東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十七話 水橋パルスィ

 

 地底の町中を歩き回る。何日もかけて、もう地底の町中はあらかた回った。あとは回っていないのは町の端っこくらいのものだ。

 町の端っこの川が流れている場所で勇儀に会った。川には橋が架けられており、こっち側までが町、向こう側が外といった目安になっている。

 

「おや? 真じゃないか。こんなところまで見回りかい?」

「よう勇儀。まぁそんなところだ」

「ご苦労だねぇ。 ……そういえば真は地霊殿に住んでるんだったね。さとりのヤツは元気してる? 相変わらず引きこもってるみたいだけど」

「そうだな、元気に引きこもってるよ」

「そりゃあなにより」

「……ところで勇儀。さっきからそちらでパルパル言ってる子は、一体どこのお嬢さんだ?」

 

 勇儀は一人ではなく、金髪碧眼の少女と共にいた。尖った耳をしたその容姿はなんとなくエルフをイメージさせる。勇儀と少し話をしていると、少女はじーっとこちらを見て、どこからかパルパル鳴きだした。

 

「ああこいつ? 地底に来たときに知り合ったんだ。なかなか面白いヤツでさぁ」

「そうなのか。えーっとよろしく。勇儀の知り合いで、真っていうんだ」

 

 勇儀の知り合いなら、俺も知り合っておいて損は無い。こういうのは第一印象が物を言うんだ。あまり馴れ馴れしくならないように、しかしフレンドリーを心がけて、できるだけ笑顔で自己紹介する。

 

「ふん。狐の妖怪ごときが鬼から話しかけられるなんて妬ましいわね」

「……は?」

 

 少女の表情はあまり変わらず、それどころかさらに眉をひそめて俺の言葉に反応した。あまりに予想外の反応に俺は少し言葉を失う。

 

「どうだい? 面白いだろ」

「いや、なんか初対面で罵倒された気がするんだけど、気のせいか?」

「こいつは嫉妬妖怪の水橋(みずはし)パルスィ。だいたいいつもこんな感じなんだ」

「誰が嫉妬妖怪よ。一応種族は橋姫(はしひめ)だからね」

「……なるほど、嫉妬することが存在意義の妖怪なわけね」

 

 だから最初に『妬ましい』とか言われたのか。いきなり睨まれて毒を吐かれたから嫌われたのかと思った。恐らく彼女は誰に対してもこういう風に接しているのだろう。

 しかし勇儀はこいつのどこが面白いと思ったのだろう。苗字が漢字なのに名前が横文字のところだろうか。

 

「いや、パルパル言ってるから馬の妖怪かと思ったよ」

「……アンタの中の馬ってどんなイメージなのよ」

「パルパルモーンって鳴くじゃん。もしくはメルメルメー」

「アンタどんな耳してんのよ。独創的すぎるわよ、妬ましい」

「それにしてもパルスィ…… パルスィねぇ……」

 

 最近どこかで聞いた名前の気がする。えーっとどこで聞いたんだったかなぁ……

 

「……なによ、私の顔をじっと見て、妬ましい」

「ああ、そうだ。ヤマメの会話に出てきたんだ。キスメともう一人の話し相手の名前が確かパルスィだった」

「……ヤマメのことを知っているってことは、アンタが地底を見張りに来たっていう妖怪ね。土蜘蛛の噂を聞いてなおヤマメに会いにいったそうじゃない。その行動力、妬ましいわ」

「やっぱヤマメの知り合いだったか。名前しか聞いてなかったけどこんなヤツだったんだな」

「それに初対面のくせに人見知りのキスメと仲良くなったらしいじゃない。妬ましいわね」

「……勇儀、こいつ面白いな」

「だろ?」

 

 なんでもかんでも妬んできてなんだか面白い。よくよく聞いてみると別に暴言を吐かれているわけではないのだ、ただ妬んできているだけ。相変わらず目つきは鋭いままだが、俺はそういう目は嫌いじゃない。

 

「……一体なにが面白いのよ」

「全部。なんかもう顔まで面白く見えてきた」

「なによそれ、失礼じゃない?」

「いや、そんなかわいらしい顔してるくせに『妬ましい』『妬ましい』って言ってる姿がなんとも珍しくてな」

 

 嫉妬とは、字を見たら分かる通り女の感情であるイメージが強い。その中での嫉妬の対象は、色恋沙汰や自分より美人な女であることが多いだろう。

 そのくせ顔が整っているパルスィが嫉妬の念を発していることが、なんともおかしくてたまらなかった。

 

「……ふん。もういいかしら。私はこれからヤマメのところに行くのよ。話し込んでいる暇は無いわ」

「あれ? 勇儀と何かやってたんじゃないのか?」

「勇儀とは偶然会っただけ。別に用事は無いわ」

「ふーん。じゃあ俺もついていっていいか? そろそろヤマメに会おうと思ってたんだ」

「……好きにすれば?」

「おう。じゃあな、勇儀」

「はいよ。パルスィもまたあとでね」

 

 そう言って勇儀は手を振りながら去っていった。

 

 

 

 

 勇儀と別れて、パルスィと共にヤマメのところへ出発した。パルスィは一人で先に行ってしまうかとも思ったが、逐一後ろを振り返り、俺がついてきているか確認してくる。あの口の悪さで気遣いが出来るとはますます面白い。俺はパルスィの横に並んで、一緒に歩くことにした。

 

「私より背が高いじゃない、妬ましい」

「俺より背が低くてかわいらしいじゃないか、妬ましい」

「なによその大きな尻尾、大妖怪ってこと? 妬ましい」

「尻尾すらなくて動きやすそうだな妬ましい」

「……ちょっと何よさっきから」

「綺麗な緑色の目をしているな妬ましい。その洋服似合っているぞ妬ましい。さりげに気遣いができるその優しさが妬ましい」

「ええいやめなさい。それは私のよ」

 

 パルスィの口癖はなんだかつい言葉にしてしまう魅力がある。

 そうこう話しているうちに、ヤマメのところにたどり着いた。

 

「おーいヤマメー、遊びに来たぞー」

「はいはい……ってパルスィもいるじゃないか。いつの間に真と知り合いになってたんだい?」

「ついさっきよ。ヤマメのところに行くって言ったらついてきたの」

「パルスィが、ヤマメのところに行くって言ったからついてきてみた」

「いま聞いたよ。なんで同じこと二回繰り返したのさ」

「大事なことなので二度言ってみた」

「別にそれほど大事でもないじゃない。まぁいいや、二人とも入りなよ」

 

 お言葉に甘えて邪魔させて貰うことにする。今日はキスメはいないみたいだ。

 ヤマメは俺たちを中に出迎えた後、奥の部屋へと引っ込んでいった。おそらくお茶でもいれに行ったのだろう。

 

「なによアンタら、仲良いじゃない。妬ましいわね」

「まぁ何回か来てるしな。今日ももともと用事が済んだらここに来るつもりだったんだ。ちゃんとお土産も持ってきたし」

「……? なにも持ってないじゃない。まさか『僕自身がお土産だよ』とでも言いたいの? キモいわよ」

「それはキモいな。違う違う、土産はこれだよ」

「……葉っぱ?」

 

 俺が懐から取り出した木の葉を見てパルスィが首をかしげる。俺は変化の術を解いて葉っぱを元に戻した。

 

「じゃん」

「……なによこれ」

「プリンだ。甘いぞ」

「甘いってことは食べ物なの?」

 

 パルスィは目つきの悪さはそのままに、じーっと俺のお土産を見つめだす。どうやらプリンのことは知らないみたいだ。

 

「これはどうやって食べるのかしら?」

「茶碗蒸しみたいにスプーンで。もしくは、平たい皿があるならプッチンしてもいい。食べるか?」

「……私の分もあるの?」

「一応多目には持ってきている」

「なによその配慮。妬ましいわね。いただくわ」

「はいよ。ヤマメー、皿とスプーン人数分あったら持ってきてくれー」

 

 おそらくお茶をいれに行ったであろうヤマメに、大声で頼む。もし無かったら変化の術を使って作るので問題ない。

 「はーい」とヤマメが返事をして待つこと数十秒、ヤマメは注文通りに皿とスプーンを持ってきてくれた。

 

「それが今回のお土産? どうやって食べるの?」

「こうやって」

 

 俺は皿の上で容器を逆さまにし、変化で容器の底に穴を空ける。中身のプリンが空気に押し出されて、そのまま皿の上に落ちた。

 

「なにこれプルプルしてる。お豆腐みたい」

「豆腐とは違って甘いから。はいスプーン。パルスィも」

 

 俺はヤマメとパルスィにそれぞれ渡す。残っているプリンは再び木の葉に戻した。冷えていたほうが美味しいと思い地霊殿で冷やしてきたのだ、このまま放置するとぬるくなる。

 二人は俺がプリンを食べるのを見たあと、なるほどそうやって食べればいいのか、と俺の真似をしてプリンを口にした。

 

「……甘くて美味しいわ。妬ましい」

「味に嫉妬ってどういうことだ」

「でもほんとに美味しいね。これもさとりの手作りかい?」

「さとりって、地底の主の? なんかイメージと違うわね……」

 

 ヤマメもそうだが、こいつらはさとりにどういうイメージを持っているのだろう。そもそもさとりの姿を知っているのかさえ微妙なところだ。

 

「そうか、うまいか。それはよかった」

「……なにそのニヤケ面は。それにしても来る度に悪いわね。今度真と地霊殿まで行ってお礼を……」

「ああ、それがいい。でも今回は俺にも感謝してくれていいぞ。それ作ったの俺だから」

「……は?」

「……本当に? 似合わないわ」

「おい、今こそ妬ましいって言うところだろ」

 

 ヤマメとパルスィが意外そうな顔でこちらを見てくる。気持ちは分からなくもないが、凄いの一言くらいくれてもいいだろうに。

 

「……まぁさとりに手伝ってもらったわけだが。作り方は知っていても技術はないからな」

 

 ちなみに変化の術を使えば手間をかけなくても、プリンでもなんでも作ることは可能だ。しかし所詮は偽物であり、手作りした本物に比べると味は数段劣る。

 

「……まぁいいや。ありがとね、真」

「む。自分で言っておいてなんだが、素直にお礼を言われると照れるな」

「妬ましいけど美味しいわ。妬ましいけど」

 

 なんだかんだでお礼を言われる。パルスィもそんなことを言いながら、何度もプリンをすくったスプーンを口にしていて、気に入ってくれたのならなによりだ。

 

「(……ねぇパルスィ。真の尻尾の先が超揺れてるんだけど)」

「(誉められて嬉しいんでしょ)」

「ヤーマメ、遊びに来たよー……ってなんか沢山いる! ひぇぇ」

 

 プリンを食べていたらキスメがやってきた。少し遅れてはいるが、なかなかナイスなタイミングだ。

 

「キスメ、落ち着きなさい。そんなに沢山でもないし、皆アンタの知ってるヤツでしょ?」

「……キスメも相変わらずね。怯える姿も妬ましいわ」

「それはどこが妬ましいんだ」

「甘いわね真。私ほどにもなれば生物はおろか姿のない無生物にすら嫉妬可能よ。咲き誇る花が妬ましい、羽ばたく鳥が妬ましい、流れる風が妬ましい、輝く月が妬ましいってね」

「その点に関していえばパルスィのことはなにも妬ましく思わないな」

「……あ、なんだ真とパルスィか、なら平気。それよりなに食べてるの?」

「俺の持ってきたお土産だ。キスメも食べるか?」

「食べるー」

 

 そう言ってキスメはテーブルにちょこんと座った。俺は新しくキスメの分のプリンを取り出す。今回持ってきたのはこれで全部だ。

 

「……なにこれ凄く美味しい! 甘くてプルプルしてて!」

「プリンっていうらしいわ。真が作ったんだって」

「えっ、そうなの!? すごーい! じゃあじゃあ次はもう少し大きいのがいいなぁ。私のこの桶くらいの」

「……それはさすがにどうなのかしら。あ、キスメここについてるわよ。全く……」

 

 パルスィがキスメの口元をハンカチで拭う。何だかんだで面倒見のいいヤツだ。

 キスメも喜んでくれたみたいで何よりである。これだけ喜んでもらえるなら、また作るのも吝かではない。さとりさえよければまた作るときに協力してもらおうかな、と思った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「あれ、パルスィ住んでるところこっちなのか?」

 

 ヤマメの家からの帰り道、俺が町のほうに帰ろうとするとパルスィも一緒についてきた。

 

「違うわ、町のほうに用事があるの。勇儀に飲まないかって誘われてるのよ。 ……そうだわ、真も一緒に行きましょうか」

「ん?」

 

 パルスィが誘ってくるなんて珍しい……のかは知らないが、少なくとも今日感じたパルスィのイメージの中では珍しい行動だ。すこしデレたか?

 

「勘違いしないでよ。勇儀が誘ってきたのが単なる社交辞令で、本当に行ったら迷惑がられる可能性もあるからね。その保険としてなんだから」

 

 相変わらず目を鋭くしてそう言ってくる。ああ、変わらずツンツンしたまんまだった。

 

「なるほどね。別にいいけど、勇儀はそんなヤツじゃないと思うんだが」

「一応よ、一応。 ……さ、たしかこっちで飲んでるって言ってたわ」

 

 そう言ってパルスィは町の中に入っていく。俺は地霊殿への道から外れパルスィの後ろをついていった。

 

 パルスィに連れられて町のどこかの居酒屋まで案内される。外に何人か鬼を見かけたので、おそらく勇儀もいるだろう。パルスィが開けた入り口から一緒に居酒屋に入っていく。

 店に入ると案の定勇儀はいた。店の奥で今日も豪快に飲んでいる。

 

「おーい、勇儀ー!」

「ん? ……おお、真にパルスィ! 来てくれたのかい? まぁとりあえずこっちに来なよ!」

 

 店の奥で手を上げて俺たちを呼ぶ勇儀。言われた通り、俺とパルスィは勇儀の元へと歩いていく。

 

「よく来たねパルスィ、待ってたよ。 ……真はどうして?」

「パルスィに誘われた」

「はははそうか、一日で仲良くなったもんだね」

「……それより、もうこんなに飲んだのね。いつからいるのよ」

「さっき来たばかりだよ。さ、パルスィも飲んだ飲んだ」

 

 そう言って勇儀はパルスィの杯に酒を注ぐ。俺は俺で、自分の分の酒を勝手に注ぐ。勇儀は俺が自分のペースで飲むことを知っているため、無理に勧めてきたりはしない。宴会をするときは、なんだかんだで勇儀と一緒のほうが楽しく飲めたりするのである。

 

「……うわ、パルスィも結構一気にいくなぁ……」

 

 そういやヤマメが言ってたっけ。パルスィは嫉妬の()だって。注がれた酒を一気に飲み干すパルスィを見て、俺はそれを思い出した。

 

 

 

 

「……ちょっと真。何してんのよ」

「……何って、酒を飲んでるんだが」

 

 隅で一人チビチビ酒を飲んでいると、パルスィが俺に話しかけてきた。目は更にジトっとしており、どう見ても明らかに酔っている。見ていてかなり飲んでいる様子だったから当然だろう。

 

「それは見たら分かるわ。そんなチビチビ飲んで、飲んでるうちには入らないって言ってるの。さ、注いであげるからさっさと飲んで杯を出しなさい」

「ははは、パルスィ酔ってんなー。でもこれが俺のペースでな」

 

 ちらりと勇儀に助けを求めるが、勇儀は向こうで別の鬼に話しかけられ飲んでいる。俺の目線に気付く様子は無い。

 

「……なにしてんのよ。そんなに飲みたくないなら口移しでもして無理矢理にでも……」

「わああやめろやめろそれ絶対あとで後悔するやつだ。 ……プハッ、これでいいだろ」

 

 さすがに本気で口移しなんてしないだろうが、万が一と言う可能性もある。俺は慌てて自分の杯を空にした。うう……一気に飲むのはキツい、酔いが速く回ってしまう。

 

「それでいいのよ」

「……パルスィよく飲むなぁ」

「世の中妬ましいものが多すぎるせいよ。飲まなきゃやってられないわ」

 

 そう言ってパルスィは俺の杯に酒を注ぐ。見た目がまだ少女なのに酔ってるのを見て大丈夫かと不安になるが、妖怪は見た目で年齢は判断できない。それに萃香なんかはパルスィより幼い見た目でパルスィ以上に飲んでいたのだ、心配するだけ無駄だろう。

 

「っ、っ、っ、プハーッ。こんなに飲むのは久しぶりだ」

「……美味しい?」

「美味しいよ」

「! じゃあもっと持ってくるわね!」

 

 パルスィが酒を取りに行こうと立ち上がる。俺は慌ててパルスィを引き止めた。

 

「まてまて、そんなにいらないよ」

「なんでよ」

「やっぱり俺はゆっくり飲みたい派だ。まぁ座れよ」

「えっ……きゃっ」

 

 立ち上がったパルスィを抱き寄せ、あぐらの上に座らせる。尻尾を敷いているので固くないはずだ。

 

「……なにするのよ…… んん……尻尾が柔らかくて気持ちいい……妬ましいわ」

「はは、パルスィの髪もふわふわで柔らかいなー」

「うううん……これはダメになる……ダメになるわ……」

 

 パルスィは俺の尻尾の上でなにやらもぞもぞと動いていたが、やがて体を俺に預け動かなくなった。目を閉じてすうすうと寝息を立てている。

 

「あれ、パルスィ寝ちゃった?」

「ああ、たった今な」

 

 様子を見に来た勇儀が俺に話しかける。飲まされる前にもう少し早く来てほしかった。

 

「あらまぁ気持ち良さそうに……こっちで預かろうか?」

「いや、終わるまでこのままでいい」

「……ありゃ、今日は真も結構飲んだのね。じゃあもう少し付き合いなよ。酒取ってくる」

「あっ、ちょっ」

 

 今度は勇儀が酒を取りに行こうとするが、パルスィがいるので引き止められない。勇儀はさっさと行ってしまった。

 

「ま、いいか」

 

 たまには勇儀に付き合うのも悪くない。勇儀ならそこまで無理には勧めてこないだろう。

 パルスィの寝顔を見ながら、俺は一人で呟いた。

 

 


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