東方狐答録   作:佐藤秋

48 / 156
第四十五話 春雪異変③

 

 妖夢を抱えて白玉楼まで飛んでいく。白玉楼は冥界にあるということで、入り口は空の上にあるようだ。速く飛ぶことで少し寒いし、また高い場所に飛んでいくことで更に寒い。冬という季節は好きだが寒すぎるのは苦手である--なんて言っている場合ではない、時は一刻を争うのだ。

 分厚い雲を抜けると、石段が天へと伸びているのを発見した。この先に幽々子の屋敷、ひいては西行妖が存在する。

 

 階段の先を進むと見覚えのある屋敷が見えてきた。昔何度も訪れた幽々子の屋敷だが、周りの風景には見覚えがない。恐らく紫が幻想郷を作ったとき、幽々子の屋敷を冥界に移動させたからだろう。

 いつも妖忌が立っていた門を抜け、西行妖がある庭まで回る。庭には俺の知っている人間が数人立っていた。

 

「……お?」

「魔理沙、咲夜、それにアリスもここに来たんだな……無事で良かった……」

 

 無事に立っている三人を見て、ほっと胸を撫で下ろす。西行妖のほうを見てみると、何の変哲もなく立っているだけだ。見る者が見れば封印が解けかかっていると分かるのだろうが、俺からしたら花を咲かそうとしている素振りが見えないだけだ。それでも安心するのには十分だったが。

 

「無事? なにか心配するようなことでもあったのですか?」

「まぁちょっとな……」

「よう真! 真も来たんだな。 ……なんでそいつを担いでんだ? 敵だろそいつ」

 

 魔理沙が、俺に抱えられた妖夢をあごでしゃくって尋ねて来た。どうやら霊夢が妖夢と戦っていたとき、その場に魔理沙たちもいたらしい。ここにいる全員が妖夢を、異変を起こした犯人の一人だと認識しているようだ。

 

「ああ、だからここまで案内させた」

「あー、なるほどな」

「ちょっ……真さんそろそろ降ろして下さい!」

「ほい」

 

 妖夢が足をじたばたさせて暴れるので地面に降ろす。屋敷が見えてからはもう降ろしても良かったのだが、そんな時間も惜しかった。

 

「……アリスも、異変解決に来てたんだな」

「……まぁ、個人的に冬が長引いている原因は調べたりしてたけど…… ここへは、この二人に連れられたから来たのよね」

 

 アリスがちらりと魔理沙と咲夜の方を見る。二人に連れられて? この二人はどちらが先に異変を解決するか勝負してたんじゃなかったか?

 

「咲夜と一緒にするなよな。私は私の独断で、アリスの協力を仰いだんだ」

「私だって魔理沙の真似したわけじゃないわ。最初に話を聞いてみようと思ったのが、たまたまアリスだっただけよ」

「……アリス大人気だな、羨ましい」

「別に、欲しいならどっちもあげるけど」

「遠慮する」

 

 魔理沙と咲夜が睨み合う。この二人、仲が良いのか悪いのか分からないな。個人的には、咲夜が敬語を使わないので仲が良いほうだと思っている。

 そういえば、咲夜はアリスも呼び捨てなんだな。霊夢と魔理沙を呼び捨てるのはもともと敵対関係にあったからのようだが、アリスはなんで呼び捨てなんだろう。咲夜がアリスの元を訪ねたのは、仕事ではなくプライベートな用事だったからかな。

 それより、この三人が無事なのは良かったとして、肝心の二人が見当たらない。西行妖の封印が解けていないので、そこまでの心配はもう無いが。

 

「……そうだ、霊夢と幽々子は……」

「霊夢と亡霊姫ならあっちだぜ、ほら」

 

 魔理沙が上を指差した。見ると上空で、霊夢と幽々子が結界内で弾幕ごっこの勝負をしている。お互いがどれ程スペルカードを使ったか分からないのでどっちが優勢とは分からないが、表情を見る限り幽々子のほうが押してるようだ。余裕そうな笑みを浮かべる幽々子に対し、霊夢は必死の表情をしている。

 

「さすが幽々子様。私を倒した巫女を相手に、ああも華麗に立ち回るとは」

「……こいつと戦っているときも思ったが、今日の霊夢は動きが悪いな。何かあったのか?」

「……本当ね。紅霧異変のときが今の霊夢だったら、紅魔館で私が返り討ちにしていたわ。この子を相手にするときも、私が代わりにやっていればもっと早くケリがついたはずよ」

「なっ……」

 

 魔理沙と咲夜の言葉を聞いて、妖夢は僅かに眉をひそめる。咲夜に悪気は無いのだろうが、随分と自信に満ちた発言だ。暗に妖夢には楽勝だと言っているのだが、俺は二人の強さがどれほどなのかは知らないため本当かどうかは分からない。知っているのは二人とも霊夢に負けたという事実だけだ。

 

「霊夢が苦戦してるなら、魔理沙たちも手伝ってやればいいんじゃないか?」

「嫌だぜ(です)」

 

 二人同時に『できない』ではなく『嫌だ』と返す。弾幕ごっこは相手が了承すれば二対一でも三対一でもいいらしいのだが、この二人にはその考えは無かったようだ。

 

「霊夢が勝てなかった相手に勝つ、それでこそ私の実力が上がったんだと実感できるんじゃないか」

「なるほど…… でも誰が一番早く異変解決するか勝負をしてるんじゃなかったっけ? 先に霊夢に戦わせて良かったのかよ」

「良くありませんよ。ですがじゃんけんに負けてしまいましたので、仕方なく先を譲ったんです。霊夢、妙にじゃんけん強いんですよね」

「ああ、そういうことか。確かに霊夢はじゃんけんが……あっ!」

 

 魔理沙たちと話しながら霊夢と幽々子の弾幕ごっこを見ていたら、霊夢が幽々子の攻撃に被弾した。

 飛んできた弾を大袈裟にかわした先で、別の弾に被弾する。更にその反動で別の弾にも被弾し、その衝撃で霊夢の首からストールが落ちてきた。俺が神社を出る前に霊夢の首に巻いたものだ。

 弾幕ごっこに張られる結界は、弾幕と中の人物は制限するがそれ以外の物は素通りする。ストールがそのまま地面に落ちて、変化の術が切れて元に戻った。

 

「……あー! アンタよくもやったわね!」

「ふふふ、ごめんなさいね。そんなに大事な物だったのかしら」

「もう容赦しない! アンタは徹底的に叩き潰すわ!」

「!」

 

 攻撃を食らって吹っ切れたのか、霊夢の動きが先ほどに比べてかなり良くなる。幽々子もそれに気付いたのだろう、余裕の笑みが無くなった。

 

「……ちぇっ、霊夢のヤツ本調子に戻ってきたな。えーと妖夢だっけ、ヤバいんじゃないかお前のご主人」

「む……そんなことはありません。幽々子様だってまだ余力を残して……」

「アリス、いいわねそのマフラー。それも自分で編んだのかしら?」

「まぁね。冬が長くて降ってくる雪に辟易してたけど、その代わりインスピレーションも降ってきて……って咲夜、霊夢の試合ちゃんと見なくていいの?」

「いいのよ、霊夢が勝つから。万が一負けたら私が倒してあげるわ」

 

 戦っている霊夢たちは真剣なのに、見ているこっちは緊張感が無いな、特に咲夜。

 俺としてはさっさと西行妖に封印をかけ直したいところだから、話をスムーズに進めるべく霊夢には早く勝ってもらいたい。

 

 勝負の行く末を見守っていると、俺の真上に紫のスキマが現れた。

 

「真! 来たわよ! 西行妖は……」

「来たか紫。まだ封印は解けてないみたいだが……」

「……ふぅ、かなり弱まっているみたいだけど、なんとか間に合ったみたいね」

 

 紫がほっと息をつく。橙はしっかりと伝えてくれていたみたいだ、俺の焦りが橙にも伝わっていたのだろう。

 

「……幽々子にちゃんと説明しなかったのが仇になったわね。もう二度と自殺なんてさせてたまるもんですか」

「まったくだ」

 

 人間だったときも幽々子は、この木を封印するために自らの肉体が必要だと判断し、自分で命を絶ったのである。今の幽々子はそのことを知らないとはいえ、意図せず再び自分の命を絶とうとしていたのだ。

 

「……で、再封印はできそうか?」

「ええ、このあとすぐにでも…… 春の気質ごと封印するのは骨が折れるし、このままだと幻想郷の春が遅れるわね。まずはそれを解放してから……」

 

紫がブツブツと封印の仕方を考えていると、紫の開いたスキマの中から、橙と藍が現れた。

 

「紫さまー!」

「紫様!」

「……あ、貴女たち! 万が一のことがあったら困るから残ってなさいって言ったじゃない!」

「紫さまたちの表情から、どうやらただ事ではないと思いまして…… 私もどうか紫さまの力にならせて下さい! だって私は紫さまの式の式なんですから!」

「……すみません、止めようとしたのですが…… 橙にこう言われると私もじっとしてられなくて……」

 

 藍が申し訳無さそうに紫に言う。式とは基本的に主人の命令に逆らえないものだと思っていたのだが、藍と橙は違うのだろうか。式が独断でここに来てしまうあたり、忠誠しているとも言えるし忠誠していないとも言える。

 

「……もう。来てしまったのならしょうがないわ。藍には封印の手伝いを、橙は後ろで見ていなさ……」

「きゃあっ!」

「! 幽々子様!」

「さぁ私の勝ちよ! さっさと奪った春を返しなさい!」

 

 紫が式に改めて命令を与えるその上で、幽々子のやられた声と、霊夢の勝ち誇る声が聞こえてくる。どうやら決着は付いたみたいだ。

 ふよふよとこちらに降りてくる幽々子に、妖夢があわてた様子で飛んでいった。

 

「あ~ん妖夢、負けちゃったわ~」

「幽々子様、残念でしたがお気を落とさず…… それにですね、あの桜を咲かせてしまうとどうやら幽々子様のお命が……」

「あら? 紫じゃない。まだ冬眠してるんじゃなかったの?」

 

 幽々子がマイペースに紫に話しかけてくる。生前もおっとりとした性格ではあったが、記憶を失ってからは人を死に誘った罪の意識に苛まれることも無く、その性格に拍車がかかったようだ。

 

「……そうよ! 気持ちよく眠っていたというのに…… 誰かさんがあの桜の封印を解こうとしてるって言うじゃない。 ……私ちゃんと幽々子に言ってたわよね? あの桜だけは絶対に咲かせてはならないって……」

「だって~、あの桜が咲いているところが見たかったんですもの~。あと少しだったんだけど~」

 

 幽々子があまり悪びれる様子も無くそう言った。確かに禁止されると逆にやってみたくなる気持ちは分かる。立入禁止の場所に進入してみたくなったり、食べられませんと書かれた粉を口に入れてみたくなったりはしてしまうものだ。

 しかしそれには禁止されるだけの理由がある。危険だからと注意を喚起しているのだから、わざわざすることは無いだろう。内緒にしていた俺たちも不注意だったとは思うけれど。

 

「なにがあと少しよ。あと少しでとんでもないことになってたのよ」

「とんでもないことって?」

「……幽々子が消滅してたかもしれないんだから」

「…………え?」

 

 幽々子の顔から笑みの表情が消える。亡霊になってから幽々子は、自分の死を感じたことはなかったのだろう。知らないうちに自分で自分の命を危険に晒していたと知ったら、落ち着いてなどいられるはずがない。

 

「ゆ、紫…… その話本当なの?」

「本当よ。 ……さ、この話はおしまい。この木を再封印してしまいましょう」

「え、ええ……」

「霊夢ー! 貴女も少し手伝ってー!」

 

 紫が霊夢に呼びかける。幽々子に詳しい説明はしないのだろうか? 紫がそれでいいなら俺も何も言わないが……移動中妖夢に少し話してしまったのはまずかったかも。

 

「はいはい…… なんだか人が沢山いるわね」

「少し段階を踏んであの桜の木を封印するわよ。まずは……」

 

 紫が霊夢に説明を始める。霊夢もこの幻想郷を覆う結界を張っている一人だ、封印術には長けているらしい。

 

「……という流れで行くわよ」

「分かったわ。これで春が戻るみたいね」

 

 紫が霊夢への説明を終えると、西行妖に向かって歩き出した。霊夢もそのすぐ後ろをついていく。

 

 瞬間、西行妖が淡い光を放ち始めた。まるでこの木が意思を持ち、再び封印されることを拒んでいるようだ。光はどんどん強くなり、西行妖の枝がざわつき始める。

 木はその枝にいくつもの桜のつぼみを膨らませ、今にも咲きそうになっていた。

 

「! まずいわ霊夢! 早いところ封印を……」

 

 紫が霊夢に呼びかけようとする刹那、西行妖から大量の妖気の弾が形成される。

 その弾の数は尋常ではない、近くにいる霊夢と紫はもちろん、遠くで見ている俺たちにまで飛んでくるだろう。

 

「お前らこの場から…… っ!?」

「「「……」」」

 

 あわてて周りを見渡すと、魔理沙たちは全員虚ろな目をしていた。さてはあの光……死に誘う効果があるな?

 亡霊である幽々子や耐性のある紫まで、ここにいる全員があの妖怪桜に魅入られていた。このままだとあの弾幕を避けるどころか、自ら死に向かって行動を始めてしまう。

 

「くっそ間に合え!!」

 

 咲夜はナイフを、アリスは糸を取り出そうとする。他のヤツらはまだ身動きをとっていないが、これから死のうとするはずだ。

 俺は尻尾を九本顕現させて、全員に目掛けて一直線に伸ばしていく。霊夢に紫、それに魔理沙、咲夜、アリス、幽々子、妖夢、藍、橙。一人一本として丁度九本、全員の体に巻きつけた。

 

「少し手荒だが許してくれよ!」

 

 そのまま全員を動けなくすると共に、これから飛んでくる西行妖の弾幕から守る。少し締め付けが苦しいかもしれないが、今はこれが最善手のはずだ。

 西行妖から弾幕が放たれる。俺は両腕を前に出し、自分の眼前をガードした。

 

「痛っててててててててて!!! 量多すぎんだろ!!」

 

 両腕と、伸びた尻尾たちに弾が次々と当たっていく。レティと弾幕ごっこしたときのダメージとは比べ物にならない。まるで一撃一撃が、鬼に全力で殴られたみたいだ。 

 

 俺は尻尾の数によって、妖力が桁違いに増えていく。一本増えるごとにその妖力がプラスされるのではなく、その妖力が掛け合わされたように大きくなるのだ。

 今の俺の妖力は普通の状態の九倍よりも更に上の状態であり、防御力も上がっているのだが、それでもこのダメージ量だ。そう何回も受け止められるものではない。

 一度全ての弾を撃ちつくした西行妖は、少しの間だけ無防備になった。

 

「……はっ。真! ありがとう助かったわ!」

「ちょっと何よこれどうなってんの!?」

「紫! 霊夢! 大丈夫か!」

 

 霊夢と紫が死への誘いから覚醒する。紫はこの木の能力を知っているため対応が早いのは当然だが、霊夢の覚醒の早さには驚いた。

 

「霊夢! もう四の五の言ってられないわ、力ずくでも封印するわよ!」

「さっきの相談はなんだったのよ! 段階を踏まないと春まで封印しちゃうんじゃ……」

「大丈夫! 春の気質は花びらに移ったから、このまま根元から封印していけばなんとかなるわ! 真、力を貸して頂戴!」

「あいよ!」

 

 俺は紫を包んでいる尻尾を通して、紫に妖力を譲渡する。むかし紫とこの木を封印したときと、全く同じ方法だ。

 

「ん? んんんんんんん!?」

「……っぷは! なんですかこれは!」

 

 魔理沙たちも正気に戻り、妖夢たちが尻尾の間から顔を出す。魔理沙が何を言っているのかが分からないのは、舌を噛み切って自殺しないよう、口まで尻尾を巻きつけているからだ。

 

「丁度いい、お前らにも封印に協力してもらう! 自分の力を俺の尻尾に流してくれ!」

「え? は、はい分かりました!」

「ん、んんっんん!」

 

 魔理沙たちから受け取った霊力を今度は霊夢にも譲渡する。

 西行妖の枝がまたざわつき始め、また妖力の弾を作り出そうとしている。

 急げ! 早く封印を!

 

「いくわよ霊夢! 境符『四重結界』!」

「あーもう! 霊符『夢想封印』!」

 

 紫の結界が張られ、霊夢が更に封印する。抵抗するように更に激しく枝を揺らしていた西行妖だったが、次第に動きが鈍くなり、ついには全く動かなくなった。

 

 静かになった西行妖から、桜の花びらが舞い落ちる。風も無いのにふわふわと、全ての花びらが飛んでいった。

 

「……ふぅ、なんとか封印できたみたいだな」

「んー! んー!」

「あ、わり」

 

 封印が終わり、緊張の糸が緩む。全身を地面に投げ出してやりたい気持ちが現れたが、魔理沙の声に阻まれた。皆の体に巻きつけた尻尾の拘束を解き、自分の元へと回収する。

 

「……っぷはー! さっきのは一体なんだったんだ?」

「分からない……けど、真様が守ってくれたってことだけは分かったわ」

「守ったって……ここにいる全員を?」

「……あんな危険な木の封印を解こうとしてたなんて……」

「……満開でもなければじっくりとも見れなかったけど、見事な桜の花だったわね~」

「幽々子様! 何のんきなことを言ってるんですか!」

「……ねぇ紫、これで春は戻ったの?」

「そのはずよ。見に行ってみる?」

 

 おのおのが勝手に話し始める。もう西行妖の脅威は去った、一件落着というわけだ。

 紫が霊夢にそう言ったかと思ったら、俺たちの足元に巨大な紫のスキマが現れた。

 そのまま全員が吸い込まれ、雪の積もった場所に吐き出される。

 

「いたた……ここは神社? 相変わらず雪が積もったまんまね……」

「……霊夢、あれを見なさい」

「なによ…… うわっ」

 

 霊夢が紫の指差した方向を見て小さく声を上げる。博麗神社は出発したときと同じく、全てが雪で覆われていた。ただ一点異なるのは、神社の両側に均等に生えている木の枝に、桜の花が咲いていることだった。

 

「……おー、雪の中で見る桜ってのは珍しいぜ。なぁアリス?」

「確かに……初めて見たわ」

「……現世の桜も綺麗ね~。そうだわ折角だし、今からお花見でも始めましょうか」

「幽々子様……」

「おっ! いいねぇそれ! 乗ったぜ!」

「でしょう? じゃあ……」

「ちょっと待て」

 

 皆の肩の荷が下りて、落ち着いたところ悪いがこの空気に水を差す。こういったことをなあなあで終わらせてしまうのは個人的にはアウトなのだ。

 俺は幽々子と妖夢の前に立ち、腕を組んで二人を睨む。

 

「……幽々子、今回は無事に済んでよかったが、もう絶対こんな真似はするな。別にやりたいことを全部するなとは言ってない。やるなら自分の行動に責任を持って、他人に迷惑をかけるなと言ってるんだ」

「あう……」

「妖夢もだ。主の命令だからってなんでも聞けば良いってものじゃない。主を正しく導くのも従者の役目だ、分かったな?」

「はい……」

「(……だってよ咲夜)」

「(……私はいつでもお嬢様のことを考えて動いてるわ)」

 

 幽々子と妖夢に説教をする。反省が無ければ、次もまた同じ過ちを犯してしまうものだ。本当は正座でもさせようと思ったが、外だし今回の件はまだ一回目なので説教は少なめにしておいてやろう。だがもし次も同じことをしでかしたら三時間は正座させる。足を持ったまま幽霊になったことを後悔させてやろう。

 

「それじゃあ反省の印として、心配をかけた紫たちと、わざわざ異変解決に乗り出してきた霊夢たちに謝罪をだな……」

「しーんっ!」

「わっ」

 

 幽々子たちに謝らせようとしたら、霊夢にチョークスリーパーをかけられた。いや、背後から飛びつかれただけなのだが。

 

「なーに説教なんかしてんのよ。春も戻ってきたみたいだし、私は別にもう気になんてしてないわ。それに真が守ってくれたじゃない」

「……今回は偶然俺がいたから……」

「いーの!」

 

 霊夢の言葉に、俺はぽりぽりと頬を掻く。霊夢が良くても俺が良くないんだが……

 

「真さま!」

「ん?」

 

 橙の声を聞き、霊夢を背負ったまま振り返る。霊夢の次は橙が、俺の前にとてとてとやってきた。

 

「守っていただきありがとうございました! 私もなにか手伝うことはないかと来たのに、結局守られてばっかりで……」

「……まぁ今回は仕方ないさ。それに橙の力だってちゃんと借りたぞ? 尻尾を通して紫にだな……」

「そうなんですか? えへへ……そう言ってもらえると嬉しいです。この尻尾すごいですね、皆さんを守り通すなんて」

「まぁな…… ん?」

 

 そう言えば、終わってから尻尾を隠すのを忘れていた。しかしなにかがおかしい気がする。

 

「……私、真の尻尾見るの初めてだぜ」

「私も。本当に狐の妖怪なのね」

「私は屋敷で、真様が美鈴と稽古してるときに何度か見たけど…… 九本も出しているのは初めて見たわ」

「九本……? そうだ全部出したから……! あれ?」

 

 咲夜の言葉で違和感に気付く。尻尾を九本出したというのに、子どもの姿になっていない。

 どういうことかと自分の中の妖力を探ると、もう一本尻尾を出せる余力があることに気がついた。なるほど、だからまだ大人の姿を保っていられるのか。十本全部出したらこれまで通り、姿が子どものものになってしまう。

 

「おお! いつの間にか尻尾が増えてる! 藍ー!」

「な、なんだ真?」

「見ろ! 藍と同じ九本だ! お揃いだお揃い!」

「……ふふ、そうだな」

 

 尻尾が増えたことが嬉しくて、真っ先に藍に報告する。同じ狐妖怪として、同じ尻尾の数になったのはとても嬉しい。実際には俺のほうが一本多いけれど。

 

「はっ……こほん、ともかくだな……」

 

 藍の前で少しはしゃいでいたが、あわてて気を落ち着かせる。幽々子への説教の途中だった。

 

「霊夢たちが許してくれても、謝るべきことは謝るんだ。それにリリーにも……」

「……はしゃいだ姿を見せた後で、説教されても威厳が無いわ。それに、リリーというのは春告精のことかしら? 彼女なら今頃大忙しになってるから、会って謝るのはまた今度がいいわ。邪魔したら攻撃されるわよ?」

「む。そ、そうか」

 

 紫に横から遮られ、空気を戻すのを失敗する。仕方ない、だが後日改めて、リリーの元に謝罪には行かせよう。

 

「……さーて、じゃあ皆もお待ちかね、雪の中のお花見を始めましょうか。今日を逃したら多分もうこんな機会ほとんど無いわよ」

「わ~、さすが紫、待ってました~。それじゃあ妖夢、お料理お願いね」

「……分かりました。この人数ですからお時間を少々……」

「妖夢だっけ? 私も手伝うわ」

「あ、ありがとうございます。えーと……」

「十六夜咲夜よ」

「さ、咲夜さんお願いします」

 

 紫の一言で、また皆がおのおの話し出す。くぅ……幽々子のヤツめ、本当に反省してるんだろうな。

 

「……咲夜、紅魔館に戻らなくていいのかな」

「たまにはいいんじゃないか? それよりアリス、もっかい真の尻尾触りに行こうぜ」

「……そうね。守ってもらったみたいだしお礼も言っておくべきかしら」

「おーい真ー!」

 

「藍さま!」

「ああ、良かったな橙。私も少しだけ紫様に協力できたみたいで良かったよ」

「はい! それと、真さまも藍さまと同じ九尾でしたね!」

「私も久しぶりに見たよ。 ……ふふ、お揃いかぁ」

 

「真、魔理沙が呼んでるわよ」

「……まぁ向かってきてるみたいだし、待ってればいいだろ」

「それと……もう一回マフラーを……」

「ああ、幽々子と戦ってて落としてたな。まだ雪も残ってて寒かったろう。ほい」

「巻いて」

「はいはい」

 

 霊夢の首から肩にかけてストールを巻きなおす。

 今回の春雪異変は無事解決した。予想以上にヤバい異変だったが、全員特に大きな怪我も無くてよかったと思う。

 

 今日のところは俺も、珍しい雪の桜を拝むとしよう。背後からやってくる魔理沙を警戒し、俺は九本の尻尾を再び隠した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。