東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十六話 フランドール・スカーレット

 

 『答えを出す程度の能力』を使った日の夜は、総じて眠りが深くなる。その深くなった時間にこそ差異はあれどそれが事実であることに変わりはない。

 普段では人の気配がするだけで目が覚めてしまうほど眠りが浅い俺ではあるが、昨日は能力を使いすぎた。先ほど俺が目覚めて外を見ると、太陽が完全に昇っているようだ。

 

「おはようございます。よくお眠りになってましたね」

「……あー、咲夜か、おはよう。俺に用事か?」

 

 目覚めるとすぐそこに咲夜が立っていた。起きたてそうそうメイドさんに挨拶されるとは、自分が貴族にでもなった気分である。

 頭を少し掻きながら俺は咲夜に、何の用事があってここにいるのかを尋ねた。

 

「朝食の準備ができましたのでお迎えに参りました。真様はまだこのお屋敷の構造に慣れていらっしゃらないでしょうから案内させていただこうかと」

「……もしかして起きるまで待たせちゃった?」

「いえ。私が来てすぐに真様はお目覚めになりましたが」

「……そっか。すぐ準備する」

 

 そう言って俺はベッドから立ち上がった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 今日はパチュリーのいる図書館を、パチュリーの喘息に悪影響が起きないよう大掃除を行う予定だ。しかしさすがに全体を掃除するのは面倒なので、パチュリーがいつもいる場所……本を読む机やソファーの周りを中心に掃除していく。申し訳無いがその間パチュリーには図書館から出てもらい、こあと共に紅茶でも飲んで時間を潰してもらうことにした。

 たったいま掃除が一段落ついたところだ。これから図書館の窓を全開にして、空気全体を入れ換えよう。

 

「……よし、少しこの状態で放置するか…… ん?」

 

 最後の窓を開けると、近くの壁に扉があることに気が付いた。この図書館の出入り口は大きい扉のあそこのみである。一体この扉はどこに繋がっているのだろう。

 少し気になった俺は、その扉を開いてみた。

 

「……なんじゃこりゃ、地下に続く階段? 紅魔館には地下も存在するのかよ」

 

 扉の先には、下りの階段だけがあった。明かりは存在しないために真っ暗で、先が全くと言っていいほど見えない。この先には何があるのだろうか。

 今は図書館の空気を入れ換える時間で、少し待つ必要がある。その間何もしないのもなんなので、少しこの先を探検しようと思った。

 扉を閉めたら真っ暗だ。俺は手から狐火を出すと、そのまま階段の奥へと進んでいった。

 

 

 

「……そういえば真、一つ言うことを忘れていたわ。ここ以外の扉を見つけても、決して奥には…… 真? いないわね…… まさか……!」

 

 

 

 

「……深っ」

 

 かれこれもう五分以上、俺は階段を降り続けていた。依然として先には階段と闇が続いている。ここまで来たら何か見つけるまで戻りたくない。

 

「……帰りは階段上るの面倒だなぁ……飛んで帰ろ……ん?」

 

 独り言を呟きながら階段を進んでいると、階段が途切れ、突き当たりに一つの扉が現れた。

 少しボロッとした扉で、少し押したら簡単に開く。俺は扉の奥に足を踏み入れた。

 

「……お、少し明るい。ここは……牢屋?」

「……だれか来たの?」

「! 誰かいるのか?」

 

 扉の先は部屋のようだった。鉄格子が途中に嵌まっており、誰かを閉じ込めているような雰囲気だ。

 鉄格子の奥から声が聞こえた。声の主が姿を現す。

 

「……見たこと無い人間。お姉さまでもパチュリーでもない」

「……子ども?」

 

 鉄格子の奥から現れたのは、レミリアと同じくらいの少女だった。金色の髪をしたその少女は、首をかしげながら俺に尋ねてくる。

 

「あなた、だれ?」

「俺は真。君はどうしてこんなところにいる? 閉じ込められているのか?」

 

 この部屋は、どう見てもこの少女を閉じ込めている牢屋である。一体なぜ、この少女はここにいるのだろうか。

 

「……閉じ込めているんじゃないわ、私は自らの意思でここにいるの」

「……はぁ、そりゃまたどうして」

「それは、私が危険だからよ」

「……危険?」

 

 俺は少女の言葉を繰り返す。危険って、こんな幼い少女の何が。こんな子でも厨二病にかかる時代なのかな。 

 

「……そう、フランにはありとあらゆるものを破壊する能力がある。その力をうまく使いこなせないから、私の図書館の下に封印しているの」

「あれ、パチュリー?」

 

 いつの間にかパチュリーが後ろにいた。

 ヤバい、掃除をせずに勝手にこんなところにいて、もしかしたら怒られるかもしれない。

 

「あ、あのだなこれは……」

「……最初に説明しておくべきだったわ。とにかくここは危険だから早く部屋の外に出るのよ」

「え? お、おい」

 

 パチュリーに腕を引かれて、部屋の外に連れ出される。何がなんだか分からない。

 

「……何がなんだか分からないって顔をしてるわね。いいわ、見てしまったなら仕方がない、説明してあげる。あの子は……」

 

 階段を上りながらパチュリーが俺に、先ほどの少女のことを説明する。

 

 少女の名前はフランドール・スカーレット。レミリア・スカーレットの妹だ。彼女は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持っているらしく、人間も妖怪も簡単に殺してしまうことができるらしい。

 危険な能力などたくさんある。ようは能力を持っているヤツの使い方次第なのだから、別に閉じ込める必要など無いのではないか。そのことをパチュリーに尋ねると、どうやらフランドールは、能力を使いこなすことができず、更に少し精神が不安定らしい。 フランドールは自分もそのことを理解しており、進んで封印されているそうだ。

 

「……でもさぁ、それってなんだか可哀想じゃないか?」

「……私だってそう思うわ。でも、姉であるレミィや、フラン本人がそれで納得しているんだもの。部外者の私が言えることなんて無いわ」

「……ふーん」

 

 そこまで話して階段を上りきる。

 俺は図書館の掃除を再開しながらも、フランドールのことが気になった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「よ、フラン」

「あ、真! 今日も来てくれたの?」

「ああ、今日は絵本を持ってきた。どれか読んでほしいのはあるか?」

 

 あれから、俺はこっそり毎日フランに会いに行っていた。同情でも愛情でもない、何情だか分からないが、とにかくフランのことを放っておけなかった。

 最初こそフランには煙たがられていた気がするが、怖がるそぶりも見せない俺についに折れ、今では普通に接するようになった。もちろん俺がフランを怖がらなかったのは、能力で自分の安全を確認していたからだが。

 

「じゃあこれ!」

「かぐや姫ね、分かった」

 

 フランは、見た目と同じで幼い性格をしていた。ずっとこの部屋に閉じ込められていたので精神的に成長する機会が少なかったのかもしれない。

 次第に俺は、どうにかしてこの幼い少女を外に出してやりたいと思うようになった。

 

「『こうしてかぐや姫は、月へ帰ってしまいました。』 ……と、絵本はここで終わりだが実は違う。かぐや姫はこのあと月へは帰らず、月から迎えにきた使いの者たちから逃げ出し、今も地上に残っているんだ」

「ええ~本当~? なんでかぐや姫は月に帰らなかったの?」

「月へ行っても楽しいことが無かったからさ。かぐや姫は地上に残るほうが自分にとって良いと考えた。やりたいことをやったんだ」

「……ふ~ん」

 

 フランへの絵本の読み聞かせを終了する。一緒に絵本を読むために膝の上に乗せていたフランを前に降ろし、俺はフランに問いかけた。

 

「……なあフラン、いつまでもこの狭い部屋にいてつまらなくないのかよ。外に出てみたいとは思わないのか?」

「……本当は、いつもお外に出てみたいと思っているわ。でもやっぱり私は危険だから……」

「危険って、俺は何度もここに来ているけど危険な目にあったことは一度もないが」

「それはそうだけど……でもダメよ。私は感情が昂ると、能力の制御が効かなくなるの。お外では何があるか分からないし……」

「……じゃあ、能力をコントロールできるようになればいいんだな」

「……えっ?」

「よっし分かった。じゃ、フランまた明日」

「え、あ、うん。バイバイ」

 

 俺がここに来ているのは、紅魔館の他のメンバーには内緒にしている。どうやら日に三度、咲夜はフランに食事を持って来ているらしいので長居はできない。

 俺はフランの部屋を後にした。

 

 

「……よーし、外に出たいって言質は取ったぞ。あとは……」

「あら、真。今日もフランのところに行っていたの?」

 

 フランの部屋から戻ってきたところを、パチュリーに話しかけられる。フランの部屋に続く扉は図書館にあるため、パチュリーがここにいるのは当然だ。

 

「……え? ナニヲイッテイルノカワカラナイナー」

「……誤魔化すのが下手すぎるわよ。言っておくけど、フランがあそこから出たら私気付くから。フランをあそこに封印しているのは私だもの」

「……さ、マッサージの時間だな。ソファーのところに戻った戻った」

「……そうね」

 

 パチュリーをうまく誤魔化し、ソファーの位置まで移動する。

 ……そうか、フランを勝手に出したらバレるのか。フラン以外にも何とかする物事があるみたいだ、さてどうしよう。

 

 

 

 そう考えた俺はその日の夜、部屋で能力を使用した。考えても分かることではないし、何より絶対に失敗はできない。

 

「……『フランが能力を制御できる方法』、ついでに『フランが外に出られる方法』。 ……! へぇ、なるほどね……全部分かった」

 

 能力を使用して、出てきた答えに納得する。

 レミリアからは、具体的にいつまで紅魔館に滞在するのか言われてなかったが、どうやら終わりが見えてきたようだ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 翌日俺は、レミリアの部屋に訪れた。善は急げ、昨日能力を使って分かったことを早速俺は実践する。

 

「よ、レミリア。ちょっといいか」

「真じゃない。何か話でもあるのかしら」

 

 紅魔館に来て最初に訪れたレミリアの部屋。今は咲夜は見当たらず、ここにいるのは俺とレミリアの二人だけだ。

 

「ああ。いい加減ここに来て、何かしたいと思ってな」

「あら、パチュリーから聞いてるわよ。貴方パチュリーのためにいろいろしてくれてるそうじゃない。真のおかげで喘息の調子がすこぶる良いって、この前楽しそうに話してたわよ。 ……もしかしたら真が来ることで紅魔館が得られる大きな発展って、このことだったのかしら」

「はは、それはないだろ」

 

 俺は笑いながらも確信を持って否定する。レミリアも本気で言ったわけではないのだろう、普通に話を元に戻した。

 

「でも……何かするにしても未だに計画すらできていないわ。真に何かしてもらうためにはまずそれを決めなければならないのだけど…… 今まで私が何個か出した案に、真は何かと否定的じゃない」

 

 レミリアは、自分の名前を幻想郷に広めるべく何か大きいことをしようとしている。それ自体は別に構わないのだが、レミリアの考えるものはどれも決め手に欠けるものがあった。

 『幻想郷の住人を夜な夜な襲って吸血鬼にしてしまう』だとかは物騒すぎるし、『紫を倒して新しく幻想郷の支配者になる』はおそらくレミリアには無理だと思う。幸いなことに、俺がいることで紅魔館に大きな発展が得られると思っているレミリアは、俺が難色を示せば諦めてくれたが。

 

「それなんだが……レミリアが自分でボツにした案があっただろ。あれなんかは俺はいいと思ったぞ」

「ああ、霧で幻想郷を覆うやつ? 私あれ地味だと思ったんだけど」

 

 レミリアの出していた案に、幻想郷中を霧で覆うというものがあった。なんとも地味な案のうえ、誰が起こしたかも気付かれないようなくだらない案だが、今の俺にはこの計画を推奨する理由がある。なんとかレミリアが気に入るように、この計画を改良して示さなければ。

 

「レミリアは、可能なら幻想郷の支配者になりたいんだろ? それなのに太陽の光が弱点とか、戦うにあたって不利すぎる。深い霧なら太陽の光を遮れるし、なかなかいいと思ったんだが」

「えー…… でもそれって結局ただの霧じゃない。私が外に出れるようになるのはいいけど、そこからどうやって私の存在を知らしめるのよ」

「そうだな、確かにただの霧なら自然発生でもありえるし、人為的なものだと思われない。そこでだ、霧の色を紅くするとかどうだろう。それなら誰が見ても何者かが起こしたことは一目瞭然だし、ある意味でレミリアの名前、スカーレットが幻想郷中に広まるわけだ」

「! 紅い霧……その発想は無かったわ…… なかなかいいかも!」

 

 レミリアの顔が明るくなる。紅い霧、というのがレミリアの琴線に触れたのだろうか、こんな真っ赤な洋館にすんでいるだけのことはあるな。ちなみに俺もかっこいいと思う。

 

「まぁ、もう少し細かい計画は必要だが……大まかに起こすことは、俺はそれがいいと思う」

「私もそれ気に入ったわ! 早速計画を立てましょう! 咲夜ー!」

「はい」

 

 レミリアが両手を叩くと、咲夜がいきなり現れる。本当にこのメイドは何者だ。

 

「パチェと美鈴を部屋に呼んで。これから話し合いを始めるわ」

「かしこまりました」

 

 レミリアが、咲夜に二人を呼んでくるよう命令した。またも咲夜が一瞬で姿を消した後、俺とレミリアは別の部屋まで移動する。

 

 レミリアの後をついていき、会議室のような部屋まで訪れた。直後パチュリーと美鈴をつれた咲夜がやってくる。

 

「なぁにレミィ、またなにか面白いことでも思いついたの?」

「ええ、まぁね。今からこの幻想郷に異変を起こす。みんなにはそのための知恵と協力をお願いするわ」

 

 全員での話し合いが開始される。まずレミリアが今回の計画を説明し、そのためにどうするか、それを行うことでどうなるかを考えよう。

 

「……なるほど、幻想郷中を覆う紅い霧を発生させる、と。なかなか面白いアイディアだけどレミィ、貴女一人でそんな大掛かりなことできるのかしら」

 

 レミリアの説明する計画に、まずパチュリーが反応する。当然話し合いに参加させるだけではない、共犯者なのだから実行にも協力してもらわなければ。

 

「おそらく無理。だからパチェ、貴女の力を貸してほしいの。貴女と私が力を合わせれば、異変を起こすのは造作も無いわ」

「……ふふ、いいわよ。 ……となると今回必要になるのは、レミィの妖力を霧に変換する魔法陣と、それを補助する……」

 

 パチュリーがブツブツと考え事を開始する。やはりパチュリーも見た目は普通の少女だが、かなりの力を持っているようだ。俺は魔法のことは分からないが、成功にはパチュリーの協力も必要である。

 

「それで、次は幻想郷中を霧で覆うことで、昼間でも私は外に出られるようになると思うの。そこで何をするかだけど……」

「あれ、でもそんな大掛かりな異変を起こしたら、まず巫女が解決にやってくると思うんですが」

 

 美鈴が別方向からの考えを出す。美鈴の言う巫女とは、おそらく霊夢のことだろう。  

 幻想郷で何か異変が起こったら、博麗の巫女が解決することになっている。今回の計画では、霊夢も重要な存在だ。

 

「ああ、博麗の巫女か。そうね、いきなり幻想郷の主が現れることは無いわよね。その巫女を倒せば、幻想郷の主、八雲紫は現れるかしら」

「おそらくな」

「ふふ、じゃあ決まり。美鈴、咲夜、貴女たちは異変解決にやってくるという巫女を返り討ちにする役目を与えるわ。私がいきなり行ってもいいけど、やっぱりボスは最後よね」

「分かりました」

「お任せを」

 

 美鈴は自身の胸を叩いて、咲夜は優雅に一礼して返事する。頭脳派のパチュリーとは違い、この二人は肉体派のようだ。

 

「後は真だけど……」

 

 レミリアが俺に向き直る。しかし俺には俺で計画があるので、レミリアが何か言う前に言葉を出した。

 

「俺は巫女とは知り合いだからな、追い返す役目は協力できない。だが準備段階ならいくらでも力を貸そう。それと異変を起こす当日だが……俺にやってみたいことがある。そこはまた個人的にパチュリーに相談しておこうと思う」

「え、私?」

「そう? 分かったわ。それじゃあパチュリーお願いね」

 

 レミリアが俺の言葉を了承する。深く追求してこないのはこの際ありがたい。パチュリーに相談するといっても、一つあることを約束してほしいだけなのだが。

 

「では、早速準備を始めましょうか」

 

 レミリアが息を吸い、立ち上がって宣言した。

 

 

「名付けて、『紅霧異変』の始まりよ」

 

 


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