東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十一話 霧雨魔理沙

 

 幻想郷の人里に訪れてみる。人間と妖怪が共存する国の中に存在する町。一体どのような町なのだろうかと思ったが、意外にも普通の町のように見えた。妖怪と人間が入り交じっているような町ではなく、主に人間で構成された町だ。

 

「……む、あの子すごい沢山の荷物を抱えてるな……」

 

 町で、一人の少女が目についた。両手一杯に荷物を抱えている少女で、あれでは前が見えないのではないか。足取りもふらついていかにも危険だ。

 案の定、今にも転びそうになっている。

 

「……っと、大丈夫かいお嬢ちゃん」

 

 俺は倒れそうになる少女と荷物を咄嗟に支える。この量の荷物を人間の女の子が一人で抱えるには少し無理があるだろう。

 

「あ、ありがとうございます……」

「重いだろ、半分持つよ」

 

 俺は少女から半分以上荷物を取る。それと同時に少女の手に残った荷物を、変化の術で見た目は変えず、しかし軽くなるように細工を施した。

 

「す、すいません助かります」

「いいって。それよりどこへ?」

 

 荷物を持ったままお辞儀をしようとする少女を声で引きとめ、どこまで荷物を運べばいいのかを聞く。

 

 少女と一緒に歩いていくと、結構大きい屋敷についた。

 

「ありがとうございます、助かりました。よろしければお茶でもご馳走させてください」

「いやいいよ。大したことしたわけじゃないし」

 

 屋敷の玄関で、少女の誘いをやんわりと断る。このあともう少ししたら博麗神社まで行く予定なのだ。それまでもう少しこの人里を見て回りたい。

 

「むう…… それでは少々お待ちください。使用人にお礼を持ってこさせます」

 

 少女はそう言うと、奥から包み紙を持ってきた。「帰ったら是非食べてください」という少女の言葉と箱の大きさから察するに、おそらく和菓子の類いだと推測できる。そのくらいならありがたく頂いておこう。

 

「ありがとう。じゃあね」

「私のほうこそありがとうございました」

 

 俺は軽く会釈をしながら屋敷から出ていった。お礼を言われるのは悪い気分ではないが、大したことをしたわけじゃないので少し照れる。

 とりあえず、俺は人里を見て回ることを再開した。

 

 

 

 

 少し歩くと寺子屋らしき建物を見かけた。数人の子どもが中から出ていくのが見える。

 

「けーね先生さようならー」

「さようなら。気を付けて帰るんだぞ」

 

 先生に元気に挨拶する子どもが寺子屋から出てくる。元気なのは子どもの特権だ、大いによろしい。

 先生と呼ばれた人物も寺子屋から出てくる。あの長く青い髪にはなにやら見覚えが……というかさっき子どもに名前で呼ばれていたっけ。

 

「よう慧音。うまくやってるみたいだな」

「ん? ……おお、真! 久しぶりじゃないか!」

「久しぶり。慧音はこの寺子屋で先生をやっているのか? 随分子どもたちに好かれているじゃないか」

「ふふ、そう見えるか? それなら良かった。今こうしていられるのも真がここにつれてきてくれたおかげだ」

「きっかけはそうかも知れんが、あとは慧音の実力だろ。素直にすごいと思うよ」

 

 実際その通りだろう。人間だって、嫌われる先生は嫌われる。子どもに好かれるのは偏に慧音の人柄の良さのおかげだろう。

 先ほどから慧音の周りに何人も子どもたちが寄ってきている。

 

「せんせー、この男の人だれ?」

「先生の恋人さん?」

「ち、違うぞ。この人は私が昔世話になった人で……」

「恋人だ」

「恋人だね」

「ちゅーしないの?」

「すすすするわけないだろう!?」

 

 子どもは男女で話しているのを見るとすぐにそういう風に考える。まだまだ世界を知らないな?

 それにしても慧音は動揺しすぎだろう、子どもの戯言なんだから受け流せばいいのに。

 

「じゃあまたな慧音。今度はお互い時間があるときにゆっくり話そう」

「えっ? あっおい真」

 

 子どもに囲まれた慧音を置いてこの場を離れる。大量の子どもは苦手だ。

 同じ国に住んでいるんだ、慧音と会うことはまだまだあるだろう。

 そろそろいい時間帯だ。俺は博麗神社に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「行ってしまった…… そうだ、妹紅に真に会ったこと教えてやらないと……」

「あの男の人、なにか言ってたね」

「私知ってる。逢い引きって言うんだよ」

「ちちち違うからな? あれは単なる……」

「せんせーお顔赤いよー?」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 博麗神社につくと、境内を掃除している霊夢を見つけた。 俺は片手を挙げながら声をかける。

 

「よ、霊夢」

「あら真さん、いらっしゃい。紫たちはまだ来てないわよ。まぁ来なくていいけど。さ、上がって上がって」

 

 霊夢に案内され建物の中に入る。賽銭箱の横を通るとき、霊夢が中をチラリと覗いてニヘラと笑う。そんなに喜ぶほどここには賽銭が無かったのだろうか。喜んでもらえたなら悪い気はしない。

 中に入り、奥から霊夢がお茶を運んでくる。俺は熱いお茶が好きだ。子どもの頃は冷たくて甘い、炭酸の入ったジュースが好きだったが、いつの間にか好みが変わった。霊夢はこの年でもうお茶の良さが分かるのか。なかなか渋いヤツである。

 

 霊夢とゆっくりお茶を飲んでいると、外からなにやら声が聞こえてきた。

 

「……はっ、相変わらずいつ来ても寂れた神社だな。どうせまた賽銭箱も空のまま……何ぃ!? 中にお札が……ひい、ふう、みぃ…… よ、四円も入ってやがる! 一体何があったんだ……? とりあえず私もこの波に乗っておこう」

 

 カンカンっと、小銭が賽銭箱に入れられる音がする。霊夢がキラキラした目で俺を見てきた。確かに昨日、賽銭箱に金を残しておいたほうが賽銭が増えるとは話したが、こうも早く効果が出るとは……

 賽銭を入れた人物が、建物の中にやってくる。

 

「おーい霊夢、一体どういうことなんだ。お前なにか悪いことでも…… アンタ誰?」

 

 入り口を開けて姿を現したのは、金色の髪をした少女だった。

 お前が誰だと思ったが、子ども相手にそんな乱暴な言葉をいきなりは使わない。

 霊夢と同い年ぐらいの、霊夢よりも少し背の低い少女だ。

 

「いらっしゃい魔理沙(まりさ)、その人は真さんよ。魔理沙もお茶飲む?」

「いただくぜ」

 

 霊夢が簡潔に俺を紹介する。どうやらこの少女は魔理沙というらしい。見たところ年齢的に霊夢の友達だろうか。

 

「霊夢に男の影があるとは驚きだ。 それにしては少し年上な気もするが」

「そんなんじゃないわよ。そもそも真さんは妖怪だし…… 年上って点なら魔理沙が予想してる以上に年上みたいね。紫を子どものときから知ってるんですって」

「……あのスキマ妖怪の子ども時代なんて想像できないぜ…… じゃあコイツは、ものすごいジジイってことになるのか?」

「ちょっと魔理沙失礼でしょ」

 

 なかなか口が達者なお嬢ちゃんである。しかしなんら間違ったことではないため、こんなことでは怒らない。

 

「ははは、確かにお嬢ちゃんからみたらそういうことになるのかな。ワシももう十分生きたわい」

「おお……紫と違って余裕な返しだぜ…… それと私はお嬢ちゃんじゃない。霧雨(きりさめ)魔理沙っていう名前がちゃんとある」

 

 魔理沙と名乗る少女が鼻をフンスと鳴らす。ああ、たまにいるよなお嬢ちゃんとか呼ばれたら怒る子ども。

 

「それで……真っていったっけ。お前は何の妖怪だ? 紫以上の大妖怪とか」

「いや、単なる狐の妖怪だ。できることといえばせいぜい……そうだ霊夢、はいお土産」

 

 俺は懐から木の葉を二枚取り出した。あらかじめ町で買っておいた羊羮と、先ほど町で手を貸した少女から貰ったものだ。折角なのでこの場に出そう。

 俺は木の葉の変化を解いた。

 

「うわっ、葉っぱが羊羮の箱に変化したぜ!」

「少し違うな。土産を葉っぱに変化させておいて、今その術を解いたんだ」

「へぇー、便利なもんだな。泥棒とかに使えそうだ」

 

 魔理沙がゲスいことを言っている。コイツはあれだ、某猫型ロボットの秘密道具を見たらまず悪用することに考えが行くタイプだな。

 

「真さん、こっちの箱の中身も食べ物なの?」

「ああ、多分な」

「多分? ……まぁいいわ。羊羮を切り分けてくるからちょっと待っててね」

 

 俺の土産を二つとも持って霊夢は台所へと行った。魔理沙と二人でお茶を飲みながら霊夢を待つ。

 程なくして、霊夢がお盆を持って戻ってきた。

 

「ちょっと真さん……これどうしたのよ。かなり高級なきんつばみたいなんだけど……」

「ん? ああそっちはな、町で大荷物を持った女の子がいたから助けたらお礼に貰ったんだ。そうかきんつばだったか」

 

 霊夢が、持ってきた皿を俺たちの前にそれぞれ並べる。霊夢の驚いた顔を見る限り、結構なところのきんつばらしい。あの程度のことで悪いなぁと思う一方、俺の土産が霞んで見えるようでなんとなく凹む。一応安物ではない物を選んだつもりだったが。

 

「お、こりゃいいな、うまそうだ。でも霊夢になんで高級なんてことわかるんだよ」

阿求(あきゅう)んトコに話をしに行ったときに出てきたのよ。幻想郷縁起だっけ?」

「ああ、なるほどな…… なぁ真。真の助けた女の子って、紫色の髪をしたおかっぱの娘じゃなかったか?」

「ん? あまり覚えていないが……言われてみたらそうだった気も……」

 

 顔が隠れるほどの荷物を抱えていたので記憶に薄い。そもそもちょっと話しただけの人間の顔を、覚えるのはあまり得意ではなかった。

 

「やっぱり。大体、町に住むいいとこの女の子とか阿求くらいなもんだ」

「ま、それはどうでもいいじゃない。せっかく貰ったんだからさっさと食べちゃいましょう、できれば紫が来る前に…… んっ、美味しい」

 

 そう言って霊夢がきんつばを頬張る。美味しそうに食べる子だ。つられて俺も口にする。

 うわ、うまい。阿求……と言ったか、もしまた会うことがあったら礼を言っておこう。

 

「……でさぁ、話戻るけど、真は紫の子どものときを知っているんだろう? 一体どんなヤツだったんだ? やっぱり最初から胡散臭いやつだったとか」

「あ、私も気になるわねそれ。紫に聞いても答えてくれないし」

「……紫が何も言わないなら俺からは何も。でもそうだな、かなり素直でよく寝る子だった……」

「そこまでよ真」

 

 いきなり俺の横にスキマが開き、中から出てきた手に持たれた扇子によって口元を塞がれる。どうやら紫の登場らしい。

 

「なにが『紫が何も言わないなら俺からは何も』よ。しっかり言ってるじゃない」

「紫が素直? 嘘くさいわねー」

「それに、今も紫様はよく寝る方でいらっしゃるしな」

 

 スキマから、紫に続いて藍が出てくる。

 藍と会うのも久しぶりだ。初めのころ地底には何度か来ていたみたいだが、さとりに伝言を残すだけで、ついぞ会うことは一度も無かった。

 

「よ、藍。久しぶり」

「……久しぶりだな真。会いたかったよ」

「俺もだ」

 

 『会いたかった』と言われると、挨拶程度のことだと分かっていても結構嬉しい。俺の返しは紛れもない本心である。

 

「真、まずお前に紹介したい子がいるんだ。一旦外に出てくれるか」

「ん? ああ分かった。紫、俺の残りでよかったらそれ食ってもいいぞ」

 

 そう言い残し外に出る藍についていく。

 なんだか昔、紫にも似たようなことを言われた気がするな。あのときは確か幽々子を紹介されたんだっけ。

 

「……で、どこに行けばいいのかな」

「ここでいい。真は少しだけ待っててくれ。いま連れてくる」

 

 藍はスキマを開いて、中に入ったかと思ったらすぐに戻ってきた。

 黒い猫耳を生やした小さい少女を連れている。

 

「さ、(チェン)。自己紹介だ」

「は、はじめまして! 藍さまの式の橙といいます!」

「はじめまして。俺は……」

「藍さまからお話はうかがっています! 藍さまと同じ、妖狐の真さま、ですよね?」

 

 自己紹介に応えようと思ったらすでに俺のことは知っているらしい。藍からいったいどんな話を聞いているのだろう。

 

「私、真さまにずっとお礼が言いたかったんです!」

「は? ええと、特に理由が見当たらないんだが」

「真さまは藍さまの命の恩人だと聞いてます。今の藍さまがあるのは真さまがいてくれたお陰だと。 ……ですから、いま私が藍さまの式でいられるのも真さまがいてくれたお陰なのです! 真さまありがとうございます!」

 

 予想外のことに少しだけ驚く。別に俺は無限の樹形図を目指しているわけでもなんでもない。ただ、目の前にいた傷付いた妖怪を自分の都合で助けただけだ。それなのに藍がこの子にした説明といい、この子の真っ直ぐなお礼といい、いったいなんなのだろう。あんまり見るな照れるだろうが。

 

「……いい子じゃないか」

「だろう? 私の式だぞ」

「はい! いつか藍さまを助けられるくらい立派な式になってみせます!」

「……そうか。橙、ちょっとおいで」

「……? はい」

 

 とてとてと、橙が俺の元に近づいてくる。俺は膝を曲げて橙と目線の高さを合わせると、やってきた橙の頭を優しく撫でた。

 

「頑張れよ」

 

 まだ小さいのに、やる気があって大変よろしい。なんとなく、藍の式には最初から強い妖怪ではなく、幼い妖怪を育てるほうが合っていると思った。藍に似ていると思った慧音を、今日寺子屋で見たからだろうか。

 

「は、はわわ……ありがとうございますっ」

 

 橙は撫でられることに最初少し戸惑いを見せたが、すぐに眩しい笑顔に切り替わった。つられて俺も微笑み返す。

 

「……それでは、私はお留守番に戻りますね!」

 

 そう言って橙は藍の元へ戻っていった。なにやら藍にも頭を撫でられている。

 お留守番、ということは、藍や紫と一緒に住んでいるのかな。そんなことを思っていると藍がスキマを開いて、橙はその中へと戻っていった。

 

 

「(……特に面白い出来事は無かったな)」

「(そう? 真さんが優しい妖怪だってことが改めて分かったから私は十分だけど。最後のあの笑顔にはやられたわね)」

「(……真は特に子どもに対して優しいからね)」

「(……そうなの? よし、じゃあ魔理沙。ちょっと真さんのところにいって甘えてきてよ。この中じゃ一番子どもでしょ)」

「(なんでだっ!? 私は霊夢と同い年だぜ?)」

「(見た目よ見た目。私より背が低いじゃない。早く行きなさいよお嬢ちゃん)」

「(……いいだろう。私の美貌で真をメロメロにしてやるぜ)」

「(紫、魔理沙がどこまでできるか賭けましょうか)」

「(いいわよ。じゃあ頭を撫でてもらえるのが関の山だと思うわ)」

「(私もそう言おうと思ってたのに、これじゃ賭けにならないじゃないの)」

「(見てろ。思わず抱き締めたくなるくらいに魅了してくるから)」

 

 

 藍と共に神社の中に戻ろうとすると、魔理沙が一人縁側に足をぶらぶらさせて座っていた。

 

「どうした魔理沙。中に入らないのか?」

「し、真。えーと、霊夢と紫のヤツが、私を外に追い出してきたんだ。えーん(棒)」

「(ぶはっ。ちょっと魔理沙下手くそすぎない?)」

「(これじゃあいくら真でも……)」

「なに? そうかよしよし、もう泣くな。俺が一緒についててやるから、中に戻ろうな? よっと」

「わっ」

「「(な、なんですって!?)」」

 

 魔理沙を抱きかかえて中に戻る。む、少し魔理沙は大きいから右腕だけで支えるのは難しいな、まぁ特に問題はないが。空いている左手で襖を開く。

 

「霊夢、喧嘩したらだめじゃないか。それと紫も、一応年上なんだからちゃんと面倒見ろよ」

「(紫が()()年上……)わ、分かってるわよ。魔理沙、負けたわ。貴女の勝ちよ」

「そ、そうね。少し真を侮っていたわ」

 

 謝っているのかよく分からない二人を尻目に、魔理沙を抱えたまま座ってあぐらをかく。そのまま魔理沙を足の上に座らせた。

 

「……ねぇ藍、お腹が空いたわ。お夕飯を作ってちょうだい」

「かしこまりました紫様。霊夢、台所を少し借りるぞ。夕餉の材料につかっていいものはあるか?」

「アンタらに食わせる余計な物は無いわ。自分で用意しなさい」

 

 霊夢がきっぱりと言い放つ。お賽銭や言動から薄々感じてはいたが、どうやらこの神社の経済状況はあまり芳しくないようだ。

 

「……なぁ魔理沙。魔理沙は何か食べたいものはあるか?」

 

 俺は前に座っている魔理沙に尋ねる。このままだと立ち上がっている藍が手持ち無沙汰になってしまうので、ここは俺が飯の材料を用意しよう。

 

「そうだなぁ…… 夜はまだ少し冷えるから、最後にきのこが入ったお鍋でも……って何でそんなことを聞くんだ?」

「鍋か、いいな。藍、材料はこれを使ってくれ」

 

 俺は懐から木の葉を取りだし、順に元に戻していく。肉、豆腐、野菜、油揚げといった基本の鍋の材料と、魔理沙がリクエストしたきのこ類だ。

 

「……すまないな真、ありがたく使わせてもらう。じゃあ今から準備するから待っててくれ」

 

 藍は俺から材料を受け取り、台所へと向かっていった。台所へと向かう藍の後姿を見て、ふとエプロン姿の藍を想像する。やけに似合っているような気がしてなんだか面白い。

 

「すごいな…… 真の懐の中にはいったいどんだけ物が有るんだ?」

「基本食料ばっかりだ。道具とかはその場で作れるからな」

「へえ……いいわねぇ。真さん良かったらこの神社に住まない?」

「遠慮しておこう。別に住むところには困ってないし」

 

 霊夢の打算的な考えがありありと見て取れる。別に住んでもいいのだが、今は妖怪の山にも居場所はあるし、そもそも紫が許さないのではないだろうか。

 

「いや、それいいかもね。ここにいるならいつでも会えるし……霊夢の面倒を見てあげて?」

「え? いやしかしだな……」

 

 予想外に紫が参戦してくる。紫の中の霊夢を甘やかしてはいけない基準がよく分からない。

 

「(ほら魔理沙! アンタもなんか言いなさい! 今ならアンタの言葉が一番効くわ!)」

「……なぁ真。私もよくここには来るから真がいてくれたほうが嬉しいぜ。真は私のこと嫌いか?」

「……えぇ……?」

 

 三人から神社に住めという圧力を感じる。なんだろう、別に嫌ではないのだがなんとなく首を縦に振りたくない。

 

「……じゃあこうだ。藍も、俺がここに住んだほうがいいと言うのならそうしよう。その代わり俺の好きにすればいいとかそれ以外の答えなら、俺の住処は妖怪の山のままだ。どうだ?」

「いいわよ」

「いいでしょう」

「いいぜ」

 

 三人がそれぞれ了承する。決まりだ、俺の今後は藍に定められた。といってもどっちに住もうが俺としてはあまり変わらないと思う。

 しかしこうして勝負をする以上、勝ちたいと思うのは当然だ。

 

「霊夢ー、運ぶのを手伝ってくれー」

「あ、はーい」

 

 台所から藍の声が聞こえる。どうやら鍋は完成したようだ。三人が小細工できないように、藍が現れたら即行で尋ねよう。

 程なくして、藍と霊夢が鍋と人数分の食器を持ってきた。俺はすかさず藍に尋ねる。

 

「なぁ藍。紫たちが、俺はこの神社に住んだほうがいいと言うんだがどう思う?」

「え? そうだなぁ……真の好きなようにするのが一番じゃないか?」

 

 勝った! 俺は心の中でガッツポーズをとる。

 

「……ただ私も、妖怪の山よりここに住んでるほうが会いに来やすいな。妖怪の山は部外者には冷たいし、私個人としては、真がここに住んでくれるほうがありがたいかな」

「なん……だと……?」

 

 これは……どうなんだ? 俺としては負けた気がするが、三人がどのように受け取ったかはまだ分からない。まだ俺にも勝機が……

 

「はい、決まりね」

「じゃあ真は今日からこの神社に住むということで」

「おおっ、美味しそうだぜ! 早く食べようじゃないか」

 

 無い。完全試合で俺の負けだ。

 

「なぁ真、いったいどうしたんだ?」

「なんでもない。今日からここに住むだけだ。さ、食べようか」

 

 気を取り直して、夕飯を食べよう。

 俺は、自分で作った料理よりも、誰かが作ってくれた料理のほうが美味しいと感じるほうだ。働かずに食う飯は美味いのである。

 

「「「いただきます」」」

 

 皆で手を合わせて、さあ飯だ。目の前に魔理沙がいるため食べにくいが、まぁいいか。残ったものをゆっくり食べればいい。いつだって大人はそういう役回りだ。

 

「んっ、いつも通り美味しいわ藍」

「恐縮です」

「あっ霊夢お前肉ばっか食い過ぎだろ!」

「早い者勝ちよ」

「まぁまぁ、まだあるから好きなように食え」

 

 俺は、今も昔も好きなものばかり食べている気がする。そんな俺が「野菜もちゃんと食え」など言えるわけがない。まぁ野菜は野菜でおいしいのだが、子どもは肉が好きだよな。

 

「真、甘やかすのはダメよ。キチンと言ってあげて」

「え。しかしなぁ……」

「ほら、霊夢も魔理沙も、野菜をちゃんと食わねば大きくなれないぞ」

「む」

「藍に言われると説得力が違うぜ」

 

 皆で鍋をつつきながら、博麗神社の夜は更けていく。

 とりあえず明日また、妖怪の山を離れることを告げにいかないといけないのが面倒だと思った。

 

 




「……真」
「……あれ、藍まだいたのか」
「これから真は、この神社に住むんだな」
「まぁな」
「……それじゃあ今度は好きなときに会えるな。また橙を連れてこよう」
「ああ。 ……そういえば夕飯に橙を呼ばなくても良かったのか? 一人で留守番だろう?」
「……橙がな、『藍さまが久しぶりに会えた真さまとゆっくり話せるように』って、わざわざ気を利かせてくれたんだ」
「へぇ……いい子じゃないか」
「だろう? 橙はああ見えてしっかりと考えることができていて……」
「(……長くなりそうだな。今夜はゆっくり藍と話すか)」


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