東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十九話 紅霧異変後②

 

 博麗神社の朝は気持ちがいい。遠くの山からのぼる太陽の光を受けて、体内時計をリセットする。

 ほとんどの生物にとって、太陽の光を浴びるというのはとても重要な行為なのだ。太陽の光が弱点である吸血鬼の二人はこの気持ちよさが分からないなんて可哀想だが、彼女たちは月の光が代わりになったりするのだろうか。太陽の光を反射している月ではあるが、ブルーツ波のようなものが含まれていると考えたら面白い。

 

 紅魔館にいる間でも、毎朝美鈴と共に日の光を浴びながら太極拳をやっていた。太極拳は、お年寄りの健康の体操というイメージがあるがその実れっきとした拳法である。美鈴は毎日しっかりと鍛錬を続けてきたようだ、もう拳法技術という一点においては俺を遥かに凌駕しているかもしれないな。

 

「……なんていうか魔理沙じゃないけど、そうしていると真は本当にお爺さんみたいよ」

 

 神社の裏側にある縁側で光を浴びながらお茶を飲んで寛いでいると、霊夢がそんなことを言ってきた。皮肉でもなんでもない単なる事実であり、そもそも俺にとってお爺さんという呼称は悪口にもならない。

 

「こういう時間も好きなんだからしょうがないじゃないか。霊夢もこっちくるか?」

 

 確かにお年寄り、特に男性の年配者は縁側に好んでのんびりしているイメージがある。霊夢の百倍はゆうに生きている年寄りの俺も、もれなくその傾向にあるようだ。

 俺は自分の隣の床を叩いて霊夢もどうだと誘ってみる。

 

「……そうね、他に用があるわけでもないし」

 

 霊夢が隣に来て腰を下ろす。ひなたぼっこの良さが分かるなんてやるな霊夢。

 

 霊夢は普段から巫女らしい行いをせず、いつも部屋でのんびりしている。そんなんでいいのかと言いたくはなるが、先日の異変のあともピンピンしていたところをみると、弾幕ごっこの腕はピカイチのようだ。

 霊夢も俺と似てのんびりすることを好んでいる節がある。

 

「お茶のおかわりどうぞ。おせんべいは……いいわよね。今夜は豪華に食べられるらしいし、お腹は空かせておきましょう」

「ああ、それがいい」

 

 昨日約束した通り、今日は紅魔館のパーティに呼ばれている。霊夢は俺が誘っておいた。同じ場所にすんでいるよしみでもある。

 それにしても、霊夢は異変を解決するために紅魔館でひと暴れしたはずなのに、普通に霊夢を受け入れるレミリアもレミリアであり、普通に紅魔館のパーティに参加する霊夢も霊夢だ。もっと少しはわだかまりみたいなものがあるだろうに、意外とさっぱりしたヤツらである。

 

 もしかしたら戦闘方法が弾幕ごっこだったこともこの理由の一つなのかもしれない。ガチの戦闘ならいざ知らず、遊びのような勝負だったから、今こうして変な遠慮が無いのかもな。紫もうまく考えたものだ。

 

「……言っておくけど、私があの館の住人に会うのは、今夜で二度目じゃないからね。あいつらあれから何度かこの神社に来てるもの」

「あれ、そうなのか」

「ええ。ま、いつも返り討ちにしてるけど」

「なんでだよ。そこは優しく迎えてあげろよ」

「仕方ないじゃない、向こうが勝負を挑んでくるんだもの。『私が勝ったら真を紅魔館に差し出しなさい』って。あげないわ」

「俺は物か」

 

 なんで本人のいないところで本人の処遇が決まられようとしているんだ。とりあえず俺は、霊夢の許可なくここを離れるつもりは全く無い。賭けに負けたわけだし、そういう約束だったしな。

 

「ところで……今日は魔理沙は来ないのか?」

「さぁ……多分来ると思うわよ。魔理沙に用事でもあるの?」

「ちょっとな」

「そう。 ……あら、丁度来たんじゃない?」

 

 神社の表から、スタッと誰かが着地した音が聞こえる。恐らく魔理沙が、飛んできた箒から降りた音だ。魔理沙は職業が魔法使いらしいが、魔法使いらしいところといえば箒に乗っていることと鍔の広いとんがり帽子をかぶっているくらいで、魔法を使っているところは見たことがない。

 ……あれ、空を飛ぶのは魔法なのか。妹紅も霊夢も咲夜もみんな、人間のくせに普通に飛べるので魔法のイメージから離れていた。

 

「よう霊夢、真。遊びに来たぜ」

「いらっしゃい魔理沙。丁度魔理沙の話をしていたところよ。真が用事があるんですって」

「真が? へー、なんだなんだ? よっと」

 

 魔理沙が帽子を脱いで俺の膝の上に座ってくる。魔理沙がこの神社に来るときはいつもこうやって、俺を椅子がわりに座ってくるのだ。みなみけに行ったときの藤岡の気分である。

 もはやいつも通りの光景に、霊夢は何も言ってこない。

 

「で、一体何の用なんだ?」

「ああ。魔理沙お前、パチュリーの図書館から本を何冊か取ってっただろ。パチュリーが返せって怒ってたぞ」

 

 昨日紅魔館から帰るときにされた、パチュリーの頼みごととはこのことだ。

 どうやら魔理沙は異変解決のときに紅魔館に訪れて以来、何度も図書館に忍び込んでは勝手に本を持っていっているらしい。

 パチュリーは力尽くでいいから取り返して欲しいと頼んできたが、俺はそれでは意味がないと思う。頼まれたことをそのままやるのは三流の仕事だ、ここはより良い結果になるよう魔理沙に直接返させる。

 

「ああ、確かに何冊か持って帰ったが借りただけさ。心配しなくてもちゃんと返すって」

「ならそれをちゃんとパチュリーに伝えるんだ。勝手に持っていったら泥棒と変わりないだろ」

「なんでだ? 返すって言ってるんだから泥棒じゃないぜ」

「泥棒かどうかはこの際どうでもいい。勝手に取ることは悪いことだから、しちゃいけないことだと言っているんだ」

「いいじゃないかあんだけ大量に有るんだからたった数冊くらい」

 

 魔理沙は悪びれる様子も無くそう言った。なかなか強情なヤツである。

 とは言っても魔理沙はまだまだ子どもなのだ、善悪の基準がきちんと確立していないらしい。こういった子どもでも理解できるように説得するのはかなり難しいことである。

 よく「じゃあ先生が死ねと言ったらお前は死ぬんだな?」といった文言のみを取り上げて馬鹿にする輩がいるが、あれは論理が破綻している子ども相手に分かりやすく説明するためのものであり、なんらおかしいことではない。それほど極端な例を出さなければ分からないほど、子どもとは厄介なものなのだ。

 

「……分かった。じゃあこの際魔理沙の言い分はどうでもいい」

「お?」

 

 仕方ないので作戦を変えよう。論破するのではなく無理やりにでも教え込むのだ。

 

「魔理沙は自分のしたことが悪いと思っていないだろうが、俺は悪いと思っている。これは魔理沙がなんと言おうと絶対だ。なんてったって俺の考えだからな、魔理沙にはどうすることもできないだろ」

「なるほど、まぁ思うことは勝手だしな」

「だろ。そう思った俺は、なんとしてでも魔理沙に本を返させる……のはまだだな、まずはパチュリーと話し合いをさせようと思うんだ」

「あー? 私は嫌だぜそんなのは」

 

 魔理沙が露骨に嫌な顔をする。まぁその反応は予想済みだ。

 

「ところがどっこい魔理沙の意思は関係無い。何故なら俺がそう思っているからだ。これはもう決定なのさ」

「なっ……」

「幸い今日、俺と霊夢は丁度紅魔館に行く用事がある。魔理沙も一緒に行こうじゃないか。まぁ行かないと言っても連れていくんだが。無理矢理連れていくのは嫌だけど仕方ない。そのときは魔理沙を、抵抗できない赤ん坊にでも変化させて連れていくかな」

「……それは嫌だぜ。仕方ない、行けばいいんだろ行けば」

「……そうか。魔理沙ならそう言ってくれると思ったよ。いい子だな魔理沙は」

 

 魔理沙の頭をよしよしと撫でる。俺は褒めて伸ばす教育方針だ。やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。子どもに限らず誉めるということは大事である。

 

「……いひひひひ……」

「……こういうのを飴と鞭って言うのかしら」

「別に飴も鞭もないだろう」

 

 撫でられて白い歯を見せている魔理沙を見て霊夢が呟く。直接的な暴力は振るっていないし、飴に至っては与えてもいないのだが。

 

「……で、二人は紅魔館まで何しに行くんだ?」

「ご飯食べによ」

「まぁ……何も間違ってないな。紅魔館での問題が解決したお祝いかな」

 

 この場合の"問題"とは、紅い霧のことではなくフランのことなんだが、二人にはそこまでの詳細は教えていない。二人はまぁ異変解決のお祝いだと思えばいいんじゃないか。

 

「なるほど。異変を起こした連中が解決のお祝いとはちゃんちゃらおかしいな。あ、黒幕は真だったんだっけ」

「そう、俺のおかげで今日二人は豪華な飯が食えるんだ、感謝してもいいぞ」

「何言ってんのよ」

 

 霊夢に突っ込まれる。霊夢にとっては無駄に働かされたようなものだから、その反応は自然だろう。

 

「そうなると、夜までまだまだ時間があるな。真、時間潰しになんかしようぜ」

「そうだな、とりあえず魔理沙は返す本でも持ってきておいたらどうだ?」

「えー」

「えーじゃない。ほら、俺も一緒に行ってやるから。そうだ、ただ行くのではなくどっちが速く魔理沙の家まで行けるか勝負でもするか」

「……いいぜ、勝負だ! 私にスピードで挑んだこと後悔するなよ!」

 

 魔理沙が元気よく立ち上がる。行くかどうかの話から、どうやって行くかの話に変えたことに気付かれてはいないようだ。こういった点では子どもは単純で助かるな。

 

「じゃあ霊夢、ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 霊夢に一言告げたあと、魔理沙と共に魔理沙の家がある魔法の森まで飛んでいった。

 

 

 

 

 

「……おい魔理沙、本が二桁も有るなんて聞いてないぞ。いくらなんでも取りすぎだろ」

「いやー、真と一緒で助かったぜ。真は持ち運びのスペシャリストだからな。あの量がたった葉っぱ一枚だ」

「聞けよ」

「さぁ、帰りも勝負だぜ、次は本気で行くからな! よーいスタート!」

「あっおい! ……まったく……待ちやがれ!」

 

 

 

 

 

「霊夢ただいま」

「お帰り二人とも。あら魔理沙、貴女少しボロボロになってない?」

「……真が後ろから物凄い勢いで追ってくるから、手元が狂って木に突っ込んだ」

「あらら」

 

 魔理沙が紅魔館から取ってきた本を持って博麗神社に戻ってきた。少しアクシデントがありボロボロになった魔理沙を見て、霊夢が口に手を当てる。

 

「あー疲れたぜ」

 

 魔理沙が寝転がって、あぐらをかいて座っている俺の脚の上に頭を乗せてくる。ちなみにスピード勝負はどちらも俺の勝ちだった。こういった勝負は手加減が難しいのだ。決して魔理沙に先行されてムキになったわけではない。

 

「……耳ん中がガサガサいってる。木に突っ込んだときなんか入ったかな」

「どれ、見せてみろ」

「ん? ん」

 

 魔理沙が横向きに寝転がる。魔理沙の長い髪の毛を掻き分けて耳を出し、耳たぶを少し引っ張って中を覗きこんだ。

 

「どうだ?」

「あー、なんかある。取るか」

 

 魔理沙の耳の少し奥に、何やら白いものが見えた。見えてしまった以上は俺も気になる。

 俺は自分の髪の毛を一本抜き、ピンセットへと変化させた。

 ピンセットをゆっくりと魔理沙の耳の中にいれ、見えた物体をうまく掴む。

 

「……取れた?」

「ああ、とりあえず一つ」

 

 その物体を魔理沙の目の前に置くと、「なんだこりゃ」と魔理沙が言ってそのまま息で吹き飛ばした。

 

「……ちょっと魔理沙、部屋汚さないでよ」

「おっと悪い、次から気を付けるぜ」

 

 霊夢が魔理沙の行動に文句を言う。次は魔理沙の息が届かないような位置におこう。そう決意し再び魔理沙の耳の中を見る。

 ……まだあるな、いやこれは単なる耳垢か。壁面に何個かこびりついている。

 やはり見えてしまったら気になってしまう。こいつらも全部取ってしまおう。

 俺はピンセットを、先端がヘラ状の耳掻きに変化させ、再び魔理沙の耳の中に突っ込んだ。カリカリとこするように、引っ付いた耳垢を剥がしていく。

 

「ん……真、もうちょい強く」

「分かった」

 

 リクエスト通り少しだけ強くガリガリと掻く。あまり強くしすぎると耳の中を傷つけてしまうのでほどほどに。

 少し剥がれた耳垢を、今度はピンセットでつかんでペリペリと剥がしていく。かさぶたを取るような感覚で、なんだか少し気持ちがいい。

 

「うわ、ものすごいゴソゴソいってる」

「じっとしてろよ…………よし、取れた」

「うわ、でっか」

「…………うん、こっちはもう良いだろう、反対だ」

 

 魔理沙に寝返りを打たせて反対側の耳も見る。こちらも少し耳垢が溜まっているようだ。

 

「……あ"~~」

「……魔理沙気持ち良さそうね」

「気持ち良いぜ」

 

 先ほどと同じように、耳掻きとピンセットを交互に駆使し、耳の中を掃除していく。意外と人に耳掃除するのって楽しい気がしてきた。

 

「……ふっ」

「ひゃっ」

「よし終わり」

 

 最後に軽く息を吹きかけ、取るときに出た粉を吹き飛ばした。これをやったら終わったという気分になる。

 

「……あー、なんかすっきりしたぜ」

「霊夢にもしてやろうか耳掃除」

「ふぇっ?」

 

 俺が魔理沙の耳掃除をし始めてから、霊夢がやけにチラチラこちらを見てくる。魔理沙の耳掃除を羨ましがっているのかと思い、俺は霊夢に言ってみた。

 

「い、いいの?」

「いいよ。やるか?」

「……うん」

「よし、魔理沙どけ」

 

 俺は膝の上に残る魔理沙を横に転がしどけて、自分の脚をポンポンと叩く。

 

「あーー……ぐへっ」

「さ、霊夢来い」

「……お邪魔します」

 

 霊夢が俺の脚に頭を乗せて目を閉じる。霊夢はさらさらとした黒髪をしていて手触りがいい。少し頭を撫でたあと、髪をどかして耳掃除を開始する。

 

「あー、私の場所が……」

「えへへ、悪いわね魔理沙。今は私の場所だから」

「くそー……こっちだ」

 

 魔理沙は俺の横に転がっていき、外側から俺の太股に頭を乗せてきた。

 気にせず霊夢の耳掃除を続けよう。霊夢の耳の奥にある耳垢を、少しずつ耳かきで剥がしていく。

 

「ん……確かにこれは気持ちいいかも……」

「……だろ?」

「あ、真、今のところもう少し強く……」

「はいはい」

 

 耳掻きのヘラの部分を、耳の内側に当ててから横側から耳垢を剥いでいく。ピンセットには変化させずに、そのまま掻き出すように入り口まで持ってきた。

 

「よっ」

「きゃっ」

 

 入り口のすぐそこにある耳垢を、人差し指で直接取り出す。少しくすぐったかっただろうか、霊夢がかわいい声を出した。

 

「よし、反対側いくぞー」

「……はぁい。 ……あら魔理沙そこにいたのね」

 

 寝返りを打つ際に霊夢は魔理沙を見てそう言うも、魔理沙からの反応は返ってこない。耳を澄ますと、すうすうとかすかな呼吸の音だけが聞こえてくる。

 

「……寝てるのかしら」

 

 そう言うと霊夢はまた目を閉じた。静かなほうが耳掃除に集中できるので丁度いい。

 反対の耳からも順調に、耳垢を剥がして取り出していく。少し遠くにも耳垢が見えるが、よく見ようと顔を近付けると、自分の影で見えなくなる。うまく見える角度を探しつつ、時間をかけて耳の中を綺麗にしよう。

 

 ……よし多分これで最後だ。そう思われる耳垢をなんとか取り出して霊夢を見ると、魔理沙同様寝息を立てていた。

 

「……夜までまだ時間はあるし、それまで寝かせといてやるか」

 

 変化で薄い布団を二人にかけたあと、俺は耳掻きを自分の耳に突っ込んだ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……ん……んん……いつのまにか寝ちゃってた……? ……って魔理沙がなんで隣に……」

「……ん? 呼んだか誰か……お、霊夢起きたのか」

 

 霊夢と魔理沙が横になったまま向かい合って話し出す。

 外側から俺の太股を枕にして寝ていた魔理沙だったが、一度目を覚まし俺の脚で眠る霊夢を見て、霊夢の横まで移動して再び眠りについていた。そんなに近くにいて暑くないのだろうか。

 向かい合って寝ていた二人の頭を、何度か撫でていたのは内緒である。

 

「……二人とも起きたなら、少し早いけどもう行くか。別に早く行っても大丈夫だろ」

「……もう少しここにいるわ」

「私も」

「……魔理沙はどきなさいよ。私の場所よ」

「断る。霊夢こそどけよ。私がいないときに真にしてもらえよ」

「無理よ」

 

 片方でも残られたら俺も行けなくなるのだが。起きたばかりの状態ではまだまだゴロゴロしたい気持ちも良く分かる。

 

「はいはい、喧嘩するならもう起きてさっさと行こうか」

「愛してるぜ霊夢ー」

「私もよ魔理沙ー」

「……仲良しか。もうちょっとしたら行くからな」

「はーい」

「分かったぜ」

 

 さて、もうすぐ日が沈む。あの太陽が赤くなったら、神社を出発するとしますかね。

 

 

 

 

 

 霊夢と魔理沙と並んで、紅魔館まで飛んでいく。この時間は、昼ほど霧が深くない。少しなら遠くからでも紅魔館の位置が確認できる。

 いつも美鈴がいる門を上から飛び越えて、洋館の扉の前へと着地した。ちらりと門の前を見たが美鈴はいない。今日はもう門番の仕事は終わったのだろうか。

 俺が洋館の扉を開けようとすると、今回も勝手に開かれた。

 

「ようこそ真さん、霊夢さん。魔理沙さんも、今日は歓迎しますよ」

「……美鈴、この人だれ?」

 

 扉を開いたのは美鈴だった。ついでに美鈴の腕にはフランがしがみついている。

 もともと美鈴は、能力で気を感じることができる。俺たちが来たことを察知して扉を開けてくれたのだ。そんな能力があるのにいつも門の前に立っているのは、門番としての最低限のポーズだろうか。

 魔理沙は何回か紅魔館に来ているようだが、いつも図書館に直接行っているのだろう、フランと面と向かって会うのは初めてのようだ。

 

「私の名前は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」

「私はフランドール・スカーレット。この紅魔館の主のレミリア・スカーレットお姉さまの妹よ。フランでいいわ」

「そうか、よろしくなフラン」

「よろしくね魔理沙」

 

 フランが美鈴から降りて魔理沙に挨拶してきた。魔理沙とフランは、同じ金色の髪をしていることもあり、なんだか相性が良さそうに見える。

 

「もうすぐ準備が完了するらしいので、それまでこちらでお待ちください」

「真行こっ! それに魔理沙も!」

 

 美鈴とフランに連れられて、俺たち三人は応接室へと案内される。先日ウノをしたのと同じ部屋だ。

 

 フランの相手をしながら待っていると、扉を開いてパチュリーとこあが現れた。

 

「よく来たわね真。(くだん)の物は……ってあら、本人が来てるじゃない。私は本だけ返してもらえればよかったのだけど」

 

 パチュリーが魔理沙を見つけるなりそう言ってきた。仮に勝手に取られた物でも、勝手に取り返したらこちらも同類になってしまうと俺は思う。

 

「それだと根本的解決にならないと判断してな。二人で仲良く今後どうするか話し合えよ」

「えー! 真は私の味方だろ! なんとかしてパチュリーを説得してくれよー」

「真は私の味方に決まってるじゃない。だからこうして魔理沙を連れてきてくれたんでしょ?」

 

 魔理沙とパチュリーが、味方を増やそうと迫ってくる。別に俺は関係無い気がするんだが。

 パチュリーが納得できる数の量だけ、魔理沙が本を借りて終わればいいのに。

 

「待て待て、別に俺はどちらの味方でもない。魔法使いじゃない俺にとって、パチュリーの本がどれ程良いものかなんて分からないしな」

「あんなの幻想郷の中に、他にどこにも無いんだって。私の成長のためには必要なんだよ。頼むって真、絶対返すからさぁ」

「俺に頼むなよ。 ……仕方ない、なぁパチュリー、魔理沙も返すって言ってることだし何冊か貸してやってもいいんじゃないか?」

 

 なぜか俺が中継役として、魔理沙の言葉をパチュリーに伝える。

 

「……むぅ。本当に返すのね?」

「返す! もともと最初からちゃんと返すつもりだったさ!」

「……ならいいわ」

「本当かパチュリー!」

「ただし条件があるわ。私が貸す本は最大でも三冊。更に一ヶ月以内に絶対返してもらうからね」

「ええー、少ないし短いぜ! もう少しなんとかならないのか? 私が借りなかった隙に本が無くなったりするかもしれないし……」

 

 条件を出して貸すと言ってくれているパチュリーに、魔理沙はなおも食い下がる。本を貸し出すとしたら、条件は大体こんなものだろう。数が足りないなら何度もここへ来ればいいし、期間内に読み終わらなければ一度返してまた借りればいい。

 

「馬鹿にしないでちょうだい。私もこあも、図書館にどんな本があるか完全に把握しているわ。それこそ魔理沙みたいに勝手に取っていく輩がいない限り、本が無くなることは絶対無い。ねぇこあ?」

「へ? そ、そうです!」

「えー…… 真ー……」

「……いいじゃないか、貸してくれるって言ってくれたんだから。魔理沙は何もしていないのにこれ以上高望みするってのは贅沢だろう。まだ条件に納得がいかないなら、魔理沙もパチュリーに何かしてあげるのが筋ってもんだ」

「……分かった。パチュリー! 特別に私がこの前魔法の森で発見した珍しいキノコをやるからもう少し……」

「いらないわ」

 

 パチュリーが魔理沙のお願いを一蹴する。俺は魔法使いでは無いので分からないが、魔理沙の譲歩はしょぼすぎるんじゃないか。

 

「でもそうね……本を返しに来るときに、私の魔法薬の調合を手伝うと言うなら、五冊までに増やしてあげてもいいわ」

「五冊かぁ……よし、それならまぁいいか。じゃあ早速今から見繕って……」

「待ちなさい。まずは今まで持っていった本を返してからよ」

「それなら真が持ってるぜ!」

 

 そう言い残して、魔理沙はさっさと部屋から出ていった。まぁ一応、話し合いはいい感じの結果に終わったと思う。

 俺は魔理沙の家にいったときに変化させた本を元に戻して、目の前の机に置いた。

 

「……はい、魔理沙から預かってた本」

「…………ちゃんと全部有るみたいね。こあ、これを図書館に直しておいて。ついでに魔理沙の見張りもよ。借りる本をちゃんと見せにくるように言っておいて」

「分かりました!」

 

 こあが本を持って魔理沙の後を追っていく。少し本の量が多いと思ったが、こあは器用にバランスをとって歩いていった。

 

「……はぁ全く。真がいたせいで、つい譲歩しすぎてしまったわ」

「そうか。ありがとなパチュリー」

「……それは魔理沙が言うべき台詞じゃないかしら」

「はは、まぁ魔理沙はまだ子どもなんだ。大目に見てやってくれ」

「……魔理沙が約束を破ったら、真にも何かしてもらうからね」

「はいはい」

 

 

 しばらくして、魔理沙とこあが戻ってくる。二人の入ってきた直後に咲夜が扉を開けて入ってきた。どうやら準備が完了したようだ。

 

 咲夜に案内されて広い部屋までたどり着く。部屋にはいくつもの丸いテーブルと、その上にそれぞれ様々な料理が乗っていた。

 

「すごいなこれ、全部咲夜が作ったのか?」

「はい」

 

 事も無げに咲夜が頷く。いや、これはかなり大変だったと思うんだが。しかも全部が全部出来立てのようだ。時を止める能力の応用だろうか。

 

「ようこそ真。ついでに霊夢と魔理沙。今日はゆっくり楽しんでいってね。長い話をするつもりは無いわ。早速パーティを始めましょう」

 

 部屋の奥に立っていたレミリアがパチンと指をならす。次の瞬間、俺を含めここにいた全員の手に、中身の入ったワイングラスが現れた。なんだこの演出、物凄い洒落ている。

 

「乾杯!」

 

 レミリアの声でパーティが始まる。霊夢と魔理沙は早速料理を食べ始めているようだ。

 俺も食べよう。こういうのは、自分の好きなものだけ食べるか、全種類食べてみるか迷うな。作ったのが知らない人ならどうでもいいが、今回は咲夜の料理なので、出来るだけ全種類を食べてみようと思った。

 

 

 

 

「……どう真、楽しんでる? フランもね」

「ようレミリア。すごいなこの量。霊夢と魔理沙も連れてきてよかったよ」

「お姉さま! 乾杯かっこよかったわ! ……ところで、私だけ皆と飲み物が違わない?」

「フランにワインは早すぎるわ。もう少ししたら飲ませてあげる」

「むー」

 

 フランに料理を取ってやっていると、レミリアが話しかけてきた。

 皆のグラスには赤ワインが注いであるが、フランのグラスを見るとどうやらオレンジジュースが入っているようだ。確かにこの見た目でならオレンジジュースくらいがちょうどいいのかもしれない。それはレミリアにも言えることだけど。

 

「私もお酒飲みたいよー」

「じゃあフラン、俺のを少し飲んでみるか?」

「え、いいの!?」

「すこしだけな」

 

 俺は自分のグラスをフランに差し出す。フランは喜んで受け取ったが、ワインを口にすると少し眉をひそめた。

 

「……なんか渋い味がする」

「でしょう? フランにはまだ早いのよ」

「お姉さまや真はこれが美味しいと思うの?」

「当然よ」

 

 レミリアが自分のグラスを傾ける。幼い見た目をしているくせに、なかなか飲み方が様になっているじゃないか。

 

「俺は……どうだろう。味はあまり好きじゃないけど、酔っぱらうのは好きだな」

「あら、真はお酒は苦手?」

「苦手では無いが……強くはないと思う」

「ねぇ真、酔っぱらうってどんな感じ?」

「そうだな、気分がふわふわして楽しくなる」

 

 あくまで俺の場合はだけどな、と一言付け加える。泣き上戸や怒り上戸の人は、どんな気分で酔っているのだろうか。やっぱりその状態を楽しんでいるのかな。

 

「えー、私も酔ってみたい。でもこれ美味しくないしなー」

「レミリア、フランが飲める甘いカクテルとかは無いのかな」

「え? ……そうね、多分有ると思うけど……」

 

 俺がそう尋ねると、レミリアは俺の近くまで来て小声で話しかけた来た。

 

「(でもフランに飲ませて大丈夫かしら。酔って万が一能力が暴走したりしたら……)」

「(そうだなぁ、絶対とは言えないが大丈夫だろ。万が一暴走しても、俺がいるからなんとかできる)」

「(……分かったわ。もしものときはお願いね。)咲夜ー」

「はい、ここに」

「フランも飲めるお酒ってあるかしら」

「はい。妹様の好きなお飲み物で割ればおそらくは」

「じゃあそれをいくつかお願い」

「かしこまりました」

 

 少し待つと、咲夜が何種類かのお酒が入ったグラスを持ってきた。どれも赤色系統の色をしている。フランはその中の一つを手に取った。

 

「咲夜、俺も一つ貰ってもいいか?」

「はい」

「よし、それじゃあフラン、乾杯しようか」

「かんぱーい!」

 

 フランとグラスを合わせて口をつける。酔えるかどうかは分からないが、甘くて確かに飲みやすい。

 

「美味しい! これなら私も飲めるわ!」

「そうか。でもゆっくり飲もうな」

「はーい」

 

 フランが嬉しそうに飲んでいる。やはり子どもは、大人のするこういったことに憧れるよなぁ。お酒ならまぁ良いが、今後タバコを吸いたいとか言い出したらどうしよう。

 俺はタバコは得意じゃない。吸う人に別に文句はないが、タバコの煙は苦手である。

 

「……真? どうかしたの?」

「ん? ああいや別になんでもない。飲んでばかりじゃなくて料理も食べようか。あっちのテーブルのも見てみよう」

「そうだね!」

 

 フランと共に別のテーブルまで移動する。こちらには霊夢と魔理沙とパチュリーがいた。美鈴とこあはまた別のテーブルにいる。

 三人でなにやら話していた魔理沙たちだったが、こちらに気付いて話しかけてきた。

 

「よう、真にフラン、楽しんでるか~? ん、なに飲んでんだ二人とも」

「フランでも飲めるお酒。咲夜が作ってくれたんだ」

「魔理沙もワイン飲めるんだ、すごいなー」

「へー、ワイン以外にもあったんだな。一口くれよ」

「いいぞ、ほら」

 

 魔理沙に持っていたグラスを渡す。女子はこういう一口だけ貰うの好きだよな。

 

「! ……ねぇ真、私にも一口……」

「霊夢には私のを一口あげるよ!」

「……そう、フランは優しいわね。 ……なにパチュリー笑ってんのよ」

「ふふ、いえなんでもないわよ?」

 

 こちらの料理も美味しそうだ。フランが霊夢たちと話してる今、自分の分の料理を取ろう。

 

「……うーん、飲みやすいけど甘すぎるかな。はい真、返す。咲夜ー、他に酒は無いのかー?」

「そこらへんにあるから勝手に飲んでいいわよ」

「む、そうか。じゃあ勝手にいただくぜ」

 

 咲夜は呼んだらいつの間にかここにいるな。 ……あれ、咲夜がここにいるということはレミリアは一人なんじゃなかろうか? そう思い見渡すと、レミリアは霊夢たちと話していた。

 なら大丈夫か、と思い俺は咲夜に話しかける。

 

「咲夜は酒は飲まないのか?」

「飲みますよ。ただこのあとの片付けがあるので酔わないよう嗜む程度にですが」

「そうか、大変だな。片付けるの手伝おうか?」

「ふふ、その言葉だけで十分です。その言葉と、お嬢様方が楽しそうにしているお姿が、私の力になりますので」

 

 そう言って咲夜は優雅に微笑む。形だけでなく、心まで咲夜は完璧なメイドだ。

 

「……咲夜はメイドの鑑だな」

「ありがとうございます。 ……でも、真様ではなく霊夢や魔理沙が手伝うと言ってきたら、そのときは容赦なく手伝わせますけど」

「ははは、言いそうにないな。 ……そういや、咲夜は俺には敬語なのに、霊夢や魔理沙には違うんだな」

「真様は大切なお客人ですが、あの二人は侵入者ですから。もうその言葉遣いに慣れてしまいました」

「へー、そんなもんか」

「うんうん、咲夜さんに同世代の友達ができて私も嬉しいですよ」

「め、美鈴?」

 

 咲夜と話していると美鈴がやってきた。顔が少し赤くなっている。これは結構酔っているようだ。

 

「咲夜さんは小さい頃から紅魔館にいますからね~。あの小さい咲夜ちゃんが、今はこんなに立派になって……嬉しい反面、人間としての幸せが無いんじゃないかって心配してたんですよ~」

「……咲夜ちゃん?」

「美鈴貴女少し酔っているみたいねちょっと黙りましょうか」

「いたたたたたギブ! 咲夜さんギブですって!」

 

 美鈴が咲夜に関節技のようなものをかけられる。これはアームロックだろうか。それ以上いけない、と言って止めるべきか。

 

 そういえば、咲夜はなんで人間なのに紅魔館でメイドなんかをやっているのだろう。美鈴の口ぶりからは、咲夜は幼いころからいるみたいだが、どういった経緯で今に至るのか。気にはなるがどうやら咲夜は話してほしくないみたいである。

 

「咲夜一旦落ち着けって。美鈴も酔っているとはいえ余計なことを話すんじゃない」

「……はっ失礼しました、真様の前で見苦しいところを」

「……ふう、助かりました」

「……美鈴、貴女後で後片付け手伝ってもらうからね。それで許してあげるわ」

「分かりました! もともと最初咲夜さんにメイドとしての仕事を教えたのは何を隠そう私で……」

「美鈴!」

「はーい黙ってまーす」

 

 なんだかいろいろ気になる部分はあるが、今回は気にしないでおくことにする。

 それにしても美鈴かなり酔っているな。結構時間は経っているしこんなものだろうか。他のみんなはどうだろうかと、辺りを見渡そうとしたら誰かが背中に抱きついてきた。

 

「えへっ、しーん!」

「お、フランおかえり」

「ただいま! 真、抱っこして!」

「ああ…… よっと」

 

 持っているグラスを置いてフランを抱き上げる。フランも少し顔が赤い。もう酔ってしまったのだろうか。

 

「えへへ、なんだか気分が良くなっちゃった。酔うのってなんだか楽しいかも」

「そうかー、良かったな」

「ねぇ真。真は紅魔館に住まないの?」

「俺はいま神社に住んでるからな。他の場所に住むつもりは今のところ無い」

「えー…… じゃあ今日が終わっても、また紅魔館に来てくれる?」

「そりゃあな。それに俺が紅魔館に行かなくても、フランが神社に来ればいいじゃないか。もうフランは外に出られるんだし、レミリアだって何度か神社に来てるらしいぞ」

「お姉さまが? ふーん、そうなんだぁ……」

 

 フランが眠そうに目をこする。お酒が回ってきたせいだろうか。

 

「どうしたフラン、眠いのか?」

「ん……眠いけど、寝たくない。真と一緒にいる」

「はは、分かったよ。じゃあずっとそこにいな」

 

 俺はフランを抱きかかえたまま、このパーティを過ごすことにした。

 夜はまだ長い。霊夢と魔理沙は昼寝をしたし、帰るまでまだまだあるだろう。

 このままフランが寝てしまっても、そのときまでもう少し一緒にいてやろうと思った。

 

 


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