東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十九話 外伝 藤原妹紅

 

 私の名前は藤原妹紅。ひょんなことから死なない体を手にいれた元人間の女だ。 ……いや、こんなことを言っていながら、私はまだ一度も死ぬような目に合ってはいないので本当に死なないのかは分からないが。

 しかし私は死ぬような目に合っても生き返ることができるだろうと確信している。なぜかというと私は、外見こそ人間の若い女の姿だが、こう見えてもう四百年以上生きている。私の飲んだ"蓬莱の薬"は、老いることも死ぬことも私から奪っていったのだ。

 

 私はいま、私をこんな体にした元凶、輝夜という女を探している。

 

 私は、とある貴族の隠し子として生まれた。私の存在は公には隠され、私はほとんどの時間を屋敷の中で過ごした。私のそばにいたのはお父様のみで、お父様が私の全てだった。

 ある日お父様が、どうしても結婚したい女がいるのだと、その女に入れ込んだ。その女の名は輝夜といい、お父様は毎日と言っていいほどその女の元へ通っていた。お父様は、輝夜と結婚したいがために、輝夜の無理難題とも言える頼みを聞き、難癖をつけられて断られてもなお輝夜への求婚を諦めなかった。

 私は恋というものをしたことが無いため、お父様の結婚したいという気持ちは分からないが、それほどまでに深い愛なのだろうと思った。まぁ頭でそう思っていても、私の大事なお父様を奪ったとも言える輝夜に、苛立ちを覚えてはいたのだが。

 

 ある日こんな噂を聞いた。輝夜は月から来たお姫様で、次の満月には月からの使者と共に月へと帰ってしまうのだと。突拍子もない話だが、私はそれを聞き大いに喜んだ。輝夜が月に帰れば、輝夜が私から奪っていったお父様の愛情も、これまで通り私に戻ってくるはずだ、と。

 お父様は輝夜を月へは帰すまいと何人もの護衛を雇って輝夜の屋敷の周りを警備し、お父様自らもまた張り込んだ。そしてその夜、輝夜を迎えに来た月からの使者によって--お父様は殺された。

 

 私の世界は、あっけなく壊れた。なんで。どうして。お父様が殺されなければならないのだ。

 --あの女のせいだ。輝夜さえいなければ、私の世界は安定して保たれていたはずなのに、あの女が私から全てを奪っていった。

 --殺してやる。なにがなんでも輝夜を殺してやる。どれ程までに時間がかかったとしても、月へと帰った輝夜をどうにかして殺してやる。

 そう決意した私は、輝夜が残していったという蓬莱の薬を奪い取り、不老不死の存在へと相成った。

 

 不老不死となった私の髪は真っ白に染め上がり、私は中身も外見も人間とは違う存在となった。この姿ではもう都にはいられないが、お父様のいないこの場所に未練など無い。

 こうして私が都を出ようとしたとき--真に出会った。

 

 真とは私が幼いとき、少しだけだが面識があった。屋敷から脱け出したときに真に会い、何度も遊んでもらったことがある。

 一度私は誘拐されたこともあり、そのときも真が助けてくれた。

 私は真のことが、お父様の次に好きだった。もっとも誘拐事件のあとは屋敷を脱け出す機会がなく、真に会いに行くことはできなかったのだけれど。

 

 そんな真との再会は、不幸の真っ只中にいた私にとってたった一つの幸運だった。真に私を強くしてくれと頼んだ。真は少しだけ考えたあと、私の旅に連れていってくれると言った。

 

 

 真は狐の妖怪だった。妖怪のくせに優しくて、妖怪だからか私を人間として見てくれた。

 

 真との旅は楽しくて、私の中での輝夜への感情は次第に薄れていった。しかしその代わり別の感情が湧いてきた。それなら私はなんのために不老不死になったんだろうって。

 いくら考えても答えは出ない。そんなもやもやとした日々が続いていった。

 

 ある日真から、あの輝夜が、まだ地上にいるということを聞いた。輝夜もまた私と同じように蓬莱の薬を飲み、月から追放された存在だということを。

 私の中でなにかが弾けた。

 輝夜がまだ地上にいる。輝夜も私と同じ不老不死の存在。

 気付いたら私は真の元を離れ、輝夜に捜すための旅を始めていた。

 

 

 

 

「---というわけだ」

「なるほど……妹紅もすごい歴史を送ってきているなぁ。 ……それにしても、ここで真の名前を聞くとはな……」

「……なにボソボソ言ってんだ? さ、私のことは話したんだ。次は慧音の番だからな」

「む、そうだったな」

 

 この女の子は慧音といって、私が一人で旅をしていると「女の子が一人でなにをしている!」と怒鳴ってきた変わり者だ。人間に見えるが半分妖怪らしい。

 私は普通の人間ではないと説明はしたもののまるで聞かず、私を心配してついてきた。

 

 なぜか慧音とは馬が合った。

 私はこういった変わり者の妖怪に縁があるのかもしれない。慧音も真と同様、不老不死の私を人間として扱ってきた。

 

 慧音はなんでも、人間と妖怪が共存するという国の住人らしい。まだその国は完成してはいないらしいが、物好きなことを考えるヤツがいたものだ。しかし不思議と、真や慧音みたいな妖怪がいれば、そんな国も作れるんじゃないかと思う。

 

「それで話は戻るが、妹紅はその輝夜とかいう人物の居場所に見当とかはついていないのか?」

「全く。そもそも輝夜は月に帰ったと思われているからな。都だったところに行ってもなんら情報は得られなかったよ」

 

 そうなるともう、しらみ潰しに探していくしか方法は無い。平行して人探しの能力に秀でた者なども探してはいるのだが、特殊な能力を持っている存在などほとんど稀だった。

 

「そもそも輝夜が地上にいるってことを知ってたのは真だけだったからなー。真のことだから嘘ではないんだろうが、なんでそんなこと知ってたんだろ」

「そうだよ、なんで真にもっと詳しく聞いておかなかったんだ。そうすれば少しは情報が増えたかも知れないのに」

「なんか聞きたく無かったんだよ、これは私の問題だからさ…… 真なら一緒に探してくれたりしそうだし」

「……で、黙って出てきたと言うわけね。勝手に出ていって、真も心配してるんじゃないか?」

「大丈夫。真には全部バレてたみたいだから」

 

 ポケットから、真に最後貰った手紙を取り出す。ほとんど荷物も持たずに旅する私の、数少ない持ち物の一つである。

 

「手紙……? 見てもいいか?」

「いいけど、大したことは書いてないよ?」

 

 私は慧音に、真の手紙を手渡した。別に見られて困るものでもないし、そもそも内容がとても少ない。

 

「……短いな。『元気でな』って、いかにも真らしい」

「だから言っただろ。 ……ってあれ? 慧音って真のこと知ってるの?」

「一度だけ世話になったんだ。人間と妖怪が共存する国のことを教えて貰った」

「……まぁ真だから、どこかで人妖問わず助けてんだろーな」

「で、この『たまには初心に戻るのも悪くない』ってのは……」

「ああ、笑っちゃうだろ? 真のヤツ、私が行くことは分かってたくせに、輝夜への復讐する気持ちが消えたことには気付いてないんだ」

 

 私は手を口に当ててくつくつと笑う。

 今こうして笑えるのも真のおかげだ。全てに絶望していたときの私に見せてやりたい。お前はこのあとでもちゃんと笑えるようになるんだぞって。

 

「なに? ……それにしては少しおかしな文章だとは思わないか?」

「ああ、それなら私も思ったよ、もしかしたらなにかしらの意図があるんじゃないかって。私の住んでた都のそばに輝夜が残ってるのを真が知ってて教えてくれたとかね。でも都で得られた情報は無し。だからこれは真の勘違いだという結論に達した」

「なるほど…… いや、やっぱりおかしい。真にしてはその一文が妙に異質だ。『元気でな』だけで済ませていてもおかしくないのに」

 

 慧音がうんうんと悩み出す。慧音は、自分でこうだと思ったら人の意見は聞かなくなる、なかなか厄介な性格をしていた。まぁその性格のおかげで、いま慧音とこうして仲良くできているのだけれど。

 

「そうだ妹紅。妹紅にとっての初心といったら都のことなのだろうが、真が妹紅にいろいろ教えてくれた場所とかに心当たりは無いか? 初めて知ったこととかさ」

「ええー……そんなの沢山有りすぎて…… それに場所というよりただの森の中だったり……」

「ものは試しだ、もう一度真と妹紅が旅してきた軌跡をもう一度私とたどってみないか?」

「まぁ当てもないから構わないけど…… 意味無いと思うけどなぁ」

 

 明確な理由がないと慧音は説得できない。面倒だがここは慧音を納得させるためにも慧音の提案に乗ろうと思った。

 

「それじゃあまずは妹紅がいた都に飛んで…… あ、妹紅って飛べるっけ?」

「楽勝だ。そこらの妖怪よりかは速く飛べるよ。 ……思えば始めらへんの修行は、空を飛ぶ練習ばっかりだったかもなぁ」

「そうなのか。まぁ飛べなくても私に掴まれば運べるけどな」

「い、いいよそれは……」

 

 私は慧音と共に、かつての都まで飛んで行った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 都から少し離れたところに到着する。長い時間が経っているため見覚えのある地形も少ないが、真との思い出のこともあり、かろうじてだが思い出せる。

 ここは、真に妖力の使い方を学んだところ。 ……食べられる植物のこととかを一通り教えてもらったこともあったな。

 昔の記憶を思い出しながら、真との足跡をたどり始めた。

 

 

 

「ああ、この竹林はよく覚えてる。真がここで迷ってさぁ、中でてゐっていうイタズラ兎に会ったんだ」

「兎? なんだ、持ち物の食べ物でも奪われたか?」

「いや、動物じゃなくて妖怪化した兎でね。思えば真以外で初めて妖怪を見たんだっけ。あのときはどう見てもてゐは私より小さいのに私より年上とか真が言うから信じられなかったけど、今の私もそんな感じだよなぁ」

 

 この竹林は、真が人間にも妖怪にも優しいんだと知った場所だ。真が言うには、人間も妖怪も良いヤツは良いヤツだし、苦手なヤツは苦手なヤツらしい。仲良くする相手に人間と妖怪の境界は存在しない。これが真の基本的な考えだ。

 

「そういえば慧音って私より年上なの? なんとなくそんな感じがする」

「ん? 私はまだ十六歳だが」

「……は?」

「……と、前の人里では通していた。女性の年齢を聞くものではないよ」

 

 そう言って慧音はハハハと笑う。なんだかうまく誤魔化された気分だ。とはいえ慧音が年下であろうと年上であろうと、今後の接し方をかえるつもりはないのだが。

 

「……にしてもここの竹林は確かに迷うな。最悪飛んで行けば脱け出せるだろうが……おや? 泣いてる子どもがいるぞ。いかん、怪我でもしてるのかも!」

 

 慧音が顔を伏せている子どもを発見して走り寄ろうとする。なーんか昔似たようなことがあった気が……っていうかあの不自然に頭を抱えているのは間違いなく……

 

「駄目だよ慧音! そいつがさっき言ってたイタズラ兎の……」

「……へ? あーーーっ!!」

 

 慧音が子どもの前に掘ってあった落とし穴に落ちる。私の旅の連れは馬鹿ばっかりだ。

 

「ぷくくくく、久しぶりの人間の獲物さね! もうここのところ人間が来なくて来なくて、ついに掘った落とし穴の数が千を越えた……ってもう一人いたのかい? なら縄ばしごが近くにあるから勝手に助けると……」

「……おい」

「ウサ?」

「ふんっ!!」

「ウサーッ!!」

 

 いつのまにか子どもの後ろに回り込んだ慧音が、子どもに対して頭突きを放つ。うわぁ……痛そう。ガゴンッっていったよ今。

 

「なんだこの悪ガキは。親にしっかりと叱ってもらわねば」

「ウ、ウサぁ……」

「慧音、こいつがさっき話したイタズラ兎だよ。てゐ、あいかわらずだねアンタも」

「う……なんで私の名前を……私に人間の知り合いなんていないのに」

 

 涙目になりながらてゐがこちらを見てくる。どうやら私のことは覚えてないようだ。かなり昔の話だから当然といえば当然か。

 

「ほら、結構昔に、狐の妖怪の真ってヤツと一緒にいた妹紅ってんだけど、覚えてない?」

「……ああ、真? あの優しいけど抜けてる狐の……ってアンタは真と一緒にいた真大好きッ子の! なんでまだ生きてんの?」

 

 てゐが私を指差してくる。どうやら思い出したようだな。

 ところで『なんでまだ生きてんの?』って、場合によってはものすごい暴言ではないだろうか。まぁあれから何百年も経ってるし、人間だと思われていたなら当然の疑問である。

 ……っていうか誰が真大好きッ子だ! 確かに真には感謝してもしきれないほどの恩が有るし……その……大好きであることに変わりは無いが……

 

「それより……てゐと言ったか。妖怪とはいえまだまだ子どもじゃないか。保護者はいないのか? いないなら私が直々に引き取って……」

「いっ? いいってそんなの!」

「良くない。叱れる大人がいないと子どもの成長に悪影響だ」

 

 慧音が変なところで食い下がる。真は子どもに甘いのだが、慧音は少し厳しいようだ。どちらがいいとは分からないが、真も慧音も相手のことを思ってやっていることは同じである。

 

「……そうだ! それなら私の家に保護者……というか本当は契約相手なんだけど、大人ならいるから大丈夫だって!」

「ほう。それならその人のところまで案内してもらおうか」

「……ウサー……」

 

 慧音に抱えられたてゐはしぶしぶと道案内を始める。以前てゐは兎たちだけで住んでいると言っていた気がするのだが、この竹林に住む酔狂な人間でも増えたのだろうか。

 

「はは、まあ自業自得だな」

「……むー。で、なんでアンタはまだ生きてんのさ。仙人にでもなったのかい」

「いや、とある薬を飲んで不老不死になった。初めてここに来たときからすでにそうだったんだけどね」

「……薬? 薬ってもしかして蓬莱の薬? もしかしてお師匠たちと同じ蓬莱人?」

「……は? てゐ、お前今なんて言った?」

 

 思わずてゐに聞き返す。どうして蓬莱の薬のことを知っているんだ。

 

「お師匠たちと同じ蓬莱人かって。なんだい、もしかして知り合いかい?」

「師匠たちと同じ……? おいてゐ! まさかお前の保護者っていうのも蓬莱の薬を飲んでるのか!? 名前は何と言うんだ!?」

 

 私はてゐに掴みかかる。蓬莱の薬と言う名前を知っていて、更にそれを飲んでいるヤツなんて滅多にいない。

 

「へ? えーっとお師匠と姫の名前なんだったっけ。たしか……お師匠が永琳で、姫が輝夜……だったかな」

「…………」

「どうしたの?」

「……ついに見つけたぞ輝夜……!」

 

 

 

 

 てゐに案内され竹林の中を歩いていく。真と来たときよりも更に迷いやすくなっているようだ。なんでも月から逃げてきた輝夜が、追手が来ないように術を施したらしい。

 

「……いよいよ、輝夜に会えるんだな」

「……よく分からんが、良かったな。私の言った通りだっただろ?」

「……あぁ。慧音には感謝しているよ」

「……見えたよ。あれが私の住処、永遠亭さ」

 

 竹林の中からでかい屋敷が見えてきた。そこらへんにちらほら兎が見えるが、それはこの際どうでもいい。

 

「お師匠ー! お客さんだよー!」

 

 てゐが屋敷に向かって大声を出す。

 程なくして屋敷から、赤と青の奇妙な服を着た女性が現れた。

 

「……ちょっと何よてゐ。いま実験がいいところ……ってあら? 人間?」

「……妹紅、あの女性が探してた輝夜っていうヤツか?」

「……! 貴女たち輝夜を知っているの? まさか……!」

 

 慧音が輝夜の名前を出した途端、出てきた女性の雰囲気が変わる。台詞からこの人は輝夜では無いようだ。てゐがお師匠と呼んでいた……永琳という人だろう。

 

「あれ、お師匠の知り合いじゃなかったの? なんでも同じ蓬莱人だって言ってたけど」

「なんですって? 蓬莱の薬はもう無いはず……なぜ貴女がそのことを……都にいた関係者かしら」

 

 永琳が顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。ここで無駄に時間を使うことは無い。正直に話してしまおう。

 

「……私は、輝夜を迎えに来た月の使者によって父親を殺された、藤原妹紅という者だ」

「……なるほど、復讐ってわけ?」

「……最初はそうだったが今は違う。確かめたいことがあって輝夜を探して旅をしてきた。どうか輝夜に会わせてくれないか」

 

 永琳に頭を下げてお願いする。お父様もこうやって輝夜に会おうといろいろやったのだろうか。私は求婚が目的では無いが。

 

「……嘘をついてるようには見えないわね。 ……良いわよ、その代わり変な真似をしたらただでは済まさないから」

「……ああ。なんなら両手を拘束してもらってもかまわない。少し話がしたいだけだからね」

「……そんなことはしないわ。ついてきなさい、こっちよ」

「分かった。悪いが慧音はここで待っててくれ」

「あ、ああ……」

 

 永琳についていき屋敷の中に入る。部屋が沢山あってとても広い。

 永琳は一番奥の部屋の襖の前で立ち止まった。

 

「姫。貴女にお客様です」

「お客? 私のことを知っているって……まさか真!?」

「違います」

「なーんだ……じゃあまぁとりあえず入ってもらって」

 

 部屋の中から声が聞こえる。永琳が襖をあけて中に入るよう促した。

 この中に、ずっと探していた輝夜がいるんだ。私は逸る気持ちを押さえて部屋の中へ足を踏み入れた。

 

「……は?」

「あら、女の子? それで私になんの用かしら」

「え、貴女が輝夜……?」

「いかにも私は輝夜だけど……貴女は一体誰かしら。私のことを知っているようだけど」

「嘘…… まだまだ小さいガキんちょじゃないか。お父様はこんな子どもに……」

「む。貴女だって同じくらいの見た目じゃない。っていうか質問に答えなさいよ。お父様ってなんのこと?」

「……はっ、ごめんなさい。私の名前は藤原妹紅。実は……」

 

 部屋の中にいたのは私と同じくらいの少女だった。お父様から聞いた限りでは、輝夜は誰もが認める絶世の美女だと聞いていたのだが……たしかにかわいいとは思うが、美女と言われると微妙である。私はあのときは外に出ることがほとんど無かったため、美人の基準が人とはズレているのかもしれない。

 輝夜の姿に戸惑いつつも、私は事情を説明した。

 

「……そう。貴女のお父様はあの爆発で……ごめんなさい」

 

 輝夜は意外にもすぐに謝ってきた。私自身あのとき輝夜を恨んではいたが、完全な私の逆恨みである。輝夜自身にはなんの非もないのに、それでも輝夜は謝ってきた。

 

「いや、確かに当時は輝夜を恨んではいたけど……今は別にそうではない。ただ……そう、ただ話を聞いて欲しかったんだ。良ければ輝夜の話も聞かせてほしい」

「そう、優しいのね。私の話と言っても……貴女のお父様、というか私に求婚してくるのは皆おじさんばっかりだったから……悪いけど興味も無かったわ」

「……だよなぁ」

 

 薄々そうではないかと思っていた。私はお父様に求婚される輝夜に一方的な嫉妬を覚えていたが、輝夜にとっては関係ないよな。

 

「話はこれでいいかしら」

「……あぁ、満足した。 ……うん、これで私の過去は清算されたよ。 ……あー、スッキリした!」

 

 終わってみるとなんてあっけない、しかし私はこれまでになく晴れやかな気分を感じている。

 真との長い旅の間に、気持ちの整理はとっくについていた。輝夜に求めたのは単なる確認と言ってもいいかもしれない。

 

 

「ふふ、良かったわね。 ……ところで、私はもっと貴女のお話が聞きたいわ。妹紅はあれから真と一緒に旅してきたんでしょ? どんなことがあったか教えてちょうだい?」

「えっ? そのくらいなら構わないけど…… そういえば輝夜は真と知り合いなんだったな。いったいどこで知り合ったんだ?」

「あら、知り合いだなんてつれないわね。真から何も聞いてないの? 毎晩同じ布団で寝ていた仲だというのに」

「……はっ?」

 

 輝夜の台詞に思わず声が裏返る。真が、輝夜と毎晩同じ布団で寝ていた仲? こんなちんちくりんな子どもと? 

 ……ああちんちくりんな子どもだからか、真は子どもには甘いからな。そうだ、そうに違いない。

 

「妹紅はずっと真と旅していたらしいけど、大事なのは量じゃなくて密度よね。そもそも私が真と出会ったのは、真から会いに来てくれたもの。都で噂のかぐや姫を一目見たいってね」

「へ、へー。そうなんだ。でも噂よりもちんちくりんだったんで、真はがっかりしたんじゃないかな」

「……まぁそこは置いておくとして、真は私の退屈を紛らわせるために面白い話をしてくれたわ。いま思うとあれは私の気を引くためのことだったような気がしないでもない」

「あー……真は子ども好きだからなー。そりゃあ輝夜もそう思われてたんじゃないか?」

「……ちょっと何よさっきから。それなら妹紅は真に何かしてもらったのかしら?」

「え? えーとだな……」

「ほら、無いんじゃない。まぁ有ったとしても毎日一緒に寝てた私に勝てるエピソードが有るとは思えないけど」

 

 輝夜が私を挑発してくる。 ……良いだろう。どうせ十年にも満たない時間一緒にいただけの輝夜と、百年を優に越す時間を真と共に過ごした私の実力(?)、見せつけてやる。

 

「毎日一緒に寝てたかなんだか知らないが、その間輝夜は真の寝顔をじーっと見たことが有るのか? なんだかんだいって真は無防備な姿を晒さないだろう」

「……! 確かに言われて見れば……夜中にふと目覚めたときでも、真もその気配を察してか起きるのよね」

「だろう? 私はあるぞ、真の寝顔を見たことが。それだけ私を信頼してくれている証拠じゃないかな」

 

 一度しか見たこと無いけど。

 

「……それなら妹紅、貴女は真の尻尾に包まれたことはあって? 私を優しく包み込むあの感覚……いま思い出してもたまらないわ!」

「なっ! 真はほとんど尻尾を出さないのに……じゃあこれはどうだ!」

 

 私はポケットから一枚の葉っぱを取り出し輝夜に見せる。

 

「幼いころ、真が私にくれたものだ。これを使えば姿を消すことができる。後々気付いたんだが、これを作るのは容易じゃない。私のために苦労して作ってくれたんだ」

「それなら私だって。見なさい、似たような葉っぱだけど効果が違うわ。これを使うと地上の人間に変化できるのよ。これも同様に作るのは容易じゃないと思わない?」

「う……でもこれをもらったのは本当に小さいときで…… そうだ、輝夜と真が出会うもっと前から私は真と出会ってたんだ。真の膝の上で何度団子を食べさせてもらったことか」

 

 自信があった攻撃をいとも簡単に受け止められた。ここは別の方向から攻めることにする。すると……

 

「あら? 出会った時期がステータスになるなら、恐らく真と出会ったのが一番早いのは私よ。真が小さい狐のときから知っていたのだから」

「永琳!?」

 

 輝夜と勝負をしていたら、いつの間にか部屋に永琳がいて割り込んできた。永琳以外にもてゐや慧音までいる。

 

「膝の上程度なら、初対面で私だって乗せてもらったよ。人参も食べさせてもらったし」

「なんの話か分からんが……真とは一緒に酒を飲んで愚痴を聞いてもらったことならあるぞ」

「ショボいウサ」

「なにっ!? 仕方ないだろう一日だけだったし」

「お酒を飲んでる真は……」

「見たこと無いわね……」

「私もあんまり……」

「ウサッ!? 意外と貴重だったウサ!」

 

 思わぬ伏兵に驚きを隠せない。慧音が誇るような顔をする。

 

「ふふ、そうかそうか。そもそもいま真がどこにいるか知らないヤツばかりだろう。私は知っているけどな」

「ちょっと、いきなり現れて貴女誰よ。真の居場所を知ってるの?」

「ああ、申し遅れた、私は上白沢慧音。真とはこの前……」

 

 なんだか人が増えてめちゃくちゃになってしまった。ここにいるヤツらどうやら全員真の知り合いらしい。よくこれだけ集まったものだ。

 とりあえずは皆の話を聞いていくのも悪くない。

 

 

 

 

「おーい慧音、紫様が目覚めたから国に結界を……なんだこの状態は」

「アンタ誰ウサ」

 

 このあと私たちが藍と名乗る妖怪に、"幻想郷"というところまで連れていかれて真と再会するのは、まだかなり先の話だ。

 

 


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