東方狐答録   作:佐藤秋

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第六十話 永夜異変後③

 

「ちょ、ちょっと真さん! 置いていかないで下さいよ~」

「遅いぞ妖夢。最初はまだ誰も行っていない場所ばっかりなんだから、急いだほうがいいに決まってる」

「そ、そうですけど……」

 

 輝夜の提案で行うことになった肝試しにより、俺はいま妖夢と共に迷いの竹林の中を少し急ぎ気味に歩いていた。普通の肝試しならば急ぐ必要など無いのだが、今回の肝試しには勝敗が存在するのだ。竹林の中に置いてある酒を一番多く見つけたペアの勝ち、勝敗が存在する以上負けたくはない。

 しかしこれはあくまで肝試しなのだ、勝敗に固執しすぎてもつまらないだろう。『答えを出す程度の能力』を使えばお酒はすぐ見つかるし二手に分かれて探せば効率は二倍だが、そんな無粋な真似をするつもりは無い。

 

 ガサガサガサ!

 

「ひう!? だ、誰?」

 

 突然風が吹いて竹がガサガサと音を鳴らす。風のほとんどは突然吹くものだと思うがそれはさておき、その音に驚いて妖夢はビクリと体を震わせた。

 

「……風で竹が揺れる音だろ」

 

 俺は淡々とした態度でそう答える。二手に分かれて探さない理由は無粋だからという以外にももう一つあったな。こんな妖夢を一人にさせるわけにはいかない。

 

「し、真さんあそこに誰かいますよ!」

「……影でそう見えるだけだ」

 

 妖夢が次は月明かりで出来た竹の影を指差しながら言ってくる。むしろ俺は妖夢に言われて初めてそれが人の形をした影に見えると気付いたんだが。怖いと思っていたらなんでもそういう風に見えてしまうものなのかな。

 

 それにしても面白いように怖がるな妖夢は。俺は妖怪である性質上、驚く、怖がる、怯えるといった姿を見るのは嫌いじゃない。その中でも驚いた顔が一番好きだ。

 しかし知り合いの怖がる姿は、なんていうか見ていられない。俺だって軽くこの夜の竹林に恐怖を覚えてはいるのだが、ここまで怖がるヤツがいると逆に気楽になってきた。

 

「うう……怖い……」

「……ほれ」

「は、はい? 何でしょうかこの手は……わわっ」

 

 俺は、妖夢の警戒して前につき出されている手の片方を取って軽く握る。手を握るという行為は安心感を生むのだ、これで妖夢も少しは落ち着けないものだろうか。まぁこれは手を握ると言うか手を繫ぐと言ったほうが正しいのだが。

 

「……離したほうがいいならやめるけど」

「い、いえ! このままでお願いします!」

「……そうか。もうここがどこだか分かんねーな。適当に歩くか」

 

 俺の左手を、妖夢の右手が強く握り返す。俺は妖夢を手を引いて適当な方向に歩き出した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 歩くときに、両腕をどのようにしているかは人によってそれぞれだろう。両手を振って歩く者もいれば、ポケットに入れて歩く者もいる。俺はというと、もっぱら着物の袖の中に腕を入れて歩くタイプだ。

 しかし今は左手を妖夢と繋いでいる……というか左腕に完全に妖夢が密着しているため、空いた右腕は懐の中へと仕舞われている。正直言ってそんなに密着されると歩きにくいのだが、頼られているのなら悪い気はしない。妖夢は掴まるところを見つけただけで、本当に頼られているかは微妙なところだが。

 

「お、妖夢あれじゃないか」

「あ、本当だ。意外と大きいですね」

 

 竹林の中を歩いていたら、台に乗っているなかなかに大きい(かめ)を発見した。甕の周りには蝋燭の火が灯っており、少しだけ目立つようになっている。肝試しを始めたばかりの妖夢だったら「人魂だ~」とか言って騒いでいたような気もするが……いや、妖夢も冥界の管理者なのだしそれはないか。

 ともあれこれが探している月の酒だろう。俺と妖夢は甕が乗っている台まで歩いていった。

 

「うわ……これ中身の量によっては持ち運びするのが大変じゃないですか?」

「そうだな……まぁ俺には変化の術があるから問題は……」

「どれくらい入っているんでしょう? ちょっと中を見て……」

 

 ビヨヨヨーン!

 

「っ! きゃああああ!!」

「うお」

 

 妖夢が甕の蓋を開けると、中からふざけた顔の人形が飛び出してきた。ビックリ箱ならぬビックリ甕だ、妖夢の叫び声も相まって俺も少し驚いてしまったじゃないか。

 

「うぇぇぇー……」

「……くそー。てゐの仕業だな」

 

 妖夢の俺の腕にしがみついてくる力が一層強くなる。折角妖夢が落ち着いてきたというのに、これではまた振り出しじゃないか。てゐがお酒を置いてきたと聞いた時点で少し警戒しておくべきだった。

 俺は腹に『ハズレ』と書いてある人形を甕の中に押し返すと、そのまま蓋をして元の状態へと戻す。そして妖夢を落ち着かせるためにそそくさとこの場から離れていった。

 

「うぅ……びっくりして寿命が百年縮みました……」

「危ねぇな、人間だったら即死だぞ」

「私ももう死にました……」

「半分な」

「幽々子様に伝えて下さい……魂魄妖夢は最期まで立派に生きたと」

「驚いて死ぬ最期のどこが立派だって?」

 

 動揺しているせいか妖夢がやたらと饒舌になっている。そのくせ言っていることは支離滅裂だから面白い。もう少しこのままの状態で放置しようか。

 

「…………ふう。とても驚きはしましたが、正体が分かってしまえば怖くはありません。次は……斬る!」

「……斬るのか? いやまぁ、よし、その意気だ」

「真さん、情けない姿を見せて申し訳ありません」

「……まぁ、今とあんまり姿変わらないけど」

 

 先ほどの罠は恐怖を与えるものより驚きを与えるものだったので、時間を置けば妖夢は徐々に調子を取り戻していった。息巻いた台詞を吐きながらも、妖夢は未だに俺の左腕にしがみついている。この状態は妖夢の中では情けない姿に入らないのだろうか。

 

「い、いいじゃないですか! こうしてないと落ち着かないんですよ」

「別に悪いとか言ってないだろ。いいよ、そのまま落ち着いてろよ」

「……真さんは、なんていうか安心させる何かがありますよね」

「そうか?」

 

 それは別に俺に限った話じゃ無いんじゃないか? 夜の竹林なんて一人だと心細いに決まっている。それは妖夢の性格だと尚更だろうし、他に人がいれば安心できるのは当然だ。

 

「そうですよ。いつも何を考えているか分からない幽々子様だって、真さんや紫様といるときは気が緩んでいるというかリラックスしているというか……」

「へー。それはよく分からないが……昔からの知り合いだからかな」

 

 今の幽々子の最初の記憶は俺と紫と出会ったときのものだろう。もしかするとインプリンティングみたいなものが行われたのかもしれない。卵から孵化したばかりの雛が、最初に見た声を出す動物を親鳥と思い込むアレのことだ。

 

「だから私の今の状態は真さんゆえの行動なんですよ。いくら怖いからって紫様や妹紅さんがペアだったらこんなことは……おや?」

「ん?」

 

 ザッザッザッ……

 

 静かになったら竹林から、何やら足音が聞こえてくる。この音に気付き足を止めても相変わらず聞こえてくるので、自分たちの足音が反射している音ではない。

 

「だ、誰でしょう? 肝試しの他のペアでしょうか?」

「あぁ、そうだろうな」

「た、確かめに行きましょう!」

 

 妖夢が俺の左腕を引っ張って、足音がする方向に歩いていく。怖がりなくせに変なところで度胸があるな。

 しかし気持ちはよく分かる。怖いものは正体が不明だから怖いのであり、観測してしまえばなんてことはない。

 

 俺と妖夢は竹の間を掻き分けて、足音の主の前に飛び出した。

 

「……よっ」

「……あら? 妖夢と真? やっほ~♪」

「……何だ、警戒して損したわ」

「ゆ、幽々子様と霊夢さんでしたか……」

 

 妖夢がホッと一息をつく。足音の主は幽々子と霊夢のものだった。向こうも俺たちの足音を警戒していたのだろう、霊夢が構えていたお札を懐に仕舞う。

 それにしても、幽々子はいつもふわふわと浮いて移動するので二本の足で歩いているのは珍しいな。

 

「あら~妖夢いいわねぇ、真にしがみついちゃって。肝試しを楽しんでるわ」

「あ、あのこれはですね……」

「霊夢、私たちもやりましょうか。ぎゅ~♪」

「ゆ、幽々子様っ!?」

 

 幽々子が俺たちの様子を見て、真似して霊夢の腕に絡み付いた。俺といるときにリラックスしてるとか絶対嘘だろ、幽々子はいつでも自由に生きてる。

 

「…………」

「どうした妖夢? 霊夢が羨ましいのか?」

「……へっ? い、いえ別に……」

 

 そう否定しながらも妖夢は、幽々子に抱き着かれている霊夢をチラチラ見ている。羨ましいまでは行かないにしても、完全に気になってしょうがない様子だ。心なしか左腕を掴んでいる力が強くなったような気がする。

 

「…………」

「あら、霊夢もあっちが羨ましいの?」

「……ふん」

 

 霊夢が、幽々子とは逆の方向に顔を向ける。そう言えばこのペアは、お互いの共に暮らしているパートナーが入れ替わった感じだな。

 

「……それよりこんなことしている場合じゃないでしょ。お酒探しに戻るわよ」

「そ、そうですね。私たちもまだ一つもお酒を……むぐっ」

「おっと」

 

 空いている右手で妖夢の口を抑える。わざわざ相手に自分たちの現状を漏らすわけにはいかない。勝負事なのだ、そういうことはシビアにいこう。

 見たところ霊夢たちは一つだけ酒を見つけているようだ、霊夢の周りに小さい甕がふよふよと浮いている。俺たちよりも一歩リードしているってことだ。

 

「……そうだ、俺たちの来たほうに面白いものがあったから行ってみるといい」

「もごっ?(えっ?)」

「そうなの? じゃあ霊夢行ってみましょうか」

「ちょ、ちょっと幽々子引っ張らないでよ……じゃあまたね」

「ああ、後でな」

 

 そう言って俺は、霊夢が幽々子に引っ張られ俺たちの来た道を戻るのを見送った。

 二人が見えなくなるのを待ってから、俺は妖夢の口に当てていた手を元に戻す。

 

「……ぷはっ。真さん何を……」

「すまんすまん」

「それに私たちが来たほうって……タチの悪い人形があったところですよね?」

「あれぇ? そうだったっけ」

 

 俺はとぼけた声を出す。向こうにてゐの罠があったことは百も承知だ。後で二人がどんな反応をしたか聞いてみよう。

 終わったあとのことを楽しみにしつつ、俺は妖夢を連れて新しい方向に進みだした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「お、また見つけたぞ」

「……今回も本物みたいです。これで三つ目ですね」

 

 肝試しが始まって三十分、俺と妖夢は三つほど甕を発見した。霊夢たちが持っていた甕と同じくらいの大きさであり、それらはいま木の葉となって俺の懐に入っている。

 

「……それにしても長いですね。いつになったら終わるんでしょうか」

「ううむ……酒を全部見つけなくてもある程度時間が経ったら終わるらしいし、もしかしたらもうすぐ終わるかもな」

 

 宝探しの要素を含んでいるとはいえ、肝試しが三十分も続くのは長すぎる。そろそろダレてくる時間じゃないだろうか。

 妖夢も今は少し余裕が出てきて、手を繋ぐ程度に止まっている。何やら怪しい物音がしたら相変わらずビクンと震えるが。

 

 そんなことを考えていたら、また後ろから腰に抱き着いてくる感触がした。今度は人の顔にでも見える影でも見つけて驚いたのだろうか。

 

「おい妖夢……今度はどうしたん……」

「……え? 真さんどうかしましたか?」

「……あれ?」

 

 自分の腰回りを見ようと後ろを振り向いてみると、妖夢どころか誰もいない。当然だ、妖夢は俺と手を繋いでいるから左側にいる。

 妖夢は急に足を止めた俺を不審に思ったのか、俺の顔を見て首をかしげた。

 

「何かあったんですか?」

「……何かが俺の腰あたりにくっついてる」

「え……」

 

 依然として俺の腰には締め付けてくる感触がある。目に全くは見えないが、何かがいるのは間違いない。

 

「腰ってここら辺ですか。別に何もついてな……」

「ひゃっ」

「うわぁぁあああ手に何か変な感触がぁぁあああ!」

 

 妖夢が俺の腰あたりに手を当てようとしてきたと思ったら、いきなり大声を出して飛び退いた。妖夢は俺から手を離さない範囲で距離を取り、警戒するような目で見つめてくる。

 

「し、しししし真さん! そこに何かいますって!」

「それは俺が一番分かって……」

 

 ガサガサガサ!

 

「うわぁぁあああ向こうの方からも変な音がぁぁあああ!」

 

 何者かを警戒していた妖夢が今度は、後ろから聞こえたかすかな音に驚き飛び上がる。妖夢は俺から手を離し、背中に背負っていた刀に手をかけた。

 

「うう……真さんが動けない今、わわわ私が何とかしなければ……」

「いや動けるが……」

 

 またも妖夢が謎の頼もしさを見せてきながらも、妖夢の後ろから聞こえる音は着実に大きくなっている。あれは……誰かがこっちに向かってきてるのか?

 妖夢の後ろを見ていると、やがて音を出していた人物が姿を現した。

 

「おーい輝夜ー。 ……あいついきなりどこに……あれ、真と妖夢じゃないか。 ……何で妖夢は刀を構えてんだ?」

「も、妹紅さんでしたか……」

 

 竹の間から妹紅がヌッと姿を現すのを見て、妖夢がホッと息を吐く。先ほど幽々子と霊夢を見たときとほとんど同じリアクションだ。

 

「ああ、もしかしてまた驚かせちゃった? ごめんごめん。ところで二人とも輝夜見なかった?」

「え? い、いえ見ていませんが…… それより真さんが今大変なことに!」

「え、何かあったのか?」

「いや、もう分かったから大丈夫だ」

 

 妹紅の登場により大体の現状を把握する。俺は腰にくっついていた見えない何かを手探りで引き剥がすと、そのまま両手で持ち上げた。

 

「おい、輝夜だろお前」

「……あーあ、バレちゃった」

「!? 何も無いところから輝夜さんが!」

 

 俺の持ち上げた両手の先から、スーッと輝夜が姿を現す。やっぱり正体は輝夜だったか。妖夢が触れて軽く声が聞こえたときにそうじゃないかと思ったが、妹紅が来たことから確信が持てた。昨日の夜に慧音によって似たようなことを経験してきたばかりである。

 

「あ! 輝夜! 返せ私の大事なもの!」

「はいはい返すわよ。それにしても真のリアクションが薄くてつまんなーい。妖夢は面白いくらい驚いてくれたのに」

「知らん。驚かし方が下手なんだよ」

 

 そう言って俺は輝夜を降ろす。妹紅から身隠しの葉を借りたんだろうが、抱き着くだけではそこまで驚かない。驚かしたいならもう少しインパクトのあることをしたほうが良いし、恐怖させたいなら不気味に思える演出を考えるべきだ。

 

「あー、真もっかい」

「ダメだ。また性懲りもなく真に抱き着きやがって……」

「いーじゃない。妖夢はずっと真と手を繋いでたみたいだし、私だって少しくらい」

「み、見てたんですか!?」

 

 妖夢の顔が赤くなる。幽々子たちに見られてもそこまでじゃなかったと思うんだが……それより白い髪に赤の要素が加わると妹紅と被るな。

 

「……ん?」

「あ、永琳の光の矢。終了の合図だわ」

「……ああー、終わっちゃったじゃないか」

 

 少しだけ遠くから光の柱が現れる。どうやら肝試しも終わりの時間が来たみたいだ。あとはあの光を目印にして、上がった場所に向かって帰るだけだな。

 

「む……少し時間が早いわね。もう全部見つかっちゃったのかしら」

「そうなのか? 全部で何個あったんだ?」

「十個」

「……ほほう?」

 

 輝夜に酒の合計数を聞いて、俺は自分の顎に手を当てた。

 十個のうち三個は俺と妖夢のペアが発見している。これは……鳩ノ巣原理的に俺たちが最下位になることは無いんじゃないか? 残った七個をどう配分しても三個未満のペアができるはずだ。

 

「じゃあさっさと戻って結果発表と行きましょうか! 真、手を繋いで帰りましょ……」

「させるか!」

 

 輝夜が俺に伸ばした右手を、妹紅が左手で受け止める。仲が良さそうでなによりだ。

 

「…………何するのよ」

「…………つい」

「いいな二人とも。妖夢も混ざってこい」

「へ? あ、えっと……」

 

 妖夢を押して妹紅と輝夜の側に持ってくる。もう肝試しは終わってしまったので、一緒に行動してもいいだろう。俺は妖夢に自分の手を差し出すように合図した。

 

「す、すいません妹紅さん……」

「い、いや別に……」

「……それにしても先ほどとは逆の手なので変な感じですね……おや?」

「真、左手が空いてるからこっちに……あら?」

「真さん、また繋いでいただかなくてももう大丈夫で……手、縮みました?」

「ふふん、分かってるわね真。それにしても意外と手は小さいの……」

「……何してんだお前ら。さっさと戻るぞ?」

「「……え?」」

 

 妖夢が妹紅と手を繋ぐのを見届けたあと、俺は一足先に三人の前に出る。なかなかついてこないので振り返って見ると、妖夢と輝夜と目があった。

 

「きゃぁぁあああ誰の手よこれ!」

「うわぁぁあああ! 真さんが前にいるならこの手は何ですか!?」

「……いや、見たら分か……」

「「ああああああ!」」

「うお、走りにくっ」

 

 妖夢と輝夜が何やら叫んで、三人は俺を追い越して走っていってしまった。

 

「本当に何やってんだあいつら……」

 

 俺は輪になって走る三人を追って、再び前に向かって走り出した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「真どうだった? 意外と長かったわね」

「お、紫に魔理沙」

「んん? 見たところ手ぶらじゃないか。収穫ゼロか?」

「木の葉に変化させてるんだ。ほら」

 

 永遠亭に戻ってくると、近くにいた魔理沙と紫が寄ってきた。俺は変化が使えるので手ぶらに見えるが、ちゃんと懐に入っている。俺は懐に手をいれると、酒を変化させた木の葉を三枚とも取り出した。

 

「ああ、真にはそれがあったか。紫がいたから運ぶのが楽できていいと思ったけど真でもよかったな。 ……葉っぱ三枚ってことは三つも見つけたのか?」

「まあな。結構見つけてるだろ」

「くそー……二つじゃ優勝は無理だったか…… まぁ一つでも十分すぎる量があるしいいか。紫、出してくれ」

「はいはい」

 

 紫はスキマを開くと手を突っ込み、中から酒を取り出した。それに合わせて俺も変化を解き、木の葉を元の酒に戻す。

 

「……あら? 真の甕なんか小さくない?」

「本当だぜ。なんか量がこっちの半分くらいしか入ってなさそうだ」

「何?」

 

 紫に言われて見比べてみると、確かに俺の甕のほうが紫たちの甕より一回り小さい。もしかして種類が色々あったのだろうか。俺のが小さい甕だとすると、こちらは中くらいの大きさだ

 

「……これってどうなるんだ? 数なら私たちのほうが少ないけど、量ならこっちの方が多そうだ」

「そうねぇ……」

「数でも量でも、私たちのほうが多いわよ」

「お、霊夢。 ……でかっ! なんだそれ?」

 

 魔理沙たちと戦果を報告しあっていると、霊夢が横からやってきた。霊夢の回りには甕が三つふわふわと浮いている。そのうちの二つは俺のと同じ小さいものだが、残りの一つは魔理沙の中くらいの甕よりも更に大きい。っていうかあれって俺と妖夢が引っ掛かってた、てゐの罠に使われていたやつじゃないのか。

 

「これ? 真に言われたところに行ったらあったわよ。近くに変な人形出てきたのもあったけど」

「……近くにそんなのあったのか。もっとちゃんと探せばよかった」

 

 どうやらあの罠の近くにしっかりと酒はあったらしい。てゐに上手くしてやられた気分だ、確かにその隠しかたは効果的である。

 

「……でも数は同じじゃないか。まだ俺たちの負けは決まってない……」

「同じ数だったら量が多いほうの勝ちに決まってるじゃない」

「……まぁ俺もそう思うけど、ここは輝夜に判断を……」

「私を呼んだかしら!?」

「うおっ」

 

 俺と霊夢の間から、輝夜がニュっと顔を出す。こいつは神出鬼没だな。肝試しを提案したのは輝夜であるため、勝敗の判断はこいつに任せよう。

 俺は輝夜にこの場合どうなるのかを聞いてみた。

 

「……なるほど、その場で考えたルールだから詳しく考えてなかったわ。でもここは普通に考えて量でしょ。数は完全に無視、純粋に最終的に量が多いペアの勝ちよ」

「え……量で勝負だったら魔理沙にも負けたことに……」

「やっぱりね。さーてそれじゃあ……」

「勝ったと思うのはまだ早いわ霊夢。私たちの量を見てから言いなさい。妹紅、成果を見せてあげて」パチン

 

 輝夜がそう言って指を鳴らすと、妹紅が両手にそれぞれ甕を持ってやってきた。右手には大きい甕、左手には中くらいの甕の合計二つだ。

 

「私はお前の召使いか!」

「ありがとね妹紅」

「あ、うん」

「……さぁよく見なさい。どっちの量が多いかしら?」

 

 輝夜は妹紅が持ってきた甕を奪って霊夢たちの目の前に置く。

 霊夢が持っているのは大きい甕一つと小さい甕二つ。

 輝夜が持っているのは大きい甕一つと中くらいの甕一つ。

 中くらいの甕には小さい甕の倍くらいの量が入ってそうで、これは甲乙つけがたい。

 

「……び、微妙ね……」

「……確かに、入る量だけ見たら引き分けかもね。でも霊夢、貴女のそれ本当に中身が沢山残ってるのかしら?」

「!」

 

 輝夜が霊夢の小さい甕に近付いて、そのうちの一つの蓋を開ける。その中を覗いた魔理沙が一言漏らした。

 

「……なんだ? 随分減っているじゃないか霊夢、どうしたんだ?」

「……これはちゃんと見つけてきたものよ。ただ……」

「ただ?」

「見つけたときに幽々子がその場で飲んじゃって……」

「……あー」

 

 霊夢が、この場にいない幽々子のほうをチラリと見やる。幽々子は向こうで、妖夢と二人で何かしている。妖夢に抱きついたりして遊んでいるようだ。

 

「言ったわよね、最終的な量で判断するって。だから溢してしまったり飲んでしまったらその分の量は当然減るわ」

「く…… そうなるんじゃないかと思って止めたのに幽々子め……」

「よって今回の肝試しは私と妹紅ペアの勝ち! そして栄えある敗者は真と妖夢ペア! おめでとう、貴方たちには私の命令を聞く権利を与えられるわ!」

「……わー、嬉しいなー」

「はは、よかったな真」

「よくねーよ」

 

 魔理沙が俺の背中にポンと手を当ててくる。くそこいつ、自分が最下位じゃなくなったからって調子に乗りやがって。数勝負だったらお前らの負けだったんだぞ。

 

「じゃあ勝敗も分かったし本格的に飲み始めようぜ」

「そうね。んー……真への命令は……どうしようかしら」

「……適当に考えておいてくれ。俺は妖夢に酒を渡すついでに結果を報告しに行ってくる」

「じゃあ私も幽々子に」

「よし、行くか霊夢」

 

 俺は霊夢を連れて、今もじゃれて遊んでいる妖夢と幽々子の元へ歩いていく。あーあ、負けは無いと思ってたんだけどな。今度からは最初にルールを確認するくせをつけよう。トランプの大富豪だって最初にルール確認しないと揉めるもんな。

 

「……おーい妖夢」

「あ、真さん、霊夢さん。どうしたんですか浮かない顔をして」

「……俺たちのペアが最下位だった」

「ああそれで……霊夢さんはどうしたんですか?」

「……アンタの主のせいで一位を逃したわ」

「え"っ」

「実はだな……」

 

 妖夢と幽々子に、今回の結果を詳しく教える。完全な量勝負で、他の大きさの甕もあったことと、優勝は妹紅と輝夜だったことなどだ。

 

「それはなんというか……残念でしたね。真さん、力及ばずすいませんでした」

「いや……こんなの運だろ。負けたのは悔しいけどな」

 

 妖夢がペコリと頭を下げる。うーむ、俺がてゐの罠付近をもう少し探索すればよかったので悔やまれるな。輝夜たちの命令なんかは別にいいが、やはり負けるというのは悔しいものだ。

 

「霊夢ごめんね~。でもこの二人が最下位なら関係無いじゃない?」

「……何で?」

「だって命令できる権利なんて無くても、この二人なら何でも言うこと聞いてくれるもの」

「んん?」

 

 幽々子が霊夢に謝りながらもものすごい理論を展開してくる。いや……それはどうだろうか。霊夢は甘やかさないように紫からは言われているし、幽々子には……とりあえずもう無制限に飯は奢らないぞ。

 

「だから霊夢も、妖夢にしてほしいことがあったら言いなさいね?」

「え……幽々子様それは……」

「……妖夢は別にいいわ。でも……幽々子のせいで負けたんだから、このお酒は6対4で私のほうが多目にもらうからね」

 

 そう言って霊夢は小さい甕を足元に置く。それを見た幽々子は何やら不満そうな顔をした。

 

「え~……霊夢のほうが多い……」

「アンタはもうこれに手をつけてるでしょうが!」

「でも……」

「……妖夢、俺たちも酒を分けるか。俺が一つで妖夢が二つでいいか?」

「え……そんなにいただけませんよ」

「分けるの面倒だしな。いらないなら幽々子にでもあげてくれ。ほら」

 

 俺は甕を木の葉から元に戻すと、霊夢が置いた甕の横に二つ置いた。一つでも俺が飲みきれないほどの量があるので構わない。

 

「……妖夢。殿方がくれると言っているのだから、断るのは失礼というものよ」

「……幽々子様、それっぽく言っても誤魔化されませんからね? ですがそうですね……真さん、ありがとうございます、いただきますね」

「いえいえ」

「……また真はそういう…… いいわ、真には私が分けてあげる」

「そうか、ありがとな」

 

 そう言って俺は霊夢の頭に手を乗せる。霊夢がものを分けるなんて珍しい、今までは誰かがご飯を食べに来るのにも嫌そうな顔をしていたのに成長したな。

 

「さて……」

「どこいくの?」

「永琳たちのとこ」

 

 妖夢に分け前も渡したし、本格的に宴会の始まりだ。宴会料理を取りに行くついでに、永琳たちのいるところまで歩いていく。後ろから霊夢もついてきた。

 

「よ、永琳」

「真、お疲れさま」

「お帰りウサ~」

「あ、てゐお前。よくもあんな古典的な罠を……」

「あは♪ 真が引っ掛かったの? 驚いた?」

「そりゃもう驚いた」

 

 主に妖夢の叫び声に。愉快そうに笑うてゐの後ろでは鈴仙が申し訳なさそうな顔をしている。

 

「ごめんなさい……私はてゐに止めとけって言ったんですけど……」

「なに、気にすることはない。あれはあれで楽しかったしな。それよりほら」

「? 何ですか?」

「月の酒。お前ら肝試ししてないから持ってないだろ」

 

 そういって俺は自分の小さい甕を地面に置く。月の酒は竹林に置いたので全部らしいが、準備したこいつらが飲めないのは少し違うと思った。永琳がいればまた作れるんだろうけど。

 

「え……私もいただいていいんですか?」

「? 当然だろ? 悪いなぁ、一つしか無くて」

「いえそんなことは別に……」

「ありがとー真! 一杯注いで!」

「私も一杯いただくわ」

「ほいきた」

 

 俺は変化で柄杓を作り、てゐと永琳の杯にそれぞれ酒を注ぐ。永遠亭の杯は透明なグラスではなく、竹を切り取ったような形と色をした緑色の酒器だ。

 

「ほら、霊夢も」

「……もー、私のを分けてあげるって言ってるのに…… こっちは神社で真と二人のときに飲むからね!」

「鈴仙は? いらないならそれでもいいが」

「い、いただきます」

 

 更に霊夢と鈴仙の分の酒も注ぐ。酒の量にはまだ余裕があるのでケチケチせずに沢山注ごうか。二人になみなみと酒を注いだら、次は自分の分を入れる。月の酒かぁ、俺に美味しさが分かるだろうか。

 

「……師匠、真さんって変な妖怪ですね。でもてゐが懐くのも分かる気がします」

「そうねぇ。まぁ真は今の妖怪とは根本的に違うんだけど、そのことを貴女に話してもしょうがないわね」

「?」

「……うわっ、このお酒も美味しいわね、萃香のくれた鬼の酒とはまた違って」

「本当だな。しかもそこまで強くないから俺にはこっちのほうが合ってるかも知れん」

 

 霊夢と一緒に月の酒を堪能する。またも旨さを語る語彙が無いのは申し訳ないが、とにかくかなり洗練された味がした。まぁだからといって今さら酒を独り占めする気は無い、酒は皆で楽しく飲むものだ。それがいい酒なら尚更な。

 

「さぁ、料理もできてるから沢山食べてね」

「ああ、ありがとう。そうだな、幽々子に食べられる前にさっさと食べるか。霊夢、取ってやろうか?」

「そんなフランじゃないんだから…… 自分で取れるわよ」

 

 霊夢と一緒に永琳の料理を堪能する。紫たちは紫たちで向こうで騒いでるみたいだし、ここは静かで丁度いいな。あいつらを眺めながら俺はもう一度酒に口をつけた。

 

 それにしても輝夜はすごいな、向こうにいるヤツらのほとんどが初対面だろうに。もう妖夢に命令したのだろうか。

 そんなことを考えていると、向こうの輪から妹紅が一人抜け出して俺たちのところにやってきた。

 

「……ふう、よく知らないヤツらが多くて緊張するな」

「よ、妹紅。俺への命令は考えてきたか?」

「ああ、別に命令とかはどうでもいいからな。私は、輝夜が真に頼むことと同じのでいい」

「そうか、無欲だな妹紅は」

 

 輝夜と同じのでいいねぇ…… こういうとき、どういう命令をすれば輝夜だけが得をするのかを考えてしまうな。輝夜にとって必要なものだけを渡すとか。

 

「真ー、また昨日の姿を見せてほしいウサ」

「今は酒飲んでるからヤだ」

「そうかー、そのお願いでも良かったなー。狐姿の真は昨日見たからまぁいい……」

「え、昨日真は狐の姿になったの!?」

「うお! 輝夜いつの間に!」

 

 またまたいつの間にか輝夜が俺たちのところに来ていた。ミスディレクションでも使ってるのか輝夜は。

 

「うーん……私も見たいけど折角の命令をそんなことに使うのは……」

「……言っとくけど、常識的な範囲で頼むからな。俺にできないことを命令されても困る」

「えー、昔みたいに召し使いとして一緒に住むのは?」

「……無期限なのは困るな。いま俺は博麗神社に住んでるし」

 

 俺がそう言うと霊夢が横でうんうんと頷く。そして人差し指を一本立てて見せてきた。一日だけなら良いということだろうか。

 

「……ふーん。じゃあ今日一日、夜が明けるまで真は私の召し使いだから! それまで私のお願いは全部聞いてね!」

「……ずるいなぁ……」

 

 願いを一つ叶えてやる系の願いでは、叶えられる願いを増やすのはタブーの一つである。輝夜は時間制限はあるものの、それでは願いを増やしたのと同じだ。

 ちなみに願いを叶えるのが悪魔の場合、代償としてその者の魂を奪うので不老不死になる願いもタブーである。蓬莱の薬を飲んで不老不死になっている輝夜は、どちらのタブーも破っているな。

 

「まぁそれくらいなら別にいいか、明日の朝までな」

「やった! それじゃあ真、今夜は昔みたいに一緒に寝ましょうね!」

「……昔みたいに? ちょっと真、どういう……」

「別に一緒に寝ることなんて珍しくないぜ、私も今日真で寝たし」

「魔理沙? だからその"で"の意味がよく……」

「霊夢だって真と一緒に住んでるんだし一緒に寝たことくらいあるだろ?」

「何言ってるのよ、そんなこと一度も……あ」

 

 輝夜に続き、魔理沙たちも料理を取りにこっちまでやってくる。騒がしくなってきたな、邪魔にならないように距離を置こうか。

 

「おやぁ? 霊夢には何か思い当たることがあるのかしら?」

「……私よりもアンタよ輝夜。まずはそっちの話を詳しく教えてもらうわ」

「いいでしょう。あれは都で私が絶世の美女という噂が流れたころ、真がその噂に目が眩んでいやしくも私の屋敷に忍び込んできたのよ。寛大な私はそんな真を許し……」

「……あいつらは何の話をしているんだ。それより妹紅良かったのか輝夜と同じので」

「え、ああ、うん」

 

 楽しそうに話している輝夜たちの姿を遠目で見る。何やら話が誇張されているような気もするがいいだろう。

 

「(……あれ? その場合私も真と一緒に寝ることになるのか? わわ、どうしよう……)」

「そっか。妹紅も一緒ならまぁ安心だな」

「(やっぱり三人で寝ることになるのかなぁ…… その場合真と輝夜の間に入れれば…… 輝夜の隣というのは癪だが、輝夜に真の横を取られるくらいなら…… 待て、何とかして輝夜を……)」

「……妹紅?」

 

 何やら妹紅は考えごとをしているようだ。何か思うことでもあるのだろうか。

 まぁ輝夜といい妹紅といい、このまま特に命令をすることなく宴会が終わるならそれに越したことはない。俺は話している輝夜たちを眺めながら、空になった杯に月の酒を注ぎ直した。

 

 


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