東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十八話 紅霧異変後①

 

 紅魔館に向かって飛んでいく。先日フランは本当の意味で紅魔館の一員になれた。

 あれから忙しく少し日にちが経ってしまっているが、今日はそのお祝いの意味も込めて、俺はフランにプレゼントを用意してみた。フランは喜んでくれるだろうか。

 

 

 紅魔館への移動中、空に何やら黒い玉みたいなものが浮いているのを発見した。真っ黒で奥に何も見えないそれは、ふらふらと漂いながらも俺と同じ方向に進んでいる。

 

「何だこりゃ」

 

 そう呟いて、俺は謎の黒い玉に向かって飛んでいった。近くで見ても何が何だか分からない。変化で作り出した棒を手に持って、黒い玉に向かって突いてみると、抵抗も無く入っていく。玉ではなく、たんなる真っ暗な空間みたいだ。

 

「……棒に変化は無し、か」

 

 棒を引き抜いて見てみても、変わったところは見られない。とりあえず触れたものを全て消滅させる、絶界や暴王の月(メルゼズ・ドア)ではなさそうだ。

 触れても平気だと判断した俺は、左手をその空間に突っ込んでみた。

 

「……」

「あいたっ」

「ん? なんか触れた」

 

 左手に、何かがぶつかって来た衝撃を受ける。なんだろうこの手触り。誰かの髪の毛を触っている感じだ。

 

「なにをするんだー」

 

 次の瞬間、俺の左手を覆っていた黒い空間が晴れていく。俺の手の先には、金色の髪に赤いリボンをつけた、小さい少女が浮いていた。

 

「あ、すまん妖怪だったのか」

 

 うー、と自身の頭を擦りながらこちらを見てくる少女に反射的に謝ってしまう。どうやら先ほどの黒い空間をつくっていたのはこの少女の仕業らしい。

 しかし、俺の手に普通に突進してきたということは、この少女も自ら作り出した空間のせいで前が見えていなかったのではないか。

 

「……ってあれ? もしかして真じゃない?」

「俺のことを知っているのか?」

 

 少女が俺の名前を言ったあと、俺の周りをぐるぐると飛んでいる。両腕を真横にピンと伸ばして飛ぶ姿はなんだかとても特徴的だ。

 

「違うわ。一方的に知ってるんじゃなくて、私は真に会ったことがある。とても昔のことだけど、珍しい妖怪だったから覚えているわ」

「……すまん、誰だっけ」

 

 仕草は子どもらしいが、妙に大人っぽい話し方。こんな特徴的な妖怪、簡単には忘れないと思うんだが、生憎のところ見覚えがない。

 

「……まぁ姿も変わったし無理ないわね。真はルーミアって妖怪を覚えてない?」

「ルーミアなら覚えてる。丁度こんな髪の色をしてて、こんな感じの黒い服を着ていたな」

 

 俺は目の前の少女の髪や服を指差しながら答えていく。ルーミアは妹紅との旅の途中で出会い、戦ったこともある妖怪だ。出会った妖怪の中では強いほうで、話が通じるヤツだった。目の前の少女が成長したら、ルーミアみたいな外見になりそうだ。

 

「それなら話が早いわね。私がそのルーミアよ」

「……は? お嬢ちゃんが……あのルーミア?」

「そう」

「……ルーミアの娘とかじゃなくて?」

「私がルーミア本人よ」

「……なんとまぁこりゃあ……小さくなったな」

 

 久しぶりに会う知り合いに、『大きくなった』と言うことはままあれど、『小さくなった』と言うのは初めてだ。

 俺だって妖力を解放したら小さくなるが、ルーミアには別に巨大な妖力は感じない。むしろ昔よりはるかに小さくなっている気がする。どういうことだと考えていると、ルーミアがそれに対する答えを言った。

 

「見えるでしょ、このリボン。昔ちょっと強い人間に封印されちゃってさ。これの封印でこんな姿になっちゃった」

「へぇー、そりゃ災難だったな。解いてやろうか」

「できるの?」

「多分な」

 

 俺はルーミアのリボンに触れようとする。すると何かの術が働いて、俺の腕を弾き飛ばした。 ……む、なかなか強力な封印だ。

 俺は封印術に明るくない。封印をどうやって解くのかというと、基本的に力ずくである。

 

「封印は解くが、言っておくがこの国で問題を起こしたら、巫女に退治されるからな」

「分かってるわ。それより、解いてくれるならこの封印、完全には解かないようにできないかしら。リボンをつけたらまたこの姿に戻れるような」

「? よく分からないが了解だ」

 

 俺は尻尾を四本ばかり解放して、ルーミアのリボンの周りに発生している封印術を破壊した。なんとかリボンの形は保っているが、完全には解かないとはこういうことでいいのだろうか。

 

「……よし、後はリボンを取ったら元に戻れるんじゃないか?」

「本当に? あ、触れる」

 

 ルーミアは自分の頭に手を伸ばしてリボンに触れる。そのまま取るかと思ったら、触っただけでまた手を降ろした。

 

「ん、戻らないのか?」

「気が向いたら戻るわ。この姿、出せる力は少ないけど、妖力消費も少ないの。あまり食事も必要ないし便利なのよ」

「ふーん」

 

 確かに便利かもしれないが、俺は食事を結構な娯楽だと思っている。そんな簡単に切り離せるものなのだろうか。ルーミアは人間も食べる妖怪なので、都合がいいといえば都合がいい。

 

「じゃ、またな。俺は今から紅魔館ってところに用事があるんだ」

「紅魔館って、あの霧の出てる湖の近くの?」

「そうだよ」

「じゃあ一緒に行きましょう。私もあっちに用があるの」

「そうなのか? じゃあ一緒に行くか」

 

 ルーミアと並んで紅魔館に向かって飛んでいく。ルーミアはあっちに用があるって言ってたが、紅魔館の近くになにか特別なものとかあっただろうか。そう思ったが、ルーミアとの他愛もない話にその疑問は埋もれていった。

 

 

 

 

「見えてきたな。おや、あれは……」

「ああ、やっぱりここにいた」

 

 霧の中から紅魔館の門が現れる。いつものように門番している美鈴の他に、小さい人影が二つあった。

 

「チルノと大ちゃんじゃないか。美鈴に遊んでもらってるのか?」

 

 近くに着地しながら話しかける。声をかけると二人は同時に振り向いた。

 

「む。あたいの名を呼ぶヤツは誰だ!」

「あ! お兄さん! ルーミアちゃんも」

「わはー、やっぱり二人ともここにいたのかー」

 

 チルノが振り向き、かけよってくる大ちゃんの手にルーミアが手を合わせる。ルーミアの用とはチルノと大ちゃんに会うことだったのだろうか。確かにチルノと大ちゃんは、ここら辺でいつも遊んでいると言っていたな。

 

「お兄さん、ルーミアちゃんを連れてきてくれたんですか?」

「いや、俺はこの洋館に用事があってな。ルーミアは同じ方向に用があったからついてきた」

「そうですか用事が…… じゃあルーミアちゃん一緒に遊ぼ!」

「うん!」

「あ! どこかで見た顔だと思ったら、この前あたいの子分になったヤツ!」

「今更か」

 

 大ちゃんは一発で俺のことを思い出してくれたのに、今ごろになってチルノは俺を指差してこんなことを言っている。あまり人を指差すもんじゃあありません。

 

 俺のことを思い出してスッキリしたのか、チルノも大ちゃんとルーミアの間に入っていった。

 ……それにしてもルーミアのヤツ、いきなり態度が子どもらしくなったな。二人の前では猫を被っているのだろうか。いや、姿が小さいのも相まって大変かわいらしいと思うのだが……かわいいと思ってしまう自分がちょろすぎると思う。

 

「よ、美鈴お疲れ」

「こんにちは真さん。紅魔館に用事ですか?」

「ああ、フランにちょっとしたプレゼントをな。入っていいか?」

「もちろんです、真さんが来たら真っ先に通すようにお嬢様から仰せつかっているので。 ……フラン様にプレゼントですか、お優しいですね。一体何をプレゼントされるんです?」

「これだ」

 

 俺は懐から木の葉を取りだし、元の姿に戻す。包み紙なんて用意はしていない。すぐ取り出すのだから必要無いだろう。

 

「……なんですかこれ、お嬢様の飛頭蛮(ひとうばん)?」

「ぬいぐるみだ、かわいいだろ?」

 

 にっしっしと笑い美鈴に持ってきたぬいぐるみを見せる。今回俺が用意した、なかなか会心のプレゼントだ。

 

 フランが地下に閉じ込められていたとき、中にはボロボロのぬいぐるみがいくつもあった。レミリアがくれた大切なもののようだが、力が暴走する度に壊してしまっていたようだ。

 今はもうフランの力が暴走することはない。レミリアを模したこのぬいぐるみなら、より一層壊してしまわないよう大切にしてくれるのではないかと判断した。

 首から上だけのぬいぐるみにしたのはちょっとしたユーモアだが、これはこれでかわいいと思う。

 

 ちなみに俺の手作りだ。魔理沙の友達に、少し協力をして貰ったが。

 

「……まぁ見方によってはかわいい……のかな? 喜んでもらえるといいですね」

「ああ、そうだな」

「では」

「おう。子どもたちの相手もほどほどに、門番の仕事が疎かにならないようにな。咲夜に怒られても知らないぞ」

「大丈夫です! 同じ失敗は二度も繰り返しませんから!」

 

 そう言って美鈴は、三人の子どもたちの元へ歩いていった。もう既に一度怒られたことがあるのかよ。

 

 ぬいぐるみを木の葉に戻し、俺は門を抜けて洋館の入り口まで向かう。厳かな雰囲気が漂う扉の前に立つと、俺が開こうとする前に扉が勝手に開かれた。

 

「お帰りなさいませ真様。お嬢様と妹様がお待ちですよ」

「お、おお咲夜か」

 

 咲夜に扉を開けられて出迎えられる。メイドさんにお帰りなさいませって言われるとなんかドキッとするな。俺はもうここに住んではいないんだが。

 最初はすました顔で丁寧に話をしてくる咲夜だったが、最近では自然な笑顔が身に付き親しみやすい雰囲気が出ている。メイドとしての格が更に上がっているようだ。

 

 咲夜に玄関近くの応接室に案内される。

 開かれた扉の中に入ると、フランに手厚く歓迎された。

 

「しーん! いらっしゃい!」

「おっとフラン、お邪魔します」

 

 飛び付いてくるフランを咄嗟に支える。

 部屋を見渡してみると、レミリアがいるほかにパチュリーもいた。パチュリーが図書館にいないのは珍しいな、相変わらず本を読んではいるが。こあは見当たらないのでいつものように図書館の整理をしているのだろうか。

 

「よく来たわね、真。あの寂れた神社を離れて、紅魔館に住む気にでもなったのかしら」

「はは、生憎だが違うな」

「……あ、そう……」

 

 レミリアの言葉に笑って返す。 ……あれ? レミリアが予想以上に落ち込んでいるな。軽いジョークかと思って返したのだが、本気だったのだろうか。

 

「ね、ね、真。何して遊ぶ?」

「そうだなぁ……っとその前に、今日はフランにプレゼントを持ってきたんだ」

「えっ、なになに!?」

「じゃーん」

 

 俺はまた懐から木の葉を取り出して元に戻し、レミリア人形の顔がフランに向くようにフランの前に掲げあげた。

 

「わぁっ! お姉さまの生首だ! かわいー!」

「生首……まぁ間違ってはいないな」

 

 フランにぬいぐるみを渡すと、フランはそれを思いっきり抱きしめた。レミリア人形の顔が大きく歪む。

 

「えへへ、柔らかーい。ありがとう真! 大切にするね!」

「ああ。もう壊さないようにな」

「うん!」

 

 気に入ってもらえたようで何よりだ。

 喜ぶフランの顔とは対照的にレミリアは少し渋い顔をしている。

 

「……なんというか、自分の顔が模された人形が抱きしめられるのを見るのって変な感じね」

「……まぁ、その代わりと言っちゃあなんだが、レミリアにもプレゼントを用意してある」

「えっ」

「これなんだが」

 

 俺はもう一つ木の葉を取り出すと元に戻してレミリアに見せた。先ほどのレミリアのぬいぐるみと同じの、生首人形フランバージョンである。

 

「……あら、フランのはかわいくできてるじゃない」

「いるか?」

「いるわ」

 

 レミリアにフランのぬいぐるみを渡す。レミリアがフラン人形の顔を見つめて微笑んでいると、フランがレミリアの元に飛んできた。

 

「お姉さまも貰ったの? 見せて見せて!」

「いいわよ、はい」

「わぁ、私の生首だー! お姉さまお揃いだね!」

「ふふ、そうね」

 

 レミリアとフランが、互いの人ぬいぐるみを見比べて仲睦まじく話している。あえて本人のぬいぐるみではなく、フランにはレミリアの、レミリアにはフランのぬいぐるみを渡したのがミソだ。

 

「真様、少々よろしいですか?」

「なんだ咲夜」

 

 咲夜が耳元でこそっと話しかけてくる。耳元でしゃべられるとくすぐったいので、俺は顔全体を咲夜のほうに向けた。

 

「お嬢様方の人形、一体どこで入手したのでしょう」

「入手とか……あんなん売ってるわけないだろう、俺の手作りだ」

「な……真様が自ら……?」

「ああ。まぁ知り合いの人形遣いに作るのを手伝って貰ったが」

「なるほど……して、その人形遣いとは誰ですか?」

「咲夜も人里に行くならたまに見かけると思うんだが……人里で人形劇をやっている、アリスってヤツだ」

「ほう……ありがとうございます」

 

 咲夜の質問に滞りなく答えていく。

 そんなことを知って咲夜はどうするつもりなんだ。まさかメイドとして人形作りのスキルまで身に付けようとでもしているのだろうか。

 仮にそうだとしたら、フランたちにあげたぬいぐるみが壊れたときのため、咲夜が直せる技術を持っておくなら安心である。一応ぬいぐるみには、壊れにくい細工と自動修復の術をかけてはいるが、万が一ということもあるだろう。

 

「じゃあ真、あらためて……何して遊ぶ?」

「そうだなぁ…… フランは何かしたい遊びは無いのか?」

「私は弾幕ごっこ以外の遊びは知らないわ。でも、折角皆がいるんだから、ここにいる皆でできるのがいいなぁ」

「多人数の遊びねぇ……」

 

 ここにいる皆、ということは咲夜やパチュリーも巻き込むのだろうか。それならパチュリーがいる以上、体を動かす遊びは避けたほうがいい気がする。

 となるとやはり思い付くのはテーブルゲームの類いだろうか。道具のいらない遊びも思い付くが、マジカルバナナや指スマをやるパチュリーや咲夜の姿を想像するとシュールすぎる。

 

「じゃあ例えばカードゲームとか……そうだな、ウノとかどうだろう」

「うの?」

「知らないか? 単純だが面白いぞ、誰か知ってるヤツはいないか?」

 

 皆に聞いてみたところ、レミリアも咲夜も首を振る。あれ、ウノっていつ頃からあるゲームなんだろう。そんなに新しくできたゲームだったか。

 

「ねぇ、パチェは知ってる? ウノって遊び」

「……あら、私も誘ってくれるのかしら」

「誘われるためにここにいるんでしょ? さっきから本のページが進んでないわよ」

「…………ちょっと難しいところだったのよ。そうね、息抜きも必要だわ。私も知らない遊びのようだから、ルールを説明して貰おうかしら」

 

 パチュリーがパタンと本を閉じる。どうやら誰も知らないようだ。

 

 とりあえず皆をテーブルに囲うように座らせて、変化でウノのカードを作り出す。一回軽くやらせて、簡単にルールを説明しよう。といっても俺の知っているルールなので、公式とは違うかもしれないが。だれも知らないので、俺のルールでできるというのは少し嬉しい。

 

「まず、七枚ずつカードを配る。ああ、配られたカードは見ていいぞ。そして山札の一番上のカードを表にする。今回は練習だから俺からやろうか、時計回りに順番が回って来る。基本的なルールは、同じ色か同じ数字を出すだけだ。あとはやりながら説明しよう」

 

 山札の一番上から開かれたカードは緑の7だ。俺は自分の手札から緑の5を出す。

 

「次はパチュリーの番だ。緑のカードか5のカードが出せる」

「じゃあこれはいいのね、青の5よ」

 

 パチュリーが手札から一枚出す。といっても、俺のルールでは二枚以上出せることは無いのだが。同じ色の数字だろうと、出すことはできないことになっている。

 

「フランの番だ。青のカードか5のカードが出せるぞ」

「はい、青の0!」

「次は私ですね。青の1です」

「で、私か。ねぇ、青も1も無いのだけれど」

 

 順番に進んでいくと、レミリアのところで動きが止まる。カードを出していくゲームであるが、出せるカードは決まっているので出せないターンもあるだろう。しかしレミリアはまだ、カードが出せないと決まったわけじゃない。

 

「そうか。黒枠で囲まれた四色あるカードとかもないか?」

「これ?」

 

 レミリアが一枚のカードをひっくり返して俺に見せる。それは特殊な条件下を除いて、いつでも出せるカードだ。

 

「ああ、持ってるな。それはワイルドカードといっていつでも出せる。そして色を指定できるんだ」

「色を指定? なるほど、それじゃあ赤にするわ」

「よし、じゃあ俺は赤の1だ」

 

 これで丁度一周した。スキップやリバースが出なかったため順番にカードを出せたようだな。順番は分かる通り、俺から時計回りに、パチュリー、フラン、咲夜、レミリアだ。

 

「私ね。赤のカードはあるのだけれど、この矢印の書かれたカードは出せるのかしら」

「リバースだな、出せるよ。それを出したら順番が逆回りになる」

 

 パチュリーが赤のリバースを出す。次は主に特殊カードの説明もしていきたい。

 

「逆周りになるから、また俺の番だな。俺は赤もリバースもワイルドカードも持っていないので、出せるカードがないから、山札から一枚引く」

「ああ、やはり同じ数字だけではなく、同じ記号でも出せるのですね」

「そういうことだ」

 

 俺は山札から一枚カードを引く。青の7だ。練習なので分かりやすいよう俺はそのカードを皆に見せる。

 

「いま俺が引いたカードが、出せるカードなら出していいんだが、出せるカードではなかったので次はレミリアの番になる」

「私かぁ。じゃあこのカードも、さっきみたいに何か効果があるのかしら」

「スキップか、次の一人が飛ばされる。咲夜を飛ばしてフランの番だ」

「む」

 

 飛ばされた咲夜が声を漏らす。気持ちは分かる、どんなゲームでも自分の番が飛ばされるのはうっとうしい。麻雀で上家の捨て牌を下家にポンされるときのようだ。

 

「私の番? じゃあはい、赤の2」

「お、フランそれは2じゃなくドロー2だ。次のパチュリーは二枚カードを引かなければいけない」

「え、出せるカードがあっても?」

「そう、ワイルドカードもこのときだけは出せないルールだ。ただ唯一ドロー2を持っているなら、更に俺の番になり、俺は四枚カードを引くことになる。俺がドロー2を出せたならレミリアが六枚引くことになる」

 

 ドロー2が回避できないルールもあるが、ここでは自分もドロー2を出すことで、カードを引く権利を次の人に押し付けることができることにする。

 

「なるほど…… でも私はドロー2を持ってないから二枚引くわね。いま引いたカードが出せるなら出してもいいの?」

「ドロー2や、まだ出てないがドロー4のカードを出されてカードを引いた場合は、出せるカードを引いても出せないんだ」

 

 これは今後の揉めを減らす配慮だ。引いたカードを一旦手の中に入れてしまえば、どれが引いたカードなのか分からなくなる。ドロー系のカードの場合は、同じ色があっても引かないといけないので、こうすることで勘違いや不正を減らすことができるのだ。

 

「……と、効果のあるカードの説明は大体終わったな。ドロー4はもう少し複雑なルールが有るんだが、また出たときに言おうか」

「そうね。 ……よし、大体ルールは理解したわ。それで、一番最初にカードが無くなった人の勝ちってわけね」

「そうだ」

 

 レミリアの言葉に俺は頷く。そういえば勝敗の付け方の説明がまだだった。

 

「加えるなら、一人がカードを使いきった時点でそのゲームは終了だ。残りの人は残った手札に応じて加点される。勝った人は0点だ」

「え、勝った人が0点なの?」

 

 フランが不思議そうな顔をする。確かに点数が高いほうが勝利だというイメージは多い。しかし今回はゴルフよろしく、点が高いほど負けなのである。なお残りの人の手札に応じて勝利者の点が増えるルールも存在するが、今回は採用しない。

 

「そう。ウノは点数が高いほど負けなんだ。全体の勝敗は……回数をやって決めるか、誰かが500点に達した時点で点数の一番低い人の勝ちか、とかかな」

「それじゃあ後者でいきましょう。じゃあ今回のゲームが終わったら次から本番よ。それと、ただ勝敗を決めるのではつまらないわ。一番の敗者は勝者の言うことを一つ聞くこと。いいわね」

「はい、お嬢様」

「へぇ、面白そうね」

「さんせーい!」

「……まぁいいか」

 

 勝ったら命令かぁ、昔美鈴とそんな修行をしてたっけ。それにしても、そのことを聞いたとき何人か目の色を変えて俺のほうを見た気がする。一体何をさせる気だ。

 

「(勝ったら真を紅魔館に……そうね、咲夜がメイドだから執事にでもさせようかしら)」

「(喘息が治ったのはいいけど、マッサージも無くなったのが残念ね。真が最下位だったらお願いしようかしら。なるべく命令が思い付かないふうに装って……)」

「(真にお風呂にいれてもらおーっと。あ、でも一緒に寝てもらうのもいいなぁ……)」

「(……思い付かないわね。真様になにかすればお嬢様たちは喜んでくれるかしら。ま、勝ってから考えましょう)」

 

 このあと練習が終わるまでに、最後の一枚になったらウノ宣言が必要なことと、ドロー4のチャレンジルール(ドロー4は、他に出せるカードが無いときにのみ出せるが、本当に出せるカードが無いかは本人しか分からない。出せるカードがあるのにドロー4を出したと思った場合は、次の人がチャレンジ宣言をすればカードを確認できるもの)について説明して、いよいよ本番になった。

 なお、最後の一枚に特に制限は設けていない。ワイルドで上がるのも自由である。また一度に二枚以上のカードを消費することはできないので、ウノ宣言無しにあがることは不可能だ。

 

「……それじゃあ始めるか。罰ゲームがあるから、悪いが本気で勝ちにいくからな」

「当然よ、本気の相手に勝つから楽しいの。じゃあ練習で勝った私から行くわよ」

「良いわ。次以降も勝った人からスタートね」

「よし、じゃあ行くわよ。まずはこれ!」

 

 練習の勝者のレミリアから、本番のゲームが開始される。レミリアが最初に出したのはスキップだ。早速俺の番が飛ばされる。

 

「む、いきなりか」

「リバースよ、ごめんねフラン」

「あー」

「どんまいフラン。じゃあ俺もスキップだ」

「あら、仕返しのつもり?」

「さぁ」

「私ですね、赤の9です」

「ドロー4! くらえパチュリー! あ、緑にするわ」

 

 皆がルールを知ったいま、さくさくとゲームは進んでいく。フランが開始早々パチュリーに対してドロー4を出していった。

 

「……フラン貴女、ルールを理解できてるの? 出せるカードが無いときにしかドロー4は出せないのよ?」

「へっへーん。それならチャレンジ宣言すればいいんじゃない?」

「……最初から赤が無い確率は……13%くらいかしら。低いけど無くはない、か。いいわ、四枚引きましょう」

 

 チャレンジ宣言をせず、パチュリーは四枚カードを引いた。

 少ない説明時間で、意外とみんなルールを理解しているようだ。

 勝負は滞りなくスムーズに進んだ。

 

「……あら、赤の2であがりです」

「あー、私もウノだったのに……」

「残りカードが少なかったからまだ差は少ないわ。真とパチュリーは今のところ負け候補ね」

「……なぁに、まだまだ先は長いさ」

「運が悪ければこういうこともあるわね」

 

 咲夜の勝利で第一ゲームは終了となった。今回は負けたが、本当の負けが決まるのはまだまだ先。まだまだ焦る時間じゃない。

 ちなみにカードをシャッフルしたり配ったりは俺がしている。ある程度やったことがないとカードさばきは難しい。咲夜ならなんなくこなせそうな気はするが。

 

「私からですね。黄色の9です」

「黄色の3よ」

「黄色の7で」

「ドロー2」

「私もー!」

「……ここでドロー4は出せるのですか?」

 

 パチュリー、フランとドロー2が続き、ここで一つ咲夜が尋ねる。ドロー2にドロー4を重ねるのは有りだが、その逆は無しである。

 

「出せるよ。ただし次のレミリアは、ドロー2は出せなくなる。レミリアがドロー4を持っていないなら、レミリアは八枚カードを引くことになるが」

「え、咲夜……?」

「いえ無いんですけどね」

「脅かさないでよ!」

 

 咲夜がクスクスと笑って四枚カードを引く。普段は大仰とも言えるほどレミリアに(かしず)いている咲夜だが、こういった遊びの場面では、茶目っ気のある一面を見せるようだ。

 ちなみにドロー4が続いた場合はチャレンジ宣言ができないことにしている。チャレンジは直前の人に行うものであり、ドロー4がその前に出ているなら、出せるカードはドロー4だけであるからだ。ウノは運だけのゲームではないはずだが、このときばかりはどうしようもない。

 

「青の3、そしてウノよ」

「むー、パチュリーがあがっちゃう……黄色の3」

「黄色の5です」

「黄色の4よ」

「……ワイルドカードだ、変える色は……」

 

 パチュリーがウノ宣言を行っている。ここで俺が変える色によっては、パチュリーが勝利をしてしまう。

 

「さあ何色かしら。4分の1で私のあがりだけど」

「赤に変える」

「……くっ」

 

 パチュリーが一枚カードを引く。そのカードを出そうとしないことから、引いたカードも赤ではない。

 

「……悩まず赤に変えてきたわね。私が赤を持ってないと確信してたのかしら?」

「確信してたわけじゃないけど、二周前にパチュリーが赤の0を出してたからさ。もう赤は無いだろうなって」

「……あっ」

「なぁるほど……そういう考えもあるのね」

 

 余ったカードが得点になるため、0は先に出さなくてもリスクは無い。逆にワイルドカードなどは残っていたら50点計算なので、カードが少ない人が出てきたら、他に出せるカードがあっても消費しておくべきカードだ。

 

「なるほど……運だけのゲームじゃ無いってわけね」

 

 そう、だからウノは面白いんだ。まぁウノに限らず大抵のゲームは運だけではないが。ババ抜きだって、引かれたカードを目で追うなどすれば少しは勝率が上がるはずだ。完全な運ゲーは……トランプゲームの『お金』とかだろうか。

 

「……ウノ。黄色に変えます」

「……黄色の8よ。また咲夜が勝っちゃうのかしら?」

「青の8だ、とりあえず色は変えなきゃな」

「……青の2」

「くらえ! ドロー4!」

 

 ワイルドカードで色を変えてウノ宣言する咲夜に対し、フランがドロー4を仕掛けてくる。これはもう黄色だとか色が変わる読みだとか関係ないな。

 

「ナイスよフラン!」

「すみませんお嬢様、あがりです」

「「ええっ!?」」

「……驚いたな。最後の二枚がそれぞれワイルドカードとドロー4かよ」

「出すタイミングが無かったものですから」

「……ねぇ真。まさかドロー4の効果って……」

「そうだな、執行される。いまの手札に更に、山札から引いた八枚が加点対象になるな」

「……うー。ってこれまさか……」

 

 予想外の咲夜のあがりで、レミリアが八枚カードを引く。問答無用でこの八枚は加点対象、これは不運としか言いようが無い。レミリアに150を越える点が加点される。

 

 結局このときの大負けが響いて、今回の負けはレミリアとなった。

 俺は三位、可もなく不可もなくと言ったところか。二位はフランで四位がパチュリー。そして栄えある勝者は咲夜となった。

 勝者ではあるが、主を最下位に蹴落としたこの従者はもはや瀟洒ではないな。俺としては接待されるよりは全然良いが。

 

「……し、仕方ないわ咲夜。今回だけ一つお願いを聞いてあげる。さぁなんでも言いなさい」

「……それでしたらお嬢様、今度一日だけ休暇を下さいませ。少し用事ができましたので」

「……それだけ? ……なーんだ、それなら全然いいわよ」

 

 命令も一番平和な結果に終わったようだ、やはり咲夜は瀟洒なメイドである。 ……って言うか咲夜には基本休暇が無いのか。どんだけレミリアに忠誠を誓ってるんだ。

 

「……ってもうこんな時間か、意外と熱中してたんだな。そろそろ帰るかな」

「えっ! 真もう帰っちゃうの!? せめてご飯くらい一緒に食べようよ~」

「そうよ、咲夜ならすぐに作れるわ。一緒に夕御飯を食べましょう」

「すまんが、霊夢に連絡をするのを忘れていてな。もう作り始めてるかもしれない。それに……」

 

 それに咲夜が夕飯をすぐに作れるのは時間を止められるからだろう? 俺はあまり咲夜に時間を止めてほしくはない。

 咲夜は寿命が短い人間だ。咲夜が何度も時を止めたら、俺から見たら咲夜は常人より少し早く年をとっていることになる。

 

 咲夜が自分の意思でやっていることなので俺は何も言えないが、俺のせいで咲夜が時を止めるようなことは避けておきたかった。今回の夕食の誘いは、残念ながら断らせてもらおう。

 

「……そう。実はフランが地下から出てこれたお祝いに、軽くパーティを開く予定なの。もう初日に行ったんだけど、真を交えてもう一度開きたいわ。真に会ったら誘おうと思っていたのよ。今日はもう遅いから無理だけど、明日の夜また来てくれる?」

「明日か、それならよろこんで。霊夢もつれてきていいだろうか?」

 

 名指しで誘われたら、これはもう行かざるを得ないだろう。レミリアの中では、俺はフランを救った功労者の一人に数えられているので、そのお礼も兼ねているとかなんとか。それなら霊夢にもその資格はあるだろう。

 

「巫女の一人や二人増えても関係無いわ」

「そうかありがとう。じゃあそろそろ……」

「あ、真ちょっと待って。ちょっと相談が……」

 

 帰ろうとしたらパチュリーに呼び止められる。パチュリーは俺の耳元に顔を近づけ、ゴニョゴニョと軽く話してきた。

 

「……ああ分かった。明日来るときにな」

 

 それぐらいなら楽勝だ、長くならないようパチュリーの話に手短に返事をする。そしてそのまま俺は部屋から出て行った。

 

「真! 明日絶対に来てね!」

「ああ。フランもまた明日な」

 

 紅魔館を出るときに手を振るフランと、ついでに門にいる美鈴に挨拶をして紅魔館を去った。

 

 明日の夜はパーティか。霊夢も、ついでに魔理沙も喜ぶかな。

 俺は嬉々として、博麗神社まで飛んでいった。

 

 


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