東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十話 博麗霊夢

 

 最近地底で凶悪な妖怪をはたと見なくなった。今までは何度か、鬼のいないところで行われる妖怪同士の小競り合いや、町の外からやってくる妖怪の退治をしていたのだが、ここのところそういったことが全く無い。妖怪達が落ち着いたのではなく、まるでその妖怪達がいなくなったかのような平和さだ。

 

「あぁ、なんでも八雲紫と名乗る妖怪が、危険な妖怪を全て別のところにやったらしいですよ。それに伴い、真さんはもう地底にいる必要が無くなったということになりますね」

「お、さとり。そうだったのかー。結構短い間だったな」

 

 十年も経たず俺のやることは無くなったらしい。地底は意外と居心地が良かったから、俺としてはもう少しここにいても良かったのだが。なにより温泉があるし。

 

「……真さんさえ良ければ、まだ地底にいてくれても良いんですよ? こいしたちも真さんがいなくなれば寂しがるでしょうし」

「……そうか? うーん、じゃあそうさせて貰うか」

 

 もとよりまだまだ地底にはいる予定だったのだ。急にやることが無くなったからといってはいサヨナラとは味気なさ過ぎる。

 さとりの言葉に甘え、俺はもう少しだけ地底に残ろうと思った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 地底に残るのは少しだけ、と言ったな。あれは嘘だ。 ……気がついたら妖怪の山で過ごしたのと同じくらいの時間を俺は地底で過ごしていた。

 地底に四季が存在しないのがその原因だろうか。ついつい時間の感覚が鈍くなっており地底に留まる時間が長くなってしまった。なにより温泉があるし。

 

 いい加減地上に出てみようと思う。地上にはとっくに紫の国が完成しているだろう。人と妖怪の関係はどうなったのだろうか。

 地底の生活は名残惜しいが、なぁに、温泉に入りたくなったらまた地底に戻ればいい。

 俺は地底に続く穴へと向かって歩き出した。

 

 

「……あれ、今日だっけ真が地上に行くの」

「そうだよ。ヤマメもついてくるか?」

「……前にも言ったでしょ、地上と地底は互いに不可侵の約束だって。真くらいだよ地上に行こうとか言い出すのは」

「そうかぁ…… まぁ妖怪って住んでるところを追われる以外では滅多に移動しないからな。そんなもんか」

「そんなもんよ」

「じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 地上に続く穴を通る際、そこに住むヤマメに挨拶をしていよいよ地上へと向かう。

 

 ……それにしてもやっぱりこの穴深いな。結構進んだのに光が一向に見えてこない。

 

 

 

 ……………………お、やっと出口だ。

 

 眩しい。本物の太陽の光なんて久々に浴びた。

 光の方向に飛んでいき長かった穴からようやく抜け出す。どうやら森の中に出たようだ。

 

「……で、ここはどこ……妖怪の山?」

 

 見渡してみるとどうも見覚えのある風景である。今いる場所の全体が近すぎて見えないので自信は持てないが、どうやら妖怪の山の中にいるようだ。

 

「あー! 真さん! 本物の真さんじゃないですか! 真さーん!」

「うおっ! あ、文?」

 

 空から声が聞こえたので見てみると、文が俺に向かってものすごい速さで飛んできている。そのまま文を見ていると、飛んできた勢いそのままに文は俺に抱きついてきた。

 

「……文がいるということは、やはりここは妖怪の山なのか」

「はい! 真さんお仕事お疲れさまでした! また妖怪の山に戻ってくるんでしょう? それなら一緒に……」

「ちょっといいかしらそこの天狗」

「うわっ」

 

 文と話していると突然目の前に紫のスキマが開いた。これを見るのもなんだか久しぶりだ。

 

「やっと地上に出てきたのね真。 ……まったく、地底の主はとんだ曲者だわ。不可侵条約なんて結んでくるからなにかと思ったら、真を連れ出させないつもりだったのね……」

「よ、紫。久しぶりだな。どうしたブツブツ言って」

「なんでもないわ。それより見て真! これが私の国"幻想郷"よ! 出来たときから真にずっと見てもらいたかったの!」

 

 紫が嬉々として話し始める。見てと言われても見えないのだが、笑顔で話す紫にそれを言うのは憚られた。

 

「そうね……まずは幻想郷にある神社に案内するわ。そこで落ち着いて話しましょうか」

「はいはい! それなら私もついていきます!」

「ダメよ」

 

 紫は、俺から離れ手を挙げて元気に発言している文を一蹴すると、指を鳴らして俺の足元にスキマを開いた。おそらくさっき言っていた神社に繋がっているのだろう。

 この移動方法も久しぶりだ。藍みたいに優しくできないものか。

 「あーっ!」と叫ぶ文を置いたまま、俺はスキマに吸い込まれていった。

 

 

 

「……まぁいいです。幻想郷にある神社なんて一つしかありませんし、私もそこに向かいましょうか。幻想郷一の速さを誇る私のスピードを見せてやりますよ!」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「さ、真、着いたわ。ここが幻想郷唯一の神社、"博麗(はくれい)神社"よ」

 

 紫のスキマから、神社の境内のような場所に吐き出された。俺は何とかうまく着地すると、立ち上がって紫の横に行く。

「……相変わらず紫のスキマの中は気味が悪いな……」

「なかなかいい景色でしょ? ここで幻想郷の結界の管理をしているの。中にはもう一人……」

「……ほっ! 追い付きましたよ二人とも! 紫さん酷いじゃないですかー。私だってもう少し真さんと話が……」

「……真、ちょっと待っててね。この天狗と話し合いをしてくるから」

 

 紫とここに来てそうそう、文が追い付いてきた。話を遮られた紫は、表情こそ笑顔だがなんとなくその笑顔が引きつって見える。紫は文の服の襟の後ろ側をむんずと掴むと、そのまま空へ飛んでいった。

 紫と文が何かを口走ったあと、上空に二人を囲んだ結界が現れる。なにやら二人は妖力の弾を撃ち合いながら言い争いをしているようだ。

 ……ところで、幻想郷では人間と妖怪の共存はうまくいっているのだろうか。うまくいっているのなら尻尾を隠したまま過ごす必要は無い。そのほうがこの国に住む妖怪として正しいあり方ではないだろうか。

 しかし紫は今、文と全身を使った話し合い中であるため尋ねられない。とりあえずこの場は尻尾を隠しておこうかな。

 

 俺は尻尾を隠しながら神社を見渡す。大きい鳥居が見える以外には特に目立つような外見ではないが、立地が高いところに有るためかそこからの景色はなかなか絶景だ。

 神社の前には賽銭箱が置いてあった。チラリと覗いてみると中に箱の材質の木しか見えない。 ……これは、箱の構造でいくら入っているのか分からなくなるような賽銭箱ではない。底まで見えて、なおかつ空なのだ。

 

「……もしかして紫って結構苦労してんのかな」

 

 そう呟き、紫が文と遊んでいる今、こっそりと賽銭をいれておいてやろうと思った。俺は手持ちの財布を取りだし、中から一円札を五枚抜き取る。

 

「ご縁(五円)がありますように……ってか」

 

 そのまま賽銭箱に放り投げる。かなり昔に都で陰陽師をしていたときの金だ。地底では普通に使えたが、今の地上で使えるかは分からない。しかし紫ならば換金することができるのではないかと判断した。

 

「! お賽銭っ!?」

「うわっ、なんだなんだ」

 

 いきなり神社の中から誰かが現れた。

 赤い巫女服から察するにどうやらこの神社の巫女さんだろうか。そりゃあ神社だ、巫女さんくらいいるよなぁ。

 興奮した様子で神社から出てきた黒髪の巫女は、俺を見つけると話しかけてきた。

 

「貴方がお賽銭をいれてくれたの!? ああ、人間の参拝客なんて久しぶり……! ねぇ貴方、良かったらお茶でも飲んでいかない?」

 

 ……なんだろう。なんで音のしないお札をいれたのにすぐ気付いたんだとか、賽銭入れただけでお茶を勧めるのかとか、いろいろ突っ込みたいことが多すぎるのだが、とりあえずの疑問を口にした。

 

「えーっと……誰?」

「私は博麗霊夢(れいむ)、この神社に住む素敵な巫女よ。この素敵なお賽銭箱に五円もいれてくれた貴方の名前を是非知りたいわ」

「……鞍馬真だ」

「そう、真さんね。さあ真さん、あがってあがって」

 

 霊夢と名乗る巫女さんに連れられて、とりあえず俺は神社の中に入ることにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ちょっと真! あまり霊夢を甘やかさないでくれるかしら?」

 

 紫が戻ってきてそうそう怒られた。文はこの場にいるにはいるが、なぜか口に×マークのついたマスクをつけている。いてもいいがしゃべるなということだろうか。なんだか文が少し可哀想だ。

 

「いや……あの賽銭は別にこの子にあげようと思ったわけではなくてな?」

「関係ないわ。今日びお賽銭に五円もいれる人なんていないわよ全く……」

 

 どうやらこの神社は霊夢一人でやっていってるらしい。当然先ほどの賽銭は霊夢の物となるわけだが……それで怒るって紫、お前は霊夢の保護者かよ。たしかに五円は子どもにとっては大金かもしれないが……

 

「あー……霊夢?」

「何よ。言っとくけどお賽銭を返せなんてのは聞かないわよ」

 

 霊夢が鍵を握り締めながらこっちを見てくる。おそらくあの賽銭箱の鍵だろう。早速取り出すつもりなのだろうか。

 

「そんなセコいことは言わないよ、あれは全部やる。ただ、一つ話をしようじゃないか」

 

 とりあえず霊夢にはあの五円を無駄遣いしないよう言い聞かせておく必要がある。紫のためにも、俺が紫にこれ以上怒られないためにもだ。

 

「ファーストペンギンという言葉を知っているか? ペンギンという生き物は、最初の一匹が勇気ある行動をして初めて、その行動をみんなが真似するんだ」

「……それがどうしたの?」

「人間もそれと同じだよ。空の賽銭箱を見ても何も行動しようとは思わない。しかし中身のある賽銭箱を見たらどう思うか。誰かが入れているなら自分も入れようかな、と考えるわけだ」

「…………」

「俺の五円を、次の賽銭への呼び水として使うんだ。いま全部取り出してしまうより、残しておいたほうが結果的に得するとは思わないか?」

「……確かに一理あるわね。でも折角お賽銭があるのに……」

「それなら一円だけ使えばいい。それくらいなら紫も文句は言わないだろ?」

 

 俺は紫のほうを向いて問いかける。ここまでが俺に出来る最大の妥協ポイントだ。

 

「……そうね。それならなんとかギリギリ許せるわ…… でも霊夢、くれぐれも無駄遣いしないこと」

「はいはい、分かったわよ」

 

 霊夢は紫をあしらうように淡白な返事をする。 ……ふう、どうやらなんとかなったらしい。

 なんとかなったところで、俺は紫に聞きたいことがいくつかある。

 

「ところでさぁ……紫と霊夢は一体どんな関係なんだよ。それとついでに、紫と文の話し合い…… ありゃなんだ?」

「私も聞きたいことがあるわ。なんで真さんは紫のことを知ってるのよ。しかもなんか互いに遠慮が無いみたいだし」

 

 俺と霊夢が、それぞれ疑問を口にする。ひとまず落ち着いたところだし、まずはそこら辺の説明を紫にしてもらう必要があるな。

 

 

 

 

「……なるほど、幻想郷を覆う結界は、紫だけじゃなくてこの霊夢と力を合わせて張られているわけね」

「……真さんって妖怪だったのね。まったく気付かなかったわ」

「そうよ。それと私が天狗とやっていた勝負だけど……私たちはあれを『弾幕ごっこ』と呼んでいるわね」

 

 紫が、俺と霊夢それぞれの疑問に対する答えを話す。

 紫と文がやっていた、妖力を弾にして撃ち合っていたあれは、どうやら話し合い、揉め事解決の一種らしい。なにやら一定のルールが存在する、スポーツみたいなもののようだ。

 

「ちなみにその弾幕を出すための符……"スペルカード"って名前は、真がむかし一人で叫んでたのを参考にしたわ。藍を式にした直後くらいかしら。一人で楽しそうだったわね」

「マジかよ」

 

 むかし紫のスキマを使うときに「漂流オン!」とか叫んだ記憶がある。仕方ないだろ、男の子なんだから。技名を叫びたくなるんだよ。

 どうやらあらかじめ自分でスペルカードをつくっておけば、妖力の弾たち……弾幕が自動で張られるらしい。相手のスペルカードを全て破れば勝利のようだ。

 人間と妖怪の力の差を無くすべく考案された遊びらしい。人間の場合は妖力ではなく霊力だが。

 

「結構最近できたものなの、この『弾幕ごっこ』。というのも少し昔、人間と妖怪の共存がうまく行き過ぎてね。平和ボケしたこの国が、外から来た強い妖怪によってえらい目に合わされたの。だから妖怪の脅威を忘れないように、と、人間が自分の力を研鑽できるようにこの遊びが産み出されたわけ」

「へえ、うまく考えられてるじゃないか。 ……ところで、そろそろ文をしゃべらせてやってくれないか」

 

 先ほどからずーっと黙ったままここにいる文が不憫でならない。紫にそう言うと、霊夢と一緒に「ああ、そういえばいたなぁ」といった表情をする。同じ結界を張っている者同士、性格が似ているのだろうか。

 

「はいはい、分かったわ。文、しゃべっていいわよ」

「……はぁー! やっと言葉が出せますよ。やっぱり真さんは優しいです! それなのに残りの二人と来たら……くすん」

「よしよし、泣くな泣くな」

 

 ひょこひょこと隣にくる文の頭を撫でる。なにやら紫の方から「チッ」と舌打ちが聞こえるが、それはこの際気にしないでおこう。

 

「そうだわ真。藍も真に会いたがっていたから、今日はとりあえずこの神社に泊まって……明日また藍をつれてくるから」

「ちょ、ちょっと紫……なに勝手に決めてるのよ」

「いや、今日は妖怪の山に帰るよ。どうやらまだ俺の居場所は残ってるようだしな。ただ、藍には俺も会いたいから、明日また改めてここに来る。霊夢もそれならいいだろう?」

 

 今日のところはここで妖怪の山に帰ろうと思う。泣いている文のアフターケアが必要だ。

 

「え、ええ構わないわ。 ……でも私は、紫が勝手に決めたことに文句があったわけで、真さんが泊まるのは別に…… あ、そうだ! 明日また来るならそのときもまたお賽銭を……」

「霊夢!」

 

 紫が霊夢をキツく睨む。しかし霊夢は霊夢で、「あれ、私なにか変なことでも言いました?」とでも言わんばかりの表情だ。先ほどのことがあって、よくそんなしれっとした顔ができるものだと苦笑する。

 

「ははっ、まぁ土産程度なら持ってきてやるよ。じゃ、また明日な」

 

 そう言い残して、文をつれて部屋を出る。

 少し落ち込んでいる文と一緒に、俺は妖怪の山まで飛んでいった。

 

 

 

 

 

「……文様えらいご機嫌ですね」

「そりゃあ久しぶりに真さんに会えましたからね。椛だって嬉しかったでしょう真さんに会えて」

「当然です。 ……ところで、どうして文様は、真様に抱き抱えられて戻ってきたんですか?」

「……いやぁ今日の真さんは特に優しくて。酷い目に合ってみるものですね。いろいろお願いを聞いてくれるものだからつい甘えすぎちゃいました」

「……いいなぁ文様」

「椛も真さんにお願いすればいいじゃないですか。なんだかんだで結局聞いてくれますって」

「無理ですよ恥ずかしい……」

「……そうだ。それならこのあと、真さんが山に戻ってきたことを理由に宴会と称してお酒を飲ませてしまいましょうか。近くで一緒に飲んでいれば真さんのほうから来ますって」

「……でも真様、酔うまで飲んでくれますかね」

「真さんは押しに弱いからなんとかなるんじゃないですかね。こう、強く頼み込むようにすれば行ける気がします」

「なるほど…… いえ、やっぱり駄目です。真様は鬼たちみたいに私たちにお酒を強要してこないのに、私たちがそんなことするわけにはいきません」

「む、椛はお堅いですねぇ。 ……そうだ、それなら逆にこちらが酔ってしまえば、それはそれで真さんなら介抱してくれると思いませんか?」

「……どちらにせよ、今日は真様も疲れているでしょうしやめておきませんか?」

「……甘いですよ椛。明日も真さんがこの山にいるとは限らないのです。思い立ったが吉日、今を逃すとチャンスは無いかもしれませんよ」

「……」

「とりあえず私は行きますよ。さすがにまだ寝てないでしょうし。ではっ」

「あっ待ってください文様! 私も行きますから!」

 

 


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