東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十三話 チルノと大妖精

 

「……へー、じゃあ輝夜も永琳もこの幻想郷に来てるのか」

「そうだ。あの竹林ごと全部まとめて転移させられた」

 

 妹紅のあれからの話を、幻想郷を歩き回りながら聞かせてもらう。妹紅とは共に旅をしていたときも、こうやって歩きながら話すことが多かった。人里ではなく、人里の外の適当な道を俺と妹紅は歩いている。

 

「輝夜と永琳にもまた会いたいなー、あいつらどこにいるんだ?」

「……人里を挟んで逆方向だよ」

「あちゃ、マジか」

 

 妹紅は輝夜と出会うことができたそうだ。そのとき慧音が一緒にいたため、幻想郷の存在を知って共にここまでやって来ているのだという。

 会いたいが、まぁ同じ国にいるんだし機会があれば会えるだろ。急いで会いに行く必要はない。

 

「……真とこうして並んで歩くのは懐かしいなー。いつも大抵は、人里と輝夜のところを行ったり来たりしてるんでここら辺には来たことがない。また真と旅をしてる気分だ」

「ほう、輝夜とは仲良くやっているみたいだな、良かった良かった……ん?」

「こらー! ここはあたいたちのナワバリだぞー! 進入禁止ー!」

「チ、チルノちゃん……」

 

 妹紅と二人で歩いていると、目の前に子どもが二人で飛び出してきた。真っ先に飛び出してきた青い髪の少女と、その少女を止めるように飛び出してきた緑の髪の少女だ。背中に羽が生えているところを見ると妖精だろうか。

 

「縄張りって……ここが?」

 

 俺は辺りを見渡してそう言った。ここは人里の中ではないが、しっかりと整備されている道である。人通りがあるであろうこの場所を縄張りと呼ぶのには少し無理があるのではないだろうか。

 

「そうだ! さっきここら一帯を、あたいと大ちゃんのナワバリに決めた! あたいと大ちゃんの遊びのジャマをするヤツには罰を与える!」

 

 元気一杯の妖精少女がふんぞり返る。普段妖精というものは、人前に姿を現すことはあれど直接干渉してくることは滅多に無い。やることといえばせいぜい隠れてイタズラする程度だというのに、この少女は妖精にしては珍しい性格だ。

 

「……あぁすまない、ここが君たちの縄張りであることに気付かなくてな。邪魔をするつもりは無かったんだ。それと、できれば通る許可がほしいんだが」

 

 妖精といっても単なる子どものようなものだ。無駄に反発せず、相手に合わせたままこの場をやりすごそう。

 

「む。なかなかシュショーな心がけね。よし、その態度に免じて、あたいに勝ったらここを通るキョカをあげるわ! 弾幕ごっこで勝負よ!」

「……いいだろう。よし妹紅行け」

「えっ、私が!?」

「だって俺、ルール知らんし」

 

 ポケモントレーナーばりにいきなり勝負を挑んできた少女の相手を妹紅にまかせる。

 弾幕ごっこについては紫から軽く説明は受けているし、霊夢と共にスペルカードは作ってはいるものの、いまいち勝手が分からない。

 

「アンタが戦うのね! それじゃあ『勝負よ』!」

「……仕方ないな、『来い』!」

 

 妖精と妹紅が高く飛び上がると、周囲に結界が形成された。あの結界の中でのみ妖力の弾は効果をなし、周囲に無駄な被害は出ないのだという。

 

 地上には俺と、大ちゃんと呼ばれていた妖精が残された。大ちゃんは、空を見上げてはあわあわとし、俺を見てはびくびくしている。青髪の妖精に振り回されてここにいる、内気で臆病な子のようだ。

 

「……! ……!」

「大丈夫、何もしないから。 ……さ、友達の応援でもしてあげな」

 

 そう言って俺はその場に座り込む。無駄にこちらから大ちゃんにアクションをかけても怖がらせるだけだ。何もしないことを全身でアピールしつつ、向こうが俺に興味を持って近づいてきたら相手をすればいい。これが子どもとの接し方だ。

 

「頑張れ妹紅ー!」

「……うわっ、真! こいつ妖精のくせに手強いぞ!」

「よそ見をしているヨユーなんて無いわ! 凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

「氷の弾っ!?」

「……おぉー」

 

 沢山の輝く弾が、妹紅に向かって襲いかかる。おお、なんか綺麗だ。これはやるよりも見ているほうが面白いかもしれない。

 

「……あの」

「ん、なんだ?」

 

 大ちゃんが俺の近くに寄ってくる。そして腰を下ろしている俺に対してペコリと頭を下げてきた。

 

「チルノちゃんがその……迷惑かけちゃってごめんなさい」

「へ? ああ、いいよいいよ」

 

 チルノというのは、いま妹紅と戦っている妖精のことだろうか。たしかにいきなり絡まれはしたが、俺は特に被害を受けたわけでもない。わざわざ大ちゃんが謝るなんて、しっかりとした考えを持った子のようだ。

 

「……でも、この道を誰かが通るのは珍しいです。お兄さんたちは何をしにここまで来たんですか?」

「……んー、用は特に無い。ただこの国を見て回ろうと思ってな。大ちゃんだっけ、大ちゃんたちはいつもこの辺で遊んでるのか?」

「はい、チルノちゃんと一緒によく遊んでます」

「ふーん。 ……それにしても長いな。どっちが優勢なのかもよくわからん」

「そうですね……」

 

 大ちゃんと会話しながら妹紅たちの試合を見る。

 見た目が綺麗なのはいいが、ずっと見上げていると首が疲れるな。少し休憩させてもらおう。

 

「大ちゃん大ちゃん、ちょっとこれ見て」

「なんですか……ひも?」

 

 俺は近くの小石を、輪っかになった紐に変化させた。それを両手の指にかけて大ちゃんに見せる。

 

「これをこうして……こうして……こうすると……はい、『鉄橋』~」

「わぁ~……!」

「更にここからこうすると……『亀』~」

「わぁ~! これが甲羅で、それぞれ手足と頭と尻尾ですね!」

「そして最後に……『飛行機』~」

「……なんだかよく分かんないけどすごいです!」

「おまけに、片手の中指と人差し指だけに紐を残して……大ちゃん、この紐のどれか一つを、ゆーっくりと引っ張ってご覧?」

「え? じゃあこれを……こうですか? …………わ、絡まらずにきれいに取れちゃった!」

 

 大ちゃんがキャッキャと喜んでいる。

 まぁ単なるあやとりなのだが、速く作ると意外に凄く見えるものだ。

 

「すごいです! どうやって作ったんですか?」

「……結構難しいぞ? まずは簡単な『箒』とかから教えよう。まずは紐をこんなふうに、片手の親指と小指に引っ掛けるんだ。はい」

 

 もうひとつ紐を作って大ちゃんに手渡す。

 妹紅たちの戦いをそっちのけで、俺はあやとりに勤しむことにした。

 

 

 

 

「……で、最後はここを引っ張る。あまり強く引くんじゃなくて、優しく引っ張るんだ」

「こう……ですか? ……あ! できたできた!」

「よっしゃ。良くできたな」

「……おい真。一体何をやってるんだ」

「ん? おお妹紅終わったか。どうだった?」

「見とけよ! 勝ったよ!」

 

 気が付いたら妹紅が弾幕ごっこを終えて戻ってきた。どうやら妹紅が勝ったらしい。子ども相手にそれはどうなんだろう。

 子ども相手の勝負事は、勝ったら再戦を要求され、負けたら子どもが調子に乗る。つまり引き分けを狙うのが基本なのだ。弾幕ごっこに引き分けがあるのかは知らないが。

 

「こらー! 大ちゃん! あたいのユウシも見ずになにやってるの! もう一回戦いを挑むから次は……」

「あ、チルノちゃん! 見て見て『箒』! お兄さんに教えて貰ったの!」

「へ? ……なにそれすごい! あたいにも教えて!」

「あっ、待ってよチルノちゃん! 次は別のを教えて貰うんだから!」

 

 チルノと大ちゃんが俺の周りに寄ってくる。先ほどの妹紅との勝負も忘れ、興味の湧いたことに意識が行ってしまうのはいかにも子どもらしい。

 

「……私が勝負している間に……」

「……どやぁ」

「なんだその、してやったり顔は」

「戦わずに勝利する男、鞍馬真。いいなこれ、阿求の本で二つ名にしてもらおう」

「……やめとけ」

 

 妹紅が呆れた表情をする。結構かっこいいと思うんだが。

 

「さ、じゃあ二人でできるヤツ教えるからこっち来い。俺と妹紅でやって見せるから」

「……まだ真の子ども好きは健在か。しかも私も付き合わされるし」

 

 妹紅に座るよう手で促す。妹紅がまだ黒髪時代の子どものころ、一緒にあやとりでも遊んだはずだ。

 

「まずは一人がこうやってだな……」

「大ちゃん! あたいにやらせて!」

「いいよー」

「こう?」

「妹紅、見てやってくれ」

「わかったよ。 ……コイツの手ぇ冷たっ!」

 

 妹紅とチルノも混ぜて、四人みんなであやとりを始める。なんて平和的解決法だろう。

 しばらく、妹紅と二人で妖精二人の面倒を見た。

 

 

 

 

 

「……あー楽しかった! アンタなかなかやるわね! あたいたちの子分にしてやってもいいわよ!」

 

 かなりの時間一緒に遊んだ後、チルノが俺に対して言ってくる。子分かぁ、俺の弟子(妹紅)に負けた相手の子分とは、力関係どうなるんだろうな。

 

「マジすかお頭。遠慮しときます」

「そっちのアンタはなかなか手強かったわね! トクベツに副リーダーにニンメーしてもいいよ!」

「無視か」

 

 慎んで辞退しようと申し上げたら、チルノは妹紅のほうに意識が行っている。これはもう否応無く子分にされてしまったな。

 

「……副リーダーて、私勝ったと思うんだけど」

「妹紅を副リーダーにしちゃったら大ちゃんは何になるんだよ」

「大ちゃんはサンボーチョーカン!」

「……参謀長官かあ、良かったな大ちゃん」

「え? わ、わーい?」

 

 大ちゃんが首をかしげながら喜ぶ。

 チルノは参謀長官なんて言葉どこで覚えたんだろうか。意味を理解しているかも不明だ。

 

「なぁ、もうそろそろ帰る時間じゃないのか?」

「む! 本当ね! 大ちゃん、早く帰ろう!」

「そうだね。 ……お兄さん、お姉さんも、今日は楽しかったです。また会ったら遊んでくださいね?」

「二人はあたいの手下だから、トクベツにまたここに来てもいいからね! バイバーイ!」

 

 もう時間も遅い。妖精二人は十分満足したのか、飛んで帰ってしまった。

 俺と妹紅は二人が見えなくなるまで、二人で手を振って見送った。

 

「……じゃあ、俺たちも帰るか」

「……そうだな」

「懐かしいなー。小さかった妹紅ともよく、あんな風に遊んでた」

「そうだっけ。よく覚えてないんだけど」

「子どものときの記憶なんてそんなもんだろーな」

 

 チルノにも大ちゃんにも、俺たちは自己紹介をしていない。大ちゃんは『また会ったら』なんて言っていたが、次会うときに二人が自分達のことを覚えているか怪しいところだ。短い間隔でまた会ったら、覚えていられるんだろうけども。

 

「……歩いて帰ったら間に合わないな。妹紅、飛んで帰ろうか」

「分かったよ。 ……そうだ真。もし輝夜たちに会いに行くときは私に言ってくれ。私はあの竹林の道をよく知っているから案内できる」

「そうなのか。じゃあ迷ったときにお願いするよ」

「……迷う前に頼ってほしいんだけど」

 

 妹紅と共に、夕日を横目に飛んでいく。

 夕日を見つめる妹紅の目は、いつも以上に紅く見えた。

 

 


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