍「ああ、ではそうしてもらうとしよう。部屋まで運ぶと起こしてしまうかもしれないからな」

 

真「……だな」ボワンッ

 

紫「……」スースー……

 

橙「……」ムニャムニャ……

 

真「……よし。じゃあ二人を起こさないよう部屋から出るか。俺は酔い醒ましに外の風にあたってくる」

 

藍「そうか。なら私も一緒に」

 

真「藍はさっきも外にいただろう? 寒くないのか?」

 

藍「平気だ。それに寒くなったら真が暖めてくれるんだろう?」

 

真「……まぁ、変化で毛布くらい簡単に作れるが」

 

藍「……先ほど紫様にしたみたいにして暖めてくれてもいいんだぞ?」

 

真「……やめとく。藍が相手だと俺が暑くなりそうだからな」

 

藍「おや、残念だ」

 

真「……からかうなよ。じゃあ行くぞ」

 

藍「……別にからかってなどいないんだが……」

 

・・・・・・

 

真「ん…… 風が冷たい。でも気持ちいいな」

 

藍「そうだな。 ……真、ありがとな。海の魚に、橙はとても喜んでいたよ」

 

真「頼まれたことをこなしただけだけどな。それに俺も外の世界に出れて楽しかったし」

 

藍「それでもだ。 ……まぁ随分と長い間、外の世界にいたようだがな」

 

真「はは、いろいろあったんだ」

 

藍「……時に真。今回外の世界に行ったお土産をいろんなヤツに渡しているみたいだが、私には用意していないのか?」

 

真「う…… それなんだが、実は無いんだ…… というのも、俺は人物を思い浮かべてそれに合うお土産を買うんじゃなくて、外の世界にある物を見て『あ、これあいつに合いそうだ』って物をお土産にしてたからな…… 買ってないヤツも何人かいるんだよ……」

 

藍「……そうか。期待していたわけではないが、それでも少し残念だ……」

 

真「(う……)」ズキン

 

藍「……」

 

真「……た、ただな、外の世界でのお金が余りそうだったから、使い切ってしまおうとお土産以外の物もいろいろ買ったんだ。その中の物で悪いんだが、藍にあげたいと思うものを見つけてな。 ……よ、よかったらもらってくれないだろうか……?」

 

藍「……え?」

 

真「……これなんだが……」

 

藍「……金色の、櫛……?」

 

真「……ほら、藍と言えばやっぱりその綺麗な九本の尻尾かなと。いつも消している俺とは違い、手入れも大変なんじゃないかと思って…… いや、これも後付けの理由だな、すまん……」

 

藍「……」ポカン

 

真「……こ、これじゃだめか……?」

 

藍「………………あ、いや、いる。 ……ありがとう。大切にするよ」

 

真「そ、そうか、ありがとう! ……それと、櫛を渡すってのは縁起が悪いものだと聞いたことがあるが、気にしないでくれると助かる」

 

藍「……ああ、そうだな。(……もっとも、男性が女性に櫛をプレゼントすることのはまだまだ別の意味もあるんだが。ふふ……まぁ真は知らないか)」

 

真「……ふぅ、よかった……」

 

藍「……それにしても、後々にだとしても用意してたなら『買ってない』なんてわざわざ言わなくても、さも元々買っていたように渡せばいいだろうに。真は馬鹿だな」

 

真「いや……それだと嘘をついていることになるし……」

 

藍「馬鹿正直だよ、本当に。 ……でも、まぁそれが真なんだよな」

 

真「……俺は嘘も普通につくけどな」

 

藍「……さて、それじゃあ早速真からもらったこの櫛で…… そうだ真、私の尻尾を()いてみないか?」

 

真「……む、俺がか?」

 

藍「そうだ。少しくらいなら自由に触ったりもしていいぞ?」

 

真「はは、魅力的だな。でも遠慮しとこう」

 

藍「……」

 

真「……あれ、どうした?」

 

藍「……どうしてだ? 昔から真はいつもそうだ、触っていいと言っているのにいつも断る。私が人里を歩くときは触らせてほしいと頼んでくる(やから)もいるというのに…… 綺麗だと言ってくれたのは単なる世辞か?」

 

真「え? い、いや、そんなわけ無いだろう、本心だ」

 

藍「……それならなぜ断るんだ」

 

真「え、ええと…… 藍の尻尾はとても綺麗だと思うし触りたいとも思う。だが……」

 

藍「……だが?」

 

真「……は、恥ずかしいだろ、やっぱり…… 子どもじゃない異性の体に触れるというのはどうしても…… その相手が魅力的ならなおさらだ」

 

藍「……ほ、ほう、そうか……」

 

真「そ、そうだ……」

 

藍「……しかし私が触れてもいいといってるのだから、気にする必要などどこにも無いと思うが……」

 

真「いくら許可を貰ってもな…… それに俺も尻尾を持つ身だから、触られる気持ちも知ってるし……」

 

藍「………………分かった、言い方を変えよう。『触れていい』ではなく、私が『触れてほしい』のだ。私がくすぐったさなどを感じることも含めて、真には尻尾に触れて、櫛で梳いてほしい。 ……こういった『お願い』だとしても、真は羞恥心が勝るからと言って断るのか?」

 

真「い、いや、それは……」

 

藍「それに尻尾は自分で見にくいしな。見ず知らずの相手なら露知らず、真に触れられて私が不快になろうはずも無い。後は真さえ不快じゃなければ、この櫛を受け取って梳いてほしいのだが……」

 

真「……わ、わかったよ…… できるだけ優しくするからな……」

 

藍「……私がお願いしてるんだ。真の好きなようにやってくれ……」クルリ

 

真「では……」

 

藍「……ん……」ピクン

 

真「(……優しく、丁寧に……)」ソッ

 

藍「……」

 

真「……」スーッ

 

藍「……どうだ?」

 

真「……柔らかくて、手触りもいい。それにやっぱり綺麗だな…… ずっと触れていたくなる……」

 

藍「そうか…… 真が望むならそれもいいな。私もずっと触れていてほしい……」

 

真「……」///

 

藍「ふふ……好きなようにと言ったのに、やはり真の触り方は優しいな」

 

真「そ、そうか……? ならいいんだが……」

 

藍「ゆっくりなのは大いに結構。時間がかかるならその分、真に長く触れてもらえる」

 

真「さ、さっきから恥ずかしい台詞をなんの臆面も無く……!」

 

藍「だって遠まわしに言ったって、真に言葉の裏を読むのは無理だろう? 真に触れてもらえる喜びは、こうしてストレートに表現しなければ……」

 

真「! ら、藍の尻尾は手入れするまでも無くサラサラだから、そう時間はかからないと思うぞ! く、櫛を渡すまでも無かったかもなー」アセアセ

 

藍「せっかく真がくれたんだ、それだけで私には十分意味がある。 ……それに効果が無かろうと一度始めたのだから、真には少なくとも九本全部やりきってもらわなければ……」

 

真「そ、それはまぁそのつもりだが……」

 

藍「……ならいい」

 

真「……で、では続きを……」スーッ

 

藍「(……まだ一本目。櫛が小さいものでよかったかもな……)」

 

真「……」

 

藍「……」

 

真「……」

 

藍「……」

 

真「……な、なぁ藍。そろそろ二本目の尻尾に移ろうと思うんだが、その前にちょっといいか……?」

 

藍「……ん? なんだ?」

 

真「そ、そのだな……一瞬でいいから藍の尻尾を……その……ギュッとしてみたいんだが……」

 

藍「!」

 

真「す、梳いたあとだと頼めないだろう? だから今しか無いと思って…… だ、駄目か?」

 

藍「……いいぞ」

 

真「! ほ、本当に!?」

 

藍「ああ。言っただろ? 真の好きに触ってくれと」

 

真「そ、それじゃあ失礼して……」ソーッ

 

藍「(ん……)」

 

真「……」ギュー

 

藍「(……ふふ、あくまで私を不快にさせないよう、強く抱き締めたりはしないのか…… 私は別に構わないのに。 ……しかし、それでも今は真を近くに感じる……)」

 

真「(……柔らかい。綿や羽毛とはまた別の、全てを受け入れてくれるような柔らかさ…… 俺が自分の尻尾でやっても、こうはならないよなぁ……)」

 

藍「……」

 

真「……」

 

藍「……」

 

真「……はっ! わ、悪い!」パッ

 

藍「(あ……)」

 

真「一瞬だけって言ったのにあまりの心地よさに思わず……」

 

藍「……真」クルリ

 

真「ご、ごめん!」

 

藍「(……尻尾を梳いてもらうだけで十分のはずが、こうもされると更に欲が……)」

 

真「ら、藍……?」 

 

藍「……ふふ、何を謝ってるんだ真は。私だって真に尻尾を抱き締められて、心地よさを感じていたというのに」

 

真「え……」

 

藍「……『触れてほしい』、と言っただろう? 尻尾を抱き締める程度で私はとやかく言ったりしないさ……」スッ

 

真「ら、藍? 距離が近……」

 

藍「……本当はもっと触れてほしい。尻尾だけではなく、私の体の隅々まで……」ピトッ

 

真「あ……」

 

藍「……そして私も、真のいろんな所に触れてみたい。 ……真の温もりを感じたい……」ギュッ

 

真「ら、藍、胸が……」

 

藍「……ふふ。手で、腕で、胸で、肌で……全身で真に触れているな…… よければ真からも、私を抱き締めてはくれないか……?」

 

真「え? ええと……」

 

藍「……両腕を私の背中に回して……」

 

真「こ、こうか……?」ギュッ

 

藍「ああ。 ……真の心臓の鼓動が聞こえてくる。 ……ものすごく早く波打ってるな」

真「そ、そりゃあ当然だろ…… こんだけ密着なんかしてたら……」

 

藍「……私も同じ、心臓が早く波打ってるのが伝わるか……?」

 

真「う……(藍の心臓部分に意識を向けたら、また柔らかい感触が……!)」

 

藍「……まるで真と体が一つになったみたいだな。 ……もっと、もっとだ。お互いの体の境界が分からなくなるまで、もっと強く抱き合いたい……」

 

真「(か、顔が熱……!)」

 

藍「……身を寄せて、手を握って、胸を合わせて、あとは互いの唇を……」

 

真「(藍!? ま、まさかキ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 ガタンッ!

 

真・藍「!?」バッ

 

真「だ、誰かいるのか!?」

 

藍「紫様!? そ、それとも橙か!?」

 

 ………………シーン

 

真「ど、どうやら、どっちかが寝返りでも打った音みたいだな……」

 

藍「だな…… 二人とも寝室に運んでおくべきだった……」

 

真「……そ、そうだな! 今からでも遅くない! 二人を部屋に運んでおこう!」

 

藍「え、いやその必要は…… それより続きを私の寝室で……」

 

真「とにかく運ぶ! そして酔いも醒めたからもう寝よう! 藍お休み! 二人は任せろ!」

 

藍「えっ、あっ、ちょっ……」

 

 

 

藍「……」

 

藍「……おしい」チェッ

 

 ~終~

 

 


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