東方狐答録   作:佐藤秋

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第四十一話 森近霖之助

 

「ごきげんよう霊夢」

「……レミリアじゃない。今日もまた真を賭けて弾幕勝負しに来たの?」

「違うわ、今日は……」

「やっほー霊夢! 魔理沙もいるわね」

「あらフランじゃない珍しい。一体どうしたの?」

「えへへ、お姉さまに頼んでつれてきてもらったの。へぇー、これが神社ってところなのね」

「そうか、フランは神社に来るのは初めてなんだな。遊びに来たのか?」

「うん!」

「……まぁそれくらいなら、勝負をふっかけられるよりはマシかな」

「それだけど霊夢……もう真を賭けて勝負をするのは止めにするわ。フランから聞いたの、真は今のところ博麗神社を離れるつもりは無いんだって」

「……そ、そう。まぁ当然よね」

「フランがそれで納得してるのに、私がわがままを言うわけにはいかないからね。 ……でも、こうしてたまに遊びに来てもいいかしら?」

「別に良いわよ。お賽銭を持ってくるならなお良いわ」

「ふふ、善処しましょう。 ……で、今日は真はいないのかしら」

「真は今日は呼び出されて、魔法の森の近くまで行ってるぜ」

「えー、真はいないのかー。それじゃあ魔理沙と霊夢、遊びましょ!」

「いいぜ、何して遊ぶんだ?」

「ウノ!」

「「うの?」」

「知らない? 真が教えてくれたゲームなの、ルールは簡単だからすぐ分かるわよ。咲夜、カードを」

「はい」

「じゃあ私がルールを教えてあげるね!えっと、基本は同じ色のカードを出していく遊びで……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「よ、霖之助(りんのすけ)。来たぞ」

「やあ真よく来たね。入りなよ」

「ああ。 ……また物が増えてるな」

 

 俺は今、魔法の森の近くにある香霖堂という店にやってきている。俺を出迎えた眼鏡をかけているこの男は森近(もりちか)霖之助、慧音と同じ半妖だ。

 

「霊夢と魔理沙はいい人を紹介してくれたものだね、真のおかげでより一層僕の趣味が楽しくなってきた。あ、いつものように仕事代は、霊夢と魔理沙が持っていった商品の代金とさせてもらうよ」

「俺はあいつらの保護者じゃ無いんだけどなあ」

 

 霖之助の言葉に息をついて返す。

 

 俺がこの店に訪れたのは、霊夢と魔理沙に連れられたのが初めてだ。そのときに霖之助と知り合った。

 

 幻想郷は、人も妖怪も住む国である。特に妖怪には住みやすいような仕掛けが施してあるのだ。

 妖怪とは、人が恐れることで存在するもの。人間の間で科学が発展していくと、次第に妖怪への恐怖は薄らいでいく。人に忘れられたときに、妖怪という存在は消えてしまうのである。

 そこで紫が張った結界には、二つの作用が施してあった。一つは、結界内の人間が妖怪たちを忘れないこと。それにともない幻想郷での科学は、あまり発展していない。もう一つは、結界の外でも忘れられた存在を結界内に引き込むこと。幻想郷は、外の世界で忘れられた妖怪にとって最後の楽園なのである。

 

 そして時折この幻想郷には、外で忘れられた物も流れ着いてくる。霖之助の店の香霖堂は、こういった物を集めて商売しているそうだ。

 しかし外で忘れられた物は、幻想郷では未知の存在。霖之助には道具の名前と使用方法が分かる能力があるとはいえ、そこまで詳しくは分からない。

 そこで似たような能力を持つ俺が、霊夢と魔理沙がこの店で溜めたツケを払うべく、たまに訪れて協力しているのだ。 その事実だけ見たら特に俺にメリットは無いのだが、外の道具(俺から見たら前世の記憶で見たこともある道具たち)に触れるのも楽しいのでここに来るのは結構乗り気である。

 

「外の世界のカラクリ……君の言う"機械"とやらは相変わらず使い方が複雑でね。これは『扇風機』というものらしい。なんでも風を起こすものらしいが……」

 

 霖之助と共に店の奥に行き、霖之助が置いてあるものの一つを触りながら話しかけてくる。

 

「どうやったら使えるのかが分からない。これにもプラグがついていることから、電気が必要になるのかな」

「ああ、そうなるな」

「よし、それじゃあいつものように、アレを出してくれないか」

「ソーラーパネルな。ほいっ」

 

 俺は近くの適当な道具を、コンセントのついたソーラーパネルに変化させる。

 外の世界の機械は、ほとんど電気が必要になってくる。電気を起こす技術の無い幻想郷ではこれらのものはガラクタと化すが、俺がソーラーパネルを作ることで、小さいものならここで動かすことができるのだ。

 

 霖之助が早速扇風機のプラグをコンセントに差し込み、ソーラーパネルを日の当たる場所に置いた。

 

「……おお動いたぞ! ……なるほど、中の物が回転することで風が起きるという仕組みか。このカバーはそれに触れないようにするためのもの。 ……しかし中のこれはただの板のようにも思えるが……ん? おおなるほど! 小さいモーターが回転しているのか! これはただ風を起こしやすいように形を整えただけの板なんだな……」

 

 動く扇風機を見て、霖之助がブツブツと考察し出す。これはなんだと聞かれたら答えるが、霖之助は基本的に考察するのが好きなようだ。動く様子を見せたら、そこからしばし自分の世界に入り込んでしまう。

 

 霖之助が夢中になっている間、なにか面白いものはないかと辺りを見渡す。たくさんあるガラクタの中から、小さい機械が目についた。

 

「おやこれは……テトリスじゃないか。こんなものまであるんだな」

 

 テトリスとは、落ちものパズルゲームの元祖のようなもの。目の前の機械は、ただテトリスをするためだけに作られたもので、進化しているテトリスとはまた違う、シンプルに一人でひたすら消していくだけのゲームだ。

 俺はテトリスの機械を手にとって、小さいボタンを押してみた。

 

「む、動かないな。電池切れか……」

 

 しかし機械は動かない。どうやらもう電池が切れているみたいだ。

 動かないことを少々残念に思いつつ、テトリスを持ったまま他になにかないかと見渡そうとすると、霖之助が話しかけてきた。

 

「おぉい真。あの扇風機の後ろについている出っ張りには一体…… おやそれは」

「ああ、少し気になるものを見つけてね」

「テトリス……という遊び道具らしいね。しかしどうやって遊ぶのやら。ボタンを押しても反応しないし……真は分かるかい?」

「わかるよ。これは今のままじゃ使えない。他に"電池"というものが必要なんだ」

「電池? たしかそれならあったと思うが……少し待っててくれ」

 

 霖之助が部屋の隅に行き、なにやらゴソゴソと探している。俺は未だに何がどこにあるのか分からないが、霖之助はこの沢山のガラクタの一つ一つをどこに置いてあるのかキチンと理解しているようだ。

 

「あったあった。なにやら大きさが色々あるが、これを使えば動くのかい?」

 

 霖之助が持ってきたのは、太い単2から細い単4までの電池だった。俺の持っているテトリスに使うのはボタン電池であり、これでは形が合わず入らない。

 

「あー、それとはまた違う電池が必要みたいなんだが……いや待てよ。霖之助、一つその電池を貸してくれ」

「ああ」

 

 霖之助から一本だけ電池を借りると、俺はそれをボタン電池に変化させた。どちらも同じ電池なんだ、形を合うように変えれば代用できるかもしれない。電池とボタン電池には電位差があるはずなので、そこも意識して変化する。

 

 テトリス本体の裏からボタン電池を嵌めスタートボタンをもう一度押す。すると画面になにやら表示されて、機械でできた合成音が鳴り始めた。

 

「おお、動き出した!」

「……操作方法が分からないな。ええとこうか?」

 

 俺が適当なボタンを押すと、小さい画面に一つのテトリスブロックが落ちてきた。ああ正しくはテトリミノって言うんだっけ?

 

「……何をしているんだい?」

「……ボタンでこれを動かすみたいだ。これで移動、これで回転みたいだな」

 

 落ちてくるテトリミノを、拙い操作でなんとか積んでいく。

 そしてなんとか一番下の一列にブロックを敷き詰めることに成功した。次の瞬間一番下の一列に積んだブロックたちが消滅する。

 

「消えたね」

「消えたな」

「なるほど、そういう遊びか。真、僕にも貸してくれ」

「いいよ」

 

 俺は霖之助に、プレイ途中のテトリスの機械を手渡した。俺の操作を見ていたこともあり、霖之助も順調に積んでいく。

 

「……消していく度に、ここの数字が増えていくね。これが得点なのだろう。一度に数列消したときのほうが一気に増えるのか」

「そうだな。おそらくどれだけ得点したら終わりとかではなく、延々と得点を増やすゲームだな」

「……しかし、これならいつまでも続けられるような気が……失敗したくてもできなくないか?」

「まぁもう少しやってみろよ」

 

 霖之助が話しながらも順調にプレイを進めていく。一度に大量に消したほうが点数が高いことを理解して、右一列だけを空けて積みだした。I字のテトリミノを縦に置けば、これで一気に四列消せる。とても初心者とは思えない。

 

「……ブロックが落ちてくるスピードが上がってきている。なるほど、点数が増えるにつれて瞬間的な判断が必要になるのか」

「そういうことだ」

「しかしまだまだこのスピードならなんとか……あ"っ」

 

 霖之助が落としたブロックの位置が一つずれ、(なら)されていたブロックの山に、一つ歪な部分が出来る。

 そのことに霖之助が声を出し、なんとなく珍しいものを見れた気分だ。

 

「…………あっ。 …………あぁっ」

 

 少し喋るのを止めてプレイに集中し始めた霖之助だったが、一度のミスは次の操作を雑にする。落ちるスピードもあがっていることもあり、少しずつ着実に穴の空いたブロックの山ができていった。

 

「……あー」

「はいおしまい」

「……単純だが意外と面白いな。真もやるかい?」

「やる。今の得点には勝てる気がする」

 

 霖之助から機械を受け取り、俺も一度プレイしてみることにした。霖之助が後ろから覗きこんでくる。

 俺はまだ落下スピードが遅い初期の段階で、一つ試してみたいことがあった。

 

「……あれ、真。早速失敗してるじゃないか」

「いや、わざとだ。試してみたいことがあってな」

「?」

 

 これは、俺が知っているテトリスの中でも、特に古いもののようだ。直後に落ちてくるブロックしか分からないし、ホールドボタンなんてありはしない。うまいことテトリミノを回転させて隙間に入れることなんて不可能だろう。

 

「お、来た」

 

 しかしT字のテトリミノは別だ。このブロックだけ唯一回転させて隙間に入れることができる。

 俺は最初にあえて作っておいた、Tの穴にうまく捩じ込み二列消した。

 

「なんと、そういったこともできるのか」

「できるかなーと思ってな。あれ、でも……」

 

 T-spinを駆使して二列消したが、得点は普通に二列消した時と変わらなかった。狙ってやる意味は無かったようだ。

 変なことは止めて霖之助と同じように右一列を空けて積んでいく。

 

「へぇ、うまいものだね」

「まぁ……このスピードならまだ操作ミスさえしなければなんとかなるだろ」

 

 無駄に列を残すことなく、順調に一番下の段から消していった。ある程度積みかたに慣れていけば、あとは手先の器用さでなんとかなる。特に目立つようなミスもなく、霖之助の得点まで追い付いた。

 

「……よし、満足」

「……む。しかしここまで来たら、どこまで速くなるか見てみたいね」

「それもそうだな。失敗するまで続けるか」

 

 再びテトリスに集中する。既に落ちるスピードは結構早い。一つミスが命取りだ。

 

 霖之助の得点の四倍くらいを越えた辺りで、俺は痛恨の置きミスをしてしまう。そこから一気にミスが連発し、あっという間にゲームオーバーになってしまった。

 

「「あー」」

 

 霖之助と声を揃えて同じようなリアクションを取る。終わりの見えないゲームではあるが、なかなかどうして熱中していたようだった。

 

「……ふう、まぁこんなものか。霖之助、またやるか?」

 

 霖之助の前に機械を差し出すも、霖之助は自身の両手を前に突き出してきた。

 

「遠慮するよ。どうやら僕は、自分がするより見ているほうが好きらしい」

「ああ、なんとなく気持ちは分かる」

 

 スポーツなどは、実際やるより見るほうが楽しいことが多かったりする。自分にできない動きをする人は、見ていて気持ち良いものだ。俺にとっては弾幕ごっこなどは、やるよりも見るほうが(しょう)に合っていると思う。

 

「じゃあこれは終わるか」

 

 俺はテトリスの機械からボタン電池を取り出し元に戻す。あれほど得点を取った後で、また最初からやる気力は無い。

 

「ああそうだ。それでさっきの扇風機なんだが……」

 

 霖之助に、道具の仕組みを教える仕事に戻ることにした。

 

 

 

 

「……ふう。今日も有意義な時間だったよ。もう真は帰る時間かな」

「ん。もうそんな時間か」

「いつものように何か買っていくのかい?」

「ああ」

 

 気が付けばもう太陽が沈む時間になっていた。最近は日が沈む時間が早くなってきたな。

 俺は香霖堂に来たときには、毎回なにか買って帰る。別にそう決めているわけではないが、来る度になにかしら目の引かれるものを見つけるのである。

 

「……別に君なら、一つや二つ適当に持っていかれても構わないんだけどね」

「いやぁ、買い物をしたい気分みたいなものだ。じゃあ今日はこれで」

「ふぅん。これなら百文でいいよ」

 

 霖之助がいった値段の小銭を財布から取り出して払う。今回買ったのはトランプだ。幻想郷には無いものだが、別に作るのが難しいものでもない。

 

「今日はあの機械を買っていくかと思ったんだけどな」

「テトリスか? あれは電池が必要だからな」

 

 俺の変化の術は、なんでも作り出せるものではない。今回のボタン電池が使えたのは、元々の電池にあった電力を消費したに過ぎないのだ。使いすぎると電池切れを起こす。

 変化の術で変えたものは、変えたときの状態で元に戻るが、その際マイナスの要素は引き継がれる。今回だと消費した電力はそのままだし、俺が別の姿に変化したとしてそのとき消耗した妖力や体力、負った怪我や空腹などは元に戻っても引き継がれるというわけだ。

 木の葉に変化させた食料が腐らないのは、木の葉自体を腐らないよう細工しているからであり、温度が保たれているのは、そもそも温度変化はマイナスの要素ではないからである。

 

「じゃ、またな」

「ああ。また用事ができたら魔理沙を通じて連絡するよ」

 

 霖之助に挨拶をして、俺は博麗神社まで飛んでいった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「おかえり真ー!」

「うわっフラン?」

 

 博麗神社に戻るとなぜかフランに出迎えられた。見渡すと他に、レミリアと咲夜もいる。魔理沙がいるのはまぁほぼいつも通りか。

 

「へへー、遊びに来ちゃった。あれ、真それ何? ウノ?」

「ああこれか?」

 

 フランが俺の持っていたトランプに目をつける。特に大きいものでもないので、変化させずに手で普通に持ってきた。

 

「トランプだ。ウノとはまた違う遊び方のゲームができる」

「ふーん?」

 

 フランにトランプを手渡しながら、俺は簡潔に説明する。ウノの遊び方がほぼ一種類なのに対し、トランプは様々な遊び方があるのが特徴だ。個人的に一番好きなゲームは『ナポレオン』というゲームなのだが、必ず四人でやるゲームなうえルールを知っている人が少ないのであまりやった記憶がない。

 

「へぇー。それじゃあお夕飯を食べたら一緒に遊ぼう!」

「ああいいよ」

「ちょっと待ちなさいよ。あんたらここで夕飯食べてく気?」

 

 フランの言葉に霊夢がつっかかる。そんな霊夢にレミリアが返答した。

 

「いいじゃない別に。ほらさっきのウノでフランが勝ったんだし、敗者は勝者の言うことを聞くものよ」

「別に私は敗者でもないじゃない」

 

 どうやら俺がいない間、皆でウノをして遊んでいたようだ。ちゃぶ台の上を見たらウノのカードが散らばっている。

 前に紅魔館でやったときには俺が変化で作り出したものだが、このカードは咲夜にでも作ってもらったのだろうか。話を聞く限り今回の勝者はフランのようだ。

 

「フランが勝ったのか。すごいなー」

「えへへー」

「真、私も頑張ったから褒めていいぜ?」

「魔理沙は最下位だったじゃないの」

「……ともかく、霊夢が心配してるのはどうせ、私たちの分の食材が勿体無いとかでしょ? それなら……」

「別にいいよ。食材なら俺が出すからさ」

 

 レミリアの言葉を遮って言葉を出す。このままの流れだと咲夜が紅魔館まで食材が取りに行きそうな気がした。そんな面倒はさせたくない。

 

「霊夢もそれでいいだろ」

「……はぁ、分かったわよ。その代わり今日は真が作ってね」

「……じゃあ咲夜、一緒に作るか?」

「いえ、そこまでしていただくわけにはいきません。ここは私が」

「そっか、じゃあ頼んだ」

 

 俺は台所で咲夜に適当に食材を渡し、皆がいる部屋に戻っていった。

 フランがトランプをパラパラと見ながら話しかけてくる。

 

「ね、ね、真。これはどういうゲームなの? 咲夜がお料理してる間に少し教えてよ」

「ああ、トランプには色んな遊び方があるんだ。ババ抜きとか大富豪とか……」

「ババ抜き? 紫なら今日は来てないぜ」

「大富豪…… 素敵な響きね」

 

 魔理沙と霊夢がそれぞれ反応する。ババ抜きも大富豪も別にそういう遊びじゃない。

 咲夜がどれほどで夕飯を完成させるのかは分からないが、複雑なルールのゲームを説明するのは面倒だ。今回はババ抜きでも教えよう。

 別の遊びは、夕飯の後に咲夜も加えて。そう思ってとりあえず俺はカードを配った。

 

 

 

 

 

 その日の夜、寝ようと思い目を閉じると頭の中で勝手にテトリスが積まれていく。落ち物パズルゲームなどをしたときは、こういう現象が起きるから困る。

 少しの間だけ、俺は眠れぬ夜を過ごした。

 

 


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