東方狐答録   作:佐藤秋

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第五十五話 永夜異変②

 

 夜の弾幕ごっこ、というのは新鮮だ。前回の異変のときもその前も、戦う時間はまだ陽がある時間帯。夜に弾幕ごっこを見たのは一度だけ、フランと霊夢が戦ったときだ。あの戦いもここ紅魔館で行われたが、あのときとは違い紅い霧が無いため弾の光が一層際立つ。妹紅とレミリアが放つ弾幕たちは、まるで夏の終わりを象徴する花火のように鮮やかだ。

 

「なあ、咲夜もそう思わないか?」

「え? あ、はい、そうですね」

「……あんまり楽しんでないみたいだな。主を応援しなくていいのか?」

 

 一緒に妹紅とレミリアの試合を見ているはずの咲夜に話しかけてみたのだが反応が薄い。なにやら別のところを見ていた感じだ。

 

「……そうですね。正直なところ勝っても負けてもどちらでもいいです。そこまで重要な勝負ではありませんし」

 

 興味無さげに咲夜が言う。思えば春雪異変の霊夢と幽々子の弾幕ごっこも真剣に見る様子は無かった気がする。咲夜はレミリアが一人で出ていくことに反対であり、そうでないならこの試合の勝敗はどうでもいいらしい。

 

「それより、本当にあの月は偽物なんですか? 普通の月と大差無い気がするのですが……」

「……実は俺もよく分からない。だが慧音も美鈴も月がおかしいって言ってるし、妖怪なら本能で分かるんじゃないか?」

 

 相変わらずピンときていない咲夜に、実はピンときてない俺が説明する。なんで俺もピンとこないかは不明だが、俺は今の妖怪とは種類が違うからかもしれない。これ以外にも、今の妖怪は人に忘れられたら消えるみたいだが、昔地上に人間ががいなくなったときでも俺は消えずに生きてきた。

 ……今となってはもう、昔の妖怪は俺一人。あのときのことを思い出しても気が滅入るだけなので、あまり深くは考えたくない。

 

「やはりそういうものなんですね。あ、でも先ほどから、私も見ていてあの月が偽物だって分かるようになりましたよ」

「え、マジで? 人間やめた?」

「違いますよ。あの月に対する違和感を見つけただけです。真様も見たら分かりますよ」

「んん?」

 

 咲夜の言う違和感が何か、もう一度月をよく見て探してみる。 ……うん、いたって普通の月だ、慧音に言われていなければ満月じゃないことにも気付かない。

 

「少し欠けてる……ってのは違うよな、欠けていようがいまいが月は月だし……うーん、何も変わってないと思うんだが」

「ええ、『何も変わってない』。それが答えですよ」

「はあ?」

 

 何も変わってないのが答え? なんだそれは。問題に答えろと言われたのに沈黙することが答えとか、メリットが何一つ無いことがメリットだとか、そういった変なことだろうか。

 

「では問いましょう。お嬢様たちが弾幕ごっこを始めて少々時間が経過してますが、その間月はどこにありましたか」

「どこって……あそこにずっと浮いてるじゃないか」

「そう……あそこにずっと浮いたまま。おそらく真様たちがここに来る前から、ずっとあの位置で固定されています」

「……ああ!」

 

 咲夜の言わんとしてることがようやく分かった。月だって、太陽と同じく東からのぼって西へ沈む。つまり徐々に移動しているのだ。にもかかわらずあの月は、俺たちの真上から動かない。まるで止まった時間の中で、俺たちだけが動いているようだ。

 

「……何も変わってないのが違和感ってそういうことか。確かに動かないってことは偽物だよな」

「ええそうです。となると月を盗んだ犯人は何をしたいんでしょうかね。朝になればますます盗んだことがバレにくくなると思うのですが、このままでは朝が訪れません」

「確かに……犯人はこの異変に気付いてほしいような意図さえ感じる…… いや待て、朝が訪れないのは不可抗力だったんじゃないか?」

「月を盗んだから時間が動かなくなった、と。そう考えるのが自然でしょうね。今回の異変の問題は、月が偽物のことよりもむしろ夜が終わらないことにある気がします」

「人間にとってはそうなるな」

 

 この異変、月が偽物で困るのは妖怪だけかと思ったが、人間にも迷惑が出てくるようだ。それが分かっただけでも紅魔館に来た収穫はあったな。

 

「ふむ……タイムリミットは朝までだと思っていたが、異変解決まで夜が明けないとなると厄介だな。何がなんでも解決しないといけないわけか。あまり時間を無駄にはできないな…… あいつらの勝負はあとどれくらいだ?」

「ああ、もう決着がついたみたいですね」

 

 咲夜に言われて上を見る。空からはケロっとした様子の妹紅と、ひどく疲れた様子のレミリアが降りてきた。

 

「くう……月の光が私に力を与えない……」

「……レミリアがその様子だと、妹紅が勝ったみたいだな」

「"勝ったみたい"って……また見てなかったのかよ!」

「見てたよ。 ……途中まで」

「全部見とけ! ……ったく、レミリアはかなり手強かったんだからな。途中から失速してくれたから勝てたけど……」

 

 妹紅がブツブツと文句を言う。前回も妹紅がチルノと弾幕ごっこをしてたときは大ちゃんと遊んでいたため見ていなかった。次にそういう機会があれば、今度は全部見ておかないとな。

 

 不死の対決は人間の方に軍配があがったようだ。明暗を分けたのは回復力の差で、満月ではない今の月ではレミリアの実力は半減されてしまうらしい。

 ともあれこれで、レミリアは留守番に決定である。自分で決めたルールであるため、これでは文句もつけられまい。

 

「うー……また人間に負けた……悔しい……」

「お嬢様、お怪我は」

「無いわ。 ……ふう、貴女もなかなか強いわね、認めてあげる。もう一度貴女の名前を教えてくれるかしら。貴女の口から聞きたいわ」

 

 レミリアは改めて妹紅の前に立つ。少しは負けて凹んだみたいだが、なかなかどうして切り替えが早い。少しだけ紅魔館の主の威厳を見せてもらったような気がする。

 

「……私の名前は藤原妹紅」

「……ええ。妹紅、約束通り異変解決は貴女たちに任せるわ」

「ああ」

 

 レミリアが妹紅に向かって右手を差し出す。妹紅はその手をとって強く握った。

 弾幕ごっこはスポーツみたいなものだと聞いたが、今まさにスポーツマンシップに則ったような光景が目の前にある。

 

「……真と妹紅ね。すでに貴女たちには真紅(スカーレット)の名前を持っている。そこにもう一つ、レミリア・スカーレットの魂も持っていきなさい」

「分かった。最初に言った通り、貴女の分も頑張るから」

 

 妹紅がそう言うと、レミリアは満足したようにその手を離した。なんだか綺麗にまとまったみたいで一安心だ。

 

「じゃ、行くか妹紅。レミリア、咲夜、二人ともお休み。もう遅いから良い子は寝ろよ。起きたらいつも通りの朝が訪れていると約束しよう」

「ええ、お休みなさい。頑張ってね妹紅」

「ああ。行ってくるよ」

「お二人ともご無事で」

 

 二人に挨拶を交わしたのち、俺と妹紅は紅魔館を後にした。そうだ、妹紅には夜が止まっていることを一応言っておかなくてはな。

 次はどこに行こうかを考えないまま、俺は妹紅に説明しながら飛んでいった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……ふむ。月が偽物のせいか妖怪たちは少し凶暴化してるようだ。慧音の判断は間違ってなかったみたいだな」

「……しーん、どこー?」

「こっちだ。よっと」

「ひゃんっ」

 

 妹紅と移動していると、一体の妖怪が襲いかかってきた。どうやら偽物の月では妖力が回復せず、人間を襲って妖力を回復しようとしていたみたいだ。

 なんとかその妖怪を返り討ちにしたものの、妹紅が先制攻撃を受けて今の妹紅はどうやら目が見えなくなっている。俺は妹紅の手を取ってそのまま抱き上げた。

 

「し、真?」

「うん。いちいち言葉で誘導するのも面倒だからこれでいいだろ。目が見えるようになったら言ってくれ」

「う、うん。一応近くなら見えるから……」

「よし。それじゃあ……」

 

 妹紅を抱えたまま、先ほど倒して気絶している妖怪の元まで歩いていく。妹紅の目を見えなくしたことと鳥のような羽が生えていることから判断するに、恐らくこいつは夜雀(よすずめ)だ。

 

「……真、何してんの?」

「妖力を回復させるために襲ってきたなら、俺の妖力分けてやれば元気になるかなって」

 

 この妖怪は、月が偽物であるため発生した問題の被害者だ。襲われはしたが責めることはできない。俺は尻尾を一本顕現させると、夜雀に巻きつけてそのまま妖力を分けてみた。

 

「……うーん……」

「お、気が付いた」

「……えっ……何この状態……私もしかして捕まってる? ……あ! お前たちはさっきの人間たち! 私を捕らえて一体何を……ってその耳と尻尾はまさか狐!? 私を食べるつもり!?」

 

 目を覚ました夜雀が、起きて早々騒がしい。雀を食べるのは、どちらかというとネコ科の動物なんじゃないだろうか。

 

「食べるつもりなら妖力を分けたりしないだろ」

「は? 妖力を分ける? 一体何を言って……」

「……まぁいいや。元気になったならどっか行け。俺たちは忙しいんだ」

 

 そう言って俺は尻尾の拘束を解く。これだけ(わめ)けるなら十分だろう。

 

「……そういえば妖力が回復してる。 ……もしかして助けてくれたわけ?」

「さぁ。よっと」

 

 妹紅を抱えなおして宙に浮く。夜雀にやられた妹紅の視力は時間を置けば回復するだろうし、おそらく夜雀は回復させる手段を持たない。事情を話すのも面倒だ、さっさとここから移動しよう。

 

「待って! 私はミスティア・ローレライ! 貴方は……」

「……お前なぁ、それじゃ俺も名乗らないと悪いみたいじゃないか」

「あ……ごめんなさ「真」……え?」

「鞍馬真だ。じゃあなミスティア」

 

 そう言い残して飛んでいく。どうせ名前などすぐ忘れるだろうが、覚えておいてくれるなら少し嬉しい。ルーミアとか慧音とか、よくもまあ短期間しか一緒じゃなかった俺の名前を覚えていたものだと感心する。あの二人絶対頭良い。

 

「じゃあ行くぞ妹紅。しっかり掴まってろよ」

「え、掴まるってどこに……」

「両腕を首の後ろに回せばいい。それ以外にあるならそこでもいいが」

「首の後ろ? こ、こう?」

「よし」

「(うわぁ顔が近い!)」

 

 妹紅を抱えて、徐々にスピードをあげていく。尻尾を一本出してるだけでも、先ほどよりも速く飛べる。

 次はどこに向かおうか……そうだな、白玉楼まで行ってみよう。花を咲かせるために異変を起こした幽々子なら、月を盗んでもおかしくない。決めつけるのは良くないが、これは単なる確認だ。

 冥界の入り口を目指して、俺は上空まで飛んでいった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 冥界にも昼と夜は存在する。幽々子の住む白玉楼の上空にも、現世と同じように偽物の月が浮いていた。

 

「妹紅、ついたからとりあえず下に降ろすぞ。まだ目は見えないか?」

「あ……もう見えるから大丈夫」

「そうか」

 

 妹紅を降ろして、幽々子の屋敷の入り口に立つ。屋敷の入り口には誰もいない、しかし屋敷の一ヶ所にはどうやら微かに明かりが灯っているようだ。たしかあそこは西行妖が見える部屋ではないだろうか。少々の無礼は承知で、俺は西行妖のある庭へと回り込んだ。

 

「……お、二人ともいるな。おーい幽々……」

「……そうしたらまた頭の中で無機質な声が響いてくるの。『私、メリーさん。今あなたの後ろにいるわ』。男が恐る恐る自分の後ろを振り向いてみると……」

「……ふ、振り向いてみると……?」

「……あら? 妖夢後ろ」

「え? や、やだなぁ幽々子様。別に後ろには何も……っきゃあああああ!!!」

 

 妖夢が俺の顔を見て叫び声を上げる。昔地底でキスメに同じような反応をされたことがあったが、丁度その時と同じ気持ちだ。顔を見られて泣かれるのも、顔を見られて恐れられるのも、どちらも俺の心に傷をつける。

 そんなことはお構いなしに、妖夢は幽々子の胸に飛び込んだ。

 

「ゆっゆゆゆゆ幽々子様! お、おばおばおばおばお化けが後ろに!」

「全く妖夢ったら……よく見てみなさいお化けじゃないわ。こんばんは真、こんな夜遅くに珍しいわね」

「……へっ? 真さん?」

 

 幽々子に抱きついていた妖夢が、恐る恐るこちらを向く。俺の姿を確認した妖夢は、ほっと息を吐いた後ゆっくりと幽々子から離れていった。

 

「な、なんだ…… もー! 真さん驚かさないで下さいよ!」

「……別に驚かせたつもりはないんだが」

「驚いて心臓が止まるかと思いましたよ! まったく……こんな遅くに一体何の用事です?」

「ああ、実は今回の異変のことで「ぎゃあああ真さんの後ろに白い髪をした女の人がぁぁああ!」聞けよ」

 

 妖夢が今度は妹紅を見て叫び声をあげる。妖夢は一度、鏡と自分の主を見たほうがいい。白い髪をした女とお化けがそれぞれ見えると思うから。

 

「し、真さんから離れなさい! 妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなどあんまりない!」

「待て待て斬るな斬るな。こいつは俺のパートナーだ」

「……まぁ仮に斬られても、どうせ私は死なないけどね」

 

 刀を抜いて早口でまくし立てる妖夢を制止させる。ただ、恐怖を押し殺して俺を助けようとしてくれたことは評価してやらんこともない。

 

「異変って……もしかして私たちを疑ってここまで来たのかしら。折角来てもらって悪いんだけど、今回はどっちの異変にも私たちは関与していないわよ?」

 

 ビビッている妖夢を置いて、幽々子がマイペースに話を進めてくる。話が早くて助かるな、幽々子も異変に気付いていたのか。妖怪だけが違和感に気付く異変みたいだが、亡霊である幽々子は妖怪にカテゴライズされるのだろうか。

 

「……って"どっちの異変にも"? 月が偽者で夜が明けない異変のほかに、別の異変が起きているのか?」

 

 少し幽々子の言葉にひっかかる。『どっち』とは普通二つの物事があるときに使われるものだ。この場合だと、異変がもう一つあるように聞こえるのだが。

 

「少し違うわね。月が偽者であることと、夜が明けないことは関係が無い。それぞれが別の異変によって起きているの」

「……なんだって? それってつまり……月を盗んだ犯人と、夜を止めている犯人がそれぞれいるっていうことか?」

「そういうことになるわね。正確に言うと、本物の月は盗まれたのではなくて隠されたのだけど」

「た、確かに……」

 

 確かに異変が二つあるなら、咲夜の言っていた疑問にも納得できる。月を隠した犯人には夜を止めるメリットが無いのも当然だ。どうして俺は異変が一つだと決め付けていたのだろう。咲夜が『月が止まっているから偽者だ』という発言が俺にミスディレクションを起こさせたのだ。

 

「……なんつーことだ。月のほうの犯人の見当もついてないのに、夜を止めてるほうの犯人も捜さないといけないのか…… 時間を止めるっていったらやっぱ咲夜が怪しいけど、知ってるような雰囲気じゃなかったしなぁ……」

「そう決め付けてしまっては駄目よ。夜を止めるなんて方法はいくらでもある。私にだって容易いわ」

「……そうなのか? 一体どうやって……」

「冬が長引いたのと同じようなことをすればいいのよ。夜を長引かせると考えるのではなく、朝を無くせば自然と夜は続くじゃない? 私だったら朝を一時的に殺すわね」

「……なるほどなぁ」

 

 どうやって朝を殺すのかはともかく、幽々子の話には大いに納得できる。例えば俺だって空を変化することができれば、夜を止めたように見せることもできるだろう。

 

「……ありがとう幽々子。ここに来た価値はあったな、もう少し気合を入れて犯人を捜すか」

「ええ、頑張ってね。私と妖夢はここで怖い話でもしながら異変が解決されるのを待ってるわ」

「えー…… まだするんですか幽々子様……」

 

 妖夢が非常に嫌そうな顔をする。どうやら妖夢は自身が半分霊なのにも関わらず怖い話が苦手らしい。

 

「……なんで今日いきなりそんなことを思いついたんですかまったく……」

「ははは、まぁそのおかげで幽々子に話を聞けたわけだし、俺たちにとってはラッキーだったが」

「あら、言っておくけど偶然じゃないわよ。今日異変が起きたから、私は妖夢と夜遅くまで起きていたのよ」

「? 異変と怖い話の因果関係がよく分からないが」

「だからね、もともと私は月がおかしいことに気付いていたのよ。それで誰も異変解決に行かなければ、妖夢と一緒に異変解決しちゃおうかな~って」

「ああ、なるほど。だから誰かが異変解決に動くかどうか、妖夢と怖い話をしながら見ていたのか」

 

 納得はしたが、わざわざ妖夢の苦手な怖い話をチョイスするあたり悪意を感じる。しかし俺も妖怪の端くれ、怖がらせたい気持ちはよく分かるが。

 

「まったく……それならそうと言ってくれればいいのに。大体幽々子様はずるいです。幽々子様も私と同じように何か怖いものがあれば……」

「あら、私はお饅頭と熱いお茶が怖いけど」

「そういうのはいいですから」

「あとはそうねぇ……その子とか」

「えっ?」

 

 急に幽々子に指を指されて、妹紅が驚いた声を上げる。

 

「あ……そういえば先ほどは失礼な反応をしてしまい申し訳ありませんでした。初めて見るお顔でしたのでつい……冥界には生身の人間は滅多に来ませんし……」

「ああ、いいよ別に」

 

 妖夢が妹紅に向かって頭を下げる。見知った顔である俺に対しても驚いていたので、その言い訳に説得力は無い。

 妹紅はさほど気にする様子もなく妖夢の謝罪を受け止めた。

 

「申し遅れました、私は魂魄妖夢といいます。あちらが西行寺幽々子様。以後お見知りおきを」

「私は藤原妹紅、こちらこそよろしくね。 ……もっともここが冥界なら、私は世話にならないだろうけど」

「え? どういうことですか?」

 

 妹紅の言葉に妖夢が不可解な顔をする。妹紅が説明するその前に、幽々子が先に口を開いた。

 

「……呪い。貴女には死が存在しないのね。それどころか生も存在しない。生と死が混じりあったその魂には、私の能力も通じないわ」

「……そういうこと。不死の私は、死んで冥界に来るなんてあり得ないからね」

「死が存在しない……? 幽々子様の能力が通じないって、まさか幽々子様使ったんですか!?」

「ええ、さっき。もう一度やって見せましょうか?」

 

 そう言うと幽々子は人差し指を立てて、自身の顔の前に持っていく。いつの間にか蝶が止まっていたその指に、幽々子は軽く息を吹き掛けた。蝶はゆらゆらと飛んでいき妹紅の身体に止まったと思ったら、さらさらとその身を消滅させる。

 

「……ほら、死なない」

「いやいやいやいや! 幽々子様何をやってるんですか!」

「「?」」

 

 妖夢がなにやら怒っているが、何を怒ってるのか分からない。俺と妹紅は顔を見合わせ、鏡のように首をかしげた。

 

「どうしたんだ妖夢。幽々子は何をやったんだ?」

「『死に誘う程度の能力』ですよ! いま幽々子様はその能力を、妹紅さんに使ったんです!」

「…………は!?」

 

 ワンテンポ置いて声が出る。『死に誘う程度の能力』といえば、西行妖の持つ迷惑極まりない能力だ。幽々子もその能力を持っているのは知っていたが、いま妹紅に使ったのがその能力だっていうのか?

 

「だっだだだだ大丈夫か妹紅!?」

「うわっ! なんだよ真も!」

「体に違和感とか出てないか!? 気分が悪くなったりとかしてないか!?」

「近い近い近い近い! 別になんともないってば!」

 

 妹紅の肩をつかんで妹紅の様子に変わりがないか心配する。幽々子のヤツなんて危険な……こんなので妹紅が死んだりしたら俺は……

 

「……本当になんともないみたいですね。良かったぁ…… 幽々子様! お戯れにも限度がありますよ!」

「だって、あの子が自分で死なないって言ってたじゃない」

「だからってマジで試すヤツがいるか! ……あぁもう、無事で良かった……」

「あう……」

 

 そのまま妹紅を抱き締める。いくら妹紅が不死と言っても、妹紅を危険な目には合わせたくない。そもそも俺は一度も妹紅が死ぬところなんて見たことがないし、不死なんて信じているわけでもない。

 

「……ええと、ごめんね? そこまで過剰に反応されるとは思わなくて……」

「するだろ普通。それと謝るなら、俺にじゃなくて妹紅にだ」

「それもそうね。ごめんなさい、私にとって不死の存在は非常に恐ろしいものだから」

「ふぇ? あ、いや、うん、別に、効果無かったみたいだし」

 

 そういう問題では無いと思う。幽々子の行動は『水に浮かんだら魔女』という魔女裁判並みに理不尽だ、結果論で済ませていいものではない。

 

「……なんかここに来てから私、謝られてばっかりだな……」

「ああ優しいな妹紅は…… ごめんな、俺がこんなところに連れてきてしまったばっかりに……」

「お前も私に謝るのか真。それと、心配してくるのは嬉しいけどちょっと苦しいよ」

 

 妹紅がそう言うので仕方なく腕に込めた力を弱める。それだけ心配だったということだ。

 

「……幽々子様が言ってた、妹紅さんが怖いっていうのはそういう意味だったんですね。てっきりまた何かの冗談かと」

「失礼ね~、私はそんな嘘はつかないわよ。でも、真にあれだけ大切に思われてるのは羨ましいわ。きっといい子なんでしょうね~」

「……確かに羨ましいですね」

「ところで……異変の解決に行かなくていいのかしら。普通ならもうすぐ夜が明ける時間になるわよ」

「はっ、そうだった」

 

 妹紅を抱き締めていた手をパッと離す。幽々子のおかげで異変の全容が少し分かった。そろそろ別の場所にも行かないと……というかもうそんな時間なのか、時間が経つのは早いなぁ。

 

「じゃ、じゃあな幽々子、色々教えてくれてありがとう。妖夢もまたな」

「ええ、またね」

「はい。妹紅さんもまた来て下さいね」

「うん。えーとさようなら」

 

 幽々子と妖夢に挨拶をしたのち、妹紅を連れて白玉楼を後にした。月が動いていないため時間の経過が分からないが、結構な時間が経っていたみたいだ。異変も二つ起きているらしいし、そろそろ本格的に異変を解決しにいかないと。冥界を出るときまでには次向かう場所を考えておかなければ、と思った。

 

 

 

 

「さて、それじゃあ怖い話の続きを始めましょうか」

「えー……別にもう真さんたちが異変解決に行っているんですから起きておく必要はないのでは?」

「ここまで起きていたなら朝まで起きていましょうよ」

「……このまま朝が来るか分からないじゃないですか」

「いつ終わるか分からないのも面白いじゃない」

「……まぁこのまま一人で寝られませんから私に拒否権は無いんですけど」

「じゃあ朝が来たら一緒に寝る?」

「明るかったら一人で寝られるんで大丈夫です」

「あら、そう。 ……次の話は、聞いた人が皆死んでしまうという呪われたお話なんだけど……」

「うああ……ズルいですよ幽々子様は既に死んでいるからって……」

「大丈夫、妖夢が死んでもそばに置いておいてあげるから」

「そこは守るとかじゃないんですね……幽々子様を守るのは私の役目ですけど。はぁ……真さん、できるだけ早く異変を解決してくださいね……」

 

 


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